第八十六話 ご婚約
俺を襲った突然の悲劇。
果たして謎の狙撃手とは何者か。
そして悲劇の英雄ノア・シドーの運命は!?
……なんて事はなく、俺は普通に様子を見に来たマリアベルによってお縄にされ、皆の前に引きずり出される事となった。
「ほらとっとと歩きなさいこのクズ」
皆が集まるテーブルの前で両腕を縛られ正座させられる俺。
ルビーナとアリスが面白そうなものを見るような視線を向ける中、フローワは相変わらずオロオロしていた。
ルビーナ達と談笑していたネルソン夫妻は、何が起きたか見当がついたらしい。
何とも言えない微妙な顔をしている。
あんないい話の直後に申し訳ない事だ。
ちなみにクローディアはいつもと全く変わらなかった。
もしかしたらこの人、すごい大物なんじゃ……
「ね、姉様、ノアさんに何を」
唯一、カイだけが俺を助けようと走り寄ってきたが、マリアベルによって阻まれ、アリスに引き渡されてしまった。
そのままカイはアリスのおもちゃになる。
これで味方は全滅したという事か。
「お父様が話があるって言うから呼びに行ったのよ、そしたらこいつ、フェリスに……ああもう! バカ!」
「誤解だ、おれは合意の上で……」
「人んちでちちくり合うなって言ってんの! バカ、バカ、バーカ!」
ごもっともです。
そのまま俺は床に正座させられ、隣にはメイド姿のフェリスが立った。
彼女も若干バツが悪そうな顔をしている。
「あー、うぉっほん。
まあ、長旅から帰ったばかりだ、多少はしゃいでしまうのは分かるが……節度を持ってくれたまえ」
わざとらしい咳払いの後、困ったようにネルソンがコメントする。
本当に申し訳ない。
抑えられなかったんだよ、この胸のときめきが。
「それでお父様、お話とは何でしょうか?」
ひたすら俺を罵倒し続けるマリアベルの攻撃が収まりそうにないところ、クローディアが話を進めるよう促してくれる。
ありがとうクローディア、君はやはり天使だ。
「う、うむ……ルビーナ殿達がいる前なのでどうかとも思ったが、なかなかこうして話す機会も持てないからね。
別に悪い話ではないし、今のうちに話しておこうと思ってね」
「だから何よ……」
そこでネルソンはまた俺を見て苦笑いをし、切り出した。
「ノア君の貴族昇格の話と同時に、マリアベルとの婚約を正式に発表しようと思う」
……その瞬間、会場の時が止まる。
「まあまあ、おめでとうマリア」
一番先に動いたのはクローディアだ、この動揺など微塵も感じさせないマイペースぶり、これがまさに王族の風格というもの。
「おめでとうマリアベル、ノア君」
「お姉様、おめでとうございます! お似合いの夫婦になると思います!」
続いてコルネットとカイが俺とマリアベルに賛辞を述べる。
そんな中、マリアベルは壊れたロボットのようにぎこちなくネルソンの方に向き直り、やっとの事と行った様子で確認する。
「誰が?」
「マリアベルが」
「誰と?」
「ノア君と」
「ちょ……」
マリアベルの顔がみるみるうちに赤くなり、ついに爆発した。
「じょーぉだんじゃないわよ! 何で私がこんな変態と!?
それに、だって、フェリスがいるでしょ! それで無くてもこいつヘタレブサイクのくせに信じられない女たらしで、他にもシエルとかユミナとかいるのに!」
「それに関してはフェリス殿とよく話し合って了解を頂いている、ユミナ君も異論はないそうだ。
シエル殿に関しては……まだ話は通していないが、了解を得られるものと確信している」
「そんなの……フェリス、フェリスは本当にそれでいいの?」
縋るようなマリアベルの問いかけに、フェリスは一つ頷く。
「この話は妾達がフィガロに来た時から既にあったものじゃ、趣旨は少々変わってしまったがのう、今更異論はない」
「だって、私となんてなったら……私がこいつの妻ですって言わないといけないのよ?
フェリスを差し置いて、フェリスの前に出て、私がこいつの女ですって顔をしないといけない、本当にいいの?」
「それを言うのがお主でないのならば、腹も立とうがな」
マリアベルが難しい顔をしてフェリスに何度も念を押す。
なぜマリアベルがそのようなところを気にするのか。
それは、マリアベルと結婚するとなれば、俺は王の親族に組み込まれるというところに原因がある。
一般人の身分であれば大して気にもならないのだが、それなりの身分になるとなれば、そこには面倒くさいモノが付いて回るようになる。
この場合は、妻の間での序列という問題だ。
マリアベルが俺の妻になるとなれば、その身分は他の妻の中で最も高くなる。
フェリスが先に妻になっていようが、俺が気に入らなかろうが、世間的にはマリアベルを先頭に立てて接しなければならないのだ。
何を馬鹿なと思うかもしれないが、これは家の中の問題ではない。
外からどう見られるかという問題になる。
貴族ともなれば、公の場に出なければならない事もあるだろう。
そんな時に、王族であるマリアベルを後ろに下げているとどうなるか。
まず他の貴族から「けしからん」という声が上がる事は間違いない。
それだけで終われば良いが、国民だってそういう事に気を使う人間は多い。
成り上がり者が自国の王族を蔑ろにしていると見られれば、なんだあいつはという話にもなるだろう。
最悪の場合、国王や俺のイメージダウンを狙う勢力にその事を利用されないとも限らない。
勿論、そんな醜態が他国に知られればいい笑いものだ。
つまり俺がマリアベルを娶るとなれば、自動的にマリアベルは俺の第一婦人、正妻となる。
それを許してしまうのかと、マリアベルはフェリスに気を使っているのだ。
「マリアベルよ、仮にお主が妾から主を奪うというのであれば、妾は何に替えてもこれを阻止しよう。
だがお主はこれまでも主をよく支えてくれた。そして今の妾達があるのもお主のお陰なのじゃ。
妾達は良き友になれると思うておるが、どうであろう」
「そんなの……当たり前じゃない。もう出会った時から私達はお友達よ。
そしてこれからもずっと、ずっと変わらない」
「では妾も安心してお主を迎えよう」
「ありがとうフェリス……大好きよ」
フェリスがそう言って腕を開くと、マリアベルはフラフラとその中に収まり、そして二人は静かに抱き合う。
交わす言葉は多くないが「この調子なら問題はない」そう思わせるだけの絆のようなものをそこに感じる事ができた。
「……若干ノアくんが蚊帳の外になっているような気がするが、特に大きな問題は無さそうだね」
「大アリよお父様、こんなヘタレの変態が私の夫だなんて、普通ならありえないわ!」
「でも、嫌いではないんだよね?」
「……」
頬を膨らませるマリアベルに、ネルソンが冷静に突っ込むと、マリアベルは言葉に詰まったように黙り込んでしまう。
「あら心配ないわ、だってマリアはノアくんの事を嫌いだなんて一言も言ってないじゃない」
「ノア様がエルフの村に行っている間、毎日のようにいつ帰ってくるのかってお父様に聞いていたのよね」
「な! ち、違う! それは……そうよ! このヘタレが他の皆に迷惑かけてないか心配だったから、それだけよ!」
「と言っているようだが、実際はどうだったかね」
クローディアが笑顔でマリアベルの行動を暴露し、間髪入れずにネルソンがティアマトに裏を取る。
完全に遊ばれている、さしものマリアベルも家族が相手では分が悪いようだ。
「ノアはとても勇敢に戦った。我々を妨害してきた暗殺者から身を盾にして仲間をかばい、光の剣にてこれを退けた。
エルフの村ではいち早く族長の娘とコンタクトを取り、エルフ族の要請を受ける形で遺跡調査を決断した。
これが結果的には英断となり、様々な謎を解く手がかりを手に入れ、後にエルフ族との交流を持つ鍵となった。
ノア無しではこの旅は成功し得なかっただろう、まさしく英雄と呼ぶに相応しい活躍だと私は思う」
モノは言いようである。
自信たっぷりにそう言い放つティアマトを眺めながら、俺はそんな事を考えていた。
まあ、確かに……わりと頑張ったという気持ちはあるがな。
ああ、またカイが目を輝かせながらこちらを見ている。
今お縄になって正座させられている俺を見て、何故そんな曇りのない目を向けられるのか。
権威ある者の言葉とは恐ろしいものだ、何を適当に言っても、皆信じてしまうのだから。
「ちょっと! なんだか怪しいんだけど、本当に? 本当にコイツそんなに活躍したの?」
「嘘は無い」
ティアマトが俺びいきだと知っているマリアベルは何度も問い正すが、ティアマトの口から俺の失態が語られることはない。
他の皆はニヤニヤしながらそんなマリアベルを見ている。
「ああっ! もう! 分かったわよ! する、するわ、すればいいんでしょう? なるわよ、コイツと結婚してあげるわ!
フェリスとユミナは大好きだし、だからよ! 別にアンタがす、好きだからって訳じゃないんだから! そこは間違えないでよね!」
顔を赤く染めながら俺に指を突き立て、そう言い放つマリアベルを見て、俺はなんだか嬉しくなってしまった。
わかり易すぎるというのもあるが、それよりもマリアベルがこれからも俺の隣にいてくれるという事が何よりも嬉しかった。
この少女は俺と同じ目線でモノを見、そして俺を励ましてくれる。
フェリスやユミナ、ティアマトといった方面からの応援ももちろん俺を救ってくれるが、マリアベルは何というか、少し違うのだ。
うまく言えないが俺はずっと、マリアベルに認められる人間になりたかった、そしてそれにとうとう手が届く距離に近づいた。
そういうある種の達成感のようなものがあった。
「おめでとうマリア」
「おめでとう」
「おめでとうございます姉様!」
家族からの祝福を受け、マリアベルの顔はさらに赤くなっていく。
「あ、アンタもニヤニヤしないでよね! 仕方なく、仕方なくなんだから!」
「よろしく頼むよ、マリア……頼りない男だけど」
顔を赤くしてそっぽを向くマリアベルに、俺はそっと手を差し出した。
それを見たマリアベルは、おずおずと俺の手を握り返す。
「……まあ良いわよ、アンタ相手なら気を使う必要は無さそうだし……最後まで面倒見てあげるわ」
婚約を受けた女性とは思えない言葉を吐きながらも、両の手をお互いに握り合い、俺達はしばし見つめ合う。
こうやってよく見れば、まだまだ幼さが目立つ顔だ。
いつも自信に満ち溢れ、勇ましい姿しか見ていないからつい忘れがちになってしまうが、マリアベルはまだ一五歳の少女なのだ。
守りたい。
当たり前のようにそう思う。
マリアベルが、マリアベルのまま生きていけるよう、俺はこの少女のいるべき場所を守り抜こう。
俺は誰にともなく心にそう誓い。
そして今日ここに、俺と、フィガロ王国第二王女、マリアベル・フィガロの婚約が成立した。
と、それで終わると思うだろうか。
しかし問屋がおろさない。
イベントを間違った方向で盛り上げることに生き甲斐を感じている女がこの中にはいたのだ。
皆が祝福ムードの中、その悪魔のような女が行動を開始した。
「あーあ、お母さん、また順番が下がっちゃいましたね」
「え、い、いや……私は、別に……何番でも」
アリスが嫌らしい笑顔をフローワに向け、ぼそっとそんな事を口にする。
そのタイミングがまさに絶妙。
会話の途切れた瞬間を狙い、フローワの呟きが皆に聞こえるように誘導する。
そのアリスの表情に危険信号を感じた俺は、マリアベルから離れようとしたが既に遅かったのだ。
握った手を離そうと試みるが、マリアベルは俺の手をガッチリホールドして離さない。
「……今のお話、もう少し詳しく聞かせて頂けませんこと?」
マリアベルがゆっくりとアリスの方を振り返る。
「へへー、実はですねぇ……ひっ!」
マリアベルの方を見たアリスが短い悲鳴を上げ、焦ったように全ての事情をマリアベルに話してゆく。
彼女は一体、何を見てしまったのだろうか。
それと同時にマリアベルと繋がっていた手が離れた。
俺は咄嗟に逃げようとするが、どうしたことか全く体が動かない。
「ちょっとお話が終わるまで待っててもらってねフェリス」
「……うむ、妾もその話、非常に興味があるのでな」
俺のすぐ隣から聞こえたその声に、恐る恐る振り返ると……そこには薄い笑みを浮かべて俺の体を拘束しているフェリスがいた。
何という連携だろうか、既に妻同士のチームワークは完璧なようだ、実に頼もしい。
問題は、俺の命運がここで尽きるという事くらいだな……
せめて弁解の機会を与えてくれ。
そういう願いを込めてネルソンに目で訴えるが、彼は頭に手をやって、やれやれと言ったように首を振るだけだ。
その隣ではクローディアが相変わらずいつもと変わらない笑顔を俺に向けていた。
「あなた達人族は、いつもこんなに騒がしいんですの?」
マリアベルから往復ビンタを三発もらって頬の腫れた俺を見ながら、それまで成り行きを見守っていたルビーナが呆れたように口を開く。
「最近はだいたいアリスのせいだけどな」
「はぁ、貴方はどこにいっても騒がしいのね」
「えへへ、それ程でも」
「欠片ほども褒めておりませんわよ」
すかさずルビーナに切り捨てられ、アヒル口をしたままションボリするアリス。
イラッとくるが、後でフローワの事が明るみに出て一悶着起こるよりはマシだったのかもしれない。
俺をひっぱたいたマリアベルはソファにどっかり腰を下ろして腕を組み、そっぽを向いている。
これは後で何かフォローが必要だろう。
むしろこの程度で済んだのは奇跡だったかもしれん。
フェリスは……きっといつもより多めに吸われてしまう。
こちらも覚悟せねばなるまい。
肉を、肉を食って血を増やさねば……
少し前までは女性に全く縁がなかったというのに、今は縁がありすぎて生命の危機に瀕している。
人生って本当に分からない。
「それで、人族の王……」
「ネルソンで結構、エルフの姫よ」
「……では私のことも名でよろしくてよ」
俺達のゴタゴタが一段落ついた所で、ルビーナ達の今後についての話し合いを行う。
何せエルフ族の使者を迎えるなど、フィガロでは初めての試みだ。
しかも今回のメンバーは色々と訳あり者が多い、普通の賓客として扱うにしても少し勝手が違ってくる。
「私達の住居ですが」
「それに関しては、城の客室を用意しよう。もちろん出入りに制限はかけない。
何ならば開いている貴族用の邸宅を使用して頂いても……」
「お気遣いは嬉しいのですが、もしよろしければノア殿の住居の側に家を用意して頂けると助かりますわ」
ルビーナの提案に一同が驚き、ルビーナに注目する。
家を用意しろとは大きく出たものだ、まあ問題ないとは思うが……しかし何故俺の家の近くに?
「それは何故?」
「エルフ族は石の住居で寝泊まりする文化はありません。ですので、少し郊外の木造の家が落ち着きます。
それに……」
そう言うとルビーナは髪を掻き上げ、目を見開く。
するとみるみるうちにその目が赤く変わっていった。
その光景に、一同に僅かな緊張が走る。
「先程ノア殿からお話があったと思いますが、こういった事情もありますので、人族との不必要な接触はなるべく避けたほうが良いかと」
「……なるほど」
「その代わりと言う訳ではありませんが、こちらのフローワがエルフの持つ魔法技術の一端をあなた方にお教えしますわ。
そちら側で人員を選出して頂ければ、講義に参らせて頂きます」
「それは願ってもないお話、家の一軒など安いものです。さっそく部下に手配させましょう」
「ありがとうございますわ」
エルフのもたらす魔法技術、その価値は聡明なネルソンにはすぐに理解された。
こうしてルビーナ達はフィガロに滞在する間、俺の家が立つ丘の上に住むことになったのだ。
そうして様々な話が進み、この顔合わせも終わろうとしてたその時だった。
「そう言えば貴方……」
突然何かを思い出したように、ルビーナが指を立てて俺に話す。
「先程ネルソン殿と話されていた際に、この国の貴族の事を言っておりましたでしょう、あの……チェ、チェリオ?」
「チェリス?」
「そう、それですわ」
そう言えば、ネルソンと席を外して話していた時にその話題が出たような気がする。
随分離れた場所で話していたはずなのだが、聞こえていたのか。
「盗み聞きするつもりはありませんでしたが、以前聞いた覚えのある名が出たので気になったのですわ。
たしかその方、しばらく前にベルレッタを訪れていましたわよ」
「え!?」
「何!?」
ルビーナの話に、俺は勿論、城に戻る準備をしていたネルソンまでが驚いてこちらに振り返る。
「それはどういう事ですか?」
「確か、三ヶ月くらい前だったかしら? ラギウス帝国の関係者と一緒にやってきたのですわ。
下らない用事でしたので、私も父上も特に何か話した訳ではないのですが。
確か……何と言いましたか……お……オルバ?」
「オリバー・チェリス?」
「ああ、そんな名でしたね、下品そうな嫌らしい目つきが不快でしたので覚えておりますわ」
「帝国の関係者というのは?」
珍しく興奮した様子で、ネルソンがルビーナに先を促す。
「確かエリオスと言いましたか、後はシャガールという武人風の男ですね、こちらは何度か見たことがあります。
確かバルトリッジという人族の町の者ですわ」
その名を聞いたネルソンは、目に見えて顔が青くなっていく。
後ろでその様子を見ていたクローディアとマリアベルが息を飲む様子が見えた。
何だ? 一体どういう事なんだろう?」
「陛下、その人を知っているんですか?」
ネルソンは俺の問いかけにはすぐに答えず、天井に目を泳がせる。
そうして数分も沈黙が流れただろうか。
やっとの事でひねり出すようにネルソンの口から出た言葉は、俺の予想を遥かに超えるものだった。
「シャガール殿は、ラギウス帝国領、バルトリッジの領主。そして、エリオスとは恐らく……」
「ラギウス帝国、第一皇子、エリオス・ヴァレリウス……次期、皇帝候補です」
ネルソンに代わり、クローディアの口から出たその人物の名は
俺の理解の及ばない何かが、水面下で動いていることを感じさせるに十分であった。




