第九十一話 トシコシダー
家の中はてんやわんやだった。
何しろ庶民の年越しパーティにしては参加予定人数が多い。
一階のリビングには連結して出来た大きなテーブルが中央に置かれ、壁際には椅子がずらっと並べてあった。
さすがに参加予定者が二五名ともなると、全員テーブルに座らせる訳にも行かない。
なので急遽バイキング形式の立食パーティとなった。
ちなみにお祭り大好き女であるアリスは、国王夫妻が主催する晩餐会の方へ行っている。
コルネットからカイの相手を頼まれたらしい。
あっちでアホな事をしでかさなきゃいいんだが……
しかし、城で晩餐会があるというのにマリアベルはこっちに来ていていいのだろうか?
「少し体が冷えたわ、お風呂使えるかしら?」
「はい、温まっておりますのでどうぞ」
「ありがとう、使わせてもらうわ……ユミナ、一緒に入りましょう」
「え、マリアちゃん……う、うん……」
料理魔法使い三人娘がせっせと料理を作り、男達がテーブルに並べる。
その中でマリアベルはユミナを連れて風呂へと行ってしまった。
人の家だというのに遠慮する様子が欠片もない。
まあ……そのうち一緒に暮らすことになるんだけど。
子供たちも、初めは突然の第二王女の登場にびっくりしていたが、目が回る忙しさの中でそこまで気にしていられなかったらしい。
割とすんなりマリアベルは周りに溶け込んでいた。
「ね、ねえ……何で王女様までいるの……」
椅子に座っていた俺の側に、黒髪の少女――ファムが寄ってきて尋ねる。
「いや何だか知らないけど急に来たんだ」
「急にって……ノアさん一応普通の人だよね」
「まあそうなんだけど……あいつの行動を常識で理解しようと思ったら疲れるだけだぞ」
「……なんだかノアさん、あっという間に遠い人になっちゃったね」
そう言って力なくファムは笑う。
俺としては別にファムとの距離が開いたような感じはしないのだが……
まあ確かに王女と普通に話してる一般人とか、周りから見たら異常だよな。
「そんな事はないぞ、ファムはずっとファムだ、裁縫師になるために頑張ってるかわいい女の子だよ」
「かっ!?」
心に余裕ができると、周りの人間にも優しくなれるものだ。
以前は小憎らしいガキだったファムも、エリザベートの店で働くうちに一般的な振る舞い方というのを心得てきている。
今では以前の盗みを働いていた頃の面影はない。
ファムはぷいっとそっぽを向いて何やらモゴモゴと独り言のようなものを口にしていた。
思い返せばこの娘との出会いから様々な縁が広がっていったのだ。
最初は散々だったが、人生とは分からないものだな。
「ノアさんだって……随分増えたよね、女の子。見るたびにどんどん増えてるし……」
「そ、それはだな、色々深い事情があるんだよ。だが変な想像すんなよ、殆どウチで預かってるだけの話だからな」
「どうだか……ミルまで娘とかにしちゃうしさ」
「それはその、色々あるんだよ」
「……私が一番最初に出会ったのに」
「は?」
最後にぼそっと口に出した言葉の意味がよく分からず聞き返すが、ファムはそれっきりそっぽを向いてしまった。
何か気に障ったのだろうか、やはりミルフィオリを養女にした事についてか、だが詳しい事情は今は話せないしな……困った。
「ところでエリーはどうしてるんだ?」
こういうケースでの女の子の扱い方など知らない俺は、苦し紛れに話題を変える。
「知らない! ギリアムさんと出かけた!」
怒ったようにそう言って、ファムはまたミルフィオリ達の手伝いに行ってしまう。
助かったのだろうか……よく分からない。
普通の女の子ってのは難しい。
まあ何にせよ、ギリアムの方はうまくやれているようだ。
「おう、ノア! 来たぜ!」
「お招き頂きありがとうございます」
「お、お邪魔……しま……す」
次に家のドアを潜って現れたのは、ガドラスとカーナ、そしてカタリナだった。
応対に出たミルフィオリに、カーナが持参したおみやげを渡しているのが見える。
さすが貴族の娘、そういう所は気が利いている。
対するカタリナは、なんだか落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回していた。
「いらっしゃい、とりあえず始まるまでその辺に座っててくれ」
「おう、邪魔するぜ」
そう言ってガドラスは開いている席に座ると、その両脇にカーナとカタリナが腰を掛けた。
あの二人が特に喧嘩もなく一緒にいるのは珍しいが……何かあったんだろうか。
「ああそうだノア、今のうちに言っておきてえ事があるんだが」
「ん? 報告ならもうちょっと落ち着いた辺りで……」
椅子に座ったガドラスが手招きをして俺を呼ぶ。
例の調査報告かと思ったがどうやら違うようだ。
「いやそうじゃねえんだ、実はな……」
そこまで言って、若干バツが悪そうに咳払いをするガドラス。
心なしか両隣の二人も緊張しているように見える。
そんな中でガドラスが覚悟を決めたように大きく息を吸い込む。
その口から出た言葉は、衝撃的なものだった。
「二人を嫁に貰うことにした」
その瞬間、リビングの中の喧騒が一瞬にして止まり、静寂が辺りを包み込む。
「「ええええええええええええええ!!?」」
そして一呼吸置いて、皆が一斉に驚きの声を上げた。
「お、おめでとうって言って……良いんだよな?」
「ああ、まあな……流石に色々考えた、多分人生で一番頭使ったな、だが、皆納得した上での結論だ」
「なら俺からは素直に祝福させて貰うよ、おめでとう!」
俺がガドラスに祝福を送ると、他の皆も一斉に祝福の言葉を送った。
ガドラスにしてはかなり小声で話していたはずなのだが。
聞いていないようで結構皆聞いているんだな……
「ふむ、ガドラスよ、お主まで複数の妻とはのう。お主はそういうのが苦手じゃと思うておったが」
「そうなんだけどな、まあ色々あったんだよ……だが後悔はしてねえし、あのロシュフォーン行きはやって良かったと思ってるぜ、ありがとうな」
「フェリス様のお陰でこの形に落ち着きました」
カーナがそう言ってガドラスの腕に手を回す。
どうやら関係は随分と進んでいるようだ。
一方のカタリナは顔を赤くしたまま俯いてしまっている。
「わ、私は……こういうのはまだ……」
「そんな事言っていると、私だけで十分だとガドラス様に言わせてしまいますよ」
「そっそれは……嫌」
カタリナはそう言って、おずおずとガドラスの腕に手を置いた。
それだけで既に茹でダコのように顔が真っ赤になっている。
何があったのか良く分からないが、とにかくあの二〇日間で大きな進展があったのだな。
何はともあれ皆が納得しているなら俺としては祝うだけだ。
そもそも既に妻を複数持っている俺が何か言えた義理ではない。
むしろ妻複数持ちの仲間が増えるのは大歓迎だ。
「お前達が良いと言うのであれば、妾は幸せを祈らせて貰うだけであるな」
そう言ってフェリスは、ガドラス達に優しげな笑みを向けた。
「そ、そうだフェリス殿、調査結果について、この時間にご報告を」
「うむ、まだ開始まで間がある、聞かせてもらうとしよう」
真っ赤になったカタリナが思い出したようにそう言うと、フェリスは隣の椅子に座って、カタリナからの報告を聞き始めた。
とりあえずここはフェリスに任せておくとしよう。
俺も聞きたいところではあるが、主催者が隅っこで油を売っている訳にはいかない。
この場はフェリスに任せ、今まさに扉が叩かれている家の玄関へと急いだ。
「旦那、今日はお呼ばれありがとうございます!」
「「お邪魔いたしやす!」」
扉を開けた先にいたのは、アストリアとユーリであった。
その後ろにはアストリア団の五名が声を揃えて挨拶する。
見れば皆鎧を着たままだ……脱げよ。
「いやあ嬉しいな、こんなパーティに呼ばれたのなんて初めてですよ。あ、これお土産、ラギウス帝国セレスティア地方の酒です」
そう言ってアストリアは俺に透き通った茶色の液体が入った瓶を手渡した。
こちらの酒というとワインやミードといったものが主であったが、これは少々モノが違うような気がする。
「蒸留酒って言うんですよ、この辺りでは珍しいと思いましてね」
「これ……ウィスキーか!?」
「あれ? 知ってましたか、さすが旦那だ」
コルク栓を抜いて匂いを確かめる……確かにウィスキーだ。
シャリドの邸宅で棚に飾ってあったのを見てもしやと思ったが、あったのだな……
ちなみにフィガロの町中でも売られてはいるらしいのだが、非常に高価なものらしい。
「あら、良い物持ってきてるわね」
「ははは、フィガロでは法外な値で売られてるからね、旦那のために取り寄せたんだ……って!?」
風呂から上がったのだろう、こちらに来てウィスキーの瓶を俺から取り上げたマリアベルを見て、アストリアが絶句した。
無理も無い話だ、一国の王女がこんなところにいるとは思うまい。
「まっ、マリアベル様!?」
「ああ私の事は気にしなくて良いわよカタリナ、フェリスとお話を続けて」
カタリナもまさかマリアベルが来ているとは思わなかったのだろう。
慌てて礼をしようとしたところをマリアベルに手で遮られる。
ガドラスはほんの少し驚いてはいたものの、どちらかと言えば面白いものを見つけたような顔をしていた。
こうして大勢の招待客と、招待してない客約一名が集まったところで、シドー家主催の忘年会は始まった。
「えーっと、今日は忙しいところ集まってもらってありがとう。
今日で今年も終わるということで、この一年無事に過ごせた事を祝うという名目でパーティを行いたいと思います」
皆がテーブルを囲む中、俺が開始の挨拶を行う。
忘年会という名目だが、それをそのまま言ったところで伝わらないので適当な理由をこじつける。
「今日は食べ物飲み物、年齢、役職、身分、全部フリーです。
無礼講というんですが、一年の最後くらい、親しい人を集めて面倒くさい手順や儀礼を抜きにして楽しんじゃおうと、そういう企画です。
要するにここではマリアベルもただのガキンチョなので偉ぶらないように」
そう言ってマリアベルをちらりと見ると、その目が怪しく光っていた。
逆効果だったような気がする……怖い。
「ま、まあそういうわけなんで、みんな盃を手にとって……今年一年、お疲れ様でした!」
そう言って手に持った銀の盃を高く掲げる。
「「お疲れ様でした!」」
それに合わせ、皆も盃を掲げて飲み干した。
こうして、宴が始まった。
「う、うまい! なんだこの料理!」
「本当に美味しい……こんなのラギウスでも食べたこと無いわ」
料理を皿にとって食べ歩きをしていたアストリアとユーリが料理に惜しみない賞賛を送っている。
「うちのシェフの料理はどうですかな」
「あ、旦那……いいですね、羨ましいです。こういう嫁さんがほし……いででで」
口は災いの元という。
アストリアはそうしてユーリに耳を引っ張られて次の皿の場所へと移動していった。
ユーリの料理はどうなんだろうか……
「ふ、ふああああああああ!」
別の場所では料理を口に運ぶたびに、変な叫び声を出して悶絶しているエルフが居た。
フローワだ。
「どうしたフローワ」
「の、ノア殿! この、この食べ物は、この食べ物は何なのだ!? こんなもの食べたことがない、神か? 神の食物なのか!?」
「うちの従業員が作った家庭料理だが」
俺の言葉を聞くと、フローワの動きが止まり、そしてがっくりと肩を落す。
「わ……私が今まで食べていたものは」
「家畜の餌だったのだよ」
髪の毛を器用に使って料理を皿に盛っていたティアマトが厳しい現実をフローワに突きつけた。
「アリスが、人間の食べ物を食べたら帰りたくなくなる、と言っていた意味が今分かった」
「まあミルフィオリ達の作る料理はその中でも抜きん出ているがな、何せ師のレベルが違う」
皿に盛ったピザを髪の毛で持った箸で器用にもくもくと食べているティアマトが、何故か誇らしそうに胸を張った。
「ティアマト様、お行儀が悪いですわ。そんな棒のようなもので料理を突くなんて」
「うん? これは箸という食事道具だ、ノアに教えてもらった」
「ああ、俺のいた国で使っていたもので……」
不思議そうにしているフローワとルビーナに、箸を取り出して使ってみせる。
「木や竹で作るから、金属のスプーンやフォークよりはエルフ的だと思うけど……」
そう言って、何となく興味を示していたルビーナに新しい箸を渡してみる。
ルビーナは俺の動きを確認し、箸を手に装着した。
その姿は割と様になっている。
何しろ一度見た文章を丸暗記してしまうような女性だ、箸もすぐに使えることだろう。
ルビーナがふかし芋に箸を伸ばす……掴もうとするが、芋はスルスルと箸の間を抜けて転がった。
「……」
ルビーナが魚の切り身に箸を伸ばす……一瞬引っかかったが、持ち上げる途中で切り身が落ちる。
「……シッ!」
変な掛け声と共に、ルビーナは別の手に持ったフォークでふかし芋を突き刺し、口の中に放り込んだ。
「良いお味ですわ」
そのまま箸をその場に置いて、次の皿へと移っていく。
ルビーナの意外な弱点を発見してしまったようだ。
次に俺は、ミルフィオリ達が集まっているところに向かった。
「あ、社長ー」
ジャンヌが俺の方を見て手を振る。
「社長見た? 今月凄かったでしょ」
「ああ、良くやった、俺は嬉しいぞ」
「えへへ、今月は社長がいっぱい貰えるように頑張ったわ!」
ジャンヌは鼻を擦り、得意気に胸を張った。
「ちょっとシドー縫製の従業員は集まってくれ」
呼びかけに応じ集まって来る子供達。
俺はその一人一人を見た後に、先程から考えていたことを発表する。
宴会が進んでグダグダになる前にこれは言っておきたかった。
「来月から、シドー縫製の仕事に関する基本的な部分をお前達に全て任せる。
俺は人員の確保や設備の入替えのような部分のみで口を出すだけにする。皆そのつもりで、来月は頼むぞ」
「「はい!」」
「それと今月の給金は金貨一枚だ」
「「はい! ……えええええええええ!?」」
元気よく返事をした後に、一斉に子供達が大声を上げ、皆がその動きに注目した。
「き、ききき、金貨!?」
「すげぇ……」
「僕、金貨なんて持ったこと無い!」
「え、だ、大丈夫なの? 私達売られるの?」
ジャンヌがあからさまにオロオロしている。
他の子供達も同じだ。皆、金貨なんてこれまで縁のなかった子らだから無理も無い。
俺はパンパンと手を鳴らし、注目させた後、理由について説明する。
「確かに給金としては多い、だがお前達は俺の想像を遥かに超えて成長した。そのご褒美という面もある。
金はあとでミルフィオリに配らせるから、皆、大切に使うようにな。
お金は大事だ。金を持てば自分の思うことが出来るようになる、反面、悪い虫も寄ってくる、これからはそういう心構えも重要になるぞ。
ともかくお前達が稼いだ金だ、自分が、ここだと思った事に使うと良い」
「「はい! ありがとうございます旦那様!」」
そう言って大きな声で返事をした子供達は皆笑顔だった。
金が入ったことも勿論嬉しいのだろうが、それを自分達の手で作ったのだという事が何よりも誇らしい。
きっとこの子達はもう大丈夫だ。
ここで数年働き、それぞれの分野を極めたら、あとはどこだってやっていける。
まあ金に溺れて失敗しないように多少は見ていてやる必要もあるだろうが、恐らくこの子達はそういう心配もないだろう。
「そうだジャンヌ、ちょっとこっち来い」
「ん? なに?」
パスタのようなものを乗せた皿を持ったまま、ジャンヌがこちらに歩いてくる。
淑女を目指すならもう少し行儀を覚えねばと思うが、まあ今言うのは野暮というものだろう。
側に来たジャンヌに皿を置くように支持し、その手にそっとブレスレッドのようなものを握らせる。
「これって……」
「ああ、ほら、シエルの地獄の特訓をくぐり抜けたらボーナスやるって言っただろ。
少し遅くなっちまったけどな。丁度ジャンヌに良さそうなものがあったから」
そう言って渡したのは、シャルルの書斎にあったエーテライト製のブレスレッド。
一緒に入っていた説明書きによると、ブレスレッドがマナを吸収し、通常よりも速い速度で装着者にマナを還元するらしい。
マナの保有量が少ないジャンヌには丁度良いと感じたので、こっそり頂いてきたのだ。
見た目もサファイアのように青く美しい色合いで、女の子の装飾品としても問題はないはずだ。
試しに装着してみると、ジャンヌの細腕でも問題なく付けることは出来た。
「金貨を追加でやろうとも思ったけど、何となくこういうもののほうがいいような気がしてな……どうした?」
ジャンヌはその手に付けられたブレスレッドを何度もさすって、肩を震わせる。
まさか金貨のほうが良かったのだろうか。
それとも、シャルルの部屋からすくねて来たものだとバレたか? いやそんなはずは……ああ、そういえば包装してなかった!
現物をそのまま渡したので、なんか適当なもの渡されたと思って怒りに震えているのかもしれない。
そう思ってその場を立ち去ろうとしたときだ。
ジャンヌが俺の胸に飛び込んできた。
「社長っ!」
そう言って俺に抱きつき、胸に顔を押し当てるジャンヌ。
彼女の目には、大粒の涙が溜まっており、それを垂らすまいと歯を食いしばって耐えているようだった。
「社長! 社長! しゃちょう!」
「どうしたジャンヌ……」
「私、がんばるから! 社長のためにもっともっと頑張るから!」
「ああ……期待してるぞ」
俺は恵まれている。
この世界に放り出され、辛いことや、苦しいことも多かったけど。
こんなにも多くの仲間に囲まれて新しい年を迎えることが出来る。
先進文明に未練がないと言えば嘘になるが、ここにはそこで手に入らなかったもので溢れている。
どちらが良いのか、そんな事は明白だ。
俺はここで生きたいのだ。
肩を震わせながら泣くジャンヌの頭を撫でながら、俺は一層皆の為に頑張ろうと心に誓った。




