第七十四話 エルフの村
「私は竜王セシルに仕えている、蒼海竜ティアマトだ。
アリストロメーア・シュメイ・ネグ・フローワという女性はこちらの村の者で間違いはないか?」
「はい……そうですね、アリストロメーアはこの村の者です。最近姿は見ませんが……」
「故あってその者を保護している。
アリストロメーアの母親に会いたいのだが、良いか?」
「いくら竜王様の遣いとは言え、勝手に村に入れる訳には……そう言えば大きな竜が見えませんが、そちらは?」
「ただの言伝だ、不要なので置いてきた」
「では竜王様の書状などは? それと、そちらの方は?」
「私の供の者だ。それとただの伝言の遣いに竜王の書状などある訳がないだろう」
「そう言われましても、こちらは何の連絡も受けていないので」
「アリストロメーアの母親を呼んで来てくれるだけでも良い」
「どういったご用件で?」
「まずは本人に直接話すのが道理だ、知りたくばその後に本人より聞くがよかろう」
俺達はエルフの村“ベルレッタ”に到着した。
大きな湖のほとりにある木々に囲まれた村だ。
村の範囲を示すように、小さな木で作った柵が敷かれているだけで、城壁のような防御施設は見当たらない。
本当に森の中にポツポツと、木で作られたログハウスのような家が建っているというだけのものだった。
エルフと接触する足掛かりとして、俺達が取った行動は、まずアリスの母親と会うという事だった。
村の中に入れればよし、でなければ母親に馬車のある場所まで来てもらっても良い。
とにかくまずは村人と繋がりを作らなければならないということで、最もすんなりと入れそうなティアマトを先頭に交渉を始めたのだが……
村の入り口と思われる場所にいたエルフに取り次ぎを頼んだ所、これがまた疑り深いというか、人を小馬鹿にしているというか。
とにかくのらりくらりと話を反らして、一向に取り次いでもらえる様子がない。
そんな事を繰り返している内に、とうとうティアマトが怒り出してしまった。
「貴様、私の事を疑っているのか? 竜族の身が信用できぬと?」
「とは言われましても、書状も何もなしではねぇ……ただの子供にしか見えませんし」
「分かった、そこまで疑うのであれば仕方ない、そこの湖を塩湖にでもしてやれば良いのだな。
竜族をここまで舐めてくれたのだ、もしもの時は、分かっているのだろうな!」
そう言うとティアマトはトテトテと近くの湖の畔まで歩いていき、何やら地面をすくうような仕草をする。
するとその手の中には、白い塊が出来上がっていた。
それをティアマトは二、三度湖の中へと放り投げ、そのうちの一つをこちらに向かって放ってきた。
軽い音を立てて俺の足元に落ちたピンポン玉くらいの白い塊、それは塩の結晶だった。
次にティアマトが湖に手をかざすと、ボコボコと湖面の一部が泡立ち始め、それはどんどんと範囲を広げていく。
「あの、いいんですか? このままだと本当にこの湖が塩湖になっちゃいますけど」
ティアマトの一連の動作を呆けたような顔で見ているエルフに声をかける。
このまま何のアクションもないと、本当に湖を塩だらけにしてしまいそうだ。
そのエルフは俺が渡した塩の塊を一舐めすると、みるみるうちに顔が青くなっていく。
「え……あえ……? ほ、本物!?」
「そうですと何度も言っているじゃないですか。彼女は海竜ですからね、このままだとこの辺一帯が塩害で枯れ木の山になりますね、大変だー」
「お、おい、冗談じゃないぞ!? あんた何とかしてくれよ!」
「えー、でもぼくただの従者ですし、貴方がティアマト様に謝るべきでは?」
とぼけながらエルフの男を突き放すと、そのエルフは血相を変えてティアマトの元に駆けていき、なにやら必死に頭を下げているようだった。
しばらくすると、その男が村の中へとすっ飛んでいくのが見える。どうやらアリスの母親を呼びに行ったようだ。
そのまま村の入口で待っていると、ティアマトが湖の方から戻ってきた。
「ご苦労様、なかなかの名演技だったな」
「うまくいった……でも演技じゃない、少し苛ついたからちょっとだけ塩水作った」
「おい……大丈夫なのか、湖」
「大丈夫、すぐに薄くなる」
ティアマトはそう言って満足そうに頷いた。
俺達は事前に、エルフがごねた場合を想定して色々と作戦を立てていたのだ。
これもそのうちの一つ。
湖を塩水に変えるとは、何とも海の竜の怒りを表すのに相応しい行動だ。
しかし本当にやれるとは思わなかったけどな……打ち合わせでは、それっぽく見せるだけのはずだったのだが。
「昔はよく塩害の酷い地域に行って除塩作業をやらされた」
「そんな事までやってたのか……」
「帝国の食料庫と言われているセレスティアの穀倉地帯は私とナーガで作ったものだ。
あそこがなければ今の帝国の繁栄はあり得ない」
セレスティア穀倉地帯とは、アンクールの南部にある帝国の都市“セレスティア”の周囲に広がる広大で肥沃な土地の事だ。
帝国で消費される食料の約五割がここで生産されており、まさに帝国の心臓とも言える場所なのだそうだ。
ティアマトの話では、戦争が終わった後にナーガと二人で土地を改良し、穀物の生育に適した土壌に変えたそうだ。
竜族の力とは戦い以外の場所でも非常に強力なのだと実感する。
あとでフィガロの土地改良も頼んでみるか……
そんな事を考えながらティアマトの方を見ると、目が合った。
反射的に手が伸びて頭を撫でる。
ボリュームのある髪のお陰でフワフワしていて、撫でてる方としても気持ちいい。
ティアマトは、くすぐったそうな困ったような顔をしながらも、こちらのされるままになっていた。
「髪、乱れるから、ぐりぐりしすぎるのはだめ」
「お、おう」
ティアマトとの戦いからこれまで一緒に暮らしてきた中で、俺がティアマトに対して感じていたわだかまりのようなものは、ほぼ消え失せていた
ティアマトは俺に対し非常に協力的で、子供達からも人気があり、先日の戦いでも難しい状況の中、皆を守りきってくれた。
アリスが以前と変わらず、ティアマトに対して恨み言をぶつけるような事がなかったのも大きかっただろう。
そうなってくると次に目を引くのがこの可愛らしさだ。
まるで人形のように可愛らしい姿、しかも髪がボリューム満点の為、フワフワ過ぎてつい手が出てしまうのだ。
戦闘の時は鉄の剣すら簡単に弾く髪なのに、普段はフワフワなのだ。
本人も嫌がってはいないようなので、スキンシップと称して度々フワフワを堪能している。
だがさすがにアバラの確認までは出来ない、その程度の理性はある。
確認したいけど。
そうして三〇分ほど待っただろうか。
遠くから一人の女性のエルフがこちらに歩いてくるのが見えた。
白衣のような服を着て、金色の髪を後ろでまとめ、眼鏡のようなものをかけているようだ。
髪は長く、まとめられて太い尻尾のようになった髪の毛が太ももの位置まで垂れ下がっている。
その女性はこちらに気がつくと、まるで町中で友達に出会った時のように気さくに手を降って笑顔を作った。
しかし……何で彼女一人なんだ? 呼びに行った男はどうしたんだろう。
というか、竜族が来ているというのに何で誰も来ないんだ? 普通は村長とかそういう人物が挨拶に出て来てもおかしくないんじゃないのか?
いくらエルフが閉鎖的で個人主義とは言え、ここまでのものなのだろうか。
アリスから多少は聞いていたが、実際にこうして現場に立つと、そのエルフ族の外界に対する無関心さというのがとても異常に思えてくる。
まるで、道端で人が倒れていても誰も気にしない大都会のようだ。
見た目はこれ以上無い田舎なのだが……
そんな事を考えていると、顔が見える程度まで近づいてきたエルフの女性が、突然ダッシュでこちらに向かって来る。
俺は驚いて二、三歩後ずさるが、その女性は俺になど目もくれずに、ティアマトの前に来てその全身をジロジロ眺め始めた。
「おお! 竜族! 本物だぁ! すごい、すごいぞ! お嬢さん、ちょっとこれから少しだけいいかな? お姉さんとお話しよう、お話!」
そのエルフはいきなりそうまくし立てると、ティアマトの周りをぐるぐる回って興奮したように喋り続ける。
「いやあ、竜族なんて初めて見たよ、長生きはするもんだね! といってもわたしゃまだ五百いってないけどねえ、アハハハ。
ねえねえ、竜族って寿命どのくらい? 炎出せる? あ、大きい竜とかいるんだよね? どこ? どこ?」
まるでマシンガンのようにまくし立てながらティアマトの周りをぐるぐる回って体中を観察している。
何だこのエルフは。
「おいちょっと、まず話を……」
「ねえねえねえ、私の家に行きましょう、そして色々お話きかせて! 十年でも百年もいいからっふべぎゃん!」
とりあえず落ち着かせようと声をかけたところで、そのエルフの女性はハリセン状に形を変えたティアマトの髪に殴られ、面白い悲鳴を上げつつ二回転半ほどしながら宙を舞って草むらに落ちた。
突然の事に、しばし俺の中で時が止まる。
「……ティアマト、まずは、話し合い」
「これは無理」
「ア、ハイ」
ごもっともだった。
気絶したエルフの女性をティアマトの髪で拘束し、俺達は馬車を停めてある森の入口へと向かった。
俺達が帰ってきた事に気がついたアリスがこちらに手を振っているのが見える。
「……母です」
馬車まで戻った俺達は、拘束したエルフの女性をアリスに見せた所、非常に申し訳なさそうに目を伏せた。
どうやら何があったのかは大体想像が付いたようだ。
「まさかお前をマトモだと思える日が来るとはな」
「ひっど、私、エルフの中ではすっごい常識人ですからね!」
「ああ今なら同意しよう、あの環境の中で育ってよくその程度で済んだな、えらいぞ」
「そこはかとなくバカにされてるような気がしますが……」
褒めたというのに不満顔のアリスをからかいながら、俺達はアリスの母親の意識が戻るのを待つ。
目覚めと同時にまた動き回られても困るので、ティアマトがしっかり拘束したままだ。
アリスの母の名はフローワというらしい。
エルフの名前は長いが命名規則は単純で“本人の名前・家名・父の名・母の名”という付け方をするそうだ。
家名というのは、男性のエルフが独立し、自分の家族を持った際に新しく付けられる名字のようなものらしい。
つまりアリスの名前“アリストロメーア・シュメイ・ネグ・フローワ”の場合は、ネグという男性エルフが家長を務めるシュメイ家の一員という事になる。
ちなみにアリスの父親であるネグは、アリスが幼い頃に病でこの世を去っている。
寿命の長いエルフは老衰で死ぬことは殆ど無く、大抵は途中の事故や病によって命を落とすのだそうだ。
アリスが治癒魔法を集中的に勉強していたのも、亡くなった父の影響が強かったようである。
ちょっとアリスを見る目が変わりそうだな。
「まあ母の話ですと、父は性格がすっごく悪くて誰も結婚してくれなかったので、妹である母が仕方なく結婚したんだそうです。
母も見ての通りちょっとアレな人で、将来を危惧されてたのでちょうど良かったんですね。
ちなみに私が産まれた時は父はもう六百歳を超えていたので、そこまで若くして亡くなったという程では無いんですよ」
……ちょっと感心したらこれだ。
積極的に感動に冷水をかけていくスタイル。そうだ、アリスはそういう女だった。
しかし本当に兄妹で結婚なんてあるんだな、産まれた時から一緒に生活してきた相手と結婚とかいまいち想像がつかない。
これだけでも人間とエルフの間には大きな価値観の壁があるという事が伺える。
「二十年くらいしか一緒に過ごせませんでしたけど、遅くに出来た子供という事もあって、私にはとっても優しい父だったんですけどね……」
「ああ、まあそれはあれだ、母親の言う父親の悪口なんて大抵誇張が入ってるもんだから」
「それは誤りだよ少年、魂の入っていないエルフの肉人形を作って帝国の貴族に売ろうとしていた男だぞ、紛うことなきクズの中のクズだ」
俺とアリスの会話に聞き慣れない声の主が割って入る。
振り返ると、先程まで気絶してたアリスの母――フローワが目を覚まし、俺達の方を興味深そうに眺めていた。
「あ、起きた」
「海竜殿、こちらの拘束を解いてもらえないかな」
目を覚ましたと思ったら全く悪びれる様子もなくそう要求するフローワに、ティアマトが困ったような顔で俺を見る。
俺は拘束を解くようティアマトに合図すると、程なくしてフローワに巻き付いていた髪が解かれた。
「ありがとう海竜殿。
さて、先程からの話は聞かせてもらったよ。
なに、皆まで説明する必要はない、この状況を見れば何が起こっているかなど火を見るより明らかだからね」
立ち上がってわざとらしそうに髪をかきあげ、フローワは自信満々にそう宣言する。
まさかあの何気ない会話だけでこちらの事情を察したのか?
もしそうだとするなら話が早いなんてものじゃない、これがエルフ族の実力なのだろうか。
と思ったら、全くそんな事は無かった。
「ズバリ、君達は私が発見した遺跡を調査しに来たんだろう?
帝国から海竜まで来るんだ、これはもう本格的な調査に違いない、今までみたいに入り口でウロウロして帰るだけの税金泥棒みたいな連中とは違う。
入り口を吹き飛ばしてでも中を見る! そういう強い意志を私は感じているよ、よしわかった! 遺跡までは私が案内しよう。
なに遠慮はいらないさ、ベルレッタであの遺跡を調べているエルフなんて私くらいのものだからね、だからつまり、君達は私を雇うべきだ、雇わなくてはいけない、分かるね? OK? ではぎゃぶべん!」
立ち上がったと同時に全く関係ない話を怒涛のように喋りだしたフローワに、またしてもティアマトの髪ハリセンが飛ぶ。
今度も見事なキリモミダイブの後、顔面から地面に落ちていくのが見えた。
懲りねえ人だな。
というか、いつになったら話ができる状態になるんだろうか。
「おいアリス、エルフって皆こうなのか?」
「い、いえ……多分、人が沢山来たからはしゃいじゃてるだけ……なのかも?」
「村のエルフは俺達に全く関心が無いようだったけどな、しかしどうすんだこれ、話が進まないぞ」
「あの、私が母と話しますから……ちょっと皆さん隠れててもらって良いですか?」
「それは構わないが、大丈夫なのか? お前の体の事とか」
「あ、はい、多分母は気が付かないし、気が付いても気にしないと思います」
「気にしないのかよ……」
そして数時間後、俺達はエルフの村の中にある、アリスとフローワが住む家に来ていた。
さすが親子というだけの事はあり、アリスはフローワと会話することに成功し、俺とティアマトでフローワの家にお呼ばれする事になったのだ。
ちなみにこちらの素性を伝えた際、フローワはあからさまに落胆したものの、特に驚いた様子も見せなかった。
自分が待ち望んでいた遺跡調査隊ではないならどうでもいい、そんな心の声が聞こえてくるようだ。
「……ああそう。なんか帰ってこないなと思ったらフィガロで道草食ってたのか」
「道草じゃないですよ。それこそ笑いあり涙ありの大大大冒険をして来たんです。
ノアさんも何とか言ってやってくださいよこの引きこもりに、私はフィガロで大人気だって」
「まあ……城下町ではわりと感謝されてたな」
「城下だけじゃないですよ、陛下だってもう、お前なしじゃ生きていけない! とか言ってたじゃないですか」
「本人がいないと思って話を特盛りにするんじゃねえ」
「人族が使う治癒魔法のノウハウは教会が独占しているからね。そこに行けばこんな世間知らずのちんちくりんでもそりゃ歓迎されるだろうさ」
「世間知らずとかお母さんにだけは言われたくないですよっ!」
夕食を食べなからまずは世間話を中心に会話を進める。
フローワにこちらへの警戒心が無いせいか、会話自体は特に問題なく続けることが出来た。
アリスも久しぶりの実家ということで、口では何だかんだと言いながらも嬉しそうに見える。
俺は、夕食として出された穀物の粉と魚のすり身が入ったスープを口にする。
はっきり言って不味い。
俺が普段からわりと良いものを食べているせいもあるのだろうが、フィガロの一般家庭の料理と比べてもひどい味だ。
粉っぽくて生臭く、薄い塩味が付いているのみ。
以前コリーン村で生活していた頃に食べていた食事といい勝負といったところだろう。
「相変わらず、まっずい食事ですね」
「腹に入れば同じなのだから味など関係ないだろう」
「ぜんっぜん違いますよ、おいしい料理は心にゆとりを生むんです、明日への活力です、ねえノアさん?」
全くその通りだとは思うのだが、さすがに人様の家で食事を頂いてるのに「そうだ」などと言える訳がない。
アリスも実家だからこそできる無礼を俺に振らないで欲しいものだ。
「まずい、食材が泣いてる」
「ですよね!」
俺の代わりに隣りに座っていたティアマトが返事をした。
しかも微妙に食通っぽい感じのコメントになっていて、それにアリスが相槌を打つ。
あれ、気を使ってるのって俺だけ? 俺が考えすぎなのか?
「……ところで、他にも人がいたのではないのか? あのピンク頭と白い馬は君の関係者なんだろう? 呼ばなくて良いのかい?」
周囲のまずいコールを無視してフローワが俺に尋ねる。
マシンガントークをしていた辺りで一瞬しか姿を見ていないはずなのに、しっかり見ていたということか。
しかもユニコーンまでも、普通の馬と区別しているとは。
「良いんですか?」
「構わないさ、ここには他人の家に誰が来ようと気にする奴なんていない。
しかもここは村外れだからね、目立つようなことも無いだろう」
そう言ってフローワは不敵に笑う。
他人事かと思いきや、よく見ている。
しかも微妙に何かを含ませた物言いに得体の知れないものを感じるが、とは言えこの面子でお喋りしていても話は進展しそうにない。
俺はフローワの言葉に甘え、馬車の近くで待機させていたメイアとユニコーンを呼んだ。
『不味いわね、家畜の餌かしら』
出されたスープを舐め取りながら、ユニコーンは忌憚のない感想を述べる。
ここまで来ると、やっぱり俺が遠慮しすぎなのかな? と思わなくもない。
「お腹に入れば同じだし」
そう思っていたらメイアがフローワと同じような事を言いだした。
そうか、メイアはそっち派か。
『ところで、本来の目的の件はどうなっているの?』
食事も終わったところでユニコーンが話を切り出す。
今回の旅の主目的である、エルフ族とフィガロの同盟の件だ。
それはユニコーン達が来る前にフローワと少し話したのだが、正直な所、あまり良い話は聞けなかった。
「人間の国との同盟とやらか、聞きはしたが正直なところ不可能だと言う他ない。
今のベルレッタの氏族長的な位置にいるのは、スレイ・サンジュ・ゾゾフ・クレアリアという男でな。
こいつはどうしようもない臆病者のくせに、気位だけは人一倍という……まあはっきり言ってしまえばゴミみたいな男だ。
現職のゾゾフ氏族長がもう歳で動けなくなったのを良い事に、勝手に次期氏族長を名乗りだしてな。
上の連中の中ではちょっとした騒ぎになっているよ。
このような状況の中で他種族と交流を結ぶなどという決め事はまず出来ないだろうな」
「ちょっとまて、族長ってそんな適当に名乗れるものなのか?」
「うむ、良い質問だな。
本来は正規の手続きがあるのだが、今のゾゾフ氏族長は非常に長生きをされている方でな。
通常なら百年に一度くらいは族長交代が発生するのだが、ここベルレッタではもう四百年以上も交代が起きていないのだ。
四百年ともなると、エルフにとっても短い時間ではない。
その為、族長交代の儀式や基準に関する取り決めがあやふやになってしまっていてな。
そこにゾゾフ氏族長の息子であるスレイが付け込んだという訳だ」
「つまり、交代の手順が失伝してしまっているので、勝手に名乗りを上げてタナボタを狙っているという訳か。
でもそれって物凄く大変な事件なんじゃないのか?
それにしてはこの村からはそれ程の危機感は感じないが……」
「次の氏族長を狙ってた一握りの年長者以外は無関心さ。
族長の仕事ってのは別に大したものじゃない。戦時下では天族の命令に従うという取り決めはあるが、最近は戦争なんて無いからね。
あとは帝国から送られてくる支援物資を割り振るだけの簡単なお仕事だ。
要するにあいつは、氏族長という権威が欲しいだけ。あとはあわよくば支援物資の横領も行いたいってだけの事なんだろう」
「……なんだかグダグダだな、他のエルフ達は反発したりしないのか?」
「氏族長になろうなんて連中は、大体八百歳を超えてるような老人だ。
いわゆる戦争世代というやつでね、私達下の世代からしたら、何でそんな意味のないポストに躍起になるのか理解できないね。
横領といった所で、そこまで無茶苦茶できる訳じゃない。せいぜい珍しいもがあったら二品、三品くすねるか、帝国にお招ばれして接待を受けるかって程度だ。
村人が飢えるレベルで物資を独占しようものなら、帝国や天族に告げ口されてバカな氏族長は消されるだけだからな。
だから素直に最年長者が引き継げば良いだろうと考えている者が殆どだよ。」
そう言うフローワも、特にそのゴタゴタ自体には興味が無いようだった。
そもそもエルフ族は生きる為の労働というものを殆どしていないらしい。
それは五百年前の戦争終了後からより顕著になったようで、今では衣食住の殆どを帝国からの支援に頼っており。
エルフ達は各々の研究をひたすら続けるだけの種族になっているそうだ。
過去激しく争っていた獣人族、オーク族は帝国領の南と離島にそれぞれ押しやられ、帝国よりも北に住む限り、エルフ族の敵はいない。
人族もエルフの領域を基本的には不可侵としており、アリスの時のような事件はあるものの、エルフの村自体が攻められるような事はない。
閉鎖的な空間で食うものにも困らず研究三昧、その結果出来た種族が今のエルフ族である。
エルフってもっと神秘的な存在だと思っていたのだが、なんだか元いた世界の人間に似た閉塞感漂う種族だな。
あと変わり者も多い……というより今のところ変わり者しか見ていない。
それがエルフだと言ってしまえばそれまでだが、このままではとてもじゃないが異文化交流出来る気がしませんよ……
『貴方、アミルドラという名のエルフに心当たりはないかしら?』
俺とフローワの話が一段落したのを見計らったようにユニコーンが質問を挟んで来る。
「ん? そのエルフは何者かな」
『昔の知り合いのエルフよ、もう千年以上前の話だけど、あの頃はまだ年若い少年だったわ』
「なかなか珍しい種だと思っていたが、君はそんなに長生きしているのか。
だがさすがにエルフでも千年以上生きているような者はなかなか……いや待て」
そう言うとフローワは立ち上がり、顎に手を当てて僅かに考え込んだ後に、閃いたように手を打った。
「そうだ、やはりその名がある“ゾゾフ・カザッハ・アミルドラ・シャンテ”療養中の現氏族長の名だ。
まだ断定は出来ないが、君の言うエルフがゾゾフ氏族長の父親である可能性はあるな」
『そう、ならその氏族長とやらに会えないかしら』
「無茶を言うな、氏族長だぞ? いくらエルフが他に無関心とは言え、素性の知れない者が長に安々と会えるなんて事はない」
『なら伝言でもいいわ、アミルドラ・ロレク・オルタルス・オルディーヌの友が会いに来たと。
そう伝えて貰えれば、もしその男がアミルドラの縁者であれば何か動きがあるでしょう』
「ふむ……」
ユニコーンの言葉にフローワは再び顎に手を当てて考え込み、しばらくして閃いたように顔を上げた。
その自信に満ちた顔を見ていると、猛烈に嫌な予感が湧き上がってくる。
「よし分かった、ユニコーン殿の言葉は氏族長に伝えよう。
だがその代わり、君達には私の研究の手伝いをしてもらう。嫌とは言わせんぞ」
「何だよ研究って……人体実験とかなら却下だからな」
「違う、私の研究内容は歴史学だ。
私が数十年ほど前に発見した古代遺跡、その調査に付き合ってくれたまえ!
竜族に古代の魔獣がいるのだ、この機会を逃すわけにはいかん」
そう言ってフローワは興奮気味にまくし立てるが、これは厄介な話だ。
遺跡調査とか……それは一体どの程度の時間がかかるものなのだろう。
こっちは一刻も早く成果を持って帰らないといけないというのに。
「ちょっとまった、俺達にはそんなに時間がないんだけど……」
俺の言葉に、フローワはキッと目をきつく細めて睨んでくる。
「少年、私はこれでも現実的な提案をしているのだよ。
先程も言ったように、現時点で君の求める同盟締結という流れになる事は無いだろう。
メリットが見えないからね。
今まで交流のなかった、しかも異種族ともなれば、いくら手土産を持ってきたところではいそうですかとはならん。
君達が今すべきは、自分がどのくらいエルフにとって有用かを見せることだ。
その一環としてまず私を手伝ってみないかと言っているのだよ。いいかい?」
諭すようなフローワの説明に、言い返す言葉もなく黙るしか無い。
いいように使われているだけのような気がしないでもないが、フローワの言っている事もまた事実だろう。
既に帝国から十分な援助を受けているエルフ族は、これ以上他の国と関わる必要がない。
黙っていたって攻められる心配もないし、必要なものが帝国以外にある訳でもないのだ。
エルフ達にとって、フィガロと交流する事に意味は殆ど無い。
今はアリスを助けたという大義名分があるからこうしていられるが、ここで何もせずに帰ってしまえば、次は村に入れるかどうかも分からないだろう。
今回の訪問の間で、何としても現地のエルフと繋がりを作っておく必要がある。
フローワの言っていることはそういう意味だ。
分かってはいたが、やはり一足飛びにとはいかない。
フィガロで起きている問題を考えれば気は早るが、強引に推し進めてエルフから不興を買っては元も子もないのだ。
「……わかりましたフローワさん、貴方の仕事をお手伝いします」
俺の言葉に、フローワは露骨に嬉しそうな顔を見せる。
「そうかそうか、話の分かる人間は好きだよ。では早速段取りを進めようではないか。
ああ、ユニコーン殿の件は明日にでも族長の家族に伝えておこう。ゾゾフ氏族長は療養中だからどういう対応になるかは分からんがな」
『よろしくお願いするわ』
いそいそと資料をまとめ始まるフローワのを尻目に、ユニコーンの期待したような声が響く。
そう言えばユニコーンは自分の故郷を探す為にこの辺りをウロウロしていた最中にアリスを見つけたのだったな。
ずっとフィガロで生活していたから、ユニコーンがいるのが当たり前になっていて、その目的を忘れる所だった。
「ユニコーン、故郷の場所が分かったらどうするんだ?」
『さあ、何となく見てみたくなっただけだから。ただ、何で私のいた村が消えたのか、それは知りたいわね。
もっとも今更行ってみたところでどうにもならないでしょうけど……あの時、私が逃げ出していなければ、もう少し何か分かったのかも知れないわね』
ユニコーンが昔住んでいたエルフの村は、ある日走った閃光により、消滅してしまったのだという。
それがどんな光景だったのか俺には想像しようもないが、村一つ消えるってのはただ事ではないだろう。
「それ前にもちょっと聞いたけど、村はどんな状況だったんだ? 焼かれてた訳ではないのか?」
『そうね、火は……無かった訳ではないけど、焼かれたような感じではなかったわ。
そこだけ台風が吹き荒れたみたいに、何もかも吹き飛ばされていたのよ。
エルフ達の死体も村の外に沢山あった。殆ど原型を留めていないようなものも多かったけどね』
「大規模な魔法とか?」
『あんな規模の魔法を使える存在なんて見たことがないわね。
恐らくフェリスでも不可能でしょう。もちろん私にだってね。
竜族ならもしかしたらとは思わなくもないけど、千年前に竜族はいないわ』
「となると魔族か天族かってところか」
『それも多分違うわね、天族がエルフを攻撃する意味はないし、魔族は魔族で、戦争が終わった後の各種族同士の戦いには殆ど介入してこなかった。
それに昔の魔法って今よりずっと単純なものばかりよ、あの頃の魔族や天族に、あれだけの規模の魔法が使えるとは思えないわ』
思い当たることをユニコーンと話し合うが、全く分からない。
もっとも、俺が考えるような事は既にユニコーンが十分検証してるのだろう。
永い時を生きてきた魔獣の、遠い昔に残した心残り。
世話になっているからこそ、何とか力になってやりたいと思う。
『同情なんていらないわよ』
気の毒そうな俺の顔を見てプライドを傷付けてしまったか?
と思いきや、そうではないようだ。
『私はこれでも楽しんでいるのよ。
こんなに沢山の異種族に囲まれて暮らしたのなんて、もういつの事だったか忘れちゃうくらい昔の話だし。
私の生い立ちなんてどうでも良くなるくらいの真実を知ることも出来た。
この巡り合わせを呼び寄せた貴方には多少感謝しているわ、きっと今は私の生涯で……一番充実している時間だと思うしね』
そう言ってユニコーンは睡眠を取る為、床に座り込む。
ユニコーンは馬の特性を色濃く持っているため、昼と夜に一時間ずつの睡眠を取れば十分らしい。
その為、野営時の見張りなどでは最高のスペックを発揮する。
今の俺達にとっては無くてはならない協力者だ。
アリスと出会った時から何となく一緒に行動するようにはなったが、本来であればユニコーンは自分の事は自分で何とでもできる存在である。
何れどこかに去って行ってしまうのだろうと思っていたので、今この時間が充実していると言われるとなんだか嬉しい。
「ユニコーン……色々ありがとうな、凄く助かってるよ」
『貴方に潰れられても困るからね。マリアベルも悲しむだろうし……まあ、もうしばらくは付き合ってあげるわ』
俺の感謝の言葉に、ユニコーンはまんざらでも無さそうに鼻を鳴らすと、短い眠りにつくため目を閉じた。




