第七十三話 それは伝説の魔王
司馬一馬。
俺がエルフの村に旅立つ前日にフィガロの町中で偶然出会った、俺と同じ過去の世界から召喚された元日本人。
ラギウス帝国内に家を持ち、画家として生計を立てている。
カズマについて俺が知っているのはその程度だ。
しかし実際の事情はだいぶ違っていた。
カズマは召喚された者ではあるが、本人から聞いた話よりももっと過去の時代に呼び出されていた人間だったのだ。
カズマがこの世界に来たのは、今から約一八〇〇年前。
第二次天魔戦争と呼ばれる、魔族が天族を一時的に打ち破った戦争が起きていた最中の事だ。
彼は天族側に味方していた、とある国の人間によって呼び出されたが、勝手に召喚した挙句に、自分達の戦争に加担しろという身勝手さに呆れ果て
戦争への参加を拒否し、元の世界に戻るために独自に行動を開始した。
当時のカズマは、自身のマナが尽きるまで何度でも体が再生され、また、殺した相手の持つ能力を奪い取れるという強力な力を持っていた。
そのおかげで当初は味方のいなかったこの世界でも、何とか生き抜くことが出来たらしい。
しかし調査を進める内に、元の世界には帰れないという事が分かってしまった。
カズマは絶望するが、その時彼の周りには、彼を支えてくれる仲間達が大勢出来ていたのだ。
カズマは仲間達の励ましもあって立ち直り、一転して自分の居場所を作るための行動に出る。
戦争により家族を失った者や、戦争を望まない者達をまとめ、グラーナ島の南の島――以前の世界ではマルタ島と呼ばれていた島に独立国家を作った。
しかし余りにも強大なカズマの力を危惧した天族と魔族は、一部の勢力が結託し、カズマを罠に嵌めたのだ。
カズマの国を国家として了承する、その為の式典を行うという名目でカズマ達は誘い出され、その式典の最中、事前に何重にも仕掛けてあった結界に囚われてしまう。
そこを四方からの攻撃に晒され、カズマの仲間達は次々と命を落としていった。
カズマ自身も善戦したが、最後には捉えられてしまう。
そして、マナが尽きるまで死なないその体は、七つのパーツに分解され、それぞれが厳重に封印される事となった。
当時の計算では、およそ二千年の間封印が為されれば、カズマの持つマナは全て消え去り、カズマの存在もまた消え去るはずだったのだ。
しかし今から二〇年程前。
かつてカズマに共感し、付き従っていた魔族の一人が、偶然にもカズマが封印された箱を見つけ出した。
そこに封印されていたのはカズマの頭部。
その魔族は自身の体をカズマと同化させる事により、カズマに仮初の体を与え、彼を再びこの世界に呼び戻すことに成功したのだ。
それからというもの、カズマはジノーグという港町に拠点を置きつつ、封印された残りの体を探しているらしい。
――――
あれから一日経ち、デラルナ山脈の山道を降りきった俺達は、山間部に出たところでキャンプを張る事になった。
カズマと三体の魔獣との戦いの後、俺は程なくして倒れ、原因不明の高熱を出して丸一日程度意識不明だったのだ。
戦闘で矢傷を受けた馬は、結局助からなかった。
ティアマト達は死んだ馬を焼き、道の脇に埋めた後、ユニコーンと交代で馬車を引きながら進んできたらしい。
カズマはティアマト達によって捉えられ、俺の目が覚めた後に処遇を決めるという事で、今まで拘束されていた。
そして先刻、俺は目を覚まし、ティアマト達から事の次第とカズマ自身が語った身の上話を聞いていたところだ。
その内容は驚くべきものだった。
それと同時に、思い出される事が有る。
その昔、とてつもない力を持って召喚され、世界を滅ぼそうとした者がいたという話。
天族と魔族が休戦し、最初で最後の共闘作戦を行い、最後には封印したという伝説。
そんな話を、以前フェリスから聞いた覚えがある。
今の話を聞く限り、恐らくそれがカズマの事を指しているのではないだろうか。
フェリスから聞いた話と大分内容が違うが、カズマが天族や魔族にとって都合の悪い存在であったことを考えれば、伝承と事実が異なるのは理解できる範疇ではある。
何より、カズマが俺と同じ世界から来たということは既に疑いようがない事実となっている。
いくら俺と同郷の人間を演出しようとしたところで、この世界の人間が日本語での会話を会得できるとは考えにくいからだ。
先程の話の中で出ていた「頭以外は仮初めの体」という話も、光の剣によって消失したはずの右腕が何の治療もしていないのに元通りになっている事から、全くのデタラメとも言い切れない。
その事からも、今語られたカズマの過去に関しては、ある程度の信憑性はあるのではないかと感じる。
正直な所、俺は混乱してそれ以上うまく考えがまとまらなかった。
それはそうだろう、こちらの世界に来てから、初めて出会った同郷人。
それが、今まで俺達の命を二度も脅かした敵だったというのだから。
「……何で俺達を狙ったんだ」
聞きたい事は山ほどあるのだが、うまく言葉にできない。
俺はやっとの事でその疑問をカズマに投げかけた。
「依頼されたからだ、お前……ノア・シドーを殺してくれとな」
やはりか……
当たり前のようにそう話すカズマを見て、俺は自身が暗殺の標的となっている事に何とも言えない恐怖と不快感を覚える。
「依頼って誰に……」
「依頼主の話はできん、そういう契約だ」
『貴方、今の自分の立場が分かっているのかしら?』
一時的にとは言え面倒を見ていた旅の仲間を殺されて気が立っているのか、ユニコーンは殺気を含んだ声をカズマに向ける。
俺はそれを手で制すると話を続けた。
「依頼って、仕事でこんな事を?」
「ああ、暗殺を生業としている」
「何でそんな仕事を……」
「そうしなければならない理由があるからだ。
この体は定期的にマナを補充しなければ保てない、それは自然に吸収されるだけのマナでは到底足りない量だ。
そして、今の俺に残された力は“殺した相手からマナを奪う”これだけだ。だから生物を殺して命を繋ぐ以外に無い」
「なら猟師とかそういうのでも……」
「勿論動物を仕留めることもあるが、動物は人間に比べてマナの保有量が少ない。
それに……お前は勘違いをしているぞ。
俺はこの世界の人間を殺す事に関しては何の躊躇いもない。」
そう言って俺を見つめるカズマの目からは、何の感情も伺うことが出来なかった。
暗く沈んだ、色のない目。
見ているだけで背筋が凍るような気分になる。
先日フィガロで話した時と比べれば、まるで別人のようだ。
俺と同じ日本人が、人殺しを生活の糧にしている。
それを聞いた時、非常にショックを受けた。
しかし先程聞いたカズマの過去を聞いてしまうと、色々と想像できてしまう事もある。
俺自身、とても恵まれた状況だったとは言い難いからだ。
体を調べられ、利用価値がないと分かったら、王族殺しの嫌疑をかけられ殺されそうになった。
フェリスやクラリスの助けが無ければ、俺の命はそこで終わっていたのだ。
あれだけでもこの世界を憎む理由になり得るというのに、ようやく巡り合った仲間達を殺されたとなれば……
今の自分に当てはめて考えようとしただけで吐き気が込み上げてくる。
それは一体、どれ程の絶望になるのだろう。
そして、そこから生まれる憎悪とはどういうものになるのか。
想像することすら躊躇われる。
「おい、勝ったお前が暗くなってどうするんだ。
まあ人間だけって訳じゃない、魔族も天族も、俺にとっては等しく価値がない存在だ」
『フン、ノアの情けに期待してみっともなく命乞いをした口でよく言うわね』
「否定はしない、そっちの戦力を見誤ったのは事実だ。
だが俺もこんなところで死ぬ訳にはいかないからな、生き延びる目があるなら故郷の縁でも何でも使うさ」
『さすが暗殺者、意地汚い事ね』
今にも喧嘩を始めそうなユニコーンとカズマのやりとりで現実に引き戻される。
荒ぶるユニコーンを宥めながら、俺はティアマトとユニコーンにカズマの話を聞いた上での意見を求めた。
「カズマの話を聞いてどうだ、昔のカズマの話とか、何か知らないか?」
「私はまだ生まれて千年経っていないから、その異世界の魔王の話は本でくらいしか読んだこと無い」
『私もよく知らないわね、昔住んでたエルフの村でそういうのを研究してた人もいたけど、詳しい事は聞いていないわ』
念の為メイアとアリスにも聞いてみたが、結果は同じだった。
メイアは伝承から得た情報を元に推測した、独自の仮説を熱く語りだしたが、長くなりそうなので口をふさいでおく。
結局、誰も伝承などで確認できる範囲以上の事は分からない。
だがそれも仕方がないだろう、今から一八〇〇年も前の出来事なんて知っている人物なんて……もしかしたらシエルが知っているか?
しかしそれは今すぐに確認出来る事ではない。
結局のところ、目下の問題はカズマの処遇をどうするかだ。
今までカズマがして来た事を考えれば、このまま「はいさようなら」で終わらせる訳にはいかない。
前回はフェリスが大怪我をした、もう少し処置が遅れていれば死んでいたかもしれない。
そして今回は俺が狙われた。
それに関してカズマから謝罪のような言葉は無い。つまりこれはあくまで仕事、生きる為に行った仕事だという事なのだろう。
生きる為の仕事に対して、恥じる事は何ら無いという意志の現れなのだと思う。
元日本人である事には違いないのだろうが、この世界で過ごし、経験した事に違いがありすぎるのか、俺はカズマの価値観を推し量る事ができなかった。
しかし、だからといって、折角出会えた同郷人なのに……何とかならないのか。
そんな考えばかりが頭の中を巡っている。
『関係ないわ、この男は危険過ぎる、この場で処分しましょう』
俺がカズマの処遇を決められずにいる様子を見て、苛ついたようにユニコーンが提案する。
「いや待て、聞いただろ、色々あったって……」
『それが何? 私達を二度も襲った事実は消えないわ、それにこいつは自分を暗殺者だと言った。
だとしたら仮に何を言ったところで、何を約束したところで、それを信用する事なんて不可能ね』
ユニコーンの言っている事はごく当たり前の反応だ。
自分は暗殺者ですなんて告白は、生存交渉においてデメリットしか産まないだろう。
しかしそんな事はカズマだって分かっているはずだ。
なのに、あえて暗殺者であることをカミングアウトした理由は何だろうか。
「ティアマトはどう思うんだ」
「私はノアの判断に従う」
隣でカズマに注意を払っているティアマトに助言を求めると、即座に丸投げよろしくの返事が帰ってきた。
俺が若干肩を落としていると、ティアマトは少しだけ口ごもった後に言葉を付け足す。
「だけどノアは以前私に言った、殺し合う前に話し合えと。だから私はあれから、出来る限りそうするよう心がけている」
『ティアマト、貴方まで何を言い出すの』
「ノアは仲間を殺してしまった私を助けてくれた、そのおかげで私はマーマに会えた。
ノアの考えは私の中には無かったものだけど、そのおかげで私は今ここにいる。
だから私はノアに従う、それが正しい事だと思うから」
『……呆れた、既に竜族までたらし込んでたなんてね』
自身の主張が通らない事を悟ったユニコーンが諦めたようにため息をつく。
たらし込んだとは心外だが、それよりもティアマトが俺が言った事を真剣に考え、取り入れてくれた事に喜びを感じていた。
俺の考えは確かにこの世界ではヌルい、平和ボケと言い換えてもいいだろう、そんな事は分かっている。
ある程度苦難の道を乗り越えてきたという自負のようなものはあるが、それでも俺は自身の甘さを消し去る事が出来ずにいる。
それが何故かは分からない、単に覚悟が足りないだけなのかもしれない。
でもその甘さがあったからこそ、こうやってティアマトとも分かり合うことが出来たのだと思うと、俺の考えも決して間違っていただけとは思えないのだ。
「ユニコーン、納得出来ない部分もあるだろうが、ここは俺に一任してくれないか?」
『……いいでしょう、でも次におかしな真似をしたら容赦なく殺すわ』
完全に納得した訳では無いだろうが、ユニコーンはそう言ってカズマの前から下る。
俺はカズマの方に向き直ると、これからどう攻めたら良いものかを思案した。
はっきり言ってこの手の腹の探り合いでは勝てる気がしない。
だがカズマはこの段階で既に話さなくて良いはずの情報を俺に伝えている。
つまりカズマは、自身の境遇を話すことで俺に何かを求めているのではないか。
勿論一番はここからの逃亡だろう。
しかしそれだけではないような気がする。
「カズマ、俺はお前と会えた時、本当に嬉しかったんだ。
こんな訳の分からない世界で、初めて同郷の人間に会えて本当に……嬉しかったんだよ」
「ああ、それは俺もだ」
「また俺を殺せと依頼されたら、殺しに来るのか?」
「……依頼を受ける受けないは俺の自由だ、今回は利があると思ったから受けただけの事」
「あの日、フィガロで俺と会った時、俺の周りには誰もいなかった。
少し離れた所に黒王はいたが、あの場で俺に襲いかかられたらとてもフォローできる距離ではなかったはずだ。
本当に殺したければ、あの時に殺せたはずじゃないのか?」
「あの時は偵察だ、武器は持っていなかった」
……嘘だ。
ずっと引っかかっていたのだ。
カズマが俺を暗殺しようとしているなら、なぜあの時に殺さなかったのか。
武器がないなんて子供だましの言い訳だという事くらい俺でも分かる。
仮にも暗殺者と呼ばれる人間ならば、何でも武器として使用できるはずだからだ。
ましてやこの戦闘能力が限りなくゼロの俺を殺すのだ、それこそ定食屋で出てきたフォークでもくすねて来れば済む話ではないか。
道端に転がっている石だって、あるいは素手だって可能なはず。
人通りの多い町中である事を考慮しても、どこか人気のない場所へ誘い出せば良いだけであって
わざわざ強力な護衛が付いた後に襲う必要など無い。
考えられるのはあの連れていた三体の魔獣が何か関係しているという辺りだが。
それは今の状況では教えてもらえないだろう。
まずは妥協点を探さないといけない。
カズマは俺を殺す事が最大の目的という訳ではなかったはずだ。
ではカズマは何を望んでいるのか、何が必要なのか。
先程の話が本当だとすると、一つに封印された体のパーツを探すこと。もう一つに、マナの定期補給。
おぼろげながらも、段々と思惑が見えてきたような気がする。
「カズマ、俺はお前の目的に協力してやることが出来る」
「……ほう?」
「今までの話から考えただけだが、お前の目的は大きく分けて二つ、自分の体探しと、定期的なマナの補充だ。
俺はフィガロの王族、貴族と面識があるし、貿易商ともつながりがある。
さらにそこにいるのは……もう気付いているとは思うが竜族のティアマトだ。あとは竜族のナーガとも面識がある。
やりようによっては魔族も協力してくれるだろうし……」
「お前、自分がどれだけあり得ないことを言ってるのか分かってるのか?」
「分かっているつもりだが……実際こうやって口に出してみると、今更ながら自分でも信じられないな。
だが本当の事だ。
そこに来て今回のこの任務が成功すれば、俺はフィガロ王国内で貴族の立場を手に入れる。
お前はこれまで何人くらいで体の捜索をしていたんだ? せいぜい人を雇っても一〇や二〇といった所なんじゃないのか?」
「……まあ、そんなところだ」
「俺に協力すればその十倍、いや、百倍の効率でお前の体探しを手伝ってやれるぞ。
それに、今はちょっと難しいが、あと二ヶ月すればマナ操作の達人が戻ってくる、そうなればお前の体の維持も、いちいち人を殺さずとも可能になるかもしれない」
「で、その夢みたいな話に一枚噛むには、俺は何をすればいいんだ?」
「そうだな、とりあえずマナの問題がどうにかなるまでは、俺の関係者に対して危害を加えないで欲しい。
俺の関係する人間に対する暗殺依頼があっても、受けないでほしいんだ。
あと連絡先も教えてくれると助かる」
「はぁ!?」
俺の出した条件を聞いて、険しい顔で俺の方を睨みつけるカズマ。
まずい、安全を保証させるためには条件が足りなかったか?
「えっ、えっと、じゃあ、今回の依頼分の違約金みたいなものもあれば払うから……」
「お前バカだろ?」
若干うろたえて追加の条件を考え出す俺に、カズマの冷静な一言が突き刺さる。
何かまずいことをしたのだろうか、分からない……俺としては十分誠意を持って対応したはずなのに。
やはり条件がこちらに都合が良すぎたのか?
次の言葉を出せずにいる俺を見ながら、カズマは渋面になり大きく溜息を付いた。
「お前さ、これからババ抜きしましょうって時に、いきなり自分の手札をフルオープンする奴がいるかよ。
しかも金貨の山見せるような事言った後に、代わりに貰うのはパン一個でいいよとかお前、俺をナメてんのか?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあ本物のお人好しなんだな! 何でお前今まで生きて来られたんだよ、おかしいだろそれ。
俺がお前の情報をどこまで握ってるか知ってるのか? 俺の事をお前はどのくらい知ってる?
そういうのをお互い引き出しながら首根っこ押さえあっていくのが交渉なんだよ!
誠意を見せれば相手がいいところで折り合いつけてくれる、なんてのは日本のサラリーマンだけだ」
「う……そ、そうだよな、分かってるつもりだったんだけど」
「調子狂う……何でこんな奴に俺は負けたんだ」
カズマは両腕を縛られたまま天を仰ぎ、またしても大きく溜息を付く。
「おかしいとは思ったんだよ。
いきなり出会った同郷人を名乗る男と簡単に二人きりになったり。
俺の言う事は何でもすぐに信じちまうし。
自分の事もまあベラベラベラベラと簡単に喋りやがる。
お前はヤバイ部分をぼかしてたつもりだろうが、全然ぼかせてなかったからな。
あんだけヤバい連中を侍らせてるんだから、さぞかし手強い奴なんだろうと思ってたんだが……」
「……なんか、すまん」
おかしい。
俺は交渉してるはずだったのに、いつの間にか怒られてる。
ティアマトが俺への信頼を語った辺りは凄くいい感じだったのに、いつの間にか自分を狙った暗殺者に説教されてる。
どうしよう……なんだか凄くかっこ悪い。
文句を言い続けるカズマにいたたまれなくなって、ティアマトの方を振り向いてみたら目を逸らされた。
俺株が特売りの気配、やばい。
「まあいい、お前が手札をばら撒いてくれたお陰で、こっちはおいしいとこだけ摘んでいける」
一通り文句を言い終わったカズマは再度これからの事に話を戻すが、どうも旗色が悪くなった感じしかしない。
このまま続けてしまって良いのか……でも、今更無かった事にもできないし。
『さっきから聞いてれば勝手な事を言ってくれるわね。こちらは貴方を殺せばそれで終る話なのよ』
攻め手を失ってオロオロしていた所にユニコーンの援護が入った。
そう言えばそうだ、まだこちらが絶対的に有利じゃないか。落ち着くんだ、まだ慌てる時間じゃない。
「ああそれもそうだな。じゃあ俺もここらでカードを一枚切らせてもらおう。
ポロニアの町に住んでいた、フローリカという女とその子供の事は知ってるな?」
フローリカ……
俺の護衛任務中に帰らぬ人となったカッツという兵士の妻だった女性だ。
そして、ガドラスがポロニアを追われることになった事件の関係者でもある。
忘れられるはずがない。
カズマは特に狼狽える様子もなく、俺の方を見て薄く笑うとこう続けた。
「その女は今、俺の手元にいる」
――――
森の中を走る狭い道を馬車がゆっくりと進む。
その馬車は本来なら二頭引きのはずなのだが馬は一頭しかおらず、もう一頭の馬の代わりに、青い髪の少女がその長い髪を馬車に巻き付けてけん引していた。
「もうそろそろ森が開けて湖が見えるはずです。
そうなるとそこはもうエルフの村の領域なので、馬車は一旦その手前に置いたほうが良いですね」
御者席に座ったアリスが、隣に座っている俺にエルフの村の場所を教えてくれる。
普段は人を小馬鹿にしたような茶々を入れながら話すアリスだが、今はそんな事はない。
逆隣にはメイアが座って本を読んでいる。
珍しく外に出ているのは、やはり俺を気遣ってくれているのだろうか。
特にやる事もないので馬車の前後を確認すると、後方を歩くユニコーンと目が合った。
しかし、すぐに怒ったように顔をそむけられてしまう。
俺は少し悲しくなって、前に向き直り、握った手綱に目を落とした。
「……ノアさんは、よく頑張ってると思います。悪い事ばかりでは無かったのだから、あまり気にしないほうがいいですよ?」
見かねたのか、アリスが俺に励ましの言葉をかけてくる。
気にかけられるのは嬉しいけど、今の状況はちょっと情けない。
すると今度はメイアが俺の方に体重をかけてきた。
体が密着して柔らかい感覚が腕に伝わってくる。
「大丈夫? おっぱい揉む?」
その声に反応してメイアの方を振り向くと、少しだけこちらに体を預け、俺の顔を覗き込むメイアと目が合った。
これがメイア流の励まし方なのだろうか。
「……気持ちだけ貰っておく」
何だかんだ言ったところで、こうやって気にしてもらえるのは嬉しいものだ。
俺はそんな小さな幸せを噛み締めながら、昨日のカズマとの交渉(笑)を思い返した。
フローリカがカズマの元にいると聞き、俺は良からぬことを連想したのだが、実際は少し事情が違っていた。
カズマは最近、ポロニア領主であったクラハルド伯爵の暗殺依頼を請け負ったそうだ。
そしてその依頼を実行する際に、クラハルド伯爵の屋敷に監禁されていたフローリカとその娘のリーヤを偶然発見したらしい。
何でもクラハルド伯爵の変態趣味は知る人ぞ知るもので、これまでも多くの街人がその手にかかっていたのだという。
まあ盗賊とつながりがあったような領主だ、そのくらいしていても不思議はない気がする。
本来であれば、仕事の途中で見つけた女子供など無視するらしいのだが、その時は事情が違った。
カズマは随分前から俺の事について調べていたらしく、俺とフローリカにそれなりのつながりがある事も掴んでいた。
そこでカズマは、フローリカとその娘を救出し、自分の手元に置いておく事にしたのだそうだ。
「まあ家事手伝いとしてくらいなら使えるだろうからな」
そう言ってカズマは笑っていたが、その話の中から分かったことは、カズマは何か孤児院のようなものを経営しているという事だった。
俺はその話を聞いた事で、完全にペースをカズマに握られる事となった。
カズマの元には沢山の子供達がいる。
カズマを殺せばフローリカを含め大勢の子供が路頭に迷うと聞けば、もう俺にはその選択を選ぶ事など出来ない。
甘いと言われればそうなのだろうが、俺も同じような道を選択しているのだ、それがどんなに酷い結果を招くかは想像できてしまう。
結局俺がカズマの情報として得られたのは、カズマがかつて異世界の魔王と呼ばれていた存在であり。
現在はジノーグという港町で孤児院のようなものを経営しているという事くらいだった。
それも殆ど、カズマのお情けで与えてもらったような情報だ。
今回襲ってきた際に連れていた魔獣の事も、今回の事件の背後にいるであろう存在の事も、聞き出すことは出来なかった。
それに引き換え俺の方はというと、先に開示してしまった条件を全部飲むことになった。
その代わり、カズマはフィガロ国民に対しては殺しを行わないという約束をしてくれたのだ。
これもカズマのお情けで保証の範囲を広げてもらったようなものである。
まあそれ自体は良いのだが、交渉としては完全に負けていた。
結果、カズマはこれ以降、俺達に対して敵対する事は無くなり。
条件によっては力を貸してくれる事となった。
結果的にはおおよそ俺が望んでいた方向で話がついたのだが、そこに至った理由というのがまた情けない。
カズマ曰く
「お前の持ってる力は相当なものだが、お前が使っている限り豚に真珠だ。
だから俺がお前に力の使い方ってのを教えてやる。そうでもしないと一生役に立た無さそうだからなお前は」
という事らしい。
プライドというものを母親のお腹の中に忘れてきたような俺であっても、さすがにここまで言われれば凹むというものだ。
こうして、とりあえずこれ以降カズマが敵に回ることは無くなった。
ユニコーンに言わせると、暗殺者の言うことを真に受けるなんて馬鹿げているという話になるのだが……そのおかげでユニコーンはまだ機嫌が悪いままだ。
「はぁ」
もう朝から何度目になるか分からない溜息をついていると、道の先がだんだんと開けて来るのが見える。
どうやらもう少しで森を抜けるらしい。
「ねえノア、こう考えたらどう?
結局あいつもノアの持ってる力に勝てないって分かったから、何だかんだ理由を付けてノアと手を組んだんでしょ?
偉そうな事言ってたけど、あいつだって話さなくていい事を色々こっちに教えてたよね。
自分の情報を渡したくないなら、必要な事だけ決めたらさっさと消えればいいはずなのに。
それって結局、最初からノアの方に付きたかったって事なんじゃないのかな。
それに、あいつがノアに説教してる時の顔見た? すっごく嬉しそうだったよ、もう舎弟ゲットだぜみたいな感じ。
なんか見栄張ってたっぽいけど、あいつ絶対友達いないよ。
完璧な生き物なんていないんだよ? みんな自分の無力を噛み締めながら、それでも精一杯強がって見せてるだけなんだから」
憂鬱そうな俺を見て、メイアがいつになく饒舌に俺に慰めの言葉をかけてくれる。
そうだ、こういう仲間に支えられてる俺は本当に幸せ者だ。
こういう感謝を忘れた時、人は傲慢になるのだ。
俺は間違ってない、間違ってないんだ……だが情けない、ちくしょう。
「それにね、ノア、この前の戦いの時、私の事を庇ってくれたよね。
あれって凄い事だと思う。他人の前に身を投げ出せるなんて普通できない事だよ。
誰がなんと言おうと私の中のノアはそういう人だから……」
そう言って俺の腕に手を絡め、胸板を触ってくるメイア。
ピンクのボサ髪と眠そうな目で普段は気付きにくいが、こう近くでまじまじと見るとメイアも相当な美人だ。
俺の事を持ち上げてくれる事もあって、自然と鼓動も早くなる。
「おっぱい揉む?」
「……あ、後で」
不意打ちでいつもの冗談を囁かれるが、弱っている時にこういうのは反則だ。
つい甘えたくなってしまう。
だがその時、激しく揺れ動く長い耳が俺の視界に入って来た。
「浮気! フェリスさぁん! 浮気現場、押さえましたぁぁぁぁぁぁぁ!」
メイアの柔らかい感触で和んだ所に、いつものアリスの元気な声が森の中に響き渡った。




