第七十五話 エルフのお嬢様
「下がれ、痴れ者が!」
細かい装飾の施された玉座のような椅子に座った老齢のエルフが俺達を一括する。
同時に衝撃波のようなものが俺を襲い、立っていられなくなった俺はその場で尻餅をついてしまった。
「フローワよ、珍しく貴様から何かあると言うから出てきてみれば……まさかこんな下らん話だったとはな」
「待てスレイ、ゾゾフ氏族長に確認してもらえれば良いだけだ、勘違いであるならそれは仕方のない事」
「我らの氏族に魔獣の知り合いなどおらぬわ!」
フローワが食い下がるが再び怒号と共にスレイから衝撃が発せられ、俺はさらに後方に転がった。
魔法のようなものを使っている様子は無い。特別害意があるという訳でもないのだろう。
ただ怒りに任せて叫ぶだけでこのような現象が起きてしまうとは……俺はどうやらエルフ族の能力を舐めすぎていたようだ。
俺達は今ベルレッタの中心にある、氏族長の家に来ている。
樹齢何千年になるか分からない巨大な木の根元に作られた一際大きな木造の家。
そこが代々氏族長が住む家なのだそうだ。
夜が明けて、フローワはまず俺達との約束を果たすために氏族長の家へと向かった。
ユニコーンの事情を話して、ゾゾフ氏族長に取り次いでもらおうとしたのだが、代わりに出てきた渦中の人物。
ゾゾフ氏族長の息子であるスレイに、こうして怒鳴られている訳である。
「スレイ、加減をしろ。私の客人もいるのだぞ」
「客人だと? 誰も人族など呼んでおらぬわ、勝手に連れ込みおって」
「盗賊に拐かされそうになっていたアリストロメーアを救って、ここまで連れてきてくれたのだ、無下にする事もあるまい」
「未熟者の身で大した用もないのに村の外をうろつくからそうなるのだ」
「私の研究に必要な資料を取り寄せて貰っていたのだ、立派な仕事だろう」
「そう、それだ、私が言いたかったのはまさにそこ。
フローワ、貴様いつまでそんな下らない歴史研究とやらにうつつを抜かしておるつもりだ。
もう若くもないのだぞ、生涯に渡って何一つ天族に有益な結果を届けられんとは、ベルレッタエルフ族の面汚しもいいところだ。
貴様の夫であったネグの奴は性格に問題はあったが、生体生成方面の魔法について多大な貢献をしたのだぞ」
「そ、それは今は関係ないではないか! それに、これからが肝心なところなのだ、もう少しで私の研究も一つの形になる」
「ふん、子供の絵日記で終わらなければ良いのだがな。
とにかく我々は天族の為に成果を出してこその種族だ、貴様だけではない、アリストロメーアの奴にもしっかりと言い聞かせておけ」
そこまで言うと話は終わりだとばかりにスレイは玉座から立ち上がり、退室しようとする。
「あ、こら待て、氏族長を出せ、そもそも貴様は氏族長ではないだろう!」
「ゾゾフ氏族長が病床で動けぬがゆえ、息子である私が代理で執務を行っている。何か問題でもあるのか?」
「あるだろう、話もろくに聞かずに門前払いなど、ゾゾフ氏族長であったのならありえない事だ。
こちらのノア殿は私の娘を助けた上に、フィガロ王国からわざわざここまで送って来て頂いたのだ。
外で待っているユニコーン殿もフィガロ国王の庇護を受けている身、決して怪しい者ではない。
礼を尽くした相手を無下に扱っては、それこそエルフ族の名折れというものだ」
フローワの反論を受けて、スレイは俺の方に一瞬だけ目を向ける。
しかしそれはとても友好的に接しようとするような仕草ではなかった。
俺の存在など心の底からどうでも良いといったような、わざわざ目を合わせる事すら面倒だというような。
そんな感情がありありと伝わってきた。
「もういい、話は終わった」
スレイはそれ以上言葉を発する事なく退室してしまう。
「おい、こら待てスレイ!」
「お止めなさいフローワ」
スレイの後を追おうとするフローワの前に、新たなエルフの女性が立ちはだかる。
スラリと伸びた長い足に、引き締まった体、目は淡い緑、そして瞳と同じ色のボリュームのある長い髪。
特徴的なのは髪の先端部分が尽くドリルのように渦巻いている点だ。
後ろ髪も、耳元を通って胸の方に流れる横髪も、全部先端が見事な渦を巻いていた。
後ろ髪をドリル状にしてお尻の辺りまで届いているのだから、あれを伸ばしたらかなりの長さになるだろうな。
「ルビーナか……そこを退け、ゾゾフ氏族長と直接話しをしたい」
緑髪のエルフはルビーナという名のようだ。
スレイが入っていった部屋の入口に腕を組んで仁王立ちし、フローワの行く手を遮っている。
「そうは参りませんわ、お爺様は安静の身。エルフ族の重鎮ですら面会を禁じているというのに、ろくに顔も見せない貴方が会える道理など無いでしょう」
「その間に息子という立場を利用して族長の座を乗っ取ろうという訳か、浅ましい事だ」
「お父様にそのような野心はありませんわ。今は緊急時です、これまでお爺様の執務を間近で見てきたお父様が代理で取り仕切る事が最も理に適っているのは明白。
貴方こそわきまえなさい、この神聖なエルフの領域に薄汚い人族など連れ込んで……聞けば帝国の者ですら無いと言うではないですか。
しかも魔獣をお爺様に会わせろなど、とうとう気でも違ったのかしら」
そう言ってルビーナはまるでゴミでも見るかのような蔑んだ目をこちらに向ける。
俺はと言うと、先程のスレイの発した衝撃で尻餅をついたままの情けない姿だったので、慌てて立ち上がり姿勢を正した。
しかしルビーナの様子は変わらない、笑うでもなく一瞬だけ俺を見ただけだ。
エルフ族は他の種族を見下しているというのは本当だったようだ。
ここまであからさまに存在自体を無視されると、最早不快などという感覚を通り越してしまう。
この種族と友好関係を結ぶなんて事は出来るのだろうか……仮にも同族を保護したというのに本当に「ありがとう」の一つも無いとは思わなかった。
ファーストインパクトで散々やらかしたフローワが今は常識人に見えてしまう。
同じ言葉を話して、意思の疎通も出来るというのに、この考え方の違いはどこから来るのだろう。
フローワがアリスの変化に気付いておらず、何とかなるんじゃないかと思っていたのだが、これではそれ以前の問題だな。
「恩人に対して礼も言えぬとは、エルフ族の程度も知れると言われても仕方ないぞ」
「ふん、人族が何を思おうと知った事ではありませんわ。
それに元はと言えばアリスが人族などに拐われるのが悪いのでしょう。貴方の娘だけあってトロいですわね」
「何だと! 二〇歳過ぎるまでおねしょが治らなかった娘に言われたくはないわ!」
「そ、そんな事は今は関係ありませんでしょう!?」
フローワとルビーナの言い争いは次第に横道に逸れ出している。
しかし頑として道を譲らないルビーナを見る限り、ここで言い争いをしていても進歩は無さそうだ。
最早子供の喧嘩のような罵倒の投げ合いになっているが、笑う訳にもいかないし……
そんな事を考えながら二人のやり取りを眺めていたのだが、ふとルビーナの顔を見た際に違和感を感じた。
うまく言えないのだが、一瞬だけルビーナの緑の目が赤く光ったような気がしたのだ。
「……赤い目? だからルビーナという名なのか?」
何の気なしにそう呟くと、ルビーナは一瞬だけ肩を跳ね上げて驚き、次に今まで完全に無視してきた俺の方を物凄い形相で睨みつけてきた。
まるで視線だけで射殺さんとするかのような目に、俺は情けなくもたじろいでしまう。
美人に本気で睨まれると存外恐ろしいものだという事を初めて実感した。
俺はまるで蛇に睨まれたカエルのようにその場に固まってしまうが、その間にも、チカチカと点滅するようにルビーナの目は時折赤く光っている。
「何だ? どうした少年、ルビーナの顔に何か付いていたのか?」
「いや、あのエルフの目が……」
俺とルビーナが睨み合っている状況に気付いたフローワが、訝しげに俺の方を振り返ったその時。
何の前触れもなく俺の足元に氷の矢が数本突き刺さった。
「うわっ!」
突然の事で驚き、またしても後方に尻餅を付いてしまう。
見れば先程と同じ厳しい目で俺を睨みつけているルビーナが掌をこちらに向けていた。
何の予備動作にも気づかなかったが、恐らく俺に向かって氷の矢を放ったのだろう。
「貴方、ここでそれ以上口を開けば殺します」
続けて何の感情もない声でそう宣言されれば、それがどんなに理不尽な要求であったとしても、俺は首を縦に振り続けるしか無かった。
ルビーナが俺に向ける顔は厳しいものだったが、その目はこれまでと違い、微妙に焦りを含んだものに変わっている。
「おい、突然どういう事だルビーナ、幾ら何でもこれはやり過ぎだろう。大丈夫か少年!?」
「だ、大丈夫です……フローワさん、今日はもういいから、一旦戻ろう」
尻餅を付いた俺は、フローワに引き起こされながらもその目はルビーナから離せなかった。
そして突然の暴挙に憤るフローワを宥めながら、俺達はエルフの族長宅を後にする。
ルビーナは最後に俺に向かって、声には出さずに口だけでこう言っていた。
決して口は開くな……と。
「一体何だというのだあの小便娘め! 幾らなんでも客人を魔法で脅すなど」
エルフの族長宅から戻った俺達は、早速皆で集まって今後の方針について話し合っていた。
その席で先程行われた面会の話も伝えられたのだが、予想以上に話にならない状況に、皆呆れ果てるだけだ。
「済まないな少年、私も嫌味の一つ二つは覚悟していたのだが、まさか魔法まで使って脅されるとは予想しなかった」
「……いえ、多分俺が何か気に障るような事をしてしまったんでしょう」
「そんな事は無かったと思うが、何にせよ大事なくて良かった」
「やはり私も行けば良かった」
「いや、人族側からの交渉の話だから、最初から竜族を盾にする訳にはいかないだろう。
あそこまで話にならないとは思わなかったけど、下手にティアマトを連れて行って帝国に告げ口されても厄介だしな」
俺は護衛の役目を果たせなかったと落ち込んでいるティアマトを膝に乗せて頭を撫でながらフォローする。
ティアマトに関しては重要な戦力ではあるのだが、政治的な話に関与させるのはあまり良くない。
何せ帝国に内緒でこちらに協力している身だ、このまま行けばいずれ発覚する時は来るのだろうが、今しばらくは誤魔化しておきたい。
「お母さん、ルビーナに会ったんですか?」
「ああ、相変わらず嫌味な奴だったがな。何だかよく分からんがいきなり怒り出して少年を魔法で威嚇して来たのだ」
「うーん、更年期ですかね」
「あいつはお前と同年齢だろうが……」
聞くところによると、スレイの娘であるルビーナは、このベルレッタ始まって以来の攻撃用魔法の天才なのだという。
ルビーナはスレイが高齢になってから産まれた娘で、たいそう可愛がられて育てられたそうだ。
そして奇しくも、アリスとルビーナは同じ年に産まれた、珍しい同年齢のエルフらしい。
「まあ産まれた時期は同じでも才能は天と地ほどの差があるのだがな」
「酷いですよお母さん、これでも私、治癒魔法はかなり使えますからね」
「そりゃあ一般のエルフにしてはやる方だとは思うがな……だがあいつとは比べ物にならんよ、あれは正真正銘の天才だ」
「うう、これが格差ですか……でもでも! こんな平和な時代に攻撃魔法なんて無用の長物ですよーだ。
私の治癒魔法のほうが人の為になるんですからね!」
「私もそう思うが、その人の為とやらで魔法を研究しているエルフが少数だからな」
二人の話を聞きながらルビーナが激高した理由を考える。
フローワの話を聞いていても、ルビーナの目の色については何も触れられていない。
彼女は俺が目の色について呟いた際に、大きく反応していた。
それはつまり、どういう事だ? フローワはあの赤い目に気が付いていないという事か?
確認したいが、あの去り際にルビーナから受けた言葉が俺の脳裏にチラつく。
“口を開くな”とは、恐らく赤い目というキーワードを喋るなと言う事なのだろう。
とすれば、俺が見たアレは見間違いでは無かったという事になる。
何故フローワが全く気が付いていないのかは分からないが、ルビーナにとってあの目の色は余程隠しておきたい秘密なのだと推測できる。
赤い目と言えば真っ先に思いつくのはフェリスやユミナと同じ、ヴァンパイア族の目だ。
しかしルビーナがそうだとするのはさすがに無理がある。
この世界で赤い目は禁忌とされているが、普通の人間でも稀にそういう色の目を持って産まれてくる子供はいるのだ。
そういう子供は大抵の場合、酷い差別と偏見の目に晒され、幸福とは言えない人生を送る場合が多い。
もしかしたらルビーナも、そういう目を持って産まれてきた一人なのかもしれない……
何とも言えないところだが、自分の知識ではこの程度の推理が精々だ。
何故フローワには目の色の違いが分からないかなど疑問はあるが、あれだけ威嚇された後だと相談しづらいものがあるな……。
とにかく今は本来の目的の話を進めよう。
「申し訳なかったなユニコーン殿、結局族長に会って確かめることは出来なかった」
『いいわ、私に関してはついでのようなものだし、知ったところで何が変わる訳でもないからね。
手がかりが掴めただけで良しとしましょう。この先はまた機会があれば調べるわ』
力になれなかったことを詫びるフローワに対し、ユニコーンは何でもないといった様子だ。
確かに旧友が生きている訳でも無いと言えばそうなのだろうが、エルフの村との繋がりが証明されればもう少し歓迎されたはずだ。
そうなればもしかしたら、ユニコーンの故郷が一つ増える結果になったかもしれない。
そういう意味では残念だ。
「俺の家になら、いくら居てもらってもいいんだからな」
『……同情はいらないと言ったはずよ』
「同情じゃないよ」
『ふん、ならまた私をこき使おうという訳ね』
うっかり口に出てしまった言葉に予想した通りの返事が返ってきたが、世話になった相手を歓迎したいというのは別におかしな事じゃない。
いつそこに行っても歓迎される場所があるというのは、良い事に決まっているのだ。
ユニコーンは憎まれ口を利きながらも、まんざらでもない様子で鼻を鳴らした。
その後話は進んだが、結局のところエルフ族に取り入るうまい方法は出てこず。
まずはこちらへの協力を果たしてくれたフローワの手伝いをしようと言う事でまとまった。
何だかんだ言っても、今のところエルフの村の中で最も俺達に理解がある人物だ。
この繋がりだけでも堅持しなければならない。
そして、フローワは考えうる限りこちらに協力してくれたのだから、次はこちらがフローワの期待に応えるべきなのだ。
彼女の願いは当初から変わらず。
数十年ほど前にフローワが発見した古い遺跡の調査に付き合って欲しいというものだった。
その遺跡はベルレッタから西に二日ほどの位置にあり、山々に囲まれた湖の近くらしい。
出かけるとなると往復で一週間は見ないといけないだろう。
これは年明けまでにフィガロに帰れるかどうかが本格的に怪しくなってきたな。
もっとも、年末年始の行事などあるにはあるのだが、王侯貴族や教会関係者でもなければ関係がないらしい。
年末にはちょっとしたパーティでも開きたかったのだが、今回ばかりは仕方ないだろう。
俺達はフローワの遺跡調査への協力を約束し、その為の作業に取り掛かった。
遺跡と聞いて目を輝かせた人物がフローワの他にもいた。
メイアだ。
彼女はフローワと良くわからない議論をしながら、テキパキと周囲に指示して必要な物資を整えさせていく。
いつもはぬぼーっとしているのに、今は水を得た魚のように生き生きとしていた。
人間、好きな事をやっている時が一番輝くというのは本当だな。
その晩。
遺跡調査の準備を終え、明日からの移動に備えて皆が休んでいたその頃。
俺はふと違和感を覚え、身を起こして辺りを見回した。
周囲は既に暗く、今日は風もないので静寂が辺りを包んでいる。
「……どうした?」
隣で横になっていたティアマトが起き上がる。
ティアマトは寝る必要は無かったが、俺が冷えるというので隣に寄り添っていたのだ。
ちなみに逆隣ではメイアがスヤスヤと寝息を立てている。
「いや、何か呼ばれたような」
そこまで言いかけた時、視界の端を一筋の光が横切るのが見えた。
それはまるで子供の頃に田舎で見たホタルのように、ゆらゆらと空中で揺れながら、俺の周りをゆっくりと回っている。
「ティアマト、これは……?」
暗闇の中にぼうっとした光がふよふよと浮いている様子は中々に不気味なものだ。
俺は無意識にティアマトの腰に手を回して身を寄せる。我ながら情けないが、怖いのだから仕方ない。
「虫ではない、発光魔法の一種のようだ。害意は感じられない」
暗闇でもそもそと身を捩りながらティアマトはそう分析する。
見ただけでこの良くわからない現象を理解できるとは……さすが竜族と言ったところか。
光は俺が気付いた事を確認するかのように次第に俺の周りを離れ、家の扉の方へと移動していった。
「呼んでいるようだ、どうする?」
「どうするって……どうしたら良い?」
「行くなら付いていく、私が先に見に行ってもいい」
俺の周りを回っていたのだから、誘われているのは俺なのだろう。
しかしこんな場所で呼ばれる相手に心当たりが無い。
嫌な予感しかしないが、かといって不明な相手にティアマトだけを行かせるというのも、何だか申し訳ないような気持ちになる。
頭ではそれが一番良いと思っていても、じゃあよろしくとはなかなか言い難いものだ。
「じゃ、じゃあティアマト、一緒に行こう……」
「分かった。心配するな、ノアは私が守る」
見た目子供のようなティアマトにそう言われて、心強いやら情けないやらだが、一人で行く勇気はとてもじゃないが湧いてこない。
仕方がないだろう、こっちは普通の人間なんだから。
メイアを起こさないようにゆっくりと立ち上がり、俺達は光の消えていった方向へと進んでいった。
フローワの家を出て少し進んだ辺りで光が停止する。
そして、光量が少し大きくなり、暗闇の中に一人の人物が浮かび上がった。
その顔と特徴的な髪の毛には見覚えがある。
昼間、氏族長の家で会った若い女性のエルフ――ルビーナだった。
「君は……」
「来ましたわね」
ルビーナの声にティアマトが髪を解き、どのような攻撃からも俺を守れるように展開する。
「あら、一人ではありませんのね……そちらは?」
「……俺の護衛だ」
「そのマナは人間ではありませんのね、どなたかしら。できれば人払いを願いたいのですが」
ルビーナの掌の光が更に強くなり、俺とティアマトを照らし出す。
エルフはマナの流れを見る事が出来るのだそうだ、恐らくそれでティアマトが人間ではない事に気付いたのだろう。
その表情が若干険しくなる。
「私は蒼海竜ティアマト、故あってこの男と行動を共にしている」
「竜族ですって? 貴方は確かフィガロの人間なのでしょう? それが何故竜族と……」
ティアマトが身分を明かすと、さすがに組み合わせの異常さにルビーナも驚いたようだ。
今までの余裕のあった表情が曇る。
こちらの言っている事の真偽や目的を思案しているといった様子だ。
「ノアは私の大切な人、故に護衛をさせてもらっている、だから下がる訳にはいかない。
昼間はそちらをなるべく刺激せぬようにと席を外していたが、どうやらそれは間違いだったようだから」
ルビーナは何かを確認するように顎に指を当ててしばらく考え込んでいる。
昼間は歯牙にもかけなかった相手への突然の訪問、それだけでも大きな事件だ。
「何かお話があるならば早くしてくれませんか、さすがにこの寒空の下で長話をしに来た訳でもないでしょう?」
ティアマトの存在がいい牽制になったようだが、とは言えこれ以上ティアマトの事に関しては突っ込まれたくない。
わざわざこんな真似をしてまで俺を呼んだということは何かあるはずだ、まずはルビーナに話を切り出させよう。
「……大した用事ではありませんわ。貴方が何か余計な事を言いふらしていないか確認したかっただけです」
「余計な事とは?」
「……分からないなら結構ですわ」
ルビーナはチラチラとティアマトの方を見ながらやりにくそうにしていたが、俺がとぼけると踵を返して立ち去ろうとする。
彼女の目的には見当がついていた。
俺と彼女の間で何かあったとすれば、昼間見たあの事以外にあり得ないからだ。
ともすればただの見間違いで終わりそうな話だったのだが、ルビーナがここまでの行動を取る以上、あの赤く見えた目は見間違いなどではなく相当な秘密があると考えて良いだろう。
もしかしたら彼女は俺を誘い出して、この場で口封じをする予定だったのかもしれない。
それが、予想外の戦力が付いてきたものだがら急遽方針を変えた……
あり得ない話ではない。
何せ昼間は俺の事など全く眼中に無かったはずなのだ。
そんな相手に対して急に誠意ある交渉を行う為に来たとは考えにくい。
「ちょっと待ちなよルビーナさん、赤い目の話をしたかったんだろう?」
「なっ!?」
立ち去ろうとするルビーナに、半ば挑発するような言葉を投げる。
ルビーナは思った通り、不意打ちを受けたような顔で振り返り、俺を睨み付けた。
「赤い目? 何の話?」
「後で話すよ」
「な、貴方! 何を急に!」
不思議そうにしているティアマトに話を振るそぶりを見せると、ルビーナは今にも飛びかかってきそうな顔で俺を睨んでくる。
何とも分かりやすい、これではそれが泣き所だと相手に教えているようなものだ。
「こんな寒い中で立ち話も何だし、家の中でゆっくり話しましょうか……ねえ、ルビーナさん?」
こういった脅しめいた事は慣れないが、精一杯相手の弱みに付け込むように振る舞う。
ルビーナはしばらく黙り込んだ後、悔しそうに小さく舌打ちすると、観念したのか黙って俺の後を付いてきた。
こうして俺はルビーナの弱みを握ることが出来た。
それがまだどんな意味を持っているのかまでは分からない。
だがこれはチャンスなのではないだろうか?
彼女をこのまま家に返して、余裕を持って考える時間を与えてはいけない。
多少強引にでも手元に留め置いて、その間にあの赤い目の秘密を解明する。
それがもしかしたら、何かしかの交渉の材料になるかもしれないのだ。
もちろんリスクは有る。
今だってティアマトがいなければ俺はどうなっていたか分からない。
近くに置けば、ルビーナが俺に何かを仕掛けてくるという危険は常にあるだろう。
赤い目の事だって、蓋を開けてみたら実は大したことのない話なのかもしれない。
しかしやっと見つけたのだ。
人族を歯牙にも掛けず、全く交渉の余地の無かった相手に、こちらの言い分を聞かせる切っ掛けを。
それが脅しだろうが何だろうが、この際どうでもいい。
これでルビーナは、少なくとも俺と会話をせざるを得なくなったのだから。




