第六十八話 母さんが夜なべした結果
目が覚めると俺は吊られていた。
夢の中でぼんやりと、なんだか頭が重いなとか、寒いなとは感じていたが、まさかスマキにされて天井から吊るされているとは思わなかった。
寝ている間に襲撃されたのか? と初めは慌ててもみたのだが、眼下でオロオロしているミルフィオリと、泣いているユミナ。
そして何があったのかと集まってきている他の子供達の前で、あれこれと状況解説をしているアリスを見ると、訳は分からないが深刻な状況では無いような気がする。
しかし実際に吊られている側としてはたまったものではない……さすがにスマキ吊りは寝起きの冗談にしては手が込みすぎている。
「……おい、なんだこれは」
最も考えられるのが、アリスの悪ふざけだ。
見れば今もノリノリで俺の部屋に集まった子供たち相手に実況レポートを行っている。
「ああっと! 起きました! 女の敵が今起きましたよ!」
俺の声を聞きつけたアリスは、俺が吊られている上の方を見ながら良い笑顔で身振り手振りを交えながら解説を続ける。
この笑顔……殴りたい。
「お前、さすがにこれはやりすぎだろ、覚えてろよ」
「あれ、あれあれあれあれ、そんな事言っちゃっていいんですかぁ? これ、やったの私じゃありませんよ?」
「何だと?」
そうなると誰だ? こんなイタズラを考える奴なんてアリスくらいしかいないと思っていたが……
それにしても身動きできないって地味にきついな、体の節々がムズムズするし、足の裏が痒いのにかけない。
「いいから降ろせよ、何で見世物になってるんだ」
「ダメじゃ」
アリスと話しても埒が明かず、だんだんイライラしてきた俺は、とにかく降ろせと騒ぐが、それを遮る声が響き、その声の人物が部屋に入って来る。
「フェリス……何で」
「これまで大抵の事は気にせぬようしてきたが、今回ばかりは主には反省してもらわねばならぬ。
妻を差し置いて養女に手を出すなど鬼畜の所業。
我らが納得づくであればそれも致し方ないやもしれぬが、妻を泣かせてしまうとなれば仕置きが必要であろう」
「何? 何の事だ?」
「とぼけるでない、昨日ミルフィオリを拐かしおったであろう。
わら……いや、純真なユミナを放っておきながら別の娘と……しかも養女と情交を結ぶとは何事であろうか」
「……はい?」
意味が分からない。
俺は眼下でオロオロと、俺とユミナの間を行ったり来たりしているミルフィオリを見る。
目が合うと、ミルフィオリの顔がみるみるうちに赤くなってゆき、続いて大きな謝罪の声が朝のシドー家に響き渡った。
「大変……申し訳ございませんでした」
リビングに集まった皆を前に、ミルフィオリが深々と頭を下げる。
俺は膝の上にユミナを乗せて可愛がりながら、足元で体育座りをしながら落ち込んでいるフェリスに目を向けた。
あの後、ミルフィオリが全てを白状したおかげで、俺の容疑は晴れた。
まあそれと同時に、思いもよらなかった事実も浮かんできたのだが……
経緯としてはこうだ。
俺は先日の夜、ミルフィオリを慰めた後に一緒に眠った。
その後にミルフィオリは一旦起きたのだが、泣き腫らしてしまった為もう一度風呂に入って体を清めた後に、再度俺のベッドに潜り込んだらしい……全裸で。
そして夜中を回った頃、フェリスとの色々な話し合いが終わり、俺の部屋に戻ってきたユミナが俺とミルフィオリがくっついて寝ているのを発見する。
そこで“そういう事”をした後なのだと勘違いしたユミナはひどくショックを受け「自分は魅力がない」「妻として失格だ」などと自己嫌悪に陥り、軽い鬱状態になってしまった。
次に、体を綺麗にして入ってきたフェリスが、静かに泣き続けるユミナと寝ている俺達を発見し、激怒する。
そうして俺はスマキになったという訳だ。
発見された直後にミルフィオリが弁明すれば、もう少し早く誤解が解けたのだが、なぜか暫くの間ミルフィオリは証言を黙秘していのだ。
しかし俺が目を覚ました事でいよいよ誤魔化しきれなくなり、今こうして皆に迷惑をかけたことを謝罪しているのである。
正直な所、そこまで大げさな話ではない。
被害がここまで広がったのは、無関係な子供達を引き込んで煽りまくったアリスのおかげだ……本当にろくな事をしないエルフだな。
安心したように俺に体を預けるユミナを撫でながら、俺はそろそろ決断する時ではないかと感じていた。
俺がユミナを抱かなかったのは、別にユミナに魅力がない訳でも、不満を感じていたからでもない。
以前も同じような事があったが、その時と同じ。
俺がユミナを抱く事で、ユミナの凄惨な過去の記憶を呼び覚ましてしまうのではないか、そんな不安があったからだ。
それを「手を出さない事は大切にしている証拠だ」などと自分に言い聞かせ、ごまかしながらここまでやってきた。
だが実際は、手を出さない事で逆にユミナの心を度々乱してしまっている。
このままではいけない事は、薄々感じ始めていた。
俺がユミナを妻としているのは、決していい加減な気持ちからではない。
ユミナはコリーン村の村長であったノトスから貰い受けた、正真正銘俺の妻なのだから。
「おや、皆様お揃いでいかが致しましたか」
騒動の真相が明らかになったので解散……となった辺りで、二階からシエルが降りてきた。
いつもなら、日の出前に起き出して家事を全て済ませているのに、珍しい事もあるものだ。
「どうしたシエル、寝坊か?」
「いえ、本日よりこの家から一時的に離れる事になりますので、その前にノア様にこちらをと思い、昨夜より編み物を少々行っておりました。
本日の家事については誠に申し訳ございません。
ミルフィオリ達に頼んでおりましたが、問題はありませんでしたか?」
そう言うシエルの手には、黒い服のようなものが下げられていた。
朝食については騒動があったのでまあ……なあなあで終わってしまった。
これからパンと塩で何とかするしかあるまい。
「ああ……朝食は大丈夫だよ、ところでそれは?」
ただでさえミルフィオリが恐縮しているのだ、これ以上追い込むこともないと朝食の件は有耶無耶にしておく。
「はい、こちらは私がいない間、少しでもノア様のお力になれればと思い作らせて頂きました、コートになります」
「不慣れですが」と言いながら少し恥ずかしそうに手で持って広げたそれは、真っ黒なロングコート。
デザインは俺の知っているものに近く、某電脳世界で暴れまわる人が着ていそうな形をしている。
俺はそれを受け取り、さっそく羽織ってみた。
当たり前だがサイズはピッタリ、そして着心地も今までの革製の上着などとは比べ物にならない。
ゆったりとしたデザインなのだが、何故か体に吸い付くような不思議なフィット感がある。
表面を触ると、絹のように滑らかで、それでいて肉厚な生地の感触が伝わってきた。
「これは絹か? それにしては随分と厚い生地だけど」
「これから寒さが厳しくなると思い、厚めにしました。
素材はクモ糸を参考に生成したタンパク質繊維と炭素繊維を鎖状に編み込んだオリジナルです。保温、絶縁、耐刃、耐衝撃性に優れたものとなります。
どうかこれを私だと思い、身に付けて頂ければと……」
「ぶっ!」
シエルからの説明を受け、思わず吹き出してしまう。
そこに並べられた素材は、俺のいた時代のSFなどで度々取り上げられるようなモノだったからだ。
しかもシエルは編み物をしたと言った、まさかとは思うが……
「昨日からずっとこれを?」
「はい、一本一本、心を込めて編み込ませて頂きました。急ごしらえなので染色まで手が回らなかった事をお許し下さい」
……手編みだった。
普通の母さんが夜なべをすると手袋が出来るが。
竜の母さんが夜なべをするとSF素材のコートができるのだ。
笑うしかないな。
ただ、この事実を知って驚けるのは今のところ俺しかいないであろう。
炭素繊維などと言ったところで誰も何の事やら分からないだろうし、何と言っても見た目はただの厚手の黒コートなのだから。
だからこれを着てうろうろしても「おかしな装備を付けている」と俺が不審に思われる心配は無い。その点は非常に優れていると言える。
「ありがとう、大切にするよ」
俺が礼を言うと、シエルは目を細めて嬉しそうに微笑んだ。
無表情な期間が長かったせいか、シエルの表情の変化は見ていて飽きない。
ある意味これが一番のプレゼントと言えるだろうな。
「……なるほど、そのような事がありましたか」
シエルと並んでパンを齧りながら塩サラダをつつく。
俺のフォローも虚しく、結局あの後、食事の用意をしていないという事がシエルにバレて、ミルフィオリは現在お仕置き中だ。
俺達の目の前で、両手に水の入った木製のバケツを持って立っている。
「ところで、何でバケツ立ちなんだ」
「ノア様のいらした時代での伝統的な物忘れ矯正方法ということで採用してみました」
「いやそれ色々間違ってる……」
相変わらずシエルは俺の記憶から色々なものを引っ張ってくるのだが、解釈が微妙にずれている事が多い。
料理はかなりいいセン行っていたがな……しばらくああいった物ともお別れになるのか。
「ところでミルフィオリ、何故すぐにノア様の誤解を解かなかったのですか?
貴方がフェリス様に順序立てて説明をすれば、騒ぎなど起こらなかったはずではないのですか」
目の前に立っているミルフィオリにシエルが問いかける。
それは俺も少し気になっていたところだ。なぜミルフィオリは騒ぎの間中、ずっと黙秘していたのか。
シエルに問われた後、少し口をモゴモゴさせ、視線を泳がせていたミルフィオリであったが、説明するまでシエルが追求を止めない事を悟ったのだろう、やがて観念したように口を開いた。
「……誤解だと言いたくありませんでした」
「つまり?」
「……誤解でなければ良いと……思いました。だから誤解だとは言いたくありませんでした」
「分かりました、ですが主人を困らせて良い理由にはなりません。私がいない間、このような事は二度と起こらぬよう心がけなさい」
「……はい、申し訳ございません」
シエルとミルフィオリの短いやり取りが終わる。
しかし、今のはどういう意味だ?
ミルフィオリは俺に襲われたと思われていたのだ、それが、誤解でなければ良いと思った?
……え?
若干混乱する俺を他所に、シエルは食べ終わった食器を手際よく片付けていく。
食器を洗い終え、居間に戻ってきたシエルはそのままミルフィオリの前に立つ。
ミルフィオリはまだバケツを持ったままだ。
「私はこれから約二ヶ月の間、この家を留守にします。その間の私の代役をお願いします」
「はい、シエル様」
「貴方にはそれをできるだけの教育を施したと思っておりますが、もし判断に困る事があれば、ノア様やフェリス様など、周りの方々に必ず相談しなさい」
「はい、シエル様」
「また、今後ノア様から性行為を求められた場合は、拒否する事無く速やかに応じなさい」
「は……え、い、いえ……それは」
「できませんか?」
「い、いいえ……つ、謹んでお受け致します」
「よろしい、ではお願いします。バケツはもう良いです、下ろしなさい」
極めて事務的に見えるやりとりが終わり、ミルフィオリは一礼すると顔を真赤にしながらバケツを持って外に走っていってしまった。
……いやちょっと待て、今何かおかしいやり取りがあっただろ。
あまりに流れるように話が進んだため、突っ込むタイミングを逸してしまった。
「シエル、お前何を言い出すんだ」
「何とは?」
「いや……その、性行為がどうとか……」
「ノア様はミルフィオリに生理的嫌悪を抱いておられるのでしょうか?」
「いや、そんな事はない、むしろ俺が嫌悪される方だろ」
「それは問題ありません、ミルフィオリはノア様を欲しておりますので」
シエルはそう言って、微妙にドヤ顔を作る。
弟子の心の動きを完璧に把握できてご満悦のようだ。
確かに心の動きは読めているのだろうが、対応方法が尽くド直球なのはどうなんでしょうか。
次の目標は、表現をオブラートに包む事ですねシエルさんや……
それにしても、もしかしたらそういう話なのかなと思っていたら、本当にそういう話だったとは。
嬉しいと思う反面、少し困った話でもある。
さすがに相手の将来に責任を持てない段階で、これ以上あちこちに手を付ける程の節操無しにはなれない。
ミルフィオリは既に俺の人生において重要なポジションを占めるようになってしまった少女である、いい加減な事をして気まずくなってしまってはそれこそ問題だ。
なら責任を取って妻に迎えるか? と考えると、それも少し抵抗がある。
嫌だという訳ではないのだが、これ以上妻を無計画に増やして良いのかという葛藤があるのだ。
俺だって男だ、周りに俺を慕ってくれる女性が多いという状況は、嬉しいし誇らしくもある。
しかしこのフィガロ王国の一般的な感覚に照らし合わせるとどうだろう。
妻を複数持っている人間など、本当にごく一部の有力者だけだ。
しかも大抵は、跡継ぎや仕事上の問題などを解決するために第二、第三婦人を娶るという止むを得ない事情から来るものが殆どで
単純に女性が好きだからという理由で妻を増やすような行為は、一般的に言えば評価を下げる要因となる。
俺のようなケースはまず無いだろうが、貴族でも有力者でもない男が複数の妻を持っているのだ、妻が増えた経緯を知らない者から見れば、ただの好色男として評価されてしまうだろう。
妻が複数いるという状況は、ある意味その人間の持つ力を示す指標となりえる、分不相応な立場で不用意に妻を増やす行為は、要らぬ嫉妬を買う事にもなりかねない。
フィガロで複数の妻を持っている人間といえば、俺の知る限りではチェリス家やネザー家に関連する人間くらいだ。
シャリドも、国王であるネルソンですらも妻は一人しかいない。まあこの二人は何か信念のようなものがあってそうしているらしいのだが。
ともかく、基本的には一夫一妻というのがフィガロでの一般的な価値観なのだ。
そこに来ると俺は既に三名の妻がおり、しかも恐らくあと二人は増える予定がある。
そうなれば恐らく、フィガロでも有数の妻持ち男となる事だろう。
するとどうなるか。
俺のミニマムハートがオーバーヒートするのだ。
元々俺は複数の妻を持てるほどの甲斐性など無い。
本来ならば妻達の間に序列を付け、問題を起こせば放逐もやむ無しという強い意志を持って管理しなければいけないはずなのだが、俺はそういう事が出来ない。
今は妻側が気を使ってくれているおかげで問題なくこの状況が維持できているが、無計画に増やせばどこかで綻びが出る可能性が高くなる。
仮に愛した女性達が互いに険悪になるなどという事態になったら、俺のハートも胃も持たないだろう。
シエルは良かれと思って気を回してくれたのだろうが、例え相手が良くても今の段階でミルフィオリに手を出す訳にはいかないのだ。
そういう事をしっかりと説明する。
またどこで同じようなフォローをされてしまうか分からないからな。
「ノア様のご事情は理解致しました。それでは後日改めて別のプランを提案させて頂きます」
「そうだな……とりあえずその話は目の前の問題が片付いたらだ」
ともかく今はそれどころではないというものある。
それに、エルフとの同盟が達成されれば俺は晴れて貴族の身分となるのだ。
そうなればもう少し違ったやり方も見えてくるかもしれない。
「待つのじゃ。だめ、だめであるぞ、今も後もない、ミルフィオリに手を出すのは禁止じゃ」
一息ついたと思ったところで、俺を冤罪でスマキにしてしまい落ち込んでいたフェリスがこちらに割って入ってきた。
「ん、立ち直ったか」
「うむ、その件は済まぬ事をした……じゃが、それとこれとは別であるぞ。
ミルフィオリは主と夫婦にはなれぬ、あ奴は既に主の養女となっておるのだからな」
「……はい?」
養女?
どういう事だ?
俺はそんな手続きをした覚えはないぞ?
「……知らぬのも無理は無い、昨日、国王が急遽手を回したことじゃ。
主は気づいておらなんだか、ミルフィオリが国王の申し出た保護を蹴った時の、あ奴の情けない顔を」
そう言われてみれば、確かにすごく残念そうな顔をしていたような気はするが。
「そこで国王は考えたのじゃ、ミルフィオリの態度から、主に並々ならぬ想いを抱いておる事は容易に想像できる。
このままではミルフィオリが主の毒牙にかかってしまうのも時間の問題じゃ。
そこで、急遽ミルフィオリを主の養女として登録し、そういった事を回避しようと企てた訳じゃ」
訳じゃって……何でそこで話がそこまでぶっ飛ぶんだ。
うわぁ、なんだかちょっとショックだな。
そんなに節操がない男だと思われてたのか……俺は。
「今日明日には養女である事を証明する書類が届く予定であったのだが、まさか昨日の今日でこのような事になるとは思わなかったのでな。
妾も少々早とちりをしてしまったのじゃ……許しておくれ」
「なるほど経緯は分かった、だからあの時フェリスは興奮して養女がどうとか言ってたのか。
でもそれなら先に俺に教えておいてくれたっていいだろう? 何で俺に内緒でそんな話が進むんだよ」
「それは……恐らく、言ったら反対されると思うたのじゃろう。
ミルフィオリは器量の良い娘じゃ、正面から言って、主が嫌がってその提案を拒否してしまえば話が余計こじれると思ったのであろう」
「ないわー、どんだけ好色だと思われてたんだ俺……」
「すまぬ……妾もその……嫌だという訳ではないのじゃが、無計画に妻が増えてしまってはどうかと思うてな……反対しなかったのじゃ。
妾から国王には、主の心意気をしっかりと伝えておくのでな。どうか怒らないでやっておくれ」
寝て起きたらスマキにされたうえに一六歳の娘が出来ていたでござる。
何を言ってるのか分からないと思うが、そういう事らしい。
ネルソンの気持ちは……まあ分からないでもない。
大切な人の危機に気づかず、手を差し伸べられないまま死なせてしまったのだ。
ならその娘だけでもという気持ちはよく分かる。
そしてその娘が、複数の魔族を妻に持っている変な中年とくっつきそうだとなったら、それはちょっと待てとなるだろう。
それも分かる。
だがこの手段は無いだろう。
いくらなんでもこの扱いはない。これは流石に俺でも怒っていいはずだ。
そもそもミルフィオリを最初に見つけたのは俺じゃないか、それを何だ、人を害虫みたいに……
よし、後でネルソンに会ったら文句を言おう。
――――
「……という訳なんだ、酷い話だろう?」
「ああ……まあ、なんだ……元気そうで何よりだな」
朝の一件が終わった後、俺は城へ向かうフェリスにガドラスへの伝言を頼み、他の仕事を片付ける為にフィガロの街に出た。
シエルとティアマトを護衛に付け、必要なものを買い込んで雲の丘亭で一服しているとそこにガドラスが現れる。
俺はガドラスに、マイバッハの調査を依頼するつもりだったのだ。
しかしガドラスとはナーガの一件以来の再開であり、また以前から色々と頼まれていた事もあった為、話が思った以上に弾んでしまい。
そして今に至る……
「全く……いきなりカタリナから“今日は休暇を取って町にでも出てこい”なんて言われたもんだからおかしいとは思ってんだけど、そういう事だったかよ」
「おお、既に上官を呼び捨てですか、これは勝負あったという事ですかね」
「違ぇよ、言わされてるんだよ。ほら、カーナの事はいつも呼び捨てだっただろう、それ見てカタリナが、自分の事も名で呼べとか言い出してな……」
「千人長の娘と、帝国貴族の娘か……で、どっちにすんの?」
「どっちって……そんなもん分からねえよ、自分で何とかできるならお前に話聞いてもらったりしねえさ」
「そりゃそうだ、まさかガドラスがこんな事で悩むとは思わなかったけど……いつもはあんなに堂々としてるのに」
「三十男が独り身ってところで察しろよ……苦手なんだよ、こういうのはな」
部下の面倒見がよく、乱雑な口調の割に社交性があり、場合によっては戦死した部下の家族にまで世話を焼いてしまう。
そんな頼れる男の見本のような人間が、まさか女性が苦手だったとは意外だ。
しかもそれを相談する相手が、よりにもよって俺だとは……完全に人選を間違えているとしか言いようがない。
「俺だってそっち関連は得意な訳じゃないんだけど」
「嫁さん二人も三人もいる奴がどの口で言いやがる、隊の中でも結構有名になってるぞお前」
「だから俺のケースは参考にならないだろって……って、俺をネタにして話題作るの止めてくれよ」
「俺じゃねえよ、カタリナとフラガ千人長が大体の話の出処だ」
「あの人達は何をやってるんだ……」
聞くところによると、カタリナは以前よりも険が取れて、部下達ともよく雑談などをするようになったらしいのだが、元が生真面目な為、振れる話題が殆ど無くて困っていたのだという。
そこである時、俺の話を振ったらそれが大当たりしていまい、今では話題に困ると俺周辺の話を出してお茶を濁すのが定番となっているというのだ。
さらにそれを聞きつけたフラガが、カタリナでは口にできないシモの方の話題を面白おかしく話すものだから、俺が多数の若い妻を持っているなどという話は、あっと言う間にフラガの部下達に浸透していったらしい。
全くもって迷惑な話である。
この世界にカメラが無くて本当に良かった。
「もうどっちも貰っちゃえよ」
「簡単に言いやがる……無理に決まってんだろ、フラガ千人長にナマス斬りにされちまうよ」
「そうかなぁ、フラガさんは大丈夫だと思うけど……どちらかと言うとカーナの親のほうが問題になりそうだな」
「そっちも確かに楽ではないな、何とかしてやりてえとは思ってるんだが、家が聖都じゃなあ……」
どうやらカーナはカーナで色々と事情があるらしい。
ちょこっと聞いた話では、何でもアストリア達のグループに入る際に、親とモメたのだそうだ。
その為、ユーリとカーナは家出のような状態で家を飛び出し、それっきりろくに連絡も取っていないのだという。
ユーリがアストリアとくっついているのも、家に帰る訳にも行かず、休暇中に行く所が無かったのでアストリアの家に転がり込んだのが切っ掛けだったそうだ。
何だか家出少女が不良仲間とくっつく構図に似ているような気がしないでもない……
「ガドラス、アストリアとはよく会うのか?」
「ん? ああ、立場上話せねえ事もあるが、よく飯食ったりはするぞ。
最近はグールがよく出やがるから、一緒に仕事する事もそれなりにあるしな」
どうやらガドラスとアストリアは、あの魔獣討伐の時からそれなりに仲が良くなっていたようだ。
どちらも腕の良い戦士だし、ユーリとカーナという共通の知人もいる為、話しやすいからだろうか。
アストリア達も、薄給でこき使われるラギウス教会に戻るよりも、フィガロで警備のバイトをしていたほうが楽だと言ってたな。
そんな事を考えていた時、俺の頭に二つの問題を一挙に解決するかもしれない名案が舞い降りてきた。
これなら、もしかしたら何か良い変化が生まれるかもしれない。
「なあガドラス、さっき話したフェリスの友人捜索の話なんだけど」
「……ああ、いいぜ、俺が追放されたのはポロニアの町だけだ、ピアルテにでも拠点を張れば問題なく活動できる」
「それ、カタリナとカーナにも頼もうと思うんだ」
「何だと!?」
マイバッハの調査に、二人を巻き込んでしまおう。
カタリナもカーナも俺達の事情は知っている、問題は無いはずだ。
さらに言えば皆プロである、目的達成の為に協力し合う事だろう。
その中で良い関係が生まれる、カタリナとカーナの溝が埋まり、ガドラスは二人を娶ってめでたしめでたし……
と上手くはならないだろうが、どちらにせよガドラス一人では少々危険である事には変わりない。
万一、行った先に天族がいた場合、ラギウス教徒が混じっていれば何かと言い訳も利くのではないか。
それにどの程度の意味があるのかは分からないが、言うなれば保険だ。
また、何かが起きた場合でも、一人より複数の方が対処しやすいのは確実だ。
人選だって問題はない。
そもそもこの件を依頼できる人間自体が殆どいないのだ。人を選ぶ余裕など無い。
百人長が急にまとまった休暇を取れるのかという問題はあるが、そこはネルソンが何とかするだろう。
そのくらいは骨を折ってもらわないとな。
今朝の騒ぎで少々虫の居所が悪かった俺は、仕返しとばかりに追加の面倒事をネルソンに丸投げする事に決めた。
報酬も出すし、ガドラスと一緒に行くのだ、カーナはまず間違いなく断らないだろう。
カタリナの了解は……こちらも恐らく大丈夫だ。なに、渋るようなら行きたくなるように仕向ける方法はいくらでもある。
「おい、なんだか凄い悪人顔になってるぞ……俺だけでいいって」
ガドラスがそう言って慌てるが、これはガドラスの為でもあるのだ。
いい大人がこのまま高校生の青春ストーリーよろしく、二人の間で右往左往し続ける訳にも行くまい。
この一件は、きっとそれを動かす原動力となるだろう。
多分。
「いや、安全性の面からも複数の方がいい、それに頼める人間は限定されるから人選に他意はない。
まあコウモリ使って速報だけ出してもらえれば、後はピアルテかセルマ辺りでゆっくりしてもらっていいからさ」
「んん……いやまあ、オイシイ話ではあるけどよ……十日見込みの捜索任務で金貨四枚なんて破格すぎて逆に怖くならぁ」
「そこは言った通り、厄介なのと遭遇する可能性を含めた危険手当って事で」
「……分かったよ、お前の言う通りでいい。
で、そのマイバッハってガイコツを見つけたら、棺桶に入れて運んでくればいいんだな?」
「ああ、よろしく頼むよ」
「了解だ」……ガドラスはそう言って手元にあったエールを飲み干し、少し離れた位置に座る二人の女性に目を向けた。
そのテーブルでは、青い髪の少女がヤギ乳の入ったコップを傾け、くぴくぴと喉を鳴らしている様子を、黒髪の女性が優しげな瞳で見ている。
「竜族も随分と身近になっちまったもんだ、お前といると本当に退屈しねえな」
誰にともなく呟き、何かを思い返すように視線を中に這わす。
昔の事を思い出しているのだろうか。
それに釣られて、俺も以前の事を少しだけ思い出していた。
コリーン村で出会い、ここまで、本当に色々な事があった。
初めて馬車に乗ったあの日、星空を見て感動すると同時に抱いた疑問。
俺を気遣ってくれた若い警備隊員の死。
それらがまるで昨日の事のように思い返される。
こちらに来てから、この男にどれほど助けられただろう。
身元不明の、ひ弱で、厄介事しか運んでこない俺を、この男はいつも助けてくれた。
「ガドラス……ありがとうな」
自然と感謝の言葉が出てしまう。
相場を上回る十分な報酬を出している以上、取引の関係としては対等なはずなのだが、そういうものではない。
ガドラスはもう俺にとって無二の友人なのだ。
その友人に危険な仕事を依頼しているという罪悪感のようなものが、俺の心を僅かに乱していた。
「なんてツラしてやがる……心配すんな、今回もうまくやるさ」
頬に傷を持つ強面の大男は、そう言っていつもの様に笑った。




