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第六十三話 蒼海竜

全長五十メートルのトルネード号が激しく揺れる。

高波のようだが、空は相変わらず晴れており、月明かりが周囲を照らしていた。

天候が変わった訳ではないようだ。


急に周囲の気温が下がり、刺すような冷たい風が吹き込んで来る。

シエルが船の周囲に張り巡らせていた、シエル☆バリア保温型が解除されたらしい。

一体何が起こっているんだ!?


「おいおい、何だありゃあ!?」


「何かに掴まれ! 海に投げ出されるなよ!」


緊迫したバルドルとナーガの声が響く。

寝ぼけた頭で緊急事態だと言う事をようやく理解し、何とか体を覚醒させようと頭を振って前を見た。

何だ? 何が起こっているんだ?


「主よ、敵襲じゃ」


俺の体が転がるのを押さえながら、フェリスが落ち着いた様子でそう告げる。

次の瞬間、大量の水しぶきが舞う音と共に海が割け、船の真横三十メートル程度先に、巨大な三つ首の竜がその姿を現した。


「魔獣!?」


海の魔獣……最初に頭を過ったのはそれだが、さすがにこれはスケールが大きすぎる。

こんな海洋生物は見たことがないし、こんなモノがあちこちにいるのだとしたら、海は危険だ以前の問題である。


月明かりに照らされた三本の首が一斉にトルネード号を睨みつける。

周囲が暗いため色は良くわからないが、深い碧色のような印象を受ける。

首の長さはそれぞれ一〇メートルくらいだろうか、その付け根辺りに、海面から半分覗く太い胴体のようなものが見え

その背からはコウモリの羽のような巨大な翼が一対生えており、羽についた水を払うかのように小刻みに震えていた。


「コソコソ何してるの、ナーガ」


この緊迫した場に相応しくない、抑揚の無い無表情な声が響く。

見ればいつの間にか甲板の上には、竜を背に一人の少女が立っていた。

低い背丈の割には異常にボリューミーな髪を無造作に頭の後方でまとめている。キャバ嬢がよくやる盛り髪が極端になったものと言えば良いか……

前髪は目元が隠れるほどに下がっており、その表情を伺うことは出来ない。

そして、かなり上等だと思われる、神官服のようなだぶだぶなローブを纏っていた。


「……ティアマト、何故ここに」


ナーガがティアマトと呼んだ少女に対し戦闘態勢を取る。

その声は明らかに緊張していた。


……ティアマト?

もしかして、セシルに付いた竜族の一人か?


「ナーガが何か……企んでいるから。

セシルはもう、世事に興味ないし……ヤトは瞑想中だし……おバカなニーズヘッグは全然気付いた様子がないから……私が見に来た」


「違うぞティアマト、これは……そう、親善交渉だ。この国の王に晩餐会に呼ばれてな……」


「嘘。ブラッディクィーンにその使徒、変な馬の魔獣、そしてあなた……良くわからない人間、でも感じる、普通じゃない……何を企んでいるの?」


ティアマトは名前を呼んだ相手を一目見ただけで、その異常性に気付いたようだ。

フェリスが施している偽装も役には立っていないらしい。

そりゃ人間の中に魔族がいたら普通ではない状態だと思うよな。


「く……わ、私はただ、アナンタ姉様の娘を助けたいだけなのだ」


「アナンタは……もう死んだ。娘も、死んだ。それをどうするの? ヴァンパイアに……してしまうの? そこの使徒のように」


「何故それを!?」


「私は……ナーガみたいに……空回りしないもの」


そこまで言うとナーガに興味を失ったように目を逸らし、ティアマトと呼ばれた少女は次にネルソンに向き直った。


「あなた……フィガロの王……魔族と手を組むつもり?」


問いかけを受けるネルソンを見ながら、俺は首を振る。

ここは誤魔化すべきだ、フェリスや俺達だけなら何とかなるかもしれないが、この船には普通の人間も数多く乗っている。

何としても岸に移動する時間を稼がなくては。

いくらシエルやナーガがいるとはいえ、こちらは船を破壊されたら終わりなのだから。


俺は大急ぎでシエルを探す。

相手が竜族というのはある意味幸運だったかもしれない、竜族が相手ならシエルが何とかしてくれるだろう。

……しかしどこを見てもシエルが見当たらない。

確か先程までネルソンと話していたはずだ。微睡んでいて話の内容まではよく分からなかったが、確かにそこにいたはずなのだ。


「彼女はいない」


せわしなく辺りに目をやる俺にネルソンが短く口にする。

俺にはその意味がすぐには理解できなかった。


「え? それはどういう……」


「私から彼女に願ったんだよ。手を出さないでくれとね」


ネルソンの回答に俺はさらに混乱した。

手を出すなとは、シエルに対してそう言ったのだろうか? 今の言い方だとそう聞こえたが、しかし何故?

そんな事をするメリットが何一つ思い浮かばない。

ネルソンがそんな意味のないことを、この危機的な状況で行うものなのか?


そんな俺の混乱をよそに、ネルソンはティアマトに向い、話し始めた。


「貴方がどなたであるのかは理解しているつもりだが、間違いがあってはいけない、できれば名乗って貰えないだろうか」


「ふん……生意気」


少女はそう言うと、両手を広げ、一度だけ手を叩いた。

それを合図に、後方に待機している三つ首の竜が咆哮を上げる。

辺りに牛の鳴き声を何倍にもしたような、凄まじい重低音を含んだ轟音が響き、空気と船体が震えた。


「私の名はティアマト、蒼海竜ティアマト……もう一度だけ問う、ここで何をしていた、フィガロは魔族に与するつもり?」


ユミナと同程度の背丈の少女が、ネルソンに指を向けそう詰問する。

ぱっと見は全く脅威を感じない絵面だ、後ろにいる三つ首の竜さえいなければだが。


「私はフィガロ国にて王を勤めております、ネルソン・フィガロと申します。貴方を竜族の一人と知ったその上で言わせて頂きます」


ネルソンがゆっくりと言葉を選んでいく、これは時間稼ぎだろうか?

とにかくこの間に出来るだけの事をやらねばならない。


「ナーガ、あいつ説得できるか?」


「難しいな。正直なところ、私はあいつの考えが良く分からん。

あいつはずっと帝国の人間と関わるのを避けていたし、他の竜族ともあまり話さんからな。とは言え、我々の仲間に入りに来たというわけでもないのだろう」


「なんだよお前ら仲悪いのか? 竜族って個人プレイ多いよな、数少ないんだからもっとコミュニケーション取っとけよ」


「……その通りだとは思うが、お前に言われるとこの上なく腹が立つな」


俺がナーガと話していると、船室へ続く扉が開き、中からユミナとマリアベルが顔を覗かせた。

子供達と寝ていたはずだが、さっきの竜の咆哮で起きたのだろう。マリアベルはしっかり白羽を手に握っている。

それを見て俺も魂喰いを手に取ろうとしたのだが、見当たらない事に今になって気付いた。

考えてみたら、王の前で帯剣は無礼だとか余計な事を考えていて、パーティが始まる前に船室に置いてきたのだった。こんな時になんて事だ。


「おいノアよ、シエル様はどうした。あいつを説得するならシエル様が一番適任だぞ」


「それが、国王が手出し無用ってシエルに言ったらしくて、どこかに引っ込んでるらしい」


「何だと!? どういう事だ?」


「俺だって分からねえよ! さっきから探してるんだけど、どこにもいないんだ!」


ともかく武器を取りに行かねば。

そんな思いで俺は浅はかにも船室へ向かって走り出してしまった。


「馬鹿者っ!」


ナーガの短い声の直後に、金属同士がぶつかりあったような甲高い音が響く。

俺は何が起きたか理解できず、状況を把握するまで一呼吸を要した。

どうやらティアマトが俺に放った攻撃をナーガが受け止めてくれたようだ。

腕から硬質化した刃を出しているナーガが俺をかばうように立っており、その前にはフェリスが臨戦態勢で構えていた。


「私が話しているのに勝手に動くな、行儀が悪い」


そう言ったティアマトの元に何かが戻っていくのが見える。

それはあの後ろに束ねていた大量の髪の一部だった。

気が付けば団子状になっていた髪は解かれており、ティアマトの足元に、まるでタコの足のように広がっている。

……まさかあれが全部武器になるのか?


「この馬鹿、相手を不用意に刺激するな」


焦りを含んだナーガの叱咤が俺に向けられる。

俺はティアマトの攻撃を全く察知することが出来なかった……ナーガが防いでくれなかったら、俺の命は一瞬で刈り取られていただろう。

魂喰いの攻撃予測に慣れきっていた俺の背中に冷たいものが流れる。

格下相手ならばともかく、相手が竜族である以上、ナーガやフェリスの援護があったとしても常に俺を守りきれるとは限らないのだ。


「どうか怒りを沈めて欲しい、ティアマト殿。我々は貴方や天族に弓を向けるつもりはない、ただこの世界に生きる者として、真実を知りたいだけなのだ」


あわや戦闘が始まるというところで、ネルソンが再度ティアマトに呼びかける。

しかしそんな様子を見たティアマトは短く鼻を鳴らした。


「浅はか。真実に意味なんて無い、この世界は天族が握っている……だから、天族に従っていればいい」


「しかし私は天族に教えを受けたことなどないのだ、それでは何が正しいというのか」


「今が正しいに決まってる……何も言葉をかけられないのは、言葉をかける価値すら無いから」


「では我らは言葉も交わせぬまま、運命を受け入れろと申されるか。

貴方もかつて天族と戦った身であるはずだ、そこに自身の意志は無かったのか?

本当に、今、この世界があるべき姿だと信じておられるのか!?」


「……ナーガの入れ知恵? 鬱陶しい、人間ごときが知らなくて良い事」


「私はそうは思わない、この世界に住む者であるならば、誰しもが考え、答えを出さなければならない問題であるはずだ!」


私はこの世界に疑問を持っている……聞く者にとっては完全な天族批判である。

それをネルソンは臆する事もなく言い切った。

歴史を知るティアマトであれば気付いただろう、これは誰かが要らぬ知恵を与えたのだと。

そしてその相手として考えられるのは、この場ではナーガしかいない。

つまりナーガは天族を、そしてセシル達を裏切ったのだ。

きっとそういう答えにたどり着くのだろう。


ティアマトの髪が波立ち、俺にでも分かるレベルのプレッシャーが浴びせされる。

以前ナーガと対峙した時と同じ、これから蛇に一飲みにされようとしているカエルのような気分だ。


「まがい物が! 知ったような口を叩くな!!」


泣き声のようにも聞こえるティアマトの叫びと同時に、後方の竜も雄叫びを上げる。

それが戦闘開始の合図となった。



ネルソンに殺到する幾筋もの髪をナーガが防ぐ、同時に俺の前にフェリスが付き、防御を固めた。


「ティアマトは多数の目標を同時に攻撃する術に長けている! しかし一撃の力は私よりも劣るはずだ!」


重要な点を手短にナーガが叫ぶと、船室のドアを蹴ってユミナとマリアベルが飛び出した。

反射的にそちらにティアマトの髪が襲いかかるが、ユミナがどこからか持ち出した剣で弾き返す。


「ご主人様!」


「ユミナはそのまま、マリアベルを援護しろ!」


俺の声にユミナが頷き、弓を射ながら動き回るマリアベルにぴったりと着いていく。

ユミナも凄いが、マリアベルのあのクソ度胸はどこから出てくるんだ……


「ナーガ様、代わりますよ」


そう行ってネルソンの前に立つのは、シャリドとエルネスタだ。

シャリドは両手に短剣を持ち、エルネスタは短く呪文のようなものを唱えると目の前に光る壁が作られる。


「ようネルソン、相変わらずありえねえ博打を打ちやがるな」


「……済まないな、君達の命を勝手に賭けさせてもらった」


「は、いつもの事じゃねえか、それでどうせ下がれって言っても聞かねえんだろ?」


シャリドとネルソンは短くやり取りを行い、二人で笑い合う。

エルネスタも僅かに微笑むと、ドレスの下から細身の剣を出してネルソンに放り投げた。


「じゃあいつも通り、自分の身は自分で守ってね」


ぼうっと輝く手のひらをエルネスタは二人に掲げ、ナーガの隣に移動する。


「船をやられたら終えだ、ナーガ殿はあのデカブツを何とか抑えてくれ」


「ははっ、承知した」


シャリドの声にナーガは薄く笑う、ちらと俺の方をみて、俺がフェリスに守られている事を確認するとティアマトめがけて飛び出した。


「うざったい!」


ティアマトの髪が四方に散り、それぞれの目標に向かうが、皆がそれを危なげなく迎撃する。

ネルソン達もエルネスタの魔法を受けて身体能力が強化されていようだ、軽々と言う訳ではないが今のところは攻撃を防げている。

シャリドが両手に短剣という非常に小さな獲物を操ってティアマトの攻撃を捌いている様には驚かされた、体型的には斧でも振っている方が似合ってるのだが……


皆が甲板にいるティアマトと戦っていると、その背後にいる海竜が甲板上を狙い攻撃を始めた。

三本の頭から、圧縮された高圧の水流が発射される。

しかしそれは空中に現れた氷の壁のようなものに阻まれた。


『これだと甲板に攻撃が集中するわね……さて、少しお勉強をしましょう。黒王、付いてきなさい』


甲板の隅で様子を見ていたユニコーンはそう言うとそのままひらりと海の方へ飛び込む。

それを見て黒王も躊躇うこと無く後を追った。

程無くして、海竜の後方で炎が飛び交い爆音が轟き始める。

甲板の上からでは見難いが、どうやらユニコーンは海に氷の足場を作り、その上を黒王と移動しながら海竜に攻撃を加えているようだ。

海竜は後方に回り込んだユニコーン達の対処の為、注意を甲板から自身の後方へと移さざるを得なくなる。

海上での戦闘も得意だとは言っていたが、まさかこんな方法で戦えるとは……つくづく底の知れない馬だ。


しかしこうなってくると俺が完全に邪魔者である。

俺がいるせいでフェリスは攻撃に移れない、前に出ているのは実質ナーガだけだ。

後方から行っている魔法や弓での攻撃はティアマトにダメージを与えるには至っておらず、ティアマトの攻撃を妨害する程度の役割しか果たせていない。

しかしその程度の攻撃であっても止める訳にはいかない、こちらからの攻撃の手が緩めば、ティアマトから即座に致命的な反撃が来るからだ。


「フェリス、俺は船室に引っ込む、入り口まで護衛してくれ」


「うむ、分かった」


そうとなれば、俺の役割はさっさと安全な場所に避難する事だ。

国王であるネルソンが戦っているのに下がるのは心苦しいが、俺がここにいると不利益が大きすぎるのだから仕方ない。この際恥は捨てよう。

フェリスも俺の考えが分かったのか、短く頷き、俺をティアマトの射線上から庇うようにして移動を始める。


フェリスに護衛してもらいながら船室へ続く扉の前に移動する。

俺の移動に気付いたティアマトからの攻撃が来るが、フェリスが全て叩き落としてくれた。やはりフェリスは強い、これ程の戦力が俺に張り付いているのは大きな損失だ。

扉の前ではマリアベルが白羽で牽制を行い、ユミナがサポートに回っている。


「マリア、一緒に下がるか?」


「まだやれるわ!」


真っ白なドレスが乱れる事も物ともせずに白羽を引き絞るその姿は、まさにアルテミスかアマゾネスかといった感じだ。

どちらにしろ、とても一国の王女には見えない。


「ユミナ、マリアを頼むぞ。マリア、マナがやばくなったらすぐ下がれよ」


今のところユミナの防御と白羽による攻撃はティアマトの攻撃力を落とす役に立っている。

そう判断した俺は、短く言葉をかけ、ユミナが頷くのを確認してから扉の影に入った。


その瞬間、天から強烈な光が降り注ぐ。

ティアマトの攻撃かと身構えたがどうやら違う。上空に待機させていたナーガの龍が、ティアマトの海竜めがけて攻撃を放ったようだ。

余波で船が大きく揺れ、ティアマトの反撃であろう、上空に向かって幾筋もの水の柱が放たれているのが見える。

あれだけの攻撃を受けたと言うのに力が衰える気配がない、防御したのか、もしくはこの船が気になってナーガが本気を出せないのか……

どちらにしろナーガだけではやはり決定打に欠けるようだが、ティアマトは一人だ、こちらに比べたら遥かにこなす仕事は多く消耗も激しいはず。

フェリスが加わればきっと巻き返せる。


「それじゃあ頼んだフェリス、無理はするなよ」


「うむ、主は心安らかに吉報を待っておれ」


そう言うとフェリスはかぷりと俺の首筋を甘噛し、ナーガの方へと駆け出す。

一瞬だけ、なんとも言えない不安感が俺を襲ったが、ここから先は俺の手が出せない領域だと自分に言い聞かせ、俺は階段を下った先にある船室へと向かった。



「ノア様!」

「ノア殿!」


船室に向かった俺を待っていたのは、クローディアとコルネット、カイ、アラン、ルーク、そしてアリスと子供達だった。

船が左右に揺れるので、皆膝を付くか、近くの柱に掴まるなどしている。

その部屋の中を見渡して、俺は誰か足りない事に気がついた。


「あれ? メイアは?」


「メイア殿なら、先程シエル殿とどこかに行きました……上にはいらっしゃらないのですか?」


困惑したようなアランの言葉を聞き、俺は心の中にモヤッとした感情が生まれるのを感じる。

メイアはシエルにとって特別な存在というのは聞いている、だがこの状況でメイアだけ避難させたというのか?

子供達もいるのに?


分からない……シエルの考えている事が分からない。

それとも、最初から俺や子供達は、シエルにとってその程度の存在だったのだろうか。

シエルにとって俺達は、自身の目的を達成する為のパーツでしか無く、いくらでも替えが効く存在という事なのか?


船上で飛び交う怒号と轟音、そしてその度に揺れる船の中にいると、どんどん悪い方向に思考が偏っていってしまう。

シエルは俺の妻のはずだ、いくら分不相応な相手とは言え、今までずっと俺を助けてくれた。

俺の事を知りたいとも言ってくれた。

なのに、こんな簡単に見捨てられてしまう程度の関係でしかなかったのだろうか……


「ノア様、大丈夫ですか?」


ふと気がつくと、心配そうに俺を覗き込むクローディアの顔が見える。

周りを見ると、皆が俺を心配そうな目で見つめていた。

ああくそ、まただ。一番事態を把握してるはずの俺がこんな所でヘタレていてはいけないはずなのに。

俺は片手を上げて「大丈夫」と合図し、気を取り直して上で起きている事を手短に説明した。



「……なんて事だ、竜族が」


アランの顔が絶望的な表情に変わる。

竜族と言えば伝説上の存在、それが襲って来たとなれば、誰しも絶望したところで仕方ないと言える。

しかもここで仮にティアマトを追い払っても、よしんば倒す事ができたとしても、フィガロは非常に危険な立場に追い込まれる可能性が高くなったのだ。


「だが、上にはナーガもいるしフェリスも戦ってる、竜族とは言え相手は一人だ、何とかなる」


ナーガの時だって何とかなったのだ、今回だって何とかなるさ……

俺はアランに言い聞かせると同時に、自分にもそう言い聞かせていた。

そうでもしないと腹の底から湧き上がってくるような不安に飲み込まれてしまいそうだったからだ。


「……私は加勢に行きます」


黙って聞いていたルークが立てかけていた剣を取り、腰に取り付ける。


「待て、ティアマトの攻撃は激しい。下手に行っても返り討ちに合うだけだぞ」


「無論承知の上、しかし陛下や王女が戦っておられるのに、私が避難しているわけには行きません。

なに、無駄死にするつもりはありませんよ。陛下の盾とでもなれれば本望、出来る限り役に立って見せましょう」


まるで当たり前のことのようにそう言うと、ルークは姿勢を正しクローディアに向き直った。


「話が主よ、これより私は国王陛下の元へ向いたいと思います。出撃の許可を」


「我が騎士ルーク、出撃を許可します。どうか陛下をお守り下さい」


ルークとクローディアは短いやり取りを終えると、ルークは剣を少しだけ掲げ、そして何の迷いもなく甲板へと駆け上がっていった。


「……何で?」


目の前で行われた事に理解が追いつかない俺から、そんな間の抜けた言葉が出る。

相手は竜族なのだ。

俺はどう考えても邪魔者にしかならないから避難してきた。

ルークは俺よりは余程強いだろうが、それでもティアマトの攻撃を何度も受けられる程ではないはずだ。

普通に考えれば死にに行くようなものなのだ。


「ノア様……騎士とは、戦うべき時に戦わず、死すべき時に死なずは恥と申します。

これはルークが望んだこと、どうか彼の心の内を察してあげて下さい」


クローディアは落ち着いた様子で俺にゆっくりとそう言い聞かせてくれた。

戦うべき時に戦い、死すべき時に死す。

そうか……忘れていた。ここは、そういう世界だったな……



甲板では相変わらず戦いの音が鳴り響いている。

再度、轟音と大きな揺れが船を襲った。ナーガの龍がまた攻撃を仕掛けたのだろう。

皆が命懸けで戦っている時に何も出来ないというのが、これほど歯がゆい事だとは思わなかった。

今まで戦いに巻き込まれなくてラッキーだと思ったことはあったが、こんな気持ちになるのは初めてだ。


一〇秒、三〇秒、一分

さほど時間は経っていないはずだが、ものの数分がとても長く感じる。

そんな時、俺は自分の武器――魂喰いをこの部屋に置いておいた事を思い出した。


「そうだ、俺の武器がどこにあるか知らないか? 確かその辺に置いたはずなんだけど」


子供達の固まっている辺りにある棚を指差す。

すると近くにいたアリスがそれを見つけた。


「あ、これですか? もう、だめじゃないですか、自分の武器をこんな所に放り投げておいたら」


こんな時だと言うのに大して緊張した様子もなく、アリスが魂喰いを持って俺の方に寄ってきた。


「武器には魂が宿るって私のおじいちゃんも言ってましたよ、そうするとノアさんの武器はだいぶひねくれてるかもしれませんねぇ」


「……お前随分余裕あるな」


「まあこれでも皆さんより長生きしてますから、私は落ち着きのあるお姉さんなんですよ」


普段の行動からはとてもお姉さんには見えないが……

そう言えばエルフは天族寄りの種族だったな。

今や竜族も天族の一員だから、そこまで恐怖感は無いのか?

もしかしてこいつが白旗持って出ていけば丸く収まるとか。


「んな訳無いよな」


我ながら馬鹿な事を考えてしまったと自嘲しながら魂喰いを受け取る。

まあこんな殺伐とした空気の中でも、こいつみたいな脳天気な奴がいるだけで多少は救われる。

そんな事を考えながら、俺は魂喰いに手を伸ばす。

さて、ここからどうする。上に戻って援護をするか、このままシエルを探すか……

魂喰いがあれば、俺でも多少はティアマトの攻撃を回避できるかもしれない。


そう思い、目を上げたその時、俺の視界が全て赤に染まった。

これは攻撃予測!?


次の瞬間、轟音とそして何かを突き破る音が響渡り、船は大きく揺れ俺は後方に弾き飛ばされた。


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