第六十四話 離婚の危機
気を失っていたのはどのくらいの時間だろうか。
「旦那様! 旦那様!」
「きゃあああ! アリスさん! アリスさん!!」
俺を呼ぶ声と、悲鳴のようなものが聞こえる。
背中を強く打ち付けたようで、息が苦しい。
確かティアマトの攻撃を受けたはずだ、すぐに立ち上がって次に備えないと。
そうは思うのだが、脳震盪でも起こしているのだろうか、意識がはっきりしない。
誰かがアリスを呼ぶ声が聞こえる。
怪我人が出たのか? 俺は後回しでいいからと言いたいが声が出ない。
「旦那様! 起きて下さい旦那様!」
頭を持ち上げられる感触がする、この声は……ミルフィオリか?
俺は痛む肺に無理矢理空気を入れ、咳をしながら目を開く。
薄暗い部屋の中、目の前にはミルフィオリの顔がある。
天井を見ると、そこには大きな穴が空いていて、そこから夜空が見えた。
どうやら天井を突き破って何らかの攻撃を受けたらしい。
皆は大丈夫なのか?
浅い呼吸を繰り返していると、ようやく腕が動くようになってきた。
足も感触が有る、どうやら俺自身は致命的な怪我は負っていないようだ。
埃を被ったのか、目が痛むので顔を手で拭うと、手にべったりと血がついていた。
まずいな、どこをやられたんだ……
咳き込みながら無理矢理体を起こし、握っていた魂喰いを杖代わりにして立ち上がる。
出血を伴う怪我をしているはずなのに、不思議と恐怖感は先程よりも無かった。
死んでいないという安心感からか、それとも皆の無事を確認したかったからか。
とにかく俺は立って辺りを見回した。
部屋の中央部分に、天井から床を貫く直径三〇センチメートル程度の穴が空いており
船底部分まで突き抜けているようだ。
穴の中から水が入ってくる音がする、船底部で浸水が出たようだ、船体に致命的な損傷を負ったと思われる。
このまま放っておけば、船はじきに沈没してしまうだろう。
だが、この時の俺は、そんな船の傷など気にもならなかった。
穴の開いた場所の側に、人が倒れている。
周りには赤い血溜まりができており、その量は尋常では無かった。
倒れているのは誰なのかすぐに分かった。長く細い耳が、力なく床に垂れているからだ。
「……アリス」
まだおぼつかない足取りでアリスの元に駆け寄る。
ひどい有様だった。
右腕は肩の部分からごっそり削られており、右足も脛から先が無い。
そのちぎれた部分から、真っ赤な血が後から後から流れ出している。
一体この小さな体のどこにそんな血液があったのかと言うほど、その量は多かった。
「……アリス?」
死人のような青い顔で目を閉じているアリスの側に膝を落とす。
現実感がまるで無い、今さっき、ほんの数分、数秒前まで話していた少女がそこに横たわっているのだ。
傷の具合は……どう控えめに見ても致命傷だった。
「誰か……治癒を」
震える声でやっとそれだけ口にするが、答える者は誰もいない。
それはそうだろう、治癒魔法を使えるのは、上で戦っている者を除けばアリスだけなのだから。
そうだ、止血をしなければ。
確か大きな怪我の時は血管を圧迫して止めるのだ、以前フェリスにもやったではないか。
そう考えてえぐれた肩の部分に手を当てるが、そこはもはや圧迫してどうこうなるようなものではなく
傷口に手を当てた瞬間に、押し出されるように大量の血が吹き出した。
「いた……」
その時、アリスの口が僅かに動き、目が勢い良くぱちっと開いた。
アリスと俺の目が合う。
「……ああ……ノアさん、無事でしたか、よかったですね」
「アリス、お前……血が……血が止まらない」
「大丈夫ですよ……私は治癒魔法の……プロですよ……すぐ直しちゃいます……から」
そう言ってアリスは僅かに身を捩り、そして小さく息を吐いた。
「ああ……魔法……使えませんね……ちょっと……やっちゃった……なぁ」
「アリス待ってろ、今フェリスかナーガを連れてくるから」
「はいー……すみませんねぇ」
そう言って、アリスは再びゆっくりと瞼を閉じ。
そして……二度と開く事は無かった。
あっけなさ過ぎて現実感がまるで無い。
戦いの音は未だ響いている。
船底からは水の入ってくる音が聞こえてくる。
これは現実だ、紛れもない現実なのだ。
しかし何度自分に言い聞かせても、目の前に横たわる少女がもう目を覚ます事がないという事実だけは、認める事ができなかった。
いつか体験したような感覚が俺を襲う。
心臓の鼓動が大きくなり、全身の血管が脈打っているような感覚が体を包み込む。
視点は遠くなったり近くなったりを繰り返し、まるでビデオカメラで後ろから撮った自分自身を見ているかのようだ。
なぜだ? 何で、こんな事になった?
何度も何度もその言葉が頭の中で渦巻いていく、しかし実際にはほんの数秒だったに違いない。
同じ問答を何百、何千と繰り返し、そして俺は一人の女性の名前を叫んでいた。
「シエル! いるんだろう!!」
全身から黒い怒りがマグマのように湧き上がってくる。
自分でももう何を考えているのか、何を言いたいのか分からない。
俺の中から、理屈とか理性とか、そういったものが消失してしまったような感覚。
ただ本能のままに、俺はあらん限りの声を出して叫び続けた。
「いるんだろう! 見てるんだろう! これか! これがお前が望んだ事なのかよ!」
シエルは出てこないが、お構いなしに叫び続ける。
周りを見ている余裕は無い。この瞬間にも甲板では戦闘が続けられているのだろうが、それすらもうどうでも良かった。
「お前は何がしたいんだ! こうなる事は分かってたんだろ! 何でここにいないんだ、これに何の意味があるんだ!
アリスは死んだんだぞ、死んでしまったんだ! 実験なのか? 試してるのか? 大したことないって思ってるのか!
出てこい! ネルソンの約束なんてどうでもいい! 今すぐここに出てきやがれ!!」
呼吸を整えて数秒待つ。しかし当たり前のように何の反応もない。
それはそうだろう、シエルは“こう”と決めた事を簡単に覆すような女だとは思わない。
恐らく当然こうなる事は予想できていて、それでも手を出さない事に決めたのだろう。
「……分かった、もういい。何か理由があるんだろう、でももうそんな事はどうでもいい」
完全にキレてしまった状態。
恐怖を怒りで覆い尽くしている俺には、最早正常な判断など望めない。
それを一段下がった場所で冷静に見つめる俺自身がいる。
そんな説明しにくい感覚の中、俺は一つの決意を固めた。
ティアマトは殺す、必ず俺が殺してやる。
立ち上がって周りを一度だけ確認する。
アリス以外に大きな怪我をしている人間はいないようだ。
アランが足に少し、クローディアが転倒して頭を打ったのか、額から少し血が出てはいるが、命に別状は無いだろう。
「旦那様、お待ち下さい! まだお怪我が……」
ただならぬ様子で甲板に続く階段に足をかけた俺を見かねたのか、ミルフィオリが俺の腕を引いて止めようとするが、その手を俺は乱暴に払いのける。
そして、ミルフィオリにではなく、どこかでこの様子を見ているであろうシエルに向かって虚空に声を投げかけた。
「お前が何者で、何を考えて、今どこにいようがもう構わない、俺は俺のやりたいようにする
お前とはもう何の関係もない……縁を切る!」
俺が少しでも冷静であったのなら、その自分の立場を全く弁えていない物言いに苦笑の一つもしただろう。
しかし今の俺は、こうでもしないと自分を奮い立たせていられない。
自分が破滅に向かって歩き続ける事を、今、止める訳にはいかない。
何故と言われると、正確に答えられる自信はないのだが。
要するにこの時の俺は、どうしようもなく戦って死にたかったのだ。
しかし、やはり俺の計画というのは上手くいかないものだ。
全ての覚悟を終え、最後の花火を上げようとする俺の前に、その女は音も無く現れた。
手を出すなとネルソンに頼まれ、バカ正直に言うとおりにした女。
背の高い、黒いメイド服を纏ったシエルが、俺の目の前に立っていた。
シエルは現れたきり、一言も言葉を発しない。
ただ、俺の行く手を阻むように、甲板に続く通路を塞いでいる。
しかしよく見るといつもの無表情ではない。
叱られた犬のような顔をしている。
それ自体は非常に珍しい事で、平時であれば俺も何らかのリアクションを取ったであろうが、今はそんな事はどうでも良かった。
「退け」
「……嫌です」
「消えろ」
「……嫌です」
同じようなやり取りを何度か繰り返し、俺はだんだんイライラしてきた。
「何しに来たんだ今頃」
俺の問い掛けにシエルは何も答えない。
いい加減時間の無駄だと思い、シエルの隣を強引に通過しようとしたが、シエルに押し戻されてしまった。
悲しいかな、精神的には優位であっても、力では全く敵わない。
「お前はそうやって俺の最期まで邪魔をするのか」
「……です」
「なんだって?」
「……離婚は……嫌です」
生涯記録に残しておきたいような弱々しい表情で、シエルはやっとのことといった様子でそれだけ口に出した。
しかし俺の怒りは全く収まらない。
「お前それアリスの前でも言えんの?」
「……」
「お前は俺の何だよ、勝手にいなくなっておいて、俺達を試すような事しやがって、遊びじゃねえんだよこっちは、ちょっと一人死んじゃいました……じゃ済まねえんだよ!」
「……」
「なんとか言えよ!」
「私の予測が、突然大きく狂いはじめて……私にも原因が……申し訳ございません……どうか……」
シエルは今にも泣き出しそうな様子で途切れ途切れの弁解をしている。
察するに、思っていた以上にひどい結果になってシエルも驚いている、ということらしいが
今はそんな言い訳を聞いている時間すら惜しい。
「ティアマトを殺す、話はそれからだ」
「それは……」
「俺に殺させろ、出来るんだろ、出来ないなら用は無い」
「方法は……ですが……それではノア様のお体が」
「今更俺の体なんてどうだって良い!」
実際は本当にシエルが俺にティアマトを殺せる力を用意できると確信していた訳ではない。
ただ、こう言っておけば、実行可能な最大の何かを用意するだろうと思ったからだ。
怒りを失わないように、暗い炎を絶やさないように。
ここで楽な方向へ流れてはダメだ、アリスの敵を討つんだ。
そう自分に言い聞かせながら、俺はシエルの目を睨みつける。
シエルはほんの少し逡巡した後に、決心したように小さく頷いた。
「分かりました、全てはノア様のお心のままに」
「どうするんだ」
「まずはノア様の武器をお持ちください」
そこまで聞いて、俺は魂喰いを回収し忘れている事に気がついた。
本当に締まらない、武器も持たずに何をするつもりだったのか俺は……
俺が振り返ると、皆固唾を呑んで俺とシエルの会話を聞いていたのであろう。
カイが床に転がっていた魂喰いを拾い上げ、俺の方に持ってきた。
俺は何も言わずにそれを受け取ると、目でシエルに続きを促す。
「ノア様の体内に蓄積されたマナを使用し、剣を作成します。
ターゲット設定は私が行いますので、ノア様は剣が生成されましたら、目標に向かって振り抜いて下さい」
「やけに簡単だな」
「通常ではありえない量のマナを一気に消費しますので、時間をかけますとノア様の生命が危うくなります。
また、制御が難しいので出力が安定しません」
「ティアマトを殺せればそれでいい……もう俺を裏切るなよ」
「……承知致しました、それではノア様の内にある、アナンタの魂を継ぐ者に呼びかけます」
シエルは手を俺の方にかざし、短く何かを呟くと、突然俺の手にしている魂喰いの刃が発光を始める。
「さあ、外へ参りましょう。攻撃時に剣が大きくなりますが、その剣は目標以外には全くの無害ですのでご安心下さい。」
剣が大きくなるという意味が良く分からなかったが、ここで考えても仕方の無い事なので、俺はそのままシエルを押しのけるようにして甲板に躍り出た。
甲板の上はひどい有様だった。
マストは二本とも途中から折れ曲がり、甲板の上は穴だらけだ、操舵室が攻撃を受けたのか完全に潰され、その隅でバルドルが身を隠すように瓦礫に背を預けていた。
援護攻撃を行っていたネルソン達は、あちこちに傷を作りながらもまだ生きているが
エルネスタが前に出てシールドのようなものを展開し、他の人間はそこに隠れるように避難しているだけだ。
いつの間にかユニコーンも甲板に戻ってきていたが、あちこちに切り傷を負っており、今はユニコーンを守るように黒王が立ち、ティアマトを牽制している。
そして前線で戦っていたナーガとフェリスだが、フェリスとユミナは傷ついて倒れているマリアベルや国王達を庇っており
ナーガは海竜の上から攻撃を繰り返すティアマトに対し、自身の龍と共に魔法を浴びせていた。
そう、この時点でティアマトに攻撃を加えているのはナーガだけだったのだ。
甲板の上にいたはずのティアマトは、今は海竜の中央の首に立ち位置を移し、海の上から魔法や竜の水柱で、ナーガと言うよりはむしろこのトルネード号を狙って攻撃している。
これに対し、ナーガは船体を防御しようとするが、船が大きすぎて防御が間に合っていないようだ。
先程の後部にある船室を狙った……アリスの命を奪った攻撃も、ナーガが防ぎきれなかったものの一つなのだろう。
海竜の上に乗ったティアマトは、もはやこちらからの攻撃に大した警戒を払う必要もなく。
トルネード号の船体を狙った攻撃を次々と繰り出してくる。
これをやられてしまっては、海上への攻撃手段が限られるこちらは非常に不利だ。
恐らく途中、自身の不利を感じて戦い方にこだわっている余裕が無くなったのだろう。
汚いとはあえて言うまい、これは殺し合いなのだからな。
「ネズミ、ようやく穴から出てきた……あの女は?」
甲板に姿を現した俺を見て、ティアマトが俺に攻撃を集中させるために海竜の首を向けた。
俺の後ろにいたシエルに一瞬だけ気を向けたようだったが、特に何か変化があった訳ではない。
「ノア様“剣”の展開完了まで約一二秒です、申し訳ございませんが、私はその間マナの制御のため動けません」
「ナーガ、攻撃をやめて俺をガードしろ!」
シエルの報告に返事はせず、すぐに攻撃を担当していたナーガを呼び戻した。この状況ならナーガを下げるのが一番いいはずだ。
ナーガは驚いたようにこちらを振り返るが、俺の隣にシエルがいる事を確認すると何も言わずに俺を守るように下がる。
直後に飛来した三本の水流は、ナーガによって辛うじて防がれた。ナーガもかなり消耗しているようだ。
同じ竜族と戦いつつ他の手練も相手をしているのに、何故ここまで消耗度合いに差があるのだろうか。
「ナーガ、押されてるな」
「うるさい、奴は海水からマナを急速に補充できるが、私は淡水からしかそれが出来ん、不利なのは仕方あるまい」
ああ、そういや蒼海竜とか言ってたな、そういう仕組みか。
こんな時なのに笑ってしまう、ナーガの奴、淡水担当の癖に海鮮モノが好物なのかよ。
……ということは、あそこに居る限りティアマトはほぼ無敵という事だ。
通りで余裕があるわけだ……ああ、腹が立つな。
一二秒がやけ長い、こんなに長い一瞬は初めてだ。
ティアマトは下がって防御に徹し始めたナーガに少し焦れたようだ。
僅かに海竜が溜めを作った後、空に向かって水柱を発射した。
「往生際が悪い、もう一度受けろ」
空に放たれた大量の水が空中で凍りつき、いくつもの巨大な氷の矢となってトルネード号に降り注ぐ。
これか! これがアリスを殺した攻撃か!
「くそ! 防ぎきれんぞ!」
「いい、もう終わる」
「何だと!?……おい、何だそれは……」
無数に降り注ぐ氷の柱が、甲板上数メートル程度にまで迫ったその時、ようやくシエルの剣が完成した。
何かが俺の体から急速に抜けていくような感覚に襲われ、目の前の景色が一旦写真のように停止する。
降り注ぐ氷の柱も、地上二メートル程度の位置で停止している。
いや、正確に言えば停止ではない、ゆっくりとだが落下は続いているようだ。
「ターゲットが設定されました、攻撃して下さい」
少しだけ間延びしたようなシエルの声が響き、俺は一歩だけ前に踏み出し、振りかぶって右手に持った魂喰いを横に薙ぎ払う。
俺の手に収まる程度だった剣はからは、今や長さ三〇メートル程にも達する大木のように太い光の柱が生えていた。
その光の柱は、俺の動きに合わせ、落下する氷の柱を飲み込み、飲み込んだ先から俺が敵だと認識したものを文字通り消し去っていく。
その通過点上には、ナーガやフェリスやエルネスタといった者もいたが、俺が敵だと認識していない相手には何の影響も与えること無く素通りしていった。
もちろん、トルネード号などの無機物に対しても無害だ。
一切の音が消え去った世界で、俺はティアマトと海竜がいる方向に走り出し、さらに振りかぶって魂食いを叩きつける。
「何!?」
ティアマトの狼狽えた声が響き渡る。
ティアマトの海竜が光の柱を防ぐため、シールドのようなものを作り出したが、何の抵抗にもならずに一番左の海竜の首が消失する。
「なに? 何なのこれ!?」
そのまま光の柱は中央にある海竜の首と、その上に乗るティアマトに迫った。
ティアマトが自身の硬化した髪と両手でそれを防ごうとしているのが見える。
だがそれも無駄な抵抗、光の柱は安々とその防御を貫き、ティアマトの体を飲み込もうとしていた。
光の柱がティアマトの髪を飲み込んだ後、その片腕をゆっくりと飲み込んでいく。
一瞬の出来事のはずなのだが、それがまるで、超スローモーションのように俺の目に写った時、俺の頭に直接ティアマトの声が響いてきた。
「いや! 何なのこれ! いやだ! いやだぁ! 死にたくない! 助けて! 助けてマーマ! マーマ! マーマ!」
死を前にしたティアマトの叫びが、俺の頭に次々と流れ込んでくる。
早く終わらせたいのに、まるで剣はコマ送りのようにゆっくりとしか進まない、剣を握る手に力を入れ直しても同じだ。
「うるさい早く死ね! お前が殺したアリスだって苦しんで死んだんだ、お前は許されない事をしたんだ!」
「やだよ! 死にたくない、死ぬのは嫌!」
「戦争をしていたんだろ! 人を殺すことなんて何とも思っていなかったんだろ! だからろくに話し合いもせずに人を殺せるんだお前は!
自分の番になったら死にたくないなんて、そんな話が通用するかよ!」
「殺したくなんてない! 戦いたくなんて無い! でも戦わないと殺されるもん、殺されるのは嫌! セシルに、ルミナスに、天族に殺されるのは嫌なの!」
「そんな勝手が通るか!」
「やだよ、助けてマーマ! マーマ! マーマと一緒に居られればよかったのに、なんで? 何でマーマは私を捨てたの!?」
永遠に続くかのような一瞬の中で、俺とティアマトは何度も何度も言葉をぶつけ合った。
その殆どは会話にすらなっていなかったが、長く長く響くティアマトの言葉を聞いているうちに、俺は分かった……分かってしまった。
こいつは……子供だ。
大人の顔色を伺う子供、母親に甘える子供、言われた事を忠実にこなすしか無い子供、ただ……死にたくないと願う子供。
ティアマトという竜族の中にある孤独と恐怖と、故郷や母への愛が、魂喰いを通じて俺の中に嫌というほど流れ込んできた。
あと……あとたった一メートルも振り抜けば、こいつを……アリスの仇を討てるというのに。
何でこんなものを俺に見せるんだ。
「ああクソ! 畜生が!」
俺は折れるほどに歯を食いしばり、再度、魂喰いを握る手に力を込め、これが最後と振り抜いた。
ティアマトは光に飲まれ、直後、光で作られた剣は花火のように爆発し、辺りを一瞬だけ昼間のように照らした後、儚く消えた。




