第五十五話 ナーガ様はみてるだけ
突然だが今日のフィガロ王国を語る上で外せない二人の人物について少し話をしたいと思う。
一人目は先代のフィガロ王。
名はフェリオン・フィガロという。今から五年前に亡くなっており、享年六四歳だったそうだ。
彼は歴代のフィガロ王の中でも特に思い切った政策を行った人物であり
現在のフィガロが繊維生産において、小国でありながらも近隣諸国の中で最も進んでいるのは、この王の功績によるところが大きい。
性格は即断即決を是とし、前例や慣習に捕らわれない破天荒な人物であったらしい。
自身が王になる際に発生した政争で弟と妹を失っており、兄を国外追放とした経験からか「俺の子は一人でいい」と言って、とうとう死ぬまでネルソン以外の子を設けなかったという逸話が有る。
そして、そんな王が繰り出す破天荒な政策の重要な部分を助けたと言われる人物が、現在フィガロ有数の貴族であるエスカりオ家当主、シャリド・エスカリオである。
現在五五歳となる彼は、エスカリオ家の初代当主であり、前王フェリオンの親友でもあった。
そんな彼の出自は何と海賊である。
前王フェリオンがまだ若かった頃、ロシュフォーンを挟んだ先にあるベンガルド共和国と海路を繋ぐ交渉の帰りに海賊に襲われた事があったそうだ。
さして大きくもない商用船の上、海に不慣れで数も少ない護衛兵しかいなかったが、フェリオンは自らも剣を取り善戦し、辛くも海賊を追い払う事が出来た。
その際に敵地であるフィガロ王国側の船に置き去りにされたのが、シャリド含む数名の海賊だった。
海賊行為は本来ならば問答無用で死罪である。しかも王国側にも少なくない被害が出ていた為、死刑以外はありえないと誰もが考えていた。
しかしフェリオンの考えは違ったのだ。
自国に足りない海や船の知識をその時点で最も持っている人材、捕えた海賊はフェリオンにはそう映っていた。
結果、フェリオンは周囲の反対を押し切り、捕えた海賊をフィガロ兵として召し抱えてしまう。
そうして元海賊となったシャリドはフェリオンの懐の広さに深い感銘を受け、フィガロの海運業に大きく貢献していく事となった。
兵士と海洋開発の二足の草鞋を履き多忙を極める毎日であり、元海賊というスネの傷からシャリドの待遇はさほど良いものではなかったが
恩赦を受ける際にフェリオンから言われた言葉。
「今まで十人殺したのなら百人、百人殺したのなら千人の民を幸せにする為に働け。それが償いというものだ」
その言葉を胸に、シャリドは低待遇や周囲の嫌がらせなどに耐えながら日々、職務をこなしていた。
そんな彼にある時、転機が訪れる。
ラギウス帝国に併合された旧ガゼンティ王国領で反帝国を掲げて活動していたパルチザン達が、フィガロ王国の領内で略奪行為を初めたのだ。
これに対し、フェリオンはすぐに五〇〇名の討伐部隊を組織し、フィガロ西部の関所――今のロフレ村がある辺りに派遣した。
しかしこの第一次討伐部隊はパルチザン達のゲリラ戦術に手痛い敗北を喫し、フィガロ王都に撤退する事となる。
フィガロ軍兵士個人の技量ではパルチザン達に敵わないと悟ったフェリオンは、次に個人の技量に優れた傭兵部隊を編成した。
そしてなんと、有象無象の傭兵達を束ねる者として若干二〇歳であった息子のネルソンを指名し、パルチザン討伐の任に付けたのだ。
シャリドはその戦いに、フィガロ軍人という立場で参加した。
傭兵部隊とは言え、さすがにフィガロ軍人が誰も参加しない訳にはいかない。
軍内で志願兵を募り、我こそはという者達が三〇名ほど名乗りを上げた。
こうして傭兵含め二〇〇名程の部隊が再度パルチザン討伐に臨み、激しい戦いの末、パルチザンを打ち破り
さらにはシャリドを主とする数名の傭兵達の活躍で、パルチザン達の神輿であった旧ガゼンティの王弟を“保護”する事に成功したのだ。
この戦いがきっかけとなり、長年ガゼンティ領内で活動していたパルチザン達は急速にその勢いを無くし、ついには消滅してしまう。
そして、この戦いで誰の目にも明らかな功績を上げたシャリドは、貴族としての地位を与えられる事となった。
一介の下級士官から貴族身分という異例の大躍進に、当時は様々な揉め事が発生したようだが、フェリオンの強力な後押しもあり
晴れてシャリドはフィガロ貴族という身分を手にしたのだった。
その後もシャリドはフィガロの為に尽力し、公務ではフィガロ海軍を設立、さらに自身の仕事として海運業を立ち上げ、フィガロ繁栄の一翼を担う存在になった。
ここまで来ると最早その手腕を疑う者はおらず、今では「フィガロ海軍の父」と呼ばれ、軍を退役した後も後進の育成に務めている。
さて回想は終わり、現在。
何で俺が以前アランから聞いたエスカリオ家の成り立ちなどを思い返していたのかというと。
目の前にいるからなのだ、その当主様が……
何を言っているのかわからねーと思うので、順を追って説明しよう。
俺達はスラムの住人であるナタリアとリリーに助けを請われ、貴族襲撃の罪で処刑されようとしていたロジー達を助ける為、処刑が行われる街の広場に向かった。
そこでは処刑される罪人が、ロジー達を含め数名並んでおり、処刑台の上では処刑官が罪状を読み上げているところだった、まさにギリギリのタイミングだ。
この時の俺は、ロジーを救う為の方法など何も浮かんでいなかった、しかし最早悠長に作戦を練っている時間など無い。
俺は意を決して処刑台に上がり、処刑官を相手に直談判を初めた。
処刑官はどうやら俺の事を人伝で知っていたようで、すぐにつまみ出されこそしなかったが、何を言っても「法で決まった事なので覆せない」という答えが返ってくるだけだった。
正攻法ではどうにもならず、慣れない衆人観衆の中での交渉に、この時点で俺は完全に頭の中が真っ白になりパニック寸前になっていた。
自分でも良く分からないことを言って、処刑官が呆れたように笑い、とうとう部下に俺をつまみ出すよう指示したところで、あの男が現れたのだ。
身なりの良い格好をした四〇歳程の男、護衛二人とメイドのような女性を連れている。
男はオリバー・チェリスと名乗った。
フィガロの名門貴族チェリス家の長男で、今回、自身の所有している馬車を襲った盗人の処刑を確認しに来たという事だ。
ロジー達が襲ったのは、チェリス家の馬車だったらしい。
チェリス家と言えば、クローディアやマリアベルの母親の実家である。
貴族であれば、俺が王族と懇意にしていると言う事も知っているだろう。
この男に頼み込めばあるいは……
いっぱいいっぱいになり冷静な判断が出来なくなっていた俺は、そんな安易な考えでオリバーにロジーの助命を嘆願した。
何故放っておけば排除されるだけだった俺の前にわざわざ姿を現したのか、そんな事は全く頭になかった。
オリバーは俺の事情を聞いて人が良さそうに頷き、法で定めた罰金である窃盗額の十倍の金額を支払えば問題ないと話してくれた。
俺はその話に安堵し、感謝を述べると同時にほんの少しだけ冷静さを取り戻す。
窃盗額の十倍とはどの程度の金額なのか、金貨の十枚や二十枚なら何とかなるが……しかしこの場で金の話を始めるのも気が引ける。
そんなヌルい考えから、俺はその場の主導権を相手に譲ってしまったのだ。
するとオリバーは俺の手を掴み、高く上げて民衆に向けて演説を初めた。
「この青年は私財を投げ売って、その尊い命を救おうと言っておられる。私は彼の心に報いたい! 私は許そう、罪人の子らを!」
その声に民衆は反応し、広場は割れんばかりの声援に包まれた。
この時になって俺はようやく、後に引けない状況に追い込まれた事を認識したのだ。
処刑台の上から熱狂する民衆を眺めると、その手前にニヤニヤと楽しそうにこちらを眺めるナーガが見えた。
その後すぐにオリバーが処刑官に指示すると、処刑台の上で上半身を縛られ青くなっていたロジー、ドノバン、カシムの三人が連れてこられる。
結果的には何とかなった……手段を選んでいる状況では無かったが、今回も何とかなりそうだと胸を撫で下ろそうとしたところ、俺はどうしようもない現実というものを突きつけられる事となったのだ。
「それでは特別恩赦により、この三名の引き渡しを行います。
窃盗額は金貨一四〇枚相当ですので、罰金は金貨一四〇〇枚となります。
既に正式な手続きは終了した後の特別措置となりますので、こちらの金額は三日以内に用意して法官府に収めて下さい」
処刑官が淡々と告げるその言葉を聞きながら、俺の思考は再度停止した。
……は? 金貨一四〇〇枚? せん……よんひゃく? どこにあるんだそんな金。
っていうか何でそんなに金目のもの積んで歩いてるんだ? 金貨一四〇枚だって相当な金額だぞ。
口をパクパクさせながらオリバーを見る。冗談であって欲しい、そんな金払える訳がない、そんな事はこのオリバーだって知っているはずだ。
きっとこの後「君の心意気に免じて――」とかそういう話になるはずだ、そうであってくれ。
そんな都合の良い願望を抱いた俺を見て、オリバーは人の良い笑みをフッと崩し、嫌らしい笑みを一瞬だけ浮かべた。
それを見て俺の脳裏に甦る言葉がある。
(大臣や貴族の中では、最近ノア君の扱いに異を唱える者も出てきているんだ)
以前ネルソンと会談した際に聞いた言葉、その意味が今こうして実感となって目の前にある。
もしかしたら、俺の事をよく思わない貴族というのは……
だから、あんなタイミングで俺に声をかけたのか? 俺の失態を誘うために?
あの場ではどちらにしろこの流れに乗るしか無かった、他に手は無かったのだが、それでも金貨一四〇〇枚なんて払える訳がない。
俺がこの約束を反故にすればどうなる? この貴族はそれをネタに俺や国王を糾弾出来るのではないか。
やってしまった……
自分の顔から血の気が引いていくのか分かる。
今まで築いて来たものが崩れていく感覚が現実のものとして襲ってくる。
大した検討もせずに、ぶっつけ本番でやるには荷が重すぎる話だったのだ。
だが最早遅い、強引にではあっても手続きは進んでしまった。
これだけの観衆がいる中で行われたのだ、どう言い訳をしても無かった事になどならないだろう。
俺は金を払えず、この貴族に糾弾され、ロジー達の処刑は恐らく改めて行われる。
当然俺もタダでは済まないだろう、罰金か私財没収か、それとももっと重い罰か。
借金にしてもらうにしたって額が多すぎる、とても一年二年で作れる額ではない。
そうだナーガ! ナーガならこの場をなんとか出来るかも!
完全に手詰まりとなって狼狽した俺は、ナーガに助けを求めようとそちらを振り返る。
しかし、見物人達の先頭でこちらを見ているナーガは動く様子もなく、なにやら口をもごもご動かしている。
見れば見物人用に売っている魚の串焼きを頬張っていた。
「(何食ってんだよおおおおお!)」
こんな時だと言うのに呑気なナーガを見て頭を抱えていると、ついにナーガもこちらに気付いたらしい。
とても清々しい笑顔を向け、ぐっと親指を立てる。
ぐっ、じゃねえええええええええええええ!
「おいおい、見ちゃあいらんねえな」
最期の頼みの綱だったナーガも動く気配が無く、現実味がない破滅の音を聞きながら、ぼんやりと熱狂する観衆達を見ていた時、その声は聞こえた。
反射的に声のした方を振り返ると、そこにはいつの間にか処刑台に上がってきた人物が立っていたのだ。
天辺が禿げ上がった頭に、俺よりも大幅に低い背丈……恐らく一五〇センチくらいだろう。
年はそれなりに行っているようだが、その体は見事に鍛えられているのが見える。
何となくドワーフを連想する体型だが、この世界にはそんな種族は居なかったはずだ。
「おいアンちゃん、ぼさっとしてんなよ……全く、聞いてたのと随分違うじゃねえか、なあ?」
ドワーフおじさんはそう言うと後ろを振り返る、そこには慌てたようにドワーフおじさんの後を追ってきたイケメン商人――アランがいた。
「ア……ラン?」
「ノア殿ごきげんよう、随分と楽しそうな話になっているではないですか」
状況が飲み込めず乱入してきたドワーフおじさんとアランを交互に見やる。
「おいオリバーの坊主、そっちの用事は済んだんだろう? ならこのアンちゃん借りるぞ」
「それは……構いませんが、このような所に何の御用ですか、シャリド殿」
「大した事はねえ、丁度そっちのアンちゃんに用事があったんだよ。お前こそ何だ、こんな所で首切り見物か? いい趣味じゃねえかおい」
「そんな事は……私の馬車を襲った犯人を確認しに来ただけですよ、私の方の用事は済みましたのでどうぞご自由に」
ドワーフおじさんとオリバーが話しているが、どうもオリバーはこのおじさんが苦手なようだ。笑顔は崩していないが、頬が若干引きつっているのが分かる。
先程のゆったりとした物腰は鈍くなり、なるべく手早く話題を打ち切ろうとしているように見える。
しかしこのドワーフおじさんの事、シャリドって言ったか? シャリドって確か……
俺の頭が未だ混乱から抜け出せない内に、オリバーは部下を連れてさっさと壇上から去ってしまった。このおじさんの事がよほど苦手なようだ。
「ようし、邪魔な奴はいなくなったな。アンちゃん、俺達もさっさとズラかるぞ、ここは目立ち過ぎていけねえ」
「え、ああ……はい……」
オリバー達が去った方向を眺めながら、ドワーフおじさん――シャリドがクイクイと手招きをして俺を呼ぶ。
展開について行けていないが、かといってこんな状態で置き去りにされてもどうにもならないので、言われるがままにおじさんの後に着いていく。
「おいアラン、ガキ共も一緒に連れてこい」
「承知しました」
シャリドの指示で、アランは俺が連れてきた子供達とロジー達を手早くまとめて広場を出るよう誘導する。
その際、子供達の中心にいるナーガに気が付いたようで、“ししおどし”のように上半身をカクカクさせながら挨拶していたのが見えた。
――そうして話は冒頭に戻る。
シャリドについての逸話を一通り思い返した俺は、ゆっくりと辺りを見回した。
現在俺達は城下町にあるエスカリオ家の邸宅にお邪魔している。
広い応接室には立派なソファとテーブルが置いてあり、周りには何だか良く分からないが高級品なのだろうと思われる調度品が嫌味にならない程度に飾ってある。
高い天井からは銀色の大きなシャンデリアが釣られており、四つの球体が光っているのが見えた。あれは確か魔光灯と言ったか……非常に高価な照明器具だったはずだ。
現在この部屋には俺とシャリドとアランの三人だけがいる、子供達とナーガは別の部屋でくつろいでいるとの事だ。
「……さて、めんどくせえ事になったなアンちゃん」
テーブルを挟んで目の前にどっかりと座ったシャリドが、短い足を組み直しながら心底面倒そうにそう切り出した。
既にお互いの挨拶は済ませてある。
俺はアランの商売相手である実業家という立場、相手はフィガロ貴族の当主でアランやルークの父親だ。
話し方や立ち振舞は、全く貴族のようには見えないが。
「あの……この度は本当に有難うございました」
未だに状況を完全に理解したとは言い難いが、まずは改めて窮地を救ってくれた事に礼を述べた。
エスカリオ家の屋敷に来る道すがら大方のあらましは聞いている。
思った通りあのチェリス家の長男――オリバーは、俺に対する国王の対応が気に入らない一派の主幹であるようだ。
彼らの主張は「どこの馬の骨とも分からない相手に住居と税の優遇措置を与えているのだから、武器などは代わりに差し出させるべき」というものだ。
またもう一つの武器である白羽も、王女の玩具になっている事が気に入らないらしい。
魂喰いはチェリス家に、白羽はネザー家に管理させよというのが彼らの要求だ。
これに対し国王は「クロウ・ヨシツネに認められる程の者を無理矢理従わせるのはリスクが高すぎる、気長に説得し、人物ごと国に取り込む」というスタンスで抑えており
エスカリオ家は国王の方針を支持しているという状況のようだ。
そういった状況なので、俺は気が付いていなかったが、チェリス家からは随分と前から目を付けられていたとの事だ。
チェリス家は今、当主交代の時期に入っている。
オリバーは今年で四二歳になる、長男なので次期当主には最も近い立場だ。
しかしながら、どうもこのオリバーという人物はそこまで評判が良くないらしい。
理解してない事に余計な口を出して場を引っ掻き回す特殊能力や、先代から受け継いだと思われる女癖の悪さなどが主な原因のようだ。
それに対し、クロード・チェリスという年の離れた次男がいるのだが、こちらは清廉潔白で非常に優秀な人物という事だ。
その為、周囲には次期当主はクロードになるのではないかとの噂がまことしやかに囁かれており、オリバーは何とか功績を作って当主の座を確実なものにしたいと焦っていた。
そこに降って湧いたように現れたのが、幻のクロウの武器を持って現れた俺だ。
このクロウの武器をチェリス家が管理するという事に出来れば、間違いのない功績になる。
そう考えたオリバーは、事あるごとに俺への対応について国王に意見していると言うことらしい。
そんなオリバーにとって、今日の出来事はまさに俺の失態を誘う絶好のチャンスだったという訳だ。
処刑場に乱入、それだけでも前代未聞だというのに、特別恩赦として死刑囚の助命を受け入れたのに、法で定められた罰金を踏み倒したとなれば格好の攻撃材料になる。
俺が金貨一四〇〇枚などという大金を払う能力が無いという事を知った上で、観衆を証人とし俺に恩を売り
後日、罰金の支払いが出来なかった事を理由に、恩知らずの非常識人として俺を非難する。
言っている事は全てオリバーが正しいのだから、国王もこれは擁護しきれないだろう。結果として物事はオリバーの有利な方向に動く事となる訳だ。
何なら金貨を立て替える名目で武器を取り上げてしまうことだって不可能ではない。
今の俺が持っているものでそれだけの価値を担保できるものなど、魂喰いくらいしか無いのだから。
あの場所に俺が乱入する事を、事前にオリバーは知らなかったはずだ。
なのにあの一瞬でこの絵図を引いたらしい、評判は悪いが無能という訳ではないようだ。
「陛下も言ってただろ、行動には注意しろってよ……で、どうするんだ?」
「どうって……」
「罰金だよ罰金、ありゃ法で決まってる事だからな、踏み倒しは出来ねえ、アテはあんのか?」
シャリドが膝をバンバン叩きながら身を乗り出す。なんだか圧迫面接を受けているような気分になってくる。
罰金についてあれから色々考えてみたが、考えられる場所から金をかき集めても恐らく金貨六〇〇枚が精々だ。
しかもその金が無くなったら会社経営はもう続けられない、するとロジー達を助けた意味も無くなってしまう、本末転倒だ。
「……無い……です」
「自分の置かれてる立場くらいちょっと考えりゃ分かるよな? 何であんな無茶をしやがった!?」
“あんな”とは処刑場への乱入の事だろう。
そりゃあ考えたさ、絶対にやらないほうが良いと何度も思った。
何で? なんて言われても答えなんて無い、理屈じゃないだろ、こういうのは……でも、強いて言うなら。
「……繋がると思ったからです」
「は?」
「死んだらそこで終わりだけど、生きていればその先が繋がる……だから」
「はあ? お前宗教家か何かか? そりゃ結構な事だが、この件でお前が失ったモノは、あのスラムのガキなんかとは比べ物にならないモノだぞ?
お前は自分の自己満足の為に、そこにぶら下がってる人間達の利益を無視したんだ。
お前が何か失うだけなら良い、だがそうじゃない、俺も、アランも、国王も、お前の工場とやらで働いているガキも、色んな価値のあったものを失うんだ、分かってんのか?」
体格に合ったシャリドの野太い声が響く。
言っている事は間違っていない、俺の行いのおかげで色々な人間が迷惑する事になるのだろう。
黙っていよう、俺に反論する資格は無い。俺は助けられてここにいるんだから、この叩きつけられる言葉も全て受け入れる必要がある。
そう思って、俺は俯きながらシャリドの言葉を噛み締めていた。
次の言葉を聞くまでは。
「あのスラムのガキにそれだけの価値があるのか!?」
それを聞いた瞬間、俺を襲ったのは全身の毛が逆立つ感覚、血が下から上へ登る感覚。
急速に理性が失われていく中で感覚的に理解する、これは怒りだ、抑えなくては……
そう頭で思った時、既に俺の体は立ち上がっていた。
「価値なんて……価値がどうこうなんて言ったら! 俺なんか一番最初に見捨てられてるはずなんだよ!」
「価値の無い人間なんていない」そんな言葉を吐くつもりはない。
価値のない人間はいる、その最たるものが、俺の中では長らく“俺自身”だった。
だから俺は、自分に向けられる親切や信頼にも長い間気付くことが出来なかったのだ。
だが今なら言える、価値などというものは作れる。
いくらだって作ってやることが出来る。
俺にとってはコリーン村のノトスが一番最初に俺に価値を与えてくれた人だった。
次はクラリス。
他にも沢山いる。
そして最も俺に価値を与えてくれたのがフェリスだ。
実際にはそれ以前にも俺に価値を見出した人間はいたのかもしれない。しかし大切なのは“気付き”を与えてやる事。
価値を見出すというと冷たく聞こえるが、とどのつまりはその人間を大切に思うという事に他ならない。
それを実感できて初めて、俺のような人間は自分に価値を見出だせるのだ。
俺が特別面倒な人間である事は否定しない、大抵の人間はそんな事をしてやらなくても自分で勝手に価値を作って勝手に納得していくものだから。
だが、そんな面倒でどうしようもない人間だって、自分がそうやって救われたなら別の人間を救ってやりたいと思うものだ。
ロジーの事は正直まだそこまで好きになれてはいないが、死んで構わないと言う程ではなくなっていたし、皆もそれを望んでいた。救う理由なんてその程度で十分だ。
救う価値がある人間しか救わないなら、俺なんかとっくにこの世に居ない。
そして、誰が救う価値のある人間かなんて、それは誰にも分からない。
だから「そいつに価値があるのか」などと言われると、俺のみならず、俺を救ってくれた人達すらも馬鹿にされているような気がして……
それで腹が立った。
シャリドは目の前のソファにどっかり腰を落としたまま険しい顔でこちらを睨んでいる。
隣に座ってじっとこちらを見ているだけだったアランが、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
他人から見れば今の一言を聞いただけでは、恐らく何で激高したのか分からないだろう。
それはそうだ、シャリドはあくまでロジー達の事を指して言っただけなのだから。
だが別にその心の内を説明するつもりなど無い。
言ってしまえば、ただの見当違いの八つ当たりなのだからな。
しかし怪我の功名と言うべきか、感情を吐き出した事で幾分頭が冷静になってきたのを感じる。
理由はどうあれ俺が引き起こした事態だ、当然俺が何とかして収める必要がある。
しかし俺に金貨一四〇〇枚などという金は出せない、かといってロジー達を再び引き渡すというのもナシだ、それではデメリットのみが残る事になる。
一旦冷静になれば取るべき答えはすぐに見つかった。
というよりこれしかない。
「一つだけ条件を付けさせて頂ければ、これをお渡しできます。これを担保に資金の融資を頂きたい」
俺はそう言って、腰にぶら下げている魂喰いをテーブルの上に置いた。
アランの細い目が見開かれるのが見える。
「ウチにそれを引き取れるだけの金はねえよ」
さすがに実物を目にすると興奮したのか、シャリドの声色も若干変化したが、冷静に価値を判断した返答が返ってくる。
以前アランに聞いた話だと、エスカリオ家の主な資産である船団を売り払っても頭金にすらならないと言っていた。
大型商船一隻は金貨三千枚を超える巨額資産だ、エスカリオ家はそれを大小合わせて六隻所持している。
それからしても、この武器の価値が途方もないという事は分かる。
「はい、ですから最低金貨一四〇〇枚を超える額であればいくらでも構いません」
「何だと!?」
俺の提案に今度こそシャリドが目を見張った。
「……条件ってのは何だ」
「はい、これを実際にお渡しするのは、来年の四月とさせて下さいというものです」
「ハ、それじゃ話にならねえな、逃げられたら終わりだろうが」
「私に逃げ場がないという事はご存知のはずでしょう?」
シャリドはそれを聞くと、黙って腕を組んで何かを考える素振りを見せた。
シャリドとは今日が初対面だが、先程から話を聞いていると、どうも俺の事はだいぶ調べられているようで
アランにすらはっきりと教えていない事まで把握しているフシがある。
となればその情報源は国王からしかない。
この事から、シャリドと国王の関係が近いと言うことが分かるし、信頼されているという事も想像できる。
国王と同様の情報を持っているとなれば下手な隠し事は不要だ。
クラリスの攻撃予知が使えなくなるのは痛いが、俺にとって本当に大切なのはそこではない。
ただしクラリス復活に赴く際にはなるべく欲しい戦力ではあるので、条件として四月以降と付け加えただけだ。
事が早くに終われば四月を待たずに渡したって全く問題はない。
「分かったそれで手を打とうじゃ――」
「あなた、お客様をいじめるのはそこまでですよ」
シャリドが頷き魂喰いを確認しようと手を伸ばすと、それを遮るようにおっとりとした、それでいてよく通る声が響いた。
シャリドの手が止まり、その視線が応接室の扉に向けられると、アランも同じようにそちらを振り向く。
程なくしてゆっくりと扉が開き、二〇歳前後と思われる身なりの良い細身で美しい女性が姿を表した。




