第五十六話 二つの顔を持つ女
「お、おまえ……」
「母様……」
部屋に入ってきた女性を見て、シャリドとアランが同時に呟く。
先程の声やシャリドとアランの反応から、この女性はシャリドの妻という事なのだろう。
しかしどう見ても年齢が合わない。
若いのは良いとしよう、しかしアランを産んだ母となれば、いくら若くても四〇近い年齢という事になるのだが
そのアランより若く見えるというのはどういう事か。
もしかして後妻なのだろうか?
驚きのあまり口を半開きにしながらそんな事を考えている俺に向かって、その女性は穏やかに一礼して自己紹介を初めた。
「初めまして、エルネスタ・エスカリオです。シャリドの妻をやっております、よろしくお願いしますね」
「あ、はい……ノア・シドーです、よろしくお願いします」
ニコニコと男なら誰でも魅了されてしまうような微笑みを浮かべながらエルネスタはこちらに歩いて来ると、シャリドの隣にちょこんと腰を掛けた。
そしてシャリドの腕にそっと手を回し、しなだれかかる。
「お、おい……止めねえか、客の前だぞ」
「だって、いじめちゃダメっていうのに、あなたったら酷い事ばかり言うんだもの」
「いじめてねえよ、男のくせに頼りねえからこう、シャキッとさせたくてだな……」
止めろという割にはシャリドにそれを拒否する動きはない、耳まで赤く染めながらも、寄りかかるエルネスタをそのままにしている。
身長は割とある、一七〇センチくらいだろうか、背丈の低いシャリドと並ぶとすごい凸凹夫婦に見える。
ふと隣りにいるアランに目をやると、困ったような笑みを浮かべながらこちらに目配をしてきた。
どうやら見慣れた光景のようだ。
以前、夫婦仲は良いと言っていたが、確かに良さそうだな。
「あー分かった分かった、もういい、お前の考えは分かった、こいつはいらねえから持っときな」
エルネスタに甘えられて顔を赤くしながらも、シャリドはテーブルに乗せた魂食いをこちらに突き返す。
これは……どういう事だ?
状況がいまいち分からず、キョトンとしていると、シャリドから体を離したエルネスタが事情を説明してくれた。
「この人が色々と意地悪してごめんなさいねノアくん、貴方のことはフェリスさんから聞いています。安心して、私達は貴方の味方ですよ」
「は、はい……え?」
初対面の相手から思いがけない名前が出たのを聞いて思わず聞き返してしまう。
フェリスが? フェリスは既にこのエルネスタという女性と会っていたのか? それにしてはフェリスからそのような話は聞いたことが無いが……
「ふふ……分からないわよね? ごめんなさいね、今説明するから。
フェリスさんは少し前からよくお城に通っているでしょう? 私は普段はお城に務めているの、だからフェリスさんとも良くお話するのよ」
確かにフェリスは城に通っているが、それは城の魔術師達に魔法の講義を行う為だ。
少し前には城内の調査も行ってはいたが、その中でエスカリオ家の人間と会ったという話は聞いていない。
話題に出るのは大体がネビル副長か、マイア魔導兵長についてだ。
俺はマイア魔導兵長とは直接面識は無いが、一度だけ姿を見たことはある。かなりゆったりめのローブに身を包み、銀色の仮面を付けていたのが印象的だった。
フェリスから聞いた話によると、六〇歳になる老人だという事だ。
いくら考えてもどこでエルエスタとフェリスが出会っているのか見当が付かない。
いや、単にフェリスが俺に話していないだけの事なのかもしれないが……というか多分そうなのだろう、今日帰ったら聞いてみよう。
「すいません、エルネスタ様の事はフェリスからまだ聞いていなくて……」
考えても分からないのだから仕方ない。
しかしエルネスタは俺の言葉が終わる前に、手を後ろに回し何やらゴソゴソと探っていたかと思うと、おもむろに取り出した銀の仮面を顔につけた。
銀の仮面を……顔に……
「え?」
「はい、私は誰でしょー?」
「……え?」
一瞬頭が混乱し、俺は思わず助けを求めるように隣りにいるシャリドとアランの方に目を向けたが、二人共若干呆れたような顔をするだけだ。
「誰でしょー?」
その間にもエルネスタは銀の仮面をパタパタと付けたり外したりして楽しそうに笑っている。
え、なにこれ、答えないとだめなの?
もう一度アランの方を見るが、彼は無言で頷くだけだった。
付き合ってやれという事らしい。
こういうノリは正直苦手なのだが、仕方がない。
「え、えーと……マイア魔導兵長殿?」
「ぶぶー!」
違うのかよ!?
「マイア・シュリークとは世を忍ぶ仮の姿……そしてその正体は!」
エルネスタは仮面を付けたまま勢い良く立ち上がり、拳を握ってぐぐっと溜めを作る。
「謎の美少女魔術師奥さん、エルネスタさんです!」
語呂悪っ!
しかも謎でもなんでもねえ!
銀の仮面を持ったまま両手を上げてバンザイポーズを取るエルネスタに思わず大声で突っ込みそうになる。
しかしそれを思いとどまらせたのは、隣でおざなりに鳴り響く二つの拍手だった。
シャリドとアランが諦めたような表情でパチパチと乾いた拍手を送っているのだ。
……エスカリオ家ってこういう家なの?
シャリドも貴族っぽくはなかったが、奥さんまでこんなにクセの強い人だったとは。
「……つまり、マイア魔導兵長は実はエルネスタ様で、それは秘密にしてあると?」
「そう! そうなのですよ!」
「……俺にバラしちゃっていいんですか?」
「ノアさんはもう私達、エスカリオ組の仲間なので良いんですよ?」
「え……、組って……」
ダメだ、何だか分からないがこの人と話していると力が抜ける。
マジレスして良いのか、適当に合わせたほうが良いのか判断に困る。
今の今まで結構重い話をしていたはずだったのに……
「あーそのな、嫁はこういう奴なんだ、悪気は全く無いから聞き流してやってくれ」
「いえ、それは良いんですけど、今のって結構重大な秘密なんじゃないんですか?」
「そんな事はねえよ、まあ城に勤めてる奴なら半分くらいは知ってるんじゃねえか?」
「半分……随分と中途半端ですね」
「ちょいと訳があってな、昔はそれなりに真面目に隠してたんだが、貴族身分になった辺りから正直どうでも良くなったってところだ」
「はあ……」
いまいち要領を得ない俺に、シャリドは経緯を簡単に語ってくれた。
シャリドの妻であるエルネスタはエルフ族と人族のハーフ、つまりハーフエルフであるそうだ。
元々海を越えた西方の国に住んでいたのだが、ハーフというのはどこでも差別の対象になりやすい。
エルフ族からも人族からも疎まれ、奴隷商人に売られたエルネスタは奴隷船に乗せられ、ベンガルド共和国へ運ばれる途中にフィガロ領の近海を通り
その海域でたまたま訓練航海を行っていたシャリドに発見され、引き取られたのだそうだ。
その後色々あって二人は結婚し、アランが六歳くらいの頃に旧ガゼンティ領のパルチザン問題が発生する。
その時にシャリドと共に戦った人物の一人がエルネスタなのだそうだ。
彼女は魔法のエキスパートで、現在に至るまでにエルネスタ以上の魔法の使い手はフィガロに存在していないらしい。
パルチザン問題が解決した後、その力を認められたエルネスタは城付きの魔術師として前王にスカウトされたのだが
そこでもやはり、ハーフエルフということで様々な差別に見舞われた。
しかしそこでエルネスタは意外な行動を取る。
いじめられるから辞めますと言って魔術師の職を辞任したエルネスタは、その次の日、厚いローブと銀の仮面を付け
魔術師のマイア・シュリークと名乗って王に謁見を申し出たのだ。
そのマイアと言う人物がエルネスタであることは誰の目から見ても明らかな、バレバレな変装であったが、これを前王フェリオンは大層気に入り
マイアという人物を城付きの魔術師として採用することにした。
この事があってからというものエルネスタの人気は急速に高まり、国王のお気に入りになったという事実もあって、嫌がらせは次第に少なくなり
シャリドが正式に貴族の身分となった後はほぼ無くなったのだという。
しかし城での地位が安定した後も、エルネスタはローブと仮面を付ける事を止めなかった。
あくまで城にいる際は、マイア・シュリークとして振る舞い続けてきたのだ。
その為二〇年経った今では、古参の兵や職員は大抵この事を知っているが、新人などは知らないという奇妙な状況が生まれてしまっている。
そして誰もことさらこの事実を公になどはしないらしい。
エルネスタ曰く、知らなかった人が驚く様子が楽しいから積極的には教えていないのだそうだ。
ちなみに現在、パルチザンとの戦いを傭兵達の視点から描いたノンフィクション小説を執筆中らしい。
何というか……自由な人だな。
「とりあえず通過儀礼も一通り終わりましたので、まずは話をまとめましょう。さあ母上、座って下さい」
「もう、アランくん最近冷たい! 昔は一緒にポーズ取ってくれたのに」
「何十年前の話ですか、いいですから座って下さい」
何をどう突っ込んで良いものか分からずに固まっていた俺を見て、とうとうアランが話を仕切りだした。
エルネスタは渋々といった感じでソファに座り直すと、またシャリドの腕に手を回してしがみつく。
そのシャリドは「おいおい」などと言いながらも、困ったような照れたような微妙な表情をしている辺り、まんざらでもないようだ。
こう見ていると見た目的には父と娘にしか見えない、アランの妻だと言われたほうがまだ納得できる……しかしなるほど、ハーフエルフだったのか。
ナーガが言っていた通り、エスカリオ家にはエルフの血が混じっていたようだ、しかもこんな直近で。
エルフの寿命は長い、確か何事もなければ千年近く生きたはずだ。ハーフだとどの程度になるのかはよく分からないが、この見た目はエルフの血によるものなのだろう。
よく見ればボリュームのある薄茶色の髪の間から、長めの耳が顔を覗かせているのが分かる。
純エルフのアリスほど長くはないが、通常の人族に比べれば明らかに長い。
「何だ、うちのかあちゃんをまじまじと見つめやがって、やらねえぞ」
「いえ、すごく若くてお綺麗でびっくりしまして……ハーフエルフと聞いて納得しました」
「ははっ、そうだろうそうだろう、うちのかあちゃんは最高の女だ、何も文句はねえ……ただな」
どうやら妻を褒められるのは嬉しいらしい、一見亭主関白そうに見えるが、どうもそうではないようだ。
しかし惚気が始まるのかと思いきや、シャリドの顔が曇る。
「息子が誰も俺に似やがらねえのが残念だな」
また何か地雷でも踏んだかと身構えてしまったがそうではなかったようだ。
シャリドは三人いる息子が誰も自分に似ないのが不満なようだ。
「そんな事ないでしょう? バルドルくんはあなたにそっくりよ?」
「性格じゃねえ、顔とか体つきとか……何だ、どいつもこいつも妙に細長くなりやがって」
バルドルというのは長男の名前らしい。
聞くところによると、船団を率いての交易が主な仕事で、年の半分は海にいるそうだ。
シャリドは見た目が誰も自分に似ないのが不満であるようだが、俺から言わせてもらえばそこは似なくても良いところだと思う。
もちろんそんな事は口には出せないが。
「……父上」
「ん? ああそうだな、すまんすまん」
話が横道に逸れまくるのでアランが嗜め、俺の方に苦笑いを見せた。
どうやら本題が始まるようだ。
シャリドは一度わざとらしく咳払いをしてから、再び話し始めた。
「まあなんだ、さっきのはアンちゃんの立場ってもんをもう一度思い返してほしかっただけだ、悪気はねえ、勘弁しろ」
「いえ、自分の力不足で今回の件が起きたことは事実です、こちらこそ大声を出してしまい申し訳ありませんでした」
「ふむ……アンちゃんの事はかあちゃんとアランから聞いている、あと国王からもな。
こんな武器を持っていて、竜族まで連れ歩いてるって言うんでどんなバケモノなのかと思ってたんだが、なんだ普通のアンちゃんで拍子抜けしたぜ」
「はあ……正直どれもこれも身に余る物ばかりだと思っています」
「俺も随分と普通じゃねえ人生を送ったと思ってるが、アンちゃんも相当だな」
そう言ってシャリドは豪快に笑う。
言葉や仕草はまったくもって貴族には見えない、見た目も貴族というよりはヤクザの親分といった感じだ。
しかし話を聞いていると、懐が深く、人としての温かみがある人物だと感じる。
「私の事はどこまでご存知ですか?」
「そうだな、国王が知ってる事なら大体は知っていると思ってくれて構わん。
今日あの場に滑り込めたのも、こいつのおかげだ」
そう言ってシャリドが隣りにいるエルネスタの頭を指差す。
エルネスタが何故? そう思うのと同時に、彼女の髪の毛の中から見慣れた黒い物体が顔を出すのが見えた。
それはフェリスの使い魔――コウモリだった。
「何でエルネスタ様がそれを……」
「言っただろ、アンちゃんは自分で思っている以上に色んな連中から見られている。
本当ならこの時期に一人でその辺をうろつかせる事なんて出来ねえんだ。
だがそれじゃあ余りにも窮屈だと、自分のやりたい事をやりたいようにさせて欲しいと言ってな。
何かあった時の連絡用にと、ウチの嫁に持たせてくれたんだよ」
そう言ってシャリドが手招きをすると、シャンデリアの辺りから一匹のコウモリが飛んできてシャリドの頭の上に止まった。
見ればアランの服の中からもコウモリが顔を覗かせている。
これは……どういう事だ? いや、あれが何かなんて決まってる、あれを持っているのは俺の知る限りフェリスだけのはずだ。
という事は何だ? フェリスは既にエスカリオの人間と接触していた?
しかもこんな連絡網を既に作っていたというのか?
「今回の件も、このコウモリで連絡が来たんだ、アンちゃんが広場で何かしてるってな。
今日の広場と言えば重犯罪者の公開処刑が行われる日だ、嫌な予感がして様子を見に行ってみたんだがドンピシャだったな」
それであんなタイミングでシャリド達が現れたのか。
なんて事だ、俺の行動は随分前からエスカリオの人間には筒抜けだったなんて……
何でこんな大事な事をフェリスは俺に言わなかったんだ。
「自分の嫁を疑うなよ」
フェリスが俺に黙って裏で事を進めていたという事実に軽いショックを受けていると、低く重いシャリドの声が響き、我に返る。
「俺はこいつを渡された時に一度会っただけだが、間違いない、ありゃあいい女だ。
男ってのはな、それが一番だと分かっていても、つまらねえ見栄とか、自尊心とかが先に立っちまうことがよくある。
あれはそういう男の面倒くせえところも全てひっくるめて抱えてくれる、ウチのかあちゃんと同じとびきりの女だ。
そんな女を疑うもんじゃねえ」
「フェリスさんはノアくんの事をいつも気にかけていたわ、でも四六時中付いていては窮屈だし、ノアくんの為にもならないからってこれを……
何かあった時はすぐにサポートできるようにって渡してくれたのよ」
「そうだったんですか……」
フェリスは今この国に溶け込むために国王から色々な仕事を頼まれている。
俺と四六時中一緒にいる事は、したくてもできない状態だ。
ユミナも同じ、皆自分の居場所と、俺の居場所を作る為に頑張ってくれている。
何よりフェリスが俺を蔑ろにするはずが無いじゃないか。
俺は一瞬でもフェリスに不信を感じてしまった自分を恥じた。
「フェリスがこれを渡したという事は、彼女の事は既に?」
「ああ、聞いている。なに、種族がどうとか俺からすれば小せえ話だ、気にはしてねえよ」
「ノア殿も人が悪い、フェリス殿が魔族だともっと早くに知っていれば、色々とお願いしたい事もあったというのに」
シャリドとアランが揃って事も無げに頷く。
どうやらエスカリオ家の人間にはある程度オープンにしてあるようだ。
「いいかアンちゃん、国王はアンちゃんの妙な人脈を活用してフィガロを今以上に発展させようとしている。
だが事が事だ、特にラギウスが隣にいる状況で魔族を囲うとなると、扱いを誤ったら即終わる。それは分かるな?」
以前国王からそのような話は聞いている。
俺は今のところ幸運にも理解の有る人間としか出会っていないから実感は少ないが、国の中に魔族がいるなどという話が広がったら大変な事になるだろう。
シャリドの言葉に、俺は神妙に頷く。
「俺は今の国王とは二十年以上の付き合いだ、特にパルチザン問題の時は一緒に戦って共に背中を預け合った仲よ。
それだけが理由って訳じゃねえが、アンちゃんの件はこのエスカリオ家が面倒を見てくれって言われてる。
さっきかあちゃんが言ってた、俺達はアンちゃんの味方だってのはそういう事だ」
「ですから、これからはなるべく私達に隠し事はしないで頂きたい……
先程の話でも出ましたが、今、チェリス家はノア殿の武器を狙って動いている。
ネザー家は表面上中立ではありますが、武門の家であるうえに当代には天弓とまで呼ばれるスコルピオ殿がいる。
幻の武器ともなれば、喉から手が出るほど欲しいというのが本音でしょう」
「そこに来るとウチはまあ、全く興味がねえとは言わねえが、武器で腹は膨れねえのは知ってるつもりだ。
アンちゃんは面白い商売の仕方を知っているようだし、魔族が知り合いにいるってのもいい。
今フィガロに必要なのは何をおいても人材、そして他に真似ができねえ産業だ。
いくら強い武器を持った所で、五倍十倍の数で攻めてくる相手には敵わねえ。国土が限られている以上、人の数で大国と勝負しましょうってのはどだい無理な話だ。
ならフィガロの生きる道は、他には真似できねえものを生み出して、ここは潰すより利用したほうが得だと大国に思わせる以外にねえ」
シャリドとアランが現在のフィガロを取り巻く問題についてそう話す。
以前国王と会談した際に話していた俺を支援する理由、それは嘘ではなかったようだ。
しかし俺の持つ武器を巡って状況が悪化したのだろう、もう国王が直接俺に働きかけを行う事が難しくなった。
そこで国王個人として最も信頼できる貴族であるシャリドに俺の事情を伝え、俺をサポートしてくれるよう頼んだという事らしい。
フィガロを取り巻く状況が刻々と変化し、その対応に追われる中で、俺のような者を気にかけてくれる国王には感謝の念が尽きない。
アランは出来る人間だし、シャリドはぶっきらぼうで貴族らしくはないが、フィガロの未来を本気で考えている立派な人間だと言う事は今の話からも分かる。
それにどの道俺には他に選択肢が無い。
チェリス家というフィガロで最も古く力がある貴族から目を付けられているのだ。
そこから身を守れるだけの力を持った組織となると、俺と関わりがあるのはこのエスカリオ家をおいて他に無い。
「私に出来る事は何でもします。どうか私と家族をよろしくお願いします」
だから俺は迷わずに頭を下げ、エスカリオ家の庇護を受ける選択をした。
「ああ、よろしく頼むぜ。ウチの身内になったからにはガンガン働いてもらうからな」
「改めてよろしくお願いします、ノア殿。差し当たって例の罰金は私が建て替えておきますので、まずはご安心下さい」
やはりというか、予想はしていたが、あの金貨一四〇〇枚にもなる罰金はアランが建て替えてくれるようだ。
しかし一四〇〇枚か……今まで扱ってきた金とは桁が違う。
「だがそんな大金、返せるアテが……」
「これも投資だと考えましょう、ノア殿はご自分の事業をしっかりと進めて下さい。
あと、早速ですが魔族との交易ルートについて検討したいので、フェリス殿のお時間がある時にでもお話を聞かせて頂けますか?」
「色々とありがとう。フェリスとは近いうちに調整してアランの商館を尋ねるよ」
そうして一通り話がまとまり、アランと仕事の調整をする。
来年に向けて工場の拡張を行うため、今のうちに新工場の建設予定地や、大きさなどについて話し合った。
「うふふ、新しいお友達……嬉しいわ、とっても嬉しい!」
俺とアランが話している間も終始ニコニコと嬉しそうにしていたエルネスタが、突然パンと手を打って立ち上がった。
「そうだわ、パーティをしましょう!」
「……おいおい何だいきなり」
「だって、せっかく新しいお友達が増えたんだもの……ねえ、しましょう? ノアくんのお家の方も皆呼んで、ね?」
エルネスタは何が嬉しいのか、鼻歌を歌いながらその辺でくるくる回っている。
普通の人間がやるとただの奇行だが、おっとり系美人のエルネスタがやると何となく絵になる感じだ。
「母上……ノア殿もお忙しい身ですから」
「いや、いいんじゃねえか。これから一蓮托生になる身だ、お互いを知っておいて損はねえだろう」
シャリドはそう言って、エルネスタの思いつきを支持する。
確かにここまで俺達の素性が知れているとなれば、下手に分からない部分を残すよりも、全て把握してもらったほうが後々間違いが無いように思う。
そうだ、エスカリオ家は船を持っているんだから、船上パーティなんて企画したら金持ち連中にウケそうじゃないか。
実物を見てみないと何とも言えないところだけど、三〇メートル以上ある船だという話しだし、パーティする空間くらいあるだろう。
よし、これは後でアラン辺りに提案してみよう。
そんな事を考えていた俺の脳裏に、ある切実な問題を解決する為の一つの案が浮かんだ。
エスカリオ家は船を持っている、という事は船を使って移動すれば、陸路を旅するより何倍も早く目的地に到着する事も可能ではないか。
「シャリド様……」
「おう、様とか止めてくんな、ケツがムズムズするからよ」
「あ、はい……ではシャリド殿……一つお願いがあるのですが」
「何だ?」
「私の妻を、グラーナ島まで船で運んでいただきたいのです」
「ああそんな事か、もう少ししたらバルドルのやつが帰ってくるから、そしたら調整して……グラーナ島だと!?」
シエルの里帰り。
船を使えればもしかしたら、陸路よりずっと早く往復できるのではないか。
そう考えて聞いてみたのだが、予想通りというか何というか、シャリドは目を丸くしてこちらを見返した。
そしてしばらく考え込むように下を向いていたが……
「そいつは無理だな」
やがて力なく首を振った。




