第五十四話 ナーガ様がみてる
ルーク・エスカリオ(一九歳)
交易業を営む商業系貴族家の三男として生まれた。
商才に恵まれていた上の兄二人と違い、勉強が苦手で近視眼的な性格から商人としての道を諦め
フィガロの兵士として一六の時にフィガロ軍に入隊。
以降、商才よりはあった剣の才能と親から受け継いだ甘いマスク、そして商人として勉強していた時に身に着けた処世術で一九歳にして十人長となり、それなりに上手くやっている。
二ヶ月前からはユミナの剣術講師として活動。
途中色々あったが今ではよい師弟関係を結べている。
……はずだったのだが。
「あーつまり、ユミナがすごい勢いで剣術を吸収していって、あっという間に実力を抜かれてしまい今では全く勝負にならないと」
「……そう……です」
なんて事だ、知らない間にそんなにユミナがレベルアップしていたとは。
もともとバーサーカー気味だった戦闘スタイルをスマートな方向に持っていこうと初めた剣術だったのだが、思った以上に適性があったようだ。
俺としては非常に喜ばしい事である、後でお祝いをしてやらねばなるまい。
しかし、若干一二歳の農村出の娘に、たった二ヶ月足らずで抜かれてしまったこの男の心中は察するに余りある。
それもこれも、恐らくユミナがヴァンパイアだという事が大きな理由ではあるのだろうが、ルークはまだその事実を知らないし
言ったところでどれほどの慰めになるだろうか、まあそれを教える訳にもいかないんだけどな。
「何というか、すまん」
「ノア殿に謝られる事ではないです、私が未熟で……未熟だったから……あああ」
「いや、だが、ユミナがこんなに短期間で強くなれたのはルークの指導のお陰という事だろう。
才能の違いはあるにせよ、ルークはいい講師だったという事じゃないか」
「……そう、ですか……才能……さい……の、うああああ」
才能という言葉に反応して奇声を上げながらルークは再びテーブルに突っ伏してしまう、これは相当重症だ。
俺も学生時代に女子に腕相撲で負けた時はなかなかショックだったが……まあその程度の話じゃないんだろうな。
「あ、いや、才能とかはそりゃどうしようもない、だけどルークだって結構やる方なんだろ?
それにほら、十人長ともなれば腕っ節よりそういう指導力みたいなものの方が重要だろ?」
「そう思ってましたけど……でも、まさか一二歳の女の子に負けるなんて……うあああああ」
ダメだ、どこを掘っても地雷しか出てきやしねえ。
確かに一二歳のしかも女の子に現役の兵士が負けたとか恥ずかしいにも程があるだろう、それは分かる……分かるが。
そうは言ったところでどうしようもない事はどうしようもないんだ、さっさと切り替えてその親からもらったグッドルッキングで可愛い女の子でも引っ掛ければいいだろうが。
俺にはそれすら無いんだからな!
ともすればそんな事が口に出てしまいそうになるが、それはこれと決めたものに打ち込んだことが無い俺だから言える事だ。
家業が合わなくて別の道で身を立てようと頑張ってきた人間に、さすがにそんな言葉はかけられない。
うまい慰めの言葉が出て来ず、かといってこのまま席を立つのも憚られ、俺は消沈したルークを見ながら何と声をかけて良いものか悩む。
こんな事ならスルーしておけば良かったと思うが後の祭りだ。
どうしたものかと考えているところで、ふとある事に思い至った。
今日もユミナは城に訓練しに行ったはずだ。しかしルークはここにいる、という事は今ユミナは何をやっているのだろうか。
その事を聞くと、ルークは曇った顔をさらに曇らせた。
まずい、これも地雷だったか。
「ユミナさんなら、今はカタリナ百人長に教えてもらってます……私ではもう教えられる事が無い……ので」
そう言って再び崩れ落ちるルーク。
何だかだんだん面倒臭くなってきたな……
それにしても次の講師はカタリナか、確か剣技は抜群に上手いという話しだし、これは期待できそうだ。
女同士と言う事もあって、今までよりも安心できるしな。
「この際だからルークもカタリナ百人長に指導してもらえばいいんじゃないか?」
「無理ですよ、私はスコルピオ千人長の配下ですから……カタリナ百人長はフラガ千人長の配下、所属が違います」
ああ、そういうものか。まあ軍なんだから縦割りでなんの不思議もないな。
「……ああ、こんなんじゃクローディア様の騎士として失格だ」
「いや、ラギウスに付いていくのに腕っ節なんて大して意味ないだろ。むしろ細かい気配りとか、敵地での中傷に耐える忍耐力とか、そっちのほうが重要だと思うぞ」
「何で私がクローディア様のラギウス入りに付いて行きたい事を知ってるんですか?」
「あのタイミングで騎士の宣誓なんかしたらそりゃ誰にでも分かるだろう」
もちろん当初の俺は騎士の宣誓の意味など知らず、これはアランの受け売りなのだが、そんなところまで言う必要はない。
俺の言葉を聞くと、ルークは少しだけテーブルの上で組んだ自分の手を見つめていたが、再び険しい顔に戻って首を振った。
「私は十人長なんです、このままだと隊の皆に合わせる顔がありません。
それにこの話が広まったら、いくら騎士の宣誓を受けて頂いているとしても、従者の選定から漏れる可能性だって……」
どうやら問題は俺が思うよりも深刻らしい。
別に嫁入りした先で大立ち回りする訳じゃ無いんだから腕っ節など二の次だろうと思ったのだが、そういう訳でも無いようだ。
実に厄介な話に首を突っ込んでしまった。
「おいノア、皆もう食事は終わったのだが、長引きそうなのか?」
俺とルークで神妙な顔をしてうんうん唸っていると、不意に隣からナーガの声がする。
どうやら思った以上に時間を食っていたらしい、子供達のいたテーブルを見ると、皆食事が終わって食器を片付けているところだった。
流石に俺もこれ以上ここでルークと一緒に唸っているのは躊躇われる。
「すまん、俺は大丈夫なんだがちょっとこいつがな」
「うん? 誰だこの者は」
訝しげにルークを見つめるナーガに、俺は経緯を簡単に説明する。
ナーガはすぐに合点がいったようで、呆れたようなため息を付くと、突拍子もない事を口にし出した。
「おい貴様、本気でどんな事をしてでも強くなるつもりがあるのなら、一週間だけなら私が稽古をつけてやっても良いぞ」
「……はあ」
突然現れた見た目美しい女性からの稽古の申し出に、ルークは胡散臭い顔をしながら生返事をして俺を見返す。
当たり前だが全く本気にしていないようだ。
それに対し、ナーガの方は手のひらにグーを打ち付けながら既にやる気十分といった様子。
何だ、そんなに暇だったのかこの竜は……
「冗談は止めて下さい」
「冗談ではないぞ、そもそも私を見ても何も感じない程度の能力しか無いのであれば、今までがどうであろうと大差ない、それで良いなら最初から分不相応な悩みなど持つ必要が無いだろう」
自嘲気味に笑いながらナーガの提案を一笑したルークだったが、返ってきた言葉を聞き少しぽかんとした後、バカにされた事に気付いたのか徐々に表情を険しいものに変えていく。
「っ……ノア殿、こちらの女性は?」
「あ、ああ、シエルの知り合いで、えーと……」
「ナーガだ」
「ナーガ殿……ですか、私はルークと申します。シエル殿の知り合いという事であれば、恐らくはお強いのでしょうね」
「そうだな、どうだ稽古を受ける気になったか?」
「いえ結構です、城での務めもありますので」
ナーガの名を出すのは不味いかと思ったが、特にルークがその辺りを気にした様子は無い。
恐らく竜族のナーガ本人だとは思っていないのだろう。
確かにいくら名前が同じだからとは言え、庶民が使うような食堂に竜族が入り浸っているとは誰も思わないよな。
それに、ナーガの挑発めいた言動にも動揺した様子は無く落ち着いたものだ。
初対面の相手にあんな事を言われたら、俺なら頭に血が登っているところだというのに。
「ノア殿、お見苦しいところを見せてしまい申し訳ございませんでした。私はこれにて失礼させて頂きます」
「あ、ああ……」
ルークはそう言うと、テーブルに銀貨を置き、俺達に軽く一礼すると足早に店を出ていった。
立ち直ったという訳ではないのだろう。ただ、ナーガの乱入で少しだけ冷静になったというところだろうか。
「何だ、つまらんな」
ルークが去って行った方を見ながら本当につまらなそうに呟くナーガ。
悪びれる様子は全く無い。
「お前さあ、少し相手の気持ちも考えてやれよ」
「ん? 強くなるしか解決方法が無いのだから、その方法を提供してやるのが最も相手の為になるだろう、おかしい事など何もない」
「言い方ってもんがあるだろ」
「そんな言葉の端が気になって最善手を取れないというのなら、元々が大した悩みでは無いという事だ」
確かに言ってる事はその通りなんだろうけど、常に最善手を選択できるような人間ばかりではないんですよ。
人間は感情の生き物だからね……
とは言え、別にナーガがルークを鍛えてやる義務など無いので、傍から見ればルークは降って湧いたチャンスをみすみす逃したという形になる。
仕方の無い事だけどほんとモヤッとするな、こういうのは。
昼食が終わり、俺達は帰路に就くため商業区の大通りを歩いていた。
道行く人々が子供達の着ている服を物珍しそうに眺めていくのが見える、人の目を引くという効果はそれなりにあるようだ。
「しかし、一週間程度で実力の底上げなんて出来るものなのか?」
「うん? ああ、さっきの話か?」
俺は歩きながらナーガに、先程のルークに提案した訓練の話を振る。
一週間という時間は訓練期間としては短いと思うが、それでどれだけの実力アップが望めるのだろうか。
少年漫画などで数日で見違える程強くなる描写は良くあるが、現実ではそうはいかないよな。
「簡単な話だ、あいつは魔法が使えないんだろう? だがその身に湛えられたマナはなかなかのものだった。
となれば、有用な魔法を一つ二つ徹底的に叩き込んでやれば、見違える程強くなるだろうよ」
「魔法剣士にするって事か?」
「お前の考える魔法剣士とやらがどういうものかは分からんが……あいつは肉体はそれなりに鍛えているのだろう?
既に鍛えられているものをそれ以上伸ばすのは確かに骨が折れるが、全く手付かずのものをそれなりのレベルにするのは簡単だ。
基本的な強化の魔法でも仕込んでやれば、奴の伸び代は今の数倍になるだろうな」
「魔法ってそんなに簡単に覚えられるものなのか? 俺は全く理解できなかったんだけど」
「お前は世界にマナが広がる以前の人類だからマナの親和性は低いかもしれんな、だがさっきの奴は普通以上の素質があると見たぞ。
あれは純粋な人族では無いだろう、恐らくエルフの血が混ざっているのではないか」
「そんな事まで分かるのか!?」
「ふふん、私を誰だと思っているのだ。マナを読む事に関しては竜族の右に出る者などおらんぞ」
そう言って形の良い胸を張るナーガ。
大き過ぎず小さ過ぎず、なかなか良いものをお持ちだ、美乳というやつだな。
それにしてもルークにエルフの血が入っているとは……イケメンなのもそれが影響しているのだろうか。
兄であるアランもかなり反則気味な美形だし、生まれが良くて美形で能力もあるなんて、本当に神様って奴は不公平だ。
と、自らの生まれの不幸を呪いながら隣の美乳を眺めつつ癒やされようとしていたところ、ナーガに気付かれ肘鉄を食らった。
本当にありがとうございました。
痛む顎を擦りながら、商業区の中ほどを歩いていると、どうも人の数がやけに多いことに気が付いた。
確かに昼過ぎで人が多くなる時間帯ではあるのだが、それにしても多い。
よく見ると、多くの人間はこの城下町のほぼ中央にある広場に向かっているようだ。遠くに広場を囲むようにして人だかりが出来ているのが見える。
「何だ、祭りでもあるのか?」
「そういう話は聞いてないな……」
不思議そうな顔をするナーガに尋ねられるが、俺もこの国の祭事に関しては未だよく知らない事が多い。
子供達にも聞いてみるが、皆心当りがないようだ。
時間も有るし覗いてみるか……そんな事を考え、人の流れに沿って広場に脚を向けたその時。
不意に人混みの中から二人の人影が飛び出してきた。
物盗りか!?
こういった場面で何度となく辛酸を舐めている俺はとっさに身構えて財布をガードする、過去の経験が生きている、思えば成長したものだ。
しかし隣りにいたナーガは、俺のそんな行動を見て呆れ顔になった。
「何をしている、ただの子供だ」
「え?」
ナーガの言葉に、飛び出してきた人影に目を向けると、そこにはどこかで見たことのあるような二人の少女が地面に手をついて荒い息を付いていた。
よほど急いで走ってきたのだろう、二人共汗だくで肩が激しく上下している。
しかしこの二人、何となく見覚えがあるような気がするが誰だったか……
「え、ナタリア? リリー?」
他人の顔と名前を覚えるのが非常に苦手な俺が過去の記憶を必死に掘り返していると、ファムが驚いた様子で飛び出てきた少女に声をかける。
ああそうか、この二人はスラムであのロジー達にくっついていた女の子だ。
「……けて」
ナタリアと呼ばれた少女が地を這うようにしてファムの脚に縋り付く。
身綺麗になって服も新調したファム達とは対象的に、ボロボロの麻服に汚れた手足、ボサボサの髪のその少女は
とても最近まで同じ場所で生活していた者同士とは思えないほどの違いがあった。
「どうしたのナタリア! 大丈夫!?」
普通の街人なら触れるのも嫌であろうそのスラムの少女を何の躊躇いもなく抱きとめ、心配そうに様子を伺うファム。
もう一人の少女――リリーはミルフィオリが介抱している。
他の子供達は色々と思うところがあるのだろう、皆複雑な顔をしながらその様子を見ている。
「助けて、ロジーが殺されちゃうの!」
ナタリアと呼ばれたその少女は、涙で顔をグシャグシャにしながらそう訴えた。
さすがに大通りのど真ん中で話を聞くには悪目立ちしすぎるという事で、通りから少し離れた家の影に移動して話を聞くことにした。
二人の少女から語られた内容はこうだ。
ファム達がロジー達の元から去った後、残されたメンバーはしばらくは与えた食料と銀貨で生活できていたようだが、しかしそれもすぐに底を突いてしまった。
そうなってからは今まで通り、スリや残飯漁りや恐喝などで生計を立てていたが、人数が少なくなってしまった為、以前ほどうまく行かなくなったそうだ。
特にエースだったファムが抜けた穴が大きく、もはや今まで通りのやり方では食べ物の確保が難しくなってしまっていた。
散々グループ内で揉めた結果、ロジー達は他のグループの傘下に入る事で生き残りを図る事になる。
そうして交渉したのが、スラム内で最大の勢力を持つ一派だった。
そのグループのリーダーは、ロジー達を受け入れる際に一つの条件を出した。
その条件とは、とある貴族の馬車を襲撃する計画に参加しろというものだ。
襲撃に参加しさえすれば、たとえ失敗しても仲間に入れてやるという事だったのでロジー達はその条件を飲んだが、これが罠だったのだ。
新入りのロジー達には、本隊が貴族の乗る馬車を襲撃して混乱を誘っている間に、金品を運搬する馬車から荷物を盗むという比較的楽な仕事を担当してもらうと偽り、誤った馬車の配置を教えたのだ
その作戦を信じて事に臨んだ結果、ロジー達は貴族の乗った最も警備の厳重な馬車を襲う事となってしまった。
つまりロジー達は最初から捨て石にされる予定だったのだ。
捨て石が貴族の乗る馬車を襲い、隊列が乱れた瞬間を見計らって、本隊が後方の荷物馬車から金品を盗んだ。
ロジー達は騙された事に気が付いたが時既に遅く、多少抵抗はしたものの、あっという間に護衛達に取り押さえられた。
その後、少年ということもあり奴隷として身請け人を公募したが、貴族を襲ったような人間相手に名乗りを上げる者は誰もおらず、本日罪人として公開処刑が執行されるのだそうだ。
どうやら先程見た人だかりは、広場で行われる罪人の処刑を見に来た人々だったようだ。
ナタリアとリリーが必死に俺達に助けを乞う、もはやほんの僅かでも望みがあるのは顔見知りである俺達だけだというのだ。
この二人は貴族襲撃には加わらず、スラムグループのアジトにいたらしい。
そしてロジー達が捕まった事を聞き、約束だから二人だけは身内にしてやると持ちかけられたそうだ。
しかしナタリアはそれは嘘だと考えた。
ロジーも小さいながらスラムグループのリーダーだった男だ、このまま引き込めば厄介者になる可能性があるから捨て石にされたのだと直感した。
そして女である自分達が残されたのは、きっと売春要員として使えるからだと考えたのだ。
そうしてその意志に関わらず半ば軟禁状態だったナタリアとリリーだったが、せめてロジー達の最期だけは見たいと懇願し、今日だけ外出を許されこの場に出てきたのだそうだ。
残された僅かな時間でロジー達を助けることは出来ないか、色々な人に懇願して回っていたらしい。
気が付くと皆悲痛な顔でボロボロになった二人の少女を見ていた。
子供達には分かっているのだろう、この段階に来てしまっては、もはや助ける事など不可能だという事を。
俺もそう思う。
ロジー達への感情は抜きにするとしても、国が取り決めた処刑を執行直前で覆す力は俺には無い。
「お願いします! お願いします!!」
「貴族様なんですよね!? ロジー達を助けて下さい! 何でもします、奴隷にだってなります!」
「ロジーがしたことは謝ります! 私達を好きにして下さい、一生貴方様の元で働きます、助けて下さい! 助けて……下さい……」
同じだったスラムの同僚に立派な服を着せて連れ歩いている、それだけ見れば俺を貴族か何かだと思っても仕方ないのだろう。しかし実際は違う。
……もしかしたら、何とか出来るのかもしれない。
王族には知り合いがいるし、一部貴族や千人長などとも面識がある、何よりここにはナーガがいる。
ゴリ押しすれば、あるいはいけるのかもしれない。だが俺の取った行動で国王の立場が悪くなるような事は絶対にしてはならない。
恐らくこれはそういう類のものだろう。
貴族を襲った罪人を国王の息の掛かった俺が強引に引き取れば、きっと面倒な事が起きる。
そのくらいは俺にだって分かる。
グループを養うために行動していたのは……まあ認めるが、そもそも友好的に接しようとした俺から強盗を働かなければ良かったのだ。
それに正直なところ、ロジー達を引き取ってもうまくやっていけるかが心配だ。
俺の言う事を聞くとはとても思えないし、正直未だロジー達に良い印象は無い。
ファムに働かせて上前をハネていたような連中だ、今のファム達だって関わり合いになりたくないに決っている。
そう思ったのだが……
何故お前達はそんな目で俺を見るんだ?
気がつけば引き取った子供達が皆俺の方を見ていた。
皆が一様に、俺に期待を込めた目で。
おかしいだろう、お前達はあのロジーって男に搾取されてたんじゃないのか?
ファムだって随分と危ない橋を渡らされたはずだ。
何故皆、奴の肩を持つんだ!?
「旦那様、一つだけ……旦那様の誤解を解かせて頂いてよろしいでしょうか」
困惑した顔の俺を見て何かを察したのだろう、ミルフィオリが俺の目の前に立ち静かに話し始めた。
「ロジーは確かに旦那様に酷いことをしました。それは過去に彼が街人から受けた仕打ちによるところが大きいのですが、その事を弁解するつもりはありません。
ですが少なくとも、彼は私達を守ってくれていた……という事を知って頂きたいのです」
ミルフィオリは俺がロジーに対して抱いている感情を承知しているのだろう。
俺の家にいる時も、俺が見聞きできる範囲では決してロジー達の話題を出すことは無かった。
だからてっきり、ファムやミルフィオリ達もロジーの事は嫌っていたのだと思っていたのだが……
「確かに彼は少々強引で頑固な性格をしておりますが、旦那様が思っているような搾取だけをしていた訳ではないのです」
そうしてミルフィオリが語った内容はこうだ。
ミルフィオリがロジー達のグループに入ったのは今から二年ほど前。
下町で娼婦をしていた母が病気で亡くなり途方にくれていたところ、以前から友達付き合いのあったファムに誘われて入ったという。
当初はそういう集団に入った以上、自分も体を売って稼ぐことになるのだと覚悟していたのだが、ロジー達は違った。
ロジーは盗み、恐喝、残飯あさりと、生きる為なら何でもやる人間だったが、少女達に売春を強要した事は無かった。
聞けば、ロジーの父親が売春斡旋のような仕事をしていて、女性を使い潰す様子を幼い頃から見てきたのだという。
結局その父親は扱っていた女性の一人に刺されて亡くなったそうだ。
それが影響しているのかどうか、ハッキリとは語らなかったが、とにかく女を使った仕事は嫌いなのだとロジーは言っていたようだ。
とは言え、フェミニストなのかというとそうでもなく、ファムの稼ぎの上前をハネたり、珍しいものは男達だけで独占したりという面もあったが
スラムにしては見目の整っている少女が多い自分のグループにちょっかいを出してきた他グループなどに対しては頑として譲らず、暴力沙汰になったとしても屈する事は無かったという。
「確かに欠点も多くありましたが、彼が居なくては私も、この子達も、今まで無事に生きて来られたかどうかは分かりません。
ですから、私達は決してロジーを憎んでいるという事は無いのです。
旦那様の事がありましたのであまりそういった事を話すのは控え、ほとぼりが冷めた頃、寒くなる前に皆でもう一度話し合いに行こうと考えておりました」
ミルフィオリはそこまで話すと「黙っていて申し訳ありません」と深くお辞儀をした。
……知らなかった、皆はロジーの事をそう考えていたのか。
だから、俺に助けて欲しいと。
俺がどうしようもない人間だと思っていた相手をミルフィオリが擁護している。
その状況は正直なところ面白くは無かった。
俺の中でロジーはリスクを犯してまで助けるような相手ではない。
しかし子供達の眼差しは、俺なら何とかしてくれるという希望に満ちている。
面白くない。
「だが、あいつは俺を殺そうとしたんだぞ」
だからこんなケツの穴の小さい言葉が出てしまうのだ。
言ってしまってから僅かに後悔した。これは子供達が望んでいる俺じゃない、失望されてしまうだろうか。
だが俺は元々こういう男なんだ。
嫌いな相手の身の上話を聞いて、はいそうですかと考えを一八〇度変えられるような度量なんて無い。
しかし、そんな俺の言葉にミルフィオリは僅かに微笑む。
「存じております、ですから私達から旦那様にご苦労を強いることはできません。旦那様がどのようにお考えでも、私達は旦那様に付いて行きます」
そしてさらに俺に近づき、耳元で微かに囁いた。
「私はこの先何があろうと旦那様にお仕えすると心に決めております。決して離れません、どうかお心のままに」
そう言って一礼をして離れていくミルフィオリの顔は、平静を装ってはいるが僅かに上気しているように見えた。
今のはどういう意味だろうか。
俺の会社でずっと働くつもり? いやいや、仮にそうだとしても、そんな事をわざわざ今言う必要があるだろうか。
恐らくミルフィオリは気が付いていたんだ。
仮にロジーが俺の元に来れば、子供達は再びロジーの言う事を聞くようになるのではないかと俺が恐れた事を。
自分に自信が持てないヘタレに、そんな事を心配しなくても私達は離れないと、わざわざ教えてくれたのだ。
こんな普通の少女にすら胸の内を読まれ、さらには気を使われているという事実に軽く自己嫌悪に陥るが、本当に今さらだ。
もっと格好良く頼りがいの有る大人として振る舞おうとは思っているのだが、性根というのはなかなか変わらないらしい。
ああ、こんな事を考えていたらまた気分が落ち込んできた……いかん、今はそれどころじゃない。
流れるように自虐モードに移行しようとしていた自分を何とか奮い立たせ、俺は眼の前にいる二人の少女、ナタリアとリリーを見る。
二人共必死の形相だ。
俺がもし元の世界でそのまま普通に生きていたら、自分の為にこんな顔をしてくれる人間に出会う事など無かっただろう。
不幸な境遇ではあるが、そういう点ではロジーが羨ましいと素直に感じた。
「……とりあえず中止を訴えてはみるが、どうにもならない可能性もある、それでも恨むなよ」
正直なところ上手い方法など何も思いつかない、関わらないという答えが最も正しいという事だって分かっている。
それでも、何とかしてやりたいと思ってしまったのだからどうしようもない。
子供達の純粋な目に影響を受けたのだろうか、それともミルフィオリに信頼を約束されて安心したのか、恐らくどちらも正しいのだろう。
ロジーは俺が差し出した手を振り払った、チャンスをみすみす逃した。
しかし俺にも似たような経験はある、思い返せば過去に何度差し伸べられた手を意固地になって振り払って来たか分からない。
それでも俺には何度も救いの手が差し伸べられた。
そして俺は今、救われている。
ならば、それに比べたら……一回払われた程度は仕方ないんじゃないか。
そう考える事ができるようになっていた。
処刑が行われるという広場を見ると、人が先程よりも多くなっているようだ。恐らく処刑が始まるまでそれほど時間は無い。
「お前……何て顔をしてるんだ」
皆を立たせて広場に向かおうとする俺の顔を見てナーガが笑った。
「絶対に間違っていると分かっているのに、その間違いを選んじまった馬鹿の顔がこれだ」
「ああそうだな、そんな顔だ」
そう言いながら笑っているナーガを無視して歩き出す。
何しろ救出の為のプランが何も無いのだ、今のうちに想定されるパターンを幾つか考えておかないと……
そう考えていると、ナーガがすぐに俺に追いついた。くそ、脚長いなこいつ。
「ああすまん、別にお前を笑ったのではないぞ、私も昔そのような顔をしていたのだろうと思ったら可笑しくなっただけだ」
「昔?」
「そうだ、私がアナンタ姉様の助命を願う代わりに、天族に降った時の事だ」
「それが間違いだったって?」
「当時はな、そう思った。私も自爆覚悟で突撃するべきだったと何度も後悔したものだ」
「まるで今は後悔していないみたいな言い方だな」
「ああ、勿論だ」
「何故?」
「繋がっているからだ、あの時の私の行いが、今にな」
そう言って少しだけ空を見上げたナーガはとても優しい目をしていた。
それはいつか見たシエルの優しげな顔と同じように、俺の心に深く刻み込まれたような気がした。




