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第四十七話 竜族の真実

その昔、魔界に住む暗黒竜は、自分の代わりに地上で活動させるため、八体の竜の戦士を生み出した。


最初に生まれたのはセシル、彼の名は暗黒竜の友であった、ある魔族が付けた。

彼は強い力を持ち、皆から頼りにされる立派な青年に育った。


次に生まれたのは双子だった、姉はアナンタ、妹はナーガ。

姉のアナンタは内に強大な力を秘めていたが、心の優しい竜であった為、生涯その力を使う事は無かった。


四番目に生まれたのはヤト。

寡黙で何事にも動じず、彼が怒ったところを見た者はいない。


五番目に生まれたのはティアマト。

何を考えてるのか良く分からない、彼女はいつもおかしなことをしていたが、不思議と皆から好かれていた。


六番目に生まれたのはオロチ。

彼はいつも考えていた、この世界を良くするにはどうしたら良いのだろうかと。


七番目に生まれたのはメリュジーヌ。

彼女は竜族一のムードメーカー、いつも笑顔で皆に元気を与えていた。すぐ脱ぐので一部の荒くれ者達には特に人気だった。


八番目に生まれたのはニーズヘッグ。

我儘できかん坊だったが、アナンタの前でだけは子犬のように大人しくなる末っ子だった。


竜族は母なる暗黒竜と魔族の為に戦った。

その力は強大で、誰もが竜の戦士を讃え、敬った。


しかしいくら強大な力を持とうとも、時代の流れを変える事は難しい。

三度目の大戦と呼ばれる戦の最中、辛い勝利と苦い敗北を繰り返し、魔族は次第にその勢力を削られていた。


「竜の戦士を増やすべきだ」


竜の戦士の長であるセシルは何度も母なる暗黒竜に掛け合うが、その言が受け入れられる事は無かった。

じりじりと追い込まれる苛立ちが募り、ある時セシルは直接、天族の王ラギウスを討つために敵の本拠地に独断で乗り込む。

しかしその目論見は外れ、多大な犠牲を出した上で作戦は失敗してしまった。


セシルはそのまま行方知れずとなり、しばらくの時が流れたある日、彼は魔界に戻ってきたのだ。

人間の女との間に生まれた子を連れて。

その娘は恐るべき力を秘めており、その力を見せながらセシルは言った。


「人間と交わり子を成せば、もう天族などに負けはしない」


それを聞いた暗黒竜は、セシルを諌め、娘を解放するように伝える。

これを聞いたセシルは激怒した。


「母なる暗黒竜は、竜の戦士も作らぬ、我らの子も戦わせぬと言う、それで本当に天族を打ち破るつもりがあるのか。

かくなる上は我と娘だけで天族を討ち滅ぼすまで」


そう言ってセシルは魔界を飛び出し、暗黒竜は他の竜の戦士に、セシルとその娘を連れ戻すよう指示した。


かくしてセシルとその他の竜の戦士の戦いが始まった。

いかに竜族最強の戦士とは言え、七対二ではどうにもなるまい。

しかしその考えは間違いであった。セシルの娘は凄まじい力で以って、他の竜の戦士を圧倒した。


戦いが終わり、セシルを追った竜の戦士のうち、オロチとメリュジーヌは討ち取られ、アナンタは深い傷を負った。

生き残った竜の戦士を前にして、セシルは言った。


「ここで死ぬか、我と共に新たな世界を作るか選ぶが良い」


その声に、ヤト、ティアマト、ニーズヘッグはセシルに従い、ナーガはアナンタの助命と引き換えに、セシルに下った。


そうして魔族からの支援を失った竜の戦士は、紆余曲折を経て最終的には天族の元に身を寄せる事になる。

聖王ラギウスと盟約を結び、セシルは竜王となり天族の一員となった。


傷を負い、竜の体をも失ったアナンタは、それからしばらく各地に身を隠しながら過ごすことになる。

天族となってから、力を追い求めることに貪欲となったセシルの元に、秘めた力を内包するアナンタを置いておくことは危険だったからだ。


しかしセシルとの戦いで受けた傷はそれ以降もアナンタを深く蝕み、それから数百年経過した頃、とうとうその傷はアナンタの命を喰らおうという所まで来ていた。

アナンタの窮地を察したナーガは、せめて静かに暮らせるようにと、時のロシュフォーン王であるリグレッド・グラマス・ロシュフォーンの元へアナンタを預ける。

既に妻のいたリグレッドではあったが、ナーガより預かり受けたアナンタのあまりの美しさに、リグレッドはアナンタに求婚し、側室として迎えることになった。

そしてアナンタは人間との間に二児を儲けるも、二児目を出産すると同時に力尽き、帰らぬ人となった。


ナーガはその知らせに深く嘆き悲しんだが、姉の遺した二人の女児を見た時、アナンタはまだ滅したわけではない事を悟る。

アナンタは今正に自分の命が尽きようとしていたその時、生まれ来る子に自らの力の根源である竜族の魂を全て託していたのだ。


その子はその魂の強大な力の為か、生まれながらにして目が見えない盲目の女児として誕生した。

ナーガはリグレッドに、くれぐれもこの女児を頼むと伝え、陰ながらアナンタの生まれ変わりとも言うべきその女児を見守っていたのだった。




「だがつい数ヶ月前、その娘は殺された……殺されてしまったのだ、ノア・シドー、貴様の手によってな!」


ナーガの怒気を含んだその声で、その物語は唐突に幕を閉じた。

長いようでそれほどでもない、ちょっとした思い出話のような内容。

それは聞いている内に、何の事を言っているのか徐々に理解できてきた。


以前読んだこの世界の物語である“聖王と竜王”

ナーガの口から語られたのは、その物語の部分を含んだ、竜族が魔族から離反した過程の話だった。

しかしその内容は、本で読んだものとは大きく違っていた。

あの子供向けの三文芝居のような内容はどう考えてもおかしいと思ってはいたが、やはり真実は別にあったという事か。

それはそれで大事件だ、特に今まで天族がばら撒いていた筋書きしか目にしていないであろうこちら側の人間には大変衝撃を伴う内容だろう。


しかし俺が気にするべきはそんなところではない。

今の話の中で出てきた、竜の戦士アナンタ……ロシュフォーン王の側室となり、盲目の女児を産んだ。

そしてその女児は数か月前に殺された。

それの意味するところが、俺には分かってしまったからだ。


忘れられない。

忘れられるはずがない。

俺が人生の絶頂から一瞬で奈落まで落とされた、あの忌まわしい事件。

先日まで笑いあっていた温かな体が、氷のように冷たくなって横たわっていた。

目だけはしっかりと見開いて俺を見ていた。

つまり、ナーガが言っている俺が殺した女性というのは。


「……クラリス」


「そうだ、貴様が殺した、我が姉の魂を持つ娘だ!」



足元がぐにゃりと歪み、世界がグラグラと揺れていく感覚が俺を包み込む。

この世界に来て初めて手に入れた平穏、楽しかった生活、クラリス、カサンドラ……嵐の夜、怯えたクラリスを宥めながら一緒に寝た夜。

そして、最後の夜。


そういったものがぐるぐると俺の頭を駆け巡る。

気分が悪くて吐きそうになる。

何故、クラリスは殺されなければならなかったのだ。

何故だ。

何故……


否定の言葉を出そうとしても、俺の中で「何故」が飛び交うだけで声が出ない。

俺じゃない、俺じゃないんだ。

この世界に来て、初めて俺を受け入れてくれた女性を、何で俺が殺さなくてはならないんだ。

俺じゃない……

なのにその言葉が出ない。

だって俺にも説明が出来ないからだ、あの夜、あの部屋で何があったのかを。



「やってないわよ!」



大きな声が響き渡り、直後に俺の腕が痛いくらいに引っ張り上げられる。

突然感じた外部からの刺激で、俺の思考は急速に現実へと引き戻された。


「ロシュフォーンのクラリス王女、面識は無いけど話は聞いてるわ。私と同じくらいの歳で凄く可愛い子よね。

こいつは私が毎回イビっても手なんか上げたこと無い、いっつもヘラヘラ笑ってるか、むくれていじけるかなの!

そんなヘタレが王女殺し? 出来る訳ないじゃない!」


気が付けば俺はへたり込んでいたらしい。引かれている腕を見ると、マリアベルが俺の腕を取って立たせようとしてる。


「ノアも! あんな話で一々ビビるんじゃないわよ! やってないんでしょ、だったら堂々としなさい」


マリアベルはそう言って俺の背中をバシバシ叩きながら、自分の肩に俺の腕を乗せて引き上げようとする。

何故、マリアベルはこんなにも俺の事を助けてくれるのだろう。

この場にいれば危険なのに、フェリスのように強い力があるわけではないのに……


ぼんやりとそんな事を考え、そして気が付けば俺はマリアベルの頭を抱いて、その頬に自分の頬を合わせていた。

柔らかい頬の感触が伝わってくる。

今まで気にしたことは無かったが、マリアベルの髪も良い匂いがするのだなと、そんな呑気な事をふと考えた。


「ちょ、何……」

「もう少し」


離れようとするマリアベルを押しとどめ、数秒その感触を確かめる。

たったの数秒、息を二度三度つくだけの間だったが、それだけで自分でも驚くほどに心が落ち着いていくのを感じていた。


顔を放し、地面に手を付き体を引き起こす。

俺の隣にはぽかんとした顔のマリアベルがいた。


「ありがとう、もう大丈夫だ」


「え、ええ……うん」


「マリアは下がっていてくれ、また腑抜けたら頼む」


「うん……って、あ、甘えるな!」


マリアベルはハッとしたようにそう叫ぶと、俺の尻に蹴りを入れて後方でハラハラしているカタリナ達の方に戻っていく。

肩を怒らせながら歩くマリアベルの耳は真っ赤になっていた。

俺はマリアベルの助けに感謝し、そして改めてナーガに向き直る。


「茶番はもういいのか」


心底下らなさそうな顔をしながらナーガが口を開く。

だがもう今はそんな顔を見ても、先程までの恐怖のようなものは感じない。

俺はそのまま前に出て、クローディアの隣に並んだ。

ヤケクソという訳ではない、マリアベルのお陰で霧が晴れた俺の中には、ある一つの確信があったからだ。


「ナーガ、俺はクラリスを殺していない、最期の時に一緒に居たのは確かだが、クラリスを殺したのは他の誰かだ」


それを聞くとナーガの顔が露骨に怒りに染まる。


「この期に及んで……」

「嘘じゃない」


ナーガの言いたい事は分かっている。

誰に聞いたのかは分からないが、当時の第三者から見た状況だけを説明されれば、俺が犯人で何の矛盾もない。

だが恐らくナーガは俺を陥れようとしている訳ではない、むしろ利用されている側ではないかと思う。


冷静に考えれば分かっていたことだ。

俺を陥れたのはロシュフォーン王家の人間なのは間違いない、どのような理由があっての事かまでは不明だが

クラリスが殺された後のドロテアの行動を見れば、最初から仕組まれていた事だというのは明らかだ。

そしてその嘘を、ナーガに教えた人間がいる。


下手に隠そうとするからこんがらがるのだ。俺はもともと自分に都合が悪い事を隠しながら立ち回れるほど器用ではない。

ナーガはこの状況でも、一から分かるように事の成り立ちを説明してくれた。

だから俺も同じ事を説明すればいいだけなのだ、例えこの場にいる全員に、全ての事を話さなくてはならないとしても。


俺は呼吸を整え、後ろを少し振り返り、ユニコーンを見つめてもしもの時のための言伝を心の中で頼む。

念話の原理が不明なので通じているのかいないのか良く分からなかったが、ユニコーンがやれやれと首を振るのを見て、俺は視線をナーガに戻した。


「ナーガ、聞いてくれ、俺は……異世界召喚術でこの世界に呼ばれた召喚者だ」




そこからは俺の長い説明が始まった。

できるだけ要所のみをまとめて話したつもりだったが、粗方話し終える頃には一時間以上の時を要した。


話の出だしでナーガの興味を掴んだ事を確信した俺は、突っ立ったままでは何だと、シートと飲み物を用意しナーガに座ってもらうよう勧めた所

意外にもあっさりとそれ承諾し、今は俺とナーガを囲むようにして皆集まっている。

先程までのピリピリした緊張は幾分緩和され、殺した殺さないの話であるにも関わらず、皆が興味深そうに集まって俺の話を聞くという、奇妙な状況が生まれていた。


コリーン村から、ロシュフォーンに渡り、クラリスとの生活、そして忌まわしい事件、フェリスとの出会い、ユミナを助け、コトナと離別した事。

マリアベルに会い、クロウに会い、アストリアに会い、魔獣事件でユニコーンとアリスに出会った、そして今がある事。

必要無いと思われる事まで、全て隠さずに話し通した。

フェリスは魔族であり、ユミナも同じ、それも人間族に最も忌み嫌われているヴァンパイア族。

この場にいる人間は、大方知っている事だろうが、中には何も知らない人間もいる、特に問題なのはフラガとカタリナだが

俺が話している間は誰も声を上げず、俺の話を静かに聞いてくれていた。



「以上だ、長い話を黙って聞いてくれてありがとう」


話の終わりを宣言し、少しだけ周りを確認した後、再度ナーガに目をやる。

ナーガは何か考えるように僅かに目を泳がせたが、すぐに先程までの目に戻り俺を睨みつけた。

態度は大して変わらないが、先程まで出ていた禍々しい程の憎悪は幾分和らいだ気がする。


「……なかなか興味深い話だったが、今ここで私にその話をするという意味を分かった上で言っているという事だな?」


天族の前でぶっちゃけすぎだ、どうなっても知らんぞという事のようだが、もちろんそんな事は覚悟の上だ。

中途半端に隠せば話がまたこじれる、ならば一度全てオープンにするべきだ。


「今重要なのは、天族とか魔族とか、そんな誰かの都合でどうとでもなる事じゃない。

誰が何のためにクラリスを殺したのかだ、それを判断してもらう為に、俺は俺の知りうることを全て伝えた」


「……ふむ」


「クラリス殺しにはロシュフォーン王家の人間が関わっているのは間違いない。

俺達が敵対すれば奴等の思う壺だ、俺達は協力するべきなんじゃないのか」


「なるほど、筋は通っている」


ナーガはそう言うと、自分に渡されたコップに目を落とし、少し考えるような素振を見せる。

このまま上手く行けば、竜族のナーガという強力な印籠を持ってロシュフォーンに殴り込み出来るかもしれない。

そうなればクラリスの復活も随分と楽になる。

どういうつもりでナーガをここに送り込んだのかは知らないが、連中も墓穴を掘ったものだ。


この時、俺はこのままナーガが納得してくれる事を疑っていなかった。

この瞬間までは……


「だがな、貴様の中にあるアナンタの魂は、どう説明を付けるつもりだ」


ナーガは顔を上げながら再び俺を睨みつける。

その目はとても俺を信用したなどとは思えない、暗く冷たい疑いの目だった。

そして俺の背筋に冷たいものが流れる。


「隠しきれると思ったのか? 我とアナンタは双子の姉妹、元は一つの魂だったものが分離して生まれたのだ。

故に我はもう片方の魂の存在を感じる事ができる。返してもらいに来たと言っただろう」


その説明を聞いて納得した。

仮に俺の大体の居場所を誰かから聞いたとしても、今日この日に、ここにピンポイントで到達できるはずが無い。

なのに何故ナーガはまっすぐにここへ来ることが出来たのか。それは俺の中のクラリスの魂を感じることが出来たからという訳だ。


「まて、これは俺も知らないうちにあったものなんだ」


「持ちながら黙っていた事は事実だ、それだけで貴様の言う事など信用ならん!」


「違う、騙そうとしたわけじゃない! これは落ち着いたら話すつもりだったんだ」


「ほう、何をだ、何を話してくれる予定だったというのだ」


クラリスをヴァンパイアとして復活させる……

これはインパクトが大きすぎるので、誤解を解いた後に、まずはフェリスとナーガだけで話すつもりだった。

それがここに来て裏目に出てしまうなんて。

しかしこの疑念を晴らすには、これも言ってしまわないともう収まらないだろう。


「実は……」


俺はクラリスをヴァンパイアとして復活させる計画を話す。



「な……ふ……ふざけるなああああああああああああ!!」



全てを話すと同時に、ナーガは怒りに溢れた叫びを上げる。

それと同時に、後方に鎮座していた龍も天に向かって遠吠えのような唸り声を上げた。

その声は鼓膜を嫌というほど揺さぶり、辺り一面に衝撃波のような風を巻き起こす。

周りに置いてあった弁当箱などの小物が吹き飛び、近くにいた鳥達は一斉に空へと避難した。


「ヴァンパイアだと! 誇りある竜族の魂を、よりにもよって下賤なヴァンパイアの、それも下僕にするだと!? ふざけるのも大概にせよ!」


「それしかクラリスを助ける方法はない、彼女だってそれを望んで俺に託したんだ!」


「そのような事があるものか! 竜の魂を持つ者がそのような願いをするはずがない! 貴様は嘘をついている!!」


先程までの落ち着いた様子は一変し、ナーガは憤怒の表情で立ち上がり、俺達を睨みつけている。

僅かに波打つ長い髪が、彼女の怒気を表しているかのようだ。


「ナーガ落ち着いてくれ! 他に方法があるなら……」


「うるさい! アナンタの魂を汚す下衆が!

そもそも貴様がアナンタの魂を持っている時点で罪なのだ、普通の人間には魂を奪うなどという芸当は出来ぬのだからな!

そしてそれは貴様が召喚者だという事で合点がいった。

貴様は危険だ、ここで消えてもらう!」


「俺を殺したらその魂がどうなるか分からないんだぞ!」


「脅しなど効かぬ、天族は既に魂を管理する術を得ている、貴様を殺して開放されたアナンタの魂を回収することなど造作もない事だ」


魂を管理する……どういう意味なのかは分からないが、今はそんな事を考えている暇もない。

何とかナーガを落ち着かせなければ。


「ナーガ様お待ち下さい、お心を、どうかお心をお鎮め下さい!」


異変を察したクローディアが再び前に出るが、ナーガが腕を軽く一振りするとクローディアは弾かれたように後方に弾き飛ばされた。


「邪魔をするな、貴様らは黙っていれば見逃してやる、そこで大人しくしていろ!」


後方に弾かれたクローディアを目で追うと、彼女は咳き込みながら起き上がろうとしているところだった。

すぐにカタリナが手助けし、後方へと連れていく。特に重大な事にはなっていないようだ。

しかしいくら天族とは言え、王女であるクローディアを粗雑に扱って良いという事はない。


「ナーガ、お前!」


抗議するために振り向いた俺の目に、何の表情も浮かべず腕を振り上げたナーガが写る。

その腕にはナーガの髪の色と同じ、薄い金色をした刃のようなものがいつの間にか付いている。

先程の同じようにナーガは腕を一振りし、その金色の刃がまっすぐ俺の首目掛けて進んでくるのが見えた。


しまった、魂喰いを持つのを忘れていた。


不思議とゆっくり迫るその刃を見ながら、俺は自分の失敗を後悔したが既に遅い。

いやむしろ攻撃が分かっていたとしても、果たしてこれを避けることはできたのだろうか。

一瞬を何倍にも増幅したような止まった時の中で、恐怖を感じる暇も無く、俺は自分が死ぬのだと言うことだけを認識していた。



硬いものが触れ合う音が響いた。

次に見えたのは黄金の髪、そして長く伸びた、鎌のような長い爪。

その爪がナーガの刃を止め、同時に何か短く空を切る音と同時に、ナーガは俺の目の前から消え失せた。

いや、消え失せた訳ではない、後方へ跳んだのだ。あまりの速さに目がついていかなかった、


「主よ、もう、良いのであろう?」


俺の前に、黄金の髪をなびかせたフェリスが立っている。

その隣では剣を振り抜いた体勢をゆっくりと戻すフラガの姿があった。


フェリスがナーガの爪を受け止めると同時に、雷光のような速さでフラガが斬りかかったという事らしい。

何せ全く動きが認識できないので、多分そうなんだろうという予想しか出来ないが。


「フェリス……」


フェリスの黄金の髪が俺の腰のあたりを撫でる。

しばらく見ていなかったが、やはりフェリスはこの姿が一番綺麗だ。

じっとナーガを睨みつける目は、赤く輝いている。


「全力で頼む、できれば……殺さないで」


「承知じゃ」


相手は格上なのだ、殺さないでも何も、勝てるかどうかすら分からない。

しかしそんな俺の無茶苦茶な注文に、フェリスはただ一言だけ告げるとその場から消える。

そして瞬きをする間に、ナーガが飛んで距離を取った分を詰めた。近接戦闘を挑むようだ。


「あーあ、知らないよー。僕は悪くないよー」


フラガは誰にともなくそう呟くと、これまた一蹴りで数メールの距離を飛びナーガに攻撃を加える。

その速さは、素人目にはフェリスとそう変わりないように見えた。


「ノア! あれ、まずいわ! 後ろの龍がちょっかい出してる!」


程なくして後方からマリアベルが叫んでいる声を聞こえる、その声につられてフェリス達が戦っている後方を見ると

そこにいる龍は特に動く様子を見せなかったが、時折竜の周囲から氷の矢がフェリス達に向けて放たれているのが見えた。

どうやらナーガの援護を行っているらしい、ただでさえ二対一でギリギリやれているという状況なのに、龍が邪魔をするせいでフェリス達が踏み込めずにいるようだ。


「ノア、馬車の中に私の白羽があるわ、行くわよ!」


「ちょ、待てよ!」


マリアベルは俺の近くに来ると馬車に置いてある白羽を取りに駆け出そうとしているので、慌てて手を掴んで引き止めた。

今の馬車の位置は、あの大きな龍のさらに後方だ、戦っているナーガの横を通り、さらに龍がいる場所も通らねばならない。

いくらなんでも危険過ぎる。


「何よ、放しなさいよ! フェリスが負けちゃってもいいの!?」


「だからってあそこに行くのは無茶だろ、龍の真後ろだぞ!?」


「無茶でも行くの! 言い合ってる暇なんて無い!」


マリアベルの言う事はもっともだ、今はナーガもフェリス達も互いに牽制しあっている状態だが、いつ均衡が崩れるか分からない。

勝負に出たら一瞬で決着が付くのが達人同士の戦いだ。

俺達も戦闘に参加すると言うなら、迷っている暇など無い。


「おい、俺達が右から周りこんで囮になる、ノアとマリアは左側から回り込んでそのまま突っ切れ」


後ろで俺達の話を聞いていたガドラスがそう言って剣を抜く。


「囮は俺とユミナで良いだろう、いけるな嬢ちゃん?」

「はい!」


ガドラスはユミナを共に連れて行くようだ、ユミナは既に目が赤く輝いていた、フェリスに呼応して戦闘態勢に入っているようだ。


「カタリナとカーナはクローディア様を守っていてくれ」

「いいえ、ガドラス様が行くのであれば私も囮に」

「お前がナーガと戦うのはまずいだろうが」

「……構いません、もう決めました」

「わ、私も行けるぞ、あの程度の矢なら避けられる」

「それじゃあ姫様の護衛がいねえだろうが」

「ガドラス様、問題ありません、私も共に参ります。私が近くにいれば相手は攻撃を躊躇うかもしれません」

「おいおい……ああもう分かった分かった、俺とユミナが前衛、他は後衛を頼む、カーナは魔法であのでかいのを牽制してくれ、カタリナ百人長は姫様とカーナの護衛だ」


なんだか凄い勢いで囮組が固まりつつある。

時間が無いというのは共通の認識らしく、クローディアまでもが囮として移動すると言い出した時、ガドラスは一瞬だけ天を仰いだが、それ以上は何も言わなかった。

もはや総力戦止む無しという事なのだろう。


「わ、私は天族と戦う訳には……」


そんな中でアリスが一人だけ流れに乗れず、何とも複雑な顔をしていた。

それもそうだろう、エルフ族は天族支持の最大勢力だ。老若男女問わず、ほぼ全てのエルフは天族を崇拝している。

こんないきなり天族側の相手と戦えと言っても付いてこられないだろう。


「分かった、アリスはあそこの岩陰に隠れているんだ。

俺とマリアは黒王に乗ってナーガの左側を突っ切る、そっちはあのでかい龍の注意をなるべく引きつけてくれ。

クローディア様はユニコーンに乗って、ユニコーンはガドラス達に追従しながらも姫を守って欲しい。

これでいいか?」


グダグダ言ってる隙がないならと、俺は思い付くままに人員の割り振りを行う。

アリスはそのまま後方で待機してもらえば、誰からも攻撃される理由がないので安全だろう。

本当はクローディアも一緒に隠れていて欲しいのだが、ここで押し問答はしたくない。


『構わないわ、貴方にしては早い決断ね』

「ブルル!」


馬達はそれで良いようだ。

こういう時にユニコーンからのダメ出しが出ないと、何となく問題に正解したような安心感がある。


「よし、じゃあ頼んだ!」


俺の号令で皆が掛け声を上げ、囮組がガドラスを先頭にナーガの右側面へと駆けてゆく。

ガドラスはユミナが素手だったのを気にしたのか、脇に差していた予備の短剣を渡していた。


「少し遅れて出る!」

「分かったわ」


一〇秒ほどその場で待機し、龍の目がガドラス達を捉えたのを確認して俺とマリアベルは黒王に飛び乗り駆け出した。

黒王は一瞬でトップスピードまで駆け上がると、首を低く下げ、足場の悪い砂地を疾走する。

俺は手綱を握りつつ魂喰いに手を掛け、龍からの攻撃に備えているが、今のところこちらに攻撃が来る気配はない。


そして二呼吸もしない間にナーガの横を通り過ぎる。

黒王が通る瞬間、ナーガはこちらを振り向いたが、その直後にフェリスとフラガが連携して攻撃を繰り出した為、こちらに手出しはしてこなかった。

フェリスの本気は久しぶりに見たが、相変わらず人間離れしている。

爪が閃く速度は目では追えないし、ナーガの攻撃を受けても力負けはしていないようだ。

そしてそれに追従するフラガもまた、人間離れしていると言えるだろう。フィガロ最強の名は伊達ではないようだ。


そしてナーガが黒王に乗る俺達に対応できないとなった次の瞬間、龍から幾筋もの青い線がこちらに引かれ始まる。

龍からの攻撃予測、恐らく氷の矢だろう。


「黒王! 龍から氷の矢が来るぞ!」


俺の言葉は理解しているのだろうが、黒王は構わず氷の矢が通過するであろう場所を直進する。

このまま進んでは龍の攻撃をまともに受けてしまう。

そう思ったのも束の間、不意に黒王の周辺に火球が湧き上がり、飛来する氷の矢を次々と迎撃し始めた。

黒王は既に相手の攻撃を防御する手段を練っていたのだ。


白い冷気の尾を引きながら飛来する氷の矢に、炎の尾を引く火球が次々とぶつかり、小さな炸裂音と共に消えていく。

まるでミサイル迎撃システムのように正確に、1発の撃ち漏らしも許さず迎撃に成功した黒王はここぞとばかりに更に速度を上げ、龍の側面を通過した。



時間にして三〇秒もしないうちに馬車に到達すると、マリアベルは黒王から飛び降り馬車の荷台に向かう。


「あったわ!」


すぐにマリアベルは白羽を見つけ、馬車から飛び出てきた。

その間、俺は龍の動向に注意していたが、カーナが炎の矢を龍に撃ちつつ、ガドラスとユミナが相手の攻撃範囲に入って動き回っているおかげで、こちらに割く手がないようだ。

陽動は成功したと言って良いだろう。


「それでどうするつもりなんだ?」


「決まってるでしょ、フェリスの援護をするのよ」


フェリス達とナーガは相変わらず目まぐるしく位置を変えながら激しい攻防を繰り返している。

マリアベルの言葉に反射的に従ってここまで来たが、あれをここから弓でどうこうするのは難しいのではないかと思ってしまう。


「あんなに動いてるのに大丈夫なのか、フェリスに当たったりしたら……」


「大丈夫よ、見ていなさい」


俺の不安をものともせず、フェリス達と激しく打ち合うナーガに向けて素早く白羽を構える。

すると半月型の柄の部分しかなかった白羽に、白く光る弦が引かれ、マリアベルがそれを引き絞るとその手元には青白い矢が三本現れた。


白羽の弦と矢は使用者のマナで作られるらしい、撃ち方は普通の弓と同じだが、弓の反発力を使って矢を射出する訳ではない。

あれは言ってしまえば、弓の射出手順を模す事によって魔法を起動させ、魔法の知識のない人間でもマジックアローを放つことの出来る道具……という事らしい。

もちろん俺の知識ではない、以前俺がマリアベルにアレでぐるぐる巻きにされたのを見てシエルがそう言っていたのだ。

そしてシエルの話によると、いかにも初歩の攻撃用魔法ですといった名を持つマジックアローという魔法は、実は非常に高度な技術を必要とするものらしい。

通常、この世界に生きる種族が使う魔法は、殆どがマナを利用して何らかの物理現象を発生させることにより、その効果を発揮する仕組みになっている。

しかしマジックアローは純粋にマナを精錬して放つ魔法だ、故にマナというものの本質に近づいた者でなくては使うことが出来ないが、その効果は他の攻撃用魔法とは一線を画す。

魔族でさえその領域に達する者はほんの一握りと言われ、他の種族に至っては、使えれば歴史書に名が載るというくらい大層なもののようだ。


そんな事を考えている内に、マリアベルが番えた矢が青白い色から白くなり、光が強くなる。

そのタイミングでフッと短く息を吐き、白く輝くまでになった矢を放った。

矢は淡く光る尾を引きながらナーガに向けて一直線に突き進む。


「小賢しいな!」


しかしいち早く背後からの狙撃に気付いたナーガは、軽く横に移動し直撃を避けた後に、マジックアローに魔法をぶつけて相殺する。

その間にもマリアベルは二射、三射と続けるが、全てナーガに届かずに撃ち落とされていた。

達人級の二人を相手にしながら後方から飛来する矢にも完全に対応している。

その様子を目の当たりにし、俺の中で嫌な予想が急速に膨れ上がっていった。


もしかしたら勝てないのではないだろうか。


ナーガに対しては未だ有効打を入れることは出来ていない。

フェリスとフラガは頻繁に立ち位置を入れ替えながら攻撃を繰り返しているが、ナーガの反撃で徐々に細かい傷が増えてきている。

このままではジリ貧になることは明らかだ。


となりでマリアベルが六射目を放つ。

その額には玉のような汗が浮き出ている、恐らくここまでの緊張と、マナの大量消費が原因なのだろう。

マリアベルの援護射撃もそう長くは続かない。

ガドラス達の陽動も、何故か龍が最初の場所から動かずに居るため何とかなっているという状態だ、いつ状況が変わってもおかしくない。


「マリア、このままじゃまずいぞ」


「黙って! 攻撃に備えてなさい」


何とかしたいが何も良い案が浮かばない、焦った俺はマリアベルに助けを求めるが一喝されてしまった。

言われるままに魂喰いを握りしめ、自分達への攻撃を警戒する以外に無い。


マリアベルは荒い息を付きながら白羽を引き絞る、そこには今までで一番多い、八本の矢が生成されていた。


「これでっ!」


八本の矢を同時に放ったマリアベルはとうとう力尽きたのかその場に膝を付いてしまう。

息が荒く、肩が激しく上下している。

俺はマリアベルに駆け寄り背中を支えると、放った矢の様子を確認した。

射出したマジックアロー八本のうち四本はそのままナーガに直進し、二本は途中から左右に軌道を逸してあさっての方向に飛んでいく。

残りの二本はどこに行ったのか確認できない。


そして状況が動いた。


フェリスの周囲から光る無数の刃が現れ、ナーガに向に向かって殺到する。いつかのクロウと戦った際に見た光る刃の攻撃だろう。

それと同時にフラガが踏み込み、一瞬遅れてフェリスもその後ろにつく。


「とうとう破れかぶれか!」


ナーガはフラガの突撃を受け止め、とうとうその攻めに耐えられなくなったのか、フラガの剣が粉々に砕け散る。

構わず手刀を繰り出すフラガを軽く受け流し、その体を蹴り飛ばした。

蹴られたフラガはそのまま数メートル弾き飛ばされ倒れ伏す。

直後に光の刃と共にフェリスがナーガに肉薄、フェリス渾身の一撃を両腕で防ぐ。

完全に動きを封じたところに、前後から光の刃とマジックアローが同時に迫った。


「舐めるな!」


ナーガはフェリスの爪を押し返すと、そのまま周囲からの攻撃に対応しようと腕を振り上げ……そこで直上から降ってきたマジックアローに腕を絡め取られた。

先程マリアベルが放った渾身の八本のうちの二本だ。

それは射出直後からそのまま直進はせず、ナーガの頭上に落ちるように放物線を描く形で放たれたものだったようだ。

謀られた事に気付いたナーガは、両腕に絡みついたマジックアローを消し去る。

思いがけない攻撃に対する対応、それは瞬きをするような僅かな時間であったが、確かにナーガの動きを止めていた。


勝った……


一瞬の時の中、棒立ちとなったナーガに向かってフェリスが爪を振り下ろすのを確かに確認し。

その言葉が頭を掠めた次の瞬間、ナーガを中心に周りの大気が震えた。


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