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第四十四話 ピクニックに行きたいか!

出資者方々の工場見学も終わり、皆で昼食を取った後、とりあえず今日の所は解散となった。

アランとルークは一旦家に戻り、俺の立てた計画をベースに今後の展開を精査するらしい。

アランは商人としては一流なので、俺なんかよりもよほど良いプランを立ててくれる事だろう。


「そうでしたノア様、大切なものをお渡しするのを忘れておりました」


そう言ってクローディアがどこからか取り出したのは、大きく膨らんだ皮袋だった。

中を見てみると金貨が随分と詰まっている。


「お父様とマリアと私からの投資金です。全部で金貨五〇枚あります、こちらをどうかお収め下さい」


「そんなにですか! ありがとうございますクローディア様、早速証文を発行しますので少々お待ち下さい」


以前話していた投資金を持ってきてくれたようだ。さすがは王族というべきか、金額が半端ではない。

三人分の金額で、既に工場稼働時の資本金を超えてしまっている。

元いた世界の株式会社だったら経営権を握られてしまうところだったが、ここではそこまで細かい出資者の権利は決めてないのでセーフだ。

もっとも、経営にはマリアベルを始めとした王族と、国内の有力貴族であるエスカリオ家が関わってしまっているので、既に俺はお飾り社長のようなものだが……


俺は証文の作成をシエルに頼もうと振り返ると、既にテーブルで証文を書き終えて羊皮紙を乾かしてるシエルがいた。

相変わらずの有能っぷりだ。


「ノア殿、シエル殿に私の店で働いていただくことはできませんかね……」


シエルの無駄のない動きを見たアランがそのような事を耳打ちしてくる。

答えは当然ノーだ、シエルがいなくなったらこの家は数日で荒れ放題になるだろうし、食生活も貧しいものになってしまうだろうからな。

俺の返答にアランはがっくりと肩を落とす。


「そう言えばアラン、あの金貨持って帰るんだろ?」


今までの余所行きの言葉と違い、砕けた感じでアランと会話をする。

先程の食事会の際に、マリアベルとざっくばらんに話す俺を見たアランに、自分への畏まった口調を止めるよう言われたのだ。

何でも、俺のほうが年上でかつ、主君と同等に会話しているのに、その臣下である自分に畏まられると立つ瀬がなくなるとのことだ。

俺がこうなのは相手がマリアベルだからなのだが、相手が普段通りで良いと言っているところをわざわざ断る必要もないので、アランとはマリアベルと同じように話す事にした。

当然ルークも一緒だ。


アランはテーブルの下に放置してある大きな皮袋を見て「ああ忘れていた」というような顔をする。

金貨五〇〇枚が入った袋、要するに五億円相当の金だ、それをそんな雑な扱いでいいのか。

金持ちはこれだから……と呆れる俺に、アランは予想をさらに上回る事を言ってのけた。


「それは差し上げます、ノア殿への投資枠に含めてしまうと国王陛下の顔を潰してしまう事になりますので、それとは別口で……じきに必要となるであろう工場の拡張などにお使い下さい」


「はあ!?」


「先行投資ですよ、ノア殿の事業はこのまま進めば行く行くはエスカリオ家にも富をもたらしますので。

それにこれ以上シエル殿に活躍されてしまうと、色々とよろしくありません。

その代わりという訳ではありませんが、次の工場を作る際や、まとまった資材をご利用になられる場合はまず私にご相談下さい。

よろしければ人材の確保なども行わせて頂きますよ、スラム上がりよりはよほどマシな人間を見繕えます、作業効率も上がると思いますが」


つまり当面の運転資金を出すので、何かあった時はエスカリオ家の息のかかった店を使えという事らしい。

これに関しては全く問題は無い、むしろ俺の理解の及ばない領域を、その道のプロであるアランが管理してくれるならそれに越したことはないのだ。

しかし、こんな大金をホイホイと受け取ってしまって良いものだろうか……


「金を出してもらえるのはありがたいが、流石に額が大きすぎるだろう、普通の人間が余裕で一生遊んで暮らせる額だぞ

俺が工場やら何やらを放り出して金を持ち逃げしたらどうするんだ」


いくら共通の秘密を持った仲間だとは言え、俺とアランは今日初めて会った人間同士だ。

さすがにこの大金を急に預けるのは、商人として早計ではないかと思ってしまう。

しかしアランは俺のそんな疑問を笑い飛ばした。


「ノア殿は逃げませんよ、いえ、逃げられません。貴方達が安心して暮らせる国など他に無いのですから。

理解のある王族に囲われ、今また貴族である我々の理解も得られた、この状況を金貨五〇〇枚程度のはした金で投げ捨てる愚か者がいたら見てみたいものです」


“何の理解”とは言わないものの、アランが何を言いたいのかは良くわかった。

確かに俺には今のこの環境を捨てる決断はできない。少なくとも金があるからどうこうという話しではない。

“魔族に対しての理解”それはこの世界では、金で買えるようなものではない。

今この状況は、様々な偶然が重なった上で起きた奇跡みたいなものだ。

例えこの先いくつの国を回った所で、ここまでの良い状況を得ることは恐らく出来ないだろう。


「分かった、何かあったら一番に頼らせてもらうよ。だが人材はこちらで見つけるのでいい、この部分は譲れないところなんだ、済まないが……」


「経済的弱者の救済と、犯罪の抑制、そして人々に希望と活力を……という所でしょうか」


「分かってるならいじめないでくれ」


「失礼、ノア殿の目的を確認したかっただけです。それではその金は好きにお使い下さい」


「ああ、そうさせてもらうよ、ありがとう」


金を稼ぐという事はもちろんだが、それ以外に俺の一番の関心所だった経済的弱者……つまりスラム街などで暮らす人々の救済を含めた事業、それはアランも理解を示してくれたようだ。

救済といってもスラムの人間全員を俺の工場だけで何とか出来る訳ではないが、まずは自分だけではどうにもならない子供を中心に仕事を与えて行き

スラムの人間でも普通に働けるということを周囲に示していこう、まずはそこから。

そして生活困窮者が減れば、それだけ犯罪も少なくなるし、嗜好品へ回す金も増える。

そうなればほんの少しだけでも、ネルソンや世話になったこの国の人々に恩を返せるというものだ。



皆を見送りに外に出ると、馬小屋の方で白いのと黒いのが戯れているのが見えた。

ユニコーンと黒王だ……仲が良さそうで何よりだが、一体何をやっているんだ。

ちらと皆の方を見ると、マリアベルとアランが何やら今後のことについて立ち話をしている。

少し時間がありそうだったので、ユニコーンを呼びに馬小屋の方へと行ってみた。


ユニコーンと黒王はお互いの頭を突き合わせながら何やら足を踏み鳴らしている。

それだけ見るとなんだか喧嘩しているようにも見えなくはないが、こいつらの喧嘩がただ頭で相手を押すだけの筈がない。


「おい、マリアベル達が帰るようだぞ……何やってんだ」


近付きながらユニコーンに声をかける。

俺の声が聞こえたのか、ユニコーンは黒王から頭を離してこちらを見た。


『ああ、もうそんなに経ったのね』


「求愛行動か?」


『……違うわ、この子の訓練を手伝っていたのよ。この子、力はあるけど使い方が全然なっていないでしょう。

いつかみたいに力任せにマナを開放して、あっという間に息切れしてたらこの先生きのこれないわ、だからマナの上手な使い方を練習していたのよ』


「魔法の練習が頭でどつき合う事なのか?」


『こんな所で魔法をバンバン飛ばすわけに行かないでしょう、だから頭の先に魔法で力場を作って、お互いに押し合っていたのよ。

力が足りなければ押し負けるし、余計な力が入ればすぐにバテちゃうから、長く細くマナを使い続ける練習ってところね』


なるほど、よく分からん。

とにかくユニコーンは黒王に魔法の稽古を付けていたという事だな。

俺がいい加減に頷きながら適当に分かったふりをしていると、ユニコーンは呆れたような目で俺を見つめている。

その後ろでは、黒王が疲れたように座り込んでこちらを眺めていた。


『全く、誰の為にやっていると思っているのかしら……あら』


ユニコーンは、やれやれと言ったように首を振って小言モードに移行しようとしていたようだが、何かを見つけたようで首を俺の来た方向

つまり俺の家の方向に向けた。

その動きに俺もつられて後ろを向く、するとそこには、こちらに小走りで駆けてくるクローディアの姿があった。


「クローディア様、どうしたんですか?」


「ああ、ノア様……いえ、マリア達が話し込んでいたので、私はユニコーン様をお呼びしようと……」


少し歯切れが悪いような気もするが、クローディアはユニコーンを迎えに来たようだ。

走ってきたせいか、少し息が荒く、こうして話している間も胸が小刻みに上下している。

そこまで急ぐこともないと思うのだが……まあ眼福だからいいけど。


「ユニコーンも用事が終わったようですので、いつでも出発できると思いますよ」


俺はユニコーンを見てそう、クローディアに伝える。

ユニコーンは隣でバテてる黒王と違っていつも通り毅然と佇んでいる、すぐに動いても問題ないだろう。


「ユニコーン、姫様のお帰りだ、しっかり送っていけよ」


『それは良いけど、貴方、私には態度が大きいわね、もう少し年上を敬いなさい』


「分かってる分かってるって、ユニコーンには感謝してるよ、後で来た時に干し草やるから」


『貴方……まあいいわ、で、姫様は連れて行っていいのね』


ユニコーンがクローディアの方をちらっと見た後に俺にそんな事を訪ねてくる。

何を言っているんだ、そんなの良いに決まっているじゃないか、ただでさえ馬小屋なんて場所に似つかわしくない人なんだから。

俺がそう言うと、ユニコーンは諦めたような顔をいて首を振った。


『貴方、オスとしてもダメね……本当に彼女が私を呼ぶためだけにここまで来たと思っているの? 走ってまでして』


どういう意味だ?

ユニコーンが言った言葉の意味を考え、そして何もそれらしい心当たりが無くて首を捻ってしまう。

そんな俺を見て、クローディアは若干悲しそうな顔をした。


『ハァ……この間約束してたでしょ……』


約束……? 俺が王女様と何か約束なんて畏れ多いこと……


そこまで考えた所で、あの夜の事が脳裏を掠めた。

そうだ! ピクニックだ! ピクニックに行こうって誘ったんだ。

俺はゆっくりとクローディアの方に顔を向ける。

クローディアは若干泣きそうな顔をして俺の方を見つめていた。


ピクニック……ものすごく期待されてた。


いやだって王女様が一般人のしかもオヤジにピクニックに誘われていいよーとか社交辞令だと思うよね普通。

後でその気になって誘ったら、えー社交辞令真に受けてやんのキモーイとか言われちゃうと思うでしょ普通。

心の中でそんな言い訳を吐いた後で、もう一度クローディアを見る。


「……すいません、忙しくて忘れてました」


『最悪ね』


口元に手を当ててうるうるしている顔を見たら、小手先の言い訳なんて全て飛んでしまった。

今の今まで忘れていた事は事実なのだ、こうなればありのまま話して謝るしか無いだろう。

案の定、ユニコーンからは間髪入れずに的確な罵倒の言葉を頂いた。

だがこれで終わるわけにはいかない、クローディアとピクニック、この素晴らしいイベントをお流れにする訳にはいかない。


俺は勢い良くクローディアの目の前に移動し、その両手を掴んだ。

大胆かつ不敬だとは思うが、勢いで失態を有耶無耶にし、この場でスケジュールを組んでしまうのだ。


「クローディア様、行きましょう! ピクニック!」


「え、え、あの……ノア様、お忙しいなら……」


「いいえ忙しくないです! 今までは忙しかったですが、これからは忙しくないです!

むしろ忙しいとか関係ないです、俺は行きたい、クローディア様とピクニックしたい!」


「あ、あの……あの……」


急に手を掴まれ顔を真っ赤にしながらしどろもどろになるクローディア。

よし良いぞ、珍しく予想通りの展開だ。


「行きましょう、すぐに行きましょう!」


「ご迷惑では……」


「そんな事ありません! 楽しみで楽しみで仕方ありません!」


掴んだ手を胸の位置まで上げ、クローディアの目を見て訴えかけた。

その姿勢のまましばらく停止してクローディアの出方を待つ。

しかし冷静に考えると大胆なんてものじゃないなこれは、不敬罪で死刑とか言われても仕方ないんじゃないだろうか……



「ふふ、うふふふふ」


十秒程度見つめ合っていると、不意にクローディアの顔が綻び、そしてくすくすと笑いだした。


「ふふふ、そんな、必死にならなくても……ノア様がお忙しかったのは存じております、怒ってなどおりませんよ」


「あ、いや、忘れてたのは事実ですので、ほんと何でこんな夢のような話を忘れてたんだろうと不甲斐ない限りです」


「ふふふふ、そうですか、私も楽しみにしていたのですよ。ノア様が覚えていらっしゃらないようでしたので少しだけ悲しかったですが」


「面目ない……」


クローディアはその後ひとしきり笑い終えると、何か思い出したようにもじもじとしだした。


「あの、ノア様……お手をそろそろ」


そこまで言われて、ずっとクローディアの手を握っていた事を思い出した。

そう意識しだすと、とたんにクローディアの手の感触が鮮明に感じられてくる。

それはとても細く、スベスベとしてい柔らかい手だった。正直ずっと触っていたい。


「あの、ノア様、お手を……」


何度目かの訴えではっとなり手を放す。

随分と長いこと触っていたようで、手を放した後もクローディアの手の感触が俺の手に残っていた。


「す、すいません」


「いえ……」


クローディアは離された手を擦りながら、小さく息をついた。


「次の晴れの日に……しませんか?」


消え入りそうな声でクローディアがそう提案する。

勢いでこれからと言ってしまったが、それだと確かに準備に難があるな。


「……お弁当も、作っていきたいので」


「お弁当? クローディア様のですか? 必要なものはこちらで用意しますよ」


「いいえ、作りたいのです……お弁当」


なんて事だ、王女様が弁当持参でピクニックとは……素晴らしいじゃないか。


「分かりました、では次の晴れた日にしましょう。お迎えは……」


「ユニコーン様にこちらまで送って頂きます」


「分かりました、楽しみにしています!」


そこまで話した所で、向こうからマリアベルの大きな声が聞こえてきた。

どうやらアランとの話が終わって、こちらで内緒話をしている俺達を見つけたらしい。


『話はまとまったのね? それじゃあマリアベルにあれこれ聞かれる前に行くわよ』


今にもこちらに走ってきそうなマリアベルを見て、ユニコーンは素早くクローディアを背中に乗せ、マリアベルの待つ方へと向かう。

途中、クローディアが俺の方を振り返り小さく手を振ってきたので、俺も手を振り返す。

その様を見てクローディアは嬉しそうに微笑むのだった。



――――



それから数日が経ち、待ちに待った雲一つない快晴の日を迎えた。


季節は晩秋。

この辺りの地域では冬季に雨量が上がるらしく、あれから優れない天気が続いてやきもきしたが今日なら大丈夫だ。

これだけ晴れていれば野外でもさほど寒くはないだろう。

目が覚めて一番に天気の確認を行った俺は、早速一階に降りてシエルに弁当の準備を頼むことにする。


「シエル、弁当の用意を頼む」


「ご用意出来ております」


シエルがそう言って指を向けた先には、ツルを編んで作った大きめのバスケットが二つ並んでいた。

いつものことながら仕事が早すぎる、非常にありがたくはあるのだが、余りにも気が利きすぎていて、そのうちシエル無しでは何もできないダメ人間になってしまいそうで少し怖い。


「ちなみにこのようなものも作っておきました」


そう言ってシエルが取り出したのは、太めの麻紐を編んで作ったと思われる大きな四角い布だ。

何に使うんだろう?


「野外でお食事をされる際に、こちらを下にお敷き下さい。

今日は晴れているとは言え、昨日までの天気がありますので地面が湿っているかもしれません、本日のお相手様は高貴なお方、この位の気配りは必要ではないかと」


そう言われてピンとくる、これは茣蓙……要するにキャンプシートか。

確かに野外で食事をする際にはあったほうが良い。

こちらの世界に来てからと言うもの、こういうお上品なものには全く縁がなかったので、すっかり失念していた。

以前は地面に直接座ることすら抵抗があったはずなのに……慣れとは怖いものだ。


「ありがとうシエル、助かるよ」


「お役に立てたようでしたら幸いでございます」


改めてシエルの気配りと、自分の気の利かなさを噛み締めた俺は、他に何か忘れ物がないかチェックする。

何と言っても今日の相手は王女様なのだ、しかもいつも相手してる飛んだり跳ねたりの方ではない、正統派お姫様なのだから。


「随分と気合が入っておるではないか主よ」


持っていくものをチェックしている俺の後ろからフェリスの声がする。

振り向くとそこには微妙に面白くなさそうな顔をしているフェリスとユミナがいた。


「やあ、おはようフェリス……どうしたんだ」


朝の挨拶をするが、フェリスの顔が晴れない。

機嫌が悪いのだろうか……もしかしてあの日と言うやつか。

だがしかし、子が作れないヴァンパイアにあの日なんてものはあるんだろうか。

そんな下世話な事を考えていると、フェリスが若干不機嫌そうに口を開いた。


「何でもない、王女と出かけるともなれば浮かれてしまうのも分かるが、くれぐれも粗相のなきようにな、シエルもであるぞ」


「ご主人様、シエルさんばっかりでずるいです」


明らかに機嫌が悪い、しかも何か微妙に誤解が混ざっているような気がする。

いつもは不満など殆ど漏らさない二人が、俺とシエルを交互に見ながら口をへの字にしている。

何故だ、何かまずいことをしたか?

確かに昨日はシエルの布団に潜って寝たが、その件については話しが付いているはず……


「まあ良い、では行くとするかユミナよ」


「……はい」


原因に当たりが付かず戸惑っていると、フェリスは口をへの字にしたままユミナを連れて外に向かう。

ここに来てようやく俺は違和感の正体に気づいた。

そして同時に、そんな馬鹿なとも思ったが、よくよく考えてみれば俺は今日の事をこの二人に話していなかったのだ。


「ちょっと待ったフェリス、ユミナ」


二人が玄関の扉に手をかけた所で声をかけて呼び止める。

そうだ、この二人は今日もいつも通りに城に向かうつもりだったのだ。

俺は急いで二人に駆け寄り、今日の予定を伝える。

ピクニックへはフェリスとユミナを連れて行く事をだ。



「主も人が悪い、そのような事を隠しておるとは」


事情を説明した後、俺達は黒王の引く馬車の中に必要なものを詰め込んでいた。

フェリスとユミナも、先程の様子とは打って変わってニコニコと上機嫌だ。


「済まなかった、ここ最近忙しくてちゃんと話せてなかったな」


「仕方なかろう、妾達も最近は帰りが遅かったからのう」


「今日の朝、シエルさんがお弁当を作っていたので聞いたら、王女様とピクニックなんだって聞いて

てっきりシエルさんを連れて行くんだって思って……嫌なことを言っちゃってごめんなさい」


フェリスもユミナも、今日はシエルを連れて行くと思っていたらしい。

だから朝から機嫌が悪かったのだろう。


「いいよユミナ、俺の方こそ大事なことを話せて無くてごめんな」


若干涙目になってきたユミナを軽く抱いて背中を叩いて落ち着かせる。

確かに忙しくはあったが、それでもこの程度の事を話せない程ではなかった。

この二人なら言わなくても分かるだろうという甘えが俺の中にあった為に、小さな事として流してしまっていたのだ。

その結果がこの誤解に繋がった。


今回はまだこの程度で済んだから良い。

しかしこの先この甘えが過ぎれば、きっと良くない不和が起こり得る事だろう。

これ以上無い信頼を寄せているこの二人でさえそうなのだ、コミュニケーション不足というのは本当に恐ろしい。

これくらいなら良いだろうというのはダメなのだ、これからはもっと事の大小に関わらずしっかりと話をするようにしなければ。


そこまで考えて、ふとおかしくなる。

こんな事は以前……元の世界にいた頃には考えもしなかった事だ。

コミュニケーション、いわゆる「ほうれんそう」と言われるものだが、会社員だった頃はそれを煩わしく思っていたものだ。


まさか俺がコミュニケーションなんてものを意識しだすようになるとは……


「ご主人様?」


こぼれた自嘲気味な笑いを聞き取ったのか、ユミナが腕の間からこちらを見る。

いつも通りかわいい、かわいい俺のユミナだ。

何も言わずに、ユミナの唇に軽く口吻をし、びっくりさせたところで抱いている腕を解いた。

そして馬車の方に振り返って作業の続きを促す。


「さあ、クローディアが来る前に準備だ」


「こんな朝っぱらから王女を呼び捨てとか、不敬ね!」



唐突に聞こえた声に、しばし固まる。

声の主を探して前方を確認するが、そこには黒王と、物欲しそうに順番待ちをしているフェリスしかいない。

というかフェリス、何やってんだ……


「わ、妾にもぎゅーしてほしいのじゃ……」


消え入りそうな声でそう呟くフェリス。

分かっている、分かっているがちょっと待ってくれ、今何か聞こえた。


さらに一八〇度回転し、家の入口の方を見る。

白い角の生えた馬と、何人かの人間がそこにいるのが見える。

考えるまでもない、この辺で白い角の生えた馬に乗れる人間なんて限られている。

もう来たのか、まだ朝だと言うのに。


俺は急ぎユニコーンのいる場所へと向かう。

途中でちらと後ろを振り返ると、まるで捨てらてた子犬のような顔をしているフェリスが見えた。

すまない、後で埋め合わせはするからな。



「遅いわ、主賓を待たせるなんてどういうつもりかしら」


到着早々マリアベルのからかうような声が飛んでくる。

まあ多分来るんだろうなとは思っていたがやはり来たな、飛んだり跳ねたりする方の王女様が……


「何よ、不満そうじゃない」


「いいえとんでもございません第二王女様、お早いお着きで、さあ勝手に家の中ででもくつろいでいて下さいな」


「もの凄くどうでも良さそうに言わないでよ!」


いつもの掛け合い、ある意味様式美となったその様子にほっとしながらも、回りにいる人間に目を通す。

ユニコーン、クローディア、マリアベル、後は後ろにカタリナとガドラスとカーナ、アリス……何だこの組み合わせは。

そしてカタリナの数歩後方で俺達全員を視界に収めている三〇歳くらいの黒髪を長く伸ばした男が一人、この人は初めて見る顔だ。


「随分と個性的な面子で来たな……」


「はい、彼らは護衛ということになっております」


「息抜きなんだから、あんまり大勢で来られたら興醒めでしょ、だからお父様に言って少数精鋭の護衛をお願いしたのよ」


俺の呟きにクローディアとマリアベルが答える。

確かにガドラスは強いし、カタリナは何やらすごい人の娘だけあって剣技は一流らしいし、カーナはエリート魔術師だし、戦力としては申し分ないと思う。

アリスは……


カーナの隣で果物のようなものをもしゃもしゃ食べているアリスに目をやる。

じっと見ているとアリスもこちらに気がついたようだ。


「にゅわはんほんいひは……」


「食いながら喋るな」


アリスは慌ててもぐもぐを加速させ、食べていたものを飲み込んで俺に簡単な挨拶を行う。


「こんにちはノアさん」


「ああ、久しぶりだなアリス、まだフィガロにいたんだな」


「久しぶりって、この前こっち来たばかりじゃないですか」


魔獣討伐以来だから既に二週間程度経っているが、アリスの中では久しぶりに含まれないらしい。

これだから長寿種族は……


「聞いたぞ、毎日遊び歩いてるみたいじゃないか」


「そそ、そんな事ありません! ちゃんとお仕事もしてますよ、フェリスさんの腕だって私の治療で治ったんですからね!」


ああ、そう言えばそうだった。

フェリスが失った腕は、本来であればフェリスの持つ再生能力で数時間程で治癒するのだが、アリスが治癒師としてバイトを始めるらしいので

その能力を披露するために実験台になったとか言ってたな……

まあ治癒師としては非常に高いレベルの腕前だったらしいのだが、さすがに一瞬で腕が元通りになるわけもなく、結局フェリスの腕が完治するまでに三日かかったらしい。

しかしそれはフェリスが魔族だとバレないようにするためのカモフラージュ的な意味合いもあるので、これ以上突っ込むのは止めておこう。

四肢欠損を治癒できる魔術師という事は、最高レベルの腕前であるということは間違い無いのだしな。


「もう人気すぎて毎日大変なんですから」


「で、その大人気なエルフ様が今日は何しに来てるんだ」


「それはもちろん、こんないいお天気の日にピクニックなんて聞いたらもう付いて行くしか無いですよね、王女様が怪我しても大変ですので、救護班ですよ」


こいつ、本音と建前をミックスして全て口に出していくスタイルか……

見た目は非の打ち所のない美少女エルフなのだが、こんなに残念な奴だったとは。

いや、以前からもしかしたらとは思っていたのだが。


俺は、はいはいと手を降って話を切り上げ、その後ろでこちらのやり取りを眺めている中年男性に目をやる。

……何だろう、身長は俺とあまり変わらないし、なんだか飄々としていてあまり強そうには見えないが、腰に剣を下げている辺り、皆と同じ護衛なのだろう。


「後ろの方は?」


気になった俺はマリアベルに後ろの中年男性の紹介を求める。

そして返ってきた名は意外な人物だった。


「彼がフラガ・シュトエリよ、カタリナのお父さん……あれ、見たこと無いんだったかしら?」


剣神フラガ! この人が!?

誰に聞いてもフィガロ最強の男と名高い千人長の一人、それがこんな普通のおじさんだったなんて……いや、歳は俺と同じくらいだとは思うけど。

って、いやまてよ、カタリナのお父さんだったよな、カタリナは確か二〇歳だったはず、という事は……


「君がノア君かい」


下を向きフラガの年齢を一瞬考え、視線を前に戻すと同時にその声が間近から聞こえた。

気が付けばフラガが目の前におり、俺の顔をまじまじと眺めている。


「陛下から聞いているよ、面白い男だってね。まあ今日は護衛ってことで陛下から頼まれたんでよろしくね」


そう言ってフラガは笑いながら握手を求め手を差し出してくる。

一瞬、ルークと初めて会った時の事を思い出して躊躇したが、まさか王女の前でそんな事はすまいと慌てて手を握り返す。


「ノア・シドーです、よろしくお願いします。巷で有名な剣神殿にお目にかかれて光栄です」


「んな大層なもんじゃないけどね、チャンバラがちょっと人より得意ってだけだよ

あ、さっき紹介あったけど念のため、フラガ・シュトエリね、そこのお嬢さんの父君です」


若干ふざけたような口調でカタリナを顎で指して笑う。

本当にこう見るとただのその辺にいるおっさんだ、身長はさほど無いが、顔付きは眠そうな優男といった感じで造形的には悪くない。

その辺りはさすがカタリナの父親といったところだ。


「フラガ千人長! 王女の前でふざけないで下さい!」


やり取りを見ていたカタリナがたまらず指摘を飛ばす。

生真面目なカタリナらしく、しっかり公私を分けているようだ。


「堅いこと言うな娘よ、今日はピクニックなんだぞ、楽しくやらにゃあなあ」


「私達は仕事です!」


まくし立てるカタリナの肩をガドラスがそっと叩く。


「も、申し訳ございません」


それに気付いたカタリナは、はっとしたように顔を赤らめ黙り込んだ。


「いいのよ今日は、フラガもフェリスもいるんだから皆休暇みたいなもんでしょ……ってあれ、フェリスは?」


見慣れた光景を見ているような目で流したマリアベルは、フェリスの姿が見えない事に気付いたようだ。

それを見た俺は無言で黒王のいる馬小屋を指差す。

俺の指の動きに合わせマリアベルが目線を向けたその先には


黒王の足元で、捨てられた子犬のような表情のまま体育座りをしているフェリスがいた。


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