第四十三話 騎士という生き方
マリアベルはずかずかと家の中に入ってくると、俺を押しのけてユミナの隣に座った。
ユミナも一緒に長椅子に座りなおすと、シエルが新しいお茶が入ったカップを二つテーブルに追加する。
そうか、シエルはマリアベルが来ているのを分かっていて、台所にお茶を取りに行ったのか……ん? 二つ?
「外にお姉様もいるわ、初めてでちょっと尻込みしてるからエスコートしてあげなさい」
マリアベルはいつもの調子で俺を顎で使う。
一週間程度会っていなかっただけなのに、俺はそのやり取りに懐かしさを覚え、そして少し嬉しくなった。
「早く行きなさいよ!」
「あ、ああ」
俺はマリアベルに促され家の入口まで行くと、丁度中から影になる位置にクローディアとユニコーンが立っているのが見えた。
「おはようございますクローディア様……とユニコーン」
「おはようございます、ノア様」
『私はついでなのかしら』
ユニコーンが不満げな声を上げるがそこはスルーする。
「何でウチに……」
「お父様からの言いつけで、ノア様へお渡しする投資金を持って参りました」
以前ネルソンにお願いした、繊維事業への個人投資の事だろう。
後で誰かに行かせるとは言っていたが、まさか国の第一王女と第二王女を寄越すなんて聞いてない。
「初めはマリアだけ来る予定だったのですが、そのお話を聞いて、私もと無理を言って連れてきてもらったのですよ」
「……無茶をしすぎですよ、途中何かあったらどうするんですか」
「そこはマリアとユニコーン様がいらっしゃるので大丈夫ですわ」
『丘の下までは護衛兵同伴だから大丈夫よ、その辺に抜かりは無いわ』
何て腰の軽いお姫様達だ……マリアベルだけなら分からないでもないが。
しかしわざわざ訪ねて来てくれたのだから無下にも出来ない、それに知り合いとは言え郊外にある一般人の家に王女様が来るなんて通常ではありえない事だ
マリアベルは放っておいても勝手にやるだろうからまあいいとしても、クローディアはしっかりともてなしを行いたい。
俺は以前迎賓館の前で教わったエスコート法を思い出し、クローデイアの手を取る。
「クローディア様、こちらへどうぞ」
「お邪魔いたしますわ、ノア様」
そのまま手を取り、長テーブルまで付き添い、マリアベルの隣に座って頂く。
『まあまあね、物覚えは悪くないようね』
家の外からこちらを伺っているユニコーンのそんな声が聞こえた。
「お前は黒王の相手でもしててくれよ」
『はいはい、適当にその辺をうろついているわ』
そのまま入り口で待たせていると面倒そうなので、短く手を降ってユニコーンを家の前から追い払う。
何かする度にダメ出しされていたらたまったものじゃない。
ユニコーンが黒王のいる馬小屋に向かったのを確認すると、俺はテーブルの方を振り返る。
そこにはまだ椅子から降りて頭を下げているアランとルークがいた。
「……何をしてるんですか」
「な、何って……それはこちらの台詞ですよ」
「ノア殿、これはどういう事でしょうか……なぜ王女がノア殿の家に……」
二人は突然の王女の来客に戸惑いを隠せない様子。
しかしこのままでは埒が明かない。幸いにもマリアベルの乱入で先程まで劣勢だった状況は有耶無耶になった感がある。
中まで入ってきて腰を下ろしているところを見ると、金だけを渡しに来ただけとも思えないので、とりあえず場を整えて様子を見る事にしよう。
「大丈夫ですから、とりあえず椅子に座って下さいお二人共」
「大丈夫って……簡単に言わないで下さい」
ルークとアランの様子を見て、俺は少し意外だと感じていた。
確かに王女が一般人の家に来るなんてそうそう無いとは思うが、この二人は国の大貴族なのだ、そこまで恐縮する程だろうか。
一通り挨拶でもすればいいだけではないのか。
「あの……マリアベル様……」
対応に困った俺はマリアベルに助けを求める、一応他の貴族がいると言うことで余所行きの言葉を使う。
「貴方達、エスカリオ家の者ね、アランとルークだったかしら」
「は、はい! お目にかかれて光栄です、クローディア様、マリアベル様」
「エスカりオ家のアランです、ご機嫌麗しゅう姫様」
「堅苦しいのはいいわ、今日はお父様の使いで来ただけだし、楽にしてちょうだい」
「はい、失礼致します」
マリアベルの声に、アランとルークはぎこちなくも長椅子に座りなおす。
ルークなどは可哀想なくらいガチガチに固まってしまっている。貴族とは言え、十人長という立場ではそうそう王族と話す機会など無いのだろうか。
マリアベルはいつも通り遠慮する気配など全く無く、ユミナとおしゃべりをしたりなどしていた。
ここ……俺の家なんだけどな……
「で、アンタ達、何こいつをいじめて遊んでたのよ」
ひとしきりユミナと話した後、アランとルークに向き直り、マリアベルが先程の話を蒸し返し始めた。
俺はと言うと、何となくアラン達の横に座るのも気が引けたので、一人用の丸椅子を出してテーブルの側面に付いていた。
俺の左手側にはクローディア達が座っており、右手側にはアラン達が座っている。
シエルは俺の斜め後方に立ち、いつものように無表情のまま部屋全体を注視していた。
「いえ、そのような事は……ただ……」
アランは恐縮しつつも、先程あったやり取りをかいつまんでマリアベルに話して聞かせる。
マリアベルは腕を組んでうんうんとその話を聞いていたが、話が終わるとアランとルークに目をやり、少し悪い顔をするとこんな事を言い出した。
「クロウの件はさっき言ったように、コイツの言うとおりなんだけど……私もそこにいたしね」
「姫様がですか?」
「そうよ、私がベンガルドに行った後の事故で、ロシュフォーン内で事件に巻き込まれたのは知ってるでしょ、その時の話よ」
「そ、そうでしたか……」
マリアベルの説明でアランもルークも納得する。
いやもし納得できない点があったとしても、王女がそうだと言っている事をこの場で覆す事など出来ないだろう。
マリアベルグッジョブだ、まさに救いの女神というやつだ。
しかしマリアベルの本当の活躍はここからだったのだ。
「アラン、ルーク、アンタ達は……誰の味方なのかしら」
マリアベルが鋭い目でアランを睨みつける、その口元には笑みが浮かんでいる。
「誰のとは……それはどのような意味でしょうか?」
突然の意図が良く分からない質問に、アランは疑問の声を上げる。
ルークもその言葉の意味が分からないようで、口を噤んでアランとマリアベルのやり取りを見つめていた。
「さっきここに来る途中、丘の下に沢山人が居たわね、あれ、アンタの兵隊でしょ。
コイツ……ノアが取るに足らない奴だったら、工場ごと奪うつもりだったのよね」
マリアベルの言葉にアランの顔が一瞬にして青ざめる。
俺と話していた時は終始感情の読めない笑顔だったが、今は焦っているのがよく分かる。
アランはしばし目を泳がせた後、ごまかしが通用しないと悟ったのか、若干肩を落としつつ口を開いた。
「そ……それは……しかし、伏せていたはずなのですが」
「ユニコーンが見つけたのよ、とは言っても二〇人程度だったし、あれじゃここは落とせないでしょうけどね。
さて何を企んでいたのかしら、少し聞かせて欲しいわね、コイツはこんなんでも一応私の恩人だし、場合によっては私を敵に回す事も覚悟しなさい」
「そんなめっそうもございません、決して姫様に弓を引こうというわけでは……」
「だったら洗いざらい吐きなさい、何でここに来たの? 何が目的だったの? アラン・エスカリオ」
マリアベルに伏兵を見破られ、そしてまた王女が俺の味方であると認識し、青ざめながらしばし黙り込んだアランだったが、決心したように目を見開くとゆっくりと本来の目的を語りだした。
アランの目的は、スラムの子供を集めて作り上げたという工場の確認と、それを実施した俺の素性の確認。
そして、誰も気付かないうちに出来上がっていた工場と従業員寮の秘密を探ることだった。
アランはエスカリオ家の商人として、陸上で行われる取引をメインで仕切っている、それは要するに、フィガロ内で行われている取引の殆どを把握しているという事だ。
そんな中、アランの元には不可解な情報が二件寄せられた。
一つは、そこそこ成功している商人などを中心に、出資の話を持ちかけている男がいるという噂。
そしてもう一つが、誰も気付かないうちに出来ていたという、丘の上に立つ立派な木造家屋二棟の情報。
特に丘の上の家の事に関しては何の情報もなく、大量の木材や大工の動いた形跡もない。
ノアの持つ工場規模の建物を作る際に、人や資材が動いた形跡がエスカリオ家の記録に残らないという事はフィガロではありえない話だ。
さらに詳しく調査してみると、それ以前にも小規模なログハウスや馬小屋などが、誰に知られることもなく建設されていたという事が分かった。
不思議に思ったアランは丘の上の家の事を調べ始めた。その結果出てきたのは、エスカリオ家の情報網を持ってしても正確な正体が掴めない男、ノア・シドーだった。
ノアについて分かった事と言えば、ロシュフォーンのコリーン村出身という情報と、少し前に起きたフィガロ第二王女失踪事件の解決に寄与したという事くらいだ。
しかし当時の状況について、王族に直接話しを聞く訳にも行かない。
大貴族とは言え、王族と日常的に関われるのはアランの父もしくは母くらいのもので、その子息というだけでは、正式な手続きもなしに王族と面会するなどそうそう出来る事では無いのだ。
そしてそのような手順を踏んでいては、このノアという男にたどり着くまでに時間がかかりすぎてしまう。
そんな時に弟であるルークから、ノアの行う事業に必要な出資や販路の紹介の話を持ちかけられた。
渡りに船だと思ったアランは、その申し出を利用する事にした。
ルークの方は何やら色恋が絡んでいるようだが、そこはどうでもいい。とにかくノア・シドーという男が何を考えているのかを早急に調査する必要があったのだ。
そしてもしノアが危険な男であった場合に備え、事前に調査した丘の上の家に滞在している人間を制圧する為に、必要十分と思われる兵力を揃えて今日という日を迎えたのである。
それは奇しくも、株式会社シドー縫製の操業開始日だったという訳だ。
「当初私が調査した限りでは不安要素が多く、この目で確かめる必要があると思い今日ここに参じました。
もちろん、面談の結果ノア殿の素性に不審な点がなければ、そのまま引き下がるつもりだったのです」
アランは説明をし終えると、若干緊張した面持ちでマリアベルを見つめる。
「……そう、たしかにコイツは良く分からない事をするから、外から見ると意味不明よね、王国貴族としては正しい対応よ、ご苦労様」
「ご理解頂けたようで何よりです、姫様」
「じゃあ私が保証してあげる、コイツはヘタレで変態だけどそんな危ない奴じゃないから大丈夫、これで調査はお終いという事よね、下がっていいわよ」
「な……い、いえ……それは、今の段階ではまだ早計ではと……」
「何よ、私の保証じゃ足りないっていうの? ねえ、姉様?」
あまりにもあっさりと俺の身分を保証するマリアベルに、アランも面食らっているようだ。
調査内容が理解されたということで、ここから仕切り直して畳み掛けるつもりだったのだろうが、アテが外れて目を丸くしている。
そんな事をお構いなしにマリアベルは隣にいるクローディアに話を振る。
「はい、ノア様はとても信頼できるお方ですので大丈夫です、このクローディア・フィガロの名でその身分を保証致します」
クローディアはいつものように優しげな笑みを浮かべたまま、はっきりとそうアランに伝えた。
それを聞いてアランの顔がさらに蒼白になる。
素性の分からぬ男を、国の王女が二人揃って身分保証するという前代未聞の事態に、アランもルークも驚いているようだ。
「姫様がおっしゃるのでしたら」とルークは引き気味だが、アランはまだ何かを考えている様子。
俺はと言うと、既に自分の出る幕は終わった事を痛いくらいに感じていたので、黙って紅茶のお代わりなどをシエルに頼んでいた。
胃の痛い展開の連続に、ユミナを撫でて癒されたかったが、生憎とユミナは俺から一番遠い位置に行ってしまっている。
そしてマリアベルの毅然とした態度を羨望の眼差しで眺めていた。
手の届く範囲にいるのはクローディアだが、さすがにこちらは撫でる訳にはいかない、同じ過ちは繰り返さないのが大人というものだ。
「で、ですが姫様、私にはどうしてももう一つ確認しなくてはならない事があります。
この工場、これほどの建物を、ノア殿はどうやって我々の気付かぬうちに建てたのでしょうか。
これだけの資材の流れを我々が見落とすはずがありません。仮に我々の知らぬ間に国外の資本が入っていたとなればそれは大きな問題です。
どうかそこだけは確認させて頂きたい」
意を決したようにアランはマリアベルに嘆願する。
王族が良いと言っている事に反抗するなど、本来であれば一貴族の子弟が行うことではないが、それでもアランはこの件を有耶無耶にしたくないようだ。
商業系貴族として国内資本をコントロールしているというプライドからだろうか。
それを聞いたマリアベルは頭を下げているアランを見て口の端を吊り上げて微笑む。
とても悪い顔だ「よしよし」という心の声が聞こえてきそうだ。
「なら先程の話に戻るわ、貴方は誰の味方なのかしら」
「私はフィガロ王国に忠誠を誓っております。貴方様を裏切ることは決してございません」
「そういう建前はどうでもいいのよ、アンタは誰の下で死にたいのかって事を言ってるの、分かるでしょう?」
もはや圧倒的だった。
今この場はマリアベルの独壇場だ。
彼女は自分の持つ地位や権力や魅力、そういったものを全て漏らさず把握し、巧妙に操り、この場を支配していた。
アランがつばを飲み込む音が聞こえる。
彼もやり手の商人として貴族として、一癖も二癖もある人物だったが、ここに来て圧倒的な力の差に抗う術を見出だせないでいるようだ。
長い沈黙が流れる。
シエルが何度めかの紅茶の入れ替えを行い、それに俺が口をつけた所で、マリアベルは「仕方ない」と言うように息を吐いた。
「この場で聞いたことを全て忘れて回れ右しなさい、覚悟の無い者はいらないの」
マリアベルの言葉に、アランの肩がビクッと揺れ動く。
アランは唇を噛み締め、何かをずっと考えているようだった。
「わ、私は……」
沈黙を破ったのは意外にもルークだった、出番は終わりだとばかりに隅で小さくなっていたルークだったが
ここに来て何か意を決したような顔つきで椅子から立ち上がった。
「私は、もし許されるのであれば……ク、クローディア様の元で死にたいと思います!」
アランは驚いたように隣のルークを見上げる。
名指しされたクローディアは表情を崩さず、いつもの微笑みの顔のままだ。
それから一呼吸置いて、マリアベルが口を開く。
「アンタそれ、言ってる事の意味分かってるのよね?」
「はい! 私は、商才もなく、兵士としても未だ未熟者ですが、今この時間がどういうものなのかは理解できているつもりです。
私は、クローディア様の為に戦い、クローディア様の為に死にたい、ここでそれを宣誓する事をどうかお許し下さい」
「だそうよお姉様」
クローディアはルークに目を向けるが、その表情にはほんの僅かな困惑が含まれていた。
「ルーク様、私は来年の春には……それはご存知でしょう?」
「はい、存じております。だからこその今なのです」
「……分かりました、宣誓をお受けいたします」
そう言うとクローディアは立ち上がり、少し開けた場所へと移動する。
ルークも立てかけてあった剣を取り、クローディアの前で跪いた。
そしてゆっくりと鞘から剣を抜き、両手で柄と剣先を両手で支えると、それを高く掲げる。
「私、ルーク・エスカリオは、今この時より貴方様の剣となる事をここに誓います」
ルークの宣誓が終わると、クローディアは差し出された剣の中心に手のひらを当てる。
「ルーク・エスカリオ、貴方を私の騎士として認めます。
その剣は正しき者を守るために振るわれ、決して折れる事はありません」
クローディアが剣から手を放し、ルークはゆっくりとまた剣を鞘に戻す。
そして差し出されたクローディアの左手の甲に口吻を行った。
「それではルーク、これから宜しくお願い致しますね」
「はい、この命尽きるまで」
時間にして一分程度、本当に宣言しただけの一連の動作が終了した後、クローディアは元の席に戻り、ルークはしばらく感無量と言った様子で天井を仰いでいたが
しばらくすると再びアランの隣に戻ってきた。
一体今の儀式めいたものは何だったのだろう……騎士と言っていたが、フィガロには騎士という役職は無いはずだ。
俺が先程の行為の意味が分からず首を捻っていると、それまで黙ってルークを見ていたアランが意を決したように立ち上がった。
「私は、マリアベル様に全ての忠誠を捧げることをお誓い致します」
アランがマリアベルに最上級の忠誠を誓ったのは、その直後の事だった。
長い化かし合いの時間は終わり、気が付けばエスカリオ家の次男と三男は、クローディアとマリアベルに取り込まれていた。
アランとルークが非公式ながらも王女の支持者となった事で、色々と隠していたことに関しての話し合いが持たれ
その一環として工場建設の謎を実演してみせるという事になったのだ。
今は丘の工場がある更に先の林で、シドー家きっての謎魔法の使い手がその技を披露しようとしている。
「それでは僭越ではございますが、シドー家筆頭土木魔術師である私の技をご披露させて頂きたいと思います……ノア様の妻です」
不自然な妻アピールを行った後に、シエルは加工する木を選んでいく。
「初めます、危険ですので下がったままお待ち下さい」
そう言ってシエルが手を横に振ると、数メートルもある木が音もなく根元から切断され倒れていく。
次に倒れる木が地面に落ちる前に何かに支えられたように空中で停止し、木の皮が次々と剥がれていった。
「加工します、まずは水抜き、次に材木の生成です」
シュボっというくぐもった音が聞こえたかと思うと、次に木材がどんどん切断され、角材に変化してく。
空中で一瞬にして生木が立派な建築材に加工されていった。
その様子を、アランとルークは顎がはずれる程大きく口を開けて眺めていた。
マリアベルは感心したようにうんうんと頷き、クローディアは笑みこそ崩さなかったが、若干顔が引きつっていた。
無理もない、俺も初めて見たがこれは反則だ。
シエルが十人いたらこの国には普通の人間が行う仕事が何一つ無くなってしまうのではないか。
「以上でノア様の妻である私、シエル・シドーによる木材加工実演を終了致します、ご清聴ありがとうございました」
不自然だった妻アピールが、若干修正されて盛り込まれつつ、実演は終了した。
皆言いたいことは様々だったが、とりあえず拍手しなくてはならないような謎の衝動に突き動かされ、それぞれがおざなりな拍手を行う。
その様子を見て、シエルはとても満足そうに頷き、うやうやしく皆に向かってお辞儀をしていた。
「……あれは、まずいなんてものじゃありませんよ」
「そんな事は分かってるわ、だからアンタ達を引き込んだのよ」
シエルの謎魔法による木工実演が終わった後、俺達は再び家の中に戻りテーブルを囲んだ。
皆、シエルの謎魔法を見て興奮しているようだ。
俺はそれなりに見慣れているので、こういうものかという程度だったが、他の人間の評価は違う。
「彼女のあの魔法……なんでしょうか……あれが外に漏れたら大変な事になる」
「シエルが何人かいればこの国の一般人が行う仕事が無くなるわね」
「そもそも彼女は何者なのですか、あんな魔法見たこともないし、土木魔法なんてカテゴリは聞いたことがありません」
「自分でノアの妻ですって言ってたでしょ、彼女、紅茶淹れるのがとても上手なのよ」
「そういう事を言ってるんじゃありませんよ」
「分かってるわよ」
俺の目の前で、次々と激論が飛び交っている、喋っているのは主にマリアベルとアランだ。
マリアベルはアラン達を引き込み、そして俺達の秘密の一部を見せた。
結果、アランは自分が抱いていた疑問の答えを得ることが出来たのだが、それは更なる苦悩に繋がる道だったのだ。
「とにかくアランの疑問はこれで晴れたでしょ、私が言いたいのは、これ誰にも言っちゃダメよってことよ」
「言えませんよこんな事、彼女はやはり……」
魔族なのでしょうかと続けようとして、アランは言葉を飲み込む。
言っても仕方のない事だし、それを確認することはこの場では何の意味も持たないからだ。
「ノアもよ、アンタ、何でもシエルに頼りまくるの止めなさいよ。
こういうところから色々と綻びが出るんだからね、それにシエルが何でもやっちゃったらお金回んないでしょ、それじゃ意味ないのよ」
「す、済まない……分かってはいたんだけど、工場まではどうしても金が出なくて」
「次からは先に私に相談しなさい、お金の話くらいなら何とか出来るから」
「ごめん……」
シエルの手を借りてばかりではいけないと言う事は分かっていた。
しかし、マリアベルとは直前に喧嘩別れしてしまっていたので、とうとう最後まで相談することが出来なかったのだ。
この事業は俺のためでもあるし、フィガロのためでもある、だからフィガロの人間達を極力使っていかないと意味がない。
分かってはいたのだが、楽な方法を選択してしまった。
まさかそこから俺達の動きを疑問視されるとは思わなかったが、それも俺の見立てが甘かったせいだ、これからはさらに注意しなければならない。
「まあ……あの状態からここまでやってのけた事は評価してあげるわ」
「え?」
「良くやったって言ってんの、アンタにしては上出来よ」
不意にマリアベルからかけられたその言葉を、俺は褒め言葉だと認識するのにしばらくの時間を要した。
よく分からずに呆けていると、クローディアが楽しそうに口を押さえて笑い出す。
「ノア様の家から帰ってきてからずっと、マリアは暇さえあればノア様のことばかり口にしていたのですよ。
何度もこちらに来ようとして、門の前まで行っては引き返して……そんなことばかり」
「ね、姉様!? 嘘よ、そんな事ない! アンタの事なんてちっとも考えてなかったんだから、弓の練習で忙しかったんだから!
そうよ、ユミナのことが心配だったのよ! それだけよ!」
「そうですね」
顔を真赤にして怒鳴るマリアベルを、口元を隠し、笑いながら見ているクローディア。
俺はなんだか気恥ずかしくなりながらも、マリアベルに見捨てられた訳ではなかったという事実に深い安堵を覚えていた。
その後、一通りこれからの事を話し合い、アラン達は俺の事業のバックアップを行ってくれる事を約束してくれた。
ルークは騎士の宣誓をしてからというもの、憑き物が落ちたかのようにスッキリとし、俺とユミナの事も謝罪し、ユミナの剣の稽古をこれからも続けることを約束してくれた。
そして次に稼働中の工場を皆で見学した。
アランはシエルの魔法で作られた建造物の精密さに驚きながらも、俺の事業を推進するために必要だと思われることをレクチャーしてくれたり
素材や糸の販路、相場といった細かいことも教えてくれた。
マリアベルとクローディアは恭敬訪問という形で子供達の様子を見て回り、その場にいた子供達、エリザベート、カーミラなどと色々話をしていた。
子供達は突然現れた国の王女に驚きながらも、大はしゃぎで色々とお喋りを楽しんでいたようだ。
いつもは強気な女の子であるジャンヌなどは、本物のセレブを前にして感極まったのか大泣きをしてしまっていた。
クローディアに慰められ「立派なレディになってね」と励まされると力強く何度も頷いていた。
「彼女はダークエルフですか?」
近くにいたアランがカーミラを見て俺に尋ねる。
「そうですが……魔族だなんて言い出さないで下さいよ」
「言いませんよ、私は種族で人を判断しません」
「俺の事を魔族魔族言ってたくせに……」
「それは誤解ですよ、私は魔族との取引ルートが欲しかったのです。国力に限界があるこの国が他よりも先行する為には魔族との取引ルートの確立が必要です。
仮にノア殿が魔族だったとしても、私は責めるつもりは無かったんですよ」
「そういうのは先に言ってほしかったよ」
それが分かっていれば無駄な腹の探り合いなんてしなくて良かったのに……
しかし今更そんな事を言っても仕方がない、マリアベルの活躍で話は良い方向でまとまったのだ、今はそれでいい。
「しかしノア殿が王女様とここまで親しかったとは驚きでした。やはり今日ここに来たことは間違いでは無かったですね」
「マリアに首根っこ掴まれたけど、いいんですか?」
「それは望むところです、先程の件で彼女の有能さは良く理解できました。良い主君に仕えることが出来てむしろ光栄ですよ」
「……先程のルークがやってた騎士の宣誓っていうのは?」
「ああ、あれは古い様式で、生涯の主君を決め、その方の剣となり盾となり命を捧げるという……言ってしまえば騎士の覚悟を示す古い習わしですよ。
今では軍隊も組織化され、騎士などと言ったモノも見なくなって久しいですが、たまにああやって誰かのために生涯を捧げる誓いをする者はいます。
そういう覚悟を決めた時に行う儀式なんです。」
「てことは、ルークはユミナからクローディア様に鞍替えしたって事ですか?」
「ははは、そういうレベルの問題ではないですよ、まさに自分の身を生涯、主君を守る為に捧げるという事です。
主君に劣情を抱くなど以ての外ですよ、あくまで騎士は主君の為の剣なのですから。
己を律し、自己の幸福など二の次、主君の命は絶対であるのは当然の事で、命の無い場合でも、何が最も主君の為となるかを常に考え続けるのです。
正直言って茨の道ですよ……もう随分と古い制度ですからね、今の時代には沿わない……ですが弟の決めた道です、私は応援していますよ」
「でも、別に王女様お付になれるって訳ではないんですよね?」
「それはそうです、フィガロ軍内ではルークには十人長という仕事がありますので、基本的にはそのままですよ。
恐らく、クローディア様がラギウスに行かれる際の従者となるつもりなのでしょう。
クローディア様が宣誓を受けたことを認めて頂ければ、優先的に従者となれますからね」
「従者ってそんなにいい仕事なんですか?」
「まさか、ラギウスに付いていくとなれば人身御供と同義ですよ、だから茨の道だと言ったのです」
つまり自己の利益など眼中になく、主君を守るためだけに生きていくという決意をしたという事なのか……正直言って何がルークにそこまでの決意をさせたのかは俺には分からない。
しかしあれからルークは人が変わったように落ち着いている、俺が言うのも何だが、男の顔になったような気がする。
きっと他人には分からない、以前から心に秘めていたような何かがあったのだろう。
ユミナのことで難癖を付けられた時は、どうしようもなく嫌なイケメンという印象だったが、今となってはそれほどの嫌悪は感じない。
俺はそんなルークのこれから先の苦難を思い、心の中でこっそりエールを送った。




