第四十二話 東奔西走
思いつきから始まった俺の案は、ちょっとの覚悟と多大な幸運で手に入れた人脈により、俺が思った以上の速度で走り始めた。
あの日、日が暮れる頃になって帰ってきたフェリスとユミナは、いつの間にか築いていた豊富な人脈により、俺の予想を上回る資金を集めてきた。
フェリスはその強さから一部の軍関係者から絶大な支持を得ており、その周辺を回りつつ金策を行っていたらしい。
特に魔術師団副長のネビルは、フェリスが最初に声をかけたら説明もろくに聞かずに即資金提供を行ってくれたそうだ。
大丈夫なのかネビル、他の変な勧誘に騙されるなよ……
ユミナの方と言えば集めた金額こそそれほどでも無かったが、繊維系の商品を扱う商人や綿花農家、畜産農家などを紹介してもらったようだ。
しかも誰に紹介してもらったのかと思えば、先日俺がひどい目にあったエスカリオ家の三男、ルークからだそうだ。
エスカリオ家の次男が商人として成功しているようで、そちらのツテを使ってもらえるらしい。
フィガロ三大貴族の一角が協力してくれるという事で、非常に美味しい夢のような話ではあるのだが、あのルークの家ということで何となく嫌な予感はする……
しかし今は使えるものは何でも使いたいところだ、贅沢を言っていられる場合じゃない。
俺はというと、まずは皆でサリアのいる雲の丘亭に昼食を食べに行き、いきなりの大人数の来訪でサリアを一通り驚かせた。
子供達は初めての外食で皆浮足立っていたが、シエルが「行儀良くしなければ二度と来る事は出来なくなります」と警告すると皆騒がずに静かに食事を取っていた。
唯一ミルフィオリだけは、最初から最後まで騒がずにしずしずとナイフとフォークを巧みに使って食事をしていたのが印象的だった。
その後は子供達をシエルとメイアに任せ、俺はファムを連れてエリザベートの店に行き、今までの経緯とこれからの計画を話す。
エリザベートはその計画を聞いて大変驚き、次に大絶賛してくれた。
そこでフィガロ商業地区の商業組合の話などを聞いた後、子供達に仕事の仕方を教える技術講師として時間のある時に来てくれないかと誘ったところ、二つ返事で了解を得られた。
カーミラも先日の一件で、俺たちに対してこれまでのような警戒した様子は無くなり、技術講師の話も快く受けてもらえた。
さらに出資者としてエリザベートから金貨三枚を受け取り、細かいことは後日詰めるとしてエリザベートの店を後にする。
次に向かったのがギリアムの中古品店だ。
いつも通り快く迎えてくれたギリアムにこれまでの話をすると、飛び上がってびっくりしていた。
しかしすぐに繊維業の工場化がもたらす影響に気がついたのか、フィガロ王国全体を見た時の流通や線維価格などについて詳しく話してくれた。
それから当面使う事になる糸車や、その他の工場に必要な雑貨、そして羽ペンと羊皮紙など、考えつく限りの雑貨を注文し、その量にギリアムは二度驚くことになった。
何せ中古とは言えベッドを六セット頼んだのだ、無理も無いだろう。
とりあえず近日中に揃えられるものを揃えて連絡をくれるという事になり、ギリアムは終始ホクホク顔だった。
最後に投資の話をすると、その内容を興味深そうに聞いた後に少し考え、何と今注文した設備用品を全て投資とするという事で話が決まったのだ。
さすが商売人といったところか、いち早く投資の仕組みを理解し、さらに金ではなく自分の商品でという辺り無駄がない。
しかも金額にすれば相当なものとなるであろう額を即決で投資に回してくれた辺り、ギリアムはこの計画に非常に興味を持ってくれたようだ。
こうして一日中走り回った後、家に帰ってフェリス達と合流し、子供達を交えて今後の方針を話し合った。
とにかく大変な一日だったが、その後も俺は考えうる限りの知り合いを訪ねて回り、挨拶をして回ったり、特に信用できる人間には投資の話を持ちかけたり
シエルが書いたコピー品と見まごうばかりの、投資者と投資額が記載された証明書……いわゆる株券を配って回ったり
朝起きたら家の隣に出来ていた大型の木造家屋と、その横でドヤ顔をしているシエルに皆で拍手を送ったり
ギリアムの店から皆で色々なものを積んで工場に運び込んだりと
それから数日間はてんやわんやの毎日だった。
そしてこの計画が発足してから一週間が過ぎた……
――――
「それでは……皆、今日まで色々ご苦労様でした、これから株式会社シドー縫製の創業式を始めます」
天気に恵まれ晴れ渡った空の下、工場となるシエルが作った木造家屋の前で、これから従業員となる子供達五人……とエリザベートの弟子一人を前にして俺は声を上げた。
周りにはフェリスやユミナといった家族の面々と、特に何かやると伝えたわけでは無いのに朝早くから駆けつけてくれたエリザベートとカーミラ、そしてギリアムがいる。
ファムは何故か従業員列の中に混ざっていた。
創業式とは言っても別にそんな大した事をやる訳ではないのだが、何となく記念に何か一言言っておきたかったというだけの話だ。
こんな催しなど俺のように何か思い入れがある人間でなければ暇な行事でしか無いのだから……
そう思いながら再び視線を前に戻すと、そこには真剣そのものの子供達の顔があった。
俺はもちろん真剣だった、金もあちこちから出してもらったし、人も集めた、資材も買い込んだ
もう後には引けない、何とか利益を出せる方向に持っていかなければならない、相当なプレッシャーがある。
しかし俺の感覚では従業員は違う、会社が駄目なら逃げればいいだけだ、何の責任も無い。
それが今まで俺の持っていた従業員としての感覚だった。
しかし目の前の子供達からはそういった安穏とした雰囲気を感じない、皆俺と同じように緊張し、何かを覚悟しながらも期待に胸を膨らませている……そんな風に見えた。
俺はそれが、その様子が、なんだかとても嬉しかった。
俺は集まった人々を見渡しながら、ゆっくりと思ったことを口にする。
特に気の利いた口上などは考えていなかったが、ここに来てはそんなもの必要ない。
「今日まで工場の準備作業ご苦労様、皆のおかげで無事に格好だけは整えることが出来た。
皆はこの工場の最初の従業員になる、今は正直まだ右も左も分からない状態だが、俺は何としてでもこれで飯を食っていけるようにするつもりだ。
だが皆は気負い過ぎなくていい、ゆっくり確実に仕事を覚えて、何度も間違いながら、一番自分に合ったやり方を探して行ってくれ」
「はい! 旦那様!」
子供達が声を揃えて返事をする。
この一週間、寝食を共にし、工場を始動させる為に様々な作業を一緒にやってきた。
最初はお互いが疑心暗鬼でぎこちない関係ではあったが、今では随分と打ち解けたと自分では思っている。
一人一人の性格も大体把握し、関係も良好だ、きっとしっかりと仕事に励んでくれる事だろう。
「今日は初日ということで、これから皆に仕事を叩き込んでくれる先生二名がどちらも見えている。
エリザベート先生と、カーミラ先生だ、皆しっかり仕事を教わるように」
「はい! エリザベート先生、カーミラ先生よろしくお願いします!」
俺がエリザベートとカーミラを紹介すると、元気に挨拶を送る。
子供達には空いた時間にシエル式礼儀作法をしっかりと仕込んである、もはやストリートチルドレンだった頃の面影は全く無い。
着ている服が多少しょぼい以外は、皆どこから見ても立派な少年少女だ。
「それでは操業開始!」
「はいっ!」
こうして、フィガロ王国において初の株式会社となる、株式会社シドー縫製の創業が始まった。
創業時点の従業員は俺を含め六名、資本金は金貨四〇枚。
不動産資産は工場一棟と従業員寮一棟。
操業開始して二時間ほど経ち、工場の中では子供達がエリザベートとカーミラに糸の紡ぎ方を教わりながらせっせと練習している。
ファムも微妙に先輩風を吹かしながら皆にアドバイスなどをして回っているようだ。
まあファムのほうが先輩には違いない……一〇日程度だけどな。
当初はアストリア団の誰かに、工場の見張りを頼もうと思っていた。
何と言ってもスラム育ちの子供達だ、手癖の悪い人間がいるかもしれないと考えていたのだが、それは全くの杞憂だったようだ。
今の彼らは俺が会社員だった頃よりも遥かに真面目で情熱的だろう。
「全ては順調といったところかのう」
隣に来たフェリスが、俺と同じように工場で働く子供達の様子を嬉しそうに眺める。
「ああ、皆のおかげだ、フェリス色々ありがとう、おかげでしばらくは金の心配はしなくて良さそうだよ」
「うむ、力になれたのであれば妾も嬉しいぞ」
俺はフェリスの腰を抱き寄せて頭を撫でた。
フェリスも俺の胸に頭を寄せてされるままだ。
そういえば、ここのところ忙しくてろくにかまってやれていなかったな。
そう考え出すと、急にフェリスのあばらが恋しくなり、そのまま手を服の隙間に持っていく……
「おおそうじゃ、そう言えば今日から腕の治療と城の調査をするのであったわ」
俺の手があばらに到達する前に、フェリスはするりと俺の手から逃れる。
「主よ、続きは後でじゃ、妾もそろそろ片腕のない生活は不便になって来たのでのう」
フェリスはそう言っていたずらっぽくウィンクする。
気付かれてたのか……
「気をつけて行ってくるんだぞ」
「うむ、夕食前には戻るのでな」
俺は遠ざかるフェリスに手を降って見送る。
少し残念であはあるが、フェリスも早くフィガロ城を調査したい事だろうし仕方ない。
俺の用事で一週間も拘束してしまったからな。
腕の治療もということは、例の魔獣関連の調査が一段落付いたのかな。
そういえばアリスに最近会ってないな、この前城に行った時は、なんだか城下町に遊びに行ってるとか言ってたし。
ガドラスも忙しそうだし、仕事が始まると色々と疎遠になりがちだな……
「ご主人様ー」
俺がそんな事を考えていると、家の方からユミナが俺を呼ぶ声がする。
そちらを振り向くと、家の前にユミナと、馬に乗った二人の男の姿が見えた。
来客?
はて、他に誰か呼んだ覚えはないが。
覚えはないがとりあえず来客ともなれば家の主である俺が応対せねばなるまい。
何処かで見たことがあるような気がするが……嫌な予感がする。
俺は小走りに家の玄関へと急ぐ。
次第に男の顔がはっきりとしてくると、その一人の男の素性はすぐに分かった。
ルーク・エスカリオ
ユミナの剣術の講師でイケメンでエスカリオ家の三男、そして俺の今最も苦手な男だった。
ユミナがルークと楽しそうにお喋りをしている。
ルークはにこやかにそれに応対しており、俺に向けた敵意など微塵も感じさせない。
そうしていると、ルークの隣りにいた男が俺の接近に気が付き、こちらを向いて礼をしてきた。
すらっとした長身で目が細く、金色の手入れされた髪を七、三の位置で分け後ろに流している。
ひと目見ただけで超絶イケメンだという事が分かる、俺が女なら間違いなく三度見してしまうような、中性的な美しさを持った男だ。
「突然の訪問で申し訳ございません、私はエスカリオ家次男、アラン・エスカリオと申します。以後お見知りおき下さいノア殿」
俺が近くに来るのを待って、優雅な礼をしながら手を差し出してくる。
エスカリオ家の次男という事はルークのお兄さんという事か、ルークといいこの男といいイケメン揃いだなエスカリオ家ってのは。
「ノア・シドーです、ルーク殿の兄君でしたか、ルーク殿には妻のユミナが大変お世話になっております、こちらこそ宜しくお願い致します」
突然の訪問で面食らった感はあるが、ここで怖気づいてはいられない。
俺は努めて冷静を装い対応する。
妻のユミナというセリフを聞いて、隣でユミナがほわわんとした後にシャキッとしているのが見えた、奥さんとしてしっかりしたところを見せたいのだろうか。
その仕草が可愛らしく、思わずほっこりしてしまう。
「ルーク殿も先週以来ですね、今日はこのような場所にどういったご用でしょうか」
次男のアランとはそつなく挨拶を交わせたが、ルークはこちらを見て微妙な顔をしている。
何でこの面子がここに来たのかは良く分からないが、仮にも貴族様のご子息だ、目的が分かるまではそれなりに対応した方がいいだろう。
「立ち話も何ですので、どうぞ中へ」
「失礼致します」
「失礼します」
俺は二人をリビングに通し、テーブルの長椅子に座ってもらう。
アランとルークの対面に俺とユミナが座ると、まるで来るのが分かっていたかのようなタイミングでシエルがお茶を配っていく。
「……ほう、これは素晴らしい」
一礼して戻っていくシエルを見て、アランが感嘆する。
ルークも目を丸くしてシエルの後ろ姿を見ていた。
「あちらの方はどこでお雇いに?」
「ああ……ロシュフォーンの港町で……」
「ノア様の三番目の妻でございます、シエルと申します、どうぞ宜しくお願い致しますアラン様、ルーク様」
シエルのことを聞いているのだろうが、どう言ったものかと言葉を選んでいると、茶菓子を置いたシエルが一礼して妻ですアピールを行う。
「これは……失礼致しました、奥様であらせましたか」
「家事全般を任されておりますので、このような姿で失礼致します」
「いえいえ、とても素晴らしいお手並み、感服しました」
優雅に挨拶を交わすシエルとアランの隣で、ルークが何やらわなわな震えている。
そろそろこちらに来た理由を訪ねようと姿勢を正したところで、我慢できなくなったようにルークが隣りに座るアランに喚き出した。
「兄上、三人……妻が三人もです、これで分かったでしょうこの男の正体が、この男は何らかの手でいたいけな少女を無理やり妻にしているんですよ」
そこまでまくし立てると、ルークは持ってきた大きめのバッグから大きめの皮袋を取り出し、ドシンという重量感のある音とともにテーブルの上に置いた。
何が始まるのかうまく察せず、俺は特に何もアクションを起こせないまま、ルークがテーブルに両手を付いて立ち上がるのを見ていた。
「ノア殿、先日君はユミナさんに金を集めてこいと命じ、あちこち回らせていたようだね。
僕のところに申し訳なさそうに訪ねてきたよ、お金を融通してくれと……君のやりたいことは良くわかった、金が必要だと言うことも理解したよ。
でもこんな小さな女の子に金の無心をさせるという行為が僕は許せない」
唖然とする俺を睨みながら、ルークは一息付く。
隣にいて嬉しそうにニコニコしていたユミナの笑顔が曇り、あれえ? というように首をかしげているのが見えた。
「そこで僕は決心したよ。金は出そう、ここに金貨が五〇〇枚ある、これを君にやる代わりにユミナさんを開放してもらいたい」
ルークはそう言うと、もう一度机を掌で叩く。
俺はと言うと、そこまで聞いてようやく、おぼろげながら事情を理解し始めていた。
こいつ……ルークは俺がユミナを奴隷のように酷使してると思っているんだった。
ユミナはこの前、開業資金を集めるためにルークにこの事を相談したと言っていた。そこで何を思ったか、俺がユミナに無理やり金の無心をさせていると思い込んだという辺りではないか。
いくらなんでもそこまでダイナミックな勘違いをするものだろうかとは思うが、シャーリーも頭を抱えるほどの男だ、そういう事もあるんじゃないかと思うしか無い。
それにこいつ、何だかんだ言っているがユミナにご執心のようだし、もしかしたら難癖つければ俺からユミナを奪えるとか思ってるんじゃないだろうか。
しかし金貨五〇〇枚とは大きく出たな、いくら商業系貴族家の三男とはいえ、こんな額をホイホイ動かせるものなのか、だとしたらすごいな貴族……
次に俺はルークの隣で特に何をするでもなくこちらの様子を伺っているアランに目をやる。
エスカリオ家の次男、なぜこの男が一緒に来たのだろうか、さっきからルークのこの無茶苦茶な言い分をたしなめる様子もなくこちらを見ている。
もしかしてルークと同意見なのだろうか……初対面なのにそんなバカな。
……そういえばルークは商才がなくて兵士をやってるんだったな、という事はこのアランという男は商人なのか。
そう考えると、もしかしてこの金を出したのはこのアランという男なのではないだろうか、ユミナが金策に回った話で、エスカリオ家の次男が協力してくれるとか何とか言ってた気がするし。
いきなりの話で少々面食らったが、そういう事なら答えなど決まっている。
「ルーク殿、確かにユミナを通じて投資のお話はさせて頂いたかもしれませんが、少し話が飛躍しすぎではないですか?
ユミナは私の妻です、それを金で売れと? そんな事はありえません。逆に伺いたいのですが、ルーク殿はユミナが金で買える程度の価値しか無いと考えておいでですか?」
憤りはあったがそれを腹に飲み込み、俺は努めて冷静に返答を返す。
予想外の反応だったのだろうか、俺の逆質問にルークは言葉を詰まらせている。
「だ、だが、ユミナさんに金を作らせて自分はのうのうとその上前をハネていたそうじゃないか、本当に大切ならそんな事は……」
「それは事実ですが、その点については反省しています。ルーク殿に当時の事情までを細かく説明する事は控えさせて頂きますが
その時期を反省した結果、今の私があると考えて頂ければ幸いです」
俺の返答を聞いたルークは、あてが外れたといった表情で黙り込んでしまう。
力も金も無い取るに足らない男、金を積めばどうとでもなると思っていたのだろうか。
だが俺が金でユミナを売ることなどありえない、例えフィガロ城を埋め尽くすほどの金を積まれてもだ、それだけは間違いのない事だ。
「な、なら千枚では……」
「やめなさいルーク、君の負けですよ」
苦し紛れに倍プッシュしようとしたルークに、このやり取りを見ていたアランが初めて口を挟んだ。
「ですが兄上……」
「ルーク、君はいつもこう早とちりというか、いまいち物事の本質を掴むのが苦手ですよね。
先入観を捨ててこのお二人を見てみなさい、これ以上無いというくらいお互い信頼しあっているのが良くわかります。
まるで私達の父上と母上のようだ……これ以上続ければただの侮辱になってしまいますよ」
アランに嗜められたルークは、しょんぼりした顔で黙って椅子に座りなおす。
「改めましてノア殿、私達は先日そちらのユミナ殿からお伺いした投資の件でお伺いさせて頂きました。
ルークの事は申し訳ございません、恐れ多いことですが、どうやらそちらのユミナ殿の事を勘違いしてしまったようで
分かってはいたのですが、まずは好きにやらせてスッパリと撃沈していただこうと思いまして成り行きを拝見させて頂いておりました」
今度はルークに変わってアランが話を始める。
訪問の内容は、やはり投資や商売関連のようだ、まあ商人なんだから当然だろう。
ただ貴族本人が出てきたということは、それなりにこの話に興味を持っているという事なのだと思う。
何しろ商売で成功している大貴族だ、優秀な手駒などいくらでも持っているに違いない、普通の案件ならそう言った者に行かせれば良いだけなのだから。
先程の茶番を許していたのも、恐らく俺という人間を見る為だろう。
まあ取り繕ったところで仕方ない、相手は海千山千の強者だ、俺程度がいくら虚勢を張った所で意味など無い
ならば本音でぶつかるのみだ。
「そうでしたか、ユミナから販路などをご紹介して頂けるかもしれないと伺っております、なにぶんこの地域のことに関しては疎いもので
そういった方のご助力があれば心強いですね」
その後俺はアランに事業の全体像や方向性などを簡単に説明する。
ルークは大人しくなってしまい、隣でぽかんとしながら俺達のやり取りを聞いていた。
一通りの説明が終わると、アランは何度も頷きながら何かを考え込んでいるようだったが
ふいに細い目を開くを、俺を見つめて一つだけ質問を投げかけてきた。
「ノア殿、これは……この仕組は何を参考にしたものでしょうか」
「ある忙しい一日を過ごしている中で思い付いたものです、資産を大して持たない自分が大それた事をやるにはどうしたら良いか考えた結果、このような方法に行き当たりました」
「誰にも相談せずに?」
「はい」
本当は元の世界の仕組みを参考にしたのだが、そんな事を言えるはずがないので自分で思い付いたと言うしか無い。
「……海の向こうの国で、奴隷を一箇所に集めて生産を行うといった方法を実践している例を見たことはあります。
ですがこの辺りでは見かけませんね、ノア殿は海を渡った事はおありで?」
「いえ、ロシュフォーンとフィガロしか知りません」
「……働き手の給金は如何程でしょうか」
「開業当初は一人一日大銅貨三枚です」
「それはまた、随分と安い……それで働き手は続きますかね?」
「最初の働き手にスラムの子供を選んだ理由の一つがそれです、まずは運転資金を絞って資本金が無くなる前に利益を出さなければならない
俺が集められる金だけでは、最初から相場の給金を支払っていては恐らく一年持ちません」
「スラム出身者であれば薄給に耐えられると?」
「そう言った効果を期待しています。その代わり、衣食住は保証し、病気や怪我で働けない間も最低限の賃金を支払います。
また、利益が出れば給金を増やして働き手に還元します。
これは従業員達も了解している内容です。」
「利益を出すと言いますが、具体的には何をしますか?」
「現状、繊維産業のボトルネック……工程上の一番の制約となっている糸の作成を専門で行うことにより、糸の安定供給を実現させます。
ゆくゆくは糸の太さに一定の基準を設けた規格を作成し、また糸車の改良などで更なる作業効率の向上を目指します。
同時に技術ある裁縫師の育成を進め、着衣のファッション性に価値を持たせる戦略を考えています。
最終的にはフィガロ繊維の品質向上と低価格化を推し進め、ブランド化を行いたいと思います。庶民が日によって服を選び、着回せるようにするのが最終目標です」
さすがは商人と言うだけあって答えにくい質問が次から次へと来る。
最後の経営ビジョンを説明した後、次は何を聞かれるのかと身構えていたのだが、次の質問が一向に来ない。
不思議に思ってアランを見てみると、細い目を見開いて俺の方を驚いた様子で眺めていた。
「貴方は……一体、何者なのですか」
「えっと……普通の町人ですかね?」
「庶民が日によって服を選べるなど、自分が何を言っているのか分かっているのですか?
そんな事は布の価格を今の十分の一程度まで落とさなければとてもできないのですよ?」
「将来的な目標としては妥当だと思います」
「馬鹿な、夢物語だ、貴方はそれを実現させる方法に心当たりがあるとでも?」
「効率化の方法としていくつか考えている候補はあります」
「どのような?」
「それは企業秘密です、これから先、研究も必要ですし……」
さすがにこれ以上手の内を見せる必要はないと思い、適当な所で問答を打ち切る。
アランは何か落ち着か無さそうに机に両手を投げ出し、俺の方をその細い目でじっと見つめていた。
「……ルークから話を聞いた時は、ついこの間流れてきた余所者が何を始めるつもりなのかと、半ば冷やかしのようなつもりで付いてきたのですが
今、ノア殿の口から出た内容は、昨日今日、商いの世界に足を踏み入れたような者が描けるモノではありません。
今のそれを実現するには、繊維産業全体……それこそ原材料の作成から最終加工まで、全ての行程の改革を行わなければ不可能なのですから」
「そうですね、材料生産の効率化や、輸出入ルートの新規開拓なども必要だと思います。
また、それに耐えうる需要と供給を作り出す為、人口増加施策、要するに食料供給の改善と土地改良が……」
「それはもう国策です、一人の商人が考えることではない、ましてや一つの商売を始めたばかりの段階で、そのような先のことを見据える事ができる者など
……私達の家族くらいしか知りません」
「さすが商人系貴族のエスカリオ家の方ですね、素晴らしいご慧眼です」
「……そこで先程の質問なのです、貴方は何者なのか。
失礼ですが、こちらに来る前に少しノア殿の事を調べさせて頂きました。
ロシュフォーン王国、コリーン村の出身だそうですが、特にこれと言った活動を過去に行っていたような形跡は見受けられませんでした。
コリーン村は少し前に盗賊の襲撃で壊滅していますね、識字率は四割程度だったようで、人口百人程度の村としては少々高めではありますがそれだけです。
そのような環境で育った方が、我々と同レベル……ともすればさらに高度と思われる見識を、どうやって得たのでしょうか」
アランの顔が徐々に険しくなっていき、俺を詰問するような口調に変わってくる。
どうやらアランは、俺があまりにも商売初心者臭くない事を言っているのが気にかかっているようだ。
実際のところ俺は商売初心者なのだが、元の世界の歴史や経済の端っこでもかじっていればこの程度の事は誰でも考えられる。
この世界の経済規模は恐らく十二、三世紀程度のものだ、産業が緩やかに発展し始める初期の段階、まだ工場制手工業が始まる前の段階。
俺の元いた世界とここが同じ発展をたどるとは限らない、魔法という存在があるので何らかの影響は出るだろう、このまま行くと科学技術はあまり進歩しないのかもしれない。
だからこそ俺は工場という一歩進んだ労働体系を導入する事を考えたのだ。
しかしそれが原因で妙な疑念を持たれるのであれば、少し自重する必要があるのかもしれない。
何しろ相手は国内有数の貴族だ、危険だと思われたら俺の事業を妨害されてしまうかもしれないのだから。
そんな事を考えていただのだが、次のアランの言葉で、既に俺は危険視されてしまっている事が判明する。
「もしかして貴方は魔族なのではないですか?」
俺の背中に電気が走る。
だめだ、ここで動揺したらまずい。
極力顔に出さないようにしたが、果たしてうまく行っただろうか……
「兄上、さすがにそれは……ノア殿は腕っ節のほうはからっきしでしたよ」
「魔族が全て力の強い者ばかりとは限らないよルーク……私は不思議なのです、田舎出の何の情報もない中年の男が
なぜ我々ですら組み立てきれていない、新しい商売をこんなにも当たり前のように始められるのか……納得できる答えを得たいのですよ」
アランは鋭い目で俺の表情を見逃すまいとこちらを睨んでいる。
アランの予想は実際には正解ではないが、俺が普通の人間ではないという仮説を立てているという点では正解とも言える。
しかし俺は本当のことをアランに言うわけにもいかないし、家族に魔族がいるという事実も漏れる訳にはいかない。
俺は言葉に詰まり、短い時間で頭をフル回転させ当たり障りのない返答を模索していたが、どうにもこのアランという男を納得させる事のできる言い訳は思いつかなかった。
「俺が天才だからだよ!」 と開き直ってしまおうか……多分駄目だろうな、見た目からして凡人以下臭しかしない俺が天才なんて演じきれる筈がない。
しかしこの男を敵に回したくはない、何とか納得させて、俺との付き合いがプラスになると思って貰わなければならない。
この先、このエスカリオ家の者の力を借りることが出来るか否かは、俺の商売の成否に大きく関わってくるのだから。
沈黙の時間は続く……
「黙っていると言う事は、肯定という事でしょうか」
アランの催促に、俺は意を決して、腰に下げていた魂喰いをテーブルの上に置いた。
「……これは?」
アランとルークが、その青い不思議な剣を訝しげに眺めている。
「それは“魂喰い”という剣です、デーモンロード、クロウ・ヨシツネと遭遇した際に譲り受けたものです」
「なんですって!?」
「な、何だと!?」
俺の説明に、アランとルークは揃って仰天する。
ルークは俺と剣を交互に見やり、アランは若干青ざめた顔で魂喰いを見つめていた。
「ロシュフォーンからフィガロに移動する途中での事です、その際に私は魔族と知り合う機会を得ました。
そこで魔族の持つ知識などを少しだけ譲り受けたのです。
その知識はこの事業を組み立てる際に大いに役立ちました」
「つ、つまり、魔族の商売の知識を利用した……という事ですか?」
「そうです、全て自分で考えたわけではないのです。
魔族の名を大々的に出すわけにもいかないので伏せておりましたが、やはりエスカリオ家の商人様には隠し通せませんでしたね」
散々考えた末の言い訳がこれだ……クロウに商売のことを聞いたなんて自分で言ってて笑い出しそうだが、アランが魔族に抱いているモノを利用するにはこれしかない。
俺は魔族ではないが、魔族に色々聞く機会があった、という事にするのだ。
しかし俺の微妙なヨイショを含んだ説明に、アランは首をひねって考え込んでしまう。
「の……ノア殿……この剣、手にとってみてもよろしいか?」
ルークは興奮した様子で魂食いに半ば手を伸ばした状態で俺に許可を求めてきた。
勝手に触らないあたりはさすが貴族といったところか。
「どうぞ」
俺が許可を出すと、嬉しそうに魂喰いを手に取り、鞘をずらして刀身などを確認している。
そして青く輝く刀身を見てさらに興奮した様子だ。
「すごい……このような剣は見たことがない……」
「これが噂のクロウ・ヨシツネの武器ですか、私も初めて目にします……材質も製法も全く見当が付きませんね」
「見て下さい兄上、継ぎ目がない、削り出しでしょうか、それに恐ろしく軽いです」
「サファイアのようで、青銅のようでもある……分かりませんね、このような素材は目にしたことがありません」
「信じて頂けたでしょうか……」
しばらく二人は魂喰いを色々な角度から見ていたが、シエルがお茶の替えをテーブルに配ると、二人共ハッとしたように剣を戻し着席する。
「これは失礼、いささか興奮してしまいました……私ではこの武器を鑑定しきれませんね」
「ノ、ノア殿! これを譲っていただく訳には……」
「やめなさいルーク、これが本物ならエスカリオ家の持つ交易船団と本家の資産を全て売り払っても頭金にすらなりませんよ」
アランは配られたお茶に口をつけ、二、三度息呼吸を整え気を落ち着かせると再び俺の目を見据える。
クロウの武器の効果は絶大で、俺の即興の作り話に一定の説得力を持たせることには成功したようだ。
作り話と言っても全くのデタラメという訳ではない、大まかには本当の事を話し、真に隠したい事のみに嘘を含ませる。
この場合は、アランから向けられている「俺自身が魔族」という疑いを躱し、なおかつ俺の家族に疑いの目を向けさせない事が重要だった。
「……この武器が、私の知らない技術で作られていることは分かりました」
アランが魂喰いをちらりと見る、これで納得してくれれば良いのだが……
「ですが、クロウ・ヨシツネといえば伝説的な強さを誇り、クロウとの勝負に勝たないと武器を進呈されないと聞きます。
失礼ですが、ノア殿がその強者であるとは思えません、よって今の説明をそのまま信じる訳にはいきませんね……」
随分と食いついてくれたのでうまくいくと思ったのだが、どうやらアランはまだ俺の正体に疑念を抱いているらしい。
確かに一般的なクロウへの認識と言えば「勝負に勝てたら武器を貰える」だな。
俺の時は勝負とは関係無い所で気に入られたようなものだが、それを説明するとまたややこしい事になりそうだ。
何だかだんだん面倒な事になってきたな、まさかここまで疑われるとは。
やはり俺が天才だからこの事業を思い付いたということにしておけば良かったのか……しかし今更さっきの話を撤回したらさらに面倒くさいことになるのは明白。
どうすればいいんだ……
最早「魔族扱いとはどういうことだ!」と怒って煙に巻くくらいの手段しか思い浮かばない。
それをやればこの貴族との関わりは切れてしまうだろうし、疑念も晴らせないままになってしまうが、それでもこれ以上このアランという男に対してこれ以上危うい誤魔化しを重ねるのは得策ではないように感じる。
言葉に詰まり、思わず助けを求めるようにシエルの方を見るが、シエルは俺と目が合うと一瞬だけ外を見る素振をし、特に何も言わずに台所へと行ってしまった。
最後の頼みの綱、シエルにも逃げられた俺はまさに万事休す。
これ以上の沈黙には耐えられない……やむを得ない、悪手ではあるが怒鳴りつけてこの場はやり過ごすしか無い。
そんな事を考えて下腹に力を込めた所で、ルーク達の肩越しに、家の入口に立つ人影が目に入った。
身なりの良い服を着た二人の女性が、いつの間にかそこに立っていたのだ。
「ソイツの言ってる事は本当よ」
よく通る声が家の中に響き渡る。
ルークとアランは、何事かと後ろを振り向き、そこに居た人物を確認すると驚きで数秒固まった後に、急いで椅子から立ち上がりその場に跪いた。
俺も完全に予想外だったその来客に驚き、思わず椅子から立ち上がる。
「マリアちゃん! こんにちは!」
俺の隣にいたユミナが嬉しそうに立ち上がってその人物を迎えた。
「ユミナ、遊びに来たわよ」
そこにいたのは、しばらく前に喧嘩別れしたフィガロの第二王女、マリアベルだった。




