第三十九話 密談
「大変、申し訳ございませんでした!」
迎賓館の中に戻った俺は、本日何度目かの土下座を敢行していた。
頭を下げる相手はもちろん、この国の王であるネルソンだ。
長い沈黙が辺りを支配する。
しかしここで顔をあげるわけにはいかない、相手からのアクションを待つんだ。
相手からのアクションが無い間は一晩中でも頭を下げ続ける、これが土下座の極意だ。
「……頭を上げなさいノア君」
本来であれば三度許しを得るまでは上げない予定だったが、穏やかながらも有無を言わさぬその声音に、俺は思わず頭を上げて立ち上がってしまった。
目の前には紅茶を手にソファに座ったネルソンがいる、顔は穏やかだ。
フェリスとユミナはいつの間にかネルソンの対面に座っていた。
二人もこちらを見て成り行きを見守っている。
「本当は、少しだけ怒っていたんだ、言いたい事もそれなりにあった」
それはそうだろう、国王の呼び出しを良くわからない理由でブッチしてしまったのだ、怒って当然だ。
「でも……さっきのクローディアの顔を見てしまったら、そんな事はどうでも良くなってしまったよ」
ネルソンは俺に座るよう促し、メイドにお茶を要求する。
俺は恐縮しながらソファに座ると、程なくしてメイドが全員分の紅茶を運んできた。
それを配り終える間、ネルソンはじっと俺の顔を見つめている……正直落ち着かない。
「カタリナ百人長から討伐隊での君の働きは聞いたよ、突飛な行動が多かったが、結果的にはそれらがいい方向に向いた」
「……恐縮です」
「君を襲ったという女剣士に心当たりは?」
いきなりの質問に俺の心臓は跳ね上がり思わずネルソンから目をそらす、これでは知っていると言っているようなものだ。
自分の失態に冷や汗をかきつつ、再度ネルソンに視線を合わせると、まるで「全て知っているぞ」とでも言いたげな青い目が俺を覗いている。
俺は色々な言い訳を考えたが、結局はネルソンを納得させる程のものは見当たらず、自分の知る本当の事を伝えた。
ネルソンは黙ってその話を聞いていたが、俺の話が終わると少し考えた後口を開く。
「ふむ……そのコトナという女が言っていた殺されたネーナという人物は、あの君たちが倒した魔獣の事なのではないのか」
「え!? いや、でも……あの魔獣、全然人間みたいな形じゃなかったですよ、トカゲみたいな格好でしたよ」
「ネーナという者が人間である確証は無いだろう、ペットにだって名前を付けるぞ、それと同じではないかな?」
少し強引すぎるような気もしなくはないが、しかしそうだとすれば、コトナがあの場所にいた理由が何となく分かる。
「これは昨日フェリス殿と相談した事なのだが、今回の魔獣騒動は例のトカゲの魔獣を使った戦闘実験を行うためのものではないだろうかと思う。
だが最初からあんな大型の魔獣を表に出しては騒ぎが大きくなりすぎる、まずは小型の魔獣の出現を装い、ある程度の討伐隊を組織させ遠隔地に誘い出し
そこにあの大型魔獣をぶつける予定だったのではないか……と私は睨んでいる」
「それじゃ、コトナがいたのは……」
「文字通り後始末という事だろう、大型魔獣で討伐隊を全滅できれば良し、そうでないなら、残りを掃除する
生き残りが出れば情報が伝わりそれに対する動きも出てくる、それを遅らせる為だと私は思う。
フェリス殿、そうだな?」
ネルソンはフェリスの方に目を移し、自分の言の確認を取る。
フェリスはゆっくり頷いた。
「そうであるな、実際あの魔獣は、妾達がおらねば少なくとも討伐隊の半数以上を殺しておったであろう、それだけの力はあった。
そしてあの小娘……コトナを後詰とするならば、疲弊した残りの討伐隊を皆殺しにすることも可能であったろう。
偶然居合わせた計算外の戦力、妾とアストリア達、そしてユニコーンがおったため、細工の後始末だけしか出来なかったという事じゃ」
「細工って……」
「あの宿屋の息子であろう、恐らく奴は討伐隊を出させるために利用され、最後には余計な事を喋らぬよう口を封じられたのじゃ
妾が蘇らせる事ができれば情報を聞き出せたのじゃろうが、まさか討伐隊の目の前でヴァンパイアを作るわけにも行くまい。
それに聞いたとしても大した情報は与えられておらぬであろうしな」
フェリスの説明にネルソンが頷く。
俺は二人の話を聞きながら、先日の魔獣騒動を頭のなかで整理していた。
フェリス達の予想を当てはめると、確かに色々と辻褄が合う。
しかし一番肝心なことが分からない。
「でも、誰が、何のためにそんな事を?」
「それは分からぬ、しかしコトナが言いよった“リチャード”という人物が首謀者である可能性が高いな」
「他にそういうことしそうな奴に心当たりはないのか?」
「ふむ、妾もキメラの作成に関しては知識が無いので何とも言えぬところではあるが……関わっておるかどうかまでは知らぬが
魔族の王、デーモンロードの中にそう言った事に関心を持っておった者はおったのう。名を死霊王アストビヲという」
ネルソンが組んだ足を解き、ガタッと顔を前に突き出す。
信じられない事を聞いたような表情でフェリスを見ている。
「これはまた……本の中でしか見たことのない名前が出てきたね」
「魔族の汚名の半分はこやつの所業だと言っても良いくらいに加減を知らず、欲望に忠実な男でのう、妾も眷属を作る能力に目をつけられ、何度も軍門に下れと言い寄られたわ」
「そんな奴に目をつけられて大丈夫だったのか?」
「うむ、こう言っては何だが、妾は他のデーモンロード達にそこそこ可愛がられておったからのう、血気盛んだった事もあり、突っぱねておったらそのうち来なくなったわ」
デーモンロードってことは、クロウみたいな強さを持った連中って事だろ、そんな連中に可愛がられてたってなんだか凄いな。
俺はフェリスのほっぺたを指でつんつんする、ぷにぷにしていてかわいい。
「ふにゃっ? 何をするのじゃ主よ」
「いや、話の中のフェリスと今のフェリスが繋がらないから」
「そうかのう、まあ自分でも丸くなったとは思うがな」
「オホン!」
「こほん!」
俺とフェリスが若干イチャイチャした雰囲気を出し始めると、ネルソンとなぜかユミナが揃って咳払いをする。
いかんいかん脱線してしまったな、今は国王との面談中だ、真面目にやらねば。
「アストビヲか……過去の戦争を描いた本によく出てくる魔族だね、町を滅ぼしてその住人を使って死者の兵を作ったとか。
極悪非道揃いの魔族の中でも特に残忍に描かれる事が多いね」
「奴に関しては全くのデタラメとは言い切れぬ、実際そういう逸話には事欠かんからな。
奴には奴なりの考えがあったのでろうが、戦後復興が難しくなるから自重しろと皆に釘を差されておった」
「ではアストビヲが裏で糸を引いていると?」
「それは分からぬ、あ奴とは妾が封印されるだいぶ前から疎遠であるし、単にキメラ関係に詳しい者で妾が知っておるのがアストビヲくらいしかおらぬというだけじゃ」
「そうか……まあ何にせよ国境の警備は厳重にせねばなるまい。
その襲撃者達は山中を通ってラギウス方面へ消えていったという事だが、山中を超えて移動できるのであれば国境警備はあまり役には立たないだろうけどね」
そう言ってネルソンは大きく息を吐いた。
心なしか、だいぶ疲れているようだ。
「お疲れですね」
「ああ、さすがに魔族に我が国がターゲットにされたかもしれないとなると、気が気ではないね」
「魔族が大々的に動けば天族が出てくる、今の時代にそう迂闊な事をする魔族がいるとは思えぬがな」
「だといいのだがね……」
手元の紅茶を一口飲み、それきりネルソンは黙り込んでしまう。
空気が重い……何かよい話題は無いものだろうか。
そんな事を考えていた俺の脳裏に、ユニコーンから聞いた魔族の話が浮かんでくる。
魔族の真実、これをネルソンに伝えれば何か良い方向に話が進むのではないだろうか、そんな漠然とした考えで俺はネルソンに話を振る。
「そう言えば陛下、ユニコーンから昔の魔族についての話を聞いたのですが……」
「ああ、それは先日私もユニコーン殿とフェリス殿から聞いた、驚いているよ。
だが、考えてみれば思い当たる点が無いわけではない」
どうやらネルソンは既に昔の魔族の行動について知っているようだ、しかもそれを肯定する材料に心当たりがあるという。
「その思い当たる点というのは?」
「遺跡だよ、時々発掘される古代の遺跡、そこからは古代人が作ったものか、魔族が作ったものしか発見されていない。
つまり天族は自分達の技術を何一つ地上に残していない可能性がある。
唯一、天族から伝えられた技術に魔法があるが、それは過去の戦争で魔族の陣営と戦うために必要だったものだ。
魔法なら魔族から伝わったものもあるし、天族から我々が何か特別な恩恵を受けているという実感は無い。
そしてユニコーン殿から聞いた、このフィガロ城はフェリス殿の父君が作ったものかもしれないと。
確かにこの城は、フィガロ建国の父であるフィガロ一世が元々あった古城を改築して作ったものだ
そうなると魔族が作った有用なものは、現在でも人間の生活に利用されているが、天族の作ったものは地上には見当たらないということになる
天族が人間の保護をしているというなら、いささか不思議な現象だと思うね」
「それじゃあ陛下は信じて頂けるんですね」
「心情的には六割といったところだ、冷静に考えればその可能性はあるが、確証がまだない。
もちろんフェリス殿やユニコーン殿がまるっきり嘘を言っているとは思っていない、だが我々はそれとは違う常識を五〇〇年の間教えられてきたのだ
考えを改めるには、私の考えを裏付ける証拠が必要なのだ」
そう言ってネルソンは手元の紅茶を手に取り一息つく。
証拠と言っても魔族が頑張っていたと思われる時代は千年以上前だ、そんな時代の証拠などどうやったら手に入るのだろうか。
俺が雲をつかむような話に困惑していると、フェリスがネルソンに提案を行った。
「王よ、妾にフィガロ城の出入り許可を頂けぬかのう」
「ふむ、それはどういう意図でかな?」
「フィガロ城は妾の父上が作ったやも知れぬ城、もしそうであるなら、どこぞに父上の痕跡が残されておるやもしれぬ。
自分では全く使用せぬ城を作ったとは考え難い、どこかに父上が遺したモノが残されている可能性がある、それを探したいのじゃ」
「なるほど、とはいえ、フィガロ城はこの数百年でもう何度も増改築を行っている、今更人目についていない場所があるとは思えないが」
「魔族の行うことである、人間では確認できぬ何かが無いとも限らぬ」
ネルソンはしばらく顎に手を当て考える素振りをする。
フェリスは黙ってネルソンの次の言葉を待った。
「……いいだろう、フェリス殿は先の討伐の功労者だし、強力な魔術師であるという事は知られている。
城の老朽箇所の点検を私から依頼したという形で、城への出入りを一時的に許可しよう」
「ご配慮に感謝する」
「今言った通り仕事を頼んでしまうが大丈夫かい?」
「うむ、傷んでいる場所を確認する事くらいはできる、それであれば普段立ち入らぬ場所にも行けそうであるな」
「それは良かった、ではそのように手配しておくのでよろしく頼むよ」
こうしてフェリスはフィガロ城に臨時ではあるが立ち入る許可を得た。
これで何か発見があれば、一気に魔族蔑視の風潮を覆せるかも……俺は少し興奮気味に語ると、ネルソンは困ったような顔をする。
「主よ、残念であるがそう簡単には行かぬ」
「え、なんで?」
「王は賢明なお人である故に、常識に捕われずに様々な情報を多角的に捉え分析した結果、今の考えに至っておる。
しかし民衆はそうは行かぬ、そのような思考を持てる人間は高度な教育を受けた者だけじゃ、いくら理論的に民衆に真実を話して聞かせても
民衆は多くの場合、数百年信じ続けてきた常識が最も正しいという固定観念を打ち破れぬ。
もちろん中には理解する者もおるであろうが、それは少数じゃ、下手にそのようなことをすれば、自国民の間に要らぬ軋轢を生む結果となろう。
それに、仮に全ての国民が魔族に対し理解を持ったとしたらさらに厄介なことになる。
周辺国の問題じゃ、周辺国から見たらフィガロが魔族崇拝国家になったという事になる、そんな事になれば当然ラギウス帝国が黙っておるまい。
フィガロは一瞬にして、周辺国家全てを敵に回すことになるのじゃ」
フェリスの説明を聞いて、ネルソンはうんうんと頷いている。
そうか、考えてみればその通りだ……じゃあ、何をやっても魔族が排斥される世の中は変わらないって事なのか。
俺は自分の現状認識の甘さが恥ずかしくなった。
そして改めて、フェリスの正体を隠すことの重要性を認識する。
「俺達の事がばれたら陛下もかなり危ないんじゃ……」
「そうだよ、だから気をつけてくれたまえ、ここに来る際も真に信用のおける人間だけを連れてきているし、間者の類の排除にはフェリス殿の力も非常に頼りにしているよ」
「うむ、その辺は抜かりはない、常に監視の目を周囲に放っておるのでな」
フェリスの言う監視の目とは、恐らくこうもりズの事だろう……
「大臣や貴族の中では、最近ノア君の扱いに異を唱える者も出てきているんだ、まあまだ大した事はないけどね
でも、ノア君が功績を積む前に大ポカをやらかすとその声はどんどん大きくなってくる、気を付けてくれたまえ、同じ失敗はしないと期待しているよ」
「は、はい、申し訳ありません……」
改めて自分のやらかした事の大きさを理解し、同時に穴があったら入りたい気分になってくる。
しかしネルソンはどうしてこんな俺に対してここまでしてくれるのだろう、きっと俺は今まで見たことがないレベルで無能だと思うのに。
自分でも情けないと思うが、俺は思わずそんな女々しいことを聞いてしまう。
「陛下……陛下は何故俺……私にこんなに良くしてくれるんですか、私はこんなどうしようもない人間なのに……」
「んー、ああ……いや、そうだな」
ネルソンは少しだけ言い難そうにした後に、ぽつりぽつりと話し出した。
「まあ、ノア君が世間一般で言うところの“有能”でない事は理解しているよ……でも、功績が無いって訳じゃない
召還者として呼ばれて、慣れないこの世界で頑張ってきたという事実は評価したいし、何よりも娘を助けてくれた恩人だ。
そしてノア君の周りには何故か有能な者達が集まる、私はこれもある種の才能だと思っているよ」
「いや、それはただの偶然で……」
「偶然大いに結構、もちろんそれに胡座をかいてはいけないよ、でもそんな偶然を呼び寄せることができる存在って、割と凄いと思わないかい。
フェリス殿から聞いたとは思うが、今フィガロは難しい立場にある、そんな中でノア君のような人間がフィガロに来た。
魔族連れなんて普通は追い出すよ、もしくはラギウスに引き渡して媚を売る、でも私はそのどちらも適切ではないと思った。
この運命に乗れれば、私だけでは成し得ない何かにたどり着けるのではないか、そう思ったからこうして君と話しているんだ」
ネルソンは国王だ、マリアベルのことがあったにせよ、本来であればこうも気軽に話しができる相手ではない。
それなのに俺達に色々と便宜を計ってくれる、それはつまり今ネルソンが言った通り、俺達に普通以上の期待をしてくれているという事なのだろう。
政治家の言葉は信用してはならない……一瞬そんな考えが頭をよぎったが、俺はこのネルソンが、何か後ろ暗いことを隠しているようにはどうしても見えなかった。
それどころか、話していると兄や父親と話しているような安心感を覚える。
俺はネルソンへの感謝の気持ちを込めて、再度深々と頭を下げた。
それからしばらくの間お互いの状況を交換し合った後、スラム街の話を俺から振った。
ネルソンもスラムの事には頭を痛めていたようで、最近ようやく窃盗団のリーダーを捕まえて処分したのだが
今度はその配下だった者達が散り散りになってしまい、潜伏して独自のコミュニティを作り始めているらしく捜査が遅々として進まない状況らしい。
そこで俺は今日の体験談を交えて、スラム住人の労働力化の提案を行った。
スラムの住人は単に金が無いと言うだけでなく、知識を得る機会すら無いため、仕事をしようにもその見つけ方が分からず、這い上がるきっかけすら掴めない者達が大勢いる。
中にはまっとうな職業を得ようと苦心する者もいるが、一般人からしたらスラムの住人など好き好んで使いたくはない、いつ店のものを盗まれるか分からないし
場合によってはそれ以上の面倒事を運んでくる可能性だってある。
だから大抵の一般人はスラムの人間を避けるか、べらぼうに安い給金で使い捨てるような事しかしない。
そしてそんなスラムの住人たちを都合よく使う者達がいる、それが裏社会の人間という訳だ、彼らはスラムの住人が無知であればあるほど都合がいい。
結果、スラム住人と裏社会の人間の間で悪循環が起きてしまい、スラム育ちの者はますます健全な社会に復帰する道を絶たれてしまう。
内部での自浄作用が期待できない今、それを何とかするならば外からテコ入れを行わないといけない。
そしてフィガロには今最も人が必要な職業がある、それが糸の作成だ。
フィガロはこの近辺では有数の繊維国家だが、現状では繊維産業に十分人を割り振れているとは言い難い。
また、最も作成の工数がかかる糸の製造の効率化などもまだまだ発展途上の状態にある。
ここを改善すれば、フィガロの繊維産業は更なる広がりを見せるはずだ。
だから俺は材料を買い上げ、糸を作成する工場を作り、そこでスラムの人間を雇う。
糸紡ぎは少々コツは要るが基本的には単純作業だ、文字が読めなくても計算が出来なくても問題ない。
まさに一から始める労働としてはうってつけだろう。
仕事があり、給金が貰え、着るものと食べ物が手に入れば、人は犯罪など犯そうとはそうそう思わなくなるものだ。
「衣食足りて礼節を知る」である。
人間性を高めようと思ったら、まずは安心して生活が出来る土台を作らねばならない。
その土台が出来上がった時、次のステップであるスペシャリストの育成に移る。
教育された人間達で、加工行程の効率化を研究するのだ。
フィガロの暗部を切り崩し、長所を伸ばすこの方法を俺は必死にネルソンに説明した。
説明が一通り終わった後周りを見回すと、ネルソンとフェリスがぽかんとした表情で俺を見ているのが見えた。
ユミナは何だか良くわからないが興奮した様子でうんうんと首を縦に振っている。
「……あの、どうでしょう」
声を発しないネルソンを見ていると、なんだかだんだん自分の案に自信が無くなっていく。
確かに穴も沢山あるが、そこはどうにか出来るつもりだ。
俺の話をネルソンはどう解釈しただろう……
「素晴らしい!」
俺がそんな事を考えていると、ネルソンが急に大きな声を上げ、俺の方に身を乗り出した。
「素晴らしいぞノア君、いや、色々と穴はあるが、それでも君がそんなところに目をつけているとは思わなかったよ。
いや、何というか……すまない、先程の話は無しにしてくれ、私は少し君を見くびり過ぎていたようだ」
思いの外良い反応を返すネルソンに戸惑い、俺はフェリスの方を見る。
そこにはフェリスの意外そうな顔があった。
「主よ、いつそのような事を考えたのじゃ?」
少し感心したような目を向けるフェリスに、俺は今朝からのエリザベートの店の騒動から自分が考えたことを順を追って説明した。
フェリスは俺のつたない説明で納得してくれたようで、何やらうんうんと頷いている。
「なるほどのう、あのような場所に何故主がおるのかと思うたが、そういう事であったか……主にしては行動が早いのう」
「相談もせずにごめんな」
「良い、主が決めたことであれば、妾はそれを応援するだけじゃ」
フェリスはいつもより少し嬉しそうにそう言って微笑んだ。
さて俺の考えはネルソンにも概ね好評であったようだが、それを実現するためにはまずクリアしなくてはならない問題がいくつもあった。
差し当たって大きな問題となるのが、運転資金の調達と商業組合の存在だ。
運転資金は考えるまでもなく、工場の建設費や機材の購入費、それらの維持費、工員たちへの給金など、利益を出すまでに必要な諸々の金のことだ。
これに関しては、とりあえず十名程度が働ける工場であれば、うちの何でも魔法で片付けるメイド嫁に任せれば何とかなるとは思うが
機材や当面の給金などは俺の手持ちで何とかしなければならない。
現在の手持ちは、先日の魔獣討伐の報奨を入れても金貨二十三枚、ざっくり計算して半年くらいは何とかなるかなという額だ、少し心許ない。
さらに、現在の持ち家は特例で税金免除となっているが、新たに土地を使い、建物を立てて商売を始めるとなれば税を収めなければならない。
このフィガロでは持っている土地や建物、現金や商品といったもの、要するに動産と不動産に対して、毎年税金が発生するのだ。
当然払えないと不足分を埋めるために家財や家、土地などが没収される。
更には資産を持って城下町の門や国境を超えると税がかかり、公共物を使用すると税がかかり……
今まではある種の特別扱いだったのであまり気にはならなかったが、商売をしようとするととたんに世の中は税で溢れていることに気づく。
次に問題となるものは、商業組合の存在だ。
この世界の市場は、基本自由競争とは言え、独占禁止法などの自由で公平な取引を助長するような法律は無い。
美味しい商売は大資本を持つ貴族や、商業組合などに独占されているのが現状だ。
この商業組合という組織は何かというと、簡単に言えば同じ業種が集まって相互扶助を行う事を目的とした団体の事だ。
相互扶助と言えば聞こえは良いが、要するに談合を行っているということだ、商品の価格が下がらないように、組合内で価格を取り決めして扱っている。
もちろんこの世界では違法でも何でもない行為なので全く問題ではない。
そしてもし、どこか一つの店が価格を下げて商売を始めると、それは酷い事になる、安い店が現れたら他の店は死活問題なのだから当然だ。
ご挨拶という名の脅しや話し合いという名のリンチ、更にひどい場合には、お見舞いという名の襲撃や暗殺までなんでもござれだ。
つまり新参者はご近所と仲良くやっていくことが何よりもまず求められるのである。
さらにはスラムの人間を使うことで、裏社会からもちょっかいを出される可能性が十分あるし、スラムの人間だって基本的には碌でもない人間ばかりだ
そんな輩を雇う事を考えるのだから、人をよく吟味した上で、店の備品などの盗難防止対策も必要だ。
考えることは数限りなくある。
「私個人としては応援するが、国として下支えをするという事は、今の段階では出来ないな」
様々な問題を考慮し、ネルソンは腕を組んで考え込んだ。
だが俺としてはそんな事は想定内、初めから国に何とかしてもらおうなどとは思っていない。
「分かりました、個人的にでも応援頂けていると分かればもうこれ以上の事はありません。
つきましては、個人的にこの事業に投資などをしていただけたらなと思うのですが……」
「……なんだって?」
「個人投資です、国王としてではなく、ネルソン様個人としてこの事業お金を出して応援して頂ければと思うのです」
「あくまで個人としてか……しかし金を出した所で、私に何かメリットはあるのかい?」
「毎年、純利益の三割を配当金として出資額に応じて振り分けをし、出資者の方々にお支払致します」
「それ、出資者が私だけしかいなくて、私が銀貨一枚しか出さなかったとしても、利益の三割をくれるのかい?」
「出資される方がネルソン様のみであればそうですが、まず初めに私が金貨十枚を出資しますので、それだとネルソン様は殆ど受け取れないですね」
「ははっ、そういう事か……凄いなノア君、それ君が考えたのかい?」
「いいえ、私のいた世界で行われている投資の仕組みを簡単にしたものです」
「異世界の仕組みか……ちなみにそれは、経営が傾いたらどうなるのかな?」
「店が潰れたら銅貨一枚も戻りません、将来性があると思われたら投資して頂ければと思います」
出資の仕組みに関しては、元の世界の株式会社を参考にしたものだが、ここでは元の世界のように大量の金の流れを瞬時に把握することなど出来ない。
なので良く考えれば穴だらけだが、そこは信用で補う形で良いのだ、それにそんなに大人数を投資に関わらせるつもりはない。
お金を持っていそうな人が、俺の店が儲かれば自分も儲かると理解することができればそれでいい。
元の世界のような不特定多数の人間が行う株の自由売買は想定していない、あくまで自分が話を持ちかけた人が出資するかしないかというだけの仕組みだ。
「分かった、投資させてもらおうじゃないか、証文くらいは貰えるんだろう?」
「はい、ご用意します」
「では金は後ほど使いの者にノア君の家まで持って行かせよう、いやあ面白い事になってきたね」
いい機会だったので軽い気持ちで出資を提案したら思った以上に食いついてきた。
個人的にとは言え国王が参加している事業となれば幸先は良い。
しかし同時に、もう引っ込みがつかなくなったなという焦りにも恐怖にも似た感情が俺の胸の中に広がっていくのを感じていた。
その後、俺達は幾つかの雑談を交わし、今日の会談は終了となった。
帰り際にネルソンから「クローディアとも仲良くしてやってくれ」と頼まれたので、俺は恐縮しながら頷いていた。
俺とクローディアは別にそれほど親しい間柄という訳ではないが、今日の会話の中で彼女が抱える苦悩は良く分かったつもりだ。
何とかしてやれる事があればとは思うが、さすがに国と国の決め事に俺の意見など入る隙はない。
俺に出来ることと言えば、今日のように愚痴を聞いてやる事くらいだ……
迎賓館を出、ネルソンが護衛の兵士に迎えられ、城に戻っていくのを見送る。
朝から目まぐるしく色々なことがあった一日がようやく終わる。
俺はネルソンの後ろ姿を見ながら、そんな事をぼんやりと考えていると、唐突にある約束のことを思い出す。
王女とピクニック……
だがあれは社交辞令ではないか。
まさかクローディアとて本気になどしてはいまい、それに流石に許可なんて出ないはず……しかしネルソンにはクローディアと仲良くしてくれと言われたばかりだ。
「陛下!」
気がつけば俺は遠ざかる後ろ姿に声をかけていた。
「ピクニック……いいですか?」
ともすれば何の事を言っているのか分からないであろう俺の声にネルソンは一瞬だけ立ち止まり、そして振り返って片手を上げた。
「あまり遠くに行かないようにね」
それだけ言うと、ネルソンは再び共の者と歩きだす。
あまりにもあっさりと許可が出てしまった。
俺は目を閉じてこれから行うべき事にしばし思いを馳せる。
やるべき事が一気に増えてしまった。
そして最もやるべきことがまた遠のいてしまった。
しかしこれはこれから先、ここで生きていく為に必要な地固めだ、覚悟を決めて望むしか無い、もう後戻りはできない。
「よし!」
「ふわ!? ご主人様?」
一人気合を入れた俺を見て、ユミナがびっくりしたようにこちらを見る。
「ユミナ、頑張ろうな!」
「は、はい!」
「妾もおるぞ主よ」
「ああもちろん、頼りにしているよ」
空を見れば今日はよく晴れており、月明かりがあたりを照らしている。
このまま迎賓館に宿泊する事もできるが……
「スラムの子供達にも挨拶しとかないとな、少し遅いが今日は戻ろう」
「うむ」
「はい!」
こうして俺達三人は、月明かりの下、丘の上にある自宅へと帰路についた。




