第四十話 やるきでろー
城から戻る途中に、夜間巡回中のユニコーンに会った。
話を聞くと、どうやらアリスはフィガロ城内の客室に泊まっているらしい。
とりあえず城の中に居るということなら安心だ。
そしてせっかくだからとユニコーンに家まで乗せていってくれと頼んでみたが、当たり前のように断られた。
代わりに、城門前の広場の隅っこで草を食っていた黒王がいたので合流し、黒王に乗って自宅まで帰ることにした。
しかし本当に見る度に黒王は草を食ってるな。
自宅に帰ると既に食事と風呂が終わったスラムの子供達とファムがリビングに行儀よく並んでいた。
「お、旦那おかえり、お邪魔してますよ」
「お帰りなさいませノア様」
「「お帰りなさいませ旦那様!」」
家に入るとシエルとアストリアの出迎えがあり、その直後にスラムの子供達が一斉に俺に出迎えの挨拶をする。
思いがけない大合唱に俺は少々面食らってしまった。
「……なんだこりゃ」
「旦那に迷惑がかからないように、先にちょいと教育をしておいたんですよ」
「おい、まさか殴ったりしてないだろうな」
「いやいやまさか、こいつらはわりと聞き分けが良かったんで楽でしたよ」
どうやら子供達を行儀よくさせていたのは、アストリアの教育のおかげだったようだ。
そう言えば着ている服もなんだか綺麗になっているような気がするな。
「子供達は汚れとシラミが酷かったので徹底的に洗浄しておきました」
関心顔の俺を見て、シエルがいつものように何事もなかったかのような顔で俺に報告する、こちらも気が利いている。
着ているものは同じボロ服だが、スラム街で見かけた時のような薄汚れた印象が無いのはその為か。
「ありがとうシエル、流石だな」
「おいお前ら、旦那に礼を言え」
「「お風呂とお食事をいただきました、ありがとうございました旦那様」」
若干バラバラではあったが、皆がめいめいの謝辞を俺に伝えた。
この短い時間で随分と躾られたものだ、さすがアストリア、悪ガキの扱いには慣れていると豪語するだけの事はある。
皆怖がっている様子はない、若干緊張している者が殆ど、ファムだけはなんだか面白く無さそうな顔をしている。
「何だよファム、不満そうだな」
「だって、いきなり色々ありすぎて頭がこんがらがっちゃって」
「それは悪かった、俺もまさかこんな急な事になるとは思ってなかったからな、正直スラムを舐めすぎてた」
「どうするのこれ、皆連れてきちゃって……」
「もし良ければだが、しばらくここに居てもらう予定だ、本当は準備ができたら改めて迎えに行く予定だったんだけど、あんな事があった後だと戻りづらいだろ?」
「それは……そうだけど」
「とりあえず今日はもう遅い、二階の二部屋を使って休んでくれ、多分子供三人ずつくらいなら寝られるはずだから」
連れてきたスラムの子供はファムを入れて六人、何とかベッドに入りきるだろう。中古ベッドを買い取っておいて良かった。
色々説明したい事はあるがもう今日は遅い、子供達の中には欠伸をしている者もいる。
俺も疲れたし今日はさっさと休みたいところだ。
「よし、じゃあとりあえず今日はもう休もう、明日色々な事を説明するからな」
「「はい!」」
元気のいい返事だ。
俺はファムとミルフィオリを呼び、それぞれ他の子供達の面倒を見てもらうよう頼む。
「はい、分かりました旦那様」
「ええ!? 私も泊まるの?」
ミルフィオリは快く承知してくれたが、ファムは素っ頓狂な声を出している。
「そりゃそうだろう、他にどこ泊まるつもりだよ、金も無いしスラムに帰るわけにもいかないだろう? アテでもあるのか?」
「う、無い……」
「ならいいだろ、エリザベートの店もしばらくここから通えばいい」
「……いいの?」
「五人が六人になったところで大して変わらない、それにお前こいつらのまとめ役だろ、居てもらわなきゃ俺が困る」
「……こまるの? 私がいないと?」
「ああ困る、これからスラムと関わりを持つ際にお前の力が色々と必要になってくる、協力してくれるか?」
俺がファムの目を見ながらそう言うと、ファムは嬉しいような困ったような、何とも締まりのない顔をしながらもじもじし始める。
「困るんだ……私がいないと……えへ」
「ああ、だから頼むぞ、これから」
「へへ仕方ないなぁ、分かったよおっさ……ノアさん、でも皆に酷いことはしないでよ」
「するわけ無いだろ、分かったら皆今日は寝ろ」
シエルに子供達を客用の寝室に案内するように伝え、ファムとミルフィオリを先頭にぞろぞろと子供達が二階へと上がっていく。
しばらくすると綿製のベッドに興奮する声が聞こえてきた。
とりあえずあっちは大丈夫そうだ。
「じゃあ俺も帰りますよ、下町に宿を取ってあるんで」
子供達が落ち着いたのを確認したアストリアがそう言って立ち上がる。
「今日はありがとうな、アストリアのおかげで随分と助かったよ」
「お役に立てたようで良かったです、しばらくフィガロにいるんで、また何かあったら声かけて下さい」
「夜も遅いし、黒王に乗っていくか?」
「いや大丈夫ですよ、三〇分もあれば宿に着きますんで」
アストリアはそう言い残して家を出ると、門の外に広がる下町へと歩いていった。
夜間とは言え町の近くだし月明かりもある、アストリア程の人間なら夜道でもまあ問題ないだろう。
アストリアを見送った後、俺は一息ついて長椅子に腰を下ろした。
同時に二階からシエルが降りてくる、子供達も疲れていたのか、すぐに寝てしまったようだ。
「長い一日であったな」
「お疲れ様でした主人様」
「ああ、本当に……フェリス色々とごめんな、ユミナも心配かけたな」
「妾の事は心配いらぬ、それよりも主が立ち直ってくれたようで良かった。
マリアからある程度は話を聞いておったが、一晩ゆっくり休んで冷静になってから会った方が良いと思うてな」
「ユミナもすごく会いたかったけど我慢しました!」
二人の話を聞いていて俺は心がチクチクと痛むのを感じていた。
ああ、こんなにも俺の事を考えていてくれたと言うのに俺という奴は……
「よし、二人共、今日は一緒に風呂に入ろう、シエル、お湯の準備を頼む」
「整っております」
さすがシエルだ、いつの間にか準備されている。
そうだ、今日はシエルも一緒に入ればいい、何と言ってもシエルも家族になったのだ、ここは一つお互いの親睦を深める意味でも……
そう思ってシエルを風呂に誘おうとした所、またしてもシエルがとんでもない事を口走った。
「ベッドメイクも完了しております。破瓜の血も完全に落ちましたので、ごゆっくりお休み頂けると思います」
「ぶっ!」
「ほうー、破瓜の血とな、血のシミは落ちにくいからのう、大したものじゃのう」
俺の左隣からいつもと変わらぬフェリスの声が聞こえる。
しかし今の俺は恐ろしくてそちらの方に目を向ける事が出来ずにいた。
「姉様、はかのちって何ですか?」
「うむユミナよ良い質問である、それに関しては主がよく存じておると思うのでな、風呂でも入りながらゆっくりと教えてもらおうではないか、ゆっくりとな」
「はい!」
「そうじゃシエルよ、晴れて妾達の家族となったのじゃ、お主も一緒に入るが良いぞ」
「はいフェリス様、ご一緒させて頂きます」
俺のあずかり知らぬところでどんどんと話が進んでいく……
三人の嫁と一緒にお風呂、これはいわゆるドリームだ、なのに今の俺はちっとも嬉しくない。
「あの……フェリスさんや?」
精一杯の勇気を振り絞りフェリスの方に顔を向け、その様子を恐る恐る確認する。
「うん? 主よ、昨日の出来事などの話、楽しみにしておるぞ」
「あ……ハイ……」
いつも通り……いや、若干悪い顔で微笑んだフェリスの口の端には、白く輝く牙が見え隠れしていた。
――
「体が痛い……」
次の日、目が覚めた俺は、ぐっすりと寝たにも関わらず、体中の筋肉が痛みを訴えている現状を確認し、顔をしかめる。
昨晩、フェリス達と風呂に入りながら俺は、その日に起きた全ての事を洗いざらい吐かされていた。
俺がなんとか誤魔化そうとしても、シエルが全ての真実を暴露してしまうという、今思い返しても絶望的な防衛戦だった……
さらに混迷を極めたのが、最初は顔を赤くして俺達の話を聞いていたユミナが、どうやら俺がシエルを抱いたという事に気づくと、次第に不満顔になり
最終的には、何故自分だけ蚊帳の外なのかと泣き出してしまうという一幕があった事だ。
こんな事で泣かれるなんて、ちょっと前の俺では考えられない事だ。
これにはフェリスも少し焦ったようで、何だかんだとユミナを慰めていたのだが、シエルが放った「都会では成人になるまで処女を守るのがレディの嗜み」という
どう考えても嘘くさいフォローで事なきを得たのだった。
それからはフェリスとユミナにしっかりと“おもてなし”を行い、二人共ダウンした所で俺も就寝した。
シエルには申し訳ないが別の部屋のベッドで寝てもらった、さすがに1つのベッドに四人は無理だった。シエル大きいし。
今度お金に余裕ができたら、キングサイズのベッドでも買うしか無いな。
そんな昨日あった事を思い返しながら、ふとユミナの事に想いを馳せる。
ユミナは俺にとって何者にも代え難い大切な存在だ、もちろん抱きたいという欲望はいつでもある。
だが同時に、俺の脳裏にずっと残っている光景がある。
あの荒らされた村長の家の中で、酷い暴行を受けてボロボロになって死んでいたユミナの姿……
今のユミナはあの時の事は記憶に残っていない、しかし、もし何かのはずみで、例えば俺が抱いた事が切欠となってその時の記憶が蘇ったら
そう考えると、どうしても最後の一線が越えられず、今に至っている。
フェリスにも何度か相談はしたが、このままずっと、以前の事は思い出さないかと言われると、なんとも言えないとの事だった。
そもそもユミナは、俺の体から還元されたと思われる魂の欠片によって生前の記憶を保持していると考えられる。
その仕組自体が、フェリスでも理解の及ばない範疇だという事だった。
ともかく、体を寄せ合う程度では今のところそう言った記憶が戻るような兆候は無い。
俺はそれだけでも十分幸せだし、最後までしない事をそれほど気にはしていなかったのだが、ユミナはやはり気になっていたのか。
まあ、奥さんを自認している以上、後から来た女に先を越されたとなれば不安にもなる……のかな。
不安にさせないよう、これからは今まで以上に可愛がらねばなるまい。
そんな事を考えながら周りを見回すと部屋の中には誰もいない、皆既に起きているようだ、一階から話し声が聞こえる。
俺は枕元に畳んであった自分の服を着ると、一階へと降りた。
「おはようございます旦那様」
「「おはようございます旦那様!」」
一階に降りると、食事を取っていたミルフィオリが立ち上がり俺に挨拶を行う。
直後にスラムの子供達も立ち上がり、皆一斉に挨拶を行った。
アストリアの教育が生きているようだが、旦那様ってなんだか気恥ずかしいな。
「ああ、おはよう」
俺はおざなりに挨拶を返すと、テーブルの隅っこに座った。
さすがにこれだけの人数がいると、元々あった長テーブル一つだけでは手狭になってしまうな。
そんな事を考えていると、シエルが朝食を持ってくる……今日の朝食は塩スープとパン一切れだった。あれ? 随分とわびしい……
「申し訳ございませんノア様、食料の備蓄が尽きました」
シエルが皿を置いた後に申し訳なさそうに頭を下げる。
良かった、何かの嫌がらせじゃなかったんだ。
「ああ……まあ一気に増えたからな、ちょっとこれから町に用事があるし、ついでに買い出しに行くとしよう
とりあえず子供達にはしっかり食わせてやってくれ、こいつらガリガリだからな」
「承知致しました」
見れば子供達は出された塩魚入りのスープをうまそうに頭まで食べている。
今まで食うや食わずの生活だったのだろう、一欠片も残すまいと見事な食いっぷりだ。
不器用にフォークを使って騒々しく食べている子供達の中で、唯一ミルフィオリだけは静かに食事をしていた。
魚の頭までしっかり食べていたのは他の皆と同じだったが……
食事が終わると俺は連れてきた少年達の確認を行った。
考えてみればまだ名前もろくに聞いていない。
俺が今回連れてきた少年少女は全部で六人
まずはエリザベートの店で働いているファム、一六歳
次に少年達の保護者役とも言える最も落ち着いた雰囲気のある少女、ミルフィオリ、一六歳
物静かで口数が少ない少年ザックス、一三歳
ミルフィオリにべったりでちょっと甘えん坊っぽい少年グリム、一〇歳
負けん気が強く、グリムとよく喧嘩する少女ジャンヌ、一二歳
大人しく、よくザックスの近くにいる少女ミランダ、一二歳
自己紹介とともに、まず俺が簡単に抱いた第一印象はこんなものだった。
各自特徴はあるが、アストリアの教育とミルフィオリの取りまとめのおかげか俺に対して反抗的な人間は今のところいない。
一通り自己紹介を聞いた後に、俺の事とこれから行う製糸事業の事を簡単に説明し、従業員としてやって行きたい者はいるかと尋ねると
皆、躊躇いなく両手を上げて参加表明を行っていた。
まだ労働条件も何も決めてないのに、子供達は期待に満ちた表情をしている。
ファムのお陰か皆俺の事を疑う様子はない、下手に反抗されずに話が進んで楽なことだ。
スラムの少年少女達の意志を聞いた後で、俺はこれからの方針を組み立てる。
リビングに居る皆に声をかけ、これからの方針を皆に伝える。
これまでと違い、誰かにお伺いを立てる訳ではない、あくまでも俺の方針に従ってもらう、そういうつもりで俺は皆に話を聞かせた。
出資を募り、工場を作り、スラムの住人などといった社会的弱者を雇い、繊維を買い取って製糸業を行う。
俺の話を皆は黙って最後まで聞いており、終わった後も誰からも反対の声は出なかった。
「……それが、主の考えなのじゃな」
俺の話が終わった所で、隣で黙って話を聞いていたフェリスが口を開く。
「今まで色々と馬鹿なことをしてきたけど、今回は俺なりに真剣に考えてみた。
もちろん失敗する可能性も考えた……だけど今のこの人脈があって失敗するならきっと何をやってもダメだ。
逆に今何もしなければ、きっと俺はこの先もつまらない事で皆に迷惑をかけるだけの男になる……そんな気がするんだ
これをやった事でフェリス達に迷惑をかけてしまうかもしれないけど……」
「良い、主が先陣を切って動く姿を見ることが出来るのはとても嬉しいぞ
妾は商売には疎いのでな、そういった方面の助言などは出来そうにないが……妾に出来ることであれば何でも言いつけるが良い」
「ご主人様、ユミナもお手伝いします、何でも言いつけて下さい」
フェリスもユミナも俺の事を応援してくれている、今この二人に頼める事は多くはないが、それでも何も言わずに俺に付いてきてくれるのはとても心強い。
そして俺は、この計画である意味最も重要な人物……シエルに視線を送る。
「……」
シエルは俺の視線に気がつくと少しだけ何か考えたような素振りをし、側に来てうやうやしく腰を折る。
「私もノア様にご協力させて頂きたいと思います」
「ああ、よろしく頼むよ、実は一番大切な事を頼もうと思ってて……」
「はい……と言われますか、私がいなければこの話は頓挫してしまいます、そうですね?」
「あ、ああ……そうだな……」
シエルの謎魔法で工場兼従業員寮を作る……恐らくあちこちから出資を募っても、土地建物に回す金が出ない事は明白だ。
今の俺の手持ちの土地である、この丘の上にまずは当面稼働させる工場を建てなくてはならない。
とは言っても俺には大工にツテもないし、町の大工に頼んだら完成までどのくらいかかるか分からない。
そこでこの部分はシエルの謎魔法を頼ることを考えていた。
「散々、謎魔法やらご都合魔法やら言われてきましたが、ここ一番というところではやはりお頼りになるのですね」
「う……それは、済まないと思ってるけど……」
「よろしいのです、別に不満がある訳ではありません。むしろ逆でございます」
一瞬断られるのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
実際の所ここでシエルに協力を断られるとかなりまずい事になる。
奥さんなんだし大丈夫だろうと甘く考えていたところだったが、冷や汗をかいたじゃないか……
そんな事を考えていると、シエルは姿勢を正し周りにいる人間に一通り目を通すと、珍しく身振り手振りを駆使しながら話し出した。
「私はノア様の三人目の妻ですので、立場的には最も下位となります。
第一の妻であるフェリス様、第二の妻であるユミナ様へのノア様の信頼は絶大であり、これを覆すことは並大抵の努力でできることではありません。
ですが、今回のこのノア様一世一代の大勝負の時に、どうやらお二人は“何もお手伝いができない”ご様子……
魔術師様と戦士様であれば仕方のないところでありますが、私にとってみればこれは大いなるチャンスに御座います。
私であれば、ありとあらゆる面でノア様の事業をサポートし、成功へと導いて差し上げることができるのです。
そして全てが終わったあかつきには、ノア様の私への評価がうなぎ登りとなる事は間違いないでしょう、ええ、間違いないでしょう。
ですので、どうぞノア様一世一代の大事業に関しては全て私にお任せ頂き、お二人はお茶などを飲みながらゆるりとノア様を応援していて頂ければと思います」
一息でそこまで言い切ったシエルは、満足そうに頷くとそのままスタスタと外へ出ていった。
その後には、ぽかんとした表情の子供達と、天井を見ながら何かを考えているようなフェリスとユミナが残されていた。
「お、おいシエル……」
今のは何だったんだ? と聞くためにシエルの後を追おうとした俺を、小さな二つの手が遮った。
「待たれよ主! 先程の話をもう一度最初から詳しく、詳しく話して聞かせるのじゃ!」
「ご主人様! ユミナにももっと分かりやすく教えて下さいお願いします!」
フェリスとユミナが俺の服を掴んで逃すまいと椅子に座らせる、なんだか二人の顔が必死の形相になっている……
「あ、いや……資金繰りと販路の確保にこれから行くんだけど……」
「資金? 金? 金じゃな? 金が必要なのじゃな!?」
「はんろってなんですか!?」
動こうとする俺を阻むように説明を請う二人の迫力に押され、結局俺は小一時間をかけて事業の詳しい説明とこれから必要な事をフェリスとユミナに説明した。
「分かった主よ、資金は任せるのじゃ、妾のツテを全て使って金をかき集めてくるぞ!」
「し、知ってる人に布屋さんを紹介してもらってきます!」
俺は二人に乞われるままに何度も何度も繰り返し要点を説明し、やがて全てを理解した二人は、先を争うようにすごい勢いで家を飛び出していった。
「……行きましたか」
フェリスとユミナが家を出た後に、シエルが外から戻ってくる。
二人が去った後を眺めるその様子は、こうなる事を分かっていたかのようだ。いや多分、分かっていたんだろうな……
「おいシエル、二人に何をしたんだ……」
「特に何もしておりません、ただお二人とも良いコネをお持ちであるのに、使わないのは勿体無いと思ったまでです」
「見事に扇動したな……」
「正直に申し上げますと、ノア様がお一人で全てをこなそうと思われますと、早い段階で疲労過多により事業が立ち行かなくなります。
ノア様が動かれるのは要所のみで、あとは下々の者にお任せ下さい」
「いや、下々って……」
「さて工場となりますれば、少し頑丈に作らねばならないのですが、昼間に大木が宙を舞う様子を見せるのは少々よろしくありませんね
ですので私達は食料品を買い込んでくると致しましょう。
糸車の購入や、講師の方のご予定も取り付ける必要がありますね、忙しくなりますよ」
シエルは呆然とする俺を横目に、子供達に矢継ぎ早に指示を出していく。
子供達は真剣な顔をしながら後片付けや必要なものを馬車に積み込む作業に散っていった。
やることを全てシエルに仕切られてしまった俺は、手持ち無沙汰で子供達が動いている様子を目で追う。
皆不安と期待に胸を膨らませたいい顔をしている。
俺も一念発起して真面目に働く予定だったんだが……どうしてこうなったんだ。
そこに本を数冊抱えたメイアが現れた。
「ノア、暇ならちょっと翻訳手伝ってよ、難しいの持ってきたから」
「ああ、メイア……暇に見えるか?」
「うん、すっごく」
何の躊躇いも逡巡もなく言い切るメイアに、俺は盛大な溜息をつく。
「で、何を持ってきたんだよ」
「この前ノアが言ってた難しい字の本だよ、いつもなら二束三文で売っちゃうんだけど、読めるとなれば別だからね」
ドサドサとテーブルの上に本を置いていくメイア。
本はかなり古ぼけていて、表紙は風化して茶色くなっており、何の字が書いてあるのか良くは分からない。
一冊手にとって中を見てみる、中もかなりボロボロになっており虫食いが激しい。
そこに書かれていたのは漢字、俺の知っている漢字よりももっと難しい字が所狭しと並んでいた。
「これは……中国語か?」
「分かる?」
「中国語はダメだ、さっぱり分からん」
この世界には英語や他の俺が知っている言語が、古代語というカテゴリで存在する。
その事実を知ってしまったので以前より驚きは少なかったが、それでも俺は次の本を開いた時は心臓が口から飛び出そうになった。
その本は国語の教科書、小学六年生と書かれた日本語の教科書だったのだ。
「おい! これは日本語だぞ!」
「どれどれ! 何が書いてあるの!?」
「これは教科書だ、小学六年生だから……一二歳程度の子供が言葉を習うために使う本だよ」
「教本なのね、すごいけどあまり楽しそうなことは書かれて無さそうね」
メイアにとって見れば大して興味のない内容だったかも知れないが、俺にとってはそうではない。
急いで巻末の、発行日の書いてあるページを探す……あった。
発行日 二〇二五年七月一二日
俺がこの世界に来た時から五年以上後の発行日がそこには書かれていた。
文字はかすれてしまって不鮮明だが、何度見直しても二〇二五年と読める。
決まりだ、ほぼ間違いない、ここは……俺のいた時代よりもずっと後の時代の地球なんだ……




