第三十二話 交わらない運命
勢い良く後方に弾かれた俺は、そのまま地面に激突し、回転しながらさらに後方へ転がったところで停止した。
何が起こったのか分からない。
誰に蹴られた?
俺は急いで体を起こす、一〇メートル近く飛ばされたはずなのに、思った程ダメージはないようだ。
少々の打ち身と擦り傷適度しか確認できていない、立ち上がったが骨折などの重大なダメージは無い。
自身の体の無事を確認したところで、俺はコトナの方に目を向けた。
コトナは腰に差していた長剣を抜き、黒王と対峙しているところだった。
「勘の良い馬ですね仕留め損ないました、もう少し引き付ければよかったですね」
「コトナ、どういうことだ!?」
「どうもこうもありませんよ、こんなに早く貴方を殺せる機会が来て、運命に感謝しますって言ったんです」
俺はその言葉を聞いて絶句してしまった。
コトナは俺を許してなどいなかった、ずっと……あれからずっと俺を殺すことを考えていたんだ。
「ネーナちゃんの様子見と後始末に来たらノアさんに会えて本当にラッキーですね私は
ネーナちゃんは殺されてしまったようですけど、貴方を殺せるならそれで帳消しです」
ネーナ? ネーナって誰だ、誰かこの辺りで殺されたのか?
後始末って何だ?
何でコトナは剣を持っているんだ、そんな女の子じゃなかったはず
そこまで考えて俺は気づいてしまった、コトナの目が赤く輝いているのを……
「コトナ、お前……魔族に?」
「何ですか今更ですか? そうですよ、じゃないと殺せないじゃないですか、貴方の周りには強い人がたくさんいる、力がないと、殺せないじゃないですか!」
コトナはイライラしたようにそう言い放つと黒王に向かって踏み込み、剣を振り抜いた。
黒王は地面を蹴って横に飛び、同時に空中から何本もの炎の矢が現れ、コトナに殺到する。
「忌々しい、馬まで私を馬鹿にして!」
コトナは炎の矢を剣で振り払い、消滅させた。
そのまま黒王に肉薄し、再度剣を振り抜く。
「ヒヒン!」
黒王は地面を蹴って回避するが、魔法を剣で振り払うという予想外の行動を取られたせいか出遅れたらしい
剣は黒王の前足の付け根部分をえぐり取って行く。
黒王の悲痛な叫びがこだました。
「馬ごときが生意気です、すぐ馬刺しにしてあげますね」
とどめを刺しに向かうコトナに、黒王は人がすっぽり覆われる程の大型の火球を乱射する。
火球は地面に当たって炸裂し、辺りに炎を撒き散らした。
コトナは前進を止め、後方に大きく飛んで炎を回避する。
痛みで狙いが定まらないのか、数発は空に飛んで行き、空中で炸裂し、轟音が辺りを包んだ。
「くっ、往生際が悪い、だけどそんな大技使ったらもうマナも無いでしょう、悪あがきでしたね」
コトナの言葉通り、黒王は斬られた前足を力なく投げ出したまま残り三本の足で立とうとするが、バランスが取れず、痛みからか苦しそうに息をしている。
「あはははっいい気味、ああそうだ、お前の前にお前のご主人様を殺してあげる、大事なものが奪われる瞬間を良くその目に焼き付けて下さいね」
コトナはそう言うと俺の方を向いて歩いてくる。
その歩みはゆっくりと、しかし止まることはない。
「グガアアアアアア!」
黒王が咆哮を上げ、炎の矢をコトナに向かい発射する。
コトナはそれを苦もなく剣で弾くが、突然、何かで殴られように横に吹き飛んだ。
「ぐっ、な、何!?」
もう一度、黒王から炎の矢が発射される。
「舐めるな!」
コトナはそれを再度弾き飛ばし、そして何かに気づいたように横に飛んだ。
「ははっ、炎の矢の中に空気弾を混ぜてたのね、こんな土壇場でやるわね、えらいわ、偉い
でも残念、もう全然威力がない、もう少し早くそれをやっていれば少しは長生きできたのにね」
コトナは余裕の表情でそう言うと再び俺の方に歩み寄る、黒王はもう首を上げている力も無いようで、ぐったりしたまま動かない。
そして遂にコトナが俺の目の前に来た。
「こんな貴方でも、あんなに必死に守ろうとしてくれるのね、羨ましい、私にはそんな人いなかったもの……でもこれで終わり
貴方を殺して、ユミナを取り返すの」
「コトナ、聞いてくれ! コリーン村の件はロシュフォーン王家が全ての元凶なんだ、俺を殺したって何も変わらないんだ!」
「そんな事ないわ、貴方が召喚者だからいけないの、召喚者を殺せば全部元通りになるの」
「コトナ?」
俺はコトナの言葉に違和感を感じた。
それが何なのか、もう考える時間は残されていなかったが、今のコトナは俺の知っているコトナと何か別のものが入り混じっている、そんな気がした。
俺は咄嗟に魂喰いを抜く、同時に、俺の首を通る白い線が浮かび上がった。
必死にそこ目掛けて剣を払う。
金属同士が当たる音がし、コトナの剣は俺の首を逸れた。
「コトナ、やめろ、止めてくれ!」
「抵抗するな!」
今度は俺の肩口を狙う線が引かれる。
俺はその線に合わせ剣を振るうが、剣同士が衝突した瞬間、ものすごい力を受けて俺の魂喰いは弾き飛ばされ、逸しきれなかったコトナの剣は俺の胸を切り裂いた。
「があっ! があああああああああうううううううあああああああああああ!」
魂喰いで幾分勢いを殺したおかげで、一瞬で命を奪われる程深くは斬られなかったものの、俺は肩口から胸を斜めに切り裂かれた。
胸から血が大量に流れ出す、想像を絶する痛みで立つことが出来ずその場に倒れ伏し、息を吸うこともろくに出来ない。
ただ胸を押さえ、のたうち回ることしかできなかった。
「だから首を狙ってあげたのに、首なら痛くない、慈悲のつもりだったのよ、抵抗するからこうなるの」
死にたくない!
俺の頭の中はそれでいっぱいだった。
こんな訳のわからない世界に来て、ようやく人並みの幸せを手にすることができたのに、こんなところで死にたくない。
誰か、フェリス、ガドラス、アストリア、誰か助けてくれ!
「召喚者……死んだらどうなるんでしょうね、元の世界に戻るのかな、それとも、消えちゃうのかな」
数分だったのか数秒だったのか、激しい痛みにのたうち回っていた俺は、いつしか体を動かす力も無くなった。
コトナは俺の隣に来ると、のたうち回る力もなくなり仰向けに転がって死を待つばかりの俺の隣に屈み込んだ。
「ノアさん、私ね、ユミナが羨ましかったのよ」
俺の顔を見て赤い目をしたコトナが話し出す。
それはあの、コリーン村で暮らしていた頃の事なの顔のようだった。
「ノアさんの隣に一番居たのは私だったのに、ノアさんの妻にはユミナが当てられちゃって、悲しかった。
別にそれほどノアさんが好きだったって訳じゃないけど、ノアさんの隣はなんだか安心したわ、年上だったからかもね。
色んな話したよね……村に居たら一生知らない話、だからちょっと、憧れてたのかもね」
ぼやけてきた目に、コトナの顔が映る。
ゆっくりと近付き、俺の唇に何か触れた。
「……不思議、あんなに憎んでいたのに、今は何か悲しいの……最期、見取ってあげるね。
死んだら、リチャード様にお願いして、眷属にしてもらいましょう、ね」
コトナは血にまみれた俺の手に自分の手を重ね……
弾かれたように後方に飛んだ。
コトナの居た場所に氷の矢が突き刺さっている。
俺のすぐ横、五センチメートルも離れていない。
容赦ねえな、そこに撃つのかよ……なんだかこんな時なのに笑いがこみ上げてくる。
俺は薄れかかった意識の中で、俺が望んでいたものがとうとう現れた事を感じ取っていた。
『派手にやられたようね、死んでいないわね?』
空から声が降ってくる、これはユニコーンの念話だろう。
姿は視界に入っていないが、地を蹴る音は聞こえる。
「……心臓はまだ動いてるよ」
俺は聞こえるかどうか分からないかすれた声で呟き、精一杯の強がりで右手の親指を立ててみせた。
『アリス、彼の手当をして頂戴、私はあのお行儀の悪い娘に礼儀を教えてあげるわ』
「は、はい!」
アリスはユニコーンから飛び降りると、俺の隣に来て手をかざす。
全身を駆け巡っていた痺れるような痛みが徐々に収まっていくのが分かった。
エルフの回復魔法のようだ。
「ノアさん安心して下さいね、エルフは寿命が長いだけあって、回復魔法は得意ですから!」
「ああ、アリスが天使に見えるよ」
「だ、ダメですよノアさん、それはお迎えですよ! 気をしっかり!」
アリスの本気なのか冗談なのか分からない突っ込みがおかしくなって、そんな場合ではないのに思わずにやけてしまう。
その間にも回復の魔法をかけ続け、俺が気を失わないように声をかけ続けてくれていた。
離れた場所ではユニコーンとコトナが戦っているのだろう、蹄の音と魔法が飛び交う音、コトナの叫び声などが響いていた。
「主!」
続いて聞き慣れた声が聞こえる、こんな時でも聞けば落ち着くこの声は……
「フェリス……講義は良いのか」
「馬鹿者! そんな事を言っている場合ではないわ、こんな、このような怪我を……妾がおらぬばかりに」
「来てくれた、それだけで十分だ……それより黒王を、あいつも怪我をしてる」
「分かった、主はもう何の心配もいらぬ、妾があの小娘を灰にしてくれる」
「気をつけろ、コトナは……ヴァンパイアだ」
俺の言葉にフェリスは一瞬だけ驚きの表情を作る。
「承知したぞ、主よ」
フェリスは俺の側にいたかったようだが、回復魔法は性質が違うものを同時に掛けるのはよくないようで、黒王の手当に向かったようだ。
しばらくすると遠くから轟音が聞こえ、フェリスの怒号が響いてきた。
見られないのがもどかしいが、何やら派手にやっているようだ。
「あれがフェリスさんの実力なのですか」
フェリスが戦っている方向を見ながら、アリスが信じられないものを見るような目をしている。
「そんなに凄いのか? 俺もフェリスが全力を出したところは見たことがないんだけど」
そう言った後に、クロウと戦った時の事を思い出す、クロウとの対戦は本気だったのだろうか。
デーモンロードと戦うのだから本気だったのだろうとは思うが、あれは一瞬で終わってしまったのでフェリスがどのくらい強いのかよく分からなかったな。
「凄いというか、多分周りに気を使って控えめにしているのだと思いますが、魔法を組み上げる速度が信じられないくらい速いです。
マナも底が無いみたい、あんなの無茶苦茶です」
幾分痛みが和らいだので、俺は肘を立てて顔を持ち上げた。
同時に近くに転がっていた、弾き飛ばされた魂喰いを拾い上げる。
遠くではフェリスが魔法を連射しながら戦っている、まさに連射だ、以前やっていた弾幕シューティングのごとく、炎と何か輝く矢をばらまいている。
さすがに関係ない方向に撃ったりなどはしていないが、その勢いはまさに怒涛といった様子だ。
コトナはそれらの攻撃を体捌きで躱し、時には手に持った剣でそれらを払いながら下がっている、こちらの動きも人間業ではない。
その上あの剣、魔法を消し去る剣なんて恐らく普通じゃない、一体どこで手に入れたんだろうか。
しかしどうやらコトナは不利を悟り撤退するつもりのようだ、徐々に後方に下がりながらこちらをチラチラ見ている。
フェリスがコトナの周りに竜巻を起こし、コトナがバランスを崩したところに火球を連続で発射する。
よろめきながらも剣で火球を払っていたコトナだが、払いきれなかった火球を二発被弾し、庇った左腕が消失した。
その機会を逃さず、フェリスは大きめの火球でコトナを消し飛ばそうとしている。
コトナ、本当は助けてやりたい、だが……俺は先程見た死の淵を思い出し、とうとう今回はフェリスを止めるような行動は行わなかった。
せめてコトナの最期を目に焼き付けようと、戦う二人を見据える。
そして、遥か後方の山林からフェリスを貫いている黒い線に気がついた時、俺はあらん限りの声で叫んでいた。
「フェリス! 下がれ!」
火球は既に発射寸前だったが、フェリスは迷わず後方に飛び、下がりながら火球をコトナに向けて放った。
それと殆ど同時に、どこからか飛来した矢がフェリスのいた位置を貫く。
フェリスの放った火球は僅かに狙いをそれ、コトナの右横に炸裂し大爆発を起こした。
「フェリス!」
「あ、ノアさん! まだだめ!」
俺はまだ痛む傷を押さえながらフェリスの元に駆けていく。
後ろでアリスが止める声がするが、嫌な予感が止まらない。
火球が炸裂した方向を見ると、コトナが何か黒い人影に手を引かれながら共に森の方へ走り去っていくのが見えた。
俺は構わずフェリスの方に駆け寄る。
「主よ、済まぬ、逃してしもうたわ」
フェリスは俺を見ると力なく笑った。
「フェリス、大丈夫か!?」
フェリスの右のてのひらには、先程飛来したと思われる黒い矢が突き刺さっていた。
そして何と、矢の突き刺さった部分がみるみるうちに白い砂のようになって崩れて行くではないか。
「やってしもうたな、あの小娘だけはと攻撃の手を出したままじゃったのがまずかったのう、せっかく主が伝えてくれたというのに」
「そんな事はいい、早く治療を……」
周りを見るがアリスは今こちらに向かっているところで、ユニコーンは黒王の治療をしているようだ。
フェリスの腕はもう肘のあたりまで崩れかかっており、このままだと肩口に達するまで一〇秒もない、とても治療が間に合うとは思えない。
そもそもこれがどういう攻撃なのかも分からないのだから。
「フェリス、ごめん!」
俺は反射的にフェリスの右腕を掴み上げると、肩口に向かって魂喰いを振り下ろす。
フェリスは一瞬だけびっくりした様子だったが、すぐに落ち着いた様子で俺の行動を受け入れていた。
肉を切る生々しい感触と、骨を通過する嫌な感触が手に伝い、魂喰いの切れ味のせいもあってか、俺程度の力でも腕を切断することが出来た。
フェリスの右腕は肩口から切断されていた。
「う、ぐう……」
フェリスが痛みに顔をしかめる、切り口からはおびただしい量の鮮血が噴き出していた。
俺は切り取った腕を投げ捨てると、魂喰いの鞘を止めていたベルトを外しフェリスの肩口をきつく縛った。
止血を終えて投げ捨てたフェリスの右腕を見ると、今まさに全体が白くなって崩れ去るところだった、間一髪だ。
見れば手を貫いていた黒い矢もボロボロと崩れ去り、灰になって散ってしまっていた。
謎の攻撃は何とか凌いだが、ベルトで縛った傷口からは相変わらず血が流れ出している。
やらないよりはマシ程度に出血は減っているが、このままでは人間なら失血死してしまう。
やはり漫画で見たような知識だけではどうにもならないようだ。
慌てる俺に、フェリスは落ち着いた様子で俺に顔を向ける。
「すまぬのう、礼を言うぞ主よ」
「人の腕を切り落として礼を言われるのはなんだか変な感じだ」
「ふはは、そうじゃな」
フェリスは小さく何かを呟くと、切断された肩口に手を当てる。
「とりあえず止血だけはしておかねばのう、傷は……すぐに治ってしまってはまずいであろう、不便ではあるが、しばらくこのままでおるとしよう」
切断面がみるみるうちに火傷痕のようになっていく、痛々しいが出血は止まったようなので、縛っていたベルトは外しておいた。
そうだ、フェリスは切断された腕もすぐに癒着してしまうくらいの自己回復力があるんだったな……
「さて、主からの話は後でゆっくりと聞くとしてじゃ、まずは言い訳を考えぬとな」
そう言ってフェリスが見たその先からは、騒ぎを聞きつけた討伐隊の面々がこちらに向かってきている様子が見えた。
「女の剣士に襲われた?」
「……はい」
俺達は治療を受けて動けるようになると、またしても指揮官用テントに呼ばれ、カタリナに先程起きた騒ぎの説明をしていた。
コトナの事をそのまま話すわけにもいかないので、何だかよくわからないが女剣士に襲われたで通すしか無い。
「ものすごく強い剣士で、剣で魔法を弾いたりしていました。ユニコーンが助けてくれなかったら、間違いなく殺されていたと思います」
「あの空で爆発したものは?」
『あれは私が応援を呼ぶために放ったものよ、よく見えたでしょ?』
ユニコーンが黒王の放った火球を自分のものだと証言する。
こちらの事情を知っているせいか、気を使ってくれているようだ。
「ユニコーン殿が……なるほど分かりました。そしてフェリス殿も応援に駆けつけたが、手傷を負ったのですね?」
カタリナの見た先には、右腕を無くしたフェリスが俺の隣に座っている。
ネビルが後ろで青くなっているのが分かる、最早フェリスの弟子みたいなもんだなネビル……
「うむ、油断をしてしもうてのう、隠れておった弓使いに気づかなんだわ、傷口から石化する毒のようなものを使われたので止む無く落したのじゃ」
「フェリス殿をここまで追い込むとは只者ではありません、カタリナ殿すぐに国境警備隊に手配を」
「……そうだな、至急手配しよう。フェリス殿、災難だったな、王国の治癒師で何とかなれば良いのだが」
カタリナはなんとも困った顔でフェリスを見る、腕の切断ともなると治療できる治癒師はかなり高位の人物となる
はたしてフィガロ王国にそのような人材はいただろうか。
そんな苦悩が見え隠れしている。
「あ、治療なら私ができます……ちょっと時間はかかりますが」
「おお!」
隅っこにいたアリスが治療できると宣言すると、カタリナは顔を輝かせた。
功労者であるフェリスを治療もせずに返したとなっては、周りからも何を言われるかわからないし、自分としても心苦しかったのだろう。
「アリストロメーア殿、お願いできるか?」
「はい、任せて下さい」
アリスが小さい胸をどんと叩く、何だかんだ言って段々周りに慣れてきたなこのエルフ。
そのような事を考えていると、アリスが俺の方をキッと睨んだ。
「ノアさん、いま胸が小さいとか考えてましたよね?」
「は? いや、無いけど」
「本当ですかぁ?」
「むしろ何でそう思うんだよ」
アリスは胡乱げな目で俺を見ながら「絶対考えてましたよね」とか言っている。
何を言うんだこのエルフは、周りの方々の俺を見る目が怪しくなってるじゃないか。
だいたい別にそこまでジロジロ見てない、胸を叩いた動作を見て、あ、スモールだなって一瞬思っただけだ
おかしい、何で皆俺が何も言ってないのに突っ込んでくるんだ。
「主は顔に出るタイプであるからのう」
「そうだな、隠し事はできねえ、いい亭主だ」
フェリスとガドラスが茶々を入れると周りの皆も笑い出す。
いいさ、どうせ俺は隠し事が出来ないヘタレなんだ、こうやって皆のピエロになるのが仕事なのさ。
最後にはいつも真面目顔のカタリナまで笑いだして、もうどうにでもしてくれといった感じだ。
でも、余計な事を聞かれなかったし、湿っぽくならなかったからまあ、いいかな。
それから二日後、俺達はもと来た道をフィガロに向けて進んでいた。
ロフレ村には十人長以下九名の部隊が守備隊として残り、新しく王都から派遣された調査団と合同で今回の事件の捜査にあたっている。
討伐隊は経費がかかるので、一旦王都に戻り解散となる予定だ。
馬車の中には今回討ち取った大型の魔獣の死体が積んである。
王都に持ち帰って、どのような生物なのかを調査するためだ。
俺は来た時と同じように黒王に乗り、前にはフェリスを乗せている。
フェリスは右腕がないので、落ちないように俺がしっかりと支えている。
たまに手が滑って色々な所を触ってしまうのは仕方がない事だ、揺れる馬上なのでこれは仕方ない。
「……主よ、さすがに服の中をまさぐられるのは、手が滑ったせいではあるまい」
「いいや滑ったんだ、あくまでも手が滑ってるんだ」
「はぁ、もう良い、好きにするがいい……あっ、こら、す、好きにしすぎじゃ馬鹿者! あっ」
俺は先日の戦闘で死にかけ、そしてフェリスがピンチに陥ったのを見て、フェリスも決して無敵ではないという事を強く感じた。
それと同時に、もしかしたらフェリスを失っていたかもしれないと思うと、恐ろしくなってフェリスから手を放す事が出来ずにいたのだ。
そうしていると、ぺちっと小さな手が俺の頬を叩く。
「これ止めぬか、兵達が見ておる、このような事をしておったら後で猛った兵共に襲われてしまうではないか、公私のけじめは付けねばならぬぞ」
フェリスに諭され俺はゆっくりとフェリスから離れた、しかし落ちないように腰はしっかり支えたままだ。
「妾とて、主と片時も離れとうないのは同じであるぞ、だから今は辛抱しておくれ」
「ああ、済まない……」
フェリスは左手で俺の右手をそっと包み込む、俺はそ左手に指を絡ませ、恋人握りを作ってフェリスの膝の上に置いた。
「あわわ……ラブ繋ぎですよユニさん、あそこだけ空気がピンク色してますよ」
『珍しい組み合わせよね、面白いわ』
俺達の隣をユニコーンと、それに乗ったアリスが並走している。
アリスは俺達のやり取りを顔を赤くして眺めていた。
『貴方も大変ね』
「ブルル」
ユニコーンは何やら先程からちょくちょく黒王と話しているような雰囲気だ。
黒王の言葉が分かるのか?
「黒王は何て言ってるんだ?」
『色ボケ主人の相手をするのはうんざりだ、だって』
「ブル!? ブルルル! ブルルルルル!」
黒王が目を丸くして首をブンブン振っている。
人の言葉が話せないからやられ放題だな。
「おいそういうのはいじめって言うんだぞ」
『冗談よ、主が安らかで何よりだそうよ』
「ブルブル」
黒王も首を縦に振っている。どうやら今度は正しい通訳らしい。
「馬語が分かるのか? 俺も黒王の言葉が分かればな」
『馬語という言語は無いわ、私は思考を読み、思考を発信しているの
言葉として聞こえるのだとすれば、それは貴方の脳が私の思考を言語に変換しているだけの事よ』
「そうなのか、なんだか難しいな、しかし黒王は俺の言葉は分かるようだが、黒王からは何も来ないのはどうしてだ?」
『それはこの子がまだ未熟で、思考を相手に伝える術を持たないからだわ
思考を伝えるのは慣れが必要よ、この子もあと二〇〇年も過ごせばじきにできるようになるわよ』
「二〇〇年ね……はは、黒王と話せるのは何代先の子孫になるやら」
千年以上も生きている魔獣はスケールのでかいことで……
しかしユニコーン、最初に出会った時は処女としか話さんとか言っていた割には、今はそうでもないな。
「ところでユニコーン、処女としか話さないんじゃないかったのか」
『気持ちとしてはそうよ、でも貴方達は面白そうだから良いわ、特に貴方は名前をくれたから特別に話す事を許してあげる』
「適当だな」
『あの時はむさい男ばかりだったから、そう言っておかないと男に囲まれてあれこれ聞かれる事になるでしょ、そんなの御免よ』
「まあ分からなくはないが……」
『それに私が乗せるのは断固として処女だけよ、そこは譲れないわね』
「何でそこまで処女にこだわるんだ?」
『決まってるでしょ、処女は汚れていないもの、男に汚されて快楽に染まった女の子は好みじゃ無いわ』
これは処女厨ですわ。
「じゃあ童貞はどうなんだ」
『男なんて童貞だろうと何だろうと穴に突っ込むことしか考えてないでしょう、論外よ』
それは確かに否定できないが、しかしこいつは相当こじらせてるな……だが助けてもらった手前、強く反発しづらい。
まあ何が好きか嫌いかは人それぞれだしな。
俺の脳裏には、白い弓を持って仁王立ちしているマリアベルが浮かんでいた。
何だか俺の回りにはこんなんばっかりだな。
そうこうしているとフェがロの町並みが見え始め、だんだんと町の門が近づいてきた。
まだフィガロを出て一週間程度だが、随分と懐かしく感じる。
あんな事があったからか、無性にユミナに会いたい。
俺はコトナに襲われた時の事を思い出していた。
そしてその恐怖の体験の中で、ふと気になった名前があったのを思い出したのだ。
「なあフェリス、リチャードって名前知ってるか? 多分ヴァンパイアだと思うんだけど」
「!? 主よ、その名をどこで聞いたのじゃ」
何気なく聞いただけだったが、フェリスはとても驚いた様子で俺に聞き返してきた。
「コトナがそんな名前をちらっと言ってたんだ、リチャード様に頼んで眷属にしてもらおうみたいな……だからそいつもヴァンパイアなのかなって思っただけさ」
俺が訳を説明すると、フェリスは下を向いて何かを考えているようだ。
気になってその顔を覗き見たが、とても難しい表情をしていた。
「何だ、そんなにヤバイ奴なのか?」
「……そのリチャードという者が、妾が知っておる者と同一人物であれば、その者は恐らく叔父上じゃ」
「叔父?」
「うむ、妾の母上の兄君であるな……」
「でも確かフェリスのお母さんは普通の人間なんだよな?」
話題が話題なのでフェリスを抱きしめながら耳元で小声で話す。
隣りにいるユニコーンの上でアリスがきゃーきゃーうるさいが、今はいい目くらましだ。
「母上の兄君であるリチャードは元々軍人であったが、天族側についた人間との戦いで命を落とした所、父上が眷属として復活させたのが始まりじゃ。
父上は滅多なことでは眷属を作らぬ方であったが、母上の身内ともあれば放って置けなかったのじゃろう。
叔父上は原初のヴァンパイアの直近の眷属であるため、非常に強い力を持っておる。
じゃが戦争が進むにつれ、父上と叔父上とで意見が分かれていったのじゃ。
父上は、あくまで家族を守るために力を使うと言っておったが、叔父上は戦争に勝利するために眷属を増やすべきだという考えじゃった。
妾も幼き頃は、叔父上の言うことが正しいのではないかと思っておった事もあった……」
フェリスはふと空を見上げ、遠い昔を思い出すように目を細めた。
「決定的となったのが、当時妾達が住んでおった町が天族の軍に襲われた時じゃ。
父上も叔父上も別の場所で戦をしておったが、それは陽動であった……町は落とされ、母上も、叔父上の家族も、そして妾も殺されてしもうた。
天族の軍は、町の守護者であった父上達の家族をその手で殺せば、町人は見逃すと抜かしおった。
妾達は町人達に掴まり、母上達は火あぶりにされ、妾は槍で串刺しにされた。
父上達が戻ってきたのは丁度その時じゃ、父上達は処刑の様子を見るや天族の軍も町人達も、広場におった者達を皆殺しにした。
全てが終わった後、叔父上は父上と決別した。
父上は深く苦しんだが、僅かに息のあった妾に原初のヴァンパイアとしての全ての力を移し、妾を蘇らせた後に……灰となって消えた」
フェリスが殺されたという辺りで何となく嫌な予感はしていた。
気がつけばフェリスの肩が小刻みに震えている、決して馬上だからというだけではないだろう。
俺はフェリスを強く抱きしめた。
簡単に淡々と、あった事だけを並べたような告白だったが、その内容は壮絶だった。
ハーフヴァンパイアとして生まれたはずのフェリスがなぜ原初のヴァンパイアとなったのか、以前から不思議ではあったがようやく分かった。
フェリスの持つ力は、亡き父親、シャルル・アルカードの形見なのだ。
遥かな時を生きた始まりのヴァンパイアが守り抜き、そして最期にその全てを託した娘、それがフェリスだったのだ。
「ごめんな、辛いことを思い出させたな」
「良い……一時は妾も憎しみに狂い、手当たり次第に天族と戦い、そして最後には敗れた。
じゃが悪いことばかりではない、おかげで主に出会えた、ユミナやマリアや多くの者達に出会えた、妾は今、幸せであるぞ」
フェリスは俺の腕に手を添えゆっくりと撫で回している。
俺は何としてでもこの少女を幸せにしなくてはいけない。
そんな思いが俺の中で急速に大きくなっていくのを感じていた。
「しかし、そのヴァンパイアが叔父上だとするならば少々厄介じゃぞ、何せ叔父上の力は妾に次ぐものであるからな」
「まだコトナをヴァンパイアにした親玉って事くらいしか分からないからな……フェリスの知り合いなら話し合いで何とかできればいいんだが」
「どこにいるのかも分からぬしのう、しかもあのコトナという女、全く友好的な雰囲気など無かったであろう、あまり良い方向には期待できぬな」
「その、さっき言ってた昔の事件があってから、叔父さんと会ったことはあるのか?」
「いいや、あれきり話も聞かぬ……五〇〇年前は妾も相当無茶をしておったので、生きていたのであれば叔父上にも風の噂くらいは伝わっておったやもしれぬがな」
コトナは何か別の目的があり、その中で偶然俺を見つけ、戦闘になった。
あの時の話を思い返すと、そんな流れだったような気がする。
コトナが元々何をしていたのかは分からないが、俺への憎しみは本物だった。
だが同時に、感情が定まらない不安定さのようなものも感じた。
さすがにあれだけ激しい殺意を向けられた後ではもうコトナには会いたいとは思わないが、何となく嫌な予感がする。
あのフェリスに矢を撃った人物は誰だったのだろうか。
コトナは本当は何をしていたのだろうか。
そして、その背後にいるであろうリチャードというヴァンパイアは何をしようとしているのだろうか……
そんな考えてもわからない疑問が次々と浮かんでは消えていく。
気がつけばフィガロの町並みがすぐ近くまで迫っている。
眼前にそびえるマジノ山と、その頂上に位置するフィガロ城、あれがフェリスの父親が作ったものなのか
一週間という短い期間だったが、色々なことが起き、色々なことを知った。
俺はこれからどうするべきだろう、そんな事を考えながら、俺達はフィガロ城下町の門を潜った。




