第三十一話 謎は全て解けた
「そっちはどうだ!」
「いません!」
「村の入口を固めろ!」
「川から逃げられないように注意せよ!」
「村長を呼べ、もう一度話を聞く!」
その日は朝から慌ただしく事態が動いた。
当初の目的であった狼の魔獣討伐、その成果が上がっていないため、討伐隊は再び付近の捜索を開始しようと準備し
被害者であった死亡した男の息子に再度、魔獣に襲われた時の状況を確認しに、その息子の家である宿屋を訪ねた所、たまたま意見役として同席していたユーリが宿の隅に置いてあった魔術杖を見つけたのだ。
魔術杖は魔法の制御を容易にする為の道具で、魔術師であれば大抵自分用にカスタマイズした専用杖を持っているものだが
非常に高価なもので、魔術師でもない人間が戯れに購入するようなものではない。
まして、ユーリが見つけたその杖は、予めチャージされた簡単な魔法を無詠唱で発射できるというもので
大都市の専門店で金貨を二十枚くらい払えば手に入れられるかも知れないというような超高級品だったのだ。
どう考えても山村の宿屋にぽんと置いてあるような代物ではなく、さらには使用された形跡もあり、宿屋の息子に事情を聞こうとした所
持ち主を呼んでくると言って、杖を持ったまま店の奥に引っ込んだきり戻ってこない。
不審に思ったカタリナ達が家宅捜索をしたところ、宿屋の息子はどこにも見当たらなかった。
二階の窓が開いていたので、窓から飛び降り、裏手から逃走した可能性が高いという事になり、現在逃走した宿屋の息子を探して討伐隊は村中を捜索していた。
「あの……犯人分かっちゃったんですけど」
「奇遇じゃな、妾もであるぞ」
「むしろここで一番怪しいからこそ犯人ではない可能性が高……くないですよね」
捜索に加わっていない俺とフェリスとアストリアは、宿泊している宿屋の軒先で団子などを食べながら、右往左往しているフィガロの兵士達を応援していた。
決してサボっている訳ではない、応援しているんだ。
「村に付く前にやった作戦会議でフェリスが立てた予想は外れちゃったな」
「妾は一般論を述べたまでじゃ、このような事態になるなどあの時点で分かる訳がなかろう」
フェリスはぶすっとしながら口の中に黒い物体を放り込み、美味しそうにもぐもぐしている。
先程からアストリア団の団員達が、入れ代わり立ち代わりフェリスに甘味を献上している。
もうすっかりフェリスとは打ち解けているようだった。
というか崇拝の対象がフェリスになっているような気がする……
「ふぬ、このあんみつというものは良いのう、戦時中は甘いものなど食せなかったからの、今は良い時代じゃ」
何だか言動が昭和初期を生きたお婆ちゃんみたいになっているが気にしないでおこう。
「主よ、なんぞ失礼な事を考えておらぬか」
「え、いや……特には」
何て勘の鋭いちびっこだろうか。
そんな事をしながらフィガロ兵の応援を続けていると、白い馬に乗ったエルフの少女の姿が見えた。
出歩いてていいのかあの馬……
白い馬は宿の前で捜索の応援をしている俺達を見つけるとこちらに近づいてくる。
そして俺達の目の前に来ると、エルフの少女が馬の背中から降りた。
「あの……」
「ん? ああ、えーと」
そこまで言って、俺はまだこの少女と一言も話したことがない事に気がついた。
当然名前も知らない、昨晩温泉でアリスとか言われてたような気はするが……
「アリストロメーア・シュメイ・ネグ・フローワです」
察したエルフの少女は先に名を名乗ってくれた。
長い名前だ、多分一度では覚えられない。
「俺はノアだ、ノア・シドー、よろしく、ええと……」
早速忘れた、おかしい、ボケるにはまだ速いはずだ、アリストロイア……だったか?
「アリスで結構です」
俺の困り顔を見て色々と察したのか、それともこういう事は初めてではないのか。
鼻で小さく息を吐きながら名前を短く言い直す。
「アリスかよろしく、やっと話せたな、気にはなってたんだけどなかなか話すタイミングが無かったよな、なんだか避けられてたみたいだったし」
「すいません、あの……」
アリスは俺とフェリスをチラチラ見ながら何か言い難そうだ。
するとアリスは俺の耳に口を近づけ、手で口の周りを覆って小さく話す。
「何で、魔族と一緒にいるのかなって、気になって」
俺はその一言で色々と合点がいった。
このエルフの少女は、ずっとフェリスの正体に気づいており、人間である俺が常に近くにいるのが不思議だったのだろう。
天族に味方するエルフ族にとって魔族は基本的には敵だからだ。
そして人間もどちらかと言えば天族寄りの種族である。
俺は周りを見て、アストリア達以外には誰も近くに居ないことを確認し、アリスに確認する。
「それ、他の誰かに言ったのか?」
「いいえ、初めは状況がよく分からなかったんですが、温泉に行った時に、あ、この人魔族なんだって感じて、ちょっと怖くなって
でも特に何もしてないし、人間……ノアさんと仲良さそうに話してるし、私は覚えてないけど、魔獣から助けてくれたってお馬さんから聞いたので」
とりあえずまだ誰にも言っていないようだ。
俺はほっと胸を撫で下ろし、とりあえずフェリスのことを簡単に説明する。
「フェリスは俺の妻なんだ、確かに魔族だけど、ちょっと色々あって一緒に暮らしてる
俺達に害意がなければ誰とも戦う気は無いし、今もフィガロ王国の要請で魔獣討伐に参加している所だったんだよ、ちょっと今変な方向に話が進んでるけどさ」
「えっ、け、結婚!? 魔族と?」
「そうだよ、でもまだ周りの人達には魔族って事は秘密なんだ、騒ぎになるだろ? だからアリスもそのことに関しては黙っていてくれると嬉しい」
アリスは少し考えて、その場にいたもう一人の人間……アストリアの方を見る。
「貴方もこの事を知っているんですか?」
「ああ、俺は一度姐さんに戦いを挑んでボロクソに負けて見逃してもらった身分だから、今更何も言うことは無いよ」
「貴方のその鎧、ラギウス教会のものですよね? ラギウス教徒なのに、魔族を庇うんですか?」
「勝ち目のない戦に部下を巻き込んで無駄死にさせるような事はしないと言っているんだ」
「勝てるなら戦うんですか?」
「負けて見逃して貰った相手に勝てるようになったからまた襲います、それじゃただの人でなしだろ、一から十まで言わないと分からないのか?
もう姐さんと戦うつもりはない、また大昔みたいに天族と魔族で戦争が始まれば考えざるを得ないけど、そうじゃないなら、せっかくこうやって会話できるようになった関係を崩す必要が無い」
少し語尾が強くなったアストリアを見ながら、アリスは「魅了や支配の類ではなさそうですね……」などと呟いている。
フェリスが魔法か何かで俺達を操っていると思っているのだろうか。
『アリス、その分類でいくなら私もどちらかと言えば魔族よ、嫌なのかしら』
突然、頭の上から降ってくるように、透き通った声が響き渡った。
俺は上を見上げるが、そこには青い空が広がっているだけで喋りかけてくるようなものは何もない。
俺は不審に思い隣りにいたフェリスを見ると、フェリスの視線は白い馬に向けられていた。
「違う、お馬さんは嫌じゃない……」
アリスは白い馬に向かって話しかけている。
という事は、今のはあの白い馬の声か?
「あそこの白い馬が話しているようだね、恐らく念話だろう」
「よく分かるなアストリア」
「教会でこういう術を使う人がいるから何となくね、でも馬が話したのは驚きだな」
念話か、そういえばマイバッハと話した時も、こんな感じだったような気がするな。
……マイバッハ、今頃何してるんだろう、洞窟で暇してるんじゃないか、ロシュフォーン王都に行く前にちょっと様子を見に行くのもいいかもな。
もう数カ月会っていないガイコツ執事を思い出し、ちょっとだけ懐かしい気持ちになる。
いやいかん、ここで呆けている場合じゃない、今は目の前の馬と話さねば。
「何だ、男とビッチとは話さないんじゃなかったのか?」
『もちろんできれば避けたいわ、でも貴方達には一応助けられた事だし、特別に私が事情を説明してあげる
だからあなた方の事も話しなさい、お互いの事が分かればこの子も少しは安心するでしょう』
なんとも上から目線では有るが、言っている事はわりとまともだ。
「そうだな、互いの事を話すだけでも解ける誤解は有る」
『物分りの良い人間は嫌いじゃないわ』
白い馬はそう言うと、こちらに近づいて来て皆の前で膝を折って座り込んだ。
近くで見ると毛並みの美しさがよく分かる、その体はまるで新雪のような白だ。
そして角は体に比べるとやや色が濃く乳白色となっている。
「あんたはユニコーンなのか?」
俺はたまらず、近くに座った白い馬に聞いてみた。
『ユニコーン? 分からないわ、私は造られた魔獣だから名前や種族なんて無い、生まれた時から今までずっと一人よ』
「造られた?」
『ええ、貴方達がキメラと呼ぶ生物よ』
「誰に?」
『……忘れたわ、もう千年以上前の事だもの』
「ほう」とフェリスが目を見開く。
千年! フェリスよりも遥かに年上だ、そんな長い間ずっと一人で生きてきたのか。
『……でも、ユニコーン……いいわね、悪くない音よ、これは何か種族の名前かしら』
「俺の生まれたところの伝説に、そういう白くて一本角の生えた馬が出てくるんだよ、それをユニコーンっていうんだ」
『へえ、初めて聞いた話ね、これでも世界中を旅してきたつもりなのだけど、思ったより広いのね、世界って』
白い馬はそう言って少しだけ考える素振りを見せた後に宣言した。
『なら私の事はユニコーンと呼びなさい、その名前は私が頂くわ』
こうして、千年の時を経て、その白い馬はユニコーンという名前を手に入れたのだった。
宿屋の軒先で四人の男女がお喋りをし、その隣で馬が休んでいる。
周りから見ればそのように映ったであろう。
それ自体は特に珍しい光景でも無いため、大して気にする者もいなかった。
ただしそこで語られていた話の内容は、誰が聞いても耳を疑うようなものだったに違いない。
ユニコーンのユニさん(愛称)は、千年以上前、第二次天魔戦争で魔族が勝利し、魔族統治の世の中で生まれた。
魔族統治とは言っても、某ヒャッハーな力こそ全て的な世の中という訳ではなく、彼らは戦争で荒れた世界を復興させ
各種族が自分で歩いていけるような地盤作りを主に行っていたらしい。
戦後復興は魔族の力で急速に進み、世界は徐々に平和を取り戻していった。
しかし大きな問題もあった、その中でも特に大きな問題が、第一次天魔戦争後に天族が旧人類を滅ぼし、新たに作り出した新人類とも言える種族。
新人間族、エルフ族、獣人族、オーク族、この種族間の対立が次第に激化していったのだ。
各種族は、領土や権利を巡って度々争った。
ユニコーンが生まれたのは、各種族の住み分けがある程度出来上がり、種族間の争いが一段落し次第に沈静化していく中での事だった。
その白い馬が持つ最も古い記憶は、エルフ族と共に生活している記憶だった。
その頃のエルフ族は、人間族が生活しづらい森の中の領土を得ていたため、人間族との衝突は殆ど無くなっていた。
目下の敵は、同じ領域で生活する獣人族だった。
ユニコーンはその獣人族と戦うための役割を与えられていた。
ユニコーンはエルフ達と一緒に、時にはエルフを背に乗せ、時には単身で獣人族と戦った。
長い戦いの日々が過ぎ、エルフ族と獣人族の生活域が大体決まった頃、事件が起きる。
ユニコーンが獣人族の拠点を偵察し、エルフの村に戻ろうとした時、空に閃光が走り、辺りに轟音が響いた。
そして、ユニコーンがエルフの村に戻ると、そこにはもう何もなかったのだという。
草も、木も、建物も、エルフ達も、何も無かった。
ユニコーンはそこで生まれて初めて恐怖というものを覚え、必死に逃げた、逃げて逃げて、気がつけば全く見知らぬ国へと来ていた。
一瞬にして生活の場と生きる意味を失ったユニコーンは、そのまま当てのない旅に出たのだという。
そして旅を続け長い年月が経ち、ふと気がつけば、懐かしい匂いのする土地に戻ってきていた。
国の名は変わり、見知った場所も既に無いが、遠い記憶を頼りに昔暮らしていたエルフの村を探して歩いていたところ
人間に捕まり、連れて行かれそうになっているアリスを見つけたのだという。
『北の山中にエルフの里があるというから、そこまで運ぶ途中だったのよ、そうしたら人の気配がするから迂回しようとしたら
あの変なトカゲがいきなり出てきたってワケ』
ユニコーンの説明に、俺達一同は唖然としていた。
特にアリスとアストリアのショックが大きいようだ。
理由は分かる、先程のユニコーンが言っていた過去の戦争にまつわる話は、現在の歴史書に載っている内容とかなり違っていたからだ。
第二次天魔戦争後の約千年に及ぶ魔族支配による時代、これは現在の歴史書では暗黒の時代と呼ばれ、魔族による弾圧と搾取の時代だったとされている。
民から奪い取った財を用い、天族を完全に抹殺するための武器や道具を作っていたとされているのだ。
また、天族を崇拝する種族は徹底的に弾圧され、村や町が次々と滅ぼされていったともある。
魔族が戦後復興を指揮したとか、天族が旧人類を滅ぼしたなどとは、どこにも書かれていないのだ。
「な、なんだかちょっと……」
「信じられません!」
アストリアとアリスは疑問の声を上げる。
それはそうだ、子供の頃から聞かされていた世界の常識が、ユニコーンの一言で覆るはずがない。
「うむ、妾が父上から聞いておった内容と大体は同じであるな」
同調したのはフェリスだ、彼女の父シャルルは確か元、原初のヴァンパイアで、第二次天魔戦争の時から生きていたらしい
つまりユニコーンよりも年上だ。
となればユニコーンよりもさらに事実に近い事を知っていただろう。
「元ジャーナリストなら戦後復興であちこち飛び回ってたかもしれないな、何か“魔族の真実”みたいな本でも書き残してくれてれば良かったんだけどな」
『ジャーナリスト?』
「ああ、フェリスの親父さんだ、シャルル・アルカードっていう」
『シャルル……もしかしてあのメガネかけてたオタクくさそうな冴えない男かしら』
「ち、父上を知っておるのか!?」
ユニコーンの言葉を聞いたフェリスが椅子から飛び降り、ユニコーンの前に両膝を付く。
『私がエルフの里から出た後さまよってたところで出会った魔族がいたのよ、ヴァンパイア族だったと思うわ。
私は森林地帯以外の場所に行ったことが無かったからどこへ行けばいいのかと思ってた時に、この外に広がる世界の事を教えてくれたのよ。
その時に地図もくれたわ、もう失くしちゃったけど。」
「ヴァンパイア族、メガネ……恐らく父上じゃ、いや、父上に違いないぞ」
『山の上に城を作るんだって言ってたわ、ロマンがどうとか、まあ変な男だったわね』
山の上に城……といえばフィガロが思い浮かぶが、まさかな。
山にある城なんて他にもあるだろうし、しかしフィガロ城がロマンを感じる作りなのは確かだな。
「山の城ってどこにあるんだ?」
『さあ、私が会った時はまだこれからって感じだったけど……記憶が確かならこの辺りからそう遠くないはずよ、平地の中にぽんと置いてあるみたいな山』
フィガロじゃねえか!
いやもしかしたら他にもあるのかもしれないが、あんな立地の城がこの近くにいくつもあるようには思えない。
考える限りはフィガロの可能性が非常に高い。
人口一〇万人もいない国でよくあんなの作れたなと思ったが、元々あった城を再利用したと考えれば納得がいく。
「フェリス」
「うむ……父上が、あの城を……」
フェリスはいつのまにか両目にいっぱいの涙を浮かべ、ここからは見えるはずのないフィガロ城の方を見ていた。
直接フェリスと関わりがあるわけじゃない、ユニコーンがシャルルに会ったのはフェリスが生まれる遥か昔の事だし、その頃のシャルルはフェリスという存在を知ることもなかった。
だがやはり、父親の遺したものがそこにあるというのは大きいようだ。
特にフェリスはお父さん子だったような感じがするので尚更だろう。
俺はフェリスを抱き寄せると、肩を支え、椅子に座らせた後ゆっくり抱きしめた。
シャルルとは全く面識もない俺だが、愛する妻の父親が遺したものがフィガロの根幹にあると思うと、何となくフィガロに対して愛着のようなものが生まれた気がした。
フェリスが落ち着くまでの間、今度は俺達の事を俺から皆に話していた。
とは言ってもそこまで詳しく話した訳じゃない、封印されていたフェリスを偶然俺が助け、そこから一緒に旅をするようになった。
旅をしている間に惹かれ合い、結婚し、今はフィガロに家を持って暮らしているという程度の事だ。
ユミナやマリアベルの事は特に触れなかったが、アストリアは特に何も言わなかったので察してくれているようだ。
そしてアストリアが、セルマの港町で宿にヴァンパイアがいるから退治してくれと依頼があり、乗り込んで戦ったが惨敗したという話をした。
その後、ロフレ村に来て慈善活動をしていた所、俺に再会し、魔獣討伐を手伝っていたという流れだ。
突っ込みどころはあったが、お互い様なのでそこはスルーする。
「それでは最後に私ですね、私はここから北の方の山中にあるベルレッタというエルフの里から来ました。
聖都ラギウスにあそ……使いに行った帰りに人さらいに捕まり、抵抗したのですが多勢に無勢で捕らえられそうになったところを、ユニコーンさんに助けてもらいました」
「今、遊びに行ったって言おうとしたよね?」
「言ってません、遊びじゃありません」
「なんだかお主の説明が一番俗物的じゃな」
「遊びじゃないんです!」
アリスの説明に何のドラマ性も無かったので少し拍子抜けしてしまったが、まあそんなホイホイと特殊な事情が出て来る訳はないか。
むしろ遊びに行った帰りに人さらいというのはある意味お約束とも言える。
「それじゃあの大トカゲは何だったんだ?」
『分からないわね、移動途中に急に襲われたのだけど直前まで気配がしなかったし。
あんな生き物は見たことがないから、恐らくキメラだとは思うけど……』
「フェリスは何か分かるか?」
「……いいや、妾も心当たりは無いのう」
結局皆で考えても、あの大トカゲは恐らくキメラらしいという事くらいしか分からなかった。
とりあえず皆の素性を明らかにした事により、アリスの警戒心は多少緩和されたようだ。
天族と魔族の因縁を聞かされたアリスは、とりあえずそれはそれと開き直ったようで、あまり深く考えないことにしたらしい。
アストリアは難しい顔をして何やら考え込んでいる様子だった。
そして日も高くなり、そろそろ昼だという頃になって、森の奥で殺されている宿屋の息子が発見されたという連絡が入った。
宿屋の息子は、森の奥で首を刎ねられて殺されていたらしい。
他に外傷のないことから、獣の類の仕業ではないということになったのだが、例の魔法の杖は持っておらず、結局犯人はわからずじまいだった。
それから昼を挟み、拘束していた“宿屋の息子とともに魔獣を見たと証言した村の男”を尋問したところ
宿屋の息子に金をもらい、口裏を合わせていただけだったという事が新たに分かったのだ。
また、周辺住民への聞き取り調査から、宿屋の息子は、父親と経営方針について度々衝突していたとの、まことベタな証言を得ることができた。
これを以って、フィガロ王国魔獣討伐隊の見解としては、元々の魔獣騒動は宿屋の息子の狂言だったという方向で固まったのだ。
ここから先は王都から専門の調査部隊が村に入り、事件の詳細を調べることになる。
何とも予想外の結果となってしまったが、ともあれ討伐隊の任務はここまでと言うことになった。
ロフレ村には十人長指揮下の一部隊を警戒用に残し、残りは王都へ帰還する。
カタリナ達が村長と話し合い、駐屯兵の食事は村で賄えることが分かったので、後でかかった費用を国に請求してもらう事で話がついたようだ。
そして俺達はカタリナに呼ばれ、指揮官用のテントに来ていた。
王都に戻る前に、面倒な問題を何とかしておく為だ。
「さてアストリア殿、魔獣討伐の折のご協力誠に感謝する、アストリア殿達の働きで我々は大きな被害もなく魔獣を倒すことが出来た」
カタリナはアストリアの前でアストリア達の功績を讃え、そして少し言い難そうに顔をしかめた。
「それでだ、報奨の事なのだが……アストリア殿は我軍の正規の人員ではない、そして食客としても登録されていない
つまり、直接お渡しする事が難しい……」
「要りませんよ、俺は旦那の友人として手伝いをしただけです、フィガロ王国から金をもらう理由はありません」
「そうか、それは助かるが……アストリア殿の助力が大きかったという事も事実、なので陛下には私からこの事を内密で伝え
ノア殿の報奨という名目で組み込んで頂けるようお願いするつもりだ。
これが通った際には、ノア殿より金品を受け取っていただくわけにはいかないだろうか」
討伐隊として登録されていないアストリアには直接報奨を出す理由が無いし、教会関係者という事もあって、王国が公に功績を認めると
またつまらないところで余計な茶々が入る可能性がある。
カタリナの提案は、働き分の金品を秘密裏にアストリアに渡す手段としては良いものだが、全ての人間がこれを受けるとは限らないところがまた厄介なのだ
何故ならやむを得ずこういうやり方を行うと、受け取る側が、バカにされたとか、評価が低いとか騒ぎ出すケースがある。
そうなって事が公になれば、そういう手段を取ろうとしたカタリナも罰を受けざるを得なくなる可能性があるのだ。
現場指揮官としては「お前関係ないから無給な」で終わらせたほうが余程楽なのである。
「もちろん問題ありません、俺のような訳有りの飛び入りに気を使って頂いて感謝致します」
アストリアのチームの財政は苦しい、是非にと言われれば断りはしないだろうし、ゴネることもないだろう。
最初に断ったのは様式美かプライドか……
「早速、旦那の家にお邪魔する機会ができましたね」
「は?」
「だってそうでしょ、まさか旦那に聖都ラギウスまで届けてくれなんて言えないし」
「あ、まあ……そうなの……か?」
「待つついでにしばらくフィガロでバイトでもしてますからよろしくお願いしますね」
アストリアは嬉しそうに俺の方を向いて笑った。
しかしバイトとか……何とも締まりのない特殊部隊だな。
「良いか? もう一つの話がしたいのだが」
困ったようなカタリナの声で俺達は向き直る。
もう一つの話とは、つまりアリスとユニコーンの事だろう。
コホンと咳払いを一つして、カタリナが説明を再開した。
「先日討伐した魔獣、あれは王都へ運んで詳しく調べる事になった。
そこで問題になるのが、同時に現れたアリストロメーア殿とユニコーン殿だ。
二名とも、あの魔獣とは無関係だという話は聞いた、だが、それだけでさようならという訳にはいかん。
アリストロメーア殿は、フィガロ領と隣接する地域の村の出身ということで良いとしても、ユニコーン殿は……言ってしまえば魔獣だからな」
名前が決まったと同時に、自分の事をユニコーンと名乗っていたせいか、普通にそういう名前だと思われているようだ。
さっき決まったばかりなんだけどな。
『討伐されるのかしら?』
テントの中で狭そうにしているユニコーンの隣で、不安そうにアリスがユニコーンのたてがみを握っている。
「……いや、これまでの話で我々に敵対していないという事は分かっている、こうして会話ができるというのも大きい
悪い事にはならぬよう取り計らうつもりだ。しかしやはり王都へ来て頂き、陛下の判断を仰ぐ必要があるのだ」
『そう……』
テントの中に緊張が走る。
獣人族との戦争を生き抜き、千年もの間旅を続けてきた白い馬。
その戦闘能力が低いはずがない、もしここで暴れられたらはたして取り押さえることができるだろうか……
『分かったわ、貴方達の王に会いましょう』
ユニコーンの答えに、カタリナを始めとした面々がほっと胸を撫で下ろす。
少々口調が上からだが、そこを言ってもどうにもならないと皆が分かっているので誰も突っ込まない。
何せ知識量なら恐らくここにいる誰も及ばない、生きた歴史書と言っても過言ではないのだろうから。
「ありがとう、陛下のご理解を得られるよう最大限努力する事を誓おう」
「あの……私は……」
緊張した様子でユニコーンのたてがみを掴んでいたアリスがおずおずと声を上げる。
人間族の軍人に取り囲まれて不安なのだろう。
アリスにしてみたら、強面のオーク族に囲まれているようなものだ、オーク族なんて見たこと無いけど。
「うむ、できればアリストロメーア殿もご一緒願いたい、陛下にご報告する際に、天族との関係が深いエルフ族と共にいたほうがユニコーン殿も受け入れられやすいだろう
もちろん滞在中の面倒はフィガロ王国が責任を持って見るので心配しないでくれ」
「は、はい……」
アリスはこくこくと頷いて、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「よし、それでは報告は今決まったとおりに行う、出発は明日の早朝だ、皆準備しておくように、それでは解散!」
「「はっ!」」
カタリナの号令で十人長達がわらわらと散っていく。
「フェリス殿、もしお時間がよろしければ魔術理論のお話などを少々……」
会議が終わるとネビルが早速フェリスに声をかけている。
大トカゲと戦った時のフェリスの活躍を見た時から、ネビルのフェリスを見る目は明らかに変わっていた。
副長の仕事の合間を見ては、フェリスに魔法の講義を聞きに来ているのだ。
夜も皆が寝静まった後に瞑想などをしているようである。
圧倒的な力を持つフェリスと、ラギウス教会の若い才能ある魔術師の力を見て、何か思うところがあったのだろうか。
ネビルは今三五歳だという、魔法の腕は普通に見たら今でも上級者クラスだろう、このままでも魔術師としてはそれなりの地位を得ることが出来るはずだ。
しかし今のネビルはそれだけでは満足していないようだ。
討伐初日の傲慢な態度は消え失せ、今は教師に教えを請う生徒のようにフェリスを敬っている。
「ふむ……妾は良いが……」
フェリスは俺の方をちらりと見る。
いつもならフェリスが別の男と何かしてるなんてそれだけで嫌だが、今のネビルは何となく応援してやりたい感じもする。
フェリスとネビルがどうこうなるなんてある訳ないし、あまり束縛しすぎるのは良くないな、うん。
「俺は適当にその辺うろついてるから、しっかり鍛えてやりなよ」
「……うむ、わかったのじゃ、あまり遠くに行かぬようにのう」
「黒王と一緒にいるから大丈夫だよ」
少し心配そうなフェリスと、申し訳なさそうに礼をしているネビルに手を降って、俺は黒王のいる場所へと向かった。
魔獣捜索を始めてからというもの、ずっと黒王を放置していたような気がする。
黒王を放してあった補給部隊の馬車の近くに行くと、黒王は暇そうに草などをもしゃもしゃ食べていた。
食事はそれほど必要ないはずなのに、黒王は見るといつも草を食っているような気がする、癖なんだろうか。
「よう黒王、少し運動するか」
俺が近づくと、黒王は嬉しそうに駆け寄ってきて頭を垂らした。
でかいくせに可愛いやつだ。
俺は黒王を座らせてその背中に乗る、俺が完全に背中に乗ったのを確認すると、黒王は俺を落とさないように気を使いながら立ち上がった。
近くにいた補給部隊の兵士から驚きの声が上がる。
普通は馬にこんな乗り方などしないからだ。
しかし黒王は立ち上がると背中の位置が二メートル近い高さになる、座ってもらわないと俺が乗れないのだから仕方ない。
「昇降用の鐙でも付けるか……でも変なものジャラジャラ付けたくないしなぁ」
街道の隅っこを黒王に乗りながら散歩しつつ、取り留めのない事に考えを巡らせる。
まてよ、黒王は魔法が使えたはず、高速移動時は俺が落ちないように魔法みたいなもので支えてくれたりしていた。
それを応用すればあるいは……
ふとある作戦を思いついた俺は、街道から少し離れた草原に移動し、黒王から降りた。
「黒王、俺がお前の体に触ってジャンプしたタイミングで魔法を使って俺を背中に運べるか?」
俺の問いかけに、黒王はしばし空を見上げ、その後にこくこくと頷いた。
そうなれば後はやってみるだけだ。
俺は黒王に取り付けた馬具に手をかけ、飛び跳ねる。
「今だ!」
合図を送ると俺の体は一瞬ふわりと空中で停止し、その後フワフワと上に移動し黒王の背中に着地した。
「おお! すごいぞ黒王!」
「ヒヒン」
黒王が嬉しそうに鳴き声を上げる。
これを使えば黒王への昇り降りの時間を短縮できるというものだ。
しかし今のはちょっと不自然だったな、人前で飛び乗る時のためにもう少し自然に登れるように練習しよう。
「黒王、もう一度だ、俺が自然に飛び乗った感じに見えるように、地面から足が離れた直後から魔法を使ってみてくれ」
俺は黒王に注文を出して、再び馬具を掴みジャンプする。
今度は足が地面から離れた瞬間から浮遊感に包まれ、そのまま黒王の背中にすっぽり収まった。
これなら問題ないはずだ。
「いいぞ黒王、お前はやっぱり凄い馬だな」
「ヒヒーン」
うまくいって黒王も嬉しそうだ。
その後、俺は調子乗って、遠くから走って飛び乗ったり、宙返りをして飛び乗ったりと、色々なパターンを実験して遊んでいた。
実際にはそんなアクロバティックな乗馬を使う機会など無いのだが、村に戻っても特にやることもない
たまには黒王と遊ぶのも良いだろう。
「よし、今度はダッシュ空中三回転半捻り乗馬だ」
「ヒヒン」
俺は黒王の方へダッシュしつつ、フィギアスケートのアクセルジャンプのように体を捻って飛ぶ
直後に浮遊感に包まれ、俺の体は黒王の背中へ向かっていった……のだが
「う、うおっ!? 目が、目がまわるー!」
回転しすぎて見事に平衡感覚が狂った俺は、鞍の上に一旦は乗ったものの、踏ん張りきれずにそのまま逆方向へ落下したのだ。
ズシンという衝撃と共に、鈍い痛みが脇腹や肩口から広がる。
「ヒヒヒン!」
黒王も慌てたようで、俺の近くで鼻を鳴らしているのが聞こえた。
黒王が俺の体に鼻を当ててスンスン言っている、俺の怪我の具合を確かめているのだろうか。
ただの打ち身で大したことはないはずだ、痛いことは痛いが、どこか折れたような痛みはない。
そんな時に、その声は降ってきた。
「あら、奇遇ですね、何をやっているのですかこんなところで」
誰だ? 旅人か? ここは少し離れているとは言え街道から近い
何かやっている馬と人を見かけてこちらに来たのだろうか、しかし奇遇? 知り合いか?
俺は痛みを堪え、目を開けて声のした方を見る。
落ちた衝撃からか、目がすこしぼやけているが、確かに俺と黒王以外の人間がそこにいるようだ。
ともかく大事になると面倒だし、返事でもしておこう。
「ああ、ちょっと乗馬の練習をしていたらコケちゃってね、大したことはないから」
「そうですか……ああ、どこかで見たことがあると思ったら、あの時の馬ですね」
あの時? 何のことを言っているんだ、声からすると女性のようだが……いやどこかで聞いたような気が
黒王の体を支えにして起き上がり、目の前の女性を見る。
視界が次第に元に戻っていき、だんだんとその姿がはっきりしてきた。
茶色の髪を後ろでまとめており、黒いマントの下には黒い革か何かのスーツ、冒険者か?
腰には長剣を一本下げている。
「忘れてしまったのですか、ノアさん、寂しいですね」
目の焦点が合い、女性の顔が段々とはっきりしてくる。
それは家で俺を待っている少女よりも少し大人びた顔、かつて姉妹だった少女の姉。
「コトナ!?」
「はい」
俺の目の前に現れた女性は、しばらく前に盗賊のアジトで喧嘩別れしたユミナの姉、コトナだった。
「コトナ、無事だったのか……いや、どうしてこんな所に? 他の人達は?」
突然の再開に頭が混乱気味になって、疑問ばかりが口から出てくる。
それ以前にしなければいけない事があるはずだ。
「無事ですよ、あの時の皆さんも今では立派にお仕事をしています」
「あ、ああ……良かった、本当に良かった」
目の前に現れたコトナはとても落ち着いた様子だった、今なら冷静に話し合えるかもしれない。
言わねば、あの時あんなことになってしまった詫びをいま言わねば。
そして家に連れて帰って、ユミナと仲直りさせなくては。
「コトナ……あの時は済まなかった、俺もいっぱいいっぱいで余裕が無かったんだ、本当にすまない」
俺の謝罪を聞き、コトナはにっこりと微笑む、それは俺が知っている笑顔だった。
「いいんですよノアさん、過ぎてしまった事です、それよりもここで出会えた幸運を感謝しましょう」
「ああ、ありがとうコトナ」
分かってもらえた、やっと許してもらえた。
俺は嬉しくなり、コトナに駆け寄り握手を交わそうと手を差し出し……
そこで目の前から迫ってきた大きな足に蹴られ、後方に弾き飛ばされた。




