第三十話 そうだ温泉に行こう
突如森の奥から飛び出してきた大トカゲの魔獣を倒した後、もう一匹の魔獣、白い馬が乗せていた人物は、エルフ族の少女だった。
色々と事情を説明したかったが、この白い馬、重度の処女厨で処女の女性としかまともに会話をしないと言うではないか。
現在の討伐隊メンバーで条件に当てはまるのは、カーナとカタリナだけだったので、今はカタリナが事情聴取に当たっている。
この過程で、ユーリは既に経験済という事が皆にバレてしまい、ユーリとしては災難であった事だろう。
フェリスにも当然そういった目が向けられたのだが、当人は「良人がおるのであるから当然じゃ」と澄まし顔だった。
おかげで討伐隊のメンバーの一部から俺は「幼女使い」とあだ名を付けられてしまう始末……全く冗談じゃない。
俺は大人の女性も好きなんだ、たまたまこっちに来てから縁があったのがちびっこ達だったというだけなのだ。
それにフェリスは五〇〇歳だしこれはセーフだろう、俺は断じて幼女趣味という訳ではないのだ。
そして大トカゲとの戦闘で、ガドラスの株がだいぶ上がったようだ。
殆どの兵士が尻込みしていた中、果敢に接近戦を仕掛けたのはガドラスとアストリア達だけである。
特にガドラスは攻撃されそうになっていた兵士を助けるために飛び込んだり、攻撃を受けたにも関わらず再度突撃し止めを刺した為、兵士達からは一目置かれる存在になったようだ。
当のガドラスは、大トカゲの最初の一撃で肋骨をやっていたため、今はカーナの回復魔法を受けて安静にしている。
カーナが物凄く張り切ってたから、あっちは任せておいて大丈夫だろう……
攻撃を受けた五名の兵士は、何とか一命は取り留めていた。
重装で盾も持っていた前衛は比較的軽症だったのだが、軽装だった弓兵の二人は一時危ない状況に追い込まれた。
フェリスの回復魔法で何とか持ち直し、今はロフレ村の宿で安静にしている。
ちなみに、攻撃を受けたのはロック十人長の班だったようで、ロックは顔を赤くしながらフェリスの治療を受けていた。
最後に、白い馬が連れていたエルフの少女だが
当初は衰弱していたようだったが、宿に運び手当を施した後に安静にさせていると、じきに目を覚ました。
目を覚ました直後は周囲の状況が分からすに怯えていたが、アストリア達がラギウス教徒だと知ると少し落ち着いていたようだ。
エルフ族は過去の戦争でも殆どの勢力が天族側に味方した、天族贔屓の種族だ。
普段は森の奥に土地を持ち、滅多に人間の住んでいる地域には顔を出さないが、ラギウス帝国内ではちらほらと姿を見かけることもあるらしい。
見た目は定番の、見目麗しく線の細い体つきと、尖った長い耳が特徴で、寿命は大体千年程度だという。
しかしそんな長寿のエルフであっても老衰で死ぬことは稀で、途中の事故や戦争、病気などで殆どのエルフは寿命を待たずに命を落とすそうだ。
ドタバタと慌ただしく状況が動き、負傷者の手当や白い馬からの事情聴取、白い馬が連れていたエルフの少女の保護など
様々な仕事が右から左へと流れていく。
動ける兵士達は普段通りの仕事を行い、大トカゲ魔獣の死体を討伐軍キャンプの方に運び
フィガロ王都への中間報告の早馬が走り、その日は慌ただしく暮れていった。
日も暮れ辺りが暗くなった頃、一通りの雑務は終わり、明日からの方針を決める段階になったので
とりあえず本日の業務は終了とし、戦闘の疲れを取るために残りは自由時間という流れになった。
失礼だがカタブツと言われていたカタリナにしては気の利いた計らいだと思ったものだ。
「まったく……えらい恥かいたじゃないか」
俺はフェリスと村の中を歩きながら、昼間の出来事を思い返し、悶えたり愚痴ったりを繰り返していた。
「むう、あの白い馬から意識を逸らそうと思ったのじゃが、うまく行かんかったのう。
済まぬな主よ、恥をかかせてしもうたの」
「まあいいけどさ、何とか丸く収まりそうだし」
俺が上げた勝鬨を全力スルーされた時の事を思い出すと、背中がゾワゾワして転げ回りたくなる。
いいさ、俺はいつもこんな役回りなのさ。
「ぬうう、主よ、そんなに落ち込むでない、誰も気にしておらんかったじゃろう」
誰も気にしてなかったという事実を突きつけられ更に落ち込む。
フェリスさんや、それは慰めじゃない、死体蹴りって言うんやで……
「困った主じゃのう……そうじゃ、この村では温泉が楽しめるようであるぞ、そこに行こう、な? 主よ」
フェリスが良い事思いついたといった様子で俺の腕に自分の腕を絡める。
俺は腕に抱きついているフェリスを見る、ドレスの隙間から見える白い胸元が何だか妙にそそる
温泉、温泉か……フェリスと温泉……
ありだと思います!
「行こう!」
「む、急に元気になりおったな、現金な事じゃ」
フェリスはため息を付きながらも、俺の腕から手を離そうとしない辺り、本人もそれなりに楽しみにしているようだ。
俺達は宿泊している、この村の村長が経営する旅館からタオルを二枚借り受け、村の西にある川のほとりに湧き出している天然温泉に向かった。
村から歩いて数分ほどの場所に川が流れており、問題の温泉はそのほとりから湧き出している。
一応温泉があることを示す柵のようなものが張られ、脱衣所代わりのバラックが建っているが、基本的には誰でも好きなように利用できる露天風呂だ。
湯が張ってある部分の大きさは三〇メートル四方程度だろうか、なかなか広い。
温泉の底には平たく削った石が敷いてあるようで、座っても尻が砂などでジャリジャリになることは無い。
入ってみると温泉としては少しぬるめといった感じだった。
既に残暑も終わり涼しくなりつつある季節に入っているので、ぬるめの湯がとても気持ちいい、長く入っていられそうだ。
「これは気持ちが良いのう」
一緒に入ったフェリスが、気持ちよさそうに俺に寄りかかっている。
外で見るフェリスの肌はまた格別の美しさだった、月明かりに照らされてとても艶やかな色彩を放っている。
最近はフェリスの肌もそれなりに見慣れてきたはずなのに、環境が変わるとこうも印象が違うものなんだな。
以前はマンネリ解消に場所を変えて……みたいな話を聞くと、場所なんか変えたって見るものが変わるわけじゃないし意味ないだろとか思っていたのだが
全くもって俺が間違っていたようだ。
まあ俺はマンネリなんてまだまだ縁遠い話なのだが。
「どうしたのじゃ主よ、随分と大人しいではないか」
「……いや、フェリスがあまりにもキレイで」
思わず出た俺の言葉に反応して、フェリスの顔がカーッと赤くなるのが分かる。
「お、お主は本当に、いつも不意打ちしてくれるのう、妾にも心の準備というものがだな……」
俺はしどろもどろになっているフェリスの肩を抱き寄せる。
フェリスは「むうう」と唸って赤くなりながらも俺の胸に顔を預けた。
「全く、主はもっと奥手であったはずなのに、この所随分と積極的ではないか」
「それはフェリスだからだよ、フェリスは俺の事を受け入れてくれる、だから俺はフェリスを好きだという気持ちを隠さない事に決めたんだ」
「妾の知っておる臆病で引っ込み思案の主がどんどん遠くに行ってしまうのう……じゃが、嬉しいぞ」
二人で体を寄せ合ってお湯を楽しむ、何という幸福だろうか。
この世界に来なかったら、こんな幸福を味わうことは一生無かったのだろうと思うと、この世界に飛ばされた原因がどんなに邪な意志によるものであろうと感謝したくなってくる。
「しかし少し怖いのう、そのうち、何ぞ無体を要求されてしまうやも知れぬと思うと」
「一体何をするって言うんだ……」
「他人には言えぬことじゃ、その……何も着せられず、犬のような格好で外を這わせられるとかな」
一体どこからそんな話を聞いてきたんだこのちびっこは。
「あ、あれじゃろ、あぶのーまるぷれいというやつであろう、か、覚悟は出来ておる……のじゃ」
「しねえよ!」
「初心者です、よろしくお願いします」状態の俺がなんでそんな異次元プレイにチャレンジしなくてはいけないのか。
俺はフェリスを大切にしたいんだ、大切に大切にベッドでイチャコラしたいのだ。
俺は黙ってフェリスの腰を抱き、空に浮かぶ月を眺める。
この世界の月も元の世界の月と変わらないように思える、黄色く輝く月だ。
そうするとこの世界にも宇宙があり、ここは地球のような惑星なのだろうか、この星の海のどこかに俺のいた星があるのだろうか、それとも無いのだろうか。
そんな取り留めのない事が次々と浮かんでは消えていった。
そうして浮かぶどうでもいいような考えの中にふと気になったものが見えたので、それをフェリスに聞いてみる。
「そういえばフェリス、フェリスはアルカードっていう姓を名乗ってるけど、それは本名なのか?」
フェリスは少しだけ顔を傾け、要領を得ないといった表情になる。
「いや、俺のいた世界でアルカードっていうと、物語の中なんかでヴァンパイアによく付けられる名前なんだよ、なんか妙にしっくり来るからどうしてかなと思ってな」
「ふむ、妾もそこまで良くは覚えておらぬのじゃが、何でも父上がヴァンパイアになった頃に名乗り始めたのだと聞いた事がある」
フェリスの親父というと、以前クロウがちらっと言っていたシャルルという人物か。
「……妾の父上は元々は人間で、じゃーなりすとという仕事をしておったそうじゃ。
二度目の天魔戦争のおりに、ふとしたことから上位天族の血を浴び、原初のヴァンパイアとなったそうじゃ。
そこから魔族に与し、戦いを初め、千年あまりの時を過ごしたと聞いた。
そして三度目の天魔戦争が始まり、戦争が膠着状態となった頃、母上と出会ったそうじゃ。
母上は普通の人間であった、二人の間に何があったかそこまではよく聞いておらぬが、二人は結ばれ、妾が生まれた」
フェリスはそこまで話すとそっと目を閉じ、何かを思い出しているようだった。
時折唇が歪み、何かを紡ごうとするが、それをすべきかどうか迷っている、そんな風に見えた。
「じゃあフェリスは元はヴァンピールとして誕生したんだな」
「……そうじゃの、であるが、当初はそうとは思えぬくらい体が弱かったのじゃ」
フェリスはそこまで言うと少し俯き、何かを懐かしむような、寂しそうな顔をする。
言いたくない事、言いづらい事があるなら無理に言わなくていい。
ヴァンピールとして生まれたフェリスが今では原初のヴァンパイア、そこには恐らく様々な、思い出したくもないような出来事があったのだろう。
興味無いかと言えば嘘になるが、人には安易に触れてほしくないものだって当然有る、そういうものは必要になればその時にフェリスから語られるはずだ
俺が話を急かしこむようなものではない。
そう思い、打ち切りの意味を込めた質問を投げかけた後にフェリスを強く抱き寄せ、そっと口吻を交わす。
フェリスもそれ以上は何も言わずに、俺に身を委ねていた。
「……でいいんですか?」
「……あったろうがよ」
遠くで人の話し声が聞こえる。
周りを見渡すが、今現在この温泉内にいるのは俺達だけのようだ。
とすると、ここに誰か向かっているのだろうか。
耳を澄ましていると、段々とその声がはっきりと聞こえるようになってきた。
「温泉なんて初めてですよ、緊張しちゃうな、他に人がいたらどうします?」
「そういうのは気にしないのがマナーだよ」
「誰かがいてもジロジロ見るんじゃねえぞ」
「分かってますよ」
「がドラスさん、カーナは連れてこなかったんですか」
「なんでそうなるんだよ」
「だってねえ、あれもう分かり易すぎますよ、もうがーっといっちゃってくださいよ」
「そんなんじゃねえから……」
「もういい年なんですから、ガツガツいかないと機を逃しますよ……僕もアタックしちゃおうかな」
「やめとけ馬鹿、冗談にしておかねえと本当に灰にされるぞ」
「ああ、フェリスさん、まさか結婚してたなんて……フェリスさんになら灰にされてもいい!」
「重症だね」
「旦那さんってあの会議の時隣りにいた人ですよね」
「ああ、ノアだろ」
「すごい人なんですか? あまり何かしてる所見てないですけど」
「荒事は苦手かもな、だがカンはいいぞ、今日だって助かっただろうが」
「俺はノーコメントで……でも怒らせたくはないね」
「くっそー、勝ててると思ったんだけどなー」
話の内容が明らかになってくるにつれ、俺に緊張が走る。
ガドラスと……誰だ、アストリアか? それと……多分ロック十人長?
皆で温泉に入りに来たのだろうか。
自分が話題にされていると思うと緊張する。
それにしても何て会話だ……ここにフェリスといるのがばれたら気まずくなりそうじゃないか。
俺はいそいそと隅の岩陰の方に移動しようとするが、逃げようとした所をフェリスに腕を捕まれ止められた。
「フェリス、移動したいんだけど……」
フェリスはにへらーとした笑みを浮かべて俺を見ている。
「ダメじゃ主よ、こんな楽し……ゲフン、ここで逃げたら男が廃るというものよ、ここは一つ、どんと構えて妾は主のものだというところを見せつけてやって欲しいのじゃ」
明らかにこの状況を楽しんでるよこのちびっこは……
先程の会話の内容からすると、フェリスに好意を寄せているのはロックだろう。
会議の時もフェリスに褒められてまんざらでもない様子だったし、怪我の治療の時は鼻の下伸ばしてたし。
一般的な男の価値というものを比べた場合、はっきり言って俺はロックに勝てる要素なんてまるで無い。
ロックは俺よりも少し背が高く、童顔の可愛い系タレントのような整った顔をしている。
それでいて二〇歳そこそこで十人長なんて役付きの仕事をしているのだ、腕っ節だって相当なものだろう。
ガドラスはフォローしてくれてたようだが、はっきり言って俺とロックでは勝負にならない。
例えばそこらの町娘を百人集めて、どちらが良いかと聞いたら恐らく……いや間違いなく百票全てロックに入るだろう。
それほどまでに絶望的な戦力差が有るのだ。
もちろんフェリスが俺から離れて他へ行くなんて思っていない、思っていないが。
自分の遥か上を行く人間がフェリスに好意を抱いているという事実に、モヤモヤしたものが胸の内に広がっていくのを感じていた。
「お、先客だな……っておい、ノアかよ……てことは」
「うむ、お先に頂いておるぞ」
フェリスがいい笑顔をガドラスに返す。
ガドラスはこの一瞬で色々と察したようで、俺の方に気の毒そうな目を向けた。
「え、フェリスさんが!? ふおおおおお、フェリスさん!」
「旦那に姐さん!?」
「これ、はしゃぐでない」
予想通り、ガドラス、アストリア、ロックの三人が温泉に入ってくる。
三人はフェリスが居ることに気づくと慌ててタオルで前を隠した。
なんだかロックが凄く興奮してる。
「何だ来てたのか、それじゃ俺達はあっちの方に行っておくぜ」
「ええ、ガドラスさんそりゃないですよ」
「馬鹿お前、空気読めよ」
「構わぬぞ」
フェリスの発した言葉で男三人は動きを止める。
「主との語らいも丁度、一区切り付いたところじゃ。共に戦った者同士、親睦でも深めようではないか。主もよかろう?」
「え? あ、ああ、いいよ」
急に振られたので慌ててしまったが、ここで俺がダメだというのも何か変だ、結局皆で湯を楽しもうという事になってしまった。
フェリスはいつのまにかタオルで体を覆っている。
月の光だけでは湯の中まではそう見えないが、配慮というものだろう、俺はそれを見て少しだけホッとした。
皆めいめいに近くに腰を下ろし、まずは温泉を堪能する。
「ちょっとぬるいですね」
「ここはそれが売りなんだよ、長く入っていられるからゆっくりできるんだ」
「アストリアさんは来たことあるんですか?」
「ラギウスの国境近くだからね、たまに立ち寄るよ、とは言っても年に一、二回だけどね」
ロックとアストリアが何やら世間話をしている。
一緒に戦った仲とは言え、今のフィガロの情勢を考えたら、ラギウス帝国の軍関係者とフィガロの軍関係者が仲良く風呂に入ってるってのはなんだか不思議な感じだ。
でも皆は別に違和感がないようだし、戦争してる訳でもないから気にしないのかな。
「ほほう、年に一、二回ですか、フィガロに入国して何をされてるんですか?」
「仕事だよ、俺達の仕事は世界中にあるからね」
「仕事ですか……それは教会関連で? 異教徒狩りとかそういうものですかね」
「ははは……」
前言撤回、めっちゃ腹の探り合いしてた。
ロックの隣に座っていたガドラスが、そのやり取りを見てロックの首の後ろをつまみ上げる。
「いだ、いだだだだだだ、ガドラスさん何するんですか!」
「セコいことしてんなよ、ゆっくり出来ねえだろうが」
ガドラスは「すまねえな」とアストリアに肩を竦めてみせる。
なんだか手慣れた感のある動作だ、ガドラスはまだフィガロ軍に入って日が浅いはずなのに、もう古参兵のような貫禄がある。
先輩のはずのロックにも遠慮した様子がないし。
「まあ、俺達が教会の掃除屋ってのはその通りですよ、やってる事もだいたい巷の噂通りです。
でも俺達はフィガロでは何もしませんよ、おっかない人がいるんで、ね旦那」
「依頼を受けての事なら別に良いけどな、カツアゲはやめろよ」
俺は別に住民からの正規の依頼まで制限はしていない。魔獣退治とか、力を持っている人間でなきゃ出来ない仕事だってあるんだから。
バックの教会をちらつかせて金をカツアゲする行為がいけないんだ。
ロックが俺を見て「ほへー」という顔をしている。
アストリアに一目置かれているのが意外だったんだろう、ちょっといい気分だ。
そして俺はまた調子に乗ってしまうのだ。
「運転資金がないなら貸してやるよ、切羽詰まる前に相談してくれ」
言い終わる前に、しまったと思ったがもう後の祭りだ。
いつもこうだ、ちょっと気分が良くなるとすぐに言わなくて良いことを言ってしまう。
そりゃ、アストリアの境遇にはちょっとだけ同情したりしたが、それでも俺がいつ人様に金を貸せるような身分になったというのだろうか。
「ははは、じゃあ困ったら旦那のところに駆け込みますよ」
アストリアはそれを軽く受け流した。
良かった、冗談だと思ってくれたらしい。
俺はほっと胸を撫で下ろし、とりあえず話題を変えにかかる。
「そういや今日のあのでかい大トカゲは何だったんだ、あれが例の魔獣?」
「いや、それはないですよ、目撃情報と違いすぎますし」
「魔獣には違いなかったけどな、あんなのは俺も初めてだ、フェリスがいなかったら危なかったな」
「あの双子の魔法を準備する時間さえ稼げれば、妾などおらんでも何とかなったであろう」
「あれはウチの必勝パターンですがね、今回は冷や汗かきましたよ、旦那が叫んでくれなかったら俺は今頃ミイラみたいになってたかも、よく気づきましたね旦那」
「いやなんかこう、嫌な予感がしたからな」
魂喰いのおかげだとは何となく言いにくかったので、その辺の事情はぼかしておく。
それにしてもあれは目的の魔獣ではなかったようだな、何であんなものがいたのかよくわからないが……
その辺はあの白い馬が知ってるんだろうか。
まてよ、目的の魔獣はまだ見つかっていない、ということは……
「なあガドラス、もしかして明日も山狩りか?」
「ああ……そうだろうな、目的の狼魔獣は見つかってねえし。
ただ負傷者が出てるからな、変な馬とエルフの嬢ちゃんの件もあるから、もしかしたら城に戻った伝令の到着を待つって事になるかもしれねえな」
数日で終わるはずだった討伐任務がなんだか面倒くさい事になりそうだ。
兵糧なんかは大丈夫なのだろうか、そんなに持ってきていないはずなのに。
まあここから王都は近いから、そんなに気にしなくてもいいのかもしれないが。
その後は皆で湯に浸かりながら、雑談に花を咲かせた。
ロックがフェリスの活躍を見られなかった事をしきりに残念がっていた。
そういえばロックは最初に大トカゲに吹き飛ばされて気を失ってたんだったな。
「ロック十人長は怪我は大丈夫なんですか?」
何となくロックに話しかけづらかった俺は、適当な話題を振ってみる。
それほど面識が有るわけでもないのでとりあえず言葉にも気をつけておこう。
ロックは俺の方を見て、一瞬だけ意外そうな顔をすると、持ち前の童顔スマイルに戻り、立ち上がってサイドチェストのポーズをとる。
「ぜーんぜん大丈夫ですよ、この通り! フェリスさんの回復は凄いですね、回復魔法っていうだけで高等技術なのに骨折まであっという間に治っちゃいましたよ」
顔に似合わず鍛えられた肉体が浮かび上がる、やはり十人長なんてやってるだけあって凄いな。
全裸なのかとも思ったが、腰布は付けていたようだ。
「分かったから座れよ」
「行儀が悪いのう」
相次いでダメ出しを受けたロックは少し寂しそうにお湯に沈んだ。
見ればガドラスもアストリアもロック以上に鍛えられた肉体であるのが見て取れる。
俺は……ここ数ヶ月の旅と粗食のせいか、元の世界にいた頃よりは贅肉が減って筋肉が増えたように思えるが
それでも目の前の三人に比べたらモヤシも同然だ。
「ところでノアさん、ちょっと悲しいじゃないですか、何で僕だけ余所行きなんですか」
俺が自分の体にコンプレックスを抱いていると、浮かんできたロックがそんなことを言う。
「いやだってロック十人長の事良く知らないし、念のため?」
「なんだか仲間はずれにされたみたいでヤダなー、僕のこともロックでいいですよ」
「いやいきなりそんな事言ってもな……」
「別にいいんじゃねえのか、だってノアはこの中で一番年上だろ」
隣から聞こえるガドラスの声に、俺の思考は一瞬停止した。
……え? あれ? 俺が一番年上?
「そうなん?」
「ああ多分な、俺は三〇だし」
「俺は二八ですね」
「僕は二一です」
「一五歳じゃ」
俺は隣の少女に目をやる、確かに見た目は幼いが……
「一五歳じゃ」
「アッハイ」
何だか最後に幻聴のようなものが聞こえたが深くは考えないことにしよう。しかも微妙にお姉さん設定になってるし。
しかし、あれ? 俺が最年長? マジかよ勘弁してくれ。
一番の役立たずが一番年上とか何ていう罰ゲームですか。
「なのでお願いしますよ」
「あ、ああ……分かったよ……」
ショックを受けたままの頭で、ロックの言葉を適当に流す。
そういやこの世界って、もう十代半ばで普通に社会に出てるからな。
三〇も過ぎればもうベテランだ、普通なら……
俺の場合は仕方がないことだとは言え、これはちょっと焦るな。
仕事を始めるにしても、何の取り柄もない中年とかどこも雇ってくれないんじゃないか。
俺がこれから先の人生設計に不安を抱いていると、遠くの方から人の声が聞こえ始めた。
またこの温泉に人が来るようだ。
有名なスポットらしいし、そろそろ良い時間だし、これから更に増えてくるんだろうな。
「あ、先客がいるみたいですよ」
「なんだと……か、帰る、私は帰らせてもらうぞ」
「ダメですよ、アリスさんの護衛をして頂かないと」
「こういうところでは他のお客をジロジロ見ないのがマナーなんですよ、大丈夫ですから、入ったらあっちの岩陰に行きましょう」
「むううう」
今度は女性の声がする、女性客か、あまり見ないようにしないとな。
でもどこかで聞いたような声だな。
「ガドラスさん女の子ですよ」
「だからジロジロ見るなって」
ロックは少し興奮した様子で脱衣所代わりのバラックのほうをチラチラ見ている。これが若さか。
いや俺も興味が無い訳では無いが。
しばらくして脱衣所から人が出てくる気配がする。
温泉は脱衣所よりも低い位置にあるので、このまま脱衣所を見ていると見上げる形になってしまう。
女性相手にそれはまずいと考え、俺は脱衣所の反対方向を向いて気にしないフリを開始した。
「何人かいるね……あれ、ガドラスさんじゃないの」
「えっ! ガドラス様が!?」
「ロック十人長もいるではないか……わ、私はやはり帰らせて頂く!」
「はいはい、ここまで来たら覚悟決めましょうねー」
「な、何をする離せ、離せええええ」
なんだか騒がしい人達だな。
ふと俺の向かいにいたロックを見てみると、口をあんぐり開けた後に急にお湯の中に沈み込んだ。
何なんだ?
見ればアストリアとガドラスも湯に沈んだまま隅の方に移動しようとしている。
「あっ!」
短い叫びの後に、俺の頭の上に柔らかい何かが落ちてきた。
急に視界が塞がれびっくりしたが、隣りにいたフェリスがすぐにそれを取り除いてくれた。
「主よ慌てるでない、ただのタオルじゃ」
「タオル? てことは……」
俺はタオルをが降ってきたであろう方向を見る、いや、結果は予想出来ていたのに見てしまった。
悲しい男のサガというやつだろう。
そこにはユーリに両手を掴まれてジタバタしているカタリナ百人長がいた。
見上げる俺と見下ろすカタリナの視線が交差する。
そして夜の温泉に絶叫が響き渡った。
一連の騒動は何とか収まり、今は各々が付かず、されど離れすぎていない微妙な位置を保ったまま湯に浸かっていた。
ガドラスの斜め後方にはカーナが一人真っ赤な顔をして佇んでいる、この角度から見るとガドラスに憑いた女の地縛霊のようにも見えなくはない。
その隣に少し離れてアストリアとユーリがいる、こちらはなんだが親しげだ。
ユーリの隣には昼間助けたエルフの少女がおり、そのさらに隣にカタリナが座っている。
聞けばエルフの少女と白い馬からの事情聴取も一通り終わり、服もボロボロで汚れていたエルフの少女を見たユーリが
皆で温泉に入りましょうと話を持ちかけ、護衛という名目で半ば強引にカタリナも連れてきたらしい。
アストリア達がいるのは知っていたようだが、俺とフェリスまでいるとは思わなかったようだ。
そして俺の左頬には立派なもみじが出来上がっていた。
「申し訳ございませんでしたノア様、フェリス様」
ユーリは恐縮してアストリアの隣で小さくなっている。
「良い、主の不注意である、のう主よ」
「あ、ハイ……」
確かに何が起きてるか予想は出来たのにわざわざ見てしまったのは俺の落ち度だ、俺は見たかったんだ、言い逃れが出来ない。
「時に、あの時の魔法はなかなか良かったぞ、お主らやるではないか、見直したぞ」
「は、はい、ありがとうございますフェリス様」
フェリスの実力を知っているユーリは、そんな実力者に褒められてまんざらでもない様子。
カーナはずっとガドラスの斜め後ろに待機してもじもじしている、ガドラスはどうしたものかと困り顔だ、あっちは放って置いていいな。
俺は先程から押し黙ったまま湯に浸かっているエルフの少女を眺めた。
見事なプラチナブロンドにエメラルドグリーンの目、美しくもあり可愛らしくもある顔立ち、ほぼ真横に伸びる長い耳。
見事にエルフ、完璧にエルフ、これ以上無いくらいエルフ。
俺は密かに興奮していた、まさか本物のエルフをこの目で見る事ができようとは。
エリザベートのところのカーミラはダークエルフだったけど、ちょっと耳の角度が上向きだった、微妙に違うものだな。
カーミラも可愛いけど、やはりダークじゃ無い方のエルフは素晴らしい。
そのままエルフ鑑賞に勤しんでいると不意にエルフ少女と目が合う。
エルフ少女は一瞬怯えたような顔をすると、ぷいっと顔を逸してしまった。
あれ……なんか怖がられてる?
俺は隣りにいるカタリナに目を移す、カタリナは恥ずかしそうに肩まで湯に浸かってじっとしていた。
しかし俺と目が合うと、タオルで体を隠しながらおずおずとこちらに近づいて来た。
「あの、ノア殿……先程は申し訳ございませんでした」
「あ、いえ、俺の方こそすいません、なんか降ってきたんでつい」
俺が照れながら頭を掻いていると、カタリナが湯の中で正座をしてこちらに向き直る。
「ノア殿、フェリス殿、今日の昼は隊の危ないところをありがとうございました。なかなかお礼も言えずに申し訳ございませんでした。
また、出立の際の無礼をお許し下さい、ここまでの実力者であるとは露知らず、お恥ずかしい限りです」
カタリナは俺の前で座ったまま小さくお辞儀をする、出立前の刺々しい感じは全く無くなっていた。
大自然は人の心を解放する、これが温泉効果だろうか。
そう言えばあれだけ高圧的だったネビルも、村に戻った後はフェリスに魔法について熱心に色々話を聞いていたな。
「気にしてないので大丈夫ですよ、本当はお飾りのまま済めば一番良かったんですけどね……あの大トカゲについて何か分かったんですか?」
出発前の嫌味については特にもう思うところは無い、あの時は誰もフェリスの力は知らないんだから
カタリナとしては良くわからないお荷物のお守りを押し付けられたと思っても仕方のない事だ。
それよりも、せっかくこうしてカタリナと話す機会ができたのだから、あの馬とエルフの事でも聞いてみる事にしよう。
「あの白馬に聞いて事のあらましは分かりました、詳細は後でお伝えしますが……やはり当初の目的とは違う魔獣がたまたま我らの前に現れただけのようです。
明日から捜索は続けますが、次の方針は王都に行った使いの者が戻ってからとなります」
「あのエルフの少女は?」
「あちらはフィガロ北西部の山中に暮らすエルフの里の住人のようです。
ラギウス帝国の貴族に奴隷として捕らえられていた所をあの白馬に助けられたという事ですが……
聖王ラギウスの加護がある国でエルフ族をそのように扱う者がいるとは、信じられませんね」
エルフ族は天族に忠誠を誓ってる種族だ、その種族に天族が支配する国の人間が暴行を加えるとは考えにくいのだろう。
確かに俺もそう思うが……
「そうでもないよ、ラギウスは」
俺とカタリナの話を聞いていたアストリアが途中で口を挟む。
見ればいつの間にかユーリがアストリアにピッタリくっついていた。
あれ、そういう仲なの?
「ああ、まあ……一応付き合ってるというか、そんな感じです。普段は団員の手前、弁えてますが」
俺のびっくりした顔を見たのか、アストリアはバツが悪そうに補足した。
そういえばユーリはあの白馬にビッチ扱いされてたな……つまり、そういう事なんだろうな。
「まあいいじゃないですか、カーナもちょっと気になる人が出来たみたいで、これで俺も少しは堂々とできるってもんです。
ああ、それでラギウスの事なんですが……」
あまりいじられたくなかったのか、ユーリのことは速攻で流してアストリアは続けた。
「ラギウス帝国と言っても、別に聖王様がずっと居るわけじゃないです、特にここ数十年は誰も見たことがないし……
いつもいるのは竜王セシル様ですが、セシル様は祭事の時くらいしか表に出ません、普段目にするのはセシル様のご息女のルミナス様ですね。
あとはセシル様の部下である、ナーガ様、ティアマト様、ニーズヘッグ様、ヤト様がたまにあちこちに使いに出ています。一番良く見るのはナーガ様かな。
一見すると、聖王万歳で平和なように見えますが、下々の貴族達の腹は腐りきってますからね。
奴隷売買も盛んですし、聖王様にお目通りする為なら何でもする狂信者のような人間も沢山います。
もう一〇年以上前の話ですが、ラギウスでは有名な話があって……とある貴族に、右目が金、左目が赤い娘が生まれたらしいんです。
そしてその娘が一〇歳になった時に、その貴族は何と娘の赤い目をくり抜いて、聖王様への捧げ物にしたという話ですよ。
曰く、金の目は天族への忠誠、赤い目は魔族への忠誠、なので赤い目は取り除き、天族に捧げたのだとか……さすがにそれを聞いた時は狂ってるなと思いましたよ。
なので、珍しいエルフ族を奴隷として売るなんて、裏では当たり前のように行われています。
エルフ族は天族に近い種族と考えられていますから、その血を飲めば天族に近づけるとか、そういう馬鹿なことを考えている貴族もいるんですよ。
自分の生まれた国ながら、本当に嫌になりますね」
やれやれと言った様子で、自分の国の暗部を語るアストリア。
エルフの奴隷の話も衝撃的だったが、それ以上に俺が気になったのは、その狂信者の貴族の話だ。
右目が金で左目が赤、赤は抉られた、貴族の娘……ラギウスに住む娘。
「アストリア、その目を潰された娘って、名前は分かるか?」
「え? うーん、何だったかな。すいません旦那、俺も人づてに聞いただけなので、そこまで詳しいことは……何か気になる事でも?」
「あ、いや……大したことじゃないんだけど、その話、都市伝説とかじゃないよな」
「実話だって聞いてますね、何でもその娘は家を出て、今ではどこに居るのか分からないそうですよ」
「そうか……」
俺の脳裏にはあの長身の仕立て屋の女性が浮かんでいた。
彼女、エリザベートも元はラギウスに住んでいたと言っていたな、そして彼女の右目は確かに金色だった……
そこまで考えて俺は首を振る、そんな事を考えても仕方がない事だ、それが仮にエリザベートの事だったとして、わざわざ俺がその話を聞いたなんて事を伝える必要はない。
彼女は既に立派に独り立ちしているし、他人の過去を面白半分で掘り返すのは良くない事だ。
俺は、ふうと息を吐き空を見上げた。
満点の星空と、輝く月が見える。
そういえばもう温泉に入ってだいぶ経つ、いくら温めの湯とはいえ、そろそろのぼせてしまうな。
こう人が多いと岩の上に上がって涼むのも少々躊躇われる。
折角の機会、まだ話したい事は多いし、エルフの少女とは全然話せていないが、それは後でも大丈夫だろう……
何しろあと数日はこの村に滞在するようなのだ、まだ何度かこういう機会もあるだろう。
「フェリス、そろそろ出ようか」
隣で静かにしているフェリスに声をかける、フェリスは若干のぼせ気味になっているらしい、顔が赤くなり、目がトロンとしている。
通りでさっきから静かだった訳だ。
俺はフェリスの体にタオルを巻き、近くの岩の上に座らせた。
フェリスは心地よさそうに体を涼ませている。
「ああ主よ、よい心地であるな」
「のぼせそうなら先に出てても良かったんだぞ」
「そうは行かぬ、誘ったのは妾であるからのう」
そのまま二人で涼み、さて出るかとなったところで不意に脱衣所が騒がしくなった。
そして間をおかず、ドヤドヤと屈強な男達が温泉の中に入ってきた。
「おお、温泉じゃ、ひさしぶりだのう」
「女の子がいるラッキー!」
「あ、あれ隊長じゃない」
「なんかリア充してるぞ爆発しろ」
それはアストリアの部下達だったようだ。
そしてそのアストリア団達はフェリスを見ると一様に興奮しだした。
「姐さん! 姐さんがいる!」
「何!? 姐さんが入った温泉だと!?」
「浸かれ! 余すこと無く姐さんエキスに浸かるんじゃああああああ!」
「ありがてえ、ありがてえ!」
狂喜乱舞しながら温泉の中で転げ回るアストリア団達、よく見るとお湯を飲んでいる奴もいる。
そしてそそくさとその場から離れ始まるアストリアとユーリ。
エルフの少女は怯え、カタリナは変態を見るような目でその様子を眺めていた。
ガドラスとカーナはいつの間にか離れた場所で、どこから出したのか、盃を手に温泉酒と洒落込んでいる。
「……主よ」
見るとフェリスが半眼でその様子を見ている。
「仕置きをしても良いじゃろうか」
「あ、うん……」
その後、フェリス怒りの往復ビンタを皆が三セットずつ受ける事になるのだが、皆気持ちよさそうにお仕置きを受けるので
とうとう耐えられなくなったフェリスは泣きながら宿に逃げ帰るのだった。
あの日の恐怖は、アストリア団のメンバーを新たなステージへと押し上げてしまったようだった。




