第三十三話 凱旋
フィガロ城下町の門を潜った俺達を待っていたのは、道の両脇を埋め尽くす街人達の歓声だった。
皆が興奮した様子で討伐隊に手を振り、声を上げている。
声の内容は様々で、歓声が入り混じり、何と言っているのか聞き取れるものでは無かったが、大体は討伐隊の帰還を喜ぶものだった。
「あの黒い馬の上の人だれ?」
「あれがノア様よ」
「王女を助けた?」
「思ったよりふつー」
「一緒にいるのは?」
「魔術師の方よ、負傷されたらしいわ」
「でかい馬だな」
「白い馬がいる!」
「エルフよ、珍しいわね」
「おいあの馬、角が生えてるぞ」
「綺麗ねぇ……」
道端の声を拾った中には、俺の事を噂しているような声もあった。
別に名前を売って歩いた記憶はないが、何故か俺の事を知っている町民もいるようだ、何でだ?
「人の噂というものは思った以上に広がるものよ、城の広報もあるいは動いておるのやも知れぬな」
「広報? 何で?」
「決まっておる、主をマリアベルの良人とするに足りる功績を積ませ、民に納得させる為よ」
「そんなインチキしてまで……」
「インチキではない、事実を万人に分かりやすい形にして流布しておるだけじゃ」
「何だかなぁ」
今まで他人に噂されるという状況と全く縁がない生活だった為、なんだか物凄く恥ずかしい。
知らず知らずのうちに背筋が伸びてしまう。
「主よ、緊張しておるのか、だいぶ体が固まっておるぞ」
「そ、そりゃあ、こんな注目されたことなんて無いからな」
「何も皆主だけを見ておる訳ではなかろう、いつも通りにしておれば良いのじゃ」
フェリスはそう言いながら、特に気にした様子もなく澄まし顔だ。
簡単に言ってくれる……俺に有るのは陰口を聞かなかったことにするスキルだけなんだ
ポジティブな視線を向けられると、どう対応したら良いのか分からない。
笑顔か? 笑顔が大切なのか?
俺はできるだけ自然に笑顔を作ってみる。
「……主よ、何をやっておる、それでは年端も行かぬ子供に無体をしようとしておる変質者の顔であるぞ」
振り返ったフェリスに速攻でダメ出しされた。
何とか努めて普通の顔に戻していると、道から少し離れた場所に赤い服を着た長身の女性が手を振っているのが見えた、間違えようもない、エリザベートだ。
その隣にはフードを深く被ったカーミラがおり、さらにその隣には、出発前にカーミラに取り押さえられていた黒髪のスリの少女が立っていた。
一体何があったんだろう、後で顔を出してみるか……
「ノアさーん! ノアさーん! のーあーさーん!」
なんだかデジャヴを感じる叫び声が近くから聞こえる。
無視しようかとも思ったが、まだ名前を呼ばれて無視できる程場慣れしていない俺はついついそちらに目を向けてしまった。
……思った通り、そこには道端に定食屋の娘、サリアがいて手をブンブン振りながら俺の名前を連呼している。
しかも俺を追いかけるように道端を走りながら。
当然人でごった返している場所でそんな事をすれば、人にぶつかったりつまずいたりと、危なっかしくて見ていられない状態になる。
「随分と熱烈なファンがおるではないか、あれは良く行く食堂の娘じゃな」
「何で俺なんかを追いかけてるのか分からないんだが……」
「良くは分らぬが、何ぞあの娘の琴線にでも触れたのではないか?」
「客とウェイトレスの関係でそんなんなるかよ」
あの娘の行動原理が良くわからない。
討伐隊という注目されている軍の中に知り合いがいたから思わず追いかけているのだろうか。
なんだかいつまでたっても諦める様子がない、国民へのアピールも含んでいるせいか行軍がゆっくりなのもサリアを振り切れない理由だろう。
ああ、また人にぶつかった、周りが見えなくなってるのか? ちょっとまずいな。
さっきから手で落ち着けと送っているが伝わっていないようだ。
「仕方ない、フェリス、ちょっと行ってくるから……ごめんな」
「うむ大丈夫じゃ、片腕がない程度で落ちたりはせぬよ」
俺はフェリスの頭を軽く撫で、黒王から飛び降りる。
着地の際にバランスを崩してたたらを踏んでしまった……かっこ悪い。
俺が飛び降りると、周りにいた人々がどよめき始める。
俺はさっと周りを確認する。
行軍が止まる事は無いようだ、下手に後続を止めると事故につながるからな。
そして目的の人物が目を丸くしながら俺の近くに走ってくるのが見えたので、とりあえず目の前に来た瞬間に脳天にチョップを入れておいた。
「ノアさふべっ!」
走ってきた勢いもあってか、軽くこつんとやるつもりだったが結構いい感じに手刀が入ってしまった、俺の手がジンジンする。
俺が馬を降りた事にも驚いていたが、近寄った瞬間に手刀を入れられたことで、サリアは二度びっくりしたようだ。
「あたたた、何するんですかぁ」
サリアは頭を押さえて情けなさそうに俺を見る。
「何だじゃない、人ごみを全力疾走するなよ、何度も落ち着けって合図しただろうが」
「え! あれは私の声援に応えてくれてたんじゃ……だから私全力で付いてきたのに」
「そんな訳無いだろ……いやまてよ、もしかしたらそうとも見えるか」
手で意思を伝えるのは難しい。
馬上で手をひらひらしているだけでは、手を振っているようにも見えなくもない。
両手でバッテンとか作るべきだったか。
「とにかくだ、お前何度も人にぶつかってただろ、迷惑だからやめろよ、あと俺の名前大声で連呼するのもな、恥ずかしいだろ」
「え、あ……ご、ごめんなさい、ちょっと興奮しちゃって」
「なんで興奮するんだ……」
「だってノアさんすごい人だったんじゃないですか! 王女様助けて魔族とも戦ったんですよね!」
「え、あ、あー……」
一体俺の噂はどういう形で広がってるんだ。
ちょっと一度その辺をまとめてみたい気はするが、とにかく今は時間がない。
見れば周りにいた人々が俺を囲み始まってる、まずい、このままだと黒王のところに戻れなくなる。
「ちょっと待て、落ち着け、まずは落ち着いて家に帰れ、話はあとでしてやるから」
「本当ですか! 絶対ですよ!」
「分かったって、だから人ごみで走るなよ」
「はい!」
俺はそれだけ言うと俺は包囲網が完成する前に黒王の方へ走り出した。
「絶対、 ぜーったい来てくださいね! 約束ですからねー!」
後ろでサリアの声が聞こえる。
何でそんなに俺にこだわるのか分からないが、とりあえず片手をあげて返した後、俺は黒王に追いつくために全力で走り出した。
見れば黒王は既に一〇〇メートル以上先に行ってしまっている。
行軍は歩きよりもやや早い程度だが、その差を縮めるには俺はたっぷり三〇〇メートルほどの全力疾走を強いられた。
黒王にたどり着いたときは既にヘロヘロだったが、黒王のお尻に手をかけて飛び上がると同時に、練習した通りに黒王が魔法で俺を馬上まで運んでくれた。
道路脇の民衆からは、俺が二メートル近い高さをひらりと舞ったように見えたのだろう、黒王へ乗ると同時に大きな歓声が上がった、恥ずかしい……
「ご苦労であったのう」
額に汗をかきながら息を整える俺にフェリスが労いの言葉をかけてくれる。
俺は返事をしたかったが、呼吸が苦しく、口の中がカラカラでうまく言葉が出なかった。
「もう少し体力を付けねばな」
フェリスが笑いながらそう言った。
討伐隊の列は町を過ぎ、マジノ山の曲がりくねった坂を超え、昼過ぎ頃にフィガロ城へと到着した。
討伐隊帰還の報告を受けていたのであろう、国王のネルソンは城の前にある広場に既に出ており、討伐隊の到着と同時に
国王からの労いの言葉を受け、討伐隊隊長のカタリナ百人長より結果を簡単にまとめた報告を国王に行った。
「では諸君、討伐の任ご苦労であった。今日はゆっくりと休み、明日よりまた各々の職務に邁進して欲しい」
国王の締めの言葉で兵士一同が敬礼し、その場は解散となった。
一般兵達はこの後、荷物の整理や魔獣の遺体の搬送などを行った後解散となる。
遠征後なので、この後二日程度の休暇日が交代で与えられるようだ。
しかし十人長や百人長はそうはいかない、この後カタリナと十人長達で今回の討伐に関しての反省会を行い、報告書を作成し
百人長に至っては、国王や大臣、千人長達の出席する会議で細部の報告をしなければいけないのだ。
中間管理職とはいつの世も大変である。
見ればカタリナ達の周りに十人長が集まり、なにやら相談をしている。
ガドラスがこちらに気が付き、面倒くさそうな顔でやれやれといったように肩をすくめて見せた。
そうなると手持無沙汰となるのは俺達である、俺とフェリスは食客扱いなので、帰るからまた何かあったら呼んでねで良いのだが
アリスとユニコーンを連れているので、こちらの処遇がどうにか決まらない間は何となく帰りづらい。
「ノア!」
「ご主人様!」
そんなことを考えていると、建物の影の方から俺を呼ぶ声が聞こえた。
まだほんの数日なのにとても懐かしく感じる声……そちら見れば、マリアベルとユミナがこちらのほうへ走ってくるのが見えた。
「ご主人様!」
黒王から降りて待っていた俺に勢いよくユミナが飛びつく。
予想以上の勢いに後ろに倒れそうになったが、そこはご主人様の沽券に関わるので何とか持ちこたえた。
「ご主人様! ご主人様! ご主人様!」
ユミナは俺の胸に顔を埋めると、自分の匂いを擦り付けるかのように顔をぐりぐりしながら甘えてきた。
俺も久しぶりのユミナの匂いにほっとし、抱きしめ返す。
「ただいまユミナ」
「寂しかったですご主人様……」
胸の中で甘えるユミナを見ていると庇護欲がそそられ、胸が熱くなってくる。
俺をこんなに必要としてくれている、そんな例えようのない気持ちがじわりと胸を満たした。
「あらユミナ、私と一緒じゃ嫌だったのかしら」
なんだか手を出しかけた状態で固まった後、手をひらひらさせていたマリアベルが俺とユミナを見てつまらなさそうにしている。
「ち、ちがうのマリアちゃん、マリアちゃんと一緒も楽しいよ」
「ふーん、私と離れても寂しい?」
「寂しい、寂しいよ」
「ふーん」
何となく面白くなさそうなマリアベルと俺の間で、ユミナがあたふたしている。
「マリア、ユミナをいじめるなよ」
「いじめてないわよ、あんたに負けたのが悔しいだけ」
「勝ち負けの問題じゃないだろ……」
やれやれと思うが、それでも旅が終わった安心感からか、そんなマリアベルの悪態も特に気にならない。
俺はマリアベルに近づき、頭を撫でてやった。
「ユミナをありがとうな」
マリアベルは一瞬体をビクッっと強張らせたが、特に反撃が来ることもなくそのまま頭を撫でられている。
「あ、当たり前でしょ、ユミナを守るのは私の役目だから」
「ユミナには頼りになる友達がいてうらやましい事だな……とにかくただいま」
「お、お帰りなさい……話聞いてるわよ、大活躍だったらしいじゃない」
「フェリスがな」
「分かってるわよ、あんたは魔獣を前にして漏らさなかっただけ大健闘でしょ」
ハハハこやつめ、良く分かっていらっしゃる。
俺は撫でていた平手をゲンコツに変えてマリアベルの頭をなでなでしてやった。
「いた! 何すんのよ変態!」
ビンタされた。
俺をビンタしてすっきりした様子のマリアベルは、次にユニコーンの方を興味深そうに観察している。
「それで、こっちが話にあった白い馬の聖獣ね」
ん? 聖獣? 何だそれ。
「マリア、聖獣って何だ?」
「天族に味方してる魔獣の事よ、とりあえずそう言っとけば、すぐ殺せーとか言う連中も黙るでしょ」
「ああ、大人の事情的な……」
本来魔獣というのは、今回のように出たとなればすぐに討伐隊が派遣されるほどの脅威である。
ユニコーンはキメラという事だが、普通の人間にしてみればキメラだろうが魔獣だろうが大差はない。
討伐隊が魔獣を連れてきたとなれば、その経緯もろくに考えず、すぐに処分しろと叫ぶ人間は多い。
一般人であればある程度の声は抑えることができるが、貴族や権力者が騒ぎだすと非常に厄介だ、なので国王であるネルソンは先手を打って
ユニコーンを聖獣認定してしまったという事らしい。
ユニコーンは見た目が白く清潔感があるし、天族と関わりの深いエルフを助けているという事から、聖獣だと言ってしまえば容易に受け入れられると踏んだようだ。
それは今まで通ってきた城下町での民衆の反応を見ても、間違ってはいないのだろう。
呼び方一つで対応が一八〇度変わるのは釈然としないが、人間というのはそういうものだと言ってしまえばそれまでかもしれない。
「こんなに綺麗な馬が悪い馬のはずないわ」
マリアベルは目を輝かせながらユニコーンの方に近づいていく。
いやマリアベルよ、見た目で判断してはいけないという基本原則があるだろう。
「わ、私はアリストロメーアです、よろしくお願いします」
ユニコーンから降りたアリスがマリアベルに向かっておじぎする。
「私はマリアベルよ、一応、第二王女をやっているわ、よろしくね」
「ふええ! お、王女様なんですか!? ノアさん何で王女様とフレンドリーに話してるんですか!? しかもさっきぐりぐりってやってましたよね、ぐりぐりって」
アリスが慌てふためいた様子で俺に説明を求める。
「ぐりぐりってやった後にパーンされてただろ、そういう事だよ」
「ぜんっぜん分かりませんよ!?」
「まあいろいろあったんだよ、後で教えてやるから」
アリスは「ふえええ」と言いながら俺とマリアベルを見比べている。
その顔には「どう考えても接点が無い」と書かれていた。
俺だってそう思うさ、でもこれが運命の悪戯ってやつなんだから仕方ない。
「エルフ族って初めて見たわ、本当に耳が長いのね、それに綺麗な髪」
「ま、マリアベル様だってとてもお綺麗でございましゅべ……」
アリスは緊張しているのか噛みまくっている。
案外一般人なんだな。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ、お友達になりましょうアリス、エルフとお友達なんてすごく素敵だわ」
「は、はいぃ! 喜んで!」
まだ友達というには程遠いが、マリアベルはマリアベルなりにアリスの緊張を解こうとしているのかもしれないな。
……と思ったら、マリアベルの口元がかすかににやけるのを俺は確かに目撃した。
こいつ……
「マリア、よだれが出てるぞ」
「なっ、そ、そんなはずないわ!」
俺のベタな突っ込みに必要以上に狼狽えるマリアベル、間違いない、これはターゲットにされちゃったな。
まあアリスはエルフ族だけあって見た目はすごく良いからな。
年齢的にもマリアベルと同じくらいか?
「ところでアリスは幾つなんだ?」
「ノアさん、女性に年を聞くのはギルティですよ」
「いやそんな色気付く年じゃねえだろ」
アリスは「はぁ」とため息をつくと、やれやれと言ったように首を振る。
「子供か大人かは関係ないんですよノアさん、女性は幾つになってもレディなんです」
「……言っている事が良く分からんが、で、幾つなんだ」
何かいいこと言った的な顔をしていたアリスが俺のスルー力の前に膝をつく。
いやそんな引っ張る話じゃねえから。
「……来月で一一八歳ですよ」
「は?」
「え?」
俺とマリアベルの声がハモる。
アリスはそれを見て非常に不満そうな顔をした。
「ほら、やっぱり子供だって思ってる、いいじゃないですか、子供は国の宝なんですよ、未来への道しるべなんです」
「あー」
「いや、えーと」
そういえばエルフの寿命は千年程度だという話だったな。
だから別に何百歳ってのはそこまで意外じゃない。
ただアリスが醸し出してる雰囲気はどう考えても十代のものだ、エルフは長寿ではあるが、時間の価値は人間と一緒のはず……
つまり百年生きていれば人間でいえば百歳の老人と同じ程度の経験や知識、そこから来る落ち着きや貫禄といったものがあってもおかしくないと考えられる。
「年の割には、子供っぽい……かな?」
マリアベルがどう表現して良いものか分からず、無難な評価をひねり出してる。
だが歯に頃を着せなければ、お前は百年も生きてて今まで何をやってたんだと言いたいところだろう。
『エルフ族は基本的に村から出ないから世事に疎いわ、やることと言えば、食べて寝て、たまに生殖して、あとはひたすら魔法の研究よ。
殆どの場合はごく狭いエルフのコミュニティ内でしか生活しないから、貴方達が思っているような経験なんて積めないのよ。
あと二、三〇〇年経てば、書物なんかを読んだりしてそれなりの知識は付けてくるんだけどね』
場に流れる微妙な空気を読んだのか、ユニコーンが会話に入ってくる。
「え、これ、誰の声?」
マリアベルは初めて体験する念話に戸惑い気味だ。
『初めまして王女様、私はユニコーンよ、よろしくね』
「ユニコーン? この白い馬が話してるの!?」
「ああ、マリアは初めてだったか」
「すごい! 何で隠してるのよ、もっと早く教えなさいよ!」
「順番ってものがあるだろ、そのうち言おうとは思ってたよ」
マリアベルは既にアリスそっちのけでユニコーンの方に引き寄せられていく。
話の途中で放り出された形になったアリスが捨てられた猫みたいな顔になっているのが面白い。
「私はマリアベルよ、よろしくねユニコーン」
『貴方は私が怖くないの?』
「怖いわけないわ、こんなに綺麗なんだもの」
『フフ、うれしいことを言ってくれるわね』
ユニコーンはそう言うと、マリアベルの体に鼻を近づけてクンクンしている。
まさか……
『貴方、私の背に乗せてあげてもいいわ』
「え? 本当に!?」
どうやらユニコーンはマリアが処女で気に入ったようだ。匂い嗅いだだけで処女かどうか分かるってすごいな、これが処女厨の特殊能力なのか。
早速自分の背中に乗せようとしている。
ユニコーンからの申し出にマリアベルは嬉しそうにユニコーンの背中に手をかける。
しかし、ユニコーンは黒王よりも小柄ではあるが、サラブレッドと同じ程度の馬体があるため、馬具も付いていない状態では乗ることができないようだ。
マリアベルが困ったようにうんしょうんしょとよじ登ろうとしていると、マリアベルの体がフワリと浮かび、ユニコーンの背中に収まった。
黒王と同じように魔法を使ってマリアベルを持ち上げたようだ。
マリアベルはドレスを付けているので、跨がずに横座りになっている。
「すごいわ、貴方って何でもできるのね」
『聖獣だからね』
マリアベルはユニコーンの背中でご満悦だ。
だがマリアベルよ、そいつは聖獣じゃなく性獣だぞ。
「お前、案外節操が無いな」
『何の事か分からないわね』
俺のツッコミにユニコーンは素知らぬ顔をしながらも、何となく息が荒くなっている気がする。
もしかしてこいつは処女を背中に乗せることで興奮する変態馬なんじゃないか……
常に凛としているような雰囲気のユニコーンからはなかなか想像しにくいが、こいつもまた特殊な性癖を持つ一人だという事か。
だがまあ、ガチレズと処女厨なら何となく相性はいいような気がする。
俺は満面の笑みでユニコーンに乗るマリアベルを見て、何とも言えない複雑な気持ちになり
とりあえず放置されて涙目になっているアリスの相手でもしようと、処女厨とガチレズの戯れから視線を外した。
討伐隊の解散と後片付けも終わり、フィガロ城前の広場は閑散としていた。
カタリナ百人長達も城の中に入ってしまい、俺達はどうしたものかをモヤモヤしていると、城の中から第一王女クローディアが出てくるのが見えた。
クローディアはこちらを見ると小走りに駆け寄り、深々と頭を下げる。
「ノア様、皆様、魔獣討伐の任、お疲れ様でございました」
「ありがとうございます、お陰様で無事に戻ることができました」
一通りの挨拶が終わった後、話が聞きたいので迎賓館で待っていて欲しいとの国王からの言伝をクローディアは俺達に伝えた。
いち食客に話を聞きたいとか、フットワークの軽い王様だ。
しかも第一王女をパシリに使うとは……いくら城の敷地内とは言え、護衛も付けずに不用心じゃないのか。
クローディアはユニコーンに乗っているマリアを羨ましそうに見ている。
「お姉様、乗りたいの?」
マリアベルの問いかけに、クローディアが無言で首をこくこくと縦に振る、相当乗りたいらしい。
「ユニコーン、お姉様も乗せてあげて」
マリアベルの要請に、ユニコーンがクローディアの下腹の辺りをくんくんする。
豊満な胸と、服の上からでも分かる、しっかり引き締まった腹部を見ていると、なんだか変な気分になってくる
そういえば討伐任務中は禁欲生活だったからな。
「ああ、俺もクローディアをくんくんしたい……」
そのようなことを考えていると、突然クローディアが顔を真っ赤にして口元に手を当て、こちらを見ている。
あれ、なんだか皆が俺を見ているような……
「ノア、あんたとうとうその変態っぷりを隠す事すらしなくなったわね!」
「ノアさん直球過ぎます、雄の匂いがプンプンしてますよ、顔も若干気持ち悪いです」
「ご主人様、ユミナならいつでも大丈夫です、くんくんしてください……」
「こらユミナ、駄目よ、変態が伝染るわ」
あれ……何で俺は罵倒されてるんだ。
おかしい、俺は別に何も……
「主よ、声に出ておったぞ」
俺達のやり取りを横目に、感慨深そうにフィガロ城を眺めていたフェリスがぼそっと俺に衝撃の事実を伝える。
首筋がピンと張り、背中に変な汗が流れるのが分かった。
「あ、いや、違う、違うんだ」
「違わないわよ変態! キモオヤジ!」
しかしいくら口では違うと言っても、実際は違わない、俺はクローディアの下腹をくんくんしたかった、その事実に偽りはないのだ。
俺はうまい逃げ口上が全く思い浮かばず、女性陣の冷たい視線に囲まれて冷汗は増える一方。
フェリスやユミナ、あるいはマリアベルだけに聞かれたならまあ笑ってごまかせる範囲であったが、クローディアやアリスに聞かれたのは痛恨過ぎる
クローディアは口元を押さえながら目を丸くして俺の事を見ている、その表情には明らかな嫌悪が浮かんでいた。
きっと俺のことを気持ちの悪い変態オヤジだと感じているに違いない。
マリアベルの悪態も今はいつものように受け流せない、きもい、きもいという言葉が頭の中で乱反射していた。
遠い昔の、調子に乗ってコアなヲタ趣味をカミングアウトしてしまった後のあの何とも言えない微妙な空気が脳裏に浮かぶ
そして次の日から何となく気まずくなり、話しづらくなってしまった事を思い出す。
せっかくここまで普通にやってきたのに……
俺の頭の中は完全にパニックになっていた。
「う、うあ、ごめ、ごめん……」
俺はそれだけ絞り出すと耐えられなくなり、一目散に城門の方へ走り、その場から逃げ出した。
「あ、こら!」
「主!」
「ご主人様!」
後ろの方から俺を呼ぶ声が聞こえるが、それに応える余裕は今の俺には無かった。




