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第二十七話 脱ニートに向けて

「本当に宜しいのですか?」


「ああ、シエル達には世話になってるから、それに余らせておいても勿体無いだろう?」


俺は家に帰るとさっそく綿百パーセントのベッドを自分の部屋に設置し

二つ目をシエル達が使っている寝室に設置した。

シエルは居候の身がこのような高級品を使うのは良くないと遠慮したが、道具は使ってこそだ

今のところウチに泊まりに来る客なんていないし、フェリスもユミナも一人で寝るのは嫌がるから使う人間も居ない。

余らせてホコリを被るくらいなら使ったほうがいいというものだ。


「分かりましたノア様、ご厚意をありがたくお受けいたします」


シエルはそう言って俺に深々を頭を下げた。




――




それからしばらく経ったある日……

俺は今日もベッドの中で目を覚ます。

辺りはすっかり明るくなっており、日は高く登っている。

腕を伸ばし、ベッドの中を探る……誰もいないらしい。

大きくあくびをし、もう一眠りしようと目を閉じる。


「これ主よ、いい加減に起きぬか!」


掛け布団を捲ってくる少女がいる、フェリスだ。

俺はフェリスの手を引き、ベッドの中に引きずり込んだ。


「ひゃ! こ、これ! もう昼も近く、ひゃ、な、何をするのじゃ、これ、よさぬか! あっ、ダメじゃ、ダメだと言うておるのに……」


こうして今日も流されていく。

このベッドは魔物だ、入ったら最後、何者も出ることは叶わない。

カーミラ製高級綿ベッドの魔力に取り憑かれ、俺はすっかりニートになっていた……


だが別にフカフカベッドだけのおかげでニートになった訳ではない。

俺はこの世界に来てから初めて、何も心配しなくて良い時間というものを手に入れたのだ。

コリーン村やロシュフォーンの城での生活もそれなりに落ち着いてはいたのだが

当時は状況に慣れようとするだけでいっぱいいっぱいであり、心から安らいでいたとは言い難い。

周りの勝手が分からぬままに、常に誰かに見られているという緊張感の中での生活だった。


それに引き換えここはどうだ、ここは俺の家、俺は一国一城の主だ。

この家では俺が絶対、俺がナンバーワン、一日中寝ていても誰も文句言わない、俺の許可無く他人が家に入ることなど出来ない。

そしてシエル達の滞在を許したのも結果的には俺にとってプラスだった。

シエルの家事能力は凄まじいの一言で、全員分の食事の用意から、掃除洗濯、風呂の用意、来客の対応まであらゆる雑務を完璧にこなしていた。

まさにパーフェクトメイドである。


夕方近くなるとユミナが家に帰って来る。

現在ユミナは、城に通いつつマリアベルと武術の訓練を行っているのだ。

何故そんな事をしているのかというと、理由は色々あるが、まずはユミナをずっと俺の元に置いておくとマリアベルがうるさいというのがある。

しょっちゅう俺の家に来ては、ユミナと遊んだついでに俺に説教して来るのだ。うざいことこの上ない。

なので、マリアベルの弓の訓練と一緒に、ユミナも剣の練習をさせる事にした。

ユミナは剣など無くても十分な戦闘能力があるが、さすがにこの先、素手で相手の首を引きちぎる事が状況的に難しい場面もあるかもしれない。

そういう時に武器を持っていれば、単に強い少女という事して周りをごまかせる。

それに武器を扱えたほうが素手オンリーよりは色々な場面で応用が効くだろうしな。


「ご主人様、ただいま帰りました」


「おかえりユミナ」


「これ、今日の分です」


帰ってきたユミナは俺に挨拶すると、小さな皮袋を差し出す。

受け取って中を見ると、銀貨一枚と銅貨三〇枚が入っていた。


「いつもより多いな、何をしたんだ?」


「今日は薪割り三〇〇本と、おトイレの掃除をしてきました」


「よしよし、えらいぞ」


俺はユミナの頭を撫でようと手を伸ばすと、ユミナはハッとしたように後ろに下がった。


「ご主人様、あの……ユミナ今日は臭うかもしれないから」


どうやらトイレ掃除をした際に匂いが移っていないか気になるようだ。

だが心配ない、糞尿にまみれたくらいで俺がユミナを避けることなどあり得ないからだ。

しかしやはり気になるのか、ユミナは微妙に遠慮がちになっている。


「よし、じゃあ一緒に風呂に入るか」


「は、はい!」


俺の提案にユミナはとても嬉しそうに、顔を赤らめながら頷いた。


「シエル、風呂の用意をしてくれ」


「かしこまりました」


シエルは短く礼をすると、風呂場に向かい湯の用意をする。

準備は五分ほどで終わり、間もなくシエルは戻ってきた。


「ご準備ができました」


「お、早いな、ありがとう、ユミナ行くぞ」


「はい!」


俺はシエルに礼を言うとユミナと風呂場に向かう。

リビングには城から借りてきた本を読んでいるフェリスと、シエルが残された。


「……完全にヒモじゃな」


「そうでございますね」


フェリスは本から目を離し、二人の消えていった浴室の方を見て深い溜め息をついた。




浴室で俺とユミナは裸になり、お互いの体を洗い合う。

始めの頃は顔を真赤にして固まっていたユミナだが、今では顔を赤らめながらもしっかりとできるようになった。


体を洗い、浴槽に入る。

浴槽は広く、五、六人程度なら並んで入れそうだ。

俺はユミナを膝の上に座らせ、天井を仰ぎ一息ついた。


何という充実した生活だろうか。

ユミナの控えめなお尻の感触が気持ちいい、意識するととたんに俺のグソクムシが反応を始める。


「ご、ご主人様、あの……」


グソクムシの存在を感じ取ったのか、ユミナが真っ赤になって俺から離れようとしている。

俺はそれを後ろから抱きしめて引き止めた。

ユミナの初々しい反応が楽しくてつい意地悪をしてしまう。

ユミナは困ったようにお尻をもじもじさせながら、それでもされるがままに俺に寄りかかっていた。


浴室に備え付けてある大きめの窓から外を見ると、馬小屋に佇む黒王が見える。

この馬小屋は、ベッドを引き取りに行ったあの日、帰ってきたら既に家の隣に建っていたのだ。

馬小屋の隣でドヤ顔をして待ち構えていたシエルの顔が忘れられない。

あいつが町に働きに出たら、フィガロの失業率が跳ね上がるのではないだろうか。

自分の城を手に入れた黒王も嬉しそうだった。


しかし今の黒王にその時の面影はない。

夕暮れ時の馬小屋にひっそりと佇む黒王の姿は随分と小さく見えた。

頭を項垂れ、目は怯えたように地を向いている。

黒王は完全に自信を失っていた。

そこには聞くも涙語るも涙の、ある悲しい出来事があったのだ。


あれは調教師のハリードに会った数日後のことだった。

俺はハリードのところに顔を出すため、黒王に直接乗って牧場へと向かっていた。

何もないとは思うが、念のためフェリスも同行していた。

ハリードの牧場はフィガロ一と言うだけあって、道行く人に場所を聞くまでもなくすぐに到着することが出来た。




――




ハリードの牧場は、俺の家から南に数キロメール進み、マジノ川を超えたところにある広大な牧場だ。

自分でフィガロ一を謳うだけの事はあり、大小様々な種類の馬が牧場にはおり

厩舎の中では従業員や調教師見習いと思われる人々が、忙しそうに働いていた。


今俺とフェリスは黒王の背中に直接乗っている、いつもの御者台よりも高い、二メートル近い馬上から見下ろす景色はなかなか気持ちがいい。

鞍や手綱が無いので現在は裸馬の状態で乗っているが、指示は口で出せば良いし、重心は黒王自信が乗り手に気を使って調整しているのでそこまで乗りにくい訳ではない。

ただ、馬の背中というのは思った以上に滑る、鐙がないので足を踏ん張ることも出来ず、黒王が気を使ってくれなかったらとっくに何度か落馬しているだろう。

こんな事なら、たてがみを少し残しておけばよかった……

フェリスは慣れたもので、この滑りやすい背中の上を、横座りで悠々としていた。


俺達が牧場の本社と思われる大きな建物の近くまで行くと、作業をしていた従業員が一斉にこちらを見て、何やら囁きあっているのが見えた。

俺は黒王に座ってもらい、背中から降りる。

周りから、おおっという歓声が聞こえた。

黒王を待機させ、大きな建物に向かおうとしていると、その建物の中から見知った人物が駆けてくるのが見えた、ハリードだ。


「おおお、ノア殿! さっそく来てくれたな!」


「ああ、言うだけあって広い牧場だな」


ハリードは俺とフェリスに挨拶をすると、建物の中に俺達を案内する。

建物の入口を入った広間に置いてあるテーブルに腰を掛けると、従業員であろう青年がお茶を運んできてくれた。


「ここは商談や座学を行う建物だよ、奥には従業員が寝泊まりする場所もあるんだ」


「座学なんてやってるのか、てっきり見て覚えろみたいな感じなのかと思ってた」


「天才肌ならそれでもいいんだろうがな、普通の人間にモノを教えるには、基本を繰り返し何度も教える必要がある

調教師は数が少ない、ある程度のレベルの調教師を揃えるのは国の急務だっていうんで、ワシがその役割の一端を担っているんだ」


思ったよりも合理的な教育を行っているんだな。


「とは言え生き物を扱う仕事だ、覚える事も多い上に臨機応変な判断も必要になる場面が多い、汚れ仕事だし、好きじゃなけりゃ続かんがな」


そう言いながらハリードは茶をすする。

その後、施設に関する説明を少し受けていると、入り口から一人の青年が入って来るのが見えた。


「おお来たな、今日はこいつが牧場を案内する、新入りだが見どころがある奴だ

おいリック、今日のお客さんだ、馬と一緒に牧場を案内しろ」


「ああ! やっぱりノアさんでしたか!」


リックと呼ばれた青年は俺を見ると嬉しそうに顔をほころばせた。

年齢は二〇歳程度だろうか、少し童顔で茶色の髪を短く切っている、背もそれほど高くはない、俺が言うのも何だが特に特徴と言える特徴がない男だ

しかし相手は俺を知っているようだし、どこで合ったのだろう、町か? でも、覚えはないな……


「俺ですよ、フィガロの砦で馬番やってた……」


フィガロの砦? 確かあそこで話した人の中で馬番といえば……ああ! 黒王を預けた厩舎番の兵士!


「思い出して貰えたようですね、リック・オクローと言います、よろしくお願いします」


「あ、ああ、でも何でここに? 兵士じゃなかったのか?」


「へへ、あの日、黒王を手入れしてて、やっぱり俺は馬が好きなんだってつくづく思ったんですよ

それで、王女を護衛する隊に入って王都まで来たら偶然ハリードさんが城に来てて、そのまま弟子入りしちゃいました!」


なんとまあ、随分と思い切りがいい青年だ。


「てことは、まだこっちに来て十日くらいか?」


「はい、でももう牧場にいる馬は全員覚えましたよ、案内に抜かりはないのでご安心下さい」


あの時の厩舎番の兵士が……確かに黒王を見る目が情熱的だったのは覚えているが、それにしてもすごい行動力だ

好きだというのは本当に大きな力だなとつくづく感じる。


「何だ、知り合いだったのか?」


ハリードは意外そうな目で俺とリックを交互に見ている。


「はい! ちょっとした縁で、黒王を一晩任せてもらったんですよ、その時に……」


「世間は狭えな」


全くだ。

しかしこっちに世界にはまだ知り合いが少ないせいか、別に付き合いがあるわけではない相手だが

こういったサプライズがあると何となく嬉しくなってしまう。


「まあ知り合いなら丁度いい、今日は牝馬の厩舎をメインで回ってくれ、黒王が興味ありそうな牝馬を探すんだ」


「分かりました!」


「ではノア殿、ワシはちょっとこれから城に行かねばならんのでな、申し訳ないが分からないことがあったらリックに訪ねてくれ」


そう言ってハリードはいそいそと席を立つ。

軍馬の担当ともなると色々と忙しいのだろう。

まあ種付けさせてくれと騒がれずに済むのは良いが。


ハリードは立ち上がったところで「ああ」と思い出したように振り返った。


「それと、良ければ黒王用の馬具をプレゼントさせてくれんか、今日のあの黒王のバランス感覚はなかなかの物だったが

素人のノア殿には裸馬は少々きつかったろう、奥方は見事だったがな」


どうやら俺が黒王に乗って、フラフラしていたのは見られていたようだ。

しかし馬具というものは基本的にオーダーメイド品なので、それなりに値が張る道具だったと思うが……


「それは嬉しいが、そんなに気軽に渡せるものなのか? 俺はまだ黒王を預けるとは言ってないんだぞ」


「先行投資だと思ってくれればいい、それに無理して裸馬のまま乗り回してノア殿が怪我でもしたら、それこそ黒王をどうこうしてもらうどころの話ではなくなるからな」


そういう事なら貰っておいて損はないだろう。

この先、馬関係で何かあったとしたら、恐らく頼るのはここになりそうだしな、黒王云々は置いておくとしても。


「分かった、ありがたく頂くよ」


「そうしてくれ……リック、ノア殿が帰る前に黒王のサイズを測っておけよ」


ハリードの指示にリックが頷き、ハリードはそのまま忙しそうに馬に乗って城へと向かった。

さすがに城付きの調教師と言うだけあって、ハリードの馬に乗る姿は様になっていた。


俺達は黒王のもとに戻り、リックはまず先にと黒王の各所のサイズを測り始めた。

最初にリックを見た時、黒王は数歩後ずさったが、フェリスがたしなめるとしぶしぶと言った感じでその場に留まる。

テキパキと作業して、数値を木板に書き込んでいくリックの様子はなかなか様になっていた。

かわいいよとか、立派な筋肉だなぁとか、すごく柔らかな毛並みだよとか、まるで夢を見ているようなうっとりとした声を出しながらの作業だったが

作業自体がきっちりしていれば何の問題もない、そうだな。


計測が終わった後は、黒王と共に牝馬の飼育されている区画に移動する。

厳重に施錠されていた門が開かれ、此処から先は黒王にとってのパラダイスが広がっている。

さあ黒王、どんな女の子でもよりどりみどりだ、存分に選ぶがいいぞ、ただその場で“いたす”のはやめてくれよな。

そんな事を黒王に注意しつつ、門をくぐった。

黒王も若干緊張した面持ちだ。


門の先は普通に牧場が広がっており、奥の方に馬房が見える。

そして草原には十数頭程度の馬がのんびりと歩いていた、これが全部牝馬らしい。

黒王が一歩踏み出すと、牝馬達が一斉に黒王に視線を集める……そして。


脱兎のごとく逃げだした。


「あ、あれ?」


リックが困惑した声を出す。

牧場に出ていた牝馬は今や見える範囲には一頭もおらず、皆馬房の中に逃げてしまっている。


「何だ? いなくなったぞ?」


「おかしいですね……ちょっと見てきます」


リックが馬達が引っ込んだ馬房の方に走っていく。

そしてしばらくして戻ってきたリックの顔には困惑した表情浮かんでいるのが覗えた。


「なんだかよくわからないんですが、どうも怯えているようですね、押しても引いても全然馬房から出てこないんですよ」


「何だ、ここは牝馬が黒王に群がる感じじゃなかったのか」


「うーん、馬の好みは良くわからないですが、黒王くらいの馬なら無視されることはないと思うんですが……」


俺とリック二人で唸っていると、俺の服の裾を引っ張る手がある、フェリスだ。

俺がフェリスに気がつくと、フェリスはこっちに来いと手招きをして、リックから少し距離を取った。


「主よ、だからそんなに上手くはいかんと言うたであろう」


「どういうことだ?」


「黒王は我が眷属、動物にヴァパイアを忌避する習慣は無いであろうが、あ奴等から見れば黒王は恐ろしく強力な魔獣と変わらぬ

本能が恐怖を呼び起こし、逃げてしまったのであろう」


「何だ、それじゃ黒王は普通の馬とは付き合えないって事か?」


「普通の馬に、主のような変わり者がおれば別であるがのう」


何ということだ、俺から見たら逞しくて格好いい黒王は、同じ馬から見たら悪魔のような存在という事か……

黒王は牝馬達が逃げ込んだ馬房に近づいていく。

馬房の中がにわかに騒がしくなるのが分かる、動物の本能で、危険な個体が迫っているのを感じているのだろう。


黒王が馬房まであと五〇メートル程度まで迫った時、馬房の中から一匹の白い馬が飛び出してきた。


「あ、マユ……あれはポニーのマユです」


マユと呼ばれた白いポニーは黒王の近くまで走ってきて止まった。

もしかして変わり者の個体がいたのか?

体は小さく、恐らく一歳か二歳程度であろう、真っ白い多めの毛がキレイで可愛らしい馬だ。

マユは黒王の周りを三回位回って、側面で止まった。

黒王はマユをじっと見つめ、マユの鼻先に自分の顔を持っていく。マユが小さいので、黒王は首をぐっと下げるようにして頭を垂れている。

マユはじっと黒王を見つめ、そしてついに自分の鼻先を黒王の鼻先に押し当てた。

黒王は鼻をスンスン鳴らして、マユの匂いを嗅ぎ、マユは鼻先を付けたまま後ろ足に力を入れ


全身のバネを利用して黒王の鼻先にヘッドバットをお見舞した。




「すいません、ノアさん……馬具は出来上がり次第、ノアさんのお家に届けさせますので」


マユにヘッドバットを食らった黒王は心が折れてしまったのか、それ以上何もすること無く牧場を後にした。

そしてその後、何をしても牧場に戻ることは無いので、仕方なく今日の訪問は終了と言うことになったのだ。


「今日は皆の様子がおかしかったです、後で調整しておきますので、また来て下さい」


「あ、ああ……」


「マユは去年生まれたばかりの一歳馬なのですが、いつもは大人しくて、怒る事なんて殆どないんです、何があったんだろう……」


「急にこんなでかいのが来たから驚いたんだろう、まあ、落ち着いた頃にまた来るよ」


「あ、はい、お待ちしてますので」


とりあえずの挨拶を交わし、俺達は家に帰った。

家に帰る間、黒王はずっと上の空で、寂しそうな目で空を見上げながら歩いていた。




――




それからと言うもの、ずっとあの調子だ。

馬具が届いても付けることすらせず、ずっと自分の馬小屋に引きこもっている。

嫁を探しに行ったら皆から逃げられ、出てきた幼女とようやく話ができるかとおもったら頭突きを食らったのだ。

黒王の受けたダメージは計り知れない。


「黒王元気ないですね……」


「女に子に振られたんだ」


「そうなんですか? かわいそうです」


俺にはユミナやフェリスがいるからいいが、あいつは一人だ。

今のあいつは、俺が全く女っ気が無かったあの頃と同じような気持ちなのだろうか。

そう思うと何だか他人事のような気がせず、思わずユミナを抱く手に力が入る。


「ん、ご主人様」


「ああ、悪い、しかしユミナの体はスベスベしててさわり心地がいいな」


とりあえず黒王のことは後で考えるとして、今はユミナの体を思う存分楽しまなくてはいけないな。

俺は気持ちを切り替え、ユミナの体を堪能することに意識を注いだ。


「あ……ご、ご主人様、ご主人様やあぁぁ……」


ユミナが抵抗しない事を良いことに、体のあちこちを存分に楽しんだ後、風呂を出るのだった。




風呂を出るとテーブルに食事が用意してあった、トマト風味のシチューとパンだ、何とも気の利いたメイドだ。

さっそく食べてみるとこれまた美味い、謎の建築技術と謎の調理技術、このメイドはどこまで道を極めるつもりなんだ、魔法で。


夕食を食べていると、テーブルの隅に座っていたフェリスが、本をパタンと閉じて席を立った。

食事をした様子はないが、まあフェリスは無理に普通の食事をとる必要はないから、食べなくても不思議はない。

一方同じ体のはずのユミナは俺の隣でおいしそうに同じものを食べているが、そこは個人差か。


「主よ、大切な話がある故、寝室で待っておいてくれぬかのう、妾も身を清めたら向かうのでな」


俺の横をフェルスが通る際に、そのような事を伝えてくる。

大切な話? 何だろう、まさか……できちゃったとかそういう系か!?

いやそんなはずないか、女のヴァンパイアは子供を作れないって言ってたしな。

ともかく、フェリスが大切な話だというのなら大切なのだろう、聞いてみれば分かることだ。


「ごちそうさま、うまかったぞシエル」

「ごちそうさまです!」


「お粗末さまでございます」


俺とユミナはほぼ同時に食事を終えて、一息ついた。

そう言えばウチにはもう一人住人がいたと思ったんだが、最近見ていないな……


「シエル、メイアは生きてるのか?」


「はい、それはもう元気に書物と格闘しております」


メイアは考古学者だ、ここに来た理由も、フィガロ王国の領土内にある遺跡などを探す目的らしい。

今はフィガロの町中で聞き込み調査や書物漁りをして、何か過去の記録がないか調査している段階らしい。


「先日、フィガロ王国からも地質調査の許可が出まして、これも単にノア様のお陰でございます」


「ん? 俺、何かしたか?」


「地質調査の許可を取りに行く際に、ノア様の関係者ですと言ったところ、驚くほど簡単に許可が下りました」


「ああそういう事か、俺なんかの名前にそれほど価値があるとは思えないが」


「鉱山などの資源を発見した場合の権利もだいぶ有利になりましたので、姉も張り切っております」


「鉱山か、そういうのも考古学者の調査の範囲なのか」


「なにぶん、お金がかかる道楽でございますので」


聞くと、ロシュフォーン内でも銅山一つと銀山一つを発見したらしい。

しかし肝心の遺跡が一つも発見できなかったので、鉱山の権利を国に売って、そのままフィガロに来てしまったそうだ。


「あれ、もしかしてメイアって金持ちなのか?」


「そうでございますね、それなりには……ただし拠点の構築や諸々の調査費用、護衛の雇用など、出ていくものも多いのが考古学でございます」


「護衛はシエルがいれば必要ないんじゃないのか?」


「私は攻撃用の魔法は使えませんので」


謎魔法の達人のシエルにも苦手項目があったようだ。

しかし井戸を掘って水の圧力を固定とかできるなら、ユミナが使っているような空気弾くらい簡単にできそうな気がするが……

まあ魔法にも色々あるんだろう、本人が使えないと言ってるんだから使えないのだ、そこは魔法素人の俺が考えても仕方ない。


俺は気を取り直すと、歯を磨く為に外に出る。

この世界の歯磨きは、歯木と呼ばれる柔らかい木の枝の先端を噛み砕き、細かくしたもので行う。

井戸の前でコップを持ってユミナと歯磨きをしていると、馬小屋で憂鬱そうに空を眺めている黒王と目が合った。

俺が言うのも何だが、何とか気持ちを切り替えてほしいものだ、馬具もあるし、今度遠乗りでもしてみようか、気分転換くらいにはなるだろう。


黒王は寂しそうな目をこちらに向けた後、また空を眺め始めた。

よく見ると黒王のモヒカンにしたたてがみが伸び始めている。

威圧感を減らすために切った髪だったが、今となってはもう黒王の存在は知れ渡ってしまった。

今度は伸ばしたままにしていてもいいだろう、たてがみがないと掴まる所ないしな……まてよ、馬の毛を使って歯ブラシを作れないだろうか。

俺は黒王を見ながら、今度歯ブラシの作成にチャレンジしてみようと考えつつ、口をゆすいで家に入った。



寝室でユミナをからかって遊んでいる。

既に日は落ちているので外は真っ暗だ、壁にかけてあるランプの光だけが光源で、部屋の中は薄暗い。

ユミナとジャンケンして、勝ったほうが相手の体の好きなところを触れるというオヤジ臭あふれる遊びを思いつき、実践してみたのだが

ユミナの圧倒的な動体視力と反射速度の前に、俺の手はことごとく読まれ、一勝も出来ないという予想外の結果になっていた。

ヴァンパイアとジャンケンは相性がいいようだ。

ユミナはにやけながら俺の頬や首を撫で回している、そんな所触って面白いのか?


「くそー、次負けたらユミナと寝てやらん」


「えっ!?」


ジャンケンの瞬間にそう呟き、俺はグーを出す、ユミナは若干後出し気味にチョキを出していた。

高度な心理戦というやつだ、俺の作戦勝ちだな。


「ご主人様ずるいです……」


「勝負というものは非情なのだ、さあユミナ上着を脱ぐんだ」


「え、ええええええ!」


「ええーじゃない、さあ早く」


「ふええええ、一回の負けが重すぎますー」


ぐへへと手をわきわきさせながらユミナににじり寄っていく、傍から見たら完全に変質者だが、ここは俺の寝室なので誰も見ていないからセーフだ。


「その顔はアウトじゃ主よ」


俺の魔の手がユミナにかかろうとしたそのタイミングで、フェリスが寝室に入ってくる。

風呂から出たばかりで髪はしっとり水分を保ち、顔が上気していて色っぽい。

フェリスはベッドに腰を掛けると、俺達の方に体を向けた。


「さて主よ、お楽しみの所申し訳ないが、妾の話を聞いておくれ」


「はっ!」


俺はすかさず正座の姿勢を取り、フェリスを真っ直ぐに見つめる。

ベッドがフカフカで正座しづらいがそれは仕方ない。

隣を見るとユミナも同じように正座をしていた。


「ここに来てもう一月ほどになるかのう、以前とは打って変わり、何の心配もない平穏な毎日を手に入れた

毎日を穏やかに暮らしておる主を見ておると、妾も心が休まるというものよ」


フェリスはそこで一旦言葉を切り、姿勢を正して俺に向かい合うように座り直す。


「じゃがな、妾達にはまだやる事が残っておろう、無論、主も忘れたわけではあるまいが」


フェリスの言っている事は分かる、俺はロシュフォーンに戻り、クラリスを復活させる。

それは前から決めていたことだ、忘れた事なんて無い、ただ……どうしたら良いのか全く分からなかったんだ。


「うむ、妾は主を責めておる訳ではないぞ、ただな、このまま時が経ち、主が後に後悔するような事だけにはなってほしくない

そう思ったので、ここら辺りが頃合いであるかと思うたまでじゃ。

そしてな、何故頃合いかと思うたかというとじゃ……今家にある金子は金貨二〇枚を切っておる、どういうことか分かるか?

まだまだ十分な金子ではあるが、それはこの先何もなければの話じゃ、シエル達は有能であるが、ずっとここにおる訳ではない、そのうち居なくなる人間じゃ

そうなった時にこの家を維持するためには、今までよりも多くの金と時間を必要とするであろう

それを考えれば今このあたりで、先を見据えて動かねばならぬのではないか、どうであるか? 主よ」


俺はフェリスの話を聞きながら、情けない気持ちで一杯になっていた。

クラリスの事はもちろん考えていた、考えてはいたが、まだ大丈夫だという気持ちもどこかにあった。

先延ばしできることは先延ばしして、この平和を謳歌したいという気持ちが大きかったのだ。

仕事に関しても、いつか始めればいいくらいの気持ちでしか考えていなかった。

何をしたくて、それにはどうすればいいか、そんな事は全く考えていなかったのだ。

フェリスは俺よりもずっと現実的で、ずっと先の事まで見据えて物事を考えていたのだろう。

だが家長は俺なので、今でさえ俺に最大限配慮してこうして話してくれているのだ。

情けなくてフェリスの顔がまともに見られない。

顔を上げた時に、そこにフェリスの呆れた顔があったらと思うと怖くて顔を上げられない。


ふわりと柔らかい、黄金色の絹糸のようなものが俺の頬にかかる。

頭の後ろにはやわらかい手が回され、額には温かい胸の感触が伝わる。

鼓動の音が聞こえる、とても落ち着く……


「主よ、良いのじゃ、誰しも辛いこと、苦しいことは考えたくないものであるからな

妾も迷った、このまま妾とユミナだけで主を支えるのも良いのでは無いかと、それも可能であると思ったのであるが……

このまま何もせずに時が経てば、きっと主は後悔するであろう、妾はその時に嘆き悲しむ主を見とうない、であるからこそなのじゃ」


俺は顔を上げてフェリスの目を見る。

赤く透き通るような、俺の知っているフェリスの目がある

とても優しい、全てを包んでくれるような微笑みを湛え、俺を見ている。


「フェリス……いつもありがとう」


俺はフェリスを抱きしめ、ありきたり過ぎる礼を述べる、だがこれ以外言うべき言葉がない。


「うむ、主の安寧が妾の幸せよ、この先も共に進もうぞ」


フェリスを抱きしめてその体温を感じていると、背中にも温かいものが押し当てられる。


「ご主人様、ユミナも何でもします、だから心配しないで……」


「ああ、ありがとう……」


俺なんかには勿体無い女達に囲まれて、気を使ってもらって、当たり前の謝辞しか出てこない自分のボキャブラリーの無さが嫌になる。

……いや、あるじゃないか。


「愛してるよユミナ」


「ひゃ、ひゃい! ご主人様! ユミナもご主人様をあ……愛してます!」


背中に付けられた頬が急速に熱を帯びてくるのが分かる、こうかはばつぐんだ。


「死ぬまで離れません、死んでも離れません! ずっと……ユミナをかわいがってください」


ユミナが俺を抱きしめる手に力が入る、若干苦しいくらいきつく抱きしめられている。

俺はユミナの手をゆっくり解き、隣に座らせてその背中に手を回す、ユミナは目をぐるぐるさせて真っ赤になっている。


こんなにも俺の気持ちをしっかり伝えられる言葉を、今まで何故言えなかったのか。

それは俺自信、そんな言葉を吐く事など永遠にないだろうと思って、心の奥底に封印していた結果だった。

そして今の俺にはもうひとり、気持ちを伝えなければならない女性が……


「ちょっと待つのじゃ」


俺がフェリスに向き直ろうとしたその時、フェリスから不機嫌そうな声が聞こえた。


「主よ、そこは妾が先なのではないか、いや、順番なぞ妾は気にせぬ、気にせぬが……妾は主の第一の妻であるな?

妻にとって最高の幸せを感じることの出来る言葉を後回しにするなど、しかも妾はまだ主よりそのような言葉を送られたことはない、言わば処女であるのじゃぞ

いや、ユミナが受けるにふさわしくないと言っておるわけではない

じゃがな、それはそれ、のう、順番というものがあるであろう、今の流れ的に、のう?」


最初に言われなかった事を思いっきり気にしてる……

ユミナに礼を言った流れでついユミナを先にしてしまったが、これはまずいな。


「……ユミナ」


「はい、ご主人様」


「今から全力でフェリスにおもてなしを行う、付いてこられるか?」


「は、はい、頑張ります!」


「な、何じゃその目は、やめ……うわっ、や、やめるのじゃ、ユミナまで何を……むぐ」


俺はフェリスを押し倒し、ユミナと一緒に夜中まで丁寧にフェリスをもてなした。

そしてフェリスが戦闘不能となったところで、三人で寄り固まって眠るのだった。


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