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第二十六話 日常あるいは平穏な日々1

家を手に入れて一週間が経った。

俺はこの世界に来てから久しぶり……いやもしかしたら初めての、何の不安もない生活というものを送っていた。


家にあるベッドはいわゆるダブルサイズよりもやや大きく、三人で寝られる十分な広さがある。

現在はベッドが二つしか無いうえ、一つはシエル、メイア姉妹が使用しているので、俺、フェリス、ユミナは一つのベッドで寝起きしていた。

藁七、綿三のベッドではあるが、今まで固い馬車の荷台で毛皮をかぶって寝ていた事に比べればその寝心地は天国のようだった。

初日、藁ベッドで寝た際は、もう藁でいいよ藁サイコーなどと思ったものだ。


俺は体を起こし、寝ぼけた頭を覚醒させる。

そして今日までにあった事を振り返ってみる。




シエルとメイアは結局あれから宿探しはせず、俺の家を拠点として活動している。

というのも、市中の宿では発掘に使用する道具などを置く場所がなく、いつもは拠点を作る場合は、貸家を借りたり、即席の丸太小屋などを作ったりしていたらしいのだが

これも何かの縁なので、俺の家をフィガロでの拠点とさせてくれとシエルから要望があったのだ。

せっかくの新居にそんなもの持ち込まれても困ると思ったのだが、風呂トイレの整備を条件に、庭の一部に研究用の小屋を設置することを許可してしまった。

フェリスも特に反対はしていなかったので、問題はないだろうとは思うが……


あの皆で集まった日の最後、フェリスが放心状態から復帰し、俺達は家の外に出てつかの間の語らいをしていた。

その中で、シエルの作った井戸を見たフェリスが言った言葉を思い出す。



「魔法でこの井戸を作ることは不可能ではない、理論的には……じゃが、それを実行できるであろう者を妾は知らぬ。

あの姉妹は正体が知れぬ、であるが敵意のようなものは一切感じぬ、ならば妾は主の思うがままである事を望むぞ」



シエルとメイアは、俺達に害をなすような人物には見えない、だが人の悪意なんて隠そうと思えばいくらでも隠せるものだ。

俺はロシュフォーン王宮であった一連の事件やゼピオの事を思い出す。

ならば俺はどうしたら良いのか。


答えは簡単だ、俺は今まで様々な人達に助けてもらってここまで来た、情けない話だが、自分で何かを切り開いたことなんてほぼ無い。

俺は助けてもらわないと生きていけない人間だ、だったら俺を助けてくれる人の事を疑うべきじゃない、少なくとも、決定的な何かが見つかるまでは。

俺はフェリスにその考えを伝えると、いつも通り優しげに微笑んで頷いていた。



そういう訳で一抹の不安はあったが、俺はシエルとメイアに害意はないと考え、滞在を許すことにした。

そう決まると、メイアの研究小屋であるログハウスのような建物は一日で建ってしまい、トイレはシエル式水洗、風呂はシエル式温度調整機能付きのものに改造されていた。

俺が城まで報奨金の残りを受け取りに行っている間の出来事だった……これ、大工さん涙目だな。


続いて俺は、ベッドの寸法を測りに訪れたカーミラを案内する。

カーミラは全身を覆うローブを纏って現れ、事務的に二つのベッドの寸法を測り、概算の代金である金貨六枚を受け取った。

途中、俺がエリザベートに渡したジーンズについて少しだけ質問されたが、内容がチャック部分の製造元とか、タグ部分に使われている素材や書いてある文字についてだったので

うまく答えることが出来ず、分からないと返すしか無かった。

特に何かやり取りがあった訳ではなかったが、カーミラは真面目で優秀な職人だということだけは分かった。

帰り際、トイレを貸した際に風呂が設置されているのを発見し、興味深そうに見ていたのを俺は見逃さなかったよ。


そして今日が約束の七日目、今日は木綿ベッドの納品日、さすがにエリザベートとカーミラがここまでベッド二組を持ってくることなど出来ないので

今日は馬車を引いてベッドを取りに行く予定だ。


俺の両隣ではフェリスとユミナが寝ている。

……どちらも裸だ、寝間着なんてものは無いし、まだ暖かい季節だという事で何となく裸で寝ていたらそれが普通になってしまった。

フェリスは寝間着のようなものも作れるのだが「主が裸なら妾もじゃ」と同じように裸でベッドに入ってくるようになった。

そしてそれを見たユミナが、最初こそ目を白黒させていたが、すぐに同じように裸でベッドに入るようになった。

絵的に非常にまずいものがあるが、ここは異世界なのでそれは考えないことにしよう……問題は、寒くなったらどうするかだ。

冬になる前に考えないとな。


「……ぅん? あるじ?」


考え事をしていたらフェリスが目を覚ましたらしい、俺の腕を伝って白い体が起き上がってくる。

長い髪が脇腹にかかって少しくすぐったい。


「おはようなのじゃ」


「ああ、おはようフェリス」


俺は起き上がってきたフェリスの腰を抱き、近くに寄せた後、脇腹からアバラのあたりまでを撫でる。


「んんっ、主は本当にここが好きじゃな」


「フェリスのだからな」


「全く、妾の体を見る度に顔を真赤にしておったのが懐かしいわ」


さすがに一週間も裸で寝起きしていると、その辺りは慣れる。

だが飽きたとか興味が失せたとかでは断じて無い、むしろ良く見る事に抵抗がなくなった今

フェリスの体の素晴らしい部分を余すところなく探求することができるようになったのだ。

そう、俺はまさに今登り始めたばかりなのだ、この果てしなく続くフェリスの坂を……


山としなかったのはフェリスの体には山がないからだ、それは仕方ない、個性というものだ、個性は尊重せねばなるまい。

そう考えてからモーニングキスなどをしようとフェリスの方を振り返った俺が見たものは、大きく開けられた真っ赤な唇と、白く輝く二本の牙だった。




俺とフェリスとユミナが馬車に乗り、エリザベートの店へと向かっている。

家はシエルに任せてきた、メイアは新しく作った書斎? に篭って何やら書物と格闘しているらしい。

シエルはとても働き者だ、今日も朝起きてリビングに下りたら人数分の朝食が既に用意してあった。

あの姿に違わず、生活全般お任せ的な存在のようだ。家を維持するとなると色々な所に気を回さなくてはならないが

俺達の中にはそういう知識を持った人間が居ない、後でユミナ辺りにその辺のいろはを教え込んでもらおう。


「それにしても首が痛い……」


あの後俺は、フェリスの無慈悲な噛みつき攻撃にあい、吸血された後にろくに傷も治してもらえず今に至る。

エリザベートの店に向かうために、城の厩舎から黒王を引き取り、今は俺が御者席に座っている。

もちろん俺は馬の操作なんて出来ないが、黒王は俺の言葉を理解できるので口頭で指示するだけで済むから楽ちんだ。


「ふん、主が余計な事を考えるからであろう」


「口に出してないのに……」


「最近主の血ばかり吸っておるせいか、何となく主の考えが読めるようになってきたようじゃぞ」


何ということだ、内心の自由も何もあったもんじゃないな。

俺は貨物席に座っていたユミナを御者席に呼び、隣に座らせる。


「ユミナ、ユミナは俺の味方だよな?」


「は、はい、ユミナはご主人様のものです」


突然話を振られたユミナは、フェリスをちらちら確認しながらも嬉しそうに俺に寄り添っている。

ユミナの肩を抱き寄せ頬を撫でる、ぷにぷにしていて柔らかい。

ユミナは夢見心地と言った感じで、目を細めて脱力していた。


「ユミナ、首の傷直してくれ」


「え、でも、ユミナは回復魔法が苦手だから……」


「いいよ、町に着くまでゆっくり治してくれれば」


「は、はい、がんばります」


そう言うとユミナは俺の首に手を当て、回復の魔法を使用する。

ぽうっと温かいものが首に当たっているような感覚が来る。

俺はユミナの腰に手を回し、さらに近くに抱き寄せた。


「はうう、近いですご主人様」


「嫌なのか?」


ブンブンと首を振るユミナ。


「ユミナはかわいいな、町までずっとこうしていような」


「は、はいぃ」


自宅から町の商店街までは二キロメートル程度なので、馬車ならゆっくり進んでも一五分もあれば着いてしまうのだが

何もしないで一五分過ごすのも退屈だ。ここはユミナをいじりながら過ごすとしよう。


いくら回復が苦手とは言え、五分ほど経過すると牙の痕はもうすっかり消え失せていた。

町はだんだん近づいてきたが、まだ人目にはつかない。

俺はユミナの服の間から手を入れ、あばらの辺りを擦る。


「ふやああああぁ!」


ユミナがびっくりした声を上げる。

そう言えばユミナのお腹を触るのは初めてか。


「ご、ごしゅじんさま、なに、なにしてるんですかやあああぁ」


「洗礼さ、嫌だったら言うんだぞ」


「はうう、嫌じゃ……ないですけど」


ユミナのあばらはフェリスよりも浮き出ているようだ。

ユミナは痩せてるからな……だがこのはっきりとした凹凸の感覚も嫌いじゃない。

好きなだけ女の子のあばらを擦れるなんて本当に良い身分になったものだ。


「……のう、主よ」


後ろの荷台から声がする、同時に俺の服の裾が引っ張られる感覚がある。


「妾のも……してよいのじゃぞ?」


「でも今はユミナの相手してるからなー」


とぼけた返事を返した後、三〇秒ほど沈黙が続く、俺の裾はまだ引かれたままだ。

俺は顔だけ後ろに向けてみる、そこには置いて行かれた小犬のようにしょんぼりしているフェリスが居た。

何かを乞うようなフェリスの目が俺と合う。


「主……妾も、妾も隣に置いておくれ、一人は嫌じゃ」


もう少しいじめたいという気持ちが無かった訳ではないが、フェリスの目を見た瞬間に、俺がとんでもなく残酷なことをしているような気分になり

たまらず手招きをしてフェリスを呼んだ。

フェリスは大喜びで俺の隣に座ると、俺の胸に頭を押し当てて来る。


「済まぬのう、妾も大人気なかったのじゃ、許しておくれ」


「許すも何も、怒ってなんかいないさ……だけど、俺はフェリスに不満なんて全く無いからな、それだけは分かってくれよ」


「ふふ、分かっておる」


そうして、どう見てもバカップルが白昼堂々イチャコラしているようにしか見えない俺達の乗った馬車は、フィガロ城下町の商店街へと入っていった。




「まあノア様いらっしゃいませ、出来ておりますわよ、こちらにどうぞ」


エリザベートの店に来た俺達は、早速奥の部屋に案内された。

初めて入る奥の部屋は、思った通り工房だったようだ、そして想像していたよりも広いことに驚く。

木製の、糸を紡ぐ機械や、機を織る機械のようなものが設置されている。

機織り機は大型のものから中型、小型と三種類置いてあった。


「すごいな、仕立て屋っていうから製品を作るだけかと思ってたけど……」


「私のセンスに合う布がなかなか無いのですわ、そうなればもう作ってしまう以外に無いでしょう?」


「エリーはハイセンスだからな……」


「良いお客様に恵まれて光栄ですわ」


俺の感想にエリザベートは誇らしげに胸を張る。

大きな胸がプルンと震えるのが見える、なんという迫力だろうか。


「ウォホン」


俺の後ろに控えていたフェリスがわざとらしい咳をする。

なんてことだ、全てお見通しという事なのか?

気持ちを切り替え、部屋の中を見て回る事にする。


糸紡機がある、いわゆる糸車というやつで、足でペダルを踏みながら素材から糸を作る道具だ。

熟練の技師が一日紡ぐと二〇〇から三〇〇グラムの糸を作れるという事だ。

俺が頼んだ三人寝られるベッドを作るには綿を二キログラム使うらしい

掛け布団にも同じ位の量を使うので、ベッドセット一つにつき綿を約四キログラム使用する。

つまり、ベッド一組作るための糸を紡ぐだけで、大体二週間はかかるという事になるのだ。


そして布を作るための機織り、これは糸を一本一本重ねていく非常に根気のいる作業だ。

一般的には丸一日作業して三メートルから四メートルの布を作れるらしい。

ベッドで使う布は長さが二メートル四方のものを四枚使う、これは単純計算で、作るのに丸二日程度かかるという事になる。

当然、それらの作業を全て一人が行う訳ではないので、時間は短縮できるだろうが、消費される労働力は変わらない。

素材作成だけでも相当な労働力が投入される訳である。

さらにそこからベッド作成の労働力と技術料が入るのだから、そりゃ高くて当然だと納得できるものだ。


そしてなんと、カーミラはそれらの作業を熟練職人の倍以上の速度でこなすことができるのだという。

エリザベート秘蔵のスーパー裁縫師だった訳だ。


「おかげで他よりもお安く作っても、ごはんが食べていけますのよ……あ、これは内緒でお願いしますわね」


そう言ってエリザベートは俺に顔を寄せ、いたずらっぽく笑った。

いつもはクールビューティなエリザベートのそんな様子を見て、俺は何故かドキドキしてしまうのだった。



出来上がったベッドと掛け布団を汚れないように麻袋で覆って馬車に運び込む。

真っ白な綿一〇〇パーセントの布団は、触り心地がとても良く、気持ちよさそうだった。


「それではノア様、こちらは追加で承っていたバスタオル六枚と替えのシーツ四枚になります

お代は銀貨三五枚でよろしいでしょうか」


「お、仕事が速いな、ありがとう」


俺は途中で追加注文しておいた、替えのシーツとバスタオルを受け取る。

新品なので少々高いがフカフカで気持ちいい、値段もきっとまけてくれているのだろうとは思うが、未だに相場には疎いので良くわからない。

でもエリザベートがぼったくる訳無いと信用しているので、その辺はどうでもいいか。

代金を後払いで良しとしてくれた辺り、俺は客としてエリザベートから一定の信用を得たと思っても良さそうだ。


「これで風呂上がりの後も楽ちんじゃのう、しかし一人一枚とは贅沢なことじゃ」


「俺の体拭いたタオルとか誰も使いたくないだろ」


「妾は構わぬのじゃが……まあ良い、しかしそれにしては一枚多いようであるが、来客用かの?」


実は来客用では無い、このタオルはある目的のために余計に買っておいたものだ。

こちらの世界では布は高級品の為、そんな事のために使うのはどうかとも思ったが、俺の充実した性活の為だ

多少の投資は惜しんではならない。


「いや、この前汚しちゃっただろベッド……だからな」


小声でフェリスに伝えると何のことかと首をかしげていたが、唐突に何かに思い当たったらしく顔を真っ赤にして俺の服の裾を握りしめていた。

この間、ユミナのいない隙をついてフェリスといたした時に、思った以上に盛り上がってしまい、終わった後にベッドが大変な事になっていたのだ。

乾かしてはみたものの見事にシミができてしまい、する度にベッドにシミが増えるのはどうかと考えていた所、下に厚手のバスタオルを敷くという方法に思い至った訳だ。

そんな事に高いバスタオルを……と思うかもしれないが、高級なベッドを長くキレイに使う為には必要な経費なのだ。


エリザベートに見送られ、俺達は次にギリアムの中古店に向かった。

借りていたベッドの返却日だからなのだが、返すためではない、買い取り交渉を行うのだ。

汚してしまったから……というのも理由として無いわけではないが、あのベッドはそれなりに寝心地は良いものであった。

丁度二つベッドが足りないという事もあり、あれを来客用として確保してしまおうと考えたのだ。




「というわけで、買い取りたいんだけど……」


ギリアムの店の客間で、茶を出されながら借りていたベッドの買い取りを相談する。

ギリアムは相変わらず忙しそうだったが、俺が尋ねると大喜びで客間に通してくれた。


「ふーん、汚れくらいならこっちで何とかするけど、貸したものが汚れて戻ってくるなんて想定内だしね」


「まあそうなんだろうけど、一週間使ってたら愛着が沸いちゃったみたいなのもあるんだよ」


「分かった、そういう事なら買い取りしてもらえるとこちらも助かる、ベッド類は保管に場所を食うからね

以前言っていたように一セット銀貨三〇枚でいいかな? 二セットだから六〇枚だね」


「ああ、いいよ」


以前値段は聞いていたので、予め用意して置いた銀貨六〇枚を革袋から取り出してギリアムに渡す。

ギリアムは少し驚いたような、それでいて楽しそうな顔を俺に向けながら銀貨を受け取った。


「なんだ? 何か変か?」


「いや、七日間分の貸出料を買取額から引けって言わないから少し驚いてね」


「そうか? 賃貸の契約と買い取りの話は別だから、借り賃を引けってのはおかしいだろ」


「そうなんだけどね、結構それが通じない人が多くて、よく揉め事になったりするんだよ

だから賃貸から直接買い取りってあまりやりたくないんだけど、いやあ分かってる人が相手だと楽でいいなぁ」


ん? ということはゴネれば安くなるのか?


「あ、やめてくれよ、ノア君はエリーの紹介だから初めから十分安くしちゃってるからね、ここから交渉されたら泣くよ」


俺の顔を見て何かを察したギリアムは慌ててフォローを入れる。

安めだとは思っていたが、やはりエリザベートの紹介というのが大きかったようだ。

正直値引き交渉など煩わしいし、最初からある程度安くしていてくれてるならそのほうが俺としても楽だ。


「いや、ギリアムのことは信用してるよ、余程おかしなことがなければ言い値でいいさ」


「そう言ってもらえると嬉しいよ」


俺は立ち上がってギリアムと交渉成立の握手をすると、ついでと言うことで店の中を見せてもらった。

中古店というだけあって、雑多なものが所狭しと並んでいる。


「今までは中古店と言えば貴族相手の商売だったんだけど、俺は庶民相手の商売にこそ、その先が在ると思っているんだ

まあ貴族相手の商売はもう取引先が決まっていて、俺のような新参が入る隙間なんて無いってのも大きかったけどね」


ギリアムの商売立ち上げの話を聞きながら店……というより、倉庫の中を歩く。

その一角の布物コーナーに中古のタオルが重なっているのが見えた、価格を見ると銅貨三〇枚、安い。

俺は状態が良さそうなものを二、三枚掴む。

さらに歩くと調理器具や食器などが置いてあった。

そういえば俺の家にはまだ殆ど何もない状態だ、いつまでも買い置きのパンだけ食ってる訳にもいかないだろう、ということで食器と調理器具をいくつか買い込む。

水桶も必要だな、一つはあるが、風呂と水場と台所と……

そんな事をしながら、売り場を一周りする頃には、俺の手には大量の商品が握られていた。

持ちきれないので一部ユミナ達にも持たせている。


「さすがノア君だ、その買いっぷり、しびれるね」


「家に何もないからな」


新品と比較して大幅に安い事や、ギリアムの選定が良いのか、状態に不満のないものが多かったので思ったより買い込んでしまった。

この世界に来て初めての衝動買いという奴だな。

でも無駄なものは無いはずだ……多分。


大荷物を持たされて呆れ顔のフェリスとユミナを従えて、俺はちょっと晴れ晴れした気持ちでギリアムの店を出た。




「ご主人様、おなか空きました」


馬車に荷物を運び終わり、どうする考えていた所でユミナが俺に空腹を訴える。

ユミナはヴァンパイアになって日が浅いせいかは分からないが、よくお腹が空く。

曰く、吸血と人間の食事はまた別腹なのだそうだ。

見れば日も高くなっているので、そろそろお昼にしても良いかもしれないな。


ここフィガロの町は、小国とは言え首都だけあってそれなりに栄えている。

そして大抵の人々は一日に三度食事をするようだ。


「よし、それじゃいつものところ行くか」


「はい!」

「うむ、良いぞ」


いつものところとは、家を手に入れた当日に立ち寄った大衆食堂“雲の丘亭”のことだ。

ユミナはそこのメニューにあったオムライスがお気に入りになってしまい、立ち寄る度に同じものを食べている。

俺達は黒王を商店街から離れた目立たない場所で待機させ、雲の丘亭へと向かった。


「いらっしゃいませ! あらノアさんこんにちわ、三名様ですね」


「ああ、よろしく」


顔なじみという程ではないが、一週間ほぼ毎日通っていればそれなりに顔は覚えられる。

しかも俺は初日にこのウェイトレスに興味を持たれているので、覚えも早かったようだ。

おかげで大して長い間通いつめた訳でもないのに、ウェイトレスの対応は常連に対するそれになっている。


このウェイトレスの名はサリア・アダムス、現在一六歳で、この店の店主の一人娘らしい。

父親はロッコ・アダムスという名だそうだ、今のところ聞いているのはこの程度だが、別にそれで何をするわけでもないので十分だろう。


「ユミナちゃんはオムライスかな?」


「はい!」


「ノアさんとフェリスさんはどうしましょう?」


「妾は何でも良いが、軽めで良いぞ」


「何かお勧めはあるか?」


日常的に食堂を利用すると、毎回メニューから選ぶのが面倒になってくるものだ。

そこで俺はお勧めをそのまま頂くことにした。

せこい店では、お勧めと言うと今日売れ残りそうな食材で本当に適当なものを作ってくる場合があるが、ここはどうだろう。

まあ俺はそんなグルメって訳でもないし、基本的に食えれば何でもいいんだがな。


「今日は新鮮な魚介類が入ってますから、それでどうでしょうか」


「魚か、たまには良いな、じゃそれで」


思えばこちらに来てからは羊や鹿肉ばかり食っていたような気がする。

たまには魚もいいだろう、フィガロは漁業も盛んらしいからな。


注文をしてしばらくすると、ユミナとフェリスの分が運ばれてきた。

ユミナはいつも通りのオムライスで、フェリスはハムとチーズのパスタだ。

そしてしばらく遅れて俺の料理が届いたのだが……なんか凄いのが来た。


「お待たせしました、キンメダイのアクアパッツァです」


「おお、なんじゃこりゃ、すごいな」


魚が一匹丸ごと皿に入っている、周りには貝が殻付きでたくさん置いてあった。

一口食べてみると、ニンニクと塩味が効いていてとても美味しい。

……しかし、この周りに大量に鎮座している貝はどうしてくれようか。


「どうしました?」


一口食べた後に固まっている俺を見て、サリアが声をかけてくる。


「いや、貝類が少し苦手でな」


「そ、そうなんですか……でも砂も吐かせてあるし、味も染み込んでいるから美味しいですよ、ちょっとだけ食べてみてもらえませんか?」


少しとは言ったが、実は貝類は大の苦手食材だ、魚介類と聞いて警戒するべきだった、今日は失敗したかな。

サリアが不安そうな顔でこちらを見ている。

そう言えば料理は全部届いたのに何で戻らないんだろうか。

俺が貝を食うのをためらっていると、隣にいたフェリスが貝を一つ取り上げ、フォークで器用に身を取って口の中に放り込んだ。


「ふむ、久しぶりに食したが良い味ではないか、主も食べてみるがよかろう

以前は苦手であったのかも知れぬが、味のない川魚や血生臭いウサギ肉に比べたら極上の味であろうよ」


フェリスに促され、黒い大きな貝の身を取って口に放り込んでみる。

貝独特の風味が口の中に広がった、ダシの味はいいんだけど身はなぁと思いつつ噛んでみると、より濃厚な貝の風味が出てくる。

俺の嫌いな、ジャリジャリした感触が全く無かった。


「おお?」


そのまま二つ三つと口の中に放り込む、うまい、うまいぞ!


「うまい」


「良かった、父の自信作なんですよ」


あんなに苦手だった貝がこんなに美味いとは……やはりフェリスの言うとおり、味のない川魚や血生臭い野生動物の肉ばかり食ってたからなのかもしれないな

ふと見るとサリアが厨房に向かって何かサインを送っている、厨房に目を向けると、サリアのオヤジが親指を立てていた。

一体何なんだ……


「何かあったのか? もしかして試作料理か何かなのか?」


「あ、いえ! 父にノアさんの話をしたら、ちょっと張り切っちゃって……」


ん? 俺の話をすると何で張り切るんだ? 関連性がよく分からない。


「いえ、大したことじゃないんです。お連れの方にご主人様と呼ばれてて、貴族みたいな女性を連れている男の人がよく来るって言ったら

貴族がうちに来てるだと!? なら俺の全てをぶつけて美味いと言わせてやる、とか言いだして……」


頭が痛くなってきた……

どうも貴族がお忍びで店に来てるらしいから、ちょっと自慢料理出してみようかなとか思ったという事らしい。

思うだけなら良いが、他の常連なんかにそういう話が伝わったら面倒くさい事になるかもしれない、ここは釘を差しておこう。


「サリアだったよな、俺は貴族じゃない、ただこの国に来たばかりだから外食をする事が多いだけの一般人だ

だからそういう良くわからない気配りは止めてくれないか」


「は、はい、そうですよね……すいません、本当にただ何となく話題に出したら、変な方向に解釈したみたいで」


「俺はここの料理は好きだ、だから別に何もしなくてもこれからも来るよ、だけど万一変な噂とか立っちまったら店を変えるしか無い

そこの所は気をつけてくれよな……」


「はい、すいませんでした!」


サリアは顔を真っ赤にすると厨房の方へ飛んでいった。

そして間もなく、何か言い合っている声が聞こえてくる。


確かにこの面子は目立つが、少し話が飛びすぎだ。

サリアの親父さんも早とちりが過ぎるぞ、某うっかりの人みたいだ。

俺はそんな事を考えながら、出された料理をすべて平らげ店を出た。




さて家に帰って買ったものを整理して、綿ベッドを設置するか。

そんな事を考えつつ、黒王を待機させていた場所に戻ると……そこには一人の男が黒王と睨み合っていた。


何だ? また馬泥棒か?

そう思ったが、黒王は特に攻撃する様子はない、ただしその体から、馬車に近寄るなオーラは放っていた。

どうするべきだろうか、とりあえず声でもかけてみるか……

俺が男に近づこうとすると、フェリスとユミナが自然な動きで俺をガードする位置に着く。


「おいあんた、俺の馬の前で何やってるんだ?」


俺の声に黒王と睨み合っていた男がこちらを振り向く。

年齢は四〇代半ばくらいだろうか、ごつい顔に筋肉質な腕……あれ? どこかで見たような。


「みつけたああああああああああ!」


「な、何だ!?」


「頼む! その馬とワシの馬で種付けを、種付けをさせてくれ!」


思い出した、このオヤジ、城の厩舎の前で俺達を待ち伏せしてた調教師だ。

黒王を見た瞬間に種付けさせてくれと怒涛の勧誘攻撃を受けたんだった。

厄介なのに見つかったな……


「おい、あんたいい加減にしてくれ、そんな一方的な交渉で俺がうんと言う訳無いだろ」


「金なら出す! 種付け一回につき金貨一〇枚……いや、一二枚出す!」


「いやそうじゃなくてな……」


だめだ、興奮しすぎているのか話にならない。

そもそも交渉を始めるとしたって、最も基本的な事が全く抜けている、それだけ興奮しているのか、単に常識が無いのかは分からないが。


「主は、お主は誰なのかと聞いておるのじゃ、素性も分からぬ者と商売の話などできるはずもなかろう」


やれやれと言った感じでフェリスが横から口を挟む。

オヤジははっとなり、その場から二歩ほど下がってこちらを見た。


「(フェリス、いいんだよこういうのは無視で)」


「(そうは言うがこのままでは埒が明かぬ、まずは素性を聞こうではないか)」


短くフェリスとのやり取りを終了すると、俺はオヤジの方に向き直る。

オヤジは俺の方を見ると軽く頭を下げて自己紹介を始めた。


「これは失礼した、余りにも素晴らしい馬ゆえ我を見失っておった。

ワシは馬の調教を生業としておる、ハリード・ヴェルヌイと申す者、王城でこの馬を見かけ是非とも我が手で調整をしたいと思ったのだが」


「あそこに居たってことは城の関係者なのか?」


「うむ、フィガロ王国の軍馬調教を任されておる」


王国軍の軍馬を任されるって事は、相当腕のいい調教師なんだろうな。


「そうか、俺はノア・シドーという者だ、ちょっとした王家のお使いを頼まれてあそこに居たんだが……」


「城の兵から聞き及んでいる、マリアベル様を救助された方だとか」


「まあそんなとこかな、でもタダの一般人だからな、そして俺の黒王に調教は必要ない」


「うむ……そうなのであろう、ワシが現れた時も、お主が現れた時も全く動じる様子もなく、先程からお主の命令をただ静かに待っておる

相当に訓練されている証拠だ、ワシでも出る幕がないほどにな。

しかも最初にワシがこの馬を見つけた時、ワシの気配に気付くと馬車を守るような位置に移動しおった、お主はこのような凄い馬を置いて行って心配ではないのか?」


「黒王の守りを突破して馬車のモノを盗める泥棒なんて居ないだろうからな」


「つまり馬車の番すらできる力と頭脳が在るということか、にわかには信じられぬが……

いや、今までの動きを見る限り、その話も全くのデタラメという訳ではないのだろうな」


ハリードは唸りながら黒王の周りを行ったり来たりしている。

黒王はなんだか居心地が悪そうに身じろぎをした。


「ときに、そこの少女はお主の娘子かな?」


フェリスとユミナを見て、ハリードは唐突に俺にそんな話を振る。

それは黒王と何の関係があるんだ……


「妾は主の妻であるぞ」


「ユミナもご主人様の奥さんだよ」


「おお、随分と若い奥方だな」


ハリードは少しにやけ顔で俺を覗き込むように見ている。

何だ、何が言いたいんだ。


「黒王にも妻が必要だとは思わぬかね」


……そう来たか


「人間に飼われている動物にとって、性欲の処理はとても重要な課題だ、自然界であれば好きなようにつがいを見つければよいが

飼育されている動物だとそうもいかん、特に馬のように、その価値から厳重な管理が必要な動物はな

そして性欲の制御ができなくなると、生物というのは色々と良くない影響が出るものだ

かといって去勢してしまっては、本来の魅力を大きく損なった覇気のない馬ばかりになってしまうものなんだ」


ハリードはさり気なく黒王に近づくと、その体に手を当てる。

黒王は蹴って良いものやら判断がつかず、少し困惑気味だ。

とりあえず俺は目で黒王を制止しておく。


「だからこの黒王をうちの牧場に預けてつがいを探してみないか? もちろん金なんていらないし、いつでも好きに出入りしてくれていい

世話は他の馬同様きちんとする、種付けを強要したりもしない、ただうちの牧場で好きなようにしていてくれればいいんだ

もちろんうちの牝馬に手を出すのも自由なんだよ?」


最後は俺よりもむしろ黒王に向かって語りかけているようだ。


「自慢ではないがワシの牧場はフィガロで一番だ、良い牝馬もたくさんいる、どうだろうか」


ハリードの提案に、黒王の目が輝いたように見えた。


俺は少し考えてみる。

悪くはない申し出だ、そもそも種付け一回、金貨一二枚という時点で既に破格だ、そういう意味では最初から二つ返事でOKを出していい話ではある。

城付きの調教師という点も恐らく嘘ではないだろう、馬の維持費を持ってもらい、さらに種付け金までもらえる、まさに夢のような話だ。

……だがそれは黒王が普通の馬ならという話である。


黒王はヴァンパイアホース、つまり魔獣と同じ扱いだ。フェリスの話では簡単な魔法まで使えるという。

頭がいいので普段は普通の馬を演じているが、俺達の目の届かないところに行ったら何でボロが出るか分からない。

黒王を他に預けるなど、できる話ではないのだ。


「悪いが黒王を預けるつもりはない、今回は縁がなかったと思って諦めてくれ」


誤解のないようにはっきりと断りの意志を伝える。

ハリードはまさかといった感じで一瞬目を見開いた後、がっくりとうなだれた。

見ると何故か黒王までうなだれている……なんだ? 嫁さん欲しかったのか?


「……ああ、だが、黒王に嫁ってのは面白いアイデアかもしれない、後でその牧場を案内してもらうことはできるか?」


続けた俺の言葉に、ハリードと黒王がぱっと顔を輝かせる。

黒王……やはりお前も男だったか。


「も、もちろんだとも! いつでも訪ねてきてくれて大丈夫だ!」


「それじゃ後で黒王とお邪魔しよう、今日はそれでいいよな?」


「分かった、いつでも来てくれ、場所が分からないということは無いと思うが、もし迎えが必要なら城の厩舎番に伝えてくれればワシに届く」


「まあ一番大きい牧場っていうんなら、その辺の人に聞けば分かるだろうしな」


俺はハリードの牧場に行く約束をし、その場は別れた。

ハリードは去り際に嬉しそうに黒王を撫でて帰っていった。黒王もまんざらでない様子だ。

きっぱりと断ろうと思ったのだが、黒王の意外な反応を見て、思わず妙な約束をしてしまった……

しかし思えば黒王は盗賊団のアジトからここまで良く働いてくれた。

今も黒王のおかげで、馬車を道端に放置して買い物するという、普通では考えられないことも平気で出来る。

ここは一つ、役に立っている仲間のために一肌脱ぐのも良いだろう、幸い時間はあるしな。




帰りの馬車の上、御者席に俺とフェリスとユミナが乗っている。


「主よ、あのような約束をしてしまって良かったのか?」


フェリスが先程のハリードとのやり取りを俺に確認する。


「ああ、黒王も頑張ってくれてる事だし、嫁さんくらい選ばせてやってもいいだろ」


「妾は構わぬのじゃが……良いのか? 普通の馬を飼育するのはなかなか骨が折れるぞ?」


俺はフェリスから馬の飼育のあれこれについて教えを受ける。

フェリスは昔、軍馬の面倒を見ていたこともあるようだ。

……その結果、猫すら世話が面倒で飼えなかった俺には、はっきり言って馬の世話など無理だということが分かった。

また、餌代なども思った以上にかかりそうだ。


「……どうしような」


「家に置くのは無理であろう、もし気に入った娘がおったなら、ハリードとやらの牧場に通うしかあるまいな」


毎度のことながら自分の短絡思考にうんざりするが、それでも黒王が望むのなら少しくらい頑張ってみるかとも思う。

黒王はもはや飼い馬やペットという枠には収まらない、俺達の家族も同然の存在なのだから。

何より俺は、こうなる前の黒王を知っている。

盗賊のアジトで、使い込まれた馬車に繋がれていた黒王は体も小さく、精悍とは言い難いただの駄馬だった。

恐らくそのままであったなら、子を成すこともできずに使い潰され、最後は肉となって盗賊達の腹に収まる運命だったのだろう。

それが今やシャイヤーもかくやという程に巨大で鍛え抜かれた肉体に変貌している。

偶然で手に入れた肉体では在るが、せっかく手に入れたならそれを使わせてやりたい。


「俺とは違って間違いなくイケメン化してるだろうからな、モテモテになるぞ」


「そううまく行けば良いがのう……」


俺達はそんな事を話しながら、新しいベッドに期待を膨らませつつ家路につく。

馬車を引く黒王の表情も、どこか嬉しそうだった。


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