第二十八話 魔獣討伐前編
風景が後ろに流れていく。
風が頬を掠めていく。
見渡す限りの綿畑が広がり、遠くには桑の木が植えてある桑畑が見える。
「よし止まれ」
「ブルル」
俺の掛け声で黒王が加速状態からブレーキをかけるようにゆっくりと減速し、停止する。
もうだいぶ車になんか乗っていないので、どのくらいのスピードが出ているのかいまいち分からないが、恐らく時速五〇キロメートル程度は出ていたような気がする。
軍馬の全速力と同等程度の速さだ、普通の馬では数分もすればもうバテて動けなくなってしまうのだろう。
しかし、マジノ山の周りを一週と、俺の家が立っている丘を一周して、恐らく一〇キロメートルほど走ったと思うが
それすら黒王にとっては準備運動と言ったようで特に疲れた様子もない。
普通、馬がそんな速度で走り出したら、素人はとてもじゃないが掴まっている事すらできない。
また、大して整備されていない道や草原を、そんな速度でずっと走り抜けられる馬も居ない。
だが黒王は、道の悪い場所は事前に察知して無理のない角度で回避し、乗っている人間が負担にならないよう、上下の体のブレを極限まで抑えながら走っている。
さらにカーブを曲がる際などに、体を何かに支えられているような感覚があった。
恐らくだが、上に乗っている人間が落ちないように魔法で支えているのではないかと思う。
乗っている俺としては、ちょっと揺れが大きくてサスが固いバイク、みたいなものだ。
鞍は革製でちょっと硬いので、綿などを詰めた座布団でも敷けばもっと良くなるかもしれない。
ちなみに蹄鉄は付けていない、そんなものが無くても黒王の蹄は鋼鉄のような強度がある為、滅多な事で擦り減ったりはしないのだ。
「ふむ、黒王の調子は良さそうであるな」
家の前に戻ってきた俺を、フェリスが迎える。
「ああ、改めてすごい馬だな黒王は、あれだけ気を使わせて走っても全然疲れた様子がない」
「昔は一晩中駆けた後に戦闘をこなしてまた帰るなど、ようやっておったからのう、同程度の体力はあるはずじゃ」
中速で二〇キロメートル進むごとに休憩が必要な一般的な馬と比べたらまさに化物だな、そりゃ牧場の馬も逃げ出すわけだ。
走っている途中ですれ違った人達も、大抵は目を丸くして黒王を見ていた。
「それでは遠乗りも大丈夫であるな」
「ああ、多分な……」
何故いきなり黒王に乗る練習などを始めたのかというと、それには理由がある。
本来の目的の為に行動を開始したというのももちろんあるが、先日、国王であるネルソンから直々に書状が届き
近く、ラギウス帝国との国境近くに出没した魔獣の討伐を行うので、できれば参加して欲しいとの要請があったのだ。
魔獣というだけで駆除対象なのだが、場所が場所だけに、早めに行動を起こさないと、ラギウス帝国側に難癖を付けられる可能性があるそうだ。
また魔獣は多くの場合、好戦的で強力な魔法を使うので、魔法に造詣の深いフェリスに同行してもらいたいというのがネルソンの要請の主旨だった。
もちろんフェリスを名指しはせず、表面上は主人である俺に協力依頼を出してきたという形になっている。
「魔獣ってのはそんなに強いのか?」
まだいまいち魔獣についてよく分かっていない俺は、フェリスに率直な疑問を投げかけてみる。
魔法を使えるようになった獣ということは分かるのだが、いちいち討伐隊なんて組むほど大げさな戦闘能力があるのだろうか
せいぜい前衛数名と後衛の弓兵でもいれば、魔法の詠唱なんかさせる暇なく十分倒せるんじゃないのか。
説明を受けるまで、俺はそんなふうに考えていた。
「うむ、簡単に言えば、魔法が使えるようになった獣の事を魔獣と呼んでおる
身体能力は普通の獣とそう変わらぬ、じゃが、魔法に目覚めた獣というのは殆どの場合が、人間で言うところの天才魔術師に相当する
つまり詠唱など必要とせぬ、狼であれば素早く駆けながら炎の矢を連射して来たりもするであろう
猿であれば、手の届かぬ、見つかりにくい木の上から目標を狙い撃つであろう
使えるのが直接的な攻撃用魔法だけとは限らぬ、身体能力を高め、人では捉えられぬ速度で喉笛を引き裂く獣もおるだろう
つまり魔獣が恐ろしいというのは、一見してもそうだとは分からず、何の魔法を使うのかも分からず、相手のテリトリー内で戦う限り
常に相手が先手を取れる状況であるという点じゃ」
相手が先手を取れる、つまり、常に誰かが犠牲にならなければならない状況に陥りやすいと言うことだ。
相手は野生動物なので、手加減などもちろんする筈もない、戦うとなれば常に一撃必殺の構えで来るだろう。
となると、こちらが先に相手を見つけなければならないが、見た目はただの野生動物なので、見ただけで魔獣かどうかの判断をするのは難しい。
下手に関係ない獣を攻撃すれば、目標に警戒感を抱かせてしまうだろう。
「厄介だな」
「うむ、であるので、魔獣討伐に熟練の魔術師は必須と言っても過言ではない、その他の人員は、確認された魔獣の種類によって変わるな」
「今回はその魔術師役をフェリスが?」
「まさか、仮にも国の仕事じゃ、国の魔術師が出るであろう、妾は万一討伐が失敗した時の為の後詰めといったところであろうな
あとは来るべき時に備えて、主の勲功を増やしておくという目的もあるのであろう」
これが今回、俺が出ない訳にはいかなくなった最大の理由だ。
国王ネルソンの依頼は俺宛で、俺に魔獣討伐の勲功を付けることが目的なのだ。
なのでフェリスだけを行かせるという選択は出来ない、俺がその場に居なくては意味が無いからだ。
「もうフェリスに俺の名前書いた名札でも付けておいてくれよ……」
「情けないことを言うでない……大丈夫じゃ、国の討伐隊が何の問題もなく片付けてくれるであろう、主は妾と黒王が守る、魔獣になぞ指一本触れさせぬわ」
自分で言ってて情けないことこの上ないが、魔法を使う獣と戦うと聞いてワクワクできる訳がない。
できれば行きたくないに決まっている、フェリスがいるから何とか強がっていられるが、一人で来いとか言われたら間違いなく夜逃げの準備をしていたに違いない。
俺は国の討伐隊が編成される日まで、黒王に乗り、馬術の向上と体力づくりに努めるのだった。
――
国王から魔獣討伐の従軍依頼が来て三日後。
討伐隊の編成が完了したという報せを受け、俺とフェリスはユミナ達に留守を任せ、黒王に乗りフィガロ城へと向かった。
今回討伐の任に就くのは、カタリナ百人長指揮下の五部隊、五五名の兵士と、この国唯一の魔術師の部隊
魔導兵隊の副長、ネビルと部下の三名の計五九名だ。
獣一匹追い立てるには大げさ過ぎる戦力だが、それだけ魔獣という存在は厄介だということだろう。
しかしカタリナ百人長ってどこかで聞いたような名前だな……
「確かガドラスがおる部隊の隊長ではなかったか?」
フェリスが俺に囁く、そう言えば以前そんな事言ってた気がするな。
俺は城の前で隊列を組んでいる兵士達を見る……いた、ガドラスだ。
ガドラスは部隊の先頭に立って部下を二列に整列させている、どうやらうまく十人長をやれているようだな。
ガドラスは俺に気がつくと小さく手を上げた。俺も手を振って挨拶を返す。
さて、俺達はどうすれば良いのやら……
「貴方がノア殿ですか?」
黒王から降りた俺とフェリスは、どうしたものかと集まっている兵士達を見ていると、その中から一人の女性が歩み出てきた。
この辺ではあまり見ない、黒い髪を短く切り揃え、ボブカットのようにしており、高そうな鎧を付けている。
顔立ちは凛々しく、美貌の女剣士といったところだ。
「はいそうです、国王様より依頼を受けて……」
「存じています、私はこの討伐隊の責任者であるカタリナ・シュトエリです、貴方達のことは国王様より食客として扱うよう申し付けられております
後方にて糧秣の輸送隊の護衛をお願いしたいと思いますので、よろしくお願いします」
カタリナは俺達への挨拶もそこそこに、輸送隊警護の仕事を伝えると踵を返して兵士達の方へ戻っていく。
フェリスの事は視界の端でちら見したのみで、挨拶も何も行わなかった。
口にこそ出さなかったが、何故こんなお荷物を連れて行かなければならないのかという様子がありありと浮かんでいた。
「カタリナ百人長、そちらのフェリス殿は高位の魔術師です、魔獣との戦いのいろはも心得ているので、参考にされてはと……」
「魔獣との戦い方など把握している、要らぬ事を言うなガドラス」
フェリスの知識を借りるべきだというガドラスの進言は一言で却下され、ガドラスはこちらをちらっと見て首をすくめた。
これはなかなか、思った以上に苦労しそうな上司だな。
「そうですぞガドラス殿、在野の、しかもこんなに若い魔術師に我ら以上の知識などあるはずが無いでしょう」
そう言って出てきたのは三〇も半ばと思われる、上等なローブを着た男だった。
頭の天辺が少し寂しい感じになりつつあるのが見える。
「ネビル副長、熟練の魔術師の貴方が見た目だけで人を判断するのはどうかと思うぜ」
「経験があればこそ、見ただけでもある程度の事は分かるというものだよガドラス十人長殿」
どうやらこのネビルという男は王国所属の魔術師で、今回の討伐隊の副長も兼ねているようだ。
副長を任される辺り、それなりに位の高い魔術師だとは思うのだが……
俺が言うのも何だが、フェリスの事を何一つ見抜けていない時点でそのセリフを吐いても格好悪い事この上ない。
ガドラスもそれを分かっているのか小さく首をすくめ、それ以上何かを言う事はなかった。
なんだか出発前だというのに嫌な予感しかしない布陣だな。
こんなんで本当にフィガロは大丈夫なのかネルソンよ……
出発前に城の入り口に国王のネルソンが出てきて、激励の言葉などを兵士達に贈っていた。
途中、ネルソンと目が合ったので、不安そうな、不満そうな顔を返すと、ネルソンは口の端を少しだけ上げて楽しそうにしていた。
お手並み拝見といったところだろうか、兵士でもないのに駆り出されて、こちらにしてみればいい迷惑だ。
しばらくして国王の激励が終わると、討伐隊は部隊の最終チェックを開始する。
俺の配置は補給部隊なので最後尾だ。
ここから魔獣の出たという報告のあったラギウス帝国との国境近くに在る村までは、約四〇キロメートルほどある。
馬ならば急げば一日で到着できる距離だが、徒歩の軍隊行動ともなると、たとえ五〇名程度でもその歩みは非常に遅くなる。
従って途中で野営をする必要があり、その為に補給部隊が必要になってくるのだ。
「一泊二日の小旅行って感じか」
「帰りもあるからのう」
俺とフェリスは最後尾で出発を待っていると、城の厩舎の向こうから見慣れた少女が歩いてくるのが見えた。
白羽を手にしたマリアベルと、同じように弓を持った女性の兵士が並んで歩いている。
「あら、ノアじゃない、こんなところで何やってるのよ、引きこもりは卒業したの?」
マリアベルは俺を見つけると小走りで近寄ってきた、慌てたように隣りにいた女性兵士も後を追って来る。
マリアベルに気づいた兵士達が、さっと敬礼を始める。
「お久しぶりですマリアベル様、本日は魔獣討伐と言うことで、私めも参加をと国王陛下より要請を頂き参上致しました」
マリアベルは一瞬、気持ち悪いものを見るかのように顔をしかめたが、すぐに気を取り直したようだ。
優雅に礼をすると、いつもとは違う声音で話し始める。
「これはノア様、お忙しい所、父の要請にお応え頂き誠にありがとうございます。ノア様のご武運をお祈り申し上げております」
「ご丁寧にありがとうございますマリアベル様」
俺とマリアベルはぎこちなく礼を交わすと、マリアベルは反転して凄い勢いで城の方へと駆けていき
後には弓を持った女兵士だけが残されていた……何をしたかったんだあいつは。
「あの……貴方がノア様ですか?」
マリアベルと共に歩いていた、弓を持った女兵士は、マリアベルが去った後、俺に話しかけてきた。
「え? はい、そうですが……」
「まあ……お噂は色々とマリアベル様から聞いています、どんな方かと思っていたのですが、案外普通なのですね」
「そりゃしがない一市民ですから」
一体普段何を話してるんだマリアベルは。
「あ、申し遅れました、私はマリアベル様の弓の訓練を担当させて頂いております、シャーリーと申します、よろしくお願いします」
シャーリーと名乗った女兵士はそう言って俺に握手を求めてきた。
俺はその手を握り返すと、思った以上に強い力で手を握られた、ちょっと痛い。
「武人の手とはまた違いますね」
「……一般人ですから」
「そうなのですか、マリアベル様はいつもノア様のお話をされるので、てっきりご高名な方なのかと」
一体俺の何を話してるんだあいつは、今度家に来たらその辺をよく聞く必要がありそうだな。
場合によってはユミナを貸すのを止めよう。
「あい……マリアベル様の弓の腕はどうなんですか?」
「はい、とても筋が良いと思いますね、王族であるのが勿体無いくらいです
あとあの弓は凄いですね、使いこなせるようになればフィガロでマリアベル様に勝てる弓使いはいなくなるでしょう、本当にずるいですあれ」
聞けばあの弓……白羽は、マナを矢とする以外にも、発射した後に軌道を曲げたりといった事もできるらしい。
その辺りの力は使用者のマナを扱うセンスに左右されるようだ。
とは言え、やはり弓を扱うとなれば弓のいろはを学ばねばならないので、普段は普通の弓を使って鍛錬しているらしい。
「そうですか、飽きないでいるようで良かったです、マリアの……ベル様の事をよろしくお願いします」
「ノア様、いつも通りでいいですよ、私はあまりそういう事は気にしないので
マリアベル様がノア様の事を話す様を見てて、何となくそういう事なんだろうなーって思ってましたから」
何をどう聞いているのか分からないが、気安い関係だということは把握してくれているようだ。
どうもマリアベルに丁寧な言葉を使うのは抵抗がある、背筋がムズムズするのだ、さっきみたいにネタでやるならいいんだけどな。
「なんかすいません、気を使ってもらったみたいで」
「いいんですよ……あ、そろそろ討伐隊も出発ですね、私もマリアベル様の所に行かなくちゃ
それではノア様お気をつけて、ご武運がありますよう」
討伐隊の先頭が動き出したのを見て、俺はシャーリーと短い挨拶を交わすと黒王の元に戻った。
「何の話をしておったのだ?」
「シャーリーっていう弓使いで、マリアの弓の先生をしてるんだってさ、マリアをよろしくって言っといたよ」
「そうであるか」
フェリスに短くマリアベルについて話し、俺は黒王に飛び乗る。
黒王の背中に手をかけ飛び上がると、俺の体がふわりと浮いたような状態になり、二メートル近い黒王の背中に華麗に飛び乗ったような形になる。
周りから「おお」と言った驚きの声が上がるのが気持ちいい……ま、俺の力じゃないんだけどな。
討伐隊が次々と前進を始め、俺達の補給部隊も動き出した。
俺はゆっくりと黒王に前進の指示を出す。
「ノア!」
後ろの方から声が聞こえた。
振り向くとマリアベルとシャーリーが遠くにいて手を振っている。
俺は手を上げてマリアベルに挨拶を返し、何故か「ふん」と胸を張って仁王立ちしたマリアベルを確認すると、前を向き直した。
「愛されておるではないか、良人の出陣を見送る妻のようであるぞ」
「そういうんじゃないだろ、私も行きたかったのにとかそんな感じだと思うぞ」
前を見ると五〇余名の兵士達は、二列になり、長い曲がりくねったマジノ山の坂を抜け、フィガロの町中を通って
フィガロから南西に四〇キロメートル程進んだ先にあるロフレ村を目指して進軍した。
町中では多くの住民が道の脇で手を降っている。
国を守る兵士の出撃ということだけあって、住民の関心も高いようだ。
そんな住民達を見ていると、赤いドレスを着た長身の女性が目に入った、エリザベートだ、さすがに赤にあの長身だと目立つな。
隣にはパーカーのフードで顔を隠しているカーミラが見えた、丁度町にでも出ていたのか。
俺は二人に向かって手を振ると、エリザベートは気づいたようで、驚いたように顔を上げて手を振り返してくれた。
エリザベートがカーミラに見るように促している、こちらを見たカーミラと目が合うと小さくお辞儀をした。
何となく気分がいいな。
そう思っていると、カーミラの後ろに見覚えのある顔を発見する、黒い髪の少女だ。
見覚えは在るのだが、誰だったか思い出せない、確かあれは……そうだ、フィガロの街に出た初日に俺の財布をスった少女だ!
「おい、カーミラ気をつけろ! スリが後ろにいるぞ!」
俺は声を上げるが、住人たちの歓声で掻き消えてしまっているようで、声は届かない。
その間にもその黒髪の少女は徐々にカーミラとエリザベートに近寄っていく。
俺はゼスチャーで自分の後ろを指差して、エリザベートとカーミラに振り返るように伝えるが、あまり分かってもらえていないようだ。
俺が馬から降りて伝えに行こうか……でもわりと距離があるし、俺が止まっては列を崩してしまう。
フェリスに救助を頼むか……いや、こんな大勢の人間がいる前で目立つ行動は避けたい。
焦りばかりが募り何も出来ないでいると、とうとう黒髪の少女がエリザベートの真後ろに付いた。
もう仕方ない、フェリスに捕まえてもらうしか無い。
そう思った瞬間、隣にいたカーミラが流れるような動作で黒髪の少女の側面に周り、その腕を捻り上げた。
エリザベートがカーミラの方を見て何か話している。
黒髪の少女は苦痛の表情を浮かべながら何かを騒いでいるようだった。
気づいてたか……良かった。
俺は後ろに遠ざかっていくその様子を見ながら胸を撫で下ろした。
それにしてもカーミラの動きは素早かったな、ダークエルフは身体能力が高いのかもしれないな。
「ノアさーん! のーあーさーん!」
エリザベート達が見えなくなった辺りで、再度俺の名前を呼ぶ声がわりと近くから聞こえてきた。
すぐ近くの道端を見ると、大勢の人垣の先頭で手を大きく振っている、雲の丘亭のウェイトレス、サリアが見えた。
「ノアさーん! 何で兵士に混じってるんですかー! 奥様まで! ノアさーん! ノアさーん!」
サリアはアイドルの追っかけのごとく、手をブンブン振りながら大声で叫んでいる。
ちょっと……いやかなり恥ずかしい。
降りて説明する事も出来ないし、そもそもする必要も無かった為、俺はおざなりに手を振ってその場を通り過ぎたのだった。
たかが五〇人、されど五〇人
人が集まれば問題も起きやすくなる、それは軍隊と言えども同じことだ。
物資を満載した補給車が道の溝に足を取られること数回、石に躓いて捻挫する兵士一名、体調を崩し気分が悪くなった兵士二名
兵士同士の喧嘩で足が止まること二回、その他何度かのトイレ休憩を挟み
出発時には、これ、頑張れば今日中に着くんじゃないのかと思われた行軍は、予定通りほぼ目的地との中間地点で野営を張る事となった。
「なんか、思ってたよりグダグダだな軍隊って……」
「今は平和な時代じゃからのう」
俺達は食客扱いなので特にやる事もない。
隣で座っているフェリスは「まあこんなものじゃろう」といった感じで兵士達が動き回るのを見ていた。
まあ計画通りに進んでいるという事は、初めから道中で起きる厄介事は想定内だったと言う事なのだろう。
計画は狂っていない、そういう意味では安心できる。
「よう、お二人さん、どうだ調子は」
飲み物が入ったカップを三つ持ったガドラスが俺達の前に歩いてきた。
そう言えば行軍が始まってからガドラスと話すのは初めてだ、何だかんだで忙しそうだったからな。
「黒王の背中で揺られてただけだから特に何もないな」
「ははっ、そりゃそうか」
俺はガドラスからカップを受け取ると中の飲み物をすする、ちょっと熱めのお茶だ。
「酒が入ってれば良かったんだけどよ、上が固くてな」
「行軍中だし仕方ないだろうな」
むしろ上が緩ければ行軍中にも酒が出るのだろうか、俺にはそっちの方が驚きだ。
フェリスに聞くと、こちらでは休憩中に酒を出したりして士気高揚を図るのは良くある事らしい、もちろん適量厳守だが。
「ああ、なんか懐かしいな、まだ数ヶ月だが随分昔の事みたいに感じるぜ」
ガドラスが空を見ながらそんな事を話す。
つられて空を見ると、そこにはいつか見た満点の星空と、オリオン座が輝いていた。
「あれから何か分かったのか?」
「いいや特には……ここは俺のいた世界じゃないらしいって事くらいかな」
「変な奴だとは思ってたがよ、まさかそういう話しだったとはな」
今までの経緯を話す上で、その辺りの事も既にガドラスには話してあったが、改めて初めてガドラスと旅したあの時の事を考えて
しばし思い出話などに花を咲かせた。
「ガドラス十人長!」
俺達が話しをしていると、不意にガドラスを呼ぶ声が聞こえる。
女の声だ、そしてこの隊に女といえば、フェリスともう一人しかいない。
「百人長殿、何の御用で」
「明日の魔獣討伐の作戦会議を行いたい、十人長を集めて私のテントに来てくれ」
この部隊の指揮官、カタリナ百人長はガドラスに人集めを頼んでいる。
その流れで俺と目が合ったので、軽く会釈をしておいた。
苦手な人物ではあるが、目上の人間なのだから挨拶くらいはしないといけないだろう。
「了解しました……そうだ、ノアとフェリスも出てみないか? 何か良い知恵が出るかもしれん」
「いや、客人は休んでおられるが良いだろう」
言葉はそれほどきつくないが、素人に来られても邪魔なだけだとその目が語っていた。
どうやらこのカタリナという女は、俺達の事が相当気に入らないらしい。
「いや待って下さいよ百人長殿、国王様直々の人事で来た方をただ連れて帰っただけでしたとあっては、百人長殿の評価にも関わるでしょう
ここはきっちり使ってしっかり実績を作っておいたほうがいいと思いますよ」
「ふん……分かった、参加を許可する」
カタリナは忌々しそうにガドラスと俺を見比べていたが、面倒くさそうにそう言うと、踵を返して自分のテントへと戻っていった。
「というわけだ」
「というわけだじゃないだろ、別に俺は会議なんて出たくないっての」
一〇分で終わる内容を二時間かけて話す、そして最終的には何も決まらない……俺の知っている会議とはそんなものばかりだ。
異世界に来てまでそんなものに関わりたいとは全く思わない。
もっとも軍の会議なのだから、それは建設的な意見などが出てくるのだろうが、俺は別に戦術とか興味ないし。
「まあそう言うな主よ、ガドラスもあのカタリナという女の為に苦心しておるのだ、少しは協力してやらぬか」
ん? どういうことだ?
ガドラスはカタリナの為に俺達を会議に呼んだって事か? よく分からん。
「行けば分かる、そうであろう」
「さすがフェリスは話が早いな」
ガドラスは楽しそうに立ち上がり、そして俺達をカタリナのいるテントへと案内し、自分は他の十人長を呼びに各部隊を回りに行った。
それからどのくらい経っただろうか。
俺はこの作戦会議に参加した事を心の底から後悔していた。
「だから魔法を使う相手なら弓で囲めばよいだろう!」
「弓兵は数が少ない上に、相手の魔法に無防備に晒される、私の部下を捨て石にするつもりか!」
「獣一匹なのだ、囲んで斬りつければ良かろう」
「風の魔法を使うとも聞いたぞ、人間の速度で追いつけるのか?」
「相手が魔法を使うならこちらも魔術師で応戦すれば良い」
「――」
「――」
会議開始からもう二時間近く経過している、これで何度目だと言うような会話が延々とループしている。
おいおい、魔獣対策はバッチリなんじゃなかったのかよ……
何でさっきダメ出しされた内容が別の人間から再度出されるんだよ……こいつら人の話聞いてないだろ。
明日の行軍もある、こんなところでこれ以上気力と体力を消耗したくない。
俺はちらっとカタリナを見ると、カタリナは特に何を言うでもなく、かと言って何か提案などをする訳でもなく、十人長達が話し合う内容を聞いている。
難しい顔はしているが、もしかして単に気後れして自分の意見を出せないだけなんじゃないか?
ガドラスは先程から話の筋道を立てようと誘導しているが、十人長としてはまだ新入りである為かガドラスの提案に乗ろうという人間は少ない。
各々が勝手に自分の戦い方を話しては、誰かにダメ出しされるという状況がずっと続いていた。
典型的なダメ会議だ、頭が痛くなってきた。
「それでは皆さん、意見も十分出たと思いますので、ここは一つ専門家であるフェリス殿の意見も聞いてみてはどうでしょうか」
ガドラスが大きな声で半ば強引にフェリスに発言させようとする。
「ガドラス殿、そのような子供に何を聞けというのだ」
魔術師であり、この隊の副長でもあるネビルがガドラスの意見を鼻で笑う。
それにつられて、周りの十人長もそうだそうだとはやし立て始めた。
二時間も時間を無駄にしてる大人には言われたくないが、これではフェリスが話せる雰囲気ではないな……
フェリスがガドラスをちらりと見る、ガドラスは口元に笑みを浮かべ「やってやれ」とでも言うように親指を下に向けた。
それを確認したフェリスが小さくため息をつき、腕を軽く一振りすると、炎の玉がネビルに向かって飛んでいく。
「うおおお!?」
ネビルは完全に不意を突かれ、ろくに防御も取れないまま咄嗟に顔を手で覆う。
火球はネビルに当たる直前に、ブワッっと広がり淡い光となって消えていった。
「な……何をするのだ貴様!」
「今動けた者はおったか? 魔獣とはこういったモノである」
いきなり脅されて憤るネビルを無視し、フェリスは静かに話し出した。
フェリスの行動に文句を言う者もいたが、先程の素早い魔法の発動を見てフェリスの実力を悟った者も多かったのだろう
殆どの十人長は息を呑みながらフェリスの話に耳を傾けようとしていた。
「敵を討とうとする時にはまず敵を知らねばならぬ。
姿はどうか、形はどうか、何を振るい、何の魔法を使い、何を食い、何を飲み、いつ動き、いつ眠る、そして、何を求めておるのか
知らぬ者は敗れ、知る者は勝利する、戦いとはそういうものである」
先程文句を言っていた十人長も、カタリナも、ネビルでさえも、フェリスの声に引き込まれ耳を傾け始めた
「誰ぞ魔獣の事で分かっておる事がある者はおるか」
フェリスの問いかけに十人長達は互いに顔を見やる、俺もネルソンの激励で概要を聞いた程度で、具体的な話は分からないな
そんな事を考えていると、一人の若い十人長が手を上げた。
「独自にではありますが、王都へ来た使者から聞き取りをした内容をまとめたものが……」
「読み上げてみよ」
「はい……ロフレ村の四〇代の男が山菜採りに山へ出た所帰って来ず、次の日その息子が山に入った所、倒れていた父親を発見した。
父親は既に死亡しており、腹部に二箇所、背中に七箇所の火傷痕があり、服も燃えていた。
息子が父親を村に運ぶために応援を呼び、再び山に戻った所、黒い狼のような獣と遭遇、火球を三発飛ばして攻撃した後、山に消えていった。
その時の攻撃で男の息子が左腕に火傷を負う……以上です」
「ふむ、思ったよりも良くまとまっておるではないか、お主、名は何という?」
「は、はい、ロック・シューターと申します!」
「宜しいロックよ、お主のお陰でおおよその見当が付きそうじゃ」
フェリスから笑顔を向けられ、ロックという若い十人長は、にへーっと嬉しそうな顔をした後に、ハッとしたように姿勢を正した。
フェリスは軍とは関係ない、一般の魔術師という事になっているが、フェリスが話し出したその時から内容はもとより
その視線、表情、声の強弱、身振り手振り、それら全てが一三歳程度の少女には似つかわしくない威厳を醸し出しており
聞いている十人長達、果てはネビルやカタリナさえも、まるで将軍の演説を聞いているかのような錯覚を覚えてしまっていた。
先程名前を呼ばれたロックなどは呼び捨てにされているにも関わらず全く気にした様子もない、それどころか自分の名を呼ばれて嬉しそうですらある。
「先程のロックの報告から敵の姿を想像してみるとしよう、まず狼のような獣という事は、狼もしくは野犬である可能性が高い
そして腹部に二発、背中に七発という攻撃の後が物語るは、まず相対して前面から火球二発を受け、男が逃走を図ろうとしたところ、背中に火球を受け倒れ伏したと考えるのが妥当じゃ
じゃが人を殺すのに追撃で火球七発は撃ち過ぎである、恐らく倒れたところに火球を執拗に放ち続けたのであろう、つまり魔獣はまだ魔法に慣れ切っておらぬという事か
もしくは、火球の魔法に威力はそれほど無い為、連射せざるを得なかったと考えることが出来る」
「おお……」という感嘆の声が周りから上がる
「遊んでいただけという可能性は?」
十人長の一人から質問の声が上がった、フェリスはそれに対し頷き、話を続ける。
「うむ、そのような可能性も無くはない、じゃがそれであると、次に男の息子が現れた際に仕留めず逃走しているという点が疑問である。
獣とは警戒心が高いものである、通常、いたずらに人前に出るような事はせぬし、取り逃がせば応援が来る可能性も分かっておろう、なのに自分から攻撃した上に逃した
という事は、最も考えられるのはマナ管理の未熟さから来るマナ切れが起きたという事ではないだろうか。
そして、そのような状況にも関わらず出てこざるを得なかったというのは、魔獣のねぐらが近いということではないかと妾は考える」
「襲われた付近を防御を固めながら捜索し、発見後は相手の攻撃を逸した後にこちらの反撃にて仕留めるのが上策か」
ここまで沈黙を保っていたカタリナが口を開く。
それに反応し、フェリスとガドラスがうんうんと頷いた。
それを見て十人長の一人が疑問を挟む。
「だが魔獣の攻撃が火球だけとは限らないだろう、もっと強力な攻撃を隠し持っていたらどうする」
「その点に関してはあまり心配せずとも良いと思うておる、野生の獣が変化した魔獣ならば、そもそも大した魔法は使えぬからのう」
「現象をイメージする力……か」
フェリスの言葉にネビルが何か気がついた様子で呟いた。
それを見てフェリスは満足げに頷く。
「ネビル殿は気がついたようじゃの。
魔法というものは、マナを力として使用する際に、その力をどう具現化するかという行程を明確にイメージせねばならぬ
獣にはその知識が無い、せいぜいが石を飛ばすか、炎を飛ばすか、より強い力を求めて身体強化に目覚めるかくらいじゃ。
光が攻撃に使えるとは思わんし、空気でモノを切り裂けるとも考えぬ、故に自然現象として目にした脅威……最も分かりやすいのは炎であるのう
それを真似る事くらいしか出来ぬ場合が殆どなのじゃ」
「では取るに足らぬ相手だということか」
「予想と現実が必ずしも一致するとは限らぬ、予想と寸分たがわぬならそうなのであろうが、何かが違っていた場合
その時は油断した者から死んで行く事になる、妾達は命の取り合いに行きそして敵は必ず先手を取れる、状況は不利である、そこは努々勘違いせぬようにな」
「は、はいっ!」
フェリスの説明から、思った程の脅威ではないと感じたのか舞い上がり気味になった十人長の一人をフェリスが正すと、彼は姿勢を正して敬礼した。
最早この場はフェリスの独壇場となっていた。
「……妾からは以上である、カタリナ殿、後はお頼み申す」
カタリナが呼ばれ、ハッとした様子でフェリスを見る。
十人長達の視線がカタリナに集まり、皆、その言葉を待っていた。
「……さすが国王様が特別に招いただけのことはある、見事な慧眼です。
ではフェリス殿の予想を軸とし、ロフレ村に到着後、被害者に聞き取り調査を行いフェリス殿の予想の裏付けを出来る限り行う。
その後、問題ないようであれば、防御部隊を中心として被害者が倒れていた地区の重点捜査をし、会敵後は一旦防御に回り、反撃にて魔獣を仕留める。
反撃は弓兵と魔術師にて行う事とする、仕留めきれぬ場合、以降は状況を見て私が直接指揮をする。
何か意見のある者は?」
その後、カタリナのまとめに反論する者はおらず、これにて会議は終了となった。
フェリスに話が移ってから一〇分程でまとまってしまった、フェリスの皆を引っ張る力が凄いのか、他がダメなのか……恐らくどちらも真なのだろう。
ガドラスが何故フェリスを会議に呼んだのかが今分かった、きっとガドラスは会議がグダグダになる事が分かっていたのだ。
そしてカタリナにそれをまとめる力が足りていないことも……なので強引に何とかしてくれそうなフェリスを引き込んだのだ。
力を見せてから流れを引き込むってのが良かったな、だが俺の世界では会議中に火炎放射する訳にも行かない、あのやり方は俺の世界では使えなさそうだ。
俺はそんなどうでも良い事を考えながらフェリスと共にカタリナのテントを出た。
ガドラスはまだ中で詳細を詰めているようだ、戦術に関してはガドラスの案そのままだったので、その辺りを詳しく話しているのだろう。
「どうであった、妾の説明は」
嬉しそうに俺の隣を歩きながら感想を聞いてくる。
「完璧だったよ、まるで将軍様みたいだった」
「これでも一軍の将であったのだからな、当然じゃ」
ニコニコしながら俺を見上げてくるその顔には“ごほうびおくれ”としっかり書かれていた。
俺は素早くフェリスを抱き上げると胸の前にだっこし手をお尻に回した。いわゆるフットースタイルだ。
「はにゃ!? 主よ、何を……」
「ん? だっこだよだっこ、よく出来たからご褒美のだっこだ、このまま寝るまでずっとだっこ」
「そ、それは嬉しいのだが、この体勢、少し……いやかなり恥ずかしいのではないかのう……」
「そんな事は無いだろう、俺の世界では由緒正しい恋人達の散歩スタイルだ、あ、足を俺の背中に回すんだぞ」
「こんな格好がお主の世界では流行っておるのか……」
俺の嘘説明にフェリスはしどろもどろになりながらも俺の裏側に足を回す。
ドレスがめくれて白い綺麗な足があらわになった。
「あああ足が出てしまう、見える、見えてしまうのじゃ、主よ、本当にこれで良いのか?」
「もちろんだ、本場ではさらに……」
俺はフェリスの耳元で本場のフットースタイルを説明する。
フェリスはみるみるうちに顔が真っ赤になる、顔は既に頭から湯気が出そうなくらい熱い。
「そんな、そんな事が……外で、公衆の面前で行われておるのか……」
「愛が深い恋人同士ほどやるものなんだ」
「あ、あわわわ……わ、妾には無理じゃ、主よ、愛しておる、愛しておるが無理なのじゃ……許しておくれ……
妾は主以外の者にそのような姿は見せとうないのじゃ……」
俺の胸に顔を埋めてフルフルしているフェリスを見ていると、ちょっとかわいそうになりながらも
その可愛らしさに俺のグソクムシが反応してしまう。
しかしまだ兵士達のテントが近くにある、さすがにここでグソクムシがハイパー化している所を見られたら後でどういう噂が流れるか分からん、ここは我慢だ。
それにしてもこのフェリスのドレス、うまい具合に俺のグソクムシを隠してくれるな、これはもしかしたら本当にフットーできちゃうんじゃ……
「主が悪い顔をしておる! 誰ぞ、誰ぞ主を止めてたもれ!」
叫んでみても、ここには俺とフェリスの二人だけ、他は面識のない兵士達だ。
当然誰も来るはずがない。
フェリスは何だかんだ言いながらも、黒王の所に戻るまで俺の体から離れようとはしなかった。可愛い奴め。
俺は散々フェリスをからかいながら黒王のところまで戻り、用意してあった簡易テントを組み立て始める。
会議が随分と長引いてしまったため、もう寝ないと明日に障る時間になっている。
テントを張り、毛皮を敷き、その上から毛皮をかぶった、テントは狭く、シングルベッド一つ分ほどの空間しか無い。
その間、フェリスは念のためと哨戒用のコウモリを数匹周りに配置していた。
俺はフェリスを呼び寄せ、隣に寝かせる。
狭いテントで二人寄り添って横になる。
「こうしておると、主に助け出されたばかりの頃を思い出すのう」
フェリスを助けた頃……そういえば盛大にやらかした夜があったな、忘れたい過去の筆頭だ。
「あの頃に比べ、主は随分と自信が出てきたようじゃ、妾も嬉しいぞ」
「自信なんて……」
自信なんて今も昔も一欠片だって無い、きっとただ慣れただけだ、この世界のルールみたいなものに。
「妾は役に立てておるか? 主にとって大切な女になれておるかのう」
フェリスが俺の胸に顔を埋め、ドキッとするようなことを言い始める。
しかし不思議と以前のように顔が赤くなったり、しどろもどろになるような事は無かった。
これが慣れなのだろうか、しかしどれだけ慣れたからと言って俺の中でフェリスの存在が小さくなるようなことは決して無い。
「フェリスは俺にとっての全てだよ、フェリスがいない人生なんてもう考える事ができない」
「……嬉しいのう、じゃが良いのか? ユミナやマリアや例の姫を置いて全てなどと」
「そういうんじゃない、順番を付けたい訳じゃないんだ……分かるだろ?」
「ふふ、少し意地の悪い質問であったな」
フェリスは俺の首筋に軽く歯を立てる、俺はお返しにフェリスの唇を弄んだ。
「フェリス……」
「待つのじゃ、その先はいかん」
いい雰囲気になったので、愛を囁やこうとしたところ、フェリスが俺の口に人差し指を立てて制された。
「主よ、それは……ここではいかん、その言葉は劇薬じゃ、妾を狂わせる主だけの魔法であるぞ、嬉しくないわけはないが使う場所を考えてほしいのじゃ」
そう言ってフェリスはなにやらもじもじしている。
思い返せばあのユミナと一緒にフェリスをおもてなしした夜。
耳元で愛を囁く度に、フェリスの体がビクビク震えて達していたな。あの時は凄かった、色々と。
「な、何をにやけておる!」
「いや……別に」
俺はフェリスにとっての特別な存在……そう考えると胸の中が嬉しいやら誇らしいやら何やらで、今すぐ大声で叫び出したい気分になる。
フェリスは俺に色々なものをくれた、それに引き換え、俺がフェリスにしてやれる事は少ない。
だからせめて、フェリスを裏切るような事だけは絶対にするまい。
俺は心の中でそう固く誓い、いまだにもじもじしているフェリスを抱き寄せて眠りについた。




