後日譚.青
赤と黄の。
結婚式が。
終わった。
◇
「疲れたあ……」
黄が。
テーブルへ。
突っ伏した。
「花嫁が一番最初に言う台詞じゃないだろ」
赤が笑う。
「だって疲れたんだもん」
「ドレス似合ってたよ」
青が言う。
「ほんと?」
「うん。悔しいけど」
「何で悔しいの」
「黄のくせに綺麗だった」
「喧嘩売ってる?」
「褒めてる」
「下手すぎるでしょ」
白が。
隣で笑っている。
結婚式が終わったあと。
四人だけで。
小さな。
お疲れ様会をしていた。
高校を卒業してから。
何年も経った。
赤と黄は。
夫婦になった。
白は。
消防士。
青は。
都会で働いている。
それぞれ。
違う生活。
違う場所。
それでも。
四人集まれば。
ほとんど。
昔と変わらない。
「しかし」
青が。
赤と黄を。
交互に見る。
「本当に結婚したんだねえ」
「何だよ」
「いや」
少し。
笑う。
「高校の頃さ」
「うん」
「この二人が結婚するって言われても、絶対信じなかったと思う」
「俺も」
白。
「白は黙って」
黄。
「何で!?」
「そもそも私たちが仲良くなった原因の半分、あんただから」
「俺?」
「お前」
赤も頷く。
「何したっけ」
「色々」
「覚えてない」
「でしょうね」
黄が。
ため息。
青が吹き出す。
「あと私もでしょ?」
「分かってるじゃん」
「都会まで三人で勝手に来たやつ?」
「あれは白が言い出した」
「赤と黄も来たじゃん!」
「行って正解だっただろ」
「それは……まあ」
青は。
少しだけ。
言葉を濁す。
「助かったけど」
「ならいいじゃん」
「白はそういうとこだぞ」
「何が?」
「分かってないところ」
赤。
黄。
青。
三人。
同時に。
ため息をついた。
「ひどくない?」
白が言う。
三人が。
笑った。
◇
酒も。
少し。
進んだ頃。
白が。
何でもないことのように。
「あ」
と言った。
「何」
黄。
「そういえば」
「うん」
「俺も近いうち、入籍することになった」
「……」
三人が。
止まった。
「は?」
最初に。
青。
「お前」
赤。
「今言う!?」
黄。
「え?」
白だけが。
きょとんとしている。
「いや、今日みんな揃ってるし」
「今日誰の結婚式だったと思ってんの!?」
「赤と黄」
「分かってるじゃん!」
「だから終わってから言ったんだけど」
「そういう問題じゃない!」
黄が。
白の肩を叩く。
赤は。
腹を抱えて笑っていた。
「白らしいわ」
「何が」
「発表の仕方」
「普通に言っただけじゃん」
青も。
笑った。
「で?」
「何?」
「いつ?」
「まだ日にちは決めてないけど。近いうち」
「そっか」
青は。
グラスを持ち上げた。
「おめでとう」
自然に。
言えた。
嘘ではない。
本当に。
嬉しかった。
「あの人なら安心だわ」
「何が?」
「白が多少無茶しても止めてくれるでしょ」
「俺、そんな無茶しないよ」
赤と黄が。
同時に。
「する」
「する」
「なんで即答なの」
青が。
笑う。
「全員同じ意見なんだよ」
「本人だけ分かってない」
「最近はちゃんと気をつけてるって」
「誰のおかげ?」
黄。
「……彼女です」
「よろしい」
「黄と同じこと言うんだよなあ」
「そりゃ気が合うわ」
楽しかった。
本当に。
いつも通り。
よく笑った。
◇
翌日。
青は。
一人で。
都会へ戻った。
新幹線の窓。
流れていく景色。
昨日まで。
ずっと。
誰かが隣にいた。
今日は。
一人。
イヤホンをして。
音楽を流す。
でも。
何となく。
頭へ入ってこない。
「……」
鞄へ。
手を伸ばす。
小さな。
青い龍。
高校卒業の日。
四人で買った。
龍の守り。
今も。
持っている。
指先で。
触れる。
「赤と黄、結婚したんだなあ」
小さく。
呟いた。
嬉しかった。
黄は。
綺麗だった。
赤は。
今まで見たことがないくらい。
幸せそうだった。
「……白も」
結婚する。
もう一度。
言葉にしてみる。
「白、結婚するんだ」
胸の奥が。
ほんの少し。
痛んだ。
「……」
青は。
窓を見る。
「何これ」
嫌ではない。
結婚してほしくないわけでもない。
相手の女性も。
知っている。
白には。
よく似合う人だと思う。
本当に。
幸せになってほしい。
なのに。
少し。
痛い。
中学生。
思い出した。
黒いものが。
見える。
そんな。
意味の分からない話をされた。
怖かった。
避けた。
でも。
白は。
自分が嫌われたことより。
事故に遭わなかったことを。
喜んだ。
高校。
また。
普通に。
話すようになった。
四人で。
勉強した。
笑った。
町が。
黒く覆われた夜。
全員で。
走った。
卒業。
青い龍。
都会へ出た。
疲れて。
誰にも。
言わなかったのに。
ある週末。
インターホンが鳴って。
扉を開けたら。
三人とも。
いた。
『おはよ』
『来たぞ』
『入れて』
「……最低だったな、あれ」
思い出して。
少し。
笑う。
それから。
笑みが。
消えた。
「……私」
ずっと。
終わったと。
思っていた。
中学生の。
初恋。
一度。
失敗して。
友達になった。
だから。
終わったものだと。
思っていた。
でも。
たぶん。
完全には。
なくなっていなかった。
「……まだ」
言葉を。
探す。
「好きだったのかな」
現在形なのか。
過去形なのか。
自分でも。
分からない。
ただ。
確かに。
そこに。
あった。
だから。
少しだけ。
痛かった。
「今さらだなあ」
青は。
青い龍を。
握った。
白へ。
言うつもりは。
なかった。
言って。
どうしたいわけでもない。
白は。
幸せになる。
それで。
いい。
自分も。
昨日。
心から。
祝った。
それも。
本当。
「……そっか」
青は。
少し。
笑った。
「私、ちゃんと好きだったんだ」
それだけ。
分かれば。
十分だった。
青い龍を。
鞄へ戻す。
窓の向こう。
地元が。
少しずつ。
遠くなる。
初恋も。
静かに。
そこへ。
置いていった。
◇
それから。
しばらく経った。
都会での生活は。
変わらない。
仕事。
残業。
休日。
友人。
たまに。
地元へ帰る。
四人で。
連絡を取る。
白の入籍。
写真が。
グループへ送られてきた。
『おめでとう!』
青も。
普通に。
返信した。
今度は。
胸が。
ほとんど。
痛まなかった。
「よし」
自分でも。
少し。
嬉しかった。
◇
彼と。
知り合ったのは。
その頃だった。
同じ会社。
部署は。
少し違う。
仕事上。
時々。
顔を合わせる。
最初は。
それだけ。
「最近さ」
ある昼休み。
彼が。
妙に。
疲れた顔をしていた。
「何?」
「なんか、ついてない」
「仕事?」
「それもある」
スマートフォンを。
机へ置く。
「先週、家の給湯器壊れた」
「それは災難」
「次の日、自転車パンク」
「うん」
「昨日、親父が階段から落ちた」
「大丈夫だったの?」
「軽い打撲」
「ならよかった」
「で、今朝スマホ落として画面割れた」
「……」
青は。
彼を見る。
「何」
「いや」
少し。
考える。
昔なら。
『気をつけなよ』
それだけだったかもしれない。
でも。
青は。
一つ。
知っている。
「厄除けでも行ってきたら?」
「厄除け?」
「うん」
「青、そういうの信じるタイプ?」
「……」
青が。
少し。
遠い目をした。
「色々あるのよ」
「何それ」
「説明すると長い」
「気になるんだけど」
「地元にさ」
スマートフォンを。
取り出す。
「龍神様の神社があるの」
「龍神様?」
「昔から厄除けで有名」
「へえ」
「今度、近く行くことあったら寄ってみたら?」
「遠い?」
「ここからなら、ちょっと」
「じゃあ休みの日かな」
「別に、本当に行かなくてもいいけど」
「勧めたのそっちじゃん」
「まあね」
そこで。
話は。
終わった。
◇
一週間ほど。
経った。
「行ってきたよ」
「どこに?」
「神社」
「……神社?」
「龍神様の」
「え!?」
青が。
思わず。
声を上げた。
「本当に行ったの?」
「勧めたのお前だろ」
「いや、そうだけど」
「結構遠かった」
「でしょうね」
「でも、いいところだった」
彼が。
笑う。
「観光地っぽくなくて」
「うん」
「地元の人が普通に来てる感じ」
「うん」
「子どももいたし」
「昔からそんな感じ」
「お守りも買った」
「そこまで!?」
「厄除け勧めたのお前じゃん」
青は。
笑った。
「そうだった」
「でさ」
「何?」
「なんか、いいな」
「何が?」
「あの神社」
彼が。
少し。
考える。
「大事にされてる感じがした」
「……」
青は。
少しだけ。
嬉しくなった。
「でしょ?」
「何で青が得意げなんだよ」
「地元だから」
「なるほど」
それから。
彼も。
時々。
その神社の話をするようになった。
◇
不思議なことに。
彼の不運が。
全部消えた。
ということは。
なかった。
電車は。
遅れる。
仕事では。
失敗もする。
傘も。
忘れる。
「普通じゃん」
青が言う。
「普通だな」
「厄除けって、宝くじ当てるものじゃないから」
「それ、神社の人にも言われた」
「神主さん?」
「うん」
「何聞いたのよ」
「宝くじ当たりますかって」
「聞いたの!?」
「冗談で」
「何て?」
「自分で働けって」
青が。
吹き出した。
「言いそう!」
彼も。
笑った。
そんな。
どうでもいい会話が。
少しずつ。
増えた。
◇
彼は。
人の話を。
よく聞く人だった。
青が。
愚痴を言えば。
途中で。
勝手に結論を出さない。
「それ大変だったな」
と。
まず。
聞く。
困っている人がいれば。
無理のない範囲で。
手を貸す。
職場で。
新人が。
一人。
残っていれば。
「手伝おうか」
と。
自然に声をかける。
それを。
誰かへ。
誇ることもない。
ある日。
青が。
遅くまで。
残っていた。
「まだ帰らないの?」
「これ終わったら」
「それ今日じゃないとダメ?」
「明日でもいいけど」
「じゃあ帰れば?」
「でも、ちょっとだけ――」
「明日やればいいじゃん」
「……」
「何?」
青は。
彼を見る。
少し。
昔を。
思い出した。
「別に」
「変な顔」
「うるさい」
「飯食って帰る?」
「おごり?」
「何で」
「誘ったから」
「じゃあ割り勘」
「ケチ」
「理不尽」
二人で。
会社を出た。
◇
付き合い始めたのは。
もっと。
後だった。
大げさな。
出来事は。
なかった。
仕事帰りに。
食事をする。
休日に。
出かける。
連絡が。
増える。
会わない日も。
何かしら。
話す。
気づけば。
近くにいるのが。
当たり前になっていた。
青自身。
少し。
怖かった。
また。
誰かを。
好きになることが。
ではなく。
過去と。
比べてしまうことが。
でも。
実際には。
そんなことは。
ほとんど。
なかった。
彼は。
白とは。
違う。
妙なものなど。
見えない。
無茶をして。
危険へ飛び込むわけでもない。
消防士でもない。
龍神と。
話せるわけでもない。
普通の人。
でも。
少しだけ。
似ていた。
困っている人を。
見つける。
人の話を。
聞く。
自分ができる範囲なら。
自然に。
手を差し出す。
そして。
それを。
特別なことだとは。
思っていない。
◇
「ねえ」
ある日。
地元へ帰ったとき。
青は。
黄と。
二人で。
食事をしていた。
「何?」
「写真見せて」
「何の」
「彼氏」
「何で」
「いいじゃん」
「嫌」
「見せてよ」
「赤に見せてもらえば」
「赤は見たの!?」
「グループの流れで」
「私まだ見てないんだけど」
「じゃあ見せない」
「性格悪!」
結局。
見せた。
黄が。
写真を見る。
「……」
「何」
「いや」
「何よ」
「青」
「うん」
「やっぱりあんた、こういう人好きなんだね」
「は?」
青の。
眉が。
動いた。
「どういう意味?」
「いや、顔じゃないよ」
「白に似てるって言いたいんでしょ!」
「私まだ白って言ってないんだけど」
「言う気だったでしょ!」
「まあ」
「似てない!」
「だから顔じゃないって」
「性格も違う!」
「うん。違うね」
「じゃあ何!」
黄が。
笑う。
「周りよく見てて」
「……」
「困ってる人放っとけなくて」
「……」
「でもそれを大したことだと思ってない人」
青が。
黙った。
「……」
「違う?」
「……うるさい」
「当たってるじゃん」
「うるさい!」
黄が。
楽しそうに。
笑った。
◇
その夜。
青は。
一人で。
考えた。
白と。
彼。
似ている。
そう言われれば。
少し。
似ている。
でも。
白だから。
似た人を。
選んだ。
そうではない。
「……ああ」
やっと。
分かった。
「私」
青い龍を。
手に取る。
「こういう人が、好きだったんだ」
最初に。
それを。
教えてくれた人が。
白だった。
ただ。
それだけ。
白への初恋は。
失敗では。
なかった。
叶わなかった。
でも。
自分が。
どんな人へ。
心を惹かれるのか。
教えてくれた。
大切な。
最初の恋だった。
「……ありがと」
誰へ。
言ったのか。
自分でも。
よく分からなかった。
◇
さらに。
年月が。
経った。
「本当にここでいいの?」
「何が?」
「報告」
青の隣で。
彼が。
鳥居を。
見上げていた。
「いいの」
青が言う。
「私にとって、大事な場所だから」
二人が。
来たのは。
地元の。
龍神社。
彼が。
青に勧められて。
一人で。
参ったことのある場所。
「最初ここ教えてもらったとき」
「うん」
「まさか青と一緒に来るようになるとは思わなかった」
「私も」
「そもそも、あのとき俺がついてないって愚痴らなかったら」
「来てないね」
「じゃああのスマホ割れたのも、案外悪くなかったな」
「それ龍神様に言ったら怒られそう」
「何で」
「厄をありがたがるなって」
「言われたの?」
「……多分言う」
「何それ」
二人で。
笑った。
拝殿へ。
進む。
賽銭。
二礼。
二拍手。
手を合わせる。
青は。
目を閉じる。
願い。
というより。
報告。
赤と黄が。
家族になった。
白も。
大切な人を。
見つけた。
そして。
自分も。
見つけた。
隣にいる人と。
これから。
家族になる。
そのことを。
伝えたかった。
目を開ける。
彼が。
まだ。
手を合わせている。
「長いね」
「お願いしてた」
「何を?」
「言わない」
「言うと叶わない系?」
「別に」
「じゃあ教えて」
「嫌」
「何それ」
青が。
笑う。
鞄には。
今も。
青い龍が。
入っている。
高校卒業の日。
四人で。
選んだ。
青。
遠い都会まで。
ずっと。
一緒に来た。
あの日。
新幹線の中で。
初恋を。
静かに。
終わらせた。
その青い龍が。
今度は。
新しい人を。
この神社へ。
連れてきた。
「行こ」
「うん」
二人が。
並んで。
鳥居へ向かう。
青は。
一度だけ。
振り返った。
「ありがとうございました」
小さく。
誰にも。
聞こえないくらいの声。
白い龍は。
何も。
答えなかった。
ただ。
社の奥で。
遠く。
長く。
伸びてきた。
青い縁を。
静かに。
見ていた。




