後日譚.縁の龍
『名案! せっかくだし、みんな一緒にお参りしよっか!!』
四人のグループに、黄から突然そんなメッセージが届いた。
『何の?』
白。
『七五三』
『誰の』
赤。
『うちの子、今年七歳でしょ』
『知ってる』
『白んとこ三歳』
『うん』
『青んとこも三歳』
少し間が空いた。
『……あ』
青。
『ね?』
得意げな顔が見えるような返信だった。
『みんな今年じゃん!』
『ほんとだ』
白も、今さら気づいた。
赤と黄の子どもは七歳。
白と妻の子どもは三歳。
青と夫の子どもも三歳。
三人とも、今年が七五三だった。
『だったらさ、別々にやる意味なくない?』
『いや、意味はあるだろ』
赤。
『細かいことはいいの!』
『黄が一番細かいだろ』
『うるさい』
青から笑っているスタンプが送られてくる。
『で、どこでやるの?』
その問いに、黄はほとんど間を置かなかった。
『龍神社で』
白はスマートフォンを見ながら、少しだけ笑った。
『俺もそれがいい』
『でしょ?』
『私も賛成』
青。
『じゃあ決まりだな』
赤。
こうして、高校を卒業してから何年も経った四人は。
今度は、自分たちの子どもを連れて。
もう一度、同じ神社へ集まることになった。
◇
「走らない!」
七五三当日。
境内へ入って早々、黄の声が響いた。
三歳の子が二人。
白の子と、青の子。
着慣れない晴れ着のまま、二人揃って境内をちょこちょこと走っている。
「ほら、こっち!」
その前を歩くのは、赤と黄の七歳の子だった。
三歳二人の面倒を見るつもりなのか、それとも一緒に遊んでいるだけなのか。
微妙なところである。
「白、そっち行った!」
青が言う。
「どっち!?」
「うちの子!」
「そっちは赤に任せて!」
「なんで俺!?」
赤が慌てて追いかける。
少し離れたところで、白の妻と青の夫が笑っていた。
「……賑やかになったねえ」
青がしみじみ言う。
「誰の名案だと思ってるの?」
黄が得意げに胸を張る。
「自分で言う?」
「言う」
昔。
この境内に集まっていたのは、白、赤、青、黄の四人だった。
今は違う。
赤と黄。
その七歳の子。
白と妻。
その三歳の子。
青と夫。
その三歳の子。
人数だけなら、倍以上になっている。
「白」
妻が声をかける。
「何?」
「ぼーっとしてると、また子ども行っちゃうよ」
「あ」
「パパー!」
三歳の子が呼ぶ。
「はいはい」
白は笑って、その小さな手を取った。
◇
七五三の祈祷までは、まだ少し時間があった。
白は皆から少し離れ、いつものように社殿の方へ目を向けた。
「龍神様」
――何だ。
「今日は賑やかだね」
――見れば分かる。
「昔は俺たちだけだったのにな」
――そうだな。
白い龍は、いつもと変わらず社の奥にいた。
大きな白い身体。
金色の目。
七歳のあの日から、何度見ても変わらない姿。
白は少し笑う。
そして。
ふと、その後ろへ目をやった。
「……ん?」
白い龍の尾の近く。
小さな何かが動いた。
一つ。
二つ。
三つ。
白が目を細める。
「……龍神様」
――何だ。
「そっちも増えてない?」
――何のことだ。
「いや、後ろ」
白い龍が僅かに目を細めた。
その背後。
社殿の梁や柱、御神木のあたりを、三つの小さな影が動いている。
一匹は赤。
一匹は黄。
そして。
一匹は青。
「……龍?」
――そう見えるならば、そうなのであろう。
「何それ」
赤い小さな龍が、白い龍の尾へじゃれつく。
そこへ黄色い龍が乗った。
白い龍が鬱陶しそうに尾を振ると、二匹まとめてころころ転がった。
「かわいい」
――眷属だ。
「眷属!?」
思わず声が大きくなる。
「白?」
少し離れたところから、妻が振り向いた。
「何でもない!」
「また龍神様?」
「うん!」
「じゃあ、ほどほどにね」
「何を!?」
妻は笑って子どもの方へ戻っていった。
白い龍が、喉の奥で笑った気がした。
「いつからいるの?」
――さて。
「さてって」
――急に現れたものではない。
白い龍が三匹を見る。
――縁が重なり、信が積もり、いつしか形を得た。
「信?」
――我を信ずる者。我が社へ参る者。そして、誰かへこの社を伝えた者。
白は、赤、黄、青の三匹を順番に見る。
「……なんで、この三色?」
白い龍が白を見る。
――心当たりがないと申すか。
「え?」
考える。
赤。
青。
黄。
「……あ」
高校卒業の日。
四人で選んだ龍の守り。
白。
赤。
青。
黄。
「まさか、あれ?」
――長く人と共にあったものには、縁が宿ることもある。
「そんな設定あったんだ」
――設定とは何だ。
「何でもないです」
◇
「じゃあ、この赤いのは赤の縁?」
――うむ。
赤い子龍は小さいが、妙に落ち着いている。
境内を行ったり来たりしながら、ときどき参拝客をじっと眺めていた。
「赤っぽいなあ」
――何がだ。
「地元密着型って感じ」
――実際、赤の縁はこの地に多い。
赤は地元の会社で働き続けている。
職場。
取引先。
近所。
昔からの知人。
『厄除けなら、あそこ行けば?』
『うち、何かあると昔からあそこなんだよ』
そんな何気ない言葉を、何年もの間に何度も口にしてきたのだろう。
「何人くらい?」
――赤から直接つながった者なら、二十余り。
「そんなに?」
――本人は数えてもおらぬであろう。
「赤だもんなあ」
白は笑った。
赤なら、誰かが実際に参ったとしても。
『へえ、行ったんだ』
くらいで終わるだろう。
「じゃあ黄色」
黄色い子龍は、赤より少し丸い。
御神木の枝に、どっしりと乗っている。
「……ちょっと太くない?」
――失礼な奴だな。
「いや、なんとなく」
赤い子龍が、その隣へ寄っていく。
黄色い子龍が尾で軽く叩く。
赤い子龍は少し離れる。
そして、すぐにまた寄る。
「……夫婦じゃん」
――眷属に人の関係を当てはめるでない。
「でも絶対、赤と黄じゃん」
――知らぬ。
「黄色は何人?」
――四十余り。
「は!?」
白は思わず、黄の方を振り返った。
黄は少し離れたところで、七歳の子の着物を直している。
「黄!?」
――呼ぶな。
「赤の倍くらいいるじゃん!」
――うむ。
「あいつオカルト信じてないよ!?」
白い龍が少し首を傾げた。
――だからであろう。
「どういうこと?」
白い龍が、妙に黄らしい口調で言った。
――『私はそういうもの信じないけど、厄除けならあそこは昔から評判いいよ』。
「……言いそう」
――『地元の人も普通に行っているし、変なところではないから』。
「めちゃくちゃ言いそう」
――そう言われれば、かえって信用する者も多かろう。
「一番布教してるの黄じゃん……」
――本人には言うな。
「言いたい」
――やめておけ。
「絶対怒るもんな」
――分かっておるなら、やめておけ。
◇
「で」
白は御神木を見上げる。
「青」
青い子龍だけ、明らかに形がおかしい。
「……長くない?」
細い。
そして。
とにかく長い。
御神木へ巻きつき、さらに梁へ伸び、それでもまだ尾が続いている。
「長すぎない?」
――遠いのでな。
「距離で長くなるの!?」
――さて。
「今、適当に言ったでしょ」
青い子龍が、顔だけ白の近くへ下ろしてきた。
顔は確かに子龍。
なのに胴だけやたら長い。
「青、都会だからか……」
――あの娘の縁は、遠くまで伸びておる。
青は地元を離れた。
それでも。
職場や友人、知人。
誰かが困っていると。
『私の地元に厄除けの神社あるよ』
と、何気なく教えている。
「青は?」
――十余り。
「赤と黄より少ないね」
――距離を考えよ。
「ああ……確かに」
遠い都会から。
わざわざ十人以上がこの神社へ参っている。
「それ結構すごいな」
――それに。
「何?」
――青からつながった者が、また別の者へ伝えておる。
「……青らしいなあ」
白が笑う。
白い龍も静かに青い子龍を見る。
――伴侶も、その一人であったぞ。
「……え?」
白が止まった。
「青の旦那さん?」
――最初はな。
「ここを青に勧められた人だったの?」
――そう聞いておる。
「誰から?」
――本人からだ。
「旦那さん、龍神様にそんな話してるの?」
――参った者の話を聞いて何が悪い。
「いや、悪くないけど」
白は少し笑った。
「青、自分で旦那さんを龍神様に紹介してたんだな」
――本人にそのつもりはなかったであろうが。
「龍神様」
――何だ。
「縁結びした?」
白い龍の目が細くなる。
――知らぬ。
「でも」
――我は厄除けの神ぞ。
「はいはい」
白が笑う。
「管轄外ね」
◇
白は三匹を、しばらく眺めていた。
赤。
黄。
青。
「……ん?」
もう一度数える。
三匹。
「龍神様」
――何だ。
「白は?」
――……。
「赤、黄、青はいるのに」
白は自分の左耳へ触れる。
今もつけている。
高校卒業の日に選んだ、白い龍のピアス。
「俺も白なんだけど」
白い龍が、ゆっくりと白を見る。
――お前は何を言っておる。
「え?」
――白なら。
白い龍が少し身体を起こす。
何年。
いや。
白にとっては、もう何十年も見てきた姿。
大きな白い龍。
金色の目。
七歳のあの日。
初めてその姿を見たときから。
ずっと。
――我がおるであろう。
「……」
白は目を瞬いた。
「……そっか」
――何を今さら。
「いや」
白は笑った。
「そっか」
もう一度言う。
「俺は、龍神様がいるんだ」
――初めからな。
白い龍の尾がゆっくり動く。
赤い子龍。
黄色い子龍。
長い青い子龍。
三匹が、そのそばへ集まってきた。
白は、少しの間何も言わず、その光景を見ていた。
◇
「白ー!」
黄の声がした。
「そろそろだよ!」
「今行く!」
白が皆のところへ戻る。
「また龍神様と長話?」
青が聞く。
「ちょっとね」
「何話してたの?」
「秘密」
「何それ」
「黄の話もしてた」
「は?」
「白」
黄が笑顔になる。
「何を話したの?」
「……秘密です」
「あとで聞くからね」
「龍神様から口止めされてる」
「神様を盾にするな」
赤が吹き出した。
その足元を、三歳の子どもたちが走り抜ける。
「だから走らない!」
「元気だねえ」
青の夫が笑う。
「今日だけで何回言った?」
白の妻も笑った。
「数えたくない」
黄はため息をつく。
その横で、七歳の子が三歳二人の手を取った。
「ほら、行くよ」
「……一番しっかりしてるな」
赤が言う。
「誰に似たんだろうね」
黄。
「俺」
「違う」
「即答すんなよ」
皆が笑った。
◇
三人の子どもが並んで祈祷を受ける。
七歳。
三歳。
三歳。
その後ろに、親たち。
白は、ふと昔を思い出した。
七歳。
七五三。
まだ。
何も分かっていなかった。
ただ。
みんなが酷い目に遭いませんように。
痛かったり。
怖かったり。
悲しかったり。
しませんように。
そう願った。
あの日。
白い龍を初めて見た。
あれから。
長い年月が経った。
今。
自分は。
子どもの七五三を見ている。
隣には妻がいる。
少し先には赤と黄。
青と夫。
そして、その子どもたち。
――随分と増えたものよ。
白い龍の声。
白は小さく笑う。
「そっちもね」
――我らのことか。
「うん」
三匹の子龍が、白い龍の周りをうろうろしている。
――そなたらほどではない。
「俺たち?」
――見よ。
白は皆を見る。
高校生だった頃。
四人だった。
今は。
四人ではない。
誰かと出会い。
誰かを好きになり。
家族になり。
子どもが生まれ。
そして。
その子どもたちが、今。
同じ神社にいる。
「……ほんとだ」
白は小さく言った。
「増えたなあ」
◇
祈祷が終わった。
三人の子どもたちは千歳飴を手にして、すっかりご機嫌だった。
「写真撮ろう!」
黄が言う。
「全員?」
赤。
「当たり前でしょ」
「誰が撮るの?」
「神主さんに頼む」
「仕事増やすなよ」
「今日くらいいいでしょ」
結局。
神主に頼んだ。
「もっと寄って」
「白、そっち」
「青の旦那さんもう少し中」
「三歳組、前見て!」
「ほら、こっち!」
大騒ぎだった。
ようやく。
全員がカメラを見る。
「撮るぞ」
神主が言う。
白。
妻。
三歳の子。
赤。
黄。
七歳の子。
青。
夫。
三歳の子。
その後ろ。
白にだけ見える場所に。
白い龍。
赤。
黄。
そして、長い青。
「はい」
シャッター。
「もう一枚」
もう一度。
シャッター。
白は笑っていた。
◇
帰る頃。
子どもたちは少し疲れていた。
三歳組は、それぞれ父親や母親に抱かれている。
赤と黄の七歳の子だけが、まだ元気に歩いていた。
石段を下りる前。
ふと。
その子が振り返った。
「どうした?」
赤が聞く。
「ううん」
社殿を見る。
白も、つられて振り返った。
白い龍。
三匹の子龍。
いつものように、そこにいる。
「龍いたね」
七歳の子が言った。
「……え?」
白が止まる。
赤と黄も振り返った。
「龍?」
黄が聞く。
「うん」
「どこ?」
「さっき」
子どもは少し考える。
「赤いのと、黄色いの」
白が目を見開く。
「……」
「あとね」
今度は青の三歳の子が、眠そうな顔のまま社殿を指差した。
「ながいの」
「長いの?」
青が聞く。
「うん。あお」
「……」
青が白を見る。
「白?」
「いや」
白は少しだけ笑った。
「何でもない」
「絶対何かある顔してる」
「気のせい」
白の腕の中。
三歳の子も、社殿の方を見ていた。
「どうした?」
白が聞く。
子どもは少しだけ首を傾げる。
「しろいの」
白の表情が止まった。
「……白いの?」
「うん」
そして。
子どもは白の左耳を見る。
「パパのと、おんなじ」
「……そっか」
白は。
それ以上。
聞かなかった。
本当に見えたのかもしれない。
ただ、子どもだから何かを感じただけかもしれない。
どちらでも。
よかった。
白は、小さな手を握った。
「行こうか」
「うん」
◇
皆が石段を下りていく。
白は最後に、一度だけ振り返った。
「龍神様」
――何だ。
「俺たち、結構変わったでしょ」
白い龍が金色の目を細める。
――さて。
「そこは変わったって言ってよ」
――赤は赤。
赤い子龍が、その尾の近くで丸くなる。
――黄は黄。
黄色い子龍が、その隣へ寄る。
――青は青。
長い青い子龍が、御神木に巻きついた。
「俺は?」
白い龍が、ほんの僅かに笑った。
――そなたもな。
「……何それ」
白も笑う。
下から声がした。
「白ー! 置いてくよ!」
青。
「パパー!」
子ども。
「今行く!」
白は皆の方へ向き直った。
昔。
四人だった。
今は。
もっといる。
そして。
これから先。
また。
増えていくのかもしれない。
人も。
縁も。
信も。
白は石段を下りていく。
左耳で、白い龍のピアスが揺れた。
社の奥。
一柱の白い龍と。
三匹の小さな龍が。
その背を見送っている。
七歳の少年が、一人で願った。
みんなが、酷い目に遭いませんように。
その「みんな」は。
長い年月の中で。
こんなにも増えた。
守られていた少年は。
誰かを守る大人になり。
その周りには。
また、新しい縁が生まれた。
赤。
青。
黄。
そして。
白。
四つの色から伸びた縁は。
次の世代へ。
そのまた先へ。
今日も静かに続いている。
この町には。
昔から。
厄除けの龍がいる。
そしてきっと。
これからも。
◇
それから、さらにいくつかの季節が過ぎた。
龍神社は相変わらずそこにあった。町の中にあり、子どもが遊び、散歩の途中に老人が立ち寄る。正月には人が増え、厄年になれば昔からの氏子が厄除けに訪れる。
ただ、以前と少しだけ変わったことがあった。
「うーん……私、青龍かなあ」
休日。授与所の前で、制服姿の女子高校生が三人、真剣な顔でお守りを見比べていた。
たまたま神主の手伝いに来ていた白が、その声に何となく耳を向ける。
「青?」
「うん。幼馴染、引っ越しちゃったじゃん」
「ああ」
「大学とかでさ。また会えたらいいなって」
一人の少女が、青い龍をあしらった守りを手に取った。
「だったら青龍でしょ。遠く離れた人との縁とか、再会のご利益」
「だよねえ」
白の動きが止まった。隣にいた神主も止まった。
「……神主さん」
「何だ」
「青、そんなご利益あるの?」
「知らん」
「だよね」
「お前は知らんのか」
「俺に聞かれても」
二人が顔を見合わせる。その間にも、高校生たちの話は続いていた。
「私は黄龍一択!」
「先輩?」
「そう! 卒業する前に、せめてもうちょっと仲良くなりたい!」
「LINEは?」
「まだ知らない」
「じゃあ黄だね」
「でしょ? 新しい縁とか、今ある関係を一歩進めたいなら黄龍って書いてあった!」
白が神主を見る。
「黄、そんなことできるの?」
「だから俺に聞くな」
「神主さんでしょ」
「少なくとも由緒にはない」
「ですよねえ」
三人目の少女は、しばらく赤い守りを眺めていた。
「私は赤かな」
「赤?」
「うん」
「好きな人いたっけ?」
「そうじゃなくて」
少女は両隣の二人を見た。
「高校卒業したら、みんな別々になるじゃん」
二人が黙る。
「だからさ」
少女は少しだけ照れくさそうに、赤い龍を手に取った。
「この三人の友情が、ずっと続けばいいなって」
「……」
「……」
やがて、一人が笑った。
「それは赤だわ」
「赤だね」
「でしょ?」
三人で笑う。
白も少しだけ黙った。
「……それは、まあ」
「何だ」
神主が聞く。
「分からなくもないなって」
「お前まで何を言ってるんだ」
「だって赤だし」
「知らん」
白は笑いながら社殿の方を見る。
そこには、白にしか見えない三匹の龍がいた。
赤い龍は、どことなく得意げに胸を張っている。黄色い龍は、授与所の黄の守りを眺めながら、機嫌よさそうに尾を揺らしている。
そして青い龍は、相変わらず長い。梁の向こうから、顔だけこちらへ覗かせていた。
「……お前ら」
三匹が白を見る。
「もしかして、なんかやってる?」
返事はない。そもそも眷属たちは、人の言葉など話さない。
ただ、三匹とも妙に機嫌がよさそうだった。
「龍神様」
――何だ。
「知ってた?」
――何をだ。
「赤が長く続く縁。黄が新しい縁。青が遠くの縁とか再縁なんだって」
少し沈黙。
――知らぬ。
「だよね」
――誰が決めた。
「俺もそれ聞きたい」
白は授与所を見る。三人の高校生が、それぞれの守りを手にしている。
そもそも、赤、黄、青の守りに、そんな細かな意味を決めた覚えは神社側にはない。
三色の龍がいるらしい。
そんな話が、いつの頃からか参拝者の間で囁かれるようになった。
赤い龍。黄色い龍。青い龍。
誰かが何かを願い、誰かが「叶った」と話し、それがまた別の誰かへ伝わった。
そうしていつの間にか、誰が最初に言い出したのかも分からないまま、三匹にはそれぞれ違う縁のご利益があることになっていた。
「そういえば最近」
神主が言う。
「良縁守がよく出るとは思っていた」
「そうなの?」
「特に若い人にな」
「……へえ」
「厄除けの神社なんだがな」
「龍神様と同じこと言ってる」
白が笑う。
社殿の奥から声がした。
――当然であろう。
「龍神様」
――何だ。
「縁結びのご利益、増えてるよ」
――知らぬ。
「でも眷属でしょ?」
――あれらが勝手にやっておる。
「神様が責任放棄した」
白い龍は堂々と言った。
――我は厄除けの神ぞ。
「……」
白は授与所を見る。
「これください!」
「私も!」
「私、赤!」
三人の女子高校生が、それぞれの龍を手にしている。
その向こうでは、別の若い女性が友人へ、
「遠距離だから青にしようかな」
と相談している。
さらに、赤い守りを二つ買っていく老夫婦までいた。
「龍神様」
――何だ。
「もう、それ通用しないと思うよ」
――何故だ。
「見てみなよ」
白い龍が境内を見る。
赤、黄、青。
三色の龍を手に、それぞれの縁を願う人々。
白い龍は、しばらく何も言わなかった。
その足元では、三匹の小さな龍が楽しそうにじゃれ合っている。
「まあ」
白はその姿を見ながら笑った。
「いいんじゃない?」
――何がだ。
「昔、縁結びは管轄外って言ってたけど」
赤い龍が黄色い龍へ寄っていく。黄色い龍は尾で追い払うが、少しするとまた隣にいる。
長い青い龍は、どこか遠くへ伸びた尾を揺らしながら、二匹を眺めていた。
「勝手に増えちゃったね。管轄」
――……。
白い龍は答えなかった。ただ、金色の目を細めた。
その日も、龍神社には人が訪れる。
厄を避けたい者。大切な人の無事を願う者。新しい誰かと出会いたい者。遠く離れた誰かと、もう一度会いたい者。そして、今ある縁がこれからも続いてほしいと願う者。
神が決めたわけではない。
誰か一人が決めたわけでもない。
人が願い、人が語り、人から人へ伝わるうちに、少しずつ意味が生まれていった。
白はふと、左耳の龍へ触れた。
七歳だった自分が、ただみんなの無事を願った場所。
その願いから始まった縁は、いつしかこんなところまで伸びていた。
社の奥には、一柱の白い龍。
その傍らには、赤、黄、青――三匹の縁の龍。
龍神社は、今日も変わらず厄除けの神社だった。
そして、いつの間にか。
人と人との縁を願う場所にもなっていた。
管轄外ではないです(断言)




