後日譚.白
その人とは。
一度だけ。
会ったことがあった。
話した時間は。
おそらく。
一分にも満たない。
◇
まだ。
彼女が大学生だった頃。
いつものように。
駅から大学へ向かって歩いていた。
その日は。
朝から。
少しだけ。
ついていなかった。
寝坊した。
電車を一本逃した。
提出した課題には添付漏れ。
アルバイト先からは急なシフト変更。
「……最悪」
小さく呟く。
とはいえ。
どれも。
誰にでもある程度のこと。
信号が。
青へ変わった。
横断歩道へ。
一歩。
踏み出そうとした。
「すみません!」
後ろから。
声。
同時に。
腕を掴まれた。
「え?」
「ちょっと待って!」
振り返る。
若い男だった。
大学生くらい。
自転車を歩道脇へ。
随分雑に止めている。
「何ですか?」
「そこ」
「そこ?」
「今、渡らない方がいいです」
彼女は。
信号を見る。
青。
左右を見る。
車も。
止まっている。
「……何で?」
「えーっと」
青年は。
困ったように。
頭を掻いた。
「なんとなく」
「は?」
「いや、ほんとに」
「信号、青ですけど」
「分かってます」
「じゃあ――」
その瞬間。
甲高い。
タイヤの音。
右手から。
一台の車が。
交差点へ飛び込んできた。
信号無視。
交差点内の車を避け。
大きくハンドルを切り。
歩道へ。
乗り上げた。
「……」
彼女の。
少し前。
ほんの数秒。
早く歩き出していたら。
そこに。
いた。
「大丈夫ですか?」
青年の声。
「え……あ……はい」
「よかった」
本当に。
それだけ確認すると。
青年は。
掴んでいた腕を離した。
「ちょっと待って」
「はい?」
「何で分かったの?」
「だから」
少し。
困ったように笑う。
「なんとなくです」
「そんなわけないでしょ」
「ですよね」
「ですよねって――」
青年が。
ふと。
彼女の肩を見る。
正確には。
その少し上。
さっきまでの。
気の抜けた表情が。
僅かに変わった。
「……まだあるな」
「何が?」
「ちょっとだけ、じっとしててください」
「え?」
青年が。
そこへ視線を合わせる。
「いなくなれ」
小さな声。
何も。
起こらない。
光らない。
風も吹かない。
音もしない。
ただ。
青年だけが。
「うん」
少し。
安心したように。
「もう大丈夫です」
と言った。
「何が!?」
「多分」
「多分!?」
「じゃあ俺、急いでるんで」
「ちょっと待って!」
青年は。
自転車へ戻る。
「名前!」
「え?」
「名前くらい教えて!」
青年が。
振り返る。
そのとき。
初めて。
彼女は気づいた。
左耳。
白い。
小さな龍のピアス。
風に吹かれて。
僅かに揺れていた。
「名乗るほどじゃないです」
「いや、命助けてもらってるんだけど!」
「たまたまです」
「たまたまで車が突っ込んでくるの分かる!?」
「分からないです」
「じゃあ何だったの!?」
青年は。
少しだけ。
考えた。
「……今日は気をつけて帰ってください」
「答えになってない!」
青年は。
笑いながら。
自転車を走らせた。
白い龍が。
遠ざかっていった。
◇
当然。
忘れられるはずもなかった。
白い龍のピアスをした。
妙な青年。
信号が青なのに。
渡るなと言った。
車が突っ込んできた。
意味の分からないことを呟き。
『もう大丈夫です』
と言って。
消えた。
一度。
友人との雑談で。
その話をした。
「白い龍のピアスした人に助けられたことあるんだよね」
「白い龍?」
「うん」
「……それ、“龍”じゃない?」
「何それ」
友人が。
少し声を落とした。
「そういう噂あるよ。若い男の人で、厄とか分かるって」
「厄?」
「白い龍のピアスしてるんだって」
「……」
思い当たることしかなかった。
「本人、“龍”って呼ばれるの嫌がるらしいけど」
「何それ」
彼女は。
笑った。
「絶対あの人じゃん」
それでも。
探そうとは思わなかった。
助けてもらった。
顔も。
名前も知らない。
それで。
終わった縁。
そのはずだった。
◇
数年後。
大学を卒業し。
仕事にも慣れ始めた頃。
彼女の生活圏に。
一つの消防署があった。
駅へ向かう道。
買い物へ行く道。
毎日ではないが。
それなりに。
前を通る。
ある日。
消防署の前で。
隊員たちが訓練をしていた。
梯子。
ホース。
大きな声。
普段なら。
特に気にも留めない。
「そっち、一回止めましょう!」
声。
何となく。
足が止まった。
一人の消防士が。
別の隊員へ声をかけている。
「そこ、少し危ないです」
「どこ?」
「金具。引っかかりそうなんで」
「ああ、ほんとだ」
「一回直してからやりましょう」
若い消防士。
顔が。
妙に。
引っかかった。
「……どっかで見たことある?」
でも。
思い出せない。
ヘルメット。
制服。
当然。
耳にピアスなどない。
消防士も。
こちらに気づくことなく。
訓練へ戻っていった。
その日は。
それだけだった。
◇
それからも。
時折。
その消防士を。
見かけた。
消防署の前。
訓練中。
車両点検。
ただ。
顔を見るたび。
何かが。
記憶の奥へ引っかかる。
ある日。
「大丈夫?」
消防署の前を。
通り過ぎようとしたとき。
また。
あの声。
後輩らしい隊員へ。
「無理しない方がいいよ。手、痛いんでしょ」
「これくらいなら」
「これくらいって言う人、だいたい後で悪化するから」
「先輩が言います?」
「……俺だから言える」
周囲が。
笑う。
彼女も。
少しだけ。
笑った。
そして。
「……声?」
思った。
昔。
横断歩道で。
『大丈夫ですか?』
あの声。
似ている。
でも。
数年前。
ほんの一分ほど。
話しただけ。
「まさかね」
そのまま。
歩き出した。
◇
ちゃんと。
再会したのは。
さらに。
少し後だった。
休日。
買い物を終え。
帰ろうとしていた。
少し先で。
大きな音。
自転車と。
車。
接触事故だった。
自転車に乗っていた老人が。
道路へ倒れる。
彼女が。
息を呑んだ。
そして。
すぐ近くから。
一人の男が走り出した。
「動かないでください!」
私服。
見覚えのある顔。
あの。
消防士。
非番なのだろう。
男は。
倒れた老人のそばへ。
膝をついた。
「聞こえますか?」
周囲へ。
顔を上げる。
「誰か救急車お願いします!」
すでに。
電話をしている人がいる。
男は。
状況を確認しながら。
老人へ。
声をかけ続けた。
彼女も。
少し離れたところから。
見ていた。
救急車が。
到着する。
消防士は。
救急隊員へ。
状況を説明する。
どうやら。
大事には。
ならなかったらしい。
老人が。
搬送される。
周囲から。
安堵の声。
そこで。
彼女は気づいた。
男の。
右手。
血が出ている。
「ちょっと」
「え?」
男が。
振り返る。
「手」
「ああ」
見る。
手のひら。
擦り傷。
「さっき転んだときかな」
「大丈夫ですか?」
「これくらいなら」
「……」
その言葉。
彼女は。
消防署で聞いた会話を。
思い出した。
「後輩には『これくらいって言う人は悪化する』って言ってませんでした?」
「……見てたんですか」
「たまたま」
男が。
少し。
気まずそうな顔をする。
「大丈夫です。本当に擦り傷だから」
「洗いました?」
「まだ」
「消毒は?」
「これから」
「じゃあ、そこ座って」
「え?」
「救急車は行っちゃったけど、近くにドラッグストアあるから」
「いやいや、自分で」
「手、血出てるでしょ」
「でも」
「座る」
「……はい」
男が。
素直に。
ベンチへ座った。
彼女は。
少し。
驚いた。
「意外と聞くんですね」
「何がです?」
「もっと抵抗するかと思った」
「……結構強めに言われたので」
「そう?」
彼女は。
絆創膏と。
消毒用品を買ってきた。
「自分でできます?」
「できます」
「本当に?」
「さすがにできます」
「じゃあどうぞ」
「ありがとうございます」
男が。
手当てをする。
彼女は。
改めて。
その顔を見た。
やっぱり。
どこかで。
見た気がする。
「……前に会ったことありません?」
「え?」
「いや」
首を振る。
「消防署で見かけてるから、そう思うだけか」
「この辺よく通ります?」
「よく通ります」
「じゃあ、それじゃないですかね」
「ですよね」
男が。
笑った。
その笑い方まで。
何となく。
引っかかった。
でも。
分からない。
「じゃあ」
男が立つ。
「本当にありがとうございました」
「今度から自分の怪我もちゃんと見てください」
「はい」
「返事だけじゃなくて」
「はい……」
彼女は。
少しだけ。
笑った。
◇
それから。
消防署の前を通ると。
以前より。
その男へ。
目が行くようになった。
別に。
恋ではない。
少なくとも。
この時点では。
ただ。
知っている人が。
そこにいる。
それだけ。
見かければ。
軽く会釈をする。
男も。
気づけば。
頭を下げる。
そんな。
顔見知りになった。
◇
ある休日。
彼女は。
駅近くの店から。
出てきた。
向こうから。
歩いてくる男。
「あ」
「あ」
消防士だった。
今日は。
私服。
「休みですか?」
「はい」
「怪我してない?」
「第一声それ?」
「信用ないから」
「今日は何もしてないです」
「今日は?」
「言葉の綾です」
男が。
笑う。
そのとき。
風。
男の髪が。
僅かに揺れる。
左耳。
白い。
小さな龍。
「……」
彼女の。
足が止まった。
「どうしました?」
「それ」
「え?」
「そのピアス」
男が。
白い龍へ触れる。
「ああ、これ?」
「……白い龍」
「高校卒業したとき、友達と買ったやつです」
その言葉は。
もう。
ほとんど。
耳へ入っていなかった。
自転車。
横断歩道。
青信号。
『なんとなく』
突っ込んできた車。
『いなくなれ』
『もう大丈夫です』
そして。
風に揺れる。
白い龍。
「……嘘」
「え?」
「ちょっと待って」
「はい」
「昔」
彼女が。
一歩。
近づく。
「大学生の頃、自転車乗ってませんでした?」
「乗ってましたけど」
「横断歩道で女の人止めたことない?」
「……」
「青信号だったのに」
「……」
「その直後、車が歩道に突っ込んできた」
男が。
本気で。
記憶を探している。
「あと」
彼女が。
左耳を指差す。
「そのピアスしてた」
「……ああ?」
「思い出した?」
「いや……」
「そこまで言って!?」
「ごめんなさい」
「嘘でしょ!」
「大学の頃、自転車で結構いろんなところ行ってたし」
「そこじゃない!」
「いや」
男は。
申し訳なさそうに。
「助けた人、全部覚えてるわけじゃなくて」
彼女は。
言葉を失った。
自分にとっては。
一生。
忘れられない出来事。
この人にとっては。
通りすがりの。
一人。
少し。
呆れる。
でも。
同時に。
妙に。
納得した。
「……そういう人なんだ」
「え?」
「何でもない」
彼女は。
少し。
笑った。
そして。
ずっと。
気になっていたことを。
聞いた。
「あなた」
「はい」
「“龍”さん?」
男の顔が。
見る見る。
嫌そうになる。
「……その呼び方」
「え?」
「まだ残ってるんですか」
彼女は。
吹き出した。
「やっぱり!」
「誰から聞いたんです?」
「昔、友達から」
「何でそんな広がってるんだよ……」
「有名人じゃないですか」
「やめてください」
「龍さん」
「やめて」
「龍さん」
「本当にやめて」
数年越し。
ようやく。
名前も知らなかった。
白い龍の青年と。
消防署で見かけていた男が。
一人に。
繋がった。
◇
白は。
昔のことを。
ほとんど覚えていなかった。
彼女からすれば。
一生忘れられない出来事。
白からすれば。
大学生だった頃。
たまたま通りかかり。
見えてしまった厄を。
祓った。
それだけ。
「本当に、ありがとうございました」
「何が?」
「だから昔の!」
「ああ」
「軽いなあ」
「でも無事だったんですよね」
「無事でした」
「じゃあ、よかった」
それだけ。
本当に。
それだけらしい。
「何かお礼したいんですけど」
「いらないですよ」
「言うと思った」
「じゃあ」
白が。
少し考える。
「龍神社って知ってます?」
「知ってます」
「え?」
「“龍さん”調べたときに」
「だから、その呼び方……」
「厄除けで有名なんですよね」
「俺の氏神様です」
「そこまで噂通り」
「嫌だなあ……」
二人で。
笑った。
そこから。
食事をすることも。
増えた。
彼女は。
消防署の前を通ったついでに。
白を見かければ。
声をかける。
勤務中なら。
当然。
長話はしない。
休日には。
一緒に食事をする。
理由は。
いつの間にか。
昔の恩返しでは。
なくなっていた。
◇
彼女は。
芯の強い人だった。
誰かを助けることを。
否定しない。
消防士として。
危険な場所へ向かうことも。
当然だと理解している。
ただ。
白が。
必要以上に。
自分を後回しにすると。
容赦がなかった。
「今日休みですよね?」
「うん」
「昨日泊まり勤務ですよね?」
「仮眠したよ」
「寝て」
「いや、近所の人から荷物運ぶの手伝ってって」
「他の人に頼んでもらって」
「でも俺が行けば――」
「行かない」
「話聞いてる?」
「聞いた」
「じゃあ」
「却下」
「……」
白が。
少し。
呆れたように。
「強いなあ」
「今さら?」
「俺の意見に上書きしてくる人、あんまりいないから」
「意見は聞いてるでしょ」
「聞いた上で無視してる」
「間違ってるから」
「即答だなあ」
彼女は。
腕を組む。
「あなたが人を助けたいのは分かる」
「うん」
「でも」
少し。
眉をひそめる。
「自分を雑に扱っていい理由にはならないでしょ」
「雑に扱ってるつもりは」
「ある」
「ない」
「ある」
「……はい」
「よろしい」
白は。
笑った。
不思議だった。
昔から。
両親も。
神主も。
赤も。
青も。
黄も。
自分を心配してくれた。
止めてもくれた。
けれど。
最後には。
『それでもやる』
という。
白の意思を。
尊重してくれた。
彼女は。
違う。
『それでもやる』
と言えば。
『ダメ』
で。
上書きしてくる。
嫌では。
なかった。
むしろ。
少し。
安心している。
白自身。
それが。
不思議だった。
◇
「あなたって」
ある日。
彼女が言った。
「何?」
「周りのこと、よく見てますよね」
「職業柄?」
「それだけじゃない」
電車で。
席を譲る。
落とし物を。
拾う。
道に迷った人へ。
声をかける。
具合の悪そうな人を。
放っておかない。
それが。
能力によるものなのか。
ただ。
そういう性格なのか。
彼女には。
分からない。
でも。
たぶん。
両方なのだろう。
「疲れない?」
「何が?」
「人のことばっかり見てて」
「別に」
「ほら」
「何」
「そういうところ」
白が。
首を傾げる。
「自分のこと、すぐ後回しにするでしょ」
「そうかな」
「する」
「断言するね」
「見てれば分かる」
少し。
間。
「俺がちょっと無理すれば済むなら、その方がいいときもあるし」
彼女の。
顔が。
変わった。
「それ」
「うん?」
「私が嫌」
白が。
黙った。
「あなたがちょっと怪我して済むならいいって」
「うん」
「私は嫌」
「……」
「それでもやる?」
白は。
言葉に詰まった。
今まで。
なかった。
誰かが。
自分の安全を。
自分のものだけではないと。
真正面から。
言ってくること。
「あなたさ」
彼女が。
少し。
呆れたように言う。
「人には散々、気をつけろって言うでしょ」
「うん」
「自分にも言いなよ」
「……」
「あなたも、その『みんな』に入ってるんだから」
白が。
顔を上げた。
「……何でそれ」
「何?」
「いや」
七歳。
みんなが。
酷い目に遭いませんように。
十五歳。
龍神から。
相変わらず己を願わぬな。
そう言われて。
『俺も「みんな」に入ってるから』
と。
答えた。
その言葉を。
何も知らない。
彼女が。
言った。
「……そっか」
「何が?」
「俺も入ってた」
「当たり前でしょ」
白は。
笑った。
そして。
初めて。
思った。
この人には。
敵わない。
でも。
それで。
いい。
◇
「最近、よく怒られておるな」
龍神社。
白が。
いつものように。
一人で参る。
「見てたの?」
――時折な。
「趣味悪いよ」
――我が氏子を見て何が悪い。
「それはそうだけど」
白い龍は。
少し。
愉快そうだった。
――我が言っても聞かぬことを。
「うん」
――あの娘に言われると聞く。
「そんなことないよ」
――ある。
「ない」
――ある。
「……あるかも」
白い龍が。
喉の奥で。
笑った。
「龍神様」
――何だ。
「昔さ」
白が。
少し。
照れくさそうに。
「縁結びは管轄外って言ったよね」
――言ったな。
「これは?」
――何がだ。
「……あの人」
少し。
間。
「龍神様、何かした?」
白い龍が。
鼻を鳴らした。
――何も。
「本当に?」
――我は厄除けの神ぞ。
「そうだった」
――それに。
「何?」
白い龍は。
静かに。
言った。
――その縁は。
――とうに、お前自身が結んでおった。
「俺が?」
大学生。
自転車で。
たまたま。
通りかかった。
一人の女性。
黒い厄。
青信号。
それだけ。
白は。
忘れていた。
彼女は。
忘れなかった。
数年後。
同じ町で。
消防士になった白を。
彼女は。
何度か見かけた。
そして。
今度は。
白が怪我をしたとき。
彼女が。
その足を。
止めた。
「……縁って変なの」
――人の縁など。
少し。
白い龍が。
目を細める。
――元より、そのようなものであろう。
「縁結びの神様みたいなこと言ってる」
――管轄外だ。
「はいはい」
◇
さらに。
時が経った。
二人は。
また。
龍神社へ来ていた。
白の左耳には。
今も。
白い龍。
彼女が。
初めて見た。
あの日と。
同じもの。
「今日は何お願いするんです?」
「いつも通り」
「みんなが無事でありますように?」
「まあね」
「自分も入れてくださいよ」
「最近ちゃんと入れてる」
「よろしい」
二人。
並んで。
二礼。
二拍手。
白が。
手を合わせる。
両親。
赤。
青。
黄。
職場の仲間。
町の人。
そして。
隣にいる。
この人。
皆が。
なるべく。
酷い目に遭わず。
元気で。
いられますように。
いつもなら。
それで。
終わる。
でも。
その日は。
少し。
長く。
手を合わせていた。
そして。
一つ。
付け足した。
――この人と。
――これからも。
――一緒にいられますように。
水の音は。
しない。
当然だ。
厄ではない。
龍神が。
叶えることでもない。
自分で。
叶える願いだ。
白が。
目を開けた。
「ちょっといい?」
「何?」
「話ある」
「その言い方怖いんですけど」
「怖くない」
「ほんと?」
「……多分」
「多分やめて」
白は。
笑った。
それから。
珍しく。
少し。
緊張した。
「俺さ」
「うん」
「多分これからも」
「うん」
「時々、無茶すると思う」
「直して」
「努力します」
「断言して」
「善処します」
「悪化してる」
「だから」
白が。
笑う。
「そういうとき」
「うん」
「今までみたいに、止めてほしい」
彼女が。
黙った。
「俺一人だと」
白は。
少し。
困ったように。
「どうも、自分のこと後回しにするみたいだから」
「今さら気づいた?」
「最近」
「遅い」
「はい」
白は。
今度こそ。
真っ直ぐ。
彼女を見た。
「一番近くで」
少し。
息を吸う。
「これからも、俺を守ってくれませんか」
彼女の。
目が。
少し。
潤んだ。
でも。
泣かなかった。
「……それ」
「うん」
「プロポーズとして、どうなんですか」
「ダメ?」
「ダメとは言ってない」
「じゃあ」
「でも条件」
「何?」
「私が止めたら」
「うん」
「ちゃんと止まる」
「……状況による」
「じゃあ保留」
「待って!」
「だって今の聞いた?」
「聞いた」
「却下」
「そこまで!?」
彼女が。
笑った。
「返事、聞きたいですか?」
「聞きたいです」
「じゃあ」
少し。
間。
「ちゃんと自分も大事にする?」
白は。
彼女を見る。
七歳。
十八歳。
そして。
今。
「……します」
「本当に?」
「します」
「よろしい」
彼女は。
頷いた。
そして。
「よろしくお願いします」
白が。
ほっと。
息を吐く。
「よかった……」
「そんなに不安だったの?」
「未来見えるわけじゃないからね」
「そこは見えないんだ」
「厄しか分からない」
「便利なんだか不便なんだか」
「昔から言われる」
二人で。
笑った。
社殿の奥。
白い龍は。
静かに。
その姿を見ていた。
七歳。
己より。
皆の無事を願った童。
十三歳。
己の欲のために。
力を使うという発想すら。
持たなかった少年。
十八歳。
己も。
皆の中にいるのだと。
ようやく。
理解し始めた青年。
そして。
今。
初めて。
自分自身が。
誰かと共に。
幸せでありたいと。
願った。
神の力を。
借りず。
己の言葉で。
己の手で。
その縁を。
掴もうとしている。
白い龍は。
ほんの少し。
嬉しそうに。
目を細めた。
――ようやく。
白が。
僅かに。
顔を上げた。
白い龍の声。
――己の願いをしたか。
白は。
何も答えなかった。
ただ。
隣の人を見て。
小さく。
笑った。
その左耳で。
白い龍のピアスが。
静かに。
揺れていた。




