9.それぞれの春
三月。
校門の前には、卒業証書を抱えた生徒たちが溢れていた。
「終わったー!」
親友が両腕を大きく伸ばした。
「三年間! よく頑張った、俺!」
「一番先生に怒られてたくせに」
青空の下。
いつもの四人が並んでいる。
制服を着て。
同じ学校へ通うのも。
今日で最後だった。
「結局、三年間ずっと四人だったね」
彼女が言う。
「中二からだから、五年くらい?」
「長いな」
「腐れ縁」
サバサバした女子が即答する。
「もうちょっといい言い方ない?」
「ない」
「ひどい」
笑う。
いつも通りだった。
けれど。
四月からは。
もう、いつも通りではなくなる。
「お前、来週から仕事だっけ」
少年が親友へ尋ねる。
「来月からな」
「社会人かあ」
「敬えよ、大学生ども」
「一番最初に音を上げそう」
「うるさい」
親友は地元の会社へ就職する。
進学よりも働くほうが自分には合っている。
そう言って。
高校三年の夏には、進路を決めていた。
「で、お前は?」
「俺?」
「大学」
「ああ。四月から」
少年は地元の大学へ進学する。
自宅から通える距離。
龍神社にも。
今まで通り来られる。
「やっぱり地元なんだ」
彼女が笑った。
「何だよ」
「高校選ぶときもそうだったじゃん」
「大学はちゃんと学部で選んだよ」
「神社までの距離は?」
「……考慮した」
「ほら」
「いいだろ別に」
三人が笑う。
「私は引っ越し、来週」
彼女が言った。
春から。
都会の大学へ進学する。
この四人の中では。
一番遠くへ行く。
「楽しみ?」
「楽しみ」
「即答だな」
「だって一人暮らしだよ?」
「俺なら三日で部屋汚くなる」
親友が言う。
「あなたは実家でも汚いでしょ」
「何で知ってるんだよ」
「前に行ったから」
「じゃなくて!」
また笑う。
そして。
残る一人も。
同じ県内ではあるが。
別の大学へ進む。
毎日顔を合わせられる距離ではない。
「こうして考えると」
少年が言った。
「本当にバラバラになるんだな」
一瞬。
誰も返事をしなかった。
中学校。
高校。
放課後になれば。
何となく四人で集まった。
何か約束をしたわけでもない。
いつの間にか。
それが当たり前になっていた。
「まあ」
サバサバした女子が口を開く。
「死ぬわけじゃないし」
「言い方」
「スマホもある」
「そうだけど」
「会おうと思えば会える」
そして。
「離れたくらいで友達やめるほど薄い付き合いだった?」
三人が黙る。
「……たまにいいこと言うな」
親友が言った。
「たまにって何」
「痛い痛い痛い!」
腕をつねられる。
少年は。
少しだけ笑った。
黒いモヤは。
誰にもついていない。
別れることは。
厄ではない。
分かっている。
それでも。
少し寂しい。
「なあ」
少年が言った。
「帰り、神社寄らない?」
三人が顔を見合わせる。
「出た」
「最後まで龍神様」
「いいじゃん」
少年は笑った。
「卒業報告くらいしようよ」
異論はなかった。
四人は。
制服姿のまま。
いつもの道を歩いた。
小学校の頃。
何度も通った道。
中学校の頃。
くだらない話をしながら歩いた道。
高校生になってからも。
何かあれば集まった場所。
石段が見えてくる。
「ここも変わったよね」
彼女が言った。
「参拝客増えたからな」
親友が答える。
台風の一件以来。
龍神社は。
以前より少しだけ有名になった。
それでも。
観光バスが押し寄せるほどではない。
地元の神社。
というところは。
何も変わっていない。
石段を上る。
「おー」
社務所から。
神主が顔を出した。
「卒業したか」
「した!」
親友が卒業証書を掲げる。
「こいつ留年しませんでした」
「お前な」
「それはめでたい」
「神主さんまで!?」
笑い声が境内へ響く。
「ちゃんとお参りしてけよ」
「そのつもり」
「それと」
神主が社務所を指す。
「新しいの入ったぞ」
「何が?」
四人で覗き込む。
御守り。
御札。
絵馬。
その一角。
「あ」
小さな箱に。
龍を模した飾りが並んでいた。
「何これ」
「龍守り」
神主が言う。
「最近、若い参拝客も増えたからな。普通の御守りだけじゃなくて、身につけられるのも欲しいって話になって」
「神社も進化するんだ」
「神社だって生き残らなきゃならん」
小さな龍。
色はいくつかある。
白。
赤。
青。
黄。
金属でできた小さな飾りに。
色鮮やかな龍が描かれている。
紐を通せば根付に。
金具を変えればペンダントやブレスレット。
そして。
小さな耳飾りにもできるらしい。
「かわいい」
彼女が青い龍を手に取った。
「あ、それ好きそう」
「じゃあ私これ」
「私は黄色」
隣の女子が迷わず選ぶ。
「早いな」
「悩む理由ないし」
親友が残ったものを見る。
「じゃあ俺、赤」
「似合う」
「だろ?」
三人の視線が。
最後に残った少年へ向いた。
白。
小さな。
白い龍。
「……俺これ?」
「嫌なら交換する?」
彼女が聞く。
少年は。
白龍を手に取った。
七歳。
七五三の日。
初めて見た。
白い鱗。
金色の目。
そして。
十七歳の台風の夜。
町を覆う厄へ飛び込んでいった。
巨大な白い龍。
「いや」
少年は笑った。
「これがいい」
「決まり」
四人分。
一つずつ。
色違いの龍。
「せっかくだし」
彼女が言う。
「みんなで持とうよ」
「お揃い?」
「色違うけどね」
サバサバした女子が。
黄色い龍を指先で揺らす。
「離れるんだから、ちょうどいいんじゃない?」
「お守り?」
「そう」
親友も赤い龍を見る。
「じゃあ、何かあったらこれ見て思い出すか」
「何を?」
「黒いモヤのやつ」
「俺限定じゃん」
「龍神様でもいい」
「なら分かる」
少年は。
白龍を眺めた。
「いいね」
四人で。
それぞれの龍を手にした。
そのあと。
拝殿へ並ぶ。
二礼。
二拍手。
四人で手を合わせた。
願うことは。
もう決まっている。
少年は。
心の中で言った。
――みんなが。
――新しい場所でも。
――元気でいられますように。
水の音は。
しない。
もう。
加護はない。
でも。
必要もない。
――相変わらずだな。
「……」
少年が。
少しだけ笑った。
声は。
聞こえる。
――己の願いはないのか。
心の中で答える。
――あるよ。
――ほう。
――また四人で。
少年は。
隣を見る。
親友。
彼女。
その親友。
――笑って会えますように。
少し。
沈黙。
――それは。
龍神が言う。
――我が払う厄ではなかろう。
――分かってる。
少年は笑った。
――だから自分たちで叶える。
返事は。
なかった。
ただ。
拝殿の奥で。
何かが楽しそうに笑った気がした。
「ねえ」
参拝を終え。
彼女が少年の手元を見る。
「それ、どうやって使うの?」
「これ?」
白い龍。
「せっかくだし、ピアスにしようかな」
「穴開けるの?」
「卒業したし」
「大学始まる前に?」
「うん」
親友が笑う。
「お前、白い龍のピアスとか似合うの?」
「知らない」
「ちょっと厨二っぽい」
サバサバした女子が言う。
「お前らのも龍だろ!」
「私はブレスレットにする」
「私はネックレス」
「俺は鍵につける」
「俺だけ厨二扱いおかしくない?」
四人で笑った。
石段を降りる。
途中。
少年が振り返る。
鳥居の向こう。
いつもの龍神社。
昔は。
ここから離れることを。
少し怖いと思っていた。
けれど。
今は違う。
離れても。
なくなるわけではない。
神社も。
龍神も。
友人も。
自分が戻ってくれば。
そこにある。
「行くぞー!」
親友の声。
「今行く!」
少年は。
振り返る。
そして。
三人のところへ走った。
数日後。
少年の左耳には。
小さな。
白い龍が揺れていた。
赤。
青。
黄。
それぞれの龍も。
それぞれ違う場所へ向かう。
四人が。
同じ道を歩いた春は。
終わった。
そして。
それぞれの春が。
始まった。




