第4話 世界の大きさ
「時間調整庁」
その名前を見ても、私は何も分からなかった。
聞いた事もない。
ニュースで見た事もない。
学校でも習わない。
存在している事すら知らなかった。
◇
「時間調整庁って何ですか?」
私が聞く。
結城さんは缶コーヒーを飲みながら答えた。
「役所です」
「嘘ですよね」
「本当です」
「絶対嘘です。聞いた事なですよ!」
「よく言われます」
そのやり取りだけは少し普通だった。
普通過ぎて、逆に変だった。
世界が終わりそうなのに……。
◇
「あなたもうお家に帰った方がいいよ」
結城さんが言った。
「帰れません」
「どうして」
「知りたいからです」
私は即答した。
結城さんは少しだけ黙る。
「知らない方が幸せなこともあるんです」
「今さらです」
結城さんは困ったように笑った。
初めて見る表情だった。
◇
その時だった。
結城さんの首から下がる端末が鳴る。
短い電子音。
結城さんの表情が変わる。
「来た」
「何がですか」
「仕事です。知りたいなら着いて来て。」
◇
私達は駅前を走った。
数分後。
商業ビルの前へ到着する。
人が集まっていた。
騒ぎになっている。
警察もいる。
救急車もいる。
私は人混みの向こうを見る。
そして息を呑んだ。
◇
ビルが欠けていた。
10階建ての建物だったはず。
その7階から10階だけが消えていた。
綺麗に切り取られたみたいに…存在ごと…
◇
「何これ……10階あったはずですよ。」
声が震えた。
でも。
周囲の反応はもっと異様だった。
◇
「もっと高いビルじゃなかったか?」
「いや分からん」
「困ったな」
そんな話をしている。
誰も叫ばない。
誰もパニックにならない。
建物の真ん中が消えているのに。
◇
「おかしい」
私が呟く。
結城さんが頷く。
「そう」
「何でみんな平気なんですか」
「平気じゃない…でも…認識できないんです」
それだけ言った。
私は意味が分からなかった。
◇
結城さんはビルの下で警察手帳によく似た何かを見せる。
すると誰も止めなかった。
規制線を越えていく。
私はその後を追った。
◇
ビルの断面は無音だった。
怖いくらい綺麗だった。
コンクリートも。
鉄骨も。
家具も。
全部。
途中から存在が切れている。
◇
「爆発じゃない」
私は呟く。
「そう」
「崩壊でもない」
「そう」
「じゃあ何なんですか」
結城さんは少しだけ考えた。
◇
「無かった事になった」
◇
その言葉だけだった。
私は理解できなかった。
理解したくなかった。
◇
その瞬間。
空が揺れた。
◇
ゴォン。
◇
どこからともなく。
鐘の音みたいな音が響く。
街全体が震える。
人々が立ち止まる。
車が止まる。
鳥が飛び立つ。
◇
そして。
空の亀裂が広がった。
◇
「嘘……」
昨日より大きい。
昨日より近い。
まるで空が割れて落ちて来るみたいだった。
結城さんは空を見上げる。
疲れた顔のまま。
でも。
その目だけは真剣だった。
「予想より早い」
私は改めて気付いた。
この人は。
この異常を知っている。
ずっと前から。
「結城さん」
「何ですか」
「これ、本当に世界が終わるんですか」
結城さんはすぐには答えなかった。
長い沈黙。
そして。
小さく言った。
「終わる予定だった」
予定……。
その言葉が引っ掛かった。
「だった?」
「すべてを終わらせないために私達がいる」
その時。
私は初めて。
時間調整庁という組織が。
ただの役所ではない事を知った。




