第2話 誰も覚えていない
翌朝。
私はほとんど眠れないまま家を出た。
空の亀裂は消えていた。
昨日見たはずなのに。
まるで最初から存在しなかったみたいに。
でも。
あれは夢じゃない。
私は覚えている。
はっきりと。
◇
駅前には人がいた。
会社員。
学生。
買い物帰りのおばさん。
みんな普通に歩いている。
私は立ち止まった。
昨日の空を見ていないみたいだった。
本当に見ていないのかもしれない。
そう思うと怖かった。
◇
私は友達へ連絡した。
『昨日の空見た?』
返信はすぐに来た。
『何が?』
『黒いの』
『雲?』
『違う』
『しおりん最近変だよ?』
まただった。
私はスマホを閉じた。
◇
学校は休校で暇だった。
本当なら嬉しいはずだった。
でも今は違う。
私は確認したかった。
自分がおかしいのか。
世界がおかしいのか。
◇
図書館へ向かった。
新聞を調べるためだった。
ネットは信用できなかった。
ニュースも信用できなかった。
だから紙を見る事にした。
過去の記事。
駅前再開発。
商店街。
地図。
コンビニ。
公園。
何時間も調べた。
何も出てこなかった。
存在していない。
最初から。
記録の上では。
◇
私は泣きそうになった。
頭がおかしい方がまだマシだった。
でも違う。
違う気がする。
私だけが覚えている。
それが一番怖かった。
◇
夕方。
駅前へ戻った。
人が減っていた。
電光掲示板が消えている。
時計が止まっている。
昨日より静かだった。
少しずつ。
世界が痩せていくみたいだった。
◇
その時だった。
広場の向こうに。
誰かがいた。
黒いスーツ姿の女性。
年上。
二十代後半くらい。
疲れた顔。
眠っていない目。
首から何かを下げている。
女性は止まった時計を見上げていた。
まるで。
それが普通の光景であるかのように。
そして小さく呟いた。
「間に合わないか」
私は思わず立ち止まった。
その人だけが。
初めて。
異常を異常として見ているように見えた。
◇
女性が振り返る。
私と目が合う。
その瞬間。
女性の表情が変わった。
驚いた顔だった。
信じられないものを見る顔だった。
「……嘘」
小さな声。
でも確かに聞こえた。
「なんで」
女性は私を見つめたまま呟く。
「なんで残ってるの」
その言葉の意味が。
私には分からなかった。




