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時間調整庁 三雲しおり 〜下町オールドクロック スピンオフ〜  作者: イシマ ヒロ


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第1話 終わる日



「しおりん、聞いてる?」


 顔の前で手を振られた。


 私はスマホから顔を上げる。


「聞いてるって」


「絶対聞いてない」


「聞いてないね」


「聞いてないな」


 三対一だった。


「ひどくない?」


「じゃあ今何の話してた?」


「えっと……」


 私はポテトを一本取る。


 時間を稼ぐ。


「恋バナ」


「雑!」


「でも合ってる」


「合ってるけど雑!」


 みんなが笑った。


 私も笑った。


 放課後のハンバーガーショップ。


 駅前の窓際席。


 制服姿の女子高生が四人。


 いつものメンバー。


 いつもの席。


 いつもの放課後だった。


「しおりん進路どうするの?」


「知らない」


「またそれ」


「本当に知らないし」


「将来の夢とか無いの?」


「毎日寝て暮らしたい」


「終わってる」


「終わってるね」


「でもちょっと分かる」


 また笑いが起きる。


 私はシェイクを飲んだ。


 こういう時間が好きだった。


 何かを頑張らなくていい。


 何者かにならなくていい。


 ただ友達と馬鹿な話をしているだけでいい。


「しおりん彼氏作らないの?」


「面倒」


「終わってる」


「休みの日に外出たくない」


「おばあちゃんか」


「分かる」


「お前もしおりん側に行くな」


 店内に笑い声が広がる。


 たぶん。


 卒業しても。


 大学へ行っても。


 就職しても。


 こんな感じで続くんだと思っていた。


 だから。


 最初の違和感も気にしなかった。


「あれ?」


 何となく店内の時計を見る。


 午後5時42分。


 秒針が止まっていた。


「どうしたの?」


「時計止まってない?」


 三人が振り返る。


「動いてるじゃん」


「え?」


 もう一度見る。


 時計は普通に動いていた。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 何事も無かったように。


「疲れてるんじゃない?」


「かも」


 私は肩をすくめた。


 本当に。


 その時はそれで終わった。


 ◇


 翌朝。


 電車が遅れた。


 原因不明のシステム障害。


 ニュースでもやっていた。


 その次の日。


 駅前の信号機が止まった。


 その次の週。


 通信障害。


 交通障害。


 復旧未定。


 ニュースは毎日同じ事を繰り返していた。


 でも。


 誰もそこまで深刻そうではなかった。


「不便だよね」


 そう言う人はいた。


 でも。


「何かおかしくない?」


 そう言う人は誰もいなかった。


 ◇


 私が最初に本気で怖くなったのは。


 駅前のコンビニが消えた日だった。


 学校帰り。


 いつもの道。


 いつもの角。


 私は立ち止まった。


「……え?」


 コンビニが無かった。


 建物ごと。


 看板ごと。


 駐車場ごと。


 全部。


 空き地になっていた。


 工事の跡もない。


 解体した様子もない。


 最初から存在しなかったみたいに。


 私はしばらく動けなかった。


 昨日まであった。


 絶対にあった。


 毎日のように寄っていた。


 レジの店員の顔だって覚えている。


 なのに。


 何も無かった。


 ◇


 私はその場でスマホを取り出した。


 写真を探す。


 友達と撮った写真。


 文化祭。


 駅前で撮ったプリクラ。


 何枚も。


 何枚も。


 探した。


 コンビニが写っているはずだった。


「……え?」


 無かった。


 どの写真にも。


 どの画像にも。


 写っていなかった。


 そこだけ不自然に空いている。


 最初から何も無かったみたいに。


 指が震えた。


 意味が分からなかった。


 ◇


 私は友達へ電話した。


『もしもし?』


「ねぇ」


『どうしたのしおりん』


「駅前のコンビニ覚えてる?」


『何それ』


「いや、だから駅前の」


『しおりん本当に大丈夫?』


 まただ。


 またその反応だった。


 まるで私が意味不明な事を言っているみたいに。


 コンビニが消えた事よりも。


 誰一人、それを不思議だと思わない事の方が怖かった。


 ◇


 その頃から。


 世界は少しずつ壊れ始めていた。


 信号機の停止。


 通信障害。


 交通網の混乱。


 銀行システムの不具合。


 原因不明。


 復旧未定。


 ニュースは毎日そう言っていた。


 でも奇妙だった。


 アナウンサーは困った顔をしている。


 街の人達も不便だと言っている。


 なのに。


 誰も恐れていない。


 誰も異常だと言わない。


 まるで。


 何か大事な感覚だけが削り取られているみたいだった。


 ◇


 一週間後。


 今度は公園が消えた。


 小さい頃に遊んでいた公園だった。


 ブランコがあった。


 滑り台があった。


 夏祭りもやった。


 でも。


 そこには駐車場があった。


「嘘……」


 私は近所のおばさんを呼び止めた。


「あの公園!」


「え?」


「ここに公園ありましたよね!?」


 おばさんは首をかしげた。


「何言ってるの?」


「昔から駐車場じゃない」


 本当に怖くなった。


 おばさんは少しも驚いていなかった。


 コンビニだけじゃない。


 私の記憶だけがおかしいんじゃない。


 世界の方が変わっている。


 そんな気がした。


 ◇


 一週間後。


 学校が無期限の休校になった。


 ◇


 その夜。


 私は眠れなかった。


 部屋の時計を見る。


 午前2時17分。


 目を閉じる。


 また見る。


 午前2時17分。


 数分経ったはずだった。


 もう一度見る。


 午前2時17分。


 私は飛び起きた。


 時計を手に取る。


 秒針は動いている。


 なのに時間が進んでいない。


 スマホを見る。


 2時17分。


 パソコンを見る。


 2時17分。


 部屋中の時計が同じ時刻を示していた。


 誰か説明してほしかった。


 誰でも良かった。


 私は何が起きているのか知りたかった。


 ◇


 窓の外を見る。


 街は静かだった。


 静か過ぎた。


 時間が止まっているのに。


 誰も騒いでいない。


 誰も叫んでいない。


 誰も外へ飛び出してこない。


 まるでこれが普通の夜であるかのように。


 そして。


 遠くの空に。


 黒い線が見えた。


 最初は雲だと思った。


 違った。


 それは空に走る傷だった。


 世界そのものに刻まれた亀裂だった。


 私は震える手でスマホを握った。


 誰かに電話を掛けようとした。


 でも。


 誰に掛ければいいのか分からなかった。


 私は一人だった。


 世界が壊れている。


 そう思っているのは。


 たぶん私だけだった。


 そして初めて思った。


 本当に世界が終わるのかもしれない。


 と。


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