・15・逃亡未遂
さてどうしようか。
戦ったら確実に死ぬ。手加減してもらったとしてもだ。それを避けるんなら逃げるしかない。幸い目の前にいて動けるのは10歳くらいのガキだけ。他のふたりはさっきのダメージから回復しきってない。逃げるか。
椅子からたってドアに手をかける。左右のふたりはまだうずくまってるし、いつの間にか部屋にいた少年(多分ハーバート)も何も言ってこない。
そのまま廊下に出て、走り始める。
どこに行こう。考えながら走り出す。単純に外に出たいなら。上に行けば良い。けど、さっきのやつは飛行甲板で待ってる言ってた。上に行くのは危険だ。
よく考えよう。外観を思い出して、外に出られそうなところはなかったか?一番上の甲板以外で、横とか、下の方とか。確か横の、甲板のすぐ下辺りに大きめの穴が空いていた。あそこから出ようか。いや、だめだ。見たところ海面から20メートルはあった。飛び込んだとしても、どこかしら骨折して、泳ぐことはできないだろう。じゃあどこにする?ちなみに考えている間も立ち止まっては居られないから、ここまでの思考はすべて走りながら0.2秒で行った。とりあえず、走り続けよう。止まっているよりはましだ。
思った以上に走りやすい。ずっとやってたフリーランニングの練習場より、いつか忍び込んだ廃墟の図書館より、ずっと。軍艦だから戦うと気のことを想定しているのだろうか。通路は真っ平らで段差がほぼなくて、壁の出っ張りも少ない。もう三分も走り続けてるけど、角すら見えない。どうせまた適当な不思議パワーだろう。僕の心はすっかり異次元色に染まってしまったらしい。
また3分くらい走ると、最初の角が見えた。普通に曲がっても良いんだけど、どうせなら技を使いたい。助走を生かして、角に差し掛かったところで前に飛ぶ垂直の壁を蹴って、助走の勢いを横方向に捻じ曲げる。勢いを殺さずにそのまま壁を走って、床に降りる。練習以外で初めて技を使った。大した技じゃない。技ですらなかったかもしれない。けど良い。楽しければ。
そろそろ体力の限界が見えたころ、壁に居あいた大穴が見えてきた、標識を見ると、排水口と書いてある。ここだ。逃げられるとしたらここだ。ハワイに追い払っていた自信と虚勢とその他諸々を呼び戻して、排水口に飛び込んだ。
滑り降りたら、以外にも平たくて、広いスペースが広がっていた。しかも障害物が多い。早速一メートル四方暗いの箱を跳び箱の要領で飛び越える。足は開かず、揃えたまま。モンキーヴォルトと言うらしい。続いて地面を埋め尽くすパイプを天井のバーを掴んで飛び越える。海の水の匂いがしてきた。出口は近い。余裕という小人が力を発揮し始めて、後ろに架空の追跡者を作り出した。半人半狼の追跡者。僕は速さにまさる敵を知能で妨害する。天井からぶら下がってたパイプを揺らして、頭に当てる、天井の配管を掴んで飛び上がり、追跡者が行き過ぎたところで、頭に飛び降りる。ずっと天井や壁を移動して、上の方に集中させて、箱に足を引っ掛けて転ばせる。そんなことを続けていたら、見えない追跡者は居なくなっていた。
波の音が聞こえ、排水溝の終点が見えた。いい具合に水面の上に出ている。蹴り破ろうとしたその時、後ろから声が聞こえた。
「やめたほうが良いですよ。」
さっきのハーバートとかいう少年だ。ここへは僕が来たルート以外では来れないはず。なら僕をずっと追い駆けていた?いや、何度も後ろは確認した。誰も居なかった。ならなぜここにいる?恐怖が汗となって背中を伝い、湿った床に斑を描く。恐怖の波紋は体の震えとなり、カチカチという歪な音楽を奏でた。
恐怖色に染まりきった体を奮い立たせ、意志力のすべてを使って少年の視線を無視し、金網を蹴破って外に出る。海に飛び込もうとした僕の体は、指先も触れずに、海と真逆の方向に飛ばされた。
背中のあたりに圧を感じて振り向くと、巨大な鷹が僕の腕を掴んでた。見ているうちに頭が人間に変わって、話しかけてきた。
「おまえ、何であんなとこから出てきたんだ?」
答えられるわけがない。しかもどんどん上昇してる。このままだと、、
「あれ、イアンくん。何してるの?ローズフィールドに捕まってるってことは、逃げようとしたってこと?」
さっき空っぽになったと思ったら汗のツボがひっくり返され、残ってたのが全部飛び出してきた。精神力のサーバーは押しても叩いてもなんとも言わない。真の絶望を味わうという幸福を味わいながら、ぼくは地獄の亡者の悲鳴を聞いていた。




