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グレンフィールド侯爵家は、王国創成期からある古い家柄だ。もともと武門の家風で、馬の育成にも力を入れている。領地には農地もあるが、広い牧や山地を含んでいる。王都からはかなり遠く、何世代か前にはそこに国境があり、グレンフィールドは長く辺境伯の役目を担ってきた。現侯爵は、貴族の子弟が文弱に傾いているのを憂いて、騎馬術の維持のためにも、牧狩り形式の狩猟を奨励している。スポーツとして狩りを取り入れることで、貴族が騎馬術を身につけられるように、という意図だ。そのため、競技用の馬とも、馬車用の輓馬ともちがう、スタミナがあって機敏で判断力のある、野戦用の乗馬を飼育している。森林や山地を抱えているので、野生動物も多く、農地への獣害もある。それを駆除する必要があるので、一石二鳥だ。
同時に猟犬の品種改良にも力を入れている。三人いる男児のうち、長男には馬を、次男には犬を任せてきた。三男は本人の希望にあわせようと思っている。
三男のモリスが寄宿学校で親しくなったカーレオン伯爵家のコリンを、カブ・ハンティングに招待したいと言って来たので、侯爵は喜んで許可を出した。十四歳、少し年若いが、領地では馬に乗る機会もあったそうだから、慣れているだろう。若い世代が騎馬に馴染むのは喜ばしい。会ってみれば、コリン・アドナルは聡明で礼儀正しく、驚くほど美貌の少年だった。なるほど、姉のミレディア嬢はデビュー以来社交界の人気をさらい、先ごろライモンド公爵夫人となった、当代屈指の美女だった。モリスはよい友と出会ったらしい。侯爵はたいそう喜んだ。
これまであまり交流がなかったカーレオン伯爵ではあるが、貴族院で面識があるその人は穏やかで思慮深いたたずまいだった。特に政見が対立したこともない。王家が派閥を嫌うので、親しい家同士でもあくまでも個人的な付き合いに止まる傾向がある。カーレオン伯爵家と親しくなるのもよいな、と侯爵は思った。あちらも地方は違えど田園地帯なのだ。
そしてあの日、奇禍は起きてしまった。
興奮して暴走する犬たち、暴れる馬、怒号と悲鳴。そして足を折って横倒しにもがく馬とその下敷きになった少年。侯爵は青ざめながらすべての指揮をとった。担架で屋敷に運ばれた重態のコリン・アドナルは三日間昏睡状態だった。伯爵家に早馬を飛ばし、伯爵夫妻が駆け付けた。
コリンの乗っていた馬は、長男が大切に育てていた若い牡馬だったが、骨が皮膚を突き破るほどの骨折ではとうてい助からず、長男自らが短銃で眉間を撃った。長男はその夜一睡もしなかった。犬たちも無傷ではなかったが、怪我を負ったものも馬の蹄に触れたためで、治療できるものだった。勢子の長と犬係の長がそろって出頭した。だが、伯爵から「不慮の事故ゆえ、係の者を罰せられないよう」釘をさされた事を話すと、二人とも涙を流した。当日の犬係の少年は自殺を図った所をかろうじて止められたという。彼を狩猟係から飼育係へと部署を変えるよう次男に話した。次男もほっとしたようだ。
だが、伯爵家の後嗣を歩行不能にした我が家の責任は、重く問われなくてはならない。今後どのようなことがあろうと、グレンフィールドはカーレオンを全面支援する。侯爵は心に刻んだ。幸いコリンは意識を取り戻し、伯爵夫人の付き添いでカーレオンに戻っていった。それを三男のモリスが悲しそうに見つめていた。次男が弟の肩を軽く叩いて、窓辺から引き離すまで。
心労が祟ったカーレオン伯爵が王宮内で倒れ、急遽次女に婿を迎えて伯爵位を継がせることになった時、グレンフィールド侯爵は宰相エセックス侯爵から声をかけられた。
「貴殿のご次男を、カーレオン伯爵の婿に出す気はないか」
我が家はカーレオンの後嗣に責任がある。望まれるなら次男でも三男でも喜んで差し出そう。グレンフィールド侯爵はその場で承諾した。
「では、ご次男アラン殿の経歴書を、宰相府にお届け頂きたい。王室もお心を掛けておられる。王妃様には義妹に当たるライモンド公爵夫人のご実家だからね。内々で王家の選定が入る。もちろん宰相府でも検討させて頂く。あしからずお含み置き頂きたい」
「もとよりです」
忘れていたわけではない。だがライモンド公爵オスカー殿は、知略に富み心底の見えにくい方だった。その最愛の夫人の実家がカーレオンだった。これは熾烈な戦いになるのかもしれない。
「カーレオンの次女殿はどのような人物か」
侯爵は館に戻ると、侯爵夫人に尋ねた。夫人はすこし考えたのち「穏やかな控えめな令嬢」と答えた。長男とその妻も顔を見合わせ「ご長女が華やかな方でしたので、次女の方はあまりよく存じません」と答えた。弟になるコリンがあの才気、美貌なのに、次女はぼんやりした地味娘なのか、と侯爵は少しがっかりした。
「思いやりのある、よく気がつく、しっかりした女性です」
次男のアランが声をあげた。皆アランの顔をまじまじと見た。
「次女のカサンドラ様はあまり社交界には出ていらっしゃいませんよね」
長男の妻が問いかけた。侯爵夫人は何かを思い出そうとしているようだ。
「母上、以前母上の供で、先代オーウェン侯爵夫人グウェンダリン様のご機嫌伺いに参りましたよね。ちょうどお茶の時間で、他にもご年配の方々がいらっしゃって」
「あ、グウェンダリン伯母様は実家の父の従姉妹に当たる方なので、小さい頃はよく贈り物やお小言を頂いていたのよ。おみ足がお悪くて、ずいぶん不自由なさっていて、かなり偏屈におなりだわ」
「そこにいらっしゃいました、カサンドラ様は」
「あ……」
そうだ。珍しく若い貴族の令嬢が混じっていた。偏屈な伯母、引退した頑固で有名な将軍、若者の不甲斐なさを嘆くのを趣味にしている未亡人、使用人の愚痴を言い続ける老人、嫁の不満を訴える夫人。その間を静かに目立たなく動きながら、宥め調整する若い娘。皆がみな、彼女を孫のようにかわいがっていたっけ。「カシーがそう言うなら」「カシーだからこそ」と。
「カシー様」
「はい、カサンドラ・アドナル伯爵令嬢です。どなたかの遠縁にあたるとかで、夜会などでもああいう席ではよくお見掛けしました」
「アラン、あなた」
次男は珍しく顔を赤く染めた。長男は父侯爵に似て豪胆だが、次男は母親に似て優男だ。顔立ちも悪くない。鋭い頭脳の持ち主だが、その鋭さを外には見せない。そういう点では文官向きで、宰相府から出仕の打診も何度かあった。社交界に出ても、女性関係はそっけなく、縁談もまだまだと耳を貸さない。いや、実は内心想う相手があったのか。それならそうと、早く言ってくれ、と侯爵は思った。
「では宰相府に経歴書を提出する。選ばれればカーレオンの婿、カサンドラ嬢の夫となるが、アランはそれでよいのだな」
次男は笑みをうかべて強くうなずいた。




