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「不躾にも先ぶれもなく、突然お伺いいたしましたこと、お詫びを申し上げます。私どもは王都の近郊にて農園を営んでおりますクロフォードと申します。対面の栄を頂きまことにありがとうございます」
クロフォード氏は律儀に頭を下げた。夫人と子どもたちもそろって。
「どうぞ掛けてください。私がカサンドラ・アドナル。こちらがアリステア・トレメイン様です」
アリステアもクロフォード家の面々に会釈した。少年と目があうとにこっと笑って見せた。侍女たちが卓上を整え、一同に茶菓を供した。子どもたちには、ローリーに出すようなミルクティを。カサンドラが特に申し付けなくとも、カーリオン邸の侍女は完璧に状況を把握している。子どもたちの前には、食べ応えのあるお菓子が並べられた。
「どうぞ楽になさって。お茶などお上がりくださいな」
カサンドラは自ら茶器に手を伸ばしてみせ、クロフォード家にも勧めた。
「こんにちは、エディ君とジーナちゃん、だったっけ。このおうちのお菓子はどれもおいしいよ。食べましょう」
アリステアは前に座った子どもたちに声をかけた。二人はアリステアを見、前に並んだお菓子を見、両親の顔を見て、母親が頷くのを合図にお菓子に手を伸ばした。
「昨日は、オーベック公園で、エドワードとアンジェリーナをお助け頂き、まことにありがとうございます。カーレオン伯爵夫人おん自ら獸を押さえてくださり、子どもたちはホークウッド子爵ご令嬢が保護してくださったと、エドワードと子守女中から聞き及びました。どれほど感謝申し上げたら、私どもの気持ちがお伝えできることか」
クロフォード氏が改めて深々と頭を下げ、夫人はハンカチで両目を押さえながら続いた。
「わざわざお越し頂きご丁寧なご挨拶、恐縮です。ただ、私は「伯爵夫人」ではなくて、この家の行き遅れ娘ですの」
カサンドラは申し訳なさそうにほほえんだ。
「エドワード君のお怪我はいかがでしたか」
「はい、左手をすこし噛みつかれたらしく、医師の治療を受けまして、大したことはないと」
「よろしかったですね。実はあの獸は怪我をして藪に隠れていた迷い犬でしたのよ。当家で保護して飼い主のおうちを探すことになりました。飼い犬ですから、ご心配になるような病気は持っていないと思います」
クロフォード氏は目に見えてほっとしたようだった。迷い犬の一言に、ジーナはぴょんと顔を上げた。
「やっぱりわんちゃんだった!暗いとこで泣いてたのよ」
「ジーナ。おとなしくして」
「よろしいのですよ。ジーナちゃんね、犬を見つけてくれたのは。そうなの、大きいわんちゃんでした。迷子になって、怪我をして、痛くておなかがすいて困って、公園の藪で泣いていたのよ。よく見つけてあげてくれました。そして、エディ君は謎の獸からジーナちゃんをよく守ってあげました。とても勇敢でしたよ」
カサンドラが子どもたちに話しかけると、二人は目をきらきらさせた。
「エディ君は昨日もきちんとご挨拶できましたよね。あんな時にきちんとできて、えらいわ。ご両親の教育の賜物ですね。勇敢で礼儀正しい少年と心優しい少女です」
「あの…私どもは農園で野菜などを作っているだけで、貴族の御婦人に何を差し上げたらご無礼にならないか全くわかりませんで、うちで採れたアンズを少し、家令様にお渡しいたしました。ただ感謝の気持ちをお届けしたかっただけでして……」
カサンドラが満面の笑みを浮かべて「採れたてのアンズですって」と、家令を振り向いた。ジョンストンは真面目な顔で「木箱いっぱいに頂きました」と頷く。
「アンズのコンポートもジャムも好物ですのよ。うれしいです」
「あ、あの…もし、もしよろしければ、サクランボの砂糖漬けや桃のジャムも……」
「そんな田舎者の手作りなど失礼だろう」
クロフォード夫人がおずおず言いかけると、クロフォード氏が困り顔で遮った。
「まあ!自家製のサクランボの砂糖漬け!桃のジャム!是非頂かせてくださいな」
カサンドラはかぶせ気味に言い切った。「なによりのお気持ちですわ」
「そうね。犬も元気になりましたので、一度見て頂いたらどうかしら。その方が安心してもらえるのではない?」
「エディ君とジーナちゃんはここで待ってる?」
「ジーナわんちゃんに会う!」
「これ!すみません。まだ子どもで……」
アリステアは困惑する夫人に「カサンドラ様は子ども好きだから、気にしなくて大丈夫ですよ」とささやいた。
一同はぞろぞろと納屋に向かった。横になっていた犬は体を起こした。
「これはまた、大きな。でも、確かに犬ですね」
クロフォード氏は犬の大きさには驚いたものの、犬の全貌を確認できて安心したようだ。怪我の手当もし、体もきれいに洗われて、すっかり落ち着いた犬の様子に、夫人もほっとしたようだ。
「首輪もしていましたのよ、ほら」
カサンドラが犬の首を恐れげもなく抱きかかえて、首輪を見せると、クロフォード氏は恐る恐る覗き込んで納得の様子だ。そのわきをすりぬけてジーナが飛び出した。
「わんちゃん、ジーナもなでなでしたい」
夫人が息を飲むが、カサンドラはにっこりして、「いいわよ、こことか、ふかふかですよ」とジーナの小さい手を取って犬の頬にさわらせた。
「わんちゃん、もう泣いてないね」
犬も小さい優しい手に反応して、きゅんきゅん鳴いた。
「よかった、よかったね」
アリステアも田舎育ちだが、さすがにこれほど大型の犬にはおいそれとは手を出せない。それなのに、カサンドラもジーナもまったくためらいがない。この人たちは動物の神に嘉されているのかしら、とアリステアはあきれる思いだった。
応接室にもどると、ジーナはお手洗いに連れていかれた。
「首輪にはメダルがついていました。紋章だと思われる図柄が彫られているので、アリステア様に模写してもらって、しかるべき方に見て頂く予定です。それで犬の飼い主がわかるのではないかと思います。そうね、よろしければ、もう一枚描き写して頂いて、クロフォードさんにもお渡ししましょうか。アリステア様お願いしてもよろしい?」
「今すぐでもいいです」
アリステアは写生帖を取り出して、先ほど描いた図柄をささっと模写した。その手際にクロフォード氏も夫人も目を見開いた。絵を描く様子を目の前に見るのは、一般人にはめったにない機会だ。まして、女学生ほどの娘が、手慣れた様子でさっと描いて見せるとは。
「なんともおみごとな才能でいらっしゃる」
「すごくきれいな」
「お姉さん、すごい」
クロフォード家の称賛に、アリステアは画材道具をしまいながら赤くなった。
「ありがとうございます、アリステア様。さあ、こちらがメダルにある紋章らしい図柄です。どうぞお持ちくださいな」
クロフォード氏は画用紙を受け取るときちんとしまいこんだ。
「では、そろそろお暇を。この度はまことにありがとうございました」
クロフォード家を玄関先に誘うと、すかさず侍女が、子どもたちが食べきれなかったお菓子を籠に詰めて手渡した。「よろしければお持ちください」と
一家は何度もお辞儀をして馬車に乗っていった。見送るカサンドラとアリステアに、二人の子どもはいつまでも手を振っていた。




