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「カーレオン邸にも遊びにいらしてくださいね。オーベック公園に近いので、私はよく散歩にいきます。植物園もありますよ。ごいっしょにいかが」
カサンドラはほほえんで別れ際にアリステアを誘った。姉にはあっさりと別れを告げて馬車に乗っていった。
「まあ、訪問の用件は何だったのかしら」
ミレディアは首をかしげた。
「あの人は社交辞令を言わないから、もしあなたの気が向いたら、訪ねてみたらどうかしら。馬車でお送りしますわ」
「ありがとうございます。オーベックの植物園は見てみたいです。でも、ご迷惑ではないでしょうか。伯爵夫人はご多忙でしょう」
「あら、カサンドラは独身よ。父伯爵は母と弟といっしょに領地にいるわ。カサンドラは伯爵代理を勤めているの。私にはとてもできないけれど」
「カーレオン伯爵様は……」
「父は体を壊してしまって、激務には耐えられないと、領地で静養しています。弟のコリンは事故で体が不自由だから、あの人が伯爵代理。もう何年になるかしら」
「あの、カサンドラ様のご夫君は?」
「前にクズ婿がいたこともあるけれど、幸い婚姻無効になったわ」
ミレディアはふん、と貴婦人らしからぬ鼻息をついた。思い出すのもいまいましい、という風に。アリステアは心底驚いた。令嬢が一度は婿を取って、離婚、ならぬ婚姻無効。その上、健康に難のある父伯爵の代理をつとめ、領地と王都を行き来。体の不自由な弟を支えて、領地の産業も促進。なんという才気、なんという豪胆さ。でも外見は穏やかで、ひかえめ……。
「あの人はね、弱い人、困っている人、苦しい人を見つけてしまう、面倒な才能があるのよ。私の時も、弟の事故の時、父の倒れた時も、いつもあの人が支えてくれた。あなたも、困っていることがあるでしょう」
ミレディアは肩をすくめて苦笑した。アリステアはちょっと赤くなった。
数日後、アリステアは写生道具を下げて、カサンドラと共にオーベック公園の散策路を歩いていた。同行した侍女と従僕は「せっかくのお天気なので、あなた方ものんびりなさい」とカサンドラに言われて、馬車泊まりで別れた。さすが王都でも由緒ある広大な公園だ。アリステアは王都の植生が故郷とは違うので、目を輝かせた。花壇にしゃがみこんでじっと見つめている、と思えば、興味深いものを見つけて走り寄る。
「まあ、さすがにお若い方はちがいますね」
カサンドラはおっとりと日傘を傾けて、アリステアのあとを歩いていった。写生帖を広げてスケッチをはじめたアリステアにやっと追いつくと、近くのベンチに腰を下ろした。
「先日少しお話しした、羊の洗浄剤の原料になる野草のことですが、弟が標本にして植物学会に送ったのです。学会からのお返事では、どうもカーレオンの固有種らしいそうです。弟は、その野草が牧羊を産業としている地方にあるかどうか、調べたいと思っているの。その土地で洗浄剤を作れるようになれば、羊毛の処理が安価に楽になるでしょう。植物がなければ、カーレオンから洗浄剤を購入してもらうことになって、お金がかかります」
「はあ」
「その植物の絵図と説明があったら、みなさんご自分の領地で探すことができるでしょう」
「そうかもしれませんが」
「あなたは正確な植物絵図が描ける。一本の状態、群生の特徴、花をつけた所、実った所、どんな土地を好んで生い茂るか」
アリステアははっと顔をあげた。カサンドラがにっこりほほえみながら、彼女を見つめている。
「わ、私は、ただ女学校で、絵の授業を受けただけで、ちゃんとした勉強もしていませんし」
「私たち、正確な絵を描ける人が必要なの。絵の専門家でなくてもかまわないわ。どうかしら。王都の絵画専門学校へ入学を希望するなら、実績で推薦を受ける道もあるのではなくて?」
アリステアは十五歳だ。未成年で親の承諾なしに入学許可は下りない。反発して家出はしても、絵画学校への入学は夢のまた夢、とわかっていた。学費もかかる。材料費もかかる。なにより住む所も生活費も、つまりは、かなりのお金が必要なのだ。
「もちろん、お仕事ですもの。きちんと報酬はお支払いするわ。カーレオンの領主館に住み込みで、コリンの助手として三種の野草の絵図を描いて頂けないかしら」
「で、でも、弟様は私の絵ではご満足なさらないのではないかと」
「先日あなたに頂いたカタバミの絵を、コリンの所に送ったの。無断でごめんなさい。コリンは大層喜んでいて、あなたさえよければ、カーレオン領に来てみてほしい、と手紙が来ているの」
カサンドラは手提げから手紙を取り出して、アリステアに手渡した。
「ね?いかがかしら。弟は植物学会の会員なので、あなたの功績を学会に認めてもらって、絵画学校への推薦書に付けてもらえると思うの。どう?」
手紙を広げて何度も読み返したアリステアは、半泣きの顔を上げた。
「あなたのご両親には、ライモンド公爵様からお口添えして頂きましょうね」
「お、奥様、いえ、伯爵……え、と…」
「あらあら、カサンドラでよろしいわ。ああ、いっそカシー小母と呼んで下さらないかしら。あなたは私の姉の御主人オスカー義兄様の従兄弟様のお嬢さんですもの。親戚ですよね」
「ありがとうございます。ありがとうございます。是非、是非、やらせてください」




