↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/28

15

 コリンはめきめき健康を取り戻した。今では完全に父伯爵の補佐を務めている。馬車で行けるところなら領内どこにでも足を運ぶ。杖は手放せないし、斜面や長い階段も難しいが、それを除けば十分に伯爵家後嗣が務まる。カサンドラはまだ伯爵代理のままだが、コリンが後嗣に戻ってくれるなら、代理から退いて父や弟の補佐にまわれる。

 もともとの闊達な性格も戻ってきた。好奇心は旺盛で、麦やライ麦の病気を研究し、羊毛を洗浄する洗剤を改良し、温室でコショウの実を育てている。背はすらりと優美で、右足をかばって一定のリズムを刻む歩き方も、妙に色気がある。顔だちはもとより端正、表情も豊かで、笑顔が麗しい。頭はとびきり、意志の強さはそれ以上だ。コリンは事故のため学業こそ中断したが、その後王立植物学会で学位を受けている。

 こんな優良物件などあるだろうか。

 あとは気立てのよいかわいいお嫁さんが足りないだけ。いえ、しっかり者でさっぱり性格のお姐さんでもいい。出会いが決定的に足りない。コリンは王都へ行きたがらないし、観光地でもない農業主体の田舎領地に遊びに来てくれる令嬢もいない。そうだ。こんな時こそ姉を頼ろう。


「ライモンド公爵家に訪問お伺いのお手紙を出します」


 夕食の卓を囲む家族にそう告げた時、父は微笑み、母は目をきらきらさせ、弟は視線を宙にさまよわせた。


「長女のイヴァちゃんの顔を見に行くのね。ローリーちゃんもさぞ大きくなったでしょうね。スケッチでもよいから、今のお顔が見たいわ」

「たまには王都で新しい衣装などこしらえなさい。おまえはどうも身なりに無頓着なようだからね」

「カシー姉様、先月発行の『食用植物大全』全三巻を書店に送ってもらって下さい」


 挙句にはそろって「カーレオン邸のみんなによろしくね」と言われてしまった。うちの家族はあいかわらずだと思う。あわただしく領を立ったが、馬車の移動は順調だった。王都に着き、まずはカーレオン邸に落ち着くと、公爵家から訪問お伺いの返事が届いていた。


「いつでも気兼ねなく」


 公爵様いえオスカー義兄様の簡潔にして闊達な一文だ。ことば通りに受け取らないと逆に叱られる。


「明日二時に伺います」


 それだけ書いた手紙を公爵家に届けさせた。お姉様の手蹟ではなくオスカー義兄様の筆跡、ということは、お姉様の体調はあまり芳しくないのかしら。ふと不安がよぎった。


「ああ、カシーが来てくれたわ!ほんとうにありがとう。時の氏神、地獄に仏とはこのこと」


 まるで戦場のような子供部屋の真ん中で仁王立ちになったお姉様は、大嵐の中を通り抜けたようなご様子だった。青年の子守従僕が二人、侍女が三人、乳母と看護婦と家庭教師らしい若い女性。全員が疲労困憊の状態でいる。


「ローリー、カシー叔母様が来てくださったからには、約束どおりお行儀よくしてちょうだい」

「カシーおばちゃま!!ローリーよい子です。遊んでください」


 力いっぱい飛びついてくる子ども弾丸のような甥に、あばら骨がめきめきいいそうだ。去年会った時には、はにかみ屋でおとなしい子だったのに、まるで別人だわ。わんぱく大王降臨よね。コリンも同じだったのを思い出して、ついなつかしくなった


「まあ、よい子のローレンス君、お顔を見せてくださいな。あら、こんな所にすりむきがありますよ。大変、これは特製のお薬をつけなくては」

「お、くすり?いりません、いりません」


 カサンドラは手提げを探って軟膏の瓶を見つけた。


「さあ、じっとして」

「あ、いや!おばちゃま!痛いです、しみしみです」

「まあ、しみるのね。それは大変だわ。悪いわるいばいきんが、ローリーのお鼻にくっついているのですよ。ここはがんばって、叔母様が退治してあげなくては」

「ふえ……」


 これまでにかなり暴れ疲れていたローリーは、新たな遊び相手にしっかりつかまって、すりむきに傷薬を塗られ、それがしみるので涙目になった。


「さて、ローリー君。叔母様はカーレオンから来たのでのどがかわきました。お茶をご馳走してくださいな。ローリー君もいっしょにお菓子をいただきましょう」


 カサンドラがべそをかくローリーと手をつないで、子ども部屋から応接間に移動すると、ぐったりしていた侍女たちが急にてきぱきと子ども部屋を片付けだした。おそらく、片付けるそばから散らかされて、うんざりしていたのだろう。姉も「ちょっと直して来るから」とそそくさ自室に消えた。別の侍女がカサンドラとローリーの分のお茶とお菓子を運んでくる。


「ローリー君はもうミルクティが飲めるのね。もうおとなですね」


 ミルクにちょっぴり紅茶を落とした甘い飲み物だ。ローリーは得意そうに飲んでいる。


 身なりを整えてやっと落ち着いた姉が戻ってくる頃には、暴れ疲れたところにミルクと焼き菓子をつめこんだわんぱく大王は、すっかり眠くなってしまった。子守従僕がそっと抱き上げて、お昼寝に連れていく。


「助かったわ」

「かわいいけれど、毎日があれでは、大変ですね」

「そうなの。オスカーは武術の基礎運動をさせたらどうか、というのだけれど。ローリーはまだ小さいでしょう。武術なんて」

「基礎運動ならよい発散になるし、体力もちゃんとつくので、よいと思います。たいていは走ったり跳んだり、体の動かし方を習ったりするくらいでしょう」

「はあ、それならお願いしようかしら」


 乳母がイヴァを抱いて見せにきたので、ひとしきり愛でて、母の伯爵夫人からの依頼を伝えた。ローリーやイヴァの絵姿が、スケッチでよいのでほしい、と。


「ちょうどあなたに相談したいことがあったの。公爵家の遠縁の子で、少し変わった人がいて、おうちではもてあましているそうなの。あのね、カシー。悪くとらないでほしいのだけれど、その子はちょっとあなたに似ているのよ。あまり人と話すことが得意でなくて、本や絵が大好きなの」

「貴族としては別に問題のない趣味ではありませんか」

「趣味ならね」


 ミレディアは困り顔で首を傾けた。


「個性的だけれど、とてもきれいなお嬢さんなの。今十五歳なのだけれど、修道院付きの女学校に通っていて、植物の絵を描くの。毎日何枚も何枚も。将来は図鑑の画家になる、といって聞かないのですって」

「ボタニカルアートというものですね。コリンの書斎に何冊もありますよ」

「ええ、それよ。風景画や肖像画ならちょっとした高尚な趣味で通るのに、庭に座り込んでは生えている雑草をにらんで何枚も描くのですって」


 カサンドラはその少女を想像してほほえんだ。


「アリステア・トレメイン。ホークウッド子爵の三女。ホークウッド子爵とオスカーが従兄弟なので。ホークウッド領は北にあるでしょう。貴族令嬢が職業を持つなんて、考えられないのですって。で、ご両親と喧嘩になって、アリステアは画材道具だけ持って家出同然でうちに来たのよ」

「もし今日その方がいらっしゃるなら、お目にかかりたいですね」

「まあ、アリステアに会ってもらえるの?よかったわ」

「あ、でも、カシーは何か相談事があるのよね」


 カサンドラはふふふと笑った。運命は私についているのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。