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(二十)無慈悲

(二十)無慈悲

「よぉし。この戦さ、もらった」

 直江兼続は珍しく頬を紅潮させて拳を握りしめた。大蛇は相討ちになった。巨大マムシが出現する前の状態に戻った。これからは圧倒的大軍で揉みつぶすだけだ。

 攻城軍の指揮官は、もはや目の前の戦場の事より、小田原にいる秀吉からどう思われるかに頭が行っている。八王子城は山城である。力攻めすれば、それなりの損害もあるだろう。だが、秀吉は早期の落城を求めている。ここは、多少の兵を失ってでも、総攻撃をかけねばならないだろう。

 兼続は上杉景勝の前に出て膝をついた。子供のころから仕えてきた幼馴染ともいえる主君である。

「この機を逃しては、前田に先を越されましょう」

 二人の間に多くの言葉は要らない。阿吽の呼吸で目と目で心は通じ合う。

 と、その時であった。

「申し上げます。関白殿下から急ぎの使者が参っております」

 この夜更けに、またしても早馬だ。よほどのことであろう。景勝は神妙な顔で使者を通した。

「関白殿下からの至急の密書でござる。前田様へも同じ文が行っております。なお、この文は読み終えたら、ただちに火に投ずるように、とのことでござる」

 景勝は封を切った。それほど長くない書状に目を通すと、見る見る顔が紅潮した。

主君の尋常でない表情に、兼続は密書の内容を瞬時に悟った。

「関白殿下は、何を…」

景勝は無言で書状を手渡した。

「口封じ…。とは、なんと無慈悲な」

ヤマタノオロチが村人を襲った事実を口封じせよ、というのだ。付近の領民と北条兵を、ことごとく皆殺しにせよ。というのだ。女子供も含めて一人残さず殺せ、というのだ。

 ヤマタノオロチが村を襲い領民を食い殺した事が、人々の口から口へと伝わり、広く噂になるのを、秀吉は恐れた。そのような事は「無かった事」にせねばならない。

そして後陽成天皇へは、北条の兵だけを殺傷したと報告せねばならない。

上杉家が秀吉の傘下に入って以来、景勝、兼続主従は秀吉の人柄に好感を持ってきた。庶民上がりの苦労人で人情の分かる男。主君信長と違って人をむやみに殺さない武将。そう思ってきた。

そんな男が、このような命を下すとは信じ難いことだった。

兼続は一瞬声を失った。が、そこは戦国を生き抜いてきた武将である。すぐに覚悟を決めた。

 景勝は一つだけ念を押した。

「もし、北条方が降伏してきたら、どうする」

 その可能性は、当然あるだろう。

「関白殿下の(めい)です。助命は許されませぬ。我らは敵方を一人残らず征伐することだけです。温情をかけて勝手なことをすれば、後で殿下のお叱りを受けましょう」

 相手が宿敵北条でなかったならば、少しはためらいを感じたのかもしれない。だが、数十年にもわたる因縁は、人を容易に鬼に変えるものらしい。

「明後日、日の出とともに前田軍とともに総攻撃をおこなう」

 景勝は無表情でそう言い放った。


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