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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
87/214

4-2-5.静夜の街に浮かぶ闇と笑み

 夜は9の指針を周り、酒場以外は静まり返る。街明かりは闇夜の道を仄照らす。


 リーアが酒場から帰る時間。その帰り道――暗い路地に、魔法によってリーアの姿と化したメルスト、作戦を伝えたルミアがいた。メルストの服――背中を開けたノースリーブにミニスカートのきわどい衣装――は、見ているだけで寒々しく思わせるが、気温は高め。むしろ恥じらいで熱くなっている分、すずしいだろう。


「まぁ、作戦は分かった」

 そう言うメルストだが、なんだか乗り気ではない。


「けどさ、いまさら言うけどそもそもこういうことには深追いしない方がいいんじゃないか。こういうのは証拠とかかき集めて警察……いや騎士団か警備兵に突き出すのもひとつの手だろ」

「メル君のバカーッ!」

「ほぶずっ」

 腰を落とした姿勢で腹部に掌底突き。さすがに親友同等の顔を傷つける無神経さはなかったようだ、と解釈すればまだマシだろう。身を屈めたメルストに、ルミアは声を上げる。


「親友助けるんだよ? 人任せにするわけないでしょ!」

「ぉお……タシカニソウダケドモ」

 相当内臓に効いたのか、棒読みになってしまう。

(いや、郷に従うか)

 前世で培ってきた常識は、異世界こっちでは通用しないのが前提だ。

 外見はか弱くとも、それは表面的。纏う魔力の一枚下は頑丈なメルストの肉体。すぐに立ち上がった。


「……わかった。俺が間違ってた。そもそも俺たち、騎士団こらしめる側の人間だったな」

「うむ! わかればよろしい。じゃ、お散歩よろしくねー」


 満足げな笑みで見送られる。作戦内容を筆記のみで伝えられたメルストは、内容とその意味を改めてあぶり出す。


 "タクティクス・トリプルO"の内容。

 メルストの役割においては作戦でも何でもない、単純さを極めるものだ。ただ自分が人通りの少ない道を歩き続けるだけ。その間、ルミアは何かを準備するそうだが、度を越えたことをしないと願うばかりだ。


 傍から見れば、か弱い少女が夜の暗い道をただ歩き続けている。当人自体が不審そのものだが、酒に酔った男たちが何かしてくることもないわけではない。万が一そうなってしまったら、メルストの空いた背中はゾクッと寒気を感じ、肩まで見せる腕から鳥肌を立たせる。



 一方で、十字団の家で待機していたリーアとミノはエリシアと共にいる。魔法防衛面に秀でた彼女とならば、万一狙われたとしても安全だ。英雄クラスの実力者であっても、大賢者の結界は揺るがえど破れはしない。

「まさかここまでやるなんて……ルミアちゃん大袈裟だよ」


 作戦の大体を知ったリーアは、いくら親友のためとはいえやりすぎだろうと困惑していた。もちろん悩みを聞いてくれたことも、解決しようと奮起してくれたことも嬉しかった。

「そうですね……私もそう思います。でも、ご友人のあなたの為にここまでしてくれるのはすごいことです」

 誇らしく、エリシアは言う。その無垢な紅の瞳に、リーアも小さくうつむき、うれしそうにうなずいた。

「……そう、ですね。大賢者様のおっしゃるとおりです」

 

「まぁ万が一リーアに何があっても、おにいちゃんが守るし」

 大賢者がいるからだろうか、調子のいいミノは随分と余裕ありげな口ぶりだ。

「大丈夫かな」とリーアはいつもの相変わらずさに苦笑する。

「もちろん、大賢者様もですよ!」

「おにぃったら……」

「ふふ、頼もしいです」

 うれしそうに、エリシアは微笑む。それにミノは心打たれ、膝を崩す。「もう」とリーアはため息を吐く。


「それにしても、私まで同じ服を着るのはちょっと……」

 リーアに変装したメルストと同じきわどい衣装。恥ずかしそうに脚をもじもじさせ、ミニスカートを下へ引っ張りつつ両腕を寄せると、弾んだ豊胸がより膨らむように押し出される。布一枚だけのサイズぴったしのノースリーブが今にもはちきれそうだ。


「さっきをストーカーに見られたことを考慮すれば、引っかからないかもしれないだろ。それにすっげぇ似合ってるよ! ルミアちゃんもセンスがありまくる!」

「おにぃ、調子良すぎ」との一言にも、ミノは笑って返す。


「ま、十字団が動けば一件落着だ。よかったな、リーア」

「……うん、そうだね」

 兄妹の安心した様子に、エリシアも一息つく。

 ただ、この胸騒ぎは何なのか。この事件に関する何かが起ころうとしているのか、それ以外の何かが起ころうとしているのか、断定はできない。大賢者の予言はどういう形であれ、当たりやすい。


 だが、ふたりの顔を見る程、それを告げることはできなかった。なにも2人の危機に関わるとは限らない。メルストたちの無事を祈りつつ、エリシアは座るひざ元で、両手を握った。


     *


 あれから11の刻を越えたか。脚もすっかり歩くことに飽きてしまい、これ以上続ける気力がない。ストーカーどころか、誰一人引っかからないことに、むしろ悲しみを覚え始めた。


(暇だ。何も起きなさすぎてさびしさすら感じる)

 ナンパする勇気がなくてそこらへんをうろうろして逆に声をかけられようとする人みたいで、メルストの耳は熱くなっていた。立ち止まり、休憩がてら「はぁ」とため息を覚える。


(こんなんで本当に引っかかるのか? そもそも作戦に落とし込むための囮を使う段階で、バレてたら引っかからねぇだろ)

 メルストの懸念は、逆に自分たちが囮にされて、外に出ている隙にリーアのいる十字団の家に襲撃を仕掛けないかという点だ。だが、そこには大賢者がいる。ルミアの設置した罠も施してある以上、心配は無用だが、現状を知りたいことに変わりはない。


(ガチのストーカーなら、もうそこら辺にいるんだろうけど、視線感じるとかあんまりわかんないしなぁ。一回ミノの家に帰っておれが逃げられない状況シチュエーションを作ってみるのもいいかもな。ルミアの作戦にはれるけど、まぁ町中で爆発が起きるよりは――)

「誰だ」

「ひんっ」

 背後から矢を放つような声。腰つきまでもがキュンと反るほどまでに背筋がピンと伸びた。


 それはそうだ、(前世社会人メルスト的に)ここまできわどい格好で不審な行動をしているのだから、悪い男よりも先に良い男(取り締まる方)にシメられる方が先だ。

 錆びた歯車よろしくギギギと首だけを動かし振り返った。自分が不審者と誤解されないための弁解を何通りも編み出しつつ、恐る恐る相手の姿を視界に移した。


「……なんと、これは麗しき娘。こんな夜更けにひとりだとは」

 黄金の脈に赤き鱗殻の鎧。雄大な威厳を誇る外套に、竜の牙を思わせる剣は焔聖剣イフリアか。

 "竜王殺し"アレックス・ポーラー。以前、ルミアとの婚約を一方的にかけてメルストと決闘を交わし、冒険者ギルドで英雄を冠する、いわば国家直属で軍事的重要依頼を全うする最高クラスの冒険者だ。


(うぉおおおおおい!!? 嘘だろなんでアレックスがいるんだよ!) 

「あ、アレックス様!? ど、どうしてこのような場所に?」


 叫ぶ本心は一文字も口にせず、ひとりの淑女めいた口調で踏み堪えた。おそらく背中の冷や汗もじんわりとかき出しているところだろう。

 ガシャ、と重い鎧の音を鳴らし、アレックスは腕を組む。


「少々用があってな。それより、君はすぐに家に帰りなさい。ここから距離があるなら送るが」

 やさしい対応だが、それはまずい。やんわりと断った。


「ああ……えっと、そのー、家は近くですので。お言葉ですが遠慮させていただきます。すいません」

「そうか、それならば良いが……時に娘よ」

「はい?」

 世間話でも切り出すかのように、アレックスはただ気になったことを口にした。だがそれは、メルストの神経に電撃を走らせるほど、強烈なものだった。


「その"魔術"は誰に習った」

「……っ!?」


 抜き出した焔聖剣。スッと空気をスライスし、首元へ切っ先が流れる。そこで反射的に後方へ素早く避けたとき、それがアレックスの『選別法』だと知る。

 普通の人ならば、身体が固まって動くことすらできない。一秒前まで自分の首があった場所で、剣は寸止めされていた。

 竜王を屠った獄炎が睨む。


(おいおいマジかよ)

 魔力を察知して暴きやがったか。


「貴様……何者だ。答えぬなら悪行を尽くす魔物として排除するぞ」

「い、一体なにを言って――」

「誤魔化すならばその魔法を解くまで! "魔装ディザルモ・焼去フレイヤ"」


 この男は加減というものが知らないのか。防御系魔法を跡形もなく焼き尽くす火属性系統の高強度解除魔法。その熱波に触れるだけでも、魔法を構築する反応は熱的崩壊し、ただの魔力へと分解される。

 地を蹴り、転がり避けるも、風で靡く絹のような金の髪が黒く染まっていく。魔法が解けた。


「ッ、やべ」

「髪の色が変わった――やはり変化魔法か。"魔装焼去"!」

 再び剣を振り、魔力をまとった炎の斬波を飛ばす。


「っく、どいつもこいつも」

 武力行使主義者め。

 手をかざし、大量の単体(Fe)を創成して壁を作る。やはり溶融させるほどの熱はなく、炎は塞がれた。しかし身体に異変を感じたが、それよりも大きな失態を侵してしまう。


「その技は……!?」

(しまった! つい出しちまった)


 物質創成能力。質量保存を無視し、まさに虚空から膨大な質量の金属を生み出す魔法は、アレックスでさえも未知の術式。少なくともこの町でそれを可能としている者を一人だけ知っている。


「あの錬金術師と同じ魔法? 貴様……まさかメルスト・ヘルメスか! 一体何を企んでいる!」


 お互い、今もっとも会いたくない男に出会ってしまった。あの決闘以降、会うたび勝負だと言っては炎を撒き散らし、剣を振るってくる。その迷惑さに、周囲の被害が及ばないようにあえて一瞬でカタを付けるようになったが、その積年の恨みは日々積み重なっていく一方だ。

 どうすれば誤解を解けると考えども打開策は見つからない。前提条件の時点で残酷なほどまでにアポリアだった。


 鉄の壁が溶融し、切り裂かれる。打ち破ってきたアレックスの熱斬波を、なんとか避け切った。

「ちょ、ちょっと待ってって! 町にまで被害が及んじゃうから!」

「な――ッ」

 突如、アレックスの手が止まる。それは自分の声に理由があるとメルストは気付く。


 まだ変声魔法が解け切っていない、中性的な澄んだ声となっている。中途半端に解除魔法を浴びたからだろう、完全に元の姿に戻り切っていなかった。戻り切ったとしても、外見だけでは男性とは思えない清楚な容姿をしているが。


 炎が舞う。

 アレックスは焔が照らすメルスト(女装)を見つめる。まさかの姿に驚きを隠せないのだろう。渾沌ともいえる状況を把握するのに、さすがの英雄も時を要する。

 そして、導いた結論は、メルストをさらに渾沌へと陥らせた。


「なんとこれは……闇夜に浮かぶ黒曜の髪と瞳。実に希有で、美しい御方だ」

(ま、まさかこいつ……)

 嫌な予感がした。最早それは確信に等しかったが、本人にしてみれば信じたくもなかっただろう。


「すまない、人違いだったようだ。あろうことか、あの憎き男と照らし合わせてしまった無礼をお許し願いたい」

 焔聖剣を納め、詫びを一つ下げた。安心するはずが、メルストは青ざめてしまう。


(おいおいおいおい嘘だろアレックス。ルミアはどうしたアレックス。外見でしか判別できねぇ節穴があんただとは思いたくもなかったぜ)

 地声で対応しようにも、声だけリーアのままだった。低めに出しても魅力を感じさせるハスキーボイスしか出てこない。

「えっとー、何を言って」

「生憎、私は強い乙女が好みでね。私はこの町に住み始めてまだ日は浅いが、貴女のような強い女性がこの町にいらしてたと、どうしてもっと早く知ることができなかったか」


 女装したメルストを別人だと、それも完膚なき異性だと思い込んでいる。女性陣の殺到した可愛い発言は本物だったかと改めて恐ろしさを知る。ここまで行けるとは思わなかったが、単にこの男がバカなだけかと自分の中で納得させた。

 女装男子相手に色目を使う男だが、それでも筋は通っているようで、肝心なところで抜け目はなかったようだ。

「さて、バーでお互いを知って語り合いたいところだが、あの変化魔法を施していた訳を知りたい。きっと理由あっての行動だろうが、強い乙女でも仮に、悪事を働いているとなれば私も黙っては――」


 突如アレックスが爆炎に包まれる。熱の暴力が皮膚を殴り、炎の爪がメルストの眼前を裂いた。

 容易に吹き飛ばされた竜王殺しは火だるまと化し石畳みを転がる。倒れた身体から硝煙が立ち昇った。

 当然ながら誰だかわかっているメルストは、路地の坂上を見上げる。月光を背に、図ったかのようなポジショニングだ。


「やっぱりあんたか竜王殺し(笑)(カッコ笑)ィ! ここまで落ちぶれるたぁ滑稽の極み……だがよぉ、あたしのダチに手ェ出したことがどういうことになるかわかっちゃいねぇみてぇだなぁオイ。指10本玉2個償うだけじゃ物足りねぇ、ケツに熱した鉄の棒ぶち込んだまま溶鉱炉に頭ツッコんでごめんなさい十回言えば、殺すのぁ勘弁してやらんこともねぇがな」

「どこのヤクザ!?」


 口径20mmの中折れ式擲弾発射器(グレネードランチャー)を鉄パイプよろしく肩に担ぐ姿は極道の姉御よりも恐ろしい。背中のジェットパックめいたマシンとボンベを背負い、両腕の甲冑防具から生じる電動的振動が空気を震わす。


 一体何を演じているのか、カツカツと歩きながら焦げたアレックスに眼を飛ばす。一般市民ならば手足が吹き飛んでもおかしくない威力のはずだが、そこは英雄級の頑丈さといえるだろう、深手もないようで、むくりと起き上がった。


「ゲェッホゴホッ、ああ……ルミアさん! これはこれは、ご機嫌麗しゅう。今宵の君も此の星空がより栄えし眩う月。月夜に見る君は一層お――」


 ボガァン! と再び爆ぜる。弾丸に爆薬ヘキソーゲンでも詰め込まれているのか、アレックスのいた場所に爆炎が立ち籠った。


「せめて挨拶くらいさせてあげて!」

「硝酸よりくっさいこと吐きやがって。てゆーか今どきポエマーとか流行らないし。むしろボマーが流行さね」

「流行らせてたまるか」

「その上、浮気性とか最低か!」

「それは否定できねぇな」


 しかし口説いた女性の正体が積年の恨みを晴らす生粋の男(ライバル)だと知ったらどうなることか。しばらくは正体を隠した方が良いとメルストは判断する。

(というかこの人、爆発とか斬れるんじゃなかったっけ?)


 もくもくと黒煙からアレックスが平然の顔で出てくる。無傷ではないが、恋をした人の前では失態を見せないのだろう。メルストにはない男らしさだ。


「はは、今日も過激な人だ。その御方とはご友人であったか。これは失礼を致した」

「あんたでしょ、ウチのリーアに気持ち悪い目を向けて陰険に追いかけまわしていた粘着系ストーカー野郎は」

 なんのことだか。「ストーカー?」と呟き、ポカンとしたアレックスだが、ルミアが何かの誤解をしているのだろうという考えに至った。軽快に笑い飛ばす。


「ははは、ルミアさんも人が悪い。私がそのような、自分の立場すらも分かっておらぬ粘着質で陰険な悪行を為す人間以下であるはずがない」

「自己紹介をどうも」

「?」

 ルミアの中でアレックスの印象がどんどん歪んできているようだ。誤解を修正できる希望はないに近い。


 腕を組んでそっぽを向くルミアはあてにできないだろう。「アレックスさんはどうしてこんな時間に? 用があるとは言ってましたけど」と女性に扮したメルストは訊く。

「私も貴女方と同じ、犯人探しをしているようなものだ。犯人とは言っても、それが人なのかは定かではないがな」

「……? それはどういうことでしょうか」

 渋るように口を噤むが、ルミアを一瞥し、口を開いた。十字団の団員がいるならば、協力した方が事が進むと判断してのことだろう。


「……ただならぬ気配を感じた。いや、不自然な魔力の流れが見えたといえば良いだろう。それに、町の人々からも昼夜問わず変わった話を聞く。『何もいないはずなのに嫌な視線や気配を感じる』とな」

「!」

 一致している。リーアほどではないが、被害はルマーノの町全体にわたっていたようだ。

「特に淑女たちからその報告を申してくる。これがいわゆる女の勘というものだろうか」

「それあんたじゃないの?」

「ルミア、うるさい」

 とはいえ、国家直属の重要任務を任されるであろう英雄が、小さな町の不審事件に全力を注いでいるのを見ると、メルストも何ともいえない気持ちになる。しかし正義感ある本人が進んでやっていることなのだから、そのような心配は無用だった。


 やけに冷える夜風が路を縫う。流れた方向へと顔を向けたアレックスは、

「報告された場所と魔力の残留濃度の高さが一致していることに気づいたのは良いが……特定はまだ困難を極める。卑しい目で人の後をつける下賤のようだが、ただの陰険な人間ではないはずだ。しかし貴女方もそれに気づいていたか。さすがだ」

 メルストの前では決して見せない笑みだ。


「それでアレックスさんも……」

 刹那、耳を裂く轟き。メルストの真横を爆炎が通る。

 尾火を辿ると、またもアレックスが地面に横たわり、こんがりと焼けていた。


「いやなんで撃ったの君!? ごめんちょっと今の理解できない!」

「なんでこいつがストーカーじゃなかったのかがわけわかんなくてムカついた」

「理不尽の極み!」


 身勝手さが人の生死レベルにまで達している。段々アレックスが不憫に思えてならない。

 だが、アレックスは清々しい朝を迎えるようにすっくと起き上がる。それでも多少のダメージはあるのだろう、少しふらつく。


 焦げを払い、炭を咳き込み吐いては、

「げほっ、敗者は嫌われるこのご時世、仕方のないことだ。これで少しでも彼女の気が晴れるのなら、この身が役に立てて良かったよ」

「アレックスさん、今回ばかりは俺、あなたのこと誇りに思うよ」

「貴女のような強き乙女にそう褒めていただくのは光栄だ。しかし自分を『俺』というのは控えた方が良い。男勝りも素晴らしいが、せっかくの美しさがもったいない」

(こいつまだ気づいてないんかい!)

 爽やかな微笑がその証拠だ。ますます不憫に思うメルストである。


 ぴくっと、ルミアが首をちょっとだけ動かす。肘でメルストをトンとつつき、

「それにしても……なんか視線感じない?」

「ああ、ルミアさんの言う通りだ、確かに――」

「あんたじゃねぇよ」

「んー、いや全然」

 と即答。鈍い女装男である。

 すると10m強ほどの距離だろう、もはや皆無に等しいほどの小さな足音を、ルミアは聞き逃さなかった。


「そこかぁ!」

 コンマ6秒で装填し、二丁のグレネードランチャーを交差し構えては火を噴かせた。

 レンガは破裂し、みちは落とした焼き菓子のように粉砕する。脱臼してもおかしくない衝撃が両肩と腕にかかるはずだが、ルミアは顔色一つ変えず重火器を使いこなす。


「ちょっとぉ!? ストーカーより被害だしてんぞ!」

「ルミアさん、いくらなんでもそれは手荒すぎでは」

 そこでやっと聞こえる、遠ざかる足音。煙から垣間見えた人影を、メルストも捉えた。


(っ、笑った……?)

 暗さに慣れた目は、確かに一瞬だけ、人影の口元の変化を収めた。


「あいつか……メル君、追うよ!」

「お、おう!」

 石畳を蹴り、風を呼び起こす瞬足は、撃ち込んで爆ぜた後の硝煙をかき消した。


「待ちなさいふたりとも! あぶな……ん? メル、くん?」

 手を伸ばしたアレックスだったが、二人の姿はすぐさま置いていくように、小さくなっていく。


意外と話が長く続いてしまっています(汗

明日明後日、更新予定

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