4-2-4.メルスト、一線を越える。
「……」
口では語られない、一同の反応はこうだ。
"誰だよ"
そんな内心を知る由もなく、まだ鏡すら見ていないメルストは視線を直視できない。ただ予想とは異なり、ドン引きしている雰囲気ではないのは確かだ。
魔法薬で伸ばされた黒い髪はカチューシャで飾られており、薄化粧された小顔に最早男らしさの片鱗すら感じられない。
セーターのように縦線の入った白のノースリーブは薄く、ぴっちりとしているにとどまらず、胸の側部まで肌を晒し、背中の肌寒さに違和感を抱いてばかり。
明るめのフリルミニスカートの短さといったらきわどいと言わざるを得ない。風がいたずらすればすぐに見えてはいけないものが見えてしまう。脚を細く柔く見せるストッキングをガーターベルトがふともも半ばまで吊り上げている。
(童貞を殺す服をまさか童貞が着ることになるなんて……)
せめて古風のメイド服であってほしかったとメルストは涙堪える。しかし、まだビキニじゃないだけましだと謎のポジティブ思考へとシフトさせた。
勇気を出して周囲の反応を伺う。当然ながらこれまでのメルストに向けていた目は明らか変わっていた。
「あの、メルストさん……予想以上にとてもかわいいです」
「かわいい……」
「メルきゅーん! もう女の子じゃーん! すごい愛でたくなるほどかわいいよー!」
女性陣の目は大丈夫なのかむしろ心配したくなるほど、高評価だった。虚ろになった目を返す。
「ああ……そうですね。ありがとうございます」
「あぁん、もうあたしでも襲っちゃいたいぐらい!」
ルミアに抱き着かれ、背伸びしつつ唇を突き出してきたが、
「バイセクシャルハラスメントはやめてください」
と、真顔とアイアンクロウで冷静に対応する。白目をむいたところで襲う兆しはないと判断し、手放した。
「お、男の子でも、ここまで可愛くなれるんだ……知らなかった」
「ちょっと? なんで顔赤いの。リーアさん聞いてる? 聞こえてる? 百合畑行くことだけは避けろよマジで。いやこの場合はどっちだ」
ここまで言われるとますます鏡を見たくなる。女の子のかわいいはあまり信用していないメルストだが、ここで良くも悪くも素直に思ったことを正直に言ってくれる精霊族に目を向けた。
じっと見つめている彼女と目をあわせること5秒、唐突に感想は来た。
「……女々しい」
「うぐ」
「そうだね、よわそう」
「ごふっ」
「頼りなさ加減が女の子っぽいですね」
「はぐぁ!」
便乗してルミアとエリシアからも一言。あくまで自分自身ではなく外見に対して言っているのだろうが、どうも素の自分にも当てはまっている気がしてならない。肩を落としたメルストは藁ならぬジェイクにすがりたい気分だった。
「じぇ、ジェイク……」
「そんな顔すんな。お前はお前だろ。女装してる気持ち悪い男にしか俺には見えねーよ」
「フォローすんのか罵倒すんのかどっちかにしろよ」
「ま、外見でしか判別できねぇ節穴にはちょうどいいんじゃねぇか?」
確かにそうかもしれないとメルストは思う。これだけの評価ならば、上手くいけそうだが、なんだか複雑だ。
「これは……二度見しますね」
「だね。これは確実に襲うわ。メル君、そっちの道に行かないようにね」
同情の視線を向けられる。
「もう言い返す気すら起きねぇよ……」
「じゃあ……認めた?」
「なわけあるか!」
首を傾げたフェミルに言い返したとき、またもルミアが何かを懐から取り出してきた。
「じゃ、この詰め物を胸のとこにつけるのだ。あたしの特注品だから大事にね」
ふたつの弾力ある、丸みのある何か。それが何なのか、理解するのに少し時間を要した。
「……てことは、ルミアはパッドで胸を偽って――」
「さーぁメル君! そこにふたつの爆弾詰められたくなかったらもう黙っておこうかー!」
笑顔だが戸惑いと一歩間違えたら逆鱗に触れそうな引きつった表情。これ以上は触れないことが賢明だ。
(作業着着てるくせに大きく感じると思ったらそういう事だったか。……いや何のために!)
乙女心を知らないメルストには理解しがたい話だ。
無理矢理胸の中に詰め込まれ、地肌にそれがあるのは違和感しかない。話のノリで楽しんでいるだけだろうと考え、やっとメルストの思うことを口にすることができた。
「ていうか、相手はリーアが目的だろ。変装ならともかくとして、俺がただ女装したところで何の囮にもならねぇって」
「はいその言葉を待ってましたー」
「?」
首をかしげる。ルミアは腰に手を置き、エリシアへと視線を移した。
「これでだいぶ近づいたでしょ。エリちゃん先生お願い!」
「承知しました。"ここに再び、写しを現せ"」
何を知らされることもなく、大杖を向けられてはそう唱えたエリシア。全身がむず痒くなり、骨身に電撃が走るような痛みは一瞬、魔法の発動は一瞬で終わった。
「お、おお……! おお?」
すごい、とリーアの一言に、メルストは自身に何が起きたのかますます知りたくなってくる。ミノに至っては信じられないものでも見るかのように思考停止の表情だ。
「はい鏡」とルミアに手鏡を渡される。
「あ、リーアだ」
と鏡に映った顔を見て感想を一つ。まるでノリめいた反応だが、それがどういうことか、すぐにメルストは気付く。
「……ぉあっ、リーアになってる!? えっ、うわっ、声まで!?」
顔をペタペタとさわり、髪もいじってみる。すべすべの肌に、さらさらとした金の髪。触れる指も男のようにごつごつしておらず、人形のようなそれだ。
胸部の圧迫感に肌を引っ張るような重量感。視線を落とすと、真下の地面が見えなかった。
「えっ、さっきまでパッドだったよな……あれっ、本物だ」
無意識だ。メルストは自然な手つきで自身の身についた柔くもツヤ、ハリのある実りをしっかりとその手のひらで持ち上げる。ムニュムニュと揉んで実在を確かめていた。
「メルストさん!? そ、そういうのは場をわきまえてください!」
「……はっ」
真っ赤になっていたエリシアの声で我に返ったのだろう、自分が何をしてしまっているのか理解し、そしてどういう声を出せばいいかわからなかったゆえか、このあと無言と無表情のままうなずき、その手を前に添えた。
ルミアはニヨニヨし、リーアは自分の姿でそのようなことをされた故に、顔を赤くして恥ずかしがっている。唯一侮蔑の目を向けていたのはフェミルくらいだろう。視線だけで刺殺されそうだ。
「にしても、ここまでそっくりにできるなんて。むしろ本人と区別がつかないや」
「表面的な魔法をかけただけですよ。完全同一までには程遠いですが、外見や声くらいは再現できます」
こほん、と咳を一つ、仕切り直し。そう言っては微笑む大賢者に、
「エリちゃんヤベぇ」とこぼした一方で、ミノがやっと事の状況を把握したようだ。さきほどの光景を見てしまったためか、鼻血を流している。
「リーアがふっ、ふたり……っ、い、いや! 本物はひとりだけだ! 俺は騙されねぇぞ」
彼は彼の中で何かと葛藤している。呆れるところだが、メルストは妙にテンションが上がっていた。ミノの身体に寄り添い、上目遣いで、
「……それじゃあ、確かめてみる? おにぃちゃん♡」
垂れていた鼻血が一気に噴き出す。痙攣し、そのままバタンと後ろに倒れた。
「ミノさん! 大丈夫ですか!」
「ふほ……こっ、ここは、天国でしゅか……?」
「おまえもう帰れ」
ジェイクもこれにはあきれ果てる。
「メルストさん! 私の姿でおにぃをからかわないでください!」
「ご、ごめん。なんだかつい」
恥じらいながら怒ったリーアに、調子に乗ってしまったメルストも頭を下げる。
「メル君やっぱそっちの素質あるよ」
とルミアの素の一言。それを否定するにはあまりにも分が悪いが、ともあれミノの反応を見る以上、外見はリーアそのものに等しいことが実証された。
「しっかし、馬鹿賢者の魔法もここまでくると、さすがの俺も見抜くのが難しいぜ」
「ま、仕方ないにゃ。こんなエロに釣られるのはエロ犬ジェイクか鼻息の荒い脳みそ空っぽ思春期の愉快な猿たちだけさね」
「サルといっしょにするんじゃねぇ!」
「ああ、そうだね。お年頃の少年たちには大変失礼な発言だったにゃ。すいません」
「俺に謝れよ!」
何処の壁に向けてぺこりと頭を下げる。ムキになるジェイクを無視し、ルミアはリーアそっくりとなったメルストの方へ前を向く。
「んー……」
外が見える窓、そして本物のリーアを一瞥しては、
「ちょっと侮ってたね」
「なんのことだ?」
「あたしの推測だけど、もうこの時点で作戦はストーカー野郎にバレてるよ」
それはルミアの勘か。フェミルとジェイクを除き、一度辺りを見回した。
「まさか、ここまでつけてきてるってことか」
「な、なんて末期な」とエリシアも刺さる言葉を無意識に一つ。
察し、フェミルに目をやる。しかし何も危険な気配を感じてはいないようだ。
「……あやしいの、感じないよ……?」
「じゃあフェミルん、いちばん近くで感じたなにかはいる? 動物でも何でもいいし」
「……」
無言のまま、裏庭のルミアの試験場が見える窓へと指さした瞬間。
カチッと、スイッチが押される軽い音と共に、その窓が壁ごと爆砕した。家の中の家具や小物が爆風で蹴散らされる。
「んーやっぱ気のせいだったかな」
「おまえまさか家中に爆弾仕掛けてるわけじゃないよな?」
「ま、また直さないと」と大賢者は肩を落とす。建築魔法や修復魔法は体力を要する。比較的得意ではない彼女にとっては骨が折れる作業だ。
それを気にしない機工師は企んだ笑みを向ける。獲物を狩り取る目つきは頼もしさを感じさせる一方、背筋が凍り付きそうにもなる。
「メル君、やることは後で紙に書いて伝えるね。この作戦の主役だから、ヘマはできないよ」
楽しげだがいつになく真剣な彼女に、メルストの気は引き締まる。それは今の爆発を逃れられるだけの実力を伴うからか、それとも友を傷つけた怒りによるものか。
「それじゃあ、いこっか。ウチの親友を泣かせた変態野郎を炭に還してやんよ」




