チンパンジーはやべえ
「ああ、目覚めましたか。一生目覚めなければよかったのに」
「チンパンジーにすら好かれていないのか僕は」
出血過多によって引き起こされた長い眠りから目覚めた僕を待っていたのは寝る前とは似ても似つかない風景だった。
地面はよくわからない小さな草が生えていて、透き通るほどに綺麗な川が流れている。適度なほどに緩やかな山々があり、リンゴのなっている木がところどころに生い茂っていて、ここはサンリオピューロランドなのかと錯覚してしまう。
いや、僕は人生で一度もサンリオピューロランドに行ったことがないので実際のサンリオピューロランドがどのような場所なのかはしらない。
というか僕の本題として大事なのはサンリオピューロランドなどではない。この異様な光景についての説明を欲している。
「ねえ、大吾郎。この状況はいったいなんだい」
僕はどこかクドイようで気取っているような雰囲気を出しながら聞いてみる。しかしそんな僕のカッコつけをまるで感じ取ろうともせずに、大吾郎は予想していたといわんばかりに長々と話し始める。
「あれは何年前のことでしょうか。あなたは僕にぶっ刺されて噴水もビックリの出血をしましたよね。それで、その時あなたは死んだと思ったのでしょうが、実際は死んでいないんですよね。ビックリ!」
ビックリ!って言われてもな……僕はビックリ!で済まされるようなレベルの話ではない。あ!死んだ!と思ったのだから。確かにビックリもしているけども。
「あなたが出血したとき、その血はこの惑星では貴重な水分でした。あなたの血液は水となって大地に放出され、やがてそれは蒸発しました。時間が経って雲になり、雨が降り始めました。僕は諦めずに開墾をつづけ、植物の種を植えました。雨は大地を濡らして水分を含ませ、やがてそれは種が育つためには充分な大地へとなりました。ついに僕の努力が実ったのです。これはあなたが出血過多で倒れてから何カ月後のことだったでしょうか。そうしてこの惑星には初めて植物が育ったのでした。その植物というのは私が独自に開発したもので私が転移する際に自動的に私を引き寄せるものでした。これが生えていることによって転移の成功確率は爆発的に上昇します」
ほら、あれです、といって大吾郎は遠くを指さした。その指の先には宇宙まで伸びているのではないかというほどに高い幹の先に申し訳程度に枝葉がついていた。どちらかというと木よりはモニュメントとでも言った方が適切だろう。植物だと説明されなければ気がつかないかもしれない。
「そうして私は次に何をしたと思います?」
「え?」
突然の問題形式の会話に対応できずになんだか情けない返事をする僕。
「はあ、まったく。ダメダメですね」
そして下がる僕の評価。
不服だ。
「帰ったんですよ。地球に。そしてこの惑星の地質成分を定性分析したんですよ。結果からいうと特に変わった点はありませんでしたけど。レアな鉱物が地球よりも少し多いくらいでしたかね。植物の成長に必要な窒素やリンも充分に含まれていたんで、過酷な環境下でも育つことのできる植物とは別に果物とかも植えちゃったりして。もちろん僕の大好きなバナナも植えましたよ。それと一緒に圧縮水も持っていきました。さすがにあなたの血液だけだと水分は足りませんから」
「圧縮水ってなに?」
「なにって言われても……圧縮した水としか説明できませんよ」
「ふーん」
なんだかイマイチよく分からなかったが、なんとなく分かった感じの返答をしておくことにした。水を圧縮したら気体になるんじゃないの?というかそもそも水って圧縮できるの?無知も極まると恐ろしいものだ。
「分かっていませんね?」
しかし大吾郎はそんな僕のことを見透かしていたようで、どこからかホワイトボードを取り出してきた。なにやら書き始めていたが、それ以上に大自然の中にホワイトボードという光景がなによりもシュールだった。
砂の地面に木の棒とかで書けよ。
「これは私が発明した技術なんですけどね、そもそも水は水素が2つと酸素が1つ、結合したものです。これを水分子といいます。この水分子は他の水分子と距離を取って生活しているんですよ。私達が見ている水というのは、この馬鹿みたいに小さい水分子が滅茶苦茶たくさん集まったものです。そこで僕が発明したのは、水分子をスッと取って、それを隙間なく順番に並べたものです。そうすることによって水は距離を取れなくて苦しい苦しいんですが、しかし本来よりも小さな範囲にたくさんの水を積みこむことができるんですよ。僕はこれを、この惑星へともってきて、バラバラにばらまいたんですよ。そうしたら水が増えたんですよ、この惑星に。そうしてできたのがこの川です」
大吾郎はほんの数キロ先を流れている川を指さした。
その川は確かに大きなそれではなかったが、しかしそれでも地球からこの水量を運ぶと考えるととんでもない労力がかかっているだろう。
「頑張ったねえ」
僕は大吾郎に賛辞を述べた。
「ええ、僕も少し頑張りすぎたかもしれませんね。なんかバランスが崩れてしまうかもしれません」
バランス――といわれても僕の血液のお蔭で成り立ったこの惑星の循環システムにバランスという概念が存在しているのかどうかも不明だった。
「あなたは分からないかもしれませんが、確かにバランスは今もずっと崩れていますよ」
大吾郎から、こんなに引っ張る話じゃないだろ、いい加減気がつけよ。というような雰囲気というかオーラのようなものをヒシヒシと感じているが、やはり気づけないものは何をどう頑張ったところで無理なのである。
しかし一応悩んでいるアピールはしておく。
「じゃあ正解を教えますね」
大吾郎はやはり僕がただアピールをしているだけで真剣に考えていないことを既に理解しているようで、とっとと話を進める。
「正解は……」
あまりにももったいぶって話すので僕も自然と緊張してしまう。
ドキドキ。
ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ。
「辞めて辞めて辞めて!うるさいうるさいうるさい!」
発狂しながら怒りだす大吾郎。
「ドキドキって思うのは勝手にしてもらっても結構ですが、声に出すの辞めてください。しかも徐々に声を大きくしていくの辞めてください。もう後半とか確実に私の話を聞こうとしてませんでしたよね。ドキドキに全精力を注いでましたよね」
はいすいません。と謝る僕。
謝れば全てオッケー。
「じゃあ発表します。なんのバランスがずれているのかというと……」
ドンドコドコドコドコッドコッドコッドコッドコッドコッドコッドコッドコッドコッドコッドコッドコッドコッドコッドコッ。
「辞めて辞めて辞めて!うるさうるさいうるさい!」
またも発狂して怒りだす大吾郎。とんだクレーマーだ。こういうのは対応したところでまた新たに難癖をつけてくるから構わないほうがいい。
しかし僕のそんな不満を汲み取ってくれずに大吾郎は文句を言い始める。
「ヘタクソなドラムロールいらない!そしてなんでドコの後にッを入れるの!要らないしリズム感がめちゃくちゃ!音楽の成績マイナス5かよ!」
なんだマイナス5って。普通の学校は5段階だからマイナスとかない。そんなことも知らないのか。 中卒かよ。
というかチンパンジーに中卒とかって概念あるのかな。エリート動物園卒業とか有名森出身とかあるのだろうか。
「じゃあ、もう結末言っていいですか」
大吾郎は呆れたように話しだす。
「いいよ」
僕も呆れたように返答する。なんで僕が呆れてるんだ。
「崩れているのはこの話のシリアスパートとギャグパートのバランスです――って言おうとしたのにいきなりギャグを増やすの辞めてください。なんだか変な感じになったじゃないですか。せめて私が発表してからギャグ入れてくださいよ」
うーん、相も変わらずとことん空気の読めない男だな、僕は。というかこの段階でのギャグははたして望まれているのだろうか。前ならば僕と真白さんの会話だったため、真白さんかわいいポイントでなんとかなったかもしれないが、今は僕とチンパンジーとの会話だ。かわいいポイントは0である。大爆笑ギャグにかわいいポイントをかけあわせて最強の物語を紡いでいたはずなのに。
「これじゃあ台無しだよ~」
……久しぶりに真白さんに会いたいな。思いだすと会いたいポイントが上昇してしまう。もう既にカンストしているが。
「真白さんに会いたい!」
「人間を転移させるのは無理!」
「畜生死ね糞ゴミチンパンジーめ!」
「口、悪!」
とりあえずギャグパートをはさんだからなんか変な感じになったからもう終わらせよう。
完
「え?完って、そこまで終わらせるんですか?その表現だと物語そのものが終わっちゃうじゃないですか」
ん?この声の主はだれだ?
大吾郎に顔を合わせるが顔を横に振るばかり。
ん?本当に誰だろう?
とりあえず次に続く。




