ニューヒロインは夏の昼に
「肉ですね」
「肉です」
「お肉」
肉だった。
もっというならばバーベキューだった。
ヘリコプターが無慈悲にも我が家の敷地内に舞い降りて、肉や貝どころではなく、炭や肉を掴む金属――つまりはトングまでも空輸してきた。誤解されないように説明しておきたいのだが、我が家の前にはちゃんとした公道が通っていて、もちろん車も通ることが可能だ。
真白さんがなぜ空輸という選択をしたのかがよくわからない。お金持ってますよ自慢をしたいのだろうか。
夫に自慢をするな。
そしてそして、今はバーベキューをしている段階なのだが、なぜかシンギュラリティさんも一緒にバーベキューをしていた。
まあ、シンギュラリティさんがバーベキューに参加しているのはウェルカムウェルカムだったのだが、というよりも、バーで変な感じになったのでシンギュラリティさんがいた方が気まずい感じが薄れるので是非是非いてほしいのだが、別のところで問題があった。
「……」
「どうした?」
僕の顔を見上げるシンギュラリティさん。牛肉を食べたために口の周りが少しテカテカと光っている。
「ほら、肉を食べて」
シンギュラリティさんは僕の口に肉を近づけて強引に食べさせてくる。
「あっつっぅ!!!!!!」
つい数秒前まで赤外線でバチバチに焼かれていた肉を口に近づけられたダメージに加えて、アツアツな肉の汁が添えていた手の甲に落ちたダメージも合わさって僕は既に意気消沈していた。
「ペッ!」
ダメージが蓄積していた僕は口から肉を出してしまう。
ああ、もったいない。
「あつい!!!!!!!!!」
僕の膝の上に乗っていたシンギュラリティさんに肉がクリーンヒットした。
「なにやってんですか……」
向かい側に座っていた真白さんが呆れながらカレーライスを食べていた。
「とりあえず降りてくれませんか?」
僕は膝の上に座っていたシンギュラリティさんを降ろそうとする。膝をそっと左右に広げて、シンギュラリティさんの座るスペースを無くそうとした。
しかし、シンギュラリティさんは器用に体重移動をして僕の膝から意地でも降りようとはしない。
ガツン!と鈍い音が鳴る。鈍器がぶつかったような、直腸に響く音だった。
「いたっ……」
シンギュラリティさんは頭を抑えてうずくまっている。僕の膝の上から崩れ落ちて、土下座をするような体勢になっていた。
僕はシンギュラリティさんに頭突きをくらわしたのだ。
その結果、シンギュラリティさんは地面にうずくまって、僕は椅子ごとひっくりかえって地面に頭を打ったのだ。
「悲しい……」
僕は自分だけでなく、なぜだか全てが悲しくなってしまい、それとなく口にした。
「悲しいのは私の方ですよ……」
真白さんは終始呆れていた。
パチンッ。
真白さんが指を鳴らすと、どこからともなくスパイのような格好の集団が出てきて、バーベキューセットを一通り方してしまった。
なんでスパイの格好……。
しかも我が家にスパイがたくさんいる事実を知ってしまった。え?なんでスパイ?というかスパイって敵の陣地にいてナンボの存在じゃないのか?なんで我が家にいるんだ。
もしかして敵が雇っているのか――ばれてるけど。
「真白さん、さっきの人達は?」
僕は近くの桜の木に括りつけられているハンモックで揺られている真白さんに話しかける。
「雇いました」
真白さんは視線を僕の方に向けないで言う。その視線は桜の花へと向けられていて、今にも寝てしまいそうだ。
それにしても、雇う人数が多すぎるような気がする。まさかバーベキューの後片付けのためだけに10人も雇う必要はないだろう。もう後半になってくるとやることなくなって手持無沙汰になってる人いたし。あれ絶対派遣だったら仕事しろって怒られてる。
スパイたちによって片づけられたバーベキューセットはどこかへ行ってしまって、その場所には地面に寝そべっているシンギュラリティさんだけが残った。
季節は5月の始め、ゴールデンウィークが始まったばかりという時期だ。今日は気温が20℃を越えるほどの温暖な気候で、半袖でちょうどよいが運動してしまえば額から汗が落ちてしまう。
真白さんもシンギュラリティさんも寝転がっているものだから、僕は暇になってしまう。たまらずいたずらをしたくなる。
僕はゆっくりと真白さんへと近づいていく。
真白さんはハンモックで気持ちよさそうにスヤスヤと寝ていたので、僕はハンモックの下に仰向けになって潜り込む。
やはり真白さんは寝ているらしく、僕が不審な動きをしても一切の挙動を示さない。さっき会話していたのにもう寝てしまったらしい。
真白さんの下に入ってみると、ちょうど桜の木の陰と僕が覆いかぶさった。気温は少し暖かくて、バーベキューで火照った体にとめどなく降り注ぐ太陽。しかしこのハンモックの下は涼しかった。風が吹いて心地よく、太陽も直接入ってこない。
僕もうとうとしてしまう。
しかし僕の目的はゴールデンウィーク中の真っ昼間から桜の陰でスヤスヤと昼寝をすることではない。
パチンパチン!
僕は頬を叩いて気合を入れる。
そしてそのまま僕は両手を広げて胸の前で相撲のツッパリのような構えを取り、そのままツッパリをした。
真白さんの背中に僕の渾身のツッパリが炸裂する。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
真白さんは手足をバタバタとさせながら空中を飛行機のごとく昇っていく。桜の枝を数本なぎ倒しながらも止まることなくグングンと進んでいく。
もう30メートルは進んだだろうか。雲と真白さんの境目が分からなくなる。なおも真白さんは飛ぶ。
「綺麗に飛ぶもんですね」
気づいたら僕の横にはシンギュラリティさんが立っていた。自分の知り合いが空中を飛ばされているというのに呑気なものである。
まあ、夫である僕が一番呑気なんだが。
「ハンモック外すの手伝ってくれませんか?」
僕はシンギュラリティさんに聞く。二言返事で了承してくれた。
真白さんが絶賛空中エンジョイ中の間に僕とシンギュラリティさんでハンモックを桜の木からほどいた。
そして僕はハンモックがかかっていた場所に立つ。上空には飛んでいる真白さんがいる。
僕は空を見上げながら真白さんを待つ。
それから数分経って、ようやく真白さんが肉眼でも見えるようになった。
「真白さーん」
僕は手を振りながら大声で叫ぶ。
真白さんは空中でも体の向きを変えるコツを掴んだようで、ジタバタとしながら僕の方へと体の方向を変える。
「あ、ジャスティスさーん!」
真白さんも僕に手を振り返しながら落下してくる。どんどんと真白さんが鮮明に見える。
それからも止まることなくどんどんと近づいていき、真白さんは数メートル先までの距離になったところで、僕は手を伸ばして真白さんをキャッチしようとする。
おっと――こっちかな。
僕は前に後ろに数歩あるきながら真白さんに狙いを定める。
「ふんっ」
真白さんは僕の両の手に――入らなかった。
「痛!」
真白さんは数百メートル以上も飛んでいたので、当然、僕が生半可な気持ちでキャッチしようと思ったところで勢いを殺せるわけでもなく、僕の腕と一緒に真白さんは地面へと打ちつけられた。
「体全体で支えてくれてもよかったんですよ……」
真白さんは地面に半分埋まった状態で僕にそっと呟いた。
「体全体で支えると痛そうだったんで……」
「痛いのはこっちですよ……」
どっちも痛かった。
「まあ、そんなことは置いておいて」
真白さんは体を起こしながら気を取りなおすように言った。
「次は野球編ですよ!」




