第008話 半分のマッチ
翌日の昼前、俺は厨房の作業台から顎だけを出し、アニタが根菜を刻み終えるのを待っていた。
頼み方を三つ考えてきたが、どれを言っても危ない遊びにしか聞こえそうにない。
「アニタ、マッチをください」
結局、何も工夫できずに頼んだ。
アニタは包丁を置き、作業台の向こうから俺の顔を見下ろした。
「何に使うんです?」
「枯れ草に火がつくか、見たいです」
正直に答えると、アニタは眉を寄せた。
「お一人で?」
「物置のそばで、少しだけです」
「少しでも火は火ですよ」
アニタはかまどの脇にある細長い木箱へ目を向けた。
俺は両手を作業台の縁にかけ、消し方も考えていると伝えた。
「燃えたら、土をかけます」
「燃やさないでくださいと言っているんですけどねえ」
アニタはしばらく俺と木箱を見比べたあと、深く息を吐いた。
アニタは木箱のマッチを五本だけ残し、蓋を閉じて俺の両手に載せた。
「折れやすいから五本入れましたけど、使うのは一本だけですよ」
「はい」
「物置から離れないことと、草を積まないことと、終わったら土をかけること」
「はい」
「それから、服に火をつけないこと」
俺は五本入りの木箱を両手で持ち、アニタが気を変える前に厨房を出た。
◇ ◇ ◇
庭の物置裏は館の窓から見えにくく、乾いた土の上に枯れ草と短い木切れが散っていた。
俺は冷たい土に膝をつき、枯れ草を一本拾った。
草は指で曲げると音を立てて折れるほど乾いている。
まずはマッチを使い、熱の届き方や空気の通り方で燃え方が変わるか確かめよう。
二本の木切れに草を渡すと、草の上下に隙間ができた。
一本目のマッチを木箱の側面で擦り、ついた火を草から指一本ぶん離して止める。
草は炎に照らされるだけで燃えなかったので、マッチを土へ押し当てて消した。
燃える草と空気があっても、火をつける熱が届かなければ点かない。
一本だけと言われたのを思い出したが、まだ空気の通り方も確かめたかった。
俺は草を地面へ押しつけ、二本目のマッチに火をつけて草へ触れさせた。
草の端は焦げたものの、煙が出るだけで炎は広がらなかった。
マッチを土に落として靴で踏み消し、焦げた草を見た。
少なくとも、空気が通りにくい置き方では火が続かなかった。
三本目は木切れの間に一本だけ渡した草へ火を触れさせると、乾いた葉先に橙色の火が移った。
俺は葉先が黒く縮むのを見て、すぐに土をかぶせた。
燃えるものと空気と、火をつけるきっかけがそろえば燃える。
昨日考えた通りの結果が出て、俺は身を乗り出した。
今度はマッチを使わず、自分で火を起こしてみたい。
残った二本を木箱へ戻し、焦げていない草を一本選んで木切れの上へ横たえた。
草の周囲には、日差しとは違う薄い光が漂っている。
魔素は指で触れられず、息を吹きかけても散らず、手で握ることもできない。
けれどマッチから草へ火が移った時は、草と空気が触れる場所の光だけが細かく揺れていた。
燃える草と空気はもうここにある。
葉先へ熱のきっかけを与えれば、さっきのように燃えるはずだ。
俺は葉先へ指を近づけ、その場所にある薄い光へ意識を合わせた。
体の中の魔素をほんの少し使い、空気中の魔素の流れを通じて葉先の一点へ熱を与える。
体の中から何かが細く抜け、指先が少し冷えた。
同時に草の葉先がわずかに歪み、茶色い表面に黒い点が生まれる。
その点の中心から、橙色の火がのぞいた。
マッチの炎の半分ほどしかない火が、かすかな音を立てて草の端を燃やしている。
俺は息を止めたまま、小さな炎を見つめた。
今はマッチに火をつけていないし、さっきの火も消してある。
俺が自分で火をつけたんだ。
胸が大きく跳ね、もっと見ていたくなったが、すぐに土をかけて消した。
黒い葉と焦げた匂いが残り、ようやく息を吐いた。
俺は自分の指を曲げ伸ばしして、体に負担がかかっていないか確かめた。
指先は少し冷たいが腕は重くなく、空腹もいつもの昼食前と変わらない。
体の中の魔素は、思ったほど減っていなかった。
燃える草も空気も元からあり、俺は葉先の一点を熱する分だけ魔素を使った。
その熱を葉先へ渡すために、そこにある空気中の魔素を使ったのだ。
小さくても、自分で考えて起こした初めての火だ。
俺は黒くなった葉先を見つめ、口元が緩むのを抑えられなかった。
「半分でいいんだ」
口に出した途端、近くで土を踏む音がした。
俺が焦げた草を片づけようと立ち上がりかけた時、物置の角に木剣を肩にかついだ兄が立っていた。
俺と兄の目が合った。




