十四週目 ②
俺が魔術院に帰ると、ミルファはいつものように水晶玉を覗き込んでいた。
俺を見るなり、ミルファは水晶玉をしまって、俺の方に走ってきた。
「大変よ。今週の竜は、常闇をもたらす竜よ」
な……、常闇って最初に出たあのデカドラゴンだろ?
「あれがまた、出たのか?」
「ええ、おばあちゃんの記録でも、一回しか出てきていなかったのに」
「ちなみに、戦闘力は?」
「二百四十万よ」
二百四十万!?
完全に、俺の戦闘力を超えられてしまった。
俺だけじゃもう勝てない。
でも、ミルファの薬と、みんなの魔法をかけてもらえば、まだ何とかなるかもしれない。
ニックのところに行って、みんなを集めてもらうように頼んだ。
そしてそのまま、俺はまた魔術院に戻ってきた。
俺は、ミルファに、水晶玉のことを伝えなくてはいけない。
「なあ、ミルファ、ミンダレイさんの魔術を止める方法、分かったんだ」
また水晶玉を覗いていたミルファに声をかけた。
「分かったの?良かったじゃない!それなら、今週の常闇を倒せれば、倒せない竜はいないわね!」
その通りだ。常闇は、これまでで最強のドラゴンだ。
これが倒せて、戦闘力の二倍が止まれば、俺はずっと最強でいられる。
「そうだな」
「何でそんなにうれしくなさそうなのよ!それで、どうやって分かったの?」
「ミルドさんが、方法を知っていた」
「パパが?どうして?」
「俺からは説明できない。この手紙と、ミンダレイさんの日記を読んでほしい」
俺はそう言って、今度はミルファに断った後、ミンダレイさんの部屋から日記を持ってきた。
そして、日記と手紙をミルファに渡した。
俺は、ただミルファの前で、読み終わるのを待っていた。
ミルファの顔がさっきの嬉しそうな顔から、曇っていくのは分かったが、ミルファがどう思って読んでいるのかは分からない。
「ねぇ、ルイン」
しばらくした後、ミルファが声をかけてきた。見ると、ミルファの目に涙が浮かんでいる。
「どうして、パパは、私に謝っているの?どうして、おばあちゃんは、罪深いなんて言っているの?」
それは……俺にも二人の正確な気持ちは分からない。でも、手紙に書いてあったことをそのまま答えた。
「ドラゴン退治の重荷を背負わせたと思ったから、じゃないか?」
「私は、重荷だなんて思ったことないのに。ただ、好きだから、水晶玉に魔力を込めていただけ。おばあちゃんに最初に教えてもらった魔術で、とても綺麗だったから」
それは、俺も知っている。何か魔術に夢中になっているとき以外は、暇さえあれば水晶玉を覗いていた。
竜退治のためなら、週に一回で十分なんだ。それ以上は、何の意味もない。
「私、おばあちゃんに、毎日、水晶玉の魔術を見せていたわ。その度に、おばあちゃんは笑って、頭をなでて、すごいねって褒めてくれたの。私は、それもうれしくて、毎日毎日。最期の日まで、馬鹿みたいにずっと、おばあちゃんに見せてたの」
ミルファの目にたまった涙は、拭かれもせずに流れ出していた。
「それが、おばあちゃんを傷つけてたの?罪深いってずっと思わせてたの?笑ってくれてたのは、嘘だったの?私は、おばあちゃんのそんな気持ちには全然気づかないで、ただ、自分が好きなことを……」
俺に聞かれても、分からない。ミンダレイさんのことは、日記や手紙で読んだり、人から聞いただけだ。
どう考えていたのかなんて、分かるわけがない。
ミルファの方が、ミンダレイさんのことは、ずっと分かっているはず、そう思って、ふと、前にミルファが言っていたことを思い出した。
俺が日記を黙って読んだときに、言っていたことだ。
「なあ、おばあちゃんは、本当に見られたくない、嫌なことだったら、俺でも触れるように置いておいたりは、しない人なんだろ?」
「ええ、そうよ。口では全部触っちゃダメって言ってても、触っても大丈夫なものはそのまま置いてあって、本当に危なかったり、触っちゃいけないものは、すごい魔術で触れないようにしてあったわ」
突然の俺の質問に、ミルファは虚を突かれたように涙を流しながら、それでも懐かしそうに答えた。
「だったら、水晶玉の魔術も、本当にいやだったら、触れないようにするのも簡単だったはずだろ?」
俺がそう言うと、ミルファはハッとしたようにして、涙を拭いた。
「そ、そうね。そうだわ」
さらに俺は、日記の別の部分を思い出した。
ミルファが薬を作るのに夢中になれる世界になってほしいと願う部分だ。
あれは、薬のような竜退治に関係のないものでも、何でも、好きな魔術をやれる世界になってほしいということだろう。
だったら、ミルファが好きな魔術をやっていて、うれしいと思う気持ちも、絶対にあったはずだ。
それがたまたま、竜退治に関係するものだっただけで。
「それに、おばあちゃんは、ミルファに好きな魔術をやってほしいとも、思っていたはずだ。だって、ミルファが好きそうな魔術の本がいつの間にかここにあったんだろ?それなら、水晶玉の魔術を見せられて、喜んでたのも嘘なわけないさ」
俺が言うと、ミルファは、もう一度涙を拭って、笑顔になった。
無理して作ったのか、本当の笑顔だったのかは、俺には分からなかった。
「うん!そうよ、そうだわ!私ったらルインの前でこんなこと言うなんて、どうかしてたわ!」
笑顔のまま、何度か頷きながら、ミルファが言った。
それにしても、ミルファも、俺よりもずっと賢いのに、俺が思いつきそうなことも思いつかなかったのか。
人が何を考えているのかを理解するのは、どれだけ頭が良くても難しいのかもしれない。
そんな天才たちでもない俺は、なおさら分からない。だから俺は、ミルファにそのまま聞いてみた。
「なあ、ミルファ、俺が勝手に日記を読んだり、ミルドさんに手紙を書いたこと、怒ってるか?」
気になっていたことを聞くと、ミルファがまた突然の質問で少し驚いたようだが、口を開いた。
「何よ。まだそんなこと気にしてたの?いいのよって前も言ったじゃない」
「いやでも、何か気にしてそうだったし」
「あの時は、おばあちゃんのことを思い出して懐かしい気持ちになっちゃっただけよ。前も言ったけど、おばあちゃんは本当に嫌だったらそんなところに置かないし、ルインが気を使って思い付きで行動しなくなったら、逆にそれは気持ち悪いわ」
なんだそれ。俺、ミルファにそんな風に思われてたのかよ。
本当に、人が何考えているのかは全然分からない。天才じゃない俺には、なおさらだ。
「それで、あの水晶玉を壊せば、魔術が止まるのね」
少し話が逸れたが、ミルファから本題に戻ってきた。
そうだ。ミルファの大切な、おばあちゃんの形見の水晶玉。
最初に教わった魔術で、今でも毎日魔力を込め続けている、あの水晶玉だ。
それを壊せば魔術は止まる。
でも、ミルファにあの水晶玉を壊してくれなんて、とても……
「分かったわ。水晶玉を壊しましょう」
「へ?いいのか?だってあれは、大切な形見なんじゃ……」
「そうよ。でも、私はミンダレイ魔術院の院長の、天才魔術師なのよ。魔術を止めなければ、竜退治ができなくなる。竜退治が出来なければ、たくさんの犠牲が出る、それは分かってる」
その通りだ。その通りだけど、本当にいいのか?
さらにミルファが続けた。
「おばあちゃんは、弟子に一人の犠牲も出さずに、世界を守り続けたわ。私もミンダレイ魔術院の院長として、そんな世界は作らない」
そう言い切ったミルファの顔は、いつも通り幼い顔だった。
でも、その顔は、ただのちんちくりんではなく、覚悟を決めた、重荷を背負った一人の魔術師の顔だった。
「分かった。これから、皆がここに集まってくる。壊す前に、最後にみんなの前で水晶玉の魔術を披露するのはどうだ?そして、竜退治が終わったら、水晶玉を壊そう」
「流石はミンダレイ魔術院の弟子ね。いい考えだわ」
ミルファは覚悟を決めた顔のまま、笑って答えた。
俺は、ミンダレイさんと同じように、みんなを守るために水晶玉を壊すと決めたミルファに言うことはできなかった。
今週の常闇に、皆の力を借りたとしても、俺が勝てるかどうかは分からない。
もし、俺が負けたら、水晶玉はまだ必要になる。




