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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第03章 月影の吸血姫編

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第99話 奪われたもの


「――あなたに奪われた”モノ”を、返してもらいに来たの」


 少女の声は、静かだった。

 怒るつもりもなければ、静かに泣くわけでもなく、そして殺意を向けているだけではない。

 ただ、王座の上から淡々と、そのように告げたのだ。

 彼女のその一言で大広間の空気が変わった。


 ――赤い月光が、さらに濃くなった。

 

 血色のステンドグラスから落ちる光が、床の月と薔薇の紋様をなぞり、まるで古い傷口が開いていくように赤く滲んだ。

 左右に並ぶ燭台の白い炎は揺れず、そして風などない。

 それなのに、広間全体が微かに震えているような感覚がある。

 俺は両手で黒星と白雨を握ったまま、姫を見ていた。

 玉座に座る少女は、相変わらず俺の方を見ていない。

 正確には、俺もルクスも視界には入っているのだろう――だが、意識の中心にいない。

 彼女が見ているのは、セレネ自身だけだ。


「……奪った」


 セレネが小さく呟く。

 その声はいつも通り穏やかな声に聞こえたが、普段のセレネならそこにあるはずの余裕がなかった。

 綺麗に整えられた水面に、小さな石が落ちたような揺らぎがあった。

 少女は、頬杖をついたまま目を細める。


「ええ。あなたは奪ったわ」

「……」

「あの時も、そうだった」


 少女の指先が、玉座の肘掛けをゆっくり撫でる。

 白い指が、血の気がないのに爪だけが薄く赤い。


「あなたはいつもそう、正しい顔をするのね……静かで、優しくて、救う側みたいな顔をして」


 彼女のその言葉は淡々としている。

 だが、奥に沈んでいるものは冷たく重い。


「でも、あなたがした事は私にとって、救いではなかった」


 セレネの表情が、ほんの少しだけ硬くなる。

 俺は口を挟まなない。今はまだ、聞くべきだと思った。

 彼女は何を奪ったと言っているのか、そしてセレネが何に反応しているのか。

 それを知らないままで居るのには、この場にある感情は重すぎる。


「私たちはは月へ届くはずだった……血に堕ちたのではないわ。血を通して、月へ近づこうとしたの。飢えも、渇きも、痛みも、すべて捧げれば……夜の一族はもう一度祝福を得られるはずだった」

「それは、違います」


 セレネが息を吸い、声をかける。

 対し、不機嫌そうな顔で姫は視線を向けている。

 

「違う?」

「ええ……あなたたちは、すでに呪いに呑まれていました」


 セレネ自身の声は震えていない。

 けれど、完全に安定しているわけでもなかった。

 ある意味、情緒不安定なのかもしれないが、それでも彼女は真実を告げる為に話を続けた。


「血を捧げれば救われるという考えそのものが、呪いの中にあったものです……あのまま続ければ、あなたも、あなたの一族も、月へ届くどころか――」

「滅びた?」


 少女が、言葉を奪うように続けた。


「だから封じたの?」

「……はい」

「そう、セレネは優しいのね」


 少女は笑った。

 綺麗に、華麗に。

 しかし、その笑顔は怖さを感じた。


「あなたはとても優しくて、とても正しい……そして、とても残酷なのね」

「それ、は……っ」

「あなたは言ったわ。止めるしかなかった、と。救う方法がなかった、と。けれど、それはあなたの都合でしょう?」


 少女の深紅の瞳が、わずかに濃くなる。


「私は頼んだかしら、セレネ。止めて、と。封じて、と。眠らせて、と」

「……」

「私から、選ぶ権利を奪ったのはあなたよ?」


 彼女の言葉と同時に次の瞬間、大広間の空気がさらに冷えた。

 俺は一瞬だけセレネを見ると、彼女は真っ直ぐに少女を見ていた。

 逃げてはいない――だが、痛みを感じていないわけではなかった。

 指先が、袖の内側で握られて、白い衣の裾がわずかに揺れる。

 それは風ではなく、彼女の内側の揺れが魔力に出ているのだろう。


「――姫」


 セレネが呼ぶ。

 少女の瞳が、ほんの少しだけ細くなった。


「――その呼び方、嫌いではないわ」

「私は、あなたを救えませんでした」

「ええ、知っているわ」

「けれど、あの時、あのままにしておくこともできなかった」

「それも知っているわ」


 淡々とした返事で、彼女は答えていた。

 だが、その淡さが返って傷を深く見せる。


「――知っているのよ、月影の巫霊(セレネ)


 少女は玉座から立ち上がらない。

 ただ、頬杖をついたままで少しだけ身を傾ける。


「あなたが間違っていなかったことくらい、わかっていたの」


 その言葉に、セレネの表情がわずかに変わる。

 対し、少女の話は続いている。


「私たちが壊れかけていた事も。血に酔っていた事も。月の名を借りて、取り返しのつかない”存在(モノ)”へ進んでいたことも」


 声は静かで、淡々だった。

 まるで、自分の罪を認めるようでいて、彼女の言葉はどこか他人事のようでもある。


「でもね……正しかったからといって、奪われた痛みが消えるわけではないのよ」


 彼女の言葉に対し、セレネは何も言えなかった。

 そう、その沈黙が、答えだった。

 それを聞いて、俺はようやく内容の意味を理解し始めていた。


 ――セレネは救うために封じ、封じられた側からすればそれは未来を奪われた事と同じだった。


 結局の所、解決しない。


 少女、姫と呼ばれている存在は、セレネを憎んでいる。

 だが、それだけではない。


 ――縋っていたのだ。

 ――覚えていてほしかった、

 ――忘れてほしくなかった。


 あの時、自分を見たセレネに、今も答えを求めている――そういう目をしていた。


「あなたはまた奪うのね」

「また、ですか?」

「ええ」


 少女の視線が、一瞬だけ俺へ向いた。

 だが、それは興味というより確認のように見えた。。


「今度はその主の隣で、また誰かを守る顔をしている」

「ノアは関係ありません」

「関係あるわ……あなたが大切にするものは、いつもあなたを正しい側に立たせる。守るため、救うため、止めるため。そう言えば、あなたは何でも奪える」

「それは……違います」

「違わないわ」


 少女の声が、ほんの少しだけ低くなり、それは多分、初めてだったのだろう――感情が滲んだ。


「あなたは私から、夜を奪った。月へ届く道を奪った。一族の終わりを見届ける権利も、壊れていく自由も、最後に泣く事さえ……何もかも、全て奪った」


 赤い月光が、玉座の周囲で濃くなる。


「そして今も、その顔をしているのよ、セレネ」


 目を見開き、セレネの唇が僅かに震えた。

 彼女が今、どのような感情を見せながらその場に立っているのか、俺には分らない。

 それぐらい、彼女の今の感情は”重い”のだ。


「……私は……あなたから、多くのものを奪いました」


 微かに呟くように、そしてセレネは口を開いた。

 その声は静かだった。

 しかし、真っ直ぐな瞳で、少女に目を向けている。


「それを、なかった事にはしません」

「――では返してくれるの、セレネ……私の夜を。私の月を。そして、私が失った”モノ”を」

「それは――」

「返せないのでしょう?……知っているわ。だから来たの」


 少女はゆっくりと肘掛けから手を離す。

 立ち上がるわけではないが、それでも、大広間全体の気配が変わった。


「返せないなら、奪い返すだけよ、セレネ」


 その言葉を言った瞬間、床の薔薇紋が赤く脈打つ。

 棺からこぼれる霧が濃くなり、玉座の背後の赤い月が、まるで瞳のようにこちらを見下ろした。

 少女は、まだセレネだけを見ていた。


「ねえ、月影の巫霊(セレネ)


 その声は冷たく、優雅で、どこかひどく寂しかった。


「今度は、あなたの大切なものから奪ってあげるわ、何もかも全て……例えば、そこにいるあなたの主とか、ね」


 静かに笑う少女の姿は、とても残酷な瞳をしている。

 そして再度その視線は、俺に向けられた。


読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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