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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第03章 月影の吸血姫編

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第94話 月血のダンジョン

 林の奥に開いた歪みは、普通のダンジョンゲートとは明らかに違っていた。

 俺がこの世界で見てきたダンジョンの入口は、どれも黒い穴のように見えることが多かったのだが、今回は空間が裂け、奥に底の見えない暗がりが広がり、そこから魔力の濁りが漏れてくる。

 多少の差はあっても、基本的には異物みたいなものは、口を開けているという印象だった。


 だが、目の前のそれは違う――月光だった。


 赤みを帯びた淡い白銀の光が、空間の裂け目から滲み出している。

 穴というより、薄い布を縦に裂いた向こう側に、別の夜が広がっているように見えた。

 裂け目の縁は黒く焦げているわけでも、歪んでいるわけでもない。寧ろ、奇妙なほど滑らかだった。

 まるで最初からそこに扉があり、今になってようやく開かれたかのように。

 冷たい風が吹く――だが、その冷たさの奥に、ほんの僅かに生ぬるいものが混じっていた。

 それは、まるで血のように。

 

「……嫌な入口だな」

 

 俺が呟くと、隣に立つセレネが小さく頷いた。


「……ええ、そうですね」

 

 セレネの声は静かに響く。

 だが、普段よりもずっと硬い。

 いつものように笑ってはいるが、目だけが笑っていなかった。

 ルクスは俺の半歩後ろにいる。

 人型のままだが、耳は完全に立っており、尾の先が膨らんでおり――間違いなく、明らかに不機嫌だ。


「主、内部の匂いが読みにくいです」

「読みにくい?」

「血の匂いが薄く、広く、全体に染みています。獣や魔物の匂いではありません……いや、そもそも、血の匂いが染みついてい――」

「……なるほどな」

 

 面倒だ――場所そのものが敵に近いタイプのダンジョンだろう。

 俺は一度だけ背後を振り返る。

 俺以外の人達は避難を始めている。

 一応ルクスの影を残してあるとはいえ、完全に安心はできない――だが、ここで入口を放置すれば、もっと危険になる。


「――行くぞ」

「はい」

「承知しました」


 セレネとルクスの声を聞いてから、俺は裂け目へ足を踏み入れた。


 ――一瞬にして、景色が変わった。


 足裏に触れたのは、土ではなく石だった。それは硬く、冷たい。

 視線を下げると、黒灰色の石畳がどこまでも続いている。

 その石の一つ一つには、細い銀の線で月の紋様が刻まれている――それは、三日月、満月、欠けた月。

 それらが規則的に並び、まるで祈りの道のように奥へ伸びている。

 周囲は石造りの回廊だった。

 高い天井と、古い城を思わせる壁。

 壁面には柱が並び、その間に赤黒い蔦のような装飾が絡みついている。

 よく見れば、それは薔薇だ、花弁は深い赤。

 だが美しいというより、乾いた血が固まって花の形になったような色をしており、空気は冷たい。

 なのに、肌の奥には妙な生ぬるさがまとわりつく。

 血の匂いがした。

 濃くはなく、寧ろ薄い。

 だが、薄いからこそ逃げ場がない。

 鼻を刺すのではなく、呼吸のたびに肺の奥へ溜まっていくような匂いだった。


「……これは」


 俺は回廊の奥を見てみる事にした。

 視線の先には直線に伸びる廊下の先は暗い。だが完全な闇ではなく、壁の燭台に青白い炎が灯っている。

 炎は揺れていない。風がないのに燃えているのではなく、最初からそこに描かれた、まるで絵のような光だった。

 

「……普通のダンジョンではないな」


 第一人称ははっきりと、そう思った。

 この世界のダンジョンは、確かに異常だ。

 地下洞窟、廃墟、森、遺跡、人工施設めいたもの、いろいろな形を取る。

 だが、それでもどこか発生した空間という印象がある。


 ここは違う。

 まるでここには意思があるかのように。

 

 誰かが美意識を持って、誰かを迎えるために整えた場所のような――つまり、待っていたかのように。

 

「――セレネ」


 呼ぶと、セレネは少し遅れてこちらを見る。


「……はい」

「大丈夫か」

「……ええ」


 返事はある。だが、いつもより一拍遅かった。

 セレネは壁の薔薇を見ていた。

 白い指先が、袖の中で小さく握られている。

 目は穏やかだ。

 しかし、その奥に明らかな緊張があった。


「それは、見覚えがあるのか?」

「……似ています」

「何に?」

「昔、月の祭殿へ続く回廊に似ています……」


 そこで言葉が切れた。

 セレネは自分で続きを飲み込む。

 俺はそれ以上、すぐには聞かず、代わりに床へ視線を落とす。

 月の紋様が刻まれた石畳。

 その銀線の一部が、わずかに赤く濁っている。

 踏んだ瞬間に反応する罠ではない。

 もっと深い場所から、赤が滲んでおり、まるで、この城そのものに血が巡っているようだった。


「……主」


 ルクスが低く言う。


「奥から複数の気配があります」

「……魔物か?」

「魔物、とは言い切れません。形が薄い。もしかしたら影か、残滓か……少なくとも生きた獣ではありません」

「それとも、このダンジョンの眷属とかいたりするのか?」

「その可能性が高いですね」

 

 ルクスの言葉を聞いて、俺は小さく息を吐いた。

 正直、身体はまだ回復していないことは自分でもわかっているので、このまま動けるかどうかわからない。

 魔力の流れも鈍く、長期戦になれば不利だ。

 

 ――だが、ここは引くわけにはいかない。

 

 この場所はセレネを呼んでいる。

 それなら、俺はその隣に立つ必要がある。

 セレネと契約してから、彼女に厄介ごとに巻き込まれる事を承知したのだから。

 

「進むぞ、良いな?」

「はい」

「わかりました」


 三人は、そのままゆっくりと進む。

 石畳を踏みしめ、回廊を進み、一歩ごとに、靴音がやけに響いた。

 かつん、かつん、と。

 音は真っ直ぐ奥へ伸びるはずなのに、途中で吸われるように消える。

 外で感じた音が吸われる感覚と同じだ。

 そして、壁の薔薇が、こちらを見ている気がした。

 花弁の中心に小さな黒点があり、それが瞳のように見える。

 ただの装飾だと分かっていても、気分がいいものではない。


 しばらく進むと、回廊が開けた。

 そこは小さな中庭のような場所だった。

 しかし、空がなく、そして天井がない、と言うべきなのだろうか?

 上を見上げると、暗い夜空が広がってのだが、その夜空は本物ではない。


 月があった。

 赤く濁った白い月。


 祖父母宅から見上げた月よりも近く、大きく、そして偽物めいている。

 表面には血管のような赤い筋が走り、ゆっくりと脈打っているように見えた。


「……偽モノの月か」


 俺は呟いてしまった。


 その月光が、中庭へ降り注いでいる。

 石畳には大きな円形の紋様が刻まれ、中心には枯れた噴水があった。

 噴水の皿には水ではなく、黒赤い液体が薄く溜まっている。

 血に見える、だが、匂いは薄い。

 それが逆に不気味だった。

 セレネが息を呑む音がした。


「……セレネ?」


 彼女は噴水ではなく、月を見ていた。

 まるで、目を逸らせないように。

 あるいは、何かを見つけてしまったように。


「この月は……」


 セレネの声がかすかに震える、その反応だけで、十分だった。

 まるで、この世界はセレネの記憶に触れるための構造だ。

 彼女の過去をなぞり、痛みを引きずり出すために形作られて――嫌な趣味だな。


「主、気配が増えてます」


 そのように言いながら、ルクスが前に出る。

 回廊の奥、柱の陰、赤黒い薔薇の向こう。そこに薄い影がいくつも揺れた。

 人型に見える、だが、人ではない。

 輪郭が曖昧で、赤い目だけが月光の下で光っている。

 まだ襲っては来ない。

 こちらを見ているだけだ。

 迎えに来たのか。

 もしかして、監視しているのか。

 それとも、奥にいる誰かへ知らせているのか。

 俺は短く息を吐き、黒星を出そうと手を動かしたのだが、すぐにやめた。

 今はまだ、相手の出方を見るべきだ。


「セレネ」

「……はい」 

「無理なら下がれ」

「いいえ……これは、私が向き合うべきものです」

「おいセレネ、一人で、とは言ってないだろ」


 そう言うと、セレネは一瞬だけ目を見開いた。

 それから、ほんのわずかに笑う。


「……はい、ご主人様」

「私もいるぞ」

「そうですね、ルクスも居ましたね」

 

 その笑みは儚く、俺とルクスの姿を見せ静かに笑ったのだった。

 次の瞬間、中庭の奥にある大きな扉が、ひとりでに軋んだ。

 黒い鉄と赤い薔薇で飾られた扉、その隙間から、さらに濃い月血の気配が漏れてくる。

 セレネの表情が、明らかに強張った。

 そして、小さく呟く。


「……この気配……」


 その声と同時に、セレネの目は見開くのだった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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