第84話 澪の答え合わせ
縁側から少し離れた庭の端は、家の中の気配がちょうど薄れる場所だった。
風が通る。
草の匂いがして、遠くで鳥が鳴く。祖父母の家の庭は派手ではないが、手入れが行き届いていて、どこか落ち着く空気があった。
だからこそ、こうして少し人と話すにはちょうどいいのだろう。
透花と話して数十分後、目の前に突然現れた花宮に、俺は何も言えなかった。
「ねえ」
俺は振り向かないまま、短く返す。
「……何だ」
「ちょっとは驚いてよ」
軽い調子、だが、その軽さの下にあるものは軽くない。
「何にだ?」
「全部よ全部」
どこを驚けばいいのかわからない。
首を傾げている俺に対し、花宮は変わらない様子で話を続け始める。
「配信のNoahがあんたで、召喚士で、異世界人で、今は乃亜くんの身体借りてるってやつ」
「……」
「普通もうちょいリアクションあるでしょ?例えば……“バレたか!”とかさ」
「そんな趣味はない」
「あー、言いそう今の久城君なら」
花宮は肩をすくめ、そのまま俺の隣へ立った。
距離は近すぎず遠すぎず。踏み込みすぎないが、逃げもしない位置だ――こういうところは本当に上手い。
「でもさ……納得はした」
「何がだ」
「配信……ずっと引っかかってたの。あの人、なんであんな戦い方できるのって。知識も動きも、全部ちょっとズレてたでしょ」
「……」
「この世界のダンジョン慣れしてるっていうより、別の何か知ってる感じ」
花宮は空を見上げる。白い昼の光を細めた目で見ながら、思い返すように言った。
ただ、その瞳は真剣な瞳であり、先ほどの表情とは何処か違った。
俺はその表情を見ている事しか出来なかった。
「だから、“そういう設定の人”かと思ってたよ!」
「設定、か」
「うん。キャラ作り的な……ほら、そういうのあるじゃん!」
「そうなのか?そこは詳しくないからわからないが……」
「はは何それっ」
花宮は少し笑っている。
だが、その笑い方は前みたいに面白がるだけのものではなかった。
「――うん、違ったんだ」
花宮は再度視線を戻し、俺を見る。
「本物だった」
その言い方には、ただ驚いたという以上の実感があった。
観察し続けた結果、ようやく自分の中で答えが繋がった――そういう納得の仕方だ。
「……で?」
俺は短く促す。
澪は少しだけ目を細めた。
「で、ここからが本題」
「最初から本題じゃないのか?」
「うん、ウォームアップってやつ」
軽く返してから、ほんの少し間を置く。
「ねえ、なんで配信してるの?別にさ、隠れてやろうと思えばできるでしょ」
「ああ、できるな」
「なのにやってるんだ、目立つにわかってて」
「……」
「なんで?」
理由はある――だが、それをどこまで話すかは別だ。
俺が配信を始めた理由は、生活費に困っていたからでもある。
これからどのように暮らしていけばいいのか、乃亜をあの久城家から戻すつもりなんてなかったから。
勝手に出て行ってしまったのは俺自身だ。
だからこそ、俺は行った。
「金と、生活の為」
「それだけ?」
「それで十分だ」
「嘘ではない顔はしているけど、まだ何か隠してる?」
「それはお前の主観だ」
「観察って言ってよ」
軽く言い返す。
けれど、それ以上はしつこく踏み込まなかった。
代わりに、少し違う角度から来る。
「……あとさ……どこまで一人で抱えてるの?」
「何の話だ?」
「全部……戦うのも、考える時も、そして久城君……ううん、沈んじゃった、久城乃亜君の事」
また同じ言葉だった。
視線が逸れない。
「……誰にも頼ってないでしょ?いや、頼れないのかもね」
「……」
「”あなた”は、人間を嫌っているから」
澪は小さく息を吐き、そのように答えた。
ああ、その通りだ。
俺は、人間が嫌いだ。
前の世界で散々俺の力を利用した奴らは俺を悪者にして処刑した――俺の召喚獣たちの力を恐れて、俺自身を殺したんだ。
だからこそ、俺は信用しない。誰一人も――そう、誰も、そのはずだ。
もちろん、目の前に居る花宮澪も同じだ。
彼女は瑠亜たちと同じ、そんな存在なのだから。
その時、花宮は頭を下げた。
「ごめんね」
突然の謝罪に、俺は目を見開く事しか出来なかった。
そしてそのまま、口が勝手に動いていた。
「……何に対してだ」
「……色々」
曖昧だが、花宮も逃げていない。
微かに肩を震わせながら、話を続けた。
「気づいてたのに、何もしてなかった……乃亜くんのこと」
「……」
「変だなって思ってたこと、あったのに」
透花と似ている。
だが、花宮の場合はもっと自分の打算を分かった上で言っていた。
「でも、“まあいっか”で流してた…・…面倒だったからね」
「……正直だな」
「でしょ」
少しだけ笑う。
だが、その笑いは軽くない。
「だからさ」
花宮は一呼吸しながら、真っ直ぐな目で俺を見た。
「――私も、あいつらと同じ」
“あいつら”――学校の連中のこと。
そして、双子の弟の瑠亜だろう。
「無視してたし、皮肉のような事も言った」
「……」
「だから一応、謝っとく」
視線を外さないまま言う。
言い訳も、自己弁護もない。逃げない謝罪だった。
軽く済ませることもできたはずだ。
花宮なら、もっと冗談めかしてぼかす事もできた。
それでもそうしなかったのは、多分自分の中で線を引いたのだろう。
――見ていたのに、見ないふりをした。
――気づいていたのに、深く考えなかった。
花宮はその事を、自分でちゃんと分かっている顔だった。
俺は少しだけ考えてから答える。
「形だけ受け取っておく」
「うわ、ドライ」
「期待するなよ」
「してないよー」
その返しに、ほんの少しだけ空気が緩む。
重い話をしたあとに残る、息継ぎみたいな間だった。
花宮は肩の力を抜く。
気まずさが消えたわけではないが、少なくともさっきまでみたいな暗い顔はしていなかった。
「でもさ……知っちゃった以上、無関係ってわけにはいかないよね」
「……」
「別に正義感とかじゃないけど」
軽く言いながらも、目は真面目だった。
その言い方は、花宮らしいとも思う。
自分は善人だから、とか、放っておけない性格だから、とか、そういう綺麗な言い回しを選ぶことはない。
彼女は笑いながら、言った。
「面白いし」
「それが本音か?」
「うん、半分ね」
くすっと笑った後、もう一言呟いた。
「もう半分は、放っておくとロクでもない事になりそうだから」
その言葉に、少しだけ間を置いた。
正しいし、否定が出来ない。
色々あるが、それが転んでしまったら、よからぬ事が起きるのではないだろうかと考えてしまう。
だからこそ、放っておけない。
これは、多分花宮の”答え”のようにも聞こえた。
「……好きにしろ」
「言われなくても好きにするよ!」
花宮は軽く返し、そのまま空を見上げた。
白い空だった。
晴れているのに、どこか薄く曇ったみたいな色をしている。
祖父母の家の庭先は静かで、風も柔らかい。
こうして立っていると学校で起きたことも、ダンジョンの事件も、前の世界の因縁も、少しだけ遠く感じる。
だが、それはあくまで一時的なものだ。
「あのさ、久城君……色々と解決し終わったらさ、もっと面倒になるよねきっと」
「……なるな」
「だよねえ」
その一言に、妙な現実感があった。
花宮は静かに笑っていたのだった。
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