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【第3部6月から開始】異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第03章 月影の吸血姫編

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第83話 透花の願い


 理央との会話を終えた数時間後、縁側は、昼の光をやわらかく受け止めていた。

 庭の草は風に揺れ、遠くで鳥の声がする。

 家の中のざわめきから少し離れたこの場所は、不思議と落ち着く空気があった。

 俺は柱にもたれかかるようにして座り、ぼんやりと庭を見ていた。

 正直のところ、まだ身体は本調子じゃないため、だるさは抜けきらず、無理に動けばすぐに反動が来る。

 だから、こうして何もせずにいる時間が増える。

 目を閉じて、のんびりするのも良いなと考えていたその時だった。


「……乃亜くん」


 小さな声がした。

 振り向くと、透花が少し距離を取った位置に立っている。

 手には布巾――どうやら台所の手伝いをしていたのだろうか?


「――何だ?」


 俺は短く返答した。

 透花は少しだけ迷ったあと、縁側の端に腰を下ろした。

 完全に隣ではないのだが、離れすぎてもいない距離だった。

 その中途半端さが、今の関係をよく表していた。


「その、えっと……少しだけ、いい?」

「好きにしろ」


 そう言うと、透花は小さく頷いた。

 少しの沈黙――風が吹く音だけが、間を埋める。


「……あの、ね、乃亜くんって、呼んでも大丈夫?」

「ああ、本来の名前も”ノア”だからな」

「そうなんだ……あの、じゃあ、ノアくん、私ね、まだちょっと……怖いんだ」

「怖い?」

「あ、ううん、けど、逃げたいとかじゃなくて、知らないモノがそこにあるって感じで、それを見て、どうしたらいいのかわからないって言うか……」

「……」

「――でも、あなたは私たちを助けてくれた事は、本当の事だから」


 ダンジョンでヴィーシャとの戦いの中で、俺は透花たちに視線が向かないように、牙を出さないようにしながら戦った。

 結局は最後の方で倒れてしまって支えられてしまったのだ。

 拳を強く握りしめながら答える透花に対し、俺は静かに言う。


「だが、それは朝にも聞いた」

「……それだけじゃない。気になるのは……乃亜くんの事、沈んでるって意味……本当に、乃亜くんは元に戻るの?」

「ああ、必ず……俺がそうさせる」

「……信じて、良い?」

「ああ」


「だけど……絶対じゃないんだよね?」


 その言葉に対し、俺は何も言えなかった。

 確かに、絶対ではない――そもそもどのように助ける事が出来るのか、俺でもわからない。

 しかし、それでも俺は乃亜にこの身体を返さなければならない。

 何が何でも。

 言葉が出なかった俺に対し、それに気づいた透花が慌てるようにしながら声をかける。


「あ、ご、ごめんなさい!変な事言って……」

「いや……だが、確かに絶対ではないな」

「……そっか」

「だが、可能性はないわけじゃない……俺は必ず、乃亜を戻す」


 ――俺自身が、どうなろうとも。


 既に俺は処刑された身だ。

 だからこそ、俺がどうなろうと構わない。

 ただ、これは乃亜にも、そして召喚獣たちにも言えない言葉だ。


「わたしも、理央くんたちと同じ……気づいていたのに、気づかないふりをした。自分が怖くて……見てみるフリをしていた」

「……」

「私も、同罪なんだ……乃亜くんを追い詰めたのも、私」

「透花、乃亜は――」


「――今度は、ちゃんと見て、手を伸ばして、助けたい」


 透花はそのように言った後、顔を上げる。

 その目は、弱いままじゃなかった。


「乃亜くんも、ノアくんも」


 少しだけ、言い慣れていない名前を口にする。

 だが、はっきりと。


「どっちも、困っていたら、絶対に助ける……私が出来る範囲で」


 それが、透花が出した答えなのだろう。

 俺は静かに見つめた後、呟いた。


「……そうか」


 それ以上、何も言う事はないので、短く返す。

 その時――膝の上に、軽い重みが落ちる。


「にゃぁ」

「……お前か」


 黒い塊、ふわりとした毛並みと、妙に賢そうな金の目――ミュールだった。

 いつの間に現れたのか、気配がなかった。

 当然のように俺の膝に乗り、くるりと丸くなる。


「ねえノア、ぼくをよばないなんてひどくない?」


 猫の姿のまま、頭の中に直接声が響く。


「呼んでないのに来ただろうが」

「よばれなくてもくるよ?ノアのちかくはぼくのばしょだし」


 相変わらず、変わらないミュールだ。

 透花はその様子を見て、きょとんとする。

 ミュールが、ゆっくりと顔を上げた。

 金の瞳が、透花をまっすぐに見る。


「――ぼく、まだゆるしてないからね」

「……え」

「きみたちのこと」


 透花の表情が固まる。


「ノアをなかせたにんげんたち、きらいなんだ……ぼくはちゃんとおぼえてる」


 その言葉には、温度がなかった。

 ただ事実として、淡々と。


「ゆめのなかでこわしてあげてもいいかなっておもってたし」

「ミュール!」


 俺が短く制する。

 ミュールは一瞬だけこちらを見て、すぐに笑った。


「わかってる、やらないよ……ノアがいやがるからね」


 それが全てだと言わんばかりに。

 透花は息を呑んだまま、ミュールを見ている。

 怖いはずだ――それでも、目を逸らさない。


「……でも」


 透花が、小さく口を開く。


「それでも、ここにいていいの?」

「え?」

「私たち」


 微かに、震えている。

 だが、言葉ははっきりしている。

 例え、敵意を向けられたとしても、透花は真っすぐとミュールを見ていた。


「嫌われてても」

「……」

「それでも、そばにいていいの?」


 ミュールは少しだけ目を細めた。

 観察するように、静かに見つめた後、再度欠伸をしながら答えた。


「ふみゃぁ~……へんなの……ふつう、こわがってにげるでしょ?」

「逃げないよ」


 透花は拳を握り、真っ直ぐと見た。


「今度は、見て見ぬフリはしないって決めたんだ」


 その言葉に、ミュールの尾がぴたりと止まる。

 静かだが、確かな声だった。

 ミュールはしばらく何も言わなかった。

 ただ、じっと透花を見ている。


「……ほんとうに?」

「うん、本当」


 ミュールの言葉に、透花は頷いた。

 そのやり取りを、俺は黙って見ていた。

 ミュールはやがて、ふっと息を吐くように力を抜いた。


「……まあ、いいや」

「ミュール?」

「ノアがいいっていうなら、ぼくもがまんする」


 完全に許したわけではない、だが、拒絶もしない。

 その中間にミュールは立っている。

 しかし、それでも最後の言葉は忘れない。


「でも、おぼえているからね……きみたちが、のあになにかしたのか」

「……うん」


 ミュールは最後に釘をさし、それに対し透花は逃げずに頷いた。

 黒猫はそれ以上は何も言わず、再び俺の膝の上で丸くなった。

 まるで何もなかったかのように。

 風が吹く、さっきと同じ感じに。

 しかし、少しだけ空気が変わっていた。

 透花は静かに庭を見つめる。

 その横顔は、まだ不安も迷いも残している。


(……今度こそ)


 それでも、心の中ではっきりと繰り返す。


(見て見ぬふりはしない)


 その決意だけは、揺れていなかった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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