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【第3部6月から開始】異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第03章 月影の吸血姫編

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第82話 理央の確認


 祖母、祖父宅から外へ出ると、空気が少しだけ軽かった。

 朝の光はまだ柔らかく、庭の土は夜の冷えをわずかに残しており、遠くで鳥の声がして、風が草を揺らす音が静かに耳に入る。

 さっきまでの居間とは違う、清々しい空気があるかのように感じながら。


「こっちだ」


 理央が短く言って、家の裏手の方へ歩いていく。

 俺は何も言わず、その後ろについていく。

 庭の端、木の影が少し落ちる場所で、理央は足を止め、振り返った。

 その顔は、さっきまで食卓で見せていたものとは違っていた。

 戸惑いも、ほとんどない。

 ただ、何かを決めているかのように、真剣のあ表情をしていた。


「……乃亜」


 理央が静かに、俺に目を向けている。

 俺を見ているのか、それとも”久城乃亜”を見ているのかわからないが。


「お前の話を聞いて、今すぐ全部理解するのも、全部信じるのも……正直できねえ」


 正直に、そのように理央が言った。

 無理に飲み込もうとしていない。

 そして昔のように、分かったフリをする気もないし、やり過ごすつもりもないらしい。


「だけど……お前の話が、全部嘘だとも思ってねえ」


 視線がまっすぐこちらへ向く。


「……今の”乃亜”は、どんな感じになってるんだ?」


 ――やはりそこから来るか。


 俺は静かに息を吐きながら、自分の胸に手を置いた。

 乃亜は今、俺の心の中に沈んだ形になっている。

 だからこそ、はっきり俺は告げた。


「何度も言った……深く、沈んでいる感じだ。消えてはいない」

「沈んでる、って……」

「意識の奥……表には出てこないが、完全に失われたわけでもない……ただ、壊れかけた心を修復するのは簡単じゃないって事だ」


 それを聞いて、理央は少しだけ視線を落とした。

 土の一点を見つめるようにして、しばらく黙る。


「壊れかけてるって……壊れてるってことじゃないのか?」


 言い方は乱暴だが、本質は外していない。

 俺は少しだけ考えてから答える。


「完全に壊れているわけではないな」

「でも、普通じゃねえんだろ」

「ああ、普通ではないな……だからこそ、セレネたちが、そばに居て、支えてくれている」

「……ささえ、てる」


 その返しに、理央の肩がわずかに揺れた。

 分かっているのだろう?

 “沈んでいる”という言葉の意味を。

 ただ眠っているわけではない。自分の意思で出てこれない場所にいるということを。


「……俺たちのせいか」


 ぽつりと落ちた言葉だった。

 風の音に紛れそうなくらい小さい。

 だが、はっきりと聞こえた。


「……俺たちが、追い込んだのか」


 顔は上げないまま、続ける。

 俺ははっきりと、肯定出来なかった。

 辛そうな顔をしている事に対し、自業自得だと俺が思っているのは間違いない。

 そのまま、理央の話が続く。


「気づいてなかったわけじゃねえ」

「……」

「でも、止められなかった」

「……」

「助けられなかった」


 拳が、わずかに握られている。


「――だから、沈んだんだ」


 静かに俺はその言葉を言う。

 結論のように言っってみると、目を見開いて、そして静かに息を吐いた。

 顔からは、青ざめた顔をしているのが分かる。


「俺たちのせいで、壊れたんだな」


 その言葉には、逃げがなかった。

 責任を押し付けるでも、誰かに転嫁するでもなく、ただ自分の中でそう繋げている。

 それが正しいかどうかは別として、少なくとも理央はそう理解している。

 だからこそ、理央はその言葉を言ったのかもしれない。


「……助けたい」


 小さく、だがはっきりと言った。

 理央は顔を上げる。

 その目は、さっきまでとは違っていた。

 迷いが消えたわけではない。

 だが、“どうするか”だけは決めている目だ。


「放っておけねえ」


 小さく、短い言葉だった。

 けれど、それで十分だったと思う。


「お前がどういう存在かは、まだ全部は分からねえ……でも、乃亜を戻すつもりで動いてるってのは、分かった」


 そこで一歩、こちらへ近づく。


「……俺は、何をすれば、乃亜を救える?」


 はっきりと、理央はそのように言ってきたことを、俺は聞き逃さなかった。

 静かに、何も言わず、俺は真っすぐと理央に視線を向けていた。


「……いいのか?」

「いいも何も……元々、俺は元々友達だったのに……そもそも俺が手を伸ばさなきゃいけなかったんだ」


 それは、どこか当たり前みたいな言い方だった。


「今更かもしれないが、今度は絶対に乃亜を見捨てねぇ」

「……」

「それに……借りをそのままにしとくの、性に合わねえ」


 ”借り”――多分、校外学習での時に助けた事を言っているのであろう。

 理屈ではなく、性分の話に落とす。

 だが、それが一番信用できるとも思う。


「一つだけ……お前は敵じゃねえんだな、乃亜の?」

「違う」


 俺はすぐにその返事をした。

 元々俺はこの身体に勝手に入ってきてしまった魂だ。

 本来ならば、この身体に居られるわけがない。

 その話を、理央に言う。


「この身体を奪うためにいるわけではない。そもそもこの身体に入ってしまったのは、事故だ」

「……」

「乃亜に返す、必ず」

「……ああ、そうか」

「それと」

「なんだよ?」


「――乃亜は、お前たちを恨んではいない」


 俺の言葉を聞いた瞬間、理央の動きが止まった。

 目が、わずかに揺れる。


「……そうなのか」

「ああ」

「本当に……?」

「少なくとも、俺が見ている限りはな」


 沈んでいる――だが、感情が完全に消えているわけではない。

 あの奥にあるものは、憎しみではない。

 理央はしばらく何も言わなかった。

 ただ、その場に立ったまま、何かを噛み締めるように目を伏せている。

 やがて、小さく息を吐いた。


「……そうか」


 ただ、それだけだった。

 だが、その一言で少しだけ肩の力が抜けたのが分かる。

 全部が軽くなったわけではない。

 後悔も、引っかかりも、消えたわけではない。

 それでも、“恨まれていない”という一点は、理央の中で確かに何かを変えた。


「じゃあ、やることは一つだな」


 顔を上げる。

 さっきよりも、少しだけ真っ直ぐな目だった。


「乃亜を元に戻す」


 単純だ――だが、それでいい。


「そのために動かないといけないな」


 理央はそう言った。

 余計な言葉はない。

 決意だけが、そこにあった。

 俺はそれを見て、ほんのわずかに息を吐く。

 完全に信用したわけではないだろう、こちらも同じだ。


 だが――一歩は、確実に縮まった。


 風が、庭の木を揺らす。

 その音の中で、理央は俺に視線を向けながら、笑うのだった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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