第08話 無名の配信者
初めて潜るダンジョンは、思っていたより静かだった。
もちろん、異世界の迷宮と同じだとは言わない。
壁の材質も違う。空気の湿り方も、漂う魔力の質も微妙に異なっている。
だが一歩足を踏み入れた瞬間に肌へまとわりつく、あの独特の圧だけは変わらない。
ここは人を拒む場所だ。
「――第一層、安定領域。現在の人流は平均以下」
耳元で、リゼットが淡々と告げる。
彼女は人型のままでは目立ちすぎるため、今は小型の浮遊端末のような補助形態に変わっていた。
青白い光を細く瞬かせながら、周囲の魔力や通信状態を解析している。
「配信接続を確認。映像、音声ともに問題なし」
「匿名処理は?」
「完了。顔認識、音声特徴、位置情報、すべて撹乱済みです」
「悪い、助かる」
俺は小さく息を吐き、スマホ越しに表示された配信画面を確認した。
タイトルは簡素だ。
【召喚士、初潜行】
視聴者数は、当然のようにほぼゼロに近い。
それでいい。
最初から注目される必要はない。
必要なのはどこかで誰かの目に留まる戦い方、と言うモノををすることだ。
「――主」
俺のすぐ横を歩いていたルクスが、低く呼ぶ。
今の姿はかなり力を抑え込んでいる為、人型ではあるが、存在感そのものを薄くしている。
端から見れば同行者に見えるかどうかも怪しいだろう。
「三時方向、反応。小型が三」
俺は頷き、足を止めた。
通路の先、曲がり角の陰から這い出てきたのは、犬とも蜥蜴ともつかない低級魔物が姿を見せた。
爪は鋭いが、脅威としては浅い階層相応。普通の探索者なら武器で処理する程度の相手だろう。
だが俺は前に出ない。
立ち位置を半歩ずらし、周囲の通路幅と魔物の動線を確認する。
正面の一体は囮。左右に散る二体の方が面倒だ。
なら、先に潰すのは――
「ルクス、左だ」
「御意」
その言葉と共に、銀の気配が一閃した。
目で追う間もなく、左へ走った魔物の首が飛ぶ。
そのまま残る二体が反応する前に、俺は手をかざして短い術を編んだ。
「――縛れ」
最低限の拘束術。
この世界の魔力はまだ馴染まないが、浅層の魔物相手なら十分通る。
足を絡め取られた一体が体勢を崩したところへ、ルクスがもう一度走る。
二体目、沈黙。
最後の一体だけが俺へ飛びかかってきた。
異世界なら剣を抜くまでもない相手だ。
だが今の身体では、無駄に正面から受ける必要はない。
半身になって避け、壁際へ誘導する。
突進が逸れた瞬間、その横腹に短く魔力を叩き込んだ。
魔物が地面を転がり、動かなくなる。
――その全てに、十秒とかかっていない。
俺は画面に目を落とすと、さっそくコメントが増えていた。
『今の何?』
『速』
『召喚系?』
『犬っぽいの一瞬で消えたんだが』
『本人ほぼ動いてなくない?』
少しだけ、口元が緩みそうになる。
そうだ。
これだ。
家でも学校でも、俺は最初から【久城乃亜】として見られていた。
だがここでは違う。
戦いを見た上で驚いている。
決めつけではなく、現実に起きた動きに対する反応だ。
もちろん、コメント欄の熱など信用はしない。
だが今この瞬間だけは、少なくとも俺が何をしたかを見ている。
「接続数、微増」
リゼットが告げる。
「切り抜き監視系アカウントが流入を開始。戦闘スタイルへの注目あり」
「おお、早いな」
「珍しい戦闘ですので」
その言い方に、ルクスがわずかに鼻を鳴らした。
「主の戦いは、本来こういう場所に収まるものではない」
「収まらなくても使うぞ、俺は」
そういいながら、俺は通路を進む。
第一層から第二層への接続部は近い。
浅層で引き返すだけなら安全ではあるが、それでは印象が弱い。
最低でも初心者ではない、と思わせる程度には潜る必要があった。
途中、探索者の小集団とすれ違った。
彼らは俺たちを見ると少しだけ訝しげな顔をしたが、すぐに興味を失う。
未成年一人に見える相手が、まともに潜っているとは思っていないのだろう。
そうそう、それでいい。
第二層へ降りたところで、空気がわずかに変わった。
魔力密度が上がる。壁のざらつきも増し、通路がやや狭くなる。
同時に、気配の数も増えた。
「正面に五。奥に一つ、質が違う個体」
ルクスの報告に、俺は目を細める。
「群れか?」
「ええ」
フフ、ちょうどいい。
配信画面を確認すると、視聴者数はさっきより明らかに増えていた。
まだ多いとは言えない。
だが無名の初回配信としては悪くない。問題はここでどう見せるかだ。
通路を抜けた先は、少し開けた空間だった。
低級魔物が四。やや大型が一。
そしてその奥に、紫がかった瘴気を纏う個体がいる。
「呪い持ち、か」
異世界にも似た種はいた。
浅層に出るにしては珍しいが、あり得なくはない。
その瞬間、コメント欄がざわついた。
『あれ浅層にいるやつじゃなくね?』
『変異種?』
『配信者逃げろ』
『初配信で事故るやつだこれ』
魔物がこちらに気づいた。
甲高い鳴き声とともに、一斉に飛びかかってくる。
俺は一歩も退かなかった。
「ルクス、正面二体。残りは俺が捌く」
「了解」
次の瞬間、銀が走る。
同時に俺は術式を開き、右手に熱を集める。
通常ならこのまま拘束と削りで十分だ。
だが、呪い持ちを素の魔力で相手取るのは面倒だし、何より映えない。
なら、ここで一枚切る。
熱い――異世界で何度も感じた、あの暴れるような魔力。
荒っぽく、直情的で、それでいて誰よりも分かりやすく俺に従う炎。
「――来い、フェル」
次の瞬間、爆ぜるように火が散った。
現れたのは赤髪の少年。
朱の瞳をぎらつかせ、不機嫌そうに顔をしかめながらも、出現と同時に状況を把握している。
「……いきなりかよ、ノア」
その声に、胸の奥がかすかに揺れる。
ルクスに続いて、こいつまで来た。
「文句は後だ。奥を焼け」
「最初っからそう言え!」
言うが早いか、フェルの指先から炎が弾ける。
低級魔物を避けるように軌道を曲げ、真っ直ぐ奥の呪い持ちだけを呑み込む。
悲鳴が上がる。
瘴気が焼かれ、紫の靄が一気に霧散した。
『は!?』
『今の何!!?』
『二体目きた!?』
『召喚獣、意思ある!?』
『指示の精度おかしいだろ』
『何この戦い方……』
コメントが一気に流れ始める。
俺はその間にも、残った魔物の位置を読み切って動いた。
フェルが高火力で要所を潰し、ルクスが確実に仕留める。
俺はその二人の間を繋ぎ、術式で盤面を制御する。
元々、人間一人が暴れる戦いじゃない。
最初から複数の意志を束ねて盤面ごと支配する戦い方――この世界の探索者たちには、多分、見慣れないはずだ。
最後の一体が倒れ、空間が静まり返る。
フェルは鼻を鳴らしながら腕を組んだ。
「弱ぇくせに、気色悪いの混じってたな」
「浅層にしてはな」
「つーか、またこんな身体で無茶してんじゃねえよ」
言いながらも、その目は俺の顔色をきっちり見ている。
相変わらず分かりやすい。
画面を確認すると、視聴者数が跳ねていた。
コメント欄は、もう完全に最初の温度ではない。
『何だこの配信者』
『強いとかじゃなくて異質』
『召喚獣との距離感おかしい』
『ベテラン?でも声若くない?』
『切り抜け!!今の絶対伸びる!!』
「切り抜き拡散を確認」
リゼットの報告も早い。
「匿名掲示板、短尺動画、SNS、各所で反応増加。【正体不明の召喚士】として話題化の兆候あり」
「……そうか」
俺は短く答えて、配信を終了した。
俺の力は、まだ十分じゃない。
深層へ行くには、もっと地盤が要る。
金も情報も、隠れ場所も必要だ。
だが、初手としては悪くない。
画面が暗転したスマホに、自分の顔は映らない。
そこにいるのはただの、無名の配信者だ。
「――主」
ルクスが静かに呼ぶ。
フェルも不満そうな顔のまま、けれど俺の返答を待っている。
俺はダンジョンの奥を見た。
まだ浅い――こんな場所では、乃亜を戻すための核には届かない。
それでも一歩目としては十分だ。
ようやく、始まった。
「次も潜るぞ、いいな?」
そう言うと、フェルがにやりと笑った。
「いいぜ。今度はもっと派手にやろうぜ」
「フェル、燃やしすぎるなよー」
「ちっ」
そのやり取りに、わずかに肩の力が抜けた。
――信じるわけじゃない、人間も、世界も、簡単には。
けれど、俺にはもう一人じゃない戦い方がある。
ダンジョンの外へ向かいながら、リゼットが淡々と告げた。
「次回配信時、さらなる視聴者増加が見込まれます」
「なら利用するか」
「了解です」
リゼットのやり取りを終えた後、俺は静かに配信を切ったのだった。
これが、乃亜にとって初の配信デビューとなる。
読んでいただきまして、本当にありがとうございます。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




