第07話 配信者になる理由
夜の街は、思っていたより明るく感じる。
久城家を出てからしばらく、俺はルクスと並んで人気の少ない道を歩いていた。
人の姿を取ったルクスは目立つが、この世界の夜はそれ以上に情報と光で溢れている。
背後を気にしすぎる必要はなさそうだった。
とはいえ、行き先があるわけじゃない。
(……宿もなければ金もない、か。当たり前だよなぁ……)
俺は思わず笑ってしまった。
十四歳の少年一人が家を出たからといってすぐ自由になれるほど、この世界は甘くない。
異世界のように剣一本で野営すれば済む話でもないらしい。
「……まずは情報だな」
俺が呟くと、ルクスが静かに頷いた。
「この世界は、戦う前に仕組みを知る必要があります」
「ああ、俺も実感してる」
人間はどの世界でも面倒だが、この世界の人間は特に【制度】とやらで縛り合っている。
学生証、端末、登録、許可、年齢制限。
部屋を漁った時に見た情報からしても、未成年が勝手に深いダンジョンへ潜れば問題になるのは明らかだった。
だが、乃亜を戻すために必要なのは、ダンジョン深層にある核。
なら結局、そこへ行くしかない。
(……問題は、どうやって、かだ)
駅前の大型画面には、ダンジョン関連の映像が流れているのを俺は見つけた。
派手な照明と煽るような字幕。
そして、笑顔で手を振る探索者たち。
その下には視聴数や登録者数といった数字が並んでいる。
「……またこれか」
この世界へ来てから何度も目にした。
配信――探索者がダンジョンへ潜る様子を映し、視聴者を集め、広告や投げ銭や契約で利益を得る仕組み。
正直、最初は理解できなかった。
命のやり取りを見世物にするなど狂っているとしか思えなかった。
だが同時に、この世界ではそれが単なる娯楽ではなく探索者の活動基盤にもなっているらしい。
装備も、情報も、知名度も、結局はそこで回る。
「――主」
ルクスが画面を見たまま言う。
「この世界の人間は【実績】を重んじるようです」
「数字か?」
「はい。強さ、話題性、人気、収益。いずれも見える形に変換される」
ルクスの言っている事は吐き気がするほど、分かりやすい。
戦場での勲功が爵位や発言力に変わった異世界と、本質は同じかもしれない。
違うのは、その過程がより露骨で、公開されていることだ。
俺は足を止めると、画面を見上げてみる。
視聴者たちは、探索者の実力を映像で判断する。
知らない相手でも、戦い方が明らかなら評価する。
家族や学校のように、最初から悪者だと決めつけるのとは違う。
もちろん、そこにも偏見はあるだろう。
だが少なくとも、目の前で結果を出せば覆せる余地がある。
「まぁ……悪くないな」
自分でも意外なほど、冷静にそう思えた。
ルクスがこちらを見る。
「何をですか?」
「外の世界に、俺の力を見せる手段としてだ」
学校では乃亜は問題児。
家では出来損ないの兄。
だが、それは久城家とあの学校の中だけの評価にすぎない。
もし俺が素性を伏せたままダンジョンに潜り、配信を通して実力を示せばどうなる。
少なくとも、最初から【久城乃亜】として見られることはない。
家族にも学校にも歪められていない場所で、純粋に力だけを見せられる。
しかも、収益や支援に繋がるなら、深層へ潜るための装備や情報も手に入る。
「配信か」
口にすると、妙にしっくりきた。
「金を稼ぐ。装備を揃える。情報を集める。それに……」
「それに?」
「目立てば、深層に近づく手段も増える」
探索者協会だのスポンサーだの、まだ詳細は分からない。
だがこの世界では、無名のまま勝手に動くより、何らかの形で【存在】を持った方が潜りやすくなるのは間違いない。
ルクスは少しだけ考えるように目を伏せた。
「主は表に出る事を嫌うかと思っていました」
「もちろん嫌いだぞ?人間の視線も評価も、好んで浴びたいものじゃない」
「では何故?」
「利用できるなら、利用する」
異世界では、俺は利用されて終わった。
だが今度は違う。
誰かのために都合よく消耗するつもりはない。
乃亜の身体を返すために必要なら、この世界の仕組みごと使う。
「……人間は信じない……でも、道具として使えるものは使う」
俺は静かに笑いながらルクスに視線を向ける。
ルクスはそこで、ほんのわずかに口元を緩めた。
笑った、というよりは満足に近い気配だった。
「主らしいですね」
「褒めてないだろ?」
「ええ」
即答されて、少しだけ肩の力が抜ける。
問題は、どうやって始めるかだ。
配信には端末がいるし、機材も要る。
乃亜のスマホだけでどこまでできるのか分からない。
設定ひとつ取っても、この世界の知識が足りない。
適当に触れば足跡を残す危険もある。
「……この世界ってある意味、面倒だな」
「他にも呼びますか?」
ルクスのその一言で、俺は足を止めた。
そうだ――契約が残っているなら、他の召喚獣も呼べる可能性がある。
そしてこの手の補助なら、一番相性のいい相手がいる。
俺は人気の少ない高架下へ移動し、周囲を確かめた。
夜更けのこの時間なら、人通りもまばらだ。ルクスが気配を探っても、不審な接近はないらしい。
スマホを握り込み、深く息を吸う。
乃亜の身体では、連続召喚は負荷が間違いなく大きい。
だが必要経費だ。
足元に召喚陣が浮かぶ。
異世界の術式が、この世界の空気を切り取るように光る。
俺は名を呼んだ。
「来てくれ――リゼット」
淡い青白い光が集まり、静かに形を取る。
現れたのは、白磁のような肌を持つ少女――長い銀白色の髪が夜気に揺れ、薄い青の瞳の奥で、魔法陣じみた光が回転する。
彼女は出現と同時に周囲を見渡し、最後に俺へ視線を定めた。
「召喚を確認。主の魂紋と一致」
次いで、わずかに首を傾げる。
「器の状態に重大な差異あり。世界座標のずれも観測。状況説明を要求します」
相変わらず機械じみた口調だ。
だが、その淡々とした認識が妙にありがたい。
「説明は後だ。できるかどうかだけ答えろ」
「内容によります」
「この世界の機材と配信の仕組みを把握して、俺の正体を隠したまま活動基盤を作ることは」
「可能です」
流石は早い。
俺が思わず眉を上げると、リゼットはスマホを一瞥しただけで既に解析を始めているらしかった。
「端末性能は最低限。匿名配信者としての活動は可能。身元特定リスクは設定と運用で低減できます」
「収益化は?」
「条件達成で可能。機材は不足していますが、初期段階なら対応可能です」
「ダンジョン内配信は?」
「回線補助が要ります。代替手段を構築します」
やばい、リゼットめちゃくちゃ頼もしすぎる。
この世界の技術に疎い俺と違って、リゼットは【仕組み】に適応するのが早い。
現代の配信環境と魔導解析の相性は想像以上だった。
ルクスが横から言う。
「どうしますか、主?」
「決まってる」
俺はスマホの画面を開いた。
新規アカウント作成。
名前を入力する欄が光っている。
ここに久城乃亜の名を打ち込むつもりはない。
あの家にも学校にも繋がる名は、今は必要ない。
必要なのは、俺が俺として戦うための仮面だ。
しばらく見つめたあと、俺は指を動かした。
打ち込まれた文字を見て、リゼットが確認するように読み上げる。
「《Noah/召喚士》」
「ああ」
異世界で処刑された召喚士ノア。
借り物の身体で目覚めた今の俺。
そのどちらも捨てない名前だった。
登録完了の表示が出る。
たったそれだけなのに、何かが動き始めた感覚があった。
全ては、乃亜の為、そして体を返す為に。
俺は画面を閉じ、夜の先を見た。
「まずは浅い階層からだ」
「了解しました」
「御意」
リゼットとルクスの声が重なったのだった。
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